水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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遅れてメンゴ(震え声)

キヴォトスで先生始めたりトレセン学園でトレーナーしてたらつい執筆意欲がね……?



第参拾陸話 兄として

 真っ黒な場所で、不死川実弥は微睡んでいた。

 

 まるで水の上に浮かんでいるような感覚。一寸先すら黒しかない真っ暗闇の中で、彼はうっすらと意識を目覚めさせ始める。ただ実弥は、完全に目覚めてしまえばきっとこの場所に自分はいないだろうとどこかで確信じみたものを抱いていた。

 

「実弥」

 

 誰かの手の感触が実弥の頬に触れる。そして彼はそれが誰の手かをすぐに判別できた。間違えるものか。自分が産まれてからずっと触れあってきた少し硬い、しかし暖かく優しい感触。母の手を。

 

「就也も、弘も、ことも、貞子と寿美も……私が、手にかけてしまった」

 

 実弥の母である志津は、自分自身を呪い殺しそうなほどの声音で告げる。そして実弥は何も言わず涙した。どうしてこんなことに、と何度も心の中で悔やみながら。

 

「ごめんなさい。貴方たちを立派に育て上げるつもりが……結局最後まで、足手まといにしかなれなかったお母さんを許して……」

「……母、ちゃん」

「実弥。どうか、どうか私のことは忘れて、幸せに生きなさい。……玄弥のことも、ちゃんと守ってあげてね……」

「……母ちゃん……!」

「ずっと、ずっと……貴方たちのことを、見守っているわ……」

 

 頬に触れた手がするりと離れていく。実弥はすぐさまその手を掴もうと手を伸ばそうとするが、身体は一向に動かない。動けと命じても、彼の身体は指一本たりとも動きやしない。

 

 歯を食いしばりながら実弥は目を力いっぱい開ける。そしてようやく動けるようになった手を暗闇の中へと伸ばし――――

 

 

 

「母ちゃん!!!」

 

 

 

 手が空を切る。

 

「……………………夢、か?」

 

 顔に滲む汗が頬を伝うのを感じながら、実弥はズキズキと痛む顔を押さえ、体を起こしながら辺りを見回す。

 

 見慣れない部屋だ。少なくとも自分の家ではなかった。そして微かに漂う薬品のような刺激臭から此処が病院の類であると彼は察する。

 

(いや、そんなことはどうでもいい。早く母ちゃんが無事かどうかを確かめ――――て……)

 

 正常な思考を取り戻した途端、彼の脳裏に気絶する前の光景がフラッシュバックする。

 

 目を血走らせ、飢えた獣のように狂った母親。それを知らずに何度も鉈で叩き斬り続けた己。生死の行方も分からない激闘。突然の閃光と、戦いの終わり。夜明け。獣の正体。

 

 

 母親の、生首。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!」

 

 

 全てを思い出した瞬間、彼は狂乱のままに壁に頭を何度も叩きつけた。その騒ぎに気付いたのだろう、扉を開けて見知らぬ少年が部屋に入り、目を血走らせた彼を羽交い締めにして制止する。

 

「お、おい! やめろ! 落ち着けって! 死ぬ気か!?」

「うるせぇええええええええええッ!! アイツはッ、アイツは何処だ!! 俺のお袋を殺したあの糞野郎は何処に行ったッ!! 殺してやるッ!! アイツも同じように首を刎ね飛ばしてやるッ!!」

「落ち着けつってんだろこのボケッ!!」

「ぐえっ」

 

 少年にキツイ一発を頬に叩き込まれたことで実弥の頭は一応冷え始めた。そして無我夢中だったせいで忘れていたのだろう頭への痛みも今やっと思い出したのか、グワングワンと痛む頭を押さえて千鳥足になり始めた。

 

 謎の少年はそんな彼に肩を貸して元から寝ていた寝台へと寝かせた。そして五分ほど経って平常心になった頃合いに、ようやく自分が何者かを語り始める。

 

