水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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仕事が忙しいわ疲れるわPCの調子も悪いわで執筆が遅れるンゴ……。

ところで煉獄さん外伝が公開されて煉獄さんが柱になるまではパッパが炎柱を勤めていた(末期は完全にボイコットしてたみたいだけど)という新情報が明かされたせいでこの小説で捏造した設定が「あーもう滅茶苦茶だよ」な状態になってしまったのだが……?


……………何だかわからんがとにかくヨシ!(現場猫)偉い人も言っていた、ゴーイングマイウェイと。


今回の更新は二話分だけです。ご了承ください。


第弐拾玖話 凶風戦乱

 人と鬼、二つの要素を両立した存在。これまで存在していた鬼という生態の前提そのものを覆すような存在の予想は非常に難しいものであった。何せそんな鬼が現れたことなど、今までの千年間一度としてなかったからだ。

 

 それでも、今置かれている状況を説明するにはそういう鬼が存在していると仮定しなければ説明が付かない。よく言うではないか、絶対にありえない可能性を排除して最後に残ったものこそが、どんなに信じがたいことであっても真実であると。

 

 そして、その可能性に最も当てはまる人物は誰でもない――――神崎家長男、神崎善継であった。

 

 彼は鬼と同じように陽の光を過度に受け付けない体質。更に丁度京橋區で鬼による被害が発生したと同時期にこの町に現れていたという経歴を持っている。

 

 俺はそれを偶然として片づけることはできず、それでも俺は彼が偶々条件に合致しただけの存在だと信じたかった。彼は知り合って二日三日程度の俺ですら心の真っすぐな好青年だと理解できたし、その言葉や瞳に嘘は見当たらなかった。その大半が下劣で残虐な鬼とは似ても似つかない性格だ。

 

 されど……俺は違和感を感じた。前にも言ったと思うが、俺は生き物の気配を探るのが少しばかり得意だ。柱のような手練れが意図的に気配を殺している場合は流石に感知しづらいが、鍛錬や修練などという言葉とは程遠い鬼の気配を感じ取ることは野生の獣を見つけるよりも簡単だ。そして、鬼と普通の生物の違いを判別することも、また同様に。

 

 昼に会った彼はその前日出会った時と気配が異様に違っていた。正確に言うならば、()()()()()()と形容できるだろう。それをすぐに理解出来なかったのは、ひとえに初めて体感したことだったからだ。

 

 だから俺は彼が鬼で無いことを祈ると同時に、確信してしまっていた。彼は……鬼か、それに近しい存在であると。

 

 この判断が合っているにせよ間違っているにせよ、鬼を狩らねばならないことに変わりはない。俺は稀血の匂いを風下に流すことで町全体に拡散させ、鬼を無理矢理表に引き摺り出す作戦を敢行した。此度の出現時期において犠牲者は未だに出ておらず、恐らく鬼は飢餓状態寸前。間違いなく香りに誘われて出てくる。

 

 その目論見通りに鬼はものの見事に誘き寄せることに成功し……結果としては――――最悪の予想は当たった。

 

 神崎善継は鬼だった。しかも前例のない、人格によって人間と鬼のどちらかに肉体を変質させることのできるという特異中の特異例。

 

 ……即ち、善継は何も知らないただの人間であり、あの凶裏と名乗った鬼こそがこの神隠しの真犯人だった訳だ。

 

 その事実を知って俺は葛藤した。もし彼が本性を隠しているだけの鬼であれば、躊躇いは多少あれど問題無く斬首できる心構えができていただろう。だが、人としての人格が別に存在していて、彼はただの心優しき兄で――――

 

「――――しゃぁぁぁらぁぁぁあああああああああッッ!!!」

「くぅっ……!!」

 

