水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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第弐拾捌話 裏返る魂

 宿から少し離れた大通りにある建物にて、食事をする人々の喧騒や調理をする音が聞こえてくる。

 

 戸を引いて目の前を隠す暖簾を退ければ鼻腔に入ってくる芳ばしい香り。質の良い油で揚げただろう海老の天ぷらや塩で焼いた魚の匂いが食欲をこれでもかというほど擽ってくる。これに空腹感が合わさってもう堪らない。

 

「いらっしゃいませー! ……あ、お二人とも!」

「久しいな、神崎……」

「アオイです!」

「アオイちゃん、久しぶりね~」

 

 真っ先に元気な声で俺たちを出迎えてくれたのは黒髪碧眼の小さな少女、神崎アオイ。お盆の上にお冷を乗せて運んでいる最中のようだ。

 

 アオイの声を聞きながら俺たちは適当に空いている場所の座布団に腰掛ける。すかさず出される冷えた水。まずこれを一口ほど口に含んで乾いたのどを潤す。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「鮭大根を」

「ありませんけど」

「えっ」

 

 とりあえず好物の鮭大根を注文した俺だったがその後返された言葉に思わず店内の壁に貼られた品書きを二度見する。確かに端から端まで見ても焼き鮭定食はあっても鮭大根は無かった。そんな馬鹿な。

 

「もう、義勇君ったら。お品書きくらいちゃんと見て注文しないと」

「……すまん」

 

 まさか鮭大根が無いとは完全に想定外だ。くっ、仕方がない。ここは同じ鮭を使った焼き鮭定食で我慢するか……。

 

「じゃあ、焼き鮭定食を一つ」

「あ、私は天ぷら定食をお願いするわね」

「はい。焼き鮭定食と天ぷら定食一つずつでーす!」

『あいよ~』

 

 アオイの声に応える声は先日会った善継――――ではなく、その父の清蔵さんの方だった。それが少し気になって厨房の方に視線を移してみるが、何故か彼の姿が見当たらない。どこかに出かけ……られるわけないか。彼の体質でこんな日差しの強い真昼間を出歩いたら大惨事だ。

 

 なら上の方で休んでいるのだろうか? ……できるのならば、彼の様子を見たいのだが。

 

「神崎」

「アオイでいいですよ」

「……アオイ、兄はどうした? 姿が見えない様だが」

「あ、その、それが……」

 

 どうも歯切れが悪い。もしや何か問題でも起こったのか? そう思った丁度その時、一階と二階を繋ぐ階段からゆっくりと誰かが降りてきた。そちらに顔を向ければ善継の姿が。どうやら二階で休んでいた様だ。

 

 しかし彼の顔をよく見れば、何故だか全体的に少々やつれているような……。

 

「冨岡君、胡蝶ちゃん。三日ぶりだな! ようやく来てくれたのか」

「ええ、お邪魔しています善継さん」

「……あの、善継さん。もしや体調が崩れておいでで?」

「あぁ、それが――――「あーっ! お兄ちゃん! 部屋で休んでてって言ったでしょ! 何勝手に降りてきてるのよ!」

 

 兄の存在に気づいたのかアオイがぷんすこと頬を膨らませながら善継の腹をポカポカと軽く叩いた。なるほど、どうやら体調不良らしい。

 

(…………ん?)

 

 しかし彼の存在を認識した途端、俺の頭から妙な違和感を訴え出した。何だこれは。一体目の前の、何の変哲もない光景の何処におかしい点がある?

 

 いくら考えど答えは出ず、仕方がないので俺は言葉にできないモヤモヤをとりあえず胸の奥にしまいこむ。

 

 何かがおかしいのは確かだ。後で余裕があるときにじっくりと考えてみよう。

 

「すまないな二人とも。実は昨晩から全然食い物が喉を通らなくてな」

「まあ、何かの病の兆候なのかしら……?」

「それが医者を呼んでも原因がてんでわからないんだなこれが。二人は何か心当たりとかあったりするか?」

「うーん」

 

 今出ている症状がただ食欲が無いだけでは、該当する病が多過ぎて逆に絞り込めない。それに俺たちの様な素人ではなく医者が直々に見てわからないのでは俺たちが安易な判断を出すわけにもいかないだろう。

 

 だがこうして外から見る限り、善継さんの体には何の異常も出ていない。もし原因が病でなく精神的なものならば、しっかりとした休息をするだけでいいと思うが……。

 

「とりあえずゆっくり休まれては? ただ気分が悪くて食欲が出ないだけかもしれませんから」

「まあ、今はそうするしかないよなぁ……。ああ、隣いいか?」

「どうぞ」

 

 特に同席を拒否する理由も無い。善継さんは小さく会釈しながら俺の隣に座り込んだ。

 

 こうして間近で見るとやはり何処か元気が無さそうに見える。三日前に元気な姿を見ているからこそ、その差は顕著に感じられた。……同時に、言い知れぬ違和感もまたひしひしと肌を刺すように増していく。

 

 一体何なんだろうか、この感覚は。

 