「俺の名は後藤。その、鬼殺隊の隠っていう役職に就いている」

「きさつたい? かくし? ……んだそりゃ」

「ああ、鬼殺隊っていうのは――――」

 

 少年……後藤はできる限り事細やかに鬼殺隊や鬼について語り始める。

 

 千年前に鬼の始祖と呼ばれる存在が生まれたこと。その鬼の始祖は何らかの目的で度々人を鬼に変え続けていること。鬼に変じた人間は人とは思えぬ怪力と異能を引き換えに人を食べたいという衝動に駆られること。そんな怪物を狩るために鬼殺隊は組織されていること。また隠とは後方任務を担当する役であること。

 

 そして最後に……実弥の母は鬼に変えられたことを。

 

「これが俺からお前に言える全てだ。……何か、質問はあるか?」

「何か……何か方法はなかったのかよ! 戻せる方法は!? 何でもいい、人が鬼に変えられたんなら逆に人に戻せる方法が何かあるはずだろうがァ!!」

「無い。少なくとも鬼殺隊では、そんなことが出来る方法は何一つ、確認していない……」

「……じゃあ、弟は……俺の弟妹たちはどうなった! 玄弥は! 就也は! みんなどこにいる!!」

「……………玄弥っていう子以外は、皆手遅れだった。……すまん」

「っっっ…………ぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

 絞り出すように、爪が手の内に食いこむほど握りしめて実弥は呻いた。せめて一人生き残ってくれたのは喜ぼう。だがそれ以上の悲しみと絶望が彼の胸に食い潰していく。

 

「なんでだよ! なんでっ、なんで俺たちが、こんな目に遭わなきゃならねェんだ!!」

「……………鬼の被害に遭って身寄りを失った子供は、近くの藤の花の家紋が付けられた家に預けられることになっている。衣食住に不自由はしないと思うから、安心してくれ」

「クソッ、クソッ! クソッタレがァッ……!!」

(聞いちゃいねぇ……まあ、無理もないか)

 

 家族に暴力を振るってばかりのロクデナシな父が死んで、ようやく改めて地に足を付けた生活ができると思っていたのに。いつも苦労しているお袋を兄弟姉妹皆で支え合って生きていけるはずだったのに、その矢先にこんな事が起こるだなんてどう予測する。

 

 この理不尽に対する怒りだけは底なしに出てくる。だが、それをぶつける先がわからない実弥は拳を握りしめ、悔しさのままに涙を流し続けた。

 

 だが、彼はやがて今まで得た情報の中で己が母の仇を把握する。そして涙を服の袖で拭いながら、ただならぬ眼光で今この場で唯一敵討ちへと繋がる伝手である後藤を見る。

 

「……なァ、後藤つったか……」

「? あ、ああ、なんだ?」

「俺の母ちゃんは……鬼に変えられたんだよな。一体、誰にだ?」

「鬼舞辻。鬼舞辻無惨だ」

「鬼殺隊は、そいつを追っかけてるんだったよな?」

「そうだ」

「だったら……俺を鬼殺隊に入れやがれ」

「!」

 

 興奮が冷めぬまま実弥は血だらけの手で後藤の胸倉を掴み上げてそう要求する。しかし後藤の方はあまり乗り気でないのか渋い表情を崩さずにいた。

 

「待て、落ちつけ! 玄弥君は、弟はどうするつもりだ!?」

「テメェがさっき衣食住に困らない藤の花のなんたらに預けられるつってたろうが!」

「聞いてたのかよ!?」

「それに鬼なんつゥ存在がいるんだったら、尚更俺が力を付けなきゃなんねェ……! また鬼に襲われて、俺も玄弥もその時また五体満足で生き残れる保証なんてねェ!」

「だが……」

「それに、よォ」

 

 実弥は胸倉を掴む手を震わせ、歯を食いしばり、抑え込んでいた筈の涙を漏らしながらも、万感の思いが籠った言葉を、後藤へとぶつける。己の決意を。

 