 俺の心の迷いを丸ごと粉砕するかの如く、竜巻を纏う筋肉と骨が剥き出しになった獣のような腕が振るわれて地面が砕かれる。背後へと跳ぶことで紙一重で回避するものの、腕に纏われている暴風が鎌鼬の余波を吐き出すことで回避したにも関わらず俺の肌に浅い切り傷を作っていく。

 

「オラオラどうしたよォ! 動きが鈍いぞ鬼狩り! さっきまでの威勢はどうしたァ!!」

「ほざけ……!」

 

 距離が開いても安心なんてできない。凶裏はその場で腕を幾度も空振りさせ――――その振るわれた爪の軌道に沿って無数の鎌鼬の斬撃が飛んできた。地面を易々と切り裂きながら迫るその威力と規模は前回交戦した時と比べて明らかに倍以上に跳ね上がっている。

 

 やはり、あの時纏っていた風の迷彩が相当足を引っ張っていたのか。これは前に戦った時の経験は全く参考にならないと判断していいだろう。それ程の差があるという事を俺の肌がピリピリと訴えてきた。

 

「前までの俺と比べるんじゃねぇぞ……あの透明化は俺の力を大分使っちまうからなァ。だが! そんな縛りさえ無くなっちまえば! こうして掛け値なく全力を出せればッ! テメェなんて敵じゃねぇんだよぉぉぉぉおおおッ!!」

(近づけ、ないっ……!!)

 

 怒涛の如く襲い来る鎌鼬を横に駆けることで避けながら俺は歯噛みする。先程からこうして攻撃を避けてばかりでまともに近づくことすらままならない状況が続いているからだ。

 

 単純に、攻撃の射程距離が違い過ぎる。こちらは刀一本で立ち向かわなければならないのに対して、奴は風を飛ばす事で遠距離攻撃を可能としている。これで攻撃までの間隔が長いとか、一発の威力が低いなどの弱点があればそこを突けるだろうが、生憎そんな都合のいい話は無い。

 

 高威力、長射程の攻撃が雨あられの如く押し寄せる。だが不幸中の幸いか、その精度はあまり高くはない。密度こそ高いが一つ一つを見極めれば避けることはそう難しくはなかった。

 

 だがその密度こそ問題だ。避けることが出来ても近づくことが出来なければこのまま鼬ごっこを何時までも続けなければいけなくなる。そして当然、体力が尽きるのは俺が先だろう。それにたとえ無理に体力を保たせたとしても、逃げられてしまえば意味がない。

 

 この場に於ける俺の明確な勝利条件は奴を倒す事。だが奴にとっての勝利は生き延びることだ。最悪、正体を知っている俺を仕留めそこなったとしても逃げて生き延びさえすれば問題はないのだから。

 

 故に俺は奴を逃がしてはならない。此処で逃してしまえばまた隠れられてしまい、再度足取りを掴むことは非常に難しくなる。それにこれ以上犠牲者を出すわけにもいかない。

 

 覚悟を決めろ、冨岡義勇。ここで彼を斬らねばならないのだ。でなければ、何も知らぬ彼にまた罪を増やしてしまうことになる――――!!

 

(見極めろ、僅かな隙を。見つけろ、前へ進むための道を。――――見えた!!)

「クヒャハハハハハハ!! ――――あァ!?」

 

 雪崩の如く押し寄せる鎌鼬の僅かな隙間を見抜いた俺はすかさずその隙間を縫うように前方へと駆けた。

 

 一歩進むたびに身体を掠めては斬りつけてくる風の刃。手足に細い赤い線が次々と作られていくたびに背筋をひやりと冷やしながらも、俺は命を取り落とすことなく凶裏へと肉薄した。

 

「【壱ノ型】――――!!」

「ッこのクソァ!!」

 

 攻撃可能な圏内に入ったと同時に俺はその頸目がけて【水面斬り】を繰り出した。当然凶裏がそのまま受けるはずもなく、その右手で刀を直接受け止めることで防御する。

 