「しかし二人は立派だな。まだ成人してないだろうに旅をしながら働いているなんて」

「私たちから見れば善継さんも十分立派ですよ。親御さんの元でこうしてしっかりと働くなんて、皆が皆できることじゃないんですから」

「はははっ、そう言われると嬉しい限りだ! ……だけどやっぱ、羨ましいなぁ。何の苦も無くあちこち旅に出られるなんて、俺も一度はしてみたいよ」

 

 日光をまともに浴びることのできない身である以上、善継さんが遠くの地へと赴く事はかなり難しいだろう。真白さんのように夜だけ行動するか日光を浴びない様に全身を包むような厚着をすればできなくもないだろうが……それで果たして目の前にいる彼が満足できるのかどうか。

 

 かといって俺たちでは何か力になることもできやしない。それが非常に申し訳なくて、俺とカナエは無言で小さく俯いた。

 

「あっ、待て待て! 別に責めちゃいないって! そう気落ちしないでくれよ、な?」

「……すみません」

「それに今の暮らしに満足していないわけじゃないんだ。こうして親父やお袋、アオイと一緒にこの店を切り盛りしていく毎日。俺としては十分充実しているよ。それに、俺を拾ってくれた恩返しとしてこの店を継いでいくと決心したからな!」

「そうですか。それは良かっ――――……ん? 拾った?」

 

 落ち込む俺たちに対して善継さんは笑顔でそう語り聞かせて励ましてくれる。なぜこういう人こそが正常で健康な体で生まれてくることが出来ないのだろうかと、そう思いふけながら彼に感謝の言葉を伝えようとした俺だったが、彼の話に引っかかる点があることに気付く。

 

 拾った? それはどういう事だ? もしや彼は孤児の類なのか?

 

「あぁ、実は俺記憶喪失なんだ。八年前からの記憶が名前以外一切思い出せなくてな、あてもなく彷徨っていたら親父に拾われて弟子にされたんだ。で、なし崩し的に養子縁組を組まされて、今に至る」

「記憶、喪失……」

「は、波乱万丈な人生ですね」

「だろ? ま、今こうして優しい両親と可愛い妹に囲まれて暮らせてる辺り、俺は悪運だけは強かったらしい!」

 

 記憶喪失なんて普通なら他人にあまり言い聞かせられるようなことではないだろうに、まるで何でもないことの様に一切躊躇なく暴露していく善継さんに俺もカナエも苦笑いしか返せなかった。

 

 しかし、記憶喪失、か。……八年前からの記憶が無い、と言う事はその頃にこの街にたどり着いた、と言う事だろうか。

 

 八年……八年前と言えば鬼による被害が発生し始めた時期だが……まさか。

 

「……善継さん、貴方以外にこの街で貴方と同じような体質を持っている人はいたりしますか?」

「うん? いや、俺以外にこんな難儀な体な奴がいるなんてことは聞いたことないが?」

「……………そう、ですか」

「義勇君? 善継さんの体質がどうかしたの?」

「いや、少し考え事をな」

 

 八年前、記憶喪失、鬼の出現時期と一致、日光を浴びられない体質、年単位で足取りすらまともに掴めないという姿を消すだけでは明らかに説明が付かない高度な隠蔽能力、鬼としては不自然な定期的な出現の理由…………本当に、関係が無いのだろうか。

 

「……善継さん、鬼と言う言葉に心当たりは?」

「鬼? 御伽に出てくる鬼の事か?」

「……………ええ。最近人気の無い森などに鬼が出る、なんて噂が立ってますから。もしかしたら何か知っていないかと。まあ熊かなにかの見間違いだと思いますが」

「うーん、知らないな。だが確かに鬼なんて存在が居たのなら一目くらいは見てみたいものだな!」

 

 口ぶりや表情、声音から判断して……嘘は、無い。彼は本当に俺たちの知る鬼の存在を知らないようだ。

 

 だが、知らないことと関係が無い事は必ずしも結びつくわけではない。少なくとも俺の考える最悪の可能性が当たっているとなれば……彼は、もしかすると――――

 

「――――お二人とも、お待たせしました! ご注文の品です!」

 

 ――――話し込んでいたらいつの間にかかなり時間が経っていたらしい。アオイが注文した品々をお盆に乗せてやってきた。……鬼について考えるのは後にしよう。今は食事に集中だ。

 

 俺の目の前に出されたのはこんがりと焼けた赤身の鮭と味噌汁、ほうれん草の漬物にたくあん。そして勿論白米――――などという高級品をそれほど大きい規模でもない定食屋が軽々しく提供できるわけも無く、麦を始めとしたあわやひえなどの雑穀を混ぜ込んで炊かれた黒米の飯が出されていた。

 

 日本人は米をこよなく愛す故に今も昔も白米ばかり食っているような印象があるが、戦前の時代に限っては別にそんなことはない。少なくともこの明治時代で白米を食える奴は一部の高給取りくらいに限られた。一般人はこうして雑穀を多く混ぜた米か、酷い時は汁物だけで済ませる場合もある。

 

 長々と語ったが、結論だけ言うなら白米は贅沢品だという事だ。……さて、いただくとしよう。

 