「お袋を化物に変えられて、殺されることになって、息子の俺が何もなかったように黙って生きるなんてなァ! そこらで無様に野垂れ死ぬことと何が変わらねェんだ!? 俺は誰に何を言われようが俺一人になろうがやってやる! お袋を鬼に変えやがった無惨っていう糞野郎をこの手で絶対にぶっ殺してやる!! 鬼なんてふざけた存在も一匹残らずぶっ殺して、玄弥がちゃんと安心して生きていける世の中にするんだよ!! だから黙って俺に協力しやがれェ!!!」

「…………………わかった。わかったよ。協力してやるから、少し落ち着け」

「フゥッ、フゥッ、フゥゥゥゥゥゥゥッ……ごほっ、ゲホッ……!」

 

 溜まりに溜まった鬱憤を怒号と共に全て吐き出し終えると、実弥はむせ返りながら寝台へと倒れ込む。

 

 そのあまりの剣幕をぶつけられた後藤も少し引き気味であったが、彼も彼なりの事情で鬼殺隊に身を投じた存在。実弥の気持ちを痛いほど理解出来た。故に後藤は素直に彼の手助けをしようと小さく決意を固めるのであった。

 

「この紙に書いた場所に俺の師匠がいる。教えてくれる呼吸がお前に合うものかはわからないけど、基礎は間違いなく修められるはずだ」

「……ありがとよ」

「いいってことよ。とりあえず今は療養しろよ? そこにいる弟と積もる話もあるだろうしな」

「っ……!」

 

 ハッと言われて実弥が顔を上げると、部屋の戸の後ろに隠れるように怯えた顔を浮かべる弟の玄弥がこちらを覗いていることに気付いた。後藤も気を利かせたのかそそくさと立ち去り、見知らぬ人が消えたことによって玄弥も恐る恐ると部屋の中に足を踏み入れた。

 

「に、兄ちゃん……お、俺……」

「玄弥、聞いてたのか?」

「うん……」

「……そうか」

 

 何処から聞いていたのかは言わなかったが、実弥はその様子から半分以上は聞いたと察せられた。少なくとも鬼殺隊が鬼という危険な存在と戦うための組織であり、自分がそこに入ろうとしていることは聞いてしまったのだろう。おかげで玄弥はとても不安そうな表情を浮かべている。

 

「兄ちゃん、本当に行くの……?」

「ああ」

「だ、だったら俺も行く! 俺も兄ちゃんと一緒に行って役に立ちたい!」

「駄目だ。お前は普通に生きやがれ。幸い衣食住に困ることはねェんだ」

「でも!」

「頼む」

 

 玄弥にそう言う実弥の憔悴し弱り切った顔を見て、玄弥は何も言えなくなる。

 

 一晩で弟を、妹を、母を失った。一家の長男として、唯一残った肉親である玄弥まで失うのは実弥にとって耐え難い苦痛に他ならない。故に争い事からなるべく離そうとするのも、無理はなかった。

 

 それから一息ついた実弥は無言で隣に座る玄弥の身体をギュッと抱きしめた。玄弥もやがて震える手を動かし、兄の身体を抱きしめ返す。

 

「玄弥。お前は、お前だけは必ず、兄ちゃんが守ってやる……兄ちゃんが、絶対に……!」

「兄ちゃん……」

 

 悲壮な決意が、彼にとっての新たな一歩の始まりであった。

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 戦うのがこれほど辛いことだと知っていれば、俺はこの手に刀など取らなかったのだろうか。

 

 後悔しているのか? ……していないといえば、まあ、嘘になるのだろう。だが、だからと言って今更すべてを手放して無責任に生きれるほど俺は図太くないし、そんなことをするならそもそも戦おうとすら思っていない。

 

 だけど、やはり。

 

 ……辛い。

 

「……………すぅー……ふー……」

 

 柔らかな寝台の上。窓から差し込む木漏れ日。程よく換気されたさわやかな空気をほんの少し吸い込み、深く吐く。

 