 瞬間、辺り一面へと撒き散らされる火花と金属音。腕に纏っている風が刀の刃とぶつかり合って生み出されたソレは、その凄まじい風速と鋭利さをこれでもかというほど見せつけてきた。

 

 そして理解する。奴の纏っている竜巻は純粋な風のみで構成されているのではない。巻き上げられた砂や目を凝らさねばよく見えないほど小さな小石を巻き込んでさらに威力を増している。もし巻き込まれたらもれなくその竜巻に含まれている小さな異物が俺の体を容易に破壊してくるだろう。万が一にでも生身で触れてはいけない。

 

「懐に入れば勝機があるとでも思ってんのかよォ……懐がガラ空きなのはテメェの方だぜこの間抜けがァ!!」

「ちぃっ!!」

 

 こうして鍔ぜり合っている間に凶裏は空いた左腕で俺へと攻撃を仕掛けようとしていた。受ければ確実に致命傷になると判断した俺は即座に背後へと跳躍。間もなく俺の居た場所へと暴風が振るわれ、鎌鼬が空中にいる俺へと飛来する。

 

 空中にいる以上回避行動は不可能。故に俺は自身に当たりそうな鎌鼬にのみ狙いを絞り、力を込めた一撃を叩きつけることで相殺した。それでも完全には軽減できず頬や手に斬り傷を作ってしまったが、直撃するよりはよっぽどいい。

 

「しぶてェなァ、この餓鬼がァ!!」

「!!」

 

 攻撃を防がれてイラついた凶裏はここで一気に勝負を決めるつもりか、両手を開いた状態で胸の前に合わせた。すると両手に纏っていた風がその間の空間へと吸い込まれていき、球状の風が完成する。それを一言で表すのならば、荒れ狂う高圧縮の嵐。

 

 

 【血鬼術 風来(ふうらい)砂巻(すなま)き】

 

 

 両手が付き出されることで前方へ撃ち出される嵐の玉。間髪入れずにその玉は破裂し、やがて巨大な旋風を形成しながらこちらへと迫ってきた。

 

 砂や石、瓦礫を吸いこみながら襲い掛かる再現された自然災害。これは――――無理だ。大きすぎる。防御できない。だったら一度逃げるしかない。

 

 見た所あの竜巻は俺を追尾してくる仕組みのようだ。下手な所に逃げれば一般人を大量に巻き込みかねない以上、なるべく人のいない場所へと出て何とか被害を軽減するしかない。

 

 だが、まさかこれ程の規模の血鬼術を行使してくるのは予想外だった。精々が前日この身で味わったあの竜巻の息吹が限界だと思っていた、思いこんでしまっていたがまさかそれ以上の規模を放つことが出来るなんて。こいつ、本当に下弦なのか……!?

 

「くっ……黒衣――――ッ! 隠達に連絡して今すぐ周辺の民間人を退避させろ! 柱の要請もだ! 急げ!!」

「了解カァー!」

 

 直ぐに上空で待機しているであろう黒衣に声をかけるが、風音が強すぎて返事は聞こえず、無事に声が届いたのかどうかわからない。それにこの竜巻で気流が乱れている状態で果たして迅速に連絡を届かせることが出来るのか。

 

 ……クソッ、完全に見積もりが甘かった。下弦だからと心のどこかで油断してしまっていた。相手を肩書きだけで過小評価するなどとんだ恥さらしだ。

 

 だが泣き言を吐く暇も余裕も無い。どうにかして自力で討伐するか、柱が来るまで奴をこの場に繋ぎ止めておかねば……!!

 

「ヒィィィィィィィヒャヒャハハハハァァァアアアアアアアアアアアア――――ッ!!」

「!?」

 

 狂気的な笑い声と共に宙へと躍り出る凶裏。一体何をするつもりだと思った瞬間、奴は思いもよらない行動にでる。

 

 奴は空中で身体を大きく仰け反らせたかと思いきや――――自らが起こした竜巻を、()()()()()

 

 大量の空気を吸い込んだことで、まるで限界まで空気を詰め込んだ風船のように膨らむ凶裏の胸部。文字通りの人間風船となった奴の姿を見て一瞬だけ乾いた笑いがこみ上げてきたが、次の瞬間やつの肉体が元通りになったことで俺の表情が固まる。

 

 何だ、奴は一体何をしている?