 手を合わせて「いただきます」と挨拶してから、まずは鮭を箸で小さく切り分けて早速一口。うん、美味い。しょっぱ過ぎず薄すぎずの程よい塩加減。そして口に飯を追加して咀嚼すると、実に堪らない。やはり塩焼きには飯が一番合うな。

 

「ん、この天ぷら美味しいわ! 油っぽくなくて、からっとしててサクサクしてる! あ、義勇君も一口食べる?」

「いいのか? なら俺も鮭を少し分けよう。こちらも美味しいぞ」

 

 という訳で俺たちはおかずを半分ずつ交換しあって食べてみた。……確かに美味い。衣はサクサクしてて中の海老はふわっと柔らかな食感。そこらの高級料理店にも負けていなさそうな出来栄えだ。

 

「ねぇお兄ちゃん、本人たちは否定してるけどやっぱりあの二人付き合ってるんじゃ……」

「そうか? 俺から見れば仲の良いきょうだいにも見えるぞ?」

(どっちも違うんだが……?)

 

 俺たちは恋人でもなければきょうだいでもないって何度言えばいいのやら。まあ前者はともかく後者くらいならば別に思われても構わないが。

 

 二人がひそひそと妙な方向に話を広げているが、出来る限り耳に入れぬよう努力しながら俺は米やおかずをゆっくりと時間をかけて味わい、無事に平らげる事ができた。

 

 そして締めに「ご馳走様でした」と手を合わせて一礼。やはり食事はいい。食べている間は、難しい事を忘れられる。

 

「…………あ、すまないカナエ。少しの間此処で待っていてくれないか」

「え? それはいいけど、何かあったの?」

「買いたい物があったのを今思い出した。食事代は此処に置いておくぞ」

「うん、いってらっしゃい」

 

 今までいろいろ考え事をしていたからか、カナエが目を覚ましたらやろうとしていたことの一つをすっかり忘れていたことを今更思い出す。けれど、そんなに時間がかかることでもないし、ここならばカナエを一人寂しくすることもないだろうと判断して俺は彼女を此処に待たせることにし、早速行動を始めた。

 

 だが態々ゆっくりとする理由も無い。俺はなるべき早く用事を済ますために早足気味に店を出たのであった。

 

 

 

 

 

「行っちゃった……」

 

 遠ざかる義勇の背中を名残惜し気に見送りながら、カナエは寂しそうに呟く。胸の内から芽を出すのは初めて……否、久しく感じていなかった孤独感。さながら父親が自分を置いて仕事に行ってしまったような寂しさを感じて、カナエは暗い感情と同時に懐かしさを感じた。

 

「ありゃ、冨岡君は何処かに行ってしまったのか? 急にどうしたんだ?」

「えっと、何か買わないといけないものを思い出したみたいで。すぐに戻ってくるはずです」

「うーむ、こんな可愛い女子を一人置いて行ってしまうとは。あの少年も中々に図太い性格をしているな」

「いえ、そんなことは……あるかも?」

 

 少なくとも彼が知り合い以外からの外聞を気にするような性格とは思えないカナエであった。実際その通りだろうが、確かに女性を一人置いてどこかに行くのは男としてどうなのだろう。らしいといえば、らしいのだが。

 

「あれ? カナエさん、冨岡さんは何処へ?」

「お買い物に行ったわ。でもすぐに戻るから、心配しなくていいわ」

「えーっ!? 信じられない! 恋人を一人置いてどこかに行くなんて男の風上にも置けません!」

「いえ、恋人ではないのだけれど」

「だとしてもこれは非常識です! 一人の女の子として許せません!」

 

 異変に気付いたのだろうアオイは事情を聞いた途端、それはもうカンカンに怒り出した。そのあまりの噴火っぷりに「もしかして怒らない自分がおかしいのか?」とカナエが思ったくらいだ。

 

 そんな妹の様子に苦笑しながら善継は「よっこらせ」と声を出しながら座布団から腰を上げる。

 

「アオイ、丁度いいしお兄ちゃんと交代するぞ」

「は? 何馬鹿な事言ってんのお兄ちゃん。体調を崩してるなら寝床で休む! これ常識よ常識!」

「大丈夫大丈夫。人と会話してたら調子が大分良くなったんだ。手伝いくらいは訳ないさ! ほら、お前は胡蝶ちゃんの話し相手にでもなってやれ」

「むー……わかった」

 

 未だに納得のいってない顔ではあったがアオイは渋々と兄と入れ替わる様にカナエの隣に座った。暫くすると厨房の方でいくらかの怒鳴り声が聞こえてくるがすぐに収まり、いつも通りと言った感じに掛け声が飛び交い始める。

 

「いい人達ね」

「ふふん、自慢の家族です! あ、そう言えばカナエさんはかなり若そうに見えるのに、両親は旅を許してくれたんですか?」

「………………お父さんとお母さんは、もういないの」

「あ……ご、ごめんなさい。無神経にこんなこと聞いちゃって……」

「大丈夫。気にしなくていいわ」

 