 下弦の伍との戦いを終え、当地の病院から無事花屋敷へと移った俺は精密な検査と治療の末、全治二ヵ月を言い渡された。体はともかく、左腕の骨折に関しては慎重かつ確実な治療が必要となるらしいので、俺も素直にそれを受け入れた。無理をして腕一本が使い物にならなくなるのは俺とて不本意なのだから。

 

 しかし二か月もの間安静にしていなければならないということは、その間俺は鍛錬の様な激しい運動等はできなくなるということ。だが果たしてじっとしていられない性分の俺が、何事もなくその期間を過ごせるのだろうか。

 

(…………その間に、心の整理をつけておかないとな)

 

 正直、このまま復帰したとして前のように戦えるのかどうか俺は非常に不安だった。今の精神状態では、おそらく少し前のカナエのように、まともに戦えるかは非常に怪しいところだ。

 

 ある意味で、ずっと後回しにしていた問題にようやく向き合う時が来た、ということなのだろう。――――これから首を切る相手が、誰かの親しい肉親であるかもしれない、という事実に。

 

 鬼と化した者がどいつもこいつも同情ができない屑共ならいい。それなら俺も何の気兼ねもなく叩き斬れる。だがそんな甘い話はない。このまま鬼殺隊に身を置き続けるならば、きっとこれから何度もああいう場面に出くわすことになる。

 

(……不死川たちは……今頃どうしているのだろうか……)

 

 三日ほど前、花屋敷へと移る前に倒した鬼は間違いなく不死川兄弟の母だった。子供が襲われているという非常事態を目の当たりにしてしまったため、確認もせずに即座に切り殺した。

 

 鬼殺隊の立場からすればそれは決して間違った判断ではない。むしろ最適とすら言える。だが……個人的には、思わず自虐したくなるほど早まった行為だとしか評せない。

 

 現時点で鬼を人に戻せる方法は存在しない。だが、時が経てばその方法は生まれてくる。戻せる可能性はあったのだ。なのに、俺は……。

 

(悲しみを少しでも減らすために戦っていた……つもり、だったんだ……)

 

 正しいことをしたいのに、できない。足りない。何故だ? 何がいけなかった? 何が不足だった?

 

(――――全部だ)

 

 心も、体も、技も。全部が未熟だ。足りない。足らな過ぎる。

 

 望む結果を手繰り寄せるためには、相応の努力が必要だ。ということは、俺はもっと貪欲にならなければならないのだろう。

 

 もっと、もっと力を。

 

「――――冨岡さん!」

「?」

 

 大きな音を立てて扉を開けて部屋に入ってきたのは二人の少女、アオイとカナヲだ。しかしなぜかアオイは頬を小さく膨らませながら小さく怒った様子であり、そんなアオイに手をつかまれているカナヲはいつもの無表情などどこかに行ったかのようにオロオロと戸惑いの様子だ。

 

 一体何が起こったというのだろう。まさか知り合いが大怪我でも――――

 

「カナヲの名字を! つけましょう!!」

「は?」

 

 …………………あ、忘れてた。

 

 

 

 

 

 今更ながらカナヲと出会ったからもう三ヶ月以上もの時が過ぎた。しかし今までいろいろと忙しかったり入院してたりで後回しにしていたが、そろそろ苗字を与えてもいい頃だろう。

 

「そういう訳で皆集まったのだけれど……どうしようかしらね?」

「うぅむ……」

 

 丁度休日を取っていた錆兎、暇していた真菰としのぶ、俺と同じく傷を癒すため療養中のカナエ、最後に花屋敷年少組であるアオイとカナヲたちが揃って俺の病室に集合し、カナヲにつけるべき苗字に対して頭を悩ませていた。

 

 下手すれば一生ものになるのだ、迷うのも当然ではある。

 

「姉さん、此処はやっぱりそれぞれ考えたものを出してカナヲ本人に選ばせるべきなんじゃない? この子、ヘンテコな苗字付けられても拒否とかしそうにないし」

「私もそう思います!」

 