 

「――――ぉ」

 

 あの状態から元の姿になって何が起こった。肺にあった大量の空気は何処に。吐き出された様子は見えなかった。なら、圧縮? 膨大な空気を圧縮するとどうなる。高圧による高温化。気体からの相転移――――

 

 

 プラズマ。

 

 

 

 【血鬼術 天響吹刃(てんきょうふうじん)滅光(めっこう)

 

 

 

 推定数万度にも昇るであろう光線が凶裏の口から撃ち放たれた。

 

 

「――――うぉぉぉぉあああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 防御は不可能。直撃すれば確実に死ぬ。あの攻撃の正体に思い至った瞬間俺は死にもの狂いで横へと飛んで回避行動を起こす。その一秒後に俺の居た場所を巻き込むように下から上へと光の線が過ぎ去り――――真っ赤に赤熱した地面が連鎖的に大爆発を起こした。

 

 爆風に吹き飛ばされた俺の身体は近くにあった民家の壁に叩き付けられて勢いが止まる。しかし俺は全く安心などできなかった。

 

 奴が齎した被害を見る。……大通りは大きく抉れ、その惨状は三町(約三百三十m)先まで続いている。これがもし住宅地に放たれたかもしれないと思うと……。

 

(駄目だ。奴に大技を使う隙を与えてはいけない……!!)

 

 あれほどの技、放つためには相当の隙を晒さなければならないだろう。事実、奴の膨らんだ身体が元の姿に戻るまで十秒以上の時間があった。一つの隙が致命傷足りうる白兵戦か、乱戦状態ではまず使えないし使おうとは思わない筈。

 

 これで俺は逃げるという選択肢を潰された。たとえどんな攻撃が来ようが俺は奴に近付くことを諦めてはいけない。例え取り返しのつかない大怪我を負ったとしても。でなければ、何人、いや何十人死ぬかわからない――――!!

 

「ハァァァァァァァ……今のを避けるたぁ運がいい奴だ……」

 

 地面を砕きながら凶裏が着地する。体内でプラズマを発生させた代償かその上半身は赤熱しており、肌はドロドロに溶けていた。しかしそれも束の間。たった数秒でその惨たらしい姿は元通りに修復されてしまう。

 

 だがおかげで数秒、体勢を崩した俺にも時間が与えられることとなった。その数秒を使って俺は口の中に溜まった固唾を吐き捨てながら、呼吸を整えて刀を構え、凶裏と相対する。

 

 ここからはもう引けない。……覚悟を決めろ、冨岡義勇。

 

「「…………………」」

 

 爆発によって乱れ狂う熱気が夜風に巻かれて吹きすさぶ。爆音によって眠りから覚めた住民が外に出てその惨状を目にして騒ぎ始めるが、ほぼ同時期に避難を促す掛け声も聞こえ始めた。

 

 どうやらもう隠たちが駆けつけてくれたらしい。流石、仕事が早くて助かる。

 

 その間にも続く膠着状態。指を一本でも動かせば始まりかねない連鎖反応。――――その始まりは、あっけなく。

 

 

 どこかの屋根から瓦が落ちた音が聞こえた瞬間、両者の足裏が爆ぜた。

 

 

「オオオオォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「たぁぁぁぁぁぁああああああああああああああッッ!!!」

 

 

 こちらへの距離を爆速で詰めながら両腕を振り回して鎌鼬の嵐を撃ち込んでくる凶裏。一つ一つの威力は先ほどより落ちているが代わりに精度が上がっている。どれもが明後日の方向ではなく俺へと向かって直進していた。

 

 だが威力を落としたのは悪手だ。この程度なら、斬り裂ける……!!