 カナエは力の抜けた瞳で神崎一家の様子を眺める。自分の所とは景色こそ異なれど、和気藹々とした和やかな空気には懐かしさを覚えざるを得ない。かつで自らの手にもあったはずの、家族との平穏な日々。あの時は当然の様に甘受していたけれど……無くした今だからこそ、その暖かさと重さがよくわかる。

 

 ああ、本当に……羨ましい。

 

「……カナエさん、何処か具合でも悪いんですか? 前会った時より元気が無いですよ?」

「え? いえ、その……。少し、心が迷走しているというか……」

 

 図星を突かれたカナエは目の前の少女に気を遣わせまいと咄嗟に取り繕おうとするも、今まで無理をしていた反動だろうか。まるで底に穴の開いた湯呑の様に、力と共に胸に秘めていた言葉が少しずつ漏れ始めてしまう。

 

「……私はね、少し前からとある信念のために努力してきたの。困っている人を助けたいって思いで、それが正しいんだって信じて」

「それは、とってもいい事だと思います」

「でもね……今の自分の心と向き合ったら、実はそれは、自分の我欲に塗れたものなんじゃないかって。醜い本心を、綺麗な言葉で飾っているだけなんじゃないかって思えてきて……今の自分が本当に正しいのか、胸を張って言えなくなっちゃった」

 

 人も鬼も救いたい。その信念の元に剣を振るってきた。それが己の願いだと信じて、綺麗で心優しい思いこそが己の原動力だと思って。

 

 だが、今一度自分の心に問いかけると、それが本当に自分がそんな事を願っているものなのかわからなくなった。

 

 本当は自分は鬼を憎んでいるのではないか? 他の人の幸せなんてどうでもいいと思っているのでは? 鬼などに救いなんて必要ない。無慈悲に、惨たらしく、惨めな死を齎したいのでは?

 

 その考えが膨らむたびに、己がとても嫌なモノのように感じ……だからカナエは剣を抜くのを無意識に留まった。

 

 今の状態でソレを引き抜いてしまえば、その考えを肯定してしまったように思えて。

 

「酷いわよね、私。誰かのために、なんて言ってきた癖に……結局は私も、自分の欲のために戦ってたなんて。本当に、馬鹿みたい……」

「別にいいじゃないですか、自分のためでも」

「――――え?」

 

 卑屈さのあまりアオイの顔すらまともに見れなくなったカナエは、予想だにもしていなかった声に思わず顔を上げた。すると見えたのは、何だかちょっとだけ怒っているようなアオイの顔。

 

「どんな人も自分の事を考えてます。疲れたから楽をしたい~とか、お腹いっぱい食べたい~とか、好きな人と一緒にお出かけしたい~とか。カナエさんはそれが悪いモノだって言うんですか?」

「そんな事は……無いけれど」

「じゃあいいじゃないですか。人なんて大なり小なり自分が満足するために生きてるもの! 私だって普段からお父さんやお母さん、お兄ちゃんに笑顔で過ごしてもらいたいって思ってますけど、本音を言えば大好きな皆に悲しい顔をされたら私まで悲しくなるからって理由ですよ? ほら、これも自分のためでしょう?」

「それは」

 

 その言葉に、カナエは返事の言葉を詰まらせた。

 

 人はどう言い繕おうが自分のために生きている。確かに自分は、自分のために誰かを助けたいと思ったのかもしれない。目の前で悲しい顔をして欲しくないから、笑顔で幸せに笑ってほしいから。そうすれば自分の心が満たされるような気がして。

 

 そう、結局は自己満足だ。だが――――それは果たして、悪いものなのだろうか?

 

「カナエさん、そう難しく考えなくていいんです。自分の人生なんです、自分のしたい事をして悪い事なんてありません。あ、勿論他人に迷惑をかけない範囲でですけど」

「…………私が、したい事を」

 

 アオイの言葉で、何か懐かしい記憶が脳裏を過ぎ去ったような気がする。

 

 それがどんなものなのかは思い出すことは出来なかったが、とても大事な何かだったような気がするのは確かだ。

 

 そう、大切な、誰かとの”約束”だったような――――

 

「――――戻ったぞ。……む、邪魔だったか?」

「あ……義勇君。おかえりなさい」

 

 それからカナエはのほほんとした様子でほんのちょっぴり困り顔のアオイを抱きしめながら世間話を交わして暇を潰し、およそ十数分過ぎた頃にガラガラと引き戸を開けながら聞き覚えのある声と共に義勇が店へと戻ってきた。

 

 その手には何やら巻物状に束ねられた黒と小豆色の布生地が抱えられており、どうやらそれを買うために店を離れたのだと察することが出来る。

 

「ちょっとあなた! 女性を一人置いて行くなんて何を考えてるんですか! 信じられません!」

「えっ、あ、いや……時間はそうかからなかった、筈だが」

「時間とかそういう問題じゃないです! 貴方は女子心を全くわかってません!」

「……その、すまない」

 

 しかし帰還した彼を早速出迎えたのはアオイによる説教。突然脈絡もなく言葉責めを受ける義勇はアオイのあまりの気迫に困惑し、視線が右往左往し始めた。しかしすぐに諦めたのか肩を落として大人しくその責めに甘んじることにした様だ。

 