 しのぶの一声によって苗字を決める方法は決まった。これで後は各々が考えた苗字を紙に書いて、それをカナヲに選ばせるだけである。

 

 という訳で俺は「栗花落」という苗字を書いて提出した。原作のままじゃないかって? 変える理由もないのに変える奴はいないだろう。それに個人的に綺麗な苗字だと思うし。

 

「そろそろ皆出し終えたかな? じゃあじゃあカナヲちゃん、この中から好きなのを選んでね~。あ、全部気に入らないならその時に言ってね?」

「真菰、親切のふりしてさりげなく真ん中に自分の紙を置くんじゃない」

「えー、けちー」

「……………」

 

 じっと正座のまま微動だにしないカナヲが目の前に並べられた六枚の紙へと順番に視線を移していく。途中真横に座っているアオイのキラキラとした顔を見て少しだけ困った表情を見せたりしたが、やがて一度目を伏せて……何故か俺の方を見た。

 

「……? カナヲ、どうかしたのか?」

「…………がいい」

「え?」

 

 とてとてとカナヲは寝台にいる俺の傍に寄ると、患者服の裾をぎゅっと握って、何かを決心したようにはっきりと声を出した。

 

 あまりに予想外な一声を。

 

「冨岡が、いい」

「………………んんんん?????????????」

 

 その言葉で場の空気が一瞬で凍り付いた。

 

 えーと、その、うーん……なんで……?

 

「ちょっ、ちょっと義勇さんどういうことですか!? 説明を! 説明を要求します!」

「苗字を同じものにすることで距離を一気に詰めるだなんて……カナヲ、恐ろしい子……!」

「カ、カナヲ? ほ、ほら、私の苗字とか凄くカッコいいから! 冨岡もいいけど神崎もいいと思う!」

「そういう問題ではないと思うんだが……」

「あははー、義勇もやり手だね~」

 

 予想通り全員大混乱だ。そして俺も混乱している。なんだこれ、なんなんだ。どうしてこうなる。

 

「カナヲ、何で俺の苗字が欲しいんだ? 理由はあるのか?」

 

 とりあえず落ち着きを保つことを努力しつつ、本人に理由の方を聞いてみることにする。どんな理由であろうとも本人が本心から俺の苗字がいいというなら別に苗字が同じになるくらい構いやしないが……。

 

「………お兄ちゃんの、妹になりたい」

「………………そうか」

 

 カナヲは俺だけに聞こえるくらいの小さな声でそう言った。

 

 彼女の言う“お兄ちゃん”が誰を指すものかわからないほど、俺も鈍感ではない。その言葉の裏に隠された感情を何となく察した俺は、俺の服を握るカナヲの頭を小さく撫でる。

 

 この子は愛情を求めている。無くしたモノの代わりを欲しがっている。そしてそれを間接的に奪ってしまったのは、俺だ。

 

 ならば、責任を取らねばならない。

 

「俺の両親は既に死んでいる以上、形式上は義理の家族ではなく、苗字が同じだけの他人ということになる。が、お前が俺を兄と呼びたいのならば、俺もお前を妹として愛せるように努力してみる」

「……うん」

 

 まさか今更俺が義理とはいえ妹を持つことになるとは。本当に人生何が起こるかわかったものではない。

 

 お兄ちゃん。お兄ちゃん、か。

 

 ……頑張らないとな。

 

「ちょっと義勇さん! 聞いてますか!?」

「聞いている。聞いているから体を揺らさないでくれ、結構痛い」

「あ、ごめんなさい。ってそうじゃなくて!」

「まあまあ、いいじゃないしのぶ。カナヲちゃんも義勇君もなんだか納得しているみたいだし、私たちがとやかく言っても仕方ないわ。それくらいにしておきなさいな」

「うぅ~……折角カナヲを妹にできると思ったのに……」

「私のカナヲ神崎化計画が……」

 