 

 

 【拾ノ型 生々流転】

 

 

 体を回転させながらこちらに飛んでくる風を斬り裂き前へと進む。この調子ならば無事たどり着ける――――などと思えるはずがない。なぜならこれはすでに一度使った手法。二度目が通じると思うほど、俺も愚昧ではない。

 

 その予想通り、奴は鎌鼬を放つのを片手だけに変えながらその逆の手に風を収束させ始めていた。それを見た瞬間、俺は回転の勢いを殺さないよう体を強引に捻って進行方向を変更する。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇえええッ!!!」

 

 【血鬼術 壓颯(えんそう)(つるぎ)

 

 風を収束させた凶裏の手が突き出された同時に、風が解放。一点に凝縮された風がさながら光線の如く前方へと伸びていく。しかしその攻撃は寸前で回避に移った俺に当たることはなく、髪を数本千切りながら彼方へと消えていって――――

 

「コイツはこれで終わりじゃねぇぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」

「ッ…………!?」

 

 両足で地面を踏みしめながら凶裏は消えることなく存在し続ける風の光線――――否、風の剣を生じさせた腕に力を籠め、横方向へと大きく薙ぎ払った。推定でも二間(約三百五十m)以上はあるだろうその巨大で透明な凶器は容赦も慈悲もなく周囲の建物を軽々と両断しながら俺を斬り裂かんと追ってきた。

 

「まっ、だまだぁぁぁああああ!!!」

 

 風の剣から逃れんと速度を上げて斜め方向へと走り続けるももう建物の壁が迫ってきた。走る方向を変えるにも少しでも減速すれば間違いなく背後から迫る刃の餌食になるのは目に見えている。

 

 ――――故に、そのまま壁へと走る。

 

 だが障害を突き破るのではない。俺は壁にぶつかる寸前に跳躍し、()()()()()()()()()()減速することなく走り続けた。更に真横ではなく斜め上へと駆けることで位置の高さも変えることで、横一文字に薙ぎ払われた風の剣の回避にも成功する。

 

「な……んだとォ!?」

 

 壁走りという予想外の方法で窮地を切り抜けた俺を見た凶裏は一瞬ではあるが動揺を見せた。その上大技を放ったことによる硬直。

 

 好機。

 

 

「ふっ――――ッ!!!」

 

 

 滑るように地面に着地した俺はその反発力を利用して両足に力を凝縮。更に呼吸の効力を下半身に集中させると同時に――――激発。地面を砕きながら未だ体勢が崩れたままの凶裏へと跳躍した。

 

「カァァァアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 【血鬼術 空砲(くうほう)玉風息吹(たまかぜのいぶき)

 

 悪あがきとして凶裏の口から放たれた空気弾。咄嗟の小技だろうとはいえ当たればただでは済まないと察した俺は可能な限り最小限の動きでその空気弾を回避。背後で風の小爆発が起き、それによって俺の身体は更に前方へと加速する。

 

「【壱ノ型・改】――――!!!」

 

 

 ――――【水面一閃】

 

 

 爆発による加速によって予想を超える速度で凶裏の懐に到達し、その瞬間に放つ渾身の抜刀撃。確実に頸を捉えた正確無比な一撃が凶裏の命を狩らんと空気を裂きながら迸る。

 

 だが下から二番目とはいえ流石は十二鬼月。寸前に反応が間に合い、両腕を盾にし犠牲にすることで刀の勢いを殺し、頸を半分斬った所で刃を止めてしまった。これでは動きが止まった瞬間に反撃を受けてしまうと判断した俺は――――敢えて減速せず、突撃時の勢いをそのまま乗せたタックルを繰り出して凶裏を地面へと引き倒す。

 

「ご、ぼぁがッ!」

 