 その落ち込む様が少しだけ可哀相で、カナエは苦笑いしながらアオイを止めようと手を伸ばそうとして――――先にゴン!!とアオイの脳天にげんこつが落ちたので義勇共々ビクッと硬直した。

 

「むぎゅっ」

「アオイ? お店の中であまり大きな声を出してはいけないと、母は申したはずですよ?」

「で、でもお母さん」

「は ず で す よ ?」

「「「ぴぇっ」」」

 

 そのげんこつの主はアオイの母である神崎菖蒲のもの。彼女は店の中で周囲を気にせず怒鳴っていたアオイに対して静かな怒気を発しており、そしてそのただならぬ気迫はアオイのみならずカナエや義勇すら怯みを覚える程であった。

 

 先日合った際の穏やかさは何処へやら。いや、穏やかさの中にとてつもない激流を秘めていると表現する方が正しいか。

 

「だいたい、察しの良い男性などそうそういません。アオイのお父さんだって若い頃は私の気持ちに五年以上気付かず何時まで経っても仲の良い幼馴染程度のつもりで……思い出したら何だか腹が立ってきましたね」

「おい菖蒲!? その話は夫婦内密って言っただろうが!?」

「お黙りなさい。毎朝食事を作りに通い詰めただけに飽き足らず、風呂で背中を流して差し上げても尚全く気づいてくれなかったことは忘れていませんからね?」

「……お父さん、それは流石に無いと思う」

 

 殆ど流れ弾のような形でさらけ出される夫婦の秘話に、店に来ていた馴染の客はもれなく「うわぁ」という呆れの表情を店主の清蔵さんへと向けた。誰だってそうする。新顔の二人もそうした。

 

「まあ最終的に寝込みを襲う事で勝利をもぎ取りましたが、今この話は重要ではありません」

「えっ」

「ともかくアオイ、察しの悪い男性に文句を言うなとは言いませんが時と場所を選びなさい。母は貴方をそんな子に育てた覚えはありませんよ」

「はい……」

 

 なんだか菖蒲さんがとんでもない事を口走ったような気がしたが、賢母のような姿の彼女を見ればそれはきっと気のせいだ。

 

「まあまあお袋、そう怒る事はないだろう? それだけアオイが胡蝶さんの事を気に入ってるって事なんだから」

「はぁ、善継。貴方はアオイの事となると少し甘すぎですよ」

「親父とお袋も似たようなものだろ?」

「当り前だろう。大切な一人娘を甘やかさんでどうする!」

「もうっ、お父さん!」

『あはははははは!』

 

 神崎一家たちのやり取りを見て笑い声を上げる各々。楽しくも賑やかなその様に、義勇たちもくすりと微笑んだ。

 

 ――――ただ義勇だけは微かに、その笑みに影を落としていたが。

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 昼が過ぎて日が傾き、その色が白から赤へと変わる頃。俺は宿にて血が滲んだ包帯を巻き直していた。

 

 あれだけの怪我をしていたと言うのに出血はすっかり収まり、明日にはほとんど塞がっていそうな様子に俺は全集中の呼吸と痣による恩恵の大きさをつくづく思い知る。痣に関してはデメリットが致命的だが、それでも明日生きるか死ぬかわからない鬼殺隊に取ってはこの利点は無視できるものではないだろう。

 

 そうして俺が自分の体に関心と呆れを零しつつ包帯を変え終えた丁度その時、後ろから「できたー!」という元気な声が聞こえた。背後を見れば、カナエが先日の戦いでズタボロになったはずの俺の隊服や羽織を持っている。

 

 いや、正確にはズタボロ”だった”か。そう、今カナエの持つ俺の隊服と羽織は完全に元通りとは行かないものの、ある程度原形を取り戻している。

 

 ……とはいえ、元に戻ったのは見てくれのみだが。

 

「もう終わったのか。早かったな」

「うふふ。これでもお母さんから将来立派なお嫁さんになるべく色々教え込まれたんだから。裁縫くらいお茶の子さいさいよ?」

「そうだったのか」

 

 実は、昼食時に俺がカナエを置いて買ってきたのは黒と小豆色の布地。……そう、隊服と羽織を直すためのものだった。

 

 羽織に関してははっきり言って気持ちの問題だが、隊服は違う。かなり大きく損傷したといっても鬼殺隊の隊服は特殊な素材を用いており、普通の服よりかはよっぽど防御力がある。修繕個所に関してはその性能は激減しているだろうが、それでも普段着を着て戦うよりかはずっと心強い。

 

 なのでとりあえず付け焼刃でもいいから外見を取り繕うべく布を買って直そうとした訳だが……実を言うと俺は生まれてこの方裁縫なんてものをしたことが――――身体の傷なら縫ったことはあるが――――なかった。なので当然順調に修繕が行えるはずもなく、何度も指に針を刺す俺を見かねたカナエが交代してくれて今に至る。

 

 カナエから直された隊服と羽織を受け取って状態を確かめてみるが、その腕前は素晴らしいとしか言えない。その手の職人と比べれば当然劣るだろうが、それでも遠目から見れば全然わからない程度には綺麗に修復されていた。

 