 カナヲを身内にしようとしていた二人が揃って膝を突いて蹲りシクシクと涙目になる。どんだけショックだったんだお前たち。

 

「うーん」

「? どうしたの真菰ちゃん?」

 

 蹲るしのぶとアオイを見て苦笑いを浮かべていると、ふと真菰が珍妙な表情で唸りながらカナエのことをジッと凝視する。見られていることに気付いたカナエは心当たりがないのだろう、首を傾げて真菰に問いかけた。

 

 問われたのならば返すのが礼儀。真菰は発言の許しを得たのだと思い、遠慮なく言葉の爆弾を投下する。

 

「なんかさ、義勇とカナエちゃんの距離近くない?」

「「へ?」」

「いや、なんていうか、カナエちゃんから義勇に向かう視線になーんか変化というか……あ、そういうことね。あちゃ~」

「おい真菰、何を一人で納得している。ちゃんと説明しろ」

「だーめ。乙女の秘密は神聖不可侵なんだよ?」

 

 俺も錆兎の言葉に同意であった。一人で疑問を提示したかと思いきや突然一転して自己完結されても反応に困るというもの。せめて少しくらい説明をしてほしいものだ。

 

 しかし真菰はニッコリ爽やかな笑顔で拒否した。なんで?

 

「きっ、ききき気のせいじゃないかしら真菰ちゃん……? べ、別に何も変わりないと思うのだけれど……?」

「ほんとぉ? ほら、聞けば前の任務は一緒に取り組んだらしいじゃん? だったらそこでちょめちょめしたんじゃないの~?」

「なっ、そんなことで姉さんがする訳ないでしょう!? そうよね、姉さん!」

「あー、えっとぉ、そのぉ……」

「……………え? ね、姉さん?」

「真菰、変な邪推はやめろ。精々添い寝と膝枕しかしてないぞ」

 

 年頃の娘は色恋沙汰に飢えているのか、話が変な方向に向かおうとしたので俺はすぐさまフォローを入れた。全く、創作の登場人物ならともかく現実の知人に対してそのような夢想を抱かれても困る。俺は別にどうとも思わないが、カナエは繊細な乙女。俺なんかとそういう関係だと思われては失礼だろう。

 

 そう思って我ながらナイスな援護射撃ができたとちょっとだけ鼻が高くなるが――――なんで皆無言で黙っているのだろうか。当時のカナエの精神状態を鑑みてメンタルケアのために添い寝と膝枕を(俺が)してあげたというだけなのに。

 

「し、しのぶ、ち、違うのよ? これは、その、あの」

「………………姉さん。ちょっと、外でお話しましょうか」

「あ、私も行く行く! いやぁ、面白ゲフンゲフン、修羅場になってきましたなぁ~」

「義勇君! 助けてぇ!?」

「…………???」

 

 なんだかよくわからないうちにしのぶがカナエを引き摺って出て行ってしまった。真菰は何が面白いのか新しいおもちゃを見つけたような小悪魔の様な悪い笑みを浮かべて二人の後を追って行ってしまう。

 

 はて、何が起こっているんだろうか……?

 

「……え!? カナエさんと義勇さんって恋人同士じゃなかったんですか!?」

「違うと前々から言っていた筈なのだが。そもそも、俺ではカナエに吊り合わないだろう。彼女にはいつか俺などとは比べ物にならない、彼女を幸せにするに相応しい素晴らしい殿方が現れるはずだ」

「……あの、錆兎さん、これ素ですか?」

「残念ながらな……恐ろしいぞ、天性のタラシというやつは」

「?」

 

 いつもの事ながら、周りが何を話しているのかさっぱりわからない。俺が自覚している欠点の一つであることは理解しているのだが、如何せんどうやって改善すればいいのやら。なるべく理解できるように努力はしているつもりなのだが……。

 

「……お兄ちゃん」

「ん、どうかしたか、カナヲ」

「……呼んでみた、だけ」

「そうか」

 