 反撃の手を即時に潰されたことで凶裏は顔を驚愕に染め、喉から血を拭き出しながら俺の下敷きになりながら無様に転がる。だがまだだ、まだ終わっていない。両腕がなくなった程度の損傷、十二鬼月クラスの鬼ならば数秒で修復できる。

 

 反撃する暇を与えるな。一秒でも早く頸を断て。確実に仕留めろ。

 

「斬れ、ろォォォォォォォ……!!」

「のッ……ガギィィィッッ……!!!」

 

 地に転がった凶裏の身体に馬乗りになった俺は刀の峰に手を当てて一気に押し込むことで斬首を試みる。その間にもう両腕が再生を始めた。残り時間は後三秒も無い。だが間に合う。後少しだ、後三分の一で、こいつを――――!!!

 

 

「ぉ…………ォォォォォォォォァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」

 

 

 咆哮。

 

 命の危機に瀕した生き物が絞り出す怨嗟の如き叫びが凶裏の口と、切り裂かれた喉から血の泡と共に這い出る。そして――――凶裏の胸部が突如、爆発でもしたかのように膨らんだ。

 

「な、」

 

 こいつ、まだこれ程の量の空気を肺に溜め込んで……!! 駄目だ、使わせる前に早く仕留め、

 

 

 

「死゛ね゛……!!」

 

 

 

 ここからの動きは殆ど本能的なものだった。

 

 俺は刀から手を放して両耳を塞ぎ、口を開けながら全速力で背後へと跳んだ。そうしなければ確実に死ぬと頭の中の警鐘が叫んでいたから。

 

 

 そしてその直後、俺の全身に強烈な衝撃と音の爆発が、肉と骨の破片と共に叩きつけられた。

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

「うぅ……ん…………」

 

 もぞりと小山の様に膨らんでいる布団が揺れ動く。それから数秒程経つと、むくりとゆっくりとした動作で横になって熟睡していた少女――――カナエが眠たそうな目で起床した。

 

「あれ……? まだ、夜……」

 

 しかし窓の外がまだ真っ暗だと気づいた彼女はがっくりと肩を落とした。どうやらここ数日ほどぐっすりと寝たにも関わらず殆ど運動していなかったせいで、身体がどうにも暇を持て余してしまったらしい。

 

 かと言って身体を動かすにも深夜過ぎる。もし身体を動かしているときの音で誰かが起きたらとても申し訳ない。なのでカナエはため息を付きながら二度寝のために再び布団に潜り込むことにした。

 

「……あれ?」

 

 そこでふと、カナエは義勇の姿がないことに気付いた。……いや、親しい仲と言っても同い年かつ異性なのだから別室で寝るのは当り前のことなのだが、カナエは何故だが凄く残念で寂しい気持ちで胸が一杯になってしまう。

 

(………………………………うっ、うぅっ、うにゃああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああっ!?!?)

 

 同時に、彼女は寝る前の自分の所業をやっと思い出した。

 

 いくら仲が良いといってもアレは、アレは一体なんだ。何故自分は同い年の異性に「自分の父親になって欲しい」なんて思って……いや思っただけなら百歩譲ってまだいい。それを口にして本当にやってしまう馬鹿が一体どこにいる。

 

(此処に居るじゃないのぉぉぉぉ~~~~っ!!!)

 

 ぼすぼすと羞恥のあまり顔を枕に埋めながら布団を拳で叩き、踊り食いにされそうな芋虫の如く身体をうねうねと蠢かせながら悶えるカナエ。もしこの事案を妹に知られたら彼女は恥ずかしさのあまり明日を生きられない自信があった。

 

「どうして……どうして私はあんなことをぉぉぉ……」

 

 顔を真っ赤にしながらカナエは自己分析を試みた。どう考えてもおかしい。いくら自分が仲が良ければ性別などあまり気にせず近づいてしまう能天気のほほんガールだとしても先の事はどう考えてもやり過ぎた。

 