「……それにしても、カナエ。朝と比べて大分顔色がよくなった様に見える。何かいいことでもあったのか?」

「うん。アオイちゃんと色々お話してね、何か大切なことを思い出せそうな気がしたの。今悩んでいることの答えが見つかりそうな……」

「そうか」

 

 今の彼女は朝と比べれば万全とまでは行かないがかなり調子を取り戻していた。

 

 どうやら俺が席を空けていた間にアオイと何やら言葉を交わした様だが、細かいことまで詮索する必要はないだろう。踏み込み過ぎるのは無遠慮だし、何より彼女が元気になってくれそうな可能性が出てきたのならば、それで十分だ。このまま順調に行けば近々復帰できるだろう。

 

 ……だが、今はいつ鬼による被害が発生するかわからない。これ以上後手に回ると最悪一ヶ月は問題が先送りになってしまう可能性があるため、万全でないカナエを動かすわけにはいかない以上今夜行う”奇襲”は俺一人で行うしかない、か。

 

「ところでカナエ、何かして欲しいことはあるか。羽織や隊服の礼も兼ねて何かお返しがしたい。俺にできることなら、何でも言ってみてくれ」

「ふぇ? えーっと……」

 

 このまま順調に事が終わればこの看病生活もそろそろ一区切り。折角だし、いつも世話になっている身として何か労ってやろうと俺は一肌脱ぐことにする。

 

 そんな俺の言葉に対してうんうんと腕を組みながら唸るカナエ。……なんだ? まさか変な無茶振りでもさせようとしている……いや、カナエに限ってそんな事はない、はず。

 

「……何でもいいの?」

「ああ。余程変なものでもなければ」

「じゃあ……膝枕してくれる?」

「構わない」

 

 何が来るかと少しだけ身構えたが、俺はすぐに胸を撫で下ろした。膝枕程度なら全然問題無い。

 

 しかし男の硬い膝肉など枕にして気持ちいいのだろうか? と思ったが、まあ不便だったらカナエが言ってくるだろうと判断してささっと膝を出してその上に彼女の頭をゆっくりと寝かせた。

 

 しばらくはベストポジションを探すためにモゾモゾと動き回るカナエだったが、やがて丁度良い場所を見つけたのか気持ちよさそうに頭をそこにゆだねる。……具体的には俺の股間に。

 

 ……あのこれ膝枕じゃなくてキン〇マクラ……。

 

「んふふ……昔よくお父さんにしてもらったなぁ……しのぶと一緒に膝枕してもらって、起きたらお父さんの足がすっかり痺れてて……懐かしいなぁ……」

「優しい人だったんだな」

「ええ。すごーく優しくて、騙されやすくて、でもみんなから愛される人だった。自慢のお父さんだったわ。……うん、思い出してみると、義勇君にそっくり」

「俺に?」

「勿論顔付きとかは全然違うけど、雰囲気とかは本当に似てるわ。……道理で貴方を見るたび、懐かしいって思っちゃう訳ね」

「……カナエ?」

 

 一体何のことを言っているのか。訳が分からず俺が首を傾げているとカナエは無言で俺の腰に手を回し、おなかに顔を埋めてきた。なんだ、まさか今度は腹筋枕でもしようというのか。

 

「……ねぇ義勇君、今だけでもいいから、貴方のこと……お父さんって、呼んでみていい?」

「は?」

 

 お前は何を言ってるんだ。いや、本当に何を言っているんだお前は?

 

 ……待て、冨岡義勇。無条件にドン引きするな。一見素っ頓狂で意味不明な言動であっても必ず何かしらの理由がきっとあるはずだ。たぶん今のカナエが父性愛というか、家族愛に飢えているからと思われるが……いや、にしても普通友人に求めるかそれを。

 

 うーん……まあ、いいか。このくらい。別に減るものでもないし。偶には他人に無性に甘えたくなる気持ちは、わからなくもないから。

 

「……お前がそうしたいなら、好きにすればいい」

「ありがと。……んにゅ、えへへ。おとーさん……頭撫でて~」

「あ、ああ」

 

 いつものほんわかした雰囲気などかなぐり捨てた、全力の甘えん坊姿に俺は狼狽するしかなかった。まさかカナエがこんな事を求めてくるとは……これ後で思い出して凄まじい羞恥に悶えるやつではなかろうか。

 

「カナエね、がんばったんだよ。みんなのためにいっぱい努力して……だからといって全部思い通りにいった訳じゃないけど……」

「そうだな。カナエは頑張り屋さんで、とても偉い子だ」

 

 さながら子猫の様に甘えてくるカナエの頭を、すっかり胼胝が出来上がってしまった固い手で優しく撫でてやる。くすぐったいのが心地いいのか、カナエはすっかりだらしのない笑顔を浮かべながらうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。

 

「……ん……おとーさん……」

「お前が一生懸命頑張ってるのは、皆わかっている」

「……また、いっしょに……」

「だから偶には肩の力を抜いて、気を楽にしろ。その程度で罰など当たらない」

「……みんな、で……」

「誰かを助けたいと思うのも良い。だけど、お前自身が幸せになることも、ちゃんと考えるんだぞ」

「……………うん……」

 