 そうだ。欠点の改善も大事なことだが、それよりまず今日から妹になったカナヲに対して何をしてやれるか考える方が大事だ。

 

 しかし兄、俺が兄か。俺は末っ子だから、下の子に対して何をしてやるべきかさっぱり……。

 

(……そういえば)

 

 思えば、この子の周りには私物があまりないような気がする。更にこの子はまだまだ幼く、将来のためにもどんどん知識を吸収していくべき時期だ。

 

 そうとなれば、やるべきことは――――

 

 

 

 

 

「姉さん。説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」

「し、しのぶ? 顔が、顔が女の子がしちゃいけない感じになってるわよ……? お、落ち着いて? ね?」

 

 無事壁際へと追い込まれた胡蝶カナエ。般若の如き怒りの形相を浮かべた妹は容赦なく、しかし淡々とした口調で顔の横に手をつかせて姉の逃げ場をなくし、徹底的に問い詰めていた。

 

 そんなかつてないほど恐ろく慈悲という感情の抜け落ちた顔になってしまっている妹に対しカナエはなんと言えばいいかわからず涙目で縮こまるだけ。しかしそんな彼女にようやく救いの手が差し伸べられた。

 

「まあまあしのぶちゃん、ここは一つ寛大な心で言い訳の一つくらい聞いてあげようよ。ほら、義勇が言葉足らずなせいで私たちが誤解しているだけかもしれないじゃん?」

「それは……あり得ますね」

 

 義勇の言葉足らずや空気の読めなさは彼の知人の間では周知の事実である。真菰の言い分にも一理あると納得したしのぶはため息をつきながらも顔を一度整え、改めて姉に説明を要求した。

 

「で? 実際の所どうなの姉さん?」

「ええと……膝枕と添い寝は、嘘じゃないのよ。でっ、でも正確に言えば、義勇君が私に対して膝枕をしてくれたって意味だし、添い寝も私から願ったというかなんというか……」

「もっと訳が分からないんだけど!? なんで姉さんがそんなことするのよ!?」

 

 ごもっともである。カナエとて年頃の娘としての最低限の倫理観や常識は備えているはず。にもかかわらずただの友人である男子相手にそんな行動を実行したのだから、しのぶは余計に訳が分からなかった。もう既に色々と察している真菰は別であったが。

 

「なるほど、なるほどねぇ。しのぶちゃん、これはもう認めるしかないよ」

「え? 何を?」

「つまり――――カナエちゃんはしのぶちゃんと同じように義勇君に恋慕しているんだよっ!」

「な、え……うぇえっ!?」

 

 自慢げにそう断言する真菰。しかししのぶはそれを何かの冗談だとしか受けなかったのか、苦笑いを浮かべつつ姉の否定の声を心待ちにする。が、何秒経ってもうんともすんとも言わないカナエ。

 

 そんなまさか、と嫌な予感を抱きつつしのぶは壊れた絡繰りのようにぎこちない動作で首を回し、姉の表情を覗き見ると……。

 

「…………えっ、と、困るわ……そんな、はっきりと言われちゃったら……私……」

「」

 

 両手の人差し指をツンツンと合わせながらカナエが見せる、生まれて初めて見る姉の女としての顔を直視してしのぶは頭が真っ白になった。

 

「義勇も罪な男だねぇ。それできっかけは?」

「その……私が弱ってる時にずっと傍にいてくれて……戦う時も、何度も私を守ろうとしてくれたし、何よりも私を信じてくれたから……しのぶには悪いと思っているのよ? でも……あの人を、好きになっちゃったの……」

「ドウシテ……ドウシテ……」

「おーいしのぶちゃーん、戻ってこーい」

 

 心も体も真っ白に燃え尽きた様子のしのぶは真菰に肩を揺らされ、頭を叩かれても譫言を繰り返すばかり。それほど信頼している姉の初めて見る顔がショックだったのだろう。何より自身の思い人に横恋慕された怒りと、それ以上に納得の心を抱いて衝突させているばかりに。