 一体自分はどうしてしまったのだろうか。原因がわからずうんうんと唸りながら、カナエはとりあえず義勇の顔を思い浮かべてみることにした。

 

 うむ。いつも通りの義勇の顔だ。そして頭の中の彼の顔が少しずつ優しさに満ちた笑みに代わってゆき――――

 

『カナエは頑張り屋さんだな』

「はうぁあっ!」

 

 まるで胸を討ち抜かれたかの如くカナエは胸を押さえながら倒れ込んだ。第三者から見たら完全に奇人の行動だが、彼女にその自覚はあるのだろうか。

 

「そ、そんな……まさか……」

 

 薄々自身の心に感づいてきたのか震え出すカナエの身体。いやそんな筈がないと理性は言うが、本能はそうだと肯定の言葉を吐き出し続けている。

 

 顔を思い浮かべるだけで増す心臓の鼓動。声を思い出すだけで光悦で緩み出す頬。思い返すだけでトロトロに融けそうな頭を撫でられる感触。そう、これは、間違いなく。

 

(私……義勇君に――――恋、してるの……!?)

 

 胡蝶カナエ十三歳。人生で初めて恋の病を患った瞬間であった。

 

「だっ、駄目よ! だめだめだめ! だ、だって義勇君にはしのぶが……! 私だってしのぶの事を応援してる筈なのに……!?」

 

 しかしここで理性の抵抗、相手が妹の想い人という最大にして最後の壁が立ちはだかった。

 

 彼に先に恋をしたのは妹であり、その想いの深さも理解している。そしてそれを姉として心の底から応援するつもりであったことも確かだ。だが、だとしても、己のこの想いはどうすればいいのか。このまま心の奥底にしまいこんでしまえばいいのか……?

 

「う、うぅぅぅ……わ、私、どうすれば……」

 

 姉としての自分は此処で止まれ、まだ引き返せると叫ぶ。だが女としての自分はこう囁くのだ。――――略奪愛も、また愛であると。

 

 いや義勇は別にまだ誰の物でもないのだから略奪も何もないのだが、カナエの気持ち的には妹の想い人を奪うような引け目を感じてしまうのだろう。ともかくとても難しい問題だ。

 

 この気持ちを封じてしまうか、それとも素直になって自分もこの果てしなく長い険しい競争に参加してしまうか。

 

「か、帰ったら、菫さんに相談してみましょう……」

 

 とりあえずカナエはこの場で答えを出すことを避け、年長者に意見を仰ぐことに決めた。もしかすると、この気持ちは恋では無く憧憬や親愛の類なのかもしれないと思って。

 

 やもしれない感情に悶々としながらカナエは改めて布団の中に潜り込む。今はとにかく気持ちを落ち着かせるのが先決だと思い――――

 

 

「カァー! カァー! 緊急事態! 緊急事態デス! 起キナサイ! 胡蝶カナエ!」

「っ!?」

 

 

 バシバシと窓が鳥の翼で叩かれるような音がする。その声の迫真さから事態の重さを察したカナエはすぐさま飛び起き、叩かれている窓を開け放った。そこにいたのは綺麗な花を模った髪飾りを首に付けた雌の鎹烏。己の相棒たる”椿(つばき)”だった。

 

「椿!? どうしたのこんな夜中に……?」

「緊急事態デス! 町に下弦ノ伍ガ出現! 冨岡隊員ガ交戦シマシタガ重傷ヲ負イ、鬼ハ逃亡シマシタ!」

「な、っ……ぁ!?」

 

 想像を遥かに上回る最悪の事態に、カナエは咄嗟の言葉も出すことが出来なかった。

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 つい数分前の爆発や剣戟音が嘘のように掻き消えた夜の大通り。地面が大きく抉れ、一部の建物が崩壊するなどの凄惨な有様となっているが、それを生み出した張本人たちは今や地面の上で死人の如く横たわっている。

 