 夢見心地の幸せそうな表情でカナエは瞳を閉じ、小さく寝息を立て始める。どうやら眠ってしまった様だ。

 

 その眠りを途中で起こさぬよう俺は数分ほど彼女の頭を撫で続けて深い眠りに落とし、頃合いを見て近くにあった枕と膝を入れ替える。……全く、気持ちよさそうに寝てくれる。こっちまで顔が緩みそうだ。

 

 そんなカナエを一瞥して、俺は早速修繕された隊服に着替える。布の肌触りに少しだけ違和感を感じたが、動きに関しては問題ない。このくらいなら十分戦いにも耐えられるはず。

 

 細部の確認をしながら小道具や刀を装着して――――不意に窓からバッサバッサと羽音が聞こえたので、そちらに視線を向ける。予想通り俺の鎹烏である黒衣が何やら折りたたまれた文らしきものを咥えた状態で飛んできていた。

 

 窓の淵に降り立った彼から早速文を受け取り、中身を確認する。そこには今朝後藤に頼んだ調査の結果が簡潔にではあるが記されていた。流石は鬼殺隊の誇る後方担当、仕事が早い。

 

 して、その内容とは――――

 

「……京橋區周辺の鬼の被害らしきものあり。そしてこの期間は……間違いない、これは……」

 

 今回の鬼の出す被害には一ヶ月か二ヶ月に一度と一定の間隔が開けられていた。そして主な被害地区である京橋區の周囲でも同じように神隠しらしきものが発生している。――――二ヶ月に一度の時期に合わせて。

 

 そう、この鬼は一ヶ月に一度必ず現れるのだ。これは間違いなく鬼が飢餓状態になるまでの最短期間。であるならば、この現象には絶対に意味があるはず。

 

 例えば……何かに抑えつけられているせいで、飢餓状態にならねば現れることが出来ない、とか。

 

(一ヶ月に一度、必ず現れる鬼。人気の無い場所に隠れているような痕跡は無く、姿を隠しているだけにしては明らかに不自然な潜伏。突発的な発生? 何処からともなく現れた? ……いや、そうじゃない。そもそも俺たち鬼殺隊に疑われないような立場にいるのならば。もしくはそんな立場の者の()()()()()()()のならば。そのせいで一定時期にしか現れることが出来ないのならば……!!)

 

 根拠は薄い。前例も無い。だが今最も可能性のある説。

 

 鬼がいる。人の中に潜んでいる。何食わぬ顔で人々と共に暮らし、決まった時期にその仮面を脱ぎ捨ててはその牙で無惨の限りを尽くしている。そして今この町で最も鬼である可能性が高い者は――――

 

 

(……これ以上被害が広がる前に、直ぐにでもその存在を斬らねばならない)

 

 

 だが、それは、つまり。

 

 

「…………誰かが、やらないといけないんだ」

 

 

 ――――悪しき鬼はどんな事情があれ滅殺するべし。

 

 

 それが例え、他の誰かにとってかけがえのない家族のような存在であったとしても。

 

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 気持ちが悪い。視界が歪んで考えが覚束ない。

 

 自分は何をしていたのか、何処へ向かっているのか。そういったものが全く考えられない。今はただただ、己が本能のまま前へ前へと足を進めるだけ。

 

「……な、か……」

 

 少しずつ頭が冷えて考えが鮮明になっていく。そして思考が明確なものになればなるほど、その欲求は際限なく肥大化していった。

 

「お腹、空いた……」

 

 底なしの空腹感。まるで何日もまともに食物を口にできなかった状態で、目の前に極上の御馳走を置かれたが如き飢餓感と暴力的なまでの食欲が俺の全身を苛んでいる。

 

 だがおかしいではないか。昼はいくら時間が経っても食い物一つまともに食えない程食欲が無かったというのに、今更。

 

 何が原因だ。食い物が身体に合わなかったのか? ――――ああそうだ、()()()()()は俺にとっては糧になるはずもない塵屑同然の代物だ。今の俺に必要なのは、新鮮な■■の血と肉。肉だ。肉を食べたい。

 

「はぁっ、ぁ、が、ふっ、ぅ……ッ!!」

 

 歩を一歩ずつ進めるたびに身体が軋むような感覚がする。口からは鋭い歯を剥き出しにしながら下品に涎を垂らし続けている。だって仕方ないだろう、この鼻腔を擽る今まで嗅いだことも無いような香り。間違いなく過去感じた中で最上の代物だ。

 

 

 ああ、食べたい。早く食べたい。よこせ、俺に血を、肉を、臓物を、早く早く早くはやくはやくはヤくハやく――――!!!