 

 姉妹なのだ。男の好みが似ることもあるだろうし、何より惚れた理由も理解ができる。というかほぼ同じである。もしこれがどこの馬の骨とも知らない女であれば対抗心もむき出しにできようが……。

 

「わ、私の恋を応援してくれるって言ったのは何だったのよ!? 姉さんの嘘つき! 泥棒猫!」

「し、仕方ないじゃない! 好きになっちゃったんだからっ!」

(うわぁ、現実で姉妹で一人の男を奪い合う場面を見ることになるとは思わなかったなぁ……)

 

 暇になったときに読みふける愛憎劇ものの書物を思い出しつつ状況を面白がる真菰であったが、だからと言ってこのまま仲の良い友人同士がドロドロのキャットファイトを始めることを望んでいるわけではない。彼女は込み上げる愉悦が最大限顔に出ないよう努力しつつ「まあまあ」と二人の間に入り仲介を試みた。

 

「二人とも、ここは冷静になろうよ。深呼吸深呼吸」

「フシャーッ!」

「あうあうあう」

「駄目だこりゃ……。仕方ない、そんな二人に私が一つ名案を出そうか」

「「……名案?」」

 

 あまり期待はせずに胡蝶姉妹はなんだか黒い笑みを浮かべている真菰の言葉に耳を傾けた。同時に病室にいる義勇は何か寒気のようなものを感じたとか感じていないとか。

 

 

「逆に考えるんだ。姉妹丼すればいいじゃない、と」

((何言ってるのこの人……))

 

 

 返ってきた反応はドン引きであった。法律的にもアウトであるため当たり前の反応である。

 

「え? 駄目だった?」

「駄目に決まってるでしょう!? 法律で重婚は禁じられてるし、そもそも一人の男性が何人も女性を侍らすなんて不潔よ!」

「内縁の妻とか愛人枠とかならギリ行けるって、大丈夫大丈夫。それにそうでもしないとしのぶちゃんとカナエちゃん、どっちかが諦めることになるよ。それでもいいの?」

「それは……」

「そうかもしれないけど……」

 

 まさしく悪魔の誘惑であった。確かに女として惚れた異性を盗られたくないという思いはあるが、それ以外にも家族には幸せになってほしいという思いもある。しかし片方を成就させるためにはどちらかがこの初恋を手放さなければならないというのが非情な現実。

 

 だからと言って二人一緒というのも戸惑われる。もしそれが社会的に許される行いであるのならば、喜んでそうするだろうが。

 

「二人とも」

 

 そんな揺れる両者の方に手を乗せて、真菰は最後のひと押しを慣行した。

 

「義勇としのぶ、結ばれる。義勇とカナエ、結ばれる。三人幸せ。みんな幸せ。子供もたくさん。孫もいっぱい。大団円。違う?」

「「ちがわないです……」」

「よし」

 

 惑う二人の心の隙間にするりと手を伸ばして、なんだか進んではいけないような道に叩き落したことに確かな手ごたえを感じた真菰は渾身のガッツポーズを決めた。俗にいう洗脳である。

 

「つまり私と姉さんで義勇さんの一番と二番になればいいってことなのよね!?」

「しのぶー、言っておくけどお姉ちゃんは一番を譲る気はないからね?」

「こっちの台詞よ! 私が義勇さんの一番になるんだから! 相手が姉さんでも絶対負けない!」

「うんうん、姉妹仲がいいのはよきかなよきかな」

 

 恋の熱に浮かされて自分でも何を言っているのかよくわかってない胡蝶姉妹は後に自身の台詞を振り返ることになるが、それはもう少し先の話である。

 

 なお、そんな混沌とした事態を作り上げた張本人(真菰)はいかにも一仕事を終えたような充実した表情をしていた。

 

 

 

 





栗花落?奴さん死んだよ


俺が殺した(動機:ただのノリ)
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