 片や、全身の至る所に穴を開けて濃い血の匂いを漂わせる少年、冨岡義勇。

 

 片や、肺の中にある高圧空気を暴走させることで自爆を強行し、代償として上半身が丸ごと吹き飛んだ凶裏。

 

 二人はそのままの状態でピクリとも動かず、何分もの時間が静かに過ぎてゆく。――――しかし、状況は決して停滞などしていなかった。

 

 健在であった凶裏の下半身が電流を流された蛙の如く大きく跳ねた。それに合わせて四方八方に飛び散った凶裏の肉片たちが蠢き始め、ある一点……凶裏の上半身があったはずの場所へと移動していく。極めて遅々とした動きではあったが邪魔する者はここにおらず、ものの三分ほどで凶裏の肉体は元の状態へと復元されてしまった。

 

 黒へと変わってしまった髪色だけを除いて。

 

「……ら……なきゃ……」

 

 生気と正気を失った虚ろ気な目をした凶裏……否、善継は覚束ない動きで立ち上がり、己を害そうとした義勇の居る方向とは逆方向へと歩を進め出す。

 

「帰ら……なきゃ……皆が、待って……」

 

 無意識の帰巣本能か。彼は無心に己の居るべき場所へと帰ろうとしている様だ。

 

 だが気づいているのだろうか、彼は。

 

 

 己の髪の一部が緑に染まり、瞳も真っ赤に変貌していることに。

 

 

 

 

 




カナエさんのヒロイン化の予定は無いと言ったな。



アレは嘘だ。




《血鬼術》

狂飆(きょうひょう)(かいな)
 肺に取り込んだ空気を両腕から噴出し、竜巻のように纏わせる攻防一体の技。ただ風だけを纏わせているのではなく周囲の砂や小石などを巻き込むことで破壊力を向上させており、生身で触れれば文字通り”削られる”。

風来(ふうらい)砂巻(すなま)き】
 肺に取り込んだ空気を両腕を介して排出し、それを乱回転させながら高圧縮。正面へと撃ち出して破裂させ、巨大な竜巻を形成し攻撃する。
 指定した対象をある程度追尾してくれるが竜巻自体の移動速度が遅いため足の速い者に対して効果は薄い(ただし副次的に周囲へと発生する被害は壊滅的の一言)。

天響吹刃(てんきょうふうじん)滅光(めっこう)
 莫大な空気を吸いこんで肺の中で超圧縮。体内で摂氏数万度にも昇る高電離気体(プラズマ)を瞬間的に生成し口から吐き出すことで攻撃する。見た目は完全に某巨〇兵のプロトンビーム。
 現時点で凶裏が保有する技で一番強力な反面リスクも特級。燃費が悪いのは当然だが、空気を吸いこむための要求時間が五~十秒以上と白兵戦ではまず使用できない程隙が大きく、また使えたとしても使用後は肺を中心とした体内が焼けついて再生まで身動きがとれなくなる。
 そのため基本的に相手がどう頑張っても十秒で辿り着けない程遠くにいる時にしか使えないハイリスクハイリターンな必殺技。

壓颯(えんそう)(つるぎ)
 肺に取り込んだ空気を片腕だけに排出しつつ腕の周りに収束。開放することで長大な風の剣を形成する。攻撃範囲・攻撃力が非常に高い反面使用には二、三秒ほどの”溜め”が必要であり、また維持できる時間も長くて十秒程度。

空砲(くうほう)玉風息吹(たまかぜのいぶき)
 肺に取り込んだ空気を圧縮して吐き出す技。所謂強力な空気砲であり、見た目は他の技と比べて地味に見えるが、撃ち出された圧縮空気弾は着弾時に破裂して強烈な衝撃を全方位にまき散らすため対人用としては威力は十二分。威力調整も楽なため牽制目的によく用いられる。
 カナエの鳩尾に叩き込まれたのもこの技を(後で甚振るために)それなりに加減して放ったものである。
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