 

「――――はっ……な、なんで……?」

 

 一心不乱に匂いの元を辿って進み続けた果てにあったのは、中身をぶちまけながら地に転がる一本の試験管。

 

 間違いなくそこから自分を引きつけてやまない匂いがしている。だがこれでは――――

 

 

「―――――――やはり、お前だったか」

「え……?」

 

 

 自分のものでは無い声がして、俺はハッと顔を上げる。すると視線の先には、屋根の上で静かに佇んでいる一人の少年の姿があった。

 

 その少年は何処か悲し気な目をしながら俺を見下ろしている。いや、それよりも一体何故彼がここに……? ――――違う、そもそも俺は何故、こんな所に居るんだ? 確かに俺は、自分の部屋で寝ていた筈……。

 

「信じたくはなかった。お前が”鬼”であるなど」

「何、を」

「盲点だった。まさかそんな特異な体質を持つ鬼がいたなど」

「言ってるん、だい……冨岡、君」

「……すまない、善継さん。恨むのならば、俺を恨んでくれ」

 

 少年――――冨岡は顔を泣きそうなほど歪め、しかしすぐに憤怒に包まれた形相を見せながら腰に佩かれた”それ”を……青い刀身という異彩な特徴を持つ刀を抜き放ち、切っ先をこちらへ突きつけた。

 

 ……どうして?

 

「今の彼の様子と、先日交戦した貴様の様子は明らかに異なる。故に俺は二種類の推察を立てた。一つ目は、お前が善継さんに取りついた、憑依型の血鬼術を使う鬼であること。だがお前は風の血鬼術を主に扱っていた。憑依と風、この二つに関連性が殆どない以上、お前が何等かの手段で別系統の術を二種類操れる訳でもない限り、この可能性は低いだろう。そしてもう一つは……」

「何を言っているんだ冨岡君! 俺は、俺は鬼なんかでは……!!?」

「……多重人格というものがある。元々一つだった人格が何らかの精神的なショックを受け、心の無意識的な防衛機能が働いて複数に切り離してしまう事象の事だ。そして人格によって扱える能力や言語が変わることもあり、極稀な事例だが肉体の性質すら変化することがあるそうだ」

「俺は、俺、は――――ぃ、が、あ、ぁぁぎ、が……!!」

 

 全身が痛い。まるで指先から誰かに無理矢理身体を捻じ曲げられていくかの如き嫌悪感と痛み。あまりの気持ち悪さに俺は立っていることすらできずその場で膝を突いて蹲った。だが痛みは止まらない。そして空腹感もまた、増していくばかり。

 

 耐えられない、こんな苦しみはもう味わいたくない。

 

 

 ――――じゃあ教えてやるよ。この苦痛から解放される方法を。

 

 

「だとすれば、だ。もし、もし人間としての人格が表に出ているときは、ある程度人間としての性質を保持できていたとしたら? 不完全ながらも日光に耐性を得て、普通の人と何ら変わりなく生活できる程に溶け込めるとしたら? ……鬼殺隊に見つけられるわけがない。こんな鬼、前例が無いんだから」

「お、ぉれ、は――――」

 

 

「人としての肉体と、鬼としての肉体の二つの体を持つ鬼」

 

 

「表と裏、人と鬼、二重の人格」

 

 

「決して両立できないはずの二律背反を成立させた前代未聞の特異例」

 

 

 食え。

 

 喰らえ。

 

 目の前にいる肉を。

 

 お前()を殺そうとする敵を。

 

 

「今こそ改めて問おう。――――お前は、誰だ?」

 

 

 腹が、減った。

 

 

 

 

「イヒッ、ヒヒヒヒッ、ヒィィィィィヒャヒャヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

 

 夜の街に怪物の狂笑が反響する。まるで産声の様に、聞く物すべてに怖気が立つような悍ましい声音で彼は咆えた。

 

 青年の体が変貌する。黒かったはずの頭髪が毒々しい濃厚な緑へと染まっていき、手足は骨と肉が捩じり、歪み、血に飢えた獣の如き鋭く禍々しいものへと変形していく。

 

「俺が、誰かって……? 見りゃあわかるだろォがァ!!」

「くっ………!!」

 

 俯いた顔が勢いよく跳ね上がり、同時にその双眸が月明りに照らされながら赤く輝いた。そうして露わになる、今までは風の壁に阻まれ見ることのできなかった真実。

 

 

 

――――下弦の伍――――

 

 

 

 確かにその数字は鬼の眼に刻まれていた。それ即ち、十二鬼月の証。

 

 

「俺は下弦の伍、あの御方に授かった名は凶裏(きょうり)! ……褒めてやるよ小僧。今日まで俺の正体を見抜けた鬼殺隊の隊士はお前が初めてだ! だからよォ――――」

 

 

 風が吹き荒れる。暴君の君臨に大気が悲鳴を上げている。

 

 

「お前も大人しく、俺の血肉になりやがれェェェェエエエエ――――!!!!」

「できるものならやってみろぉぉぉッ――――!!!」

 

 

 悲しくも血にまみれた、誰も救われない戦いが、始まった。

 

 

 

 

 




何でカナエさんがこんなキャラになったのか自分でもわかんねぇ。どうしてこうなった(白目)

あと、ここまでやっといて今更なんだけど、こんな異例も異例な鬼ありなんじゃろうか……ぶっちゃけどこぞの永遠に死に続けるボスを参考にして設定を作ってみたんだけど、我ながらかなり突拍子の無い設定で不安だ……

とにもかくにも、今回の更新は此処までです。次の更新は……何時になるのやら……(´・ω・`)

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