水に憑いたのならば   作:猛烈に背中が痛い

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第漆話 鯉は滝を昇りて龍と為る

 最終選別五日目。一向に錆兎とは出会える気配がなく、俺は本格的に焦り始めてきた。

 

 定期的にカナエの所に戻って確認しているが、運が悪いのか毎度毎度すれ違いになっている。不幸中の幸いなのはその際にカナエから錆兎の無事を確認できることか。

 

 だがそろそろ合流しなければまずい。もういつ錆兎が手鬼と交戦してもおかしくない状態だ。一刻も早く見つけなければ。

 

「――――誰か! 誰かいないのか!? 誰でもいい、こっちに来てくれぇ!」

「!」

 

 周囲を散策しながら走り続けていると助けを求める声が耳に飛び込んできた。俺は即座に進路を変えて声のする方へと駆ける。

 

「おい、大丈夫か。何があった」

「あ、ああ……よかった! 頼む、あいつを助けてくれ! 俺を逃がそうとして今異形の鬼と戦っていて――――」

「っ、何処だ!? 何処にいる!」

 

 地面へとへたり込んでいた少年を助け起こそうとすれば、彼の口から重要な手がかりらしき言葉が出てきたことで俺の感情は一気に高ぶった。そして同時に現状も理解する。

 

 まずい、一秒でも早く駆けつけねばまずい――――!!

 

「あっちだ! 北の方角だ! 距離はそう遠くないはずだ!」

「感謝する!」

 

 俺は少年の指さす方向へと全力で跳んで疾走した。防ぎたかった事態が目前まで来ている以上余裕など少しもなかった。

 

 全身から搾れるだけの力を全て出しながら足を動かし、高速で森の中を駆け巡る。

 

 景色が高速で後方へと吸い込まれ続け、そうして凡そ三十秒も経たない頃に――――その景色は、見えた。

 

 

 今にも異形の鬼に頭を握り潰されそうな、錆兎の姿が。

 

 

「――――錆兎ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 

 

 駄目だ。遠すぎる、間に合わない。駄目だ駄目だ駄目だ。ふざけるのも大概にしろ冨岡義勇。何のためにこの一年間死に物狂いで頑張ってきたんだ。その結果がこれか。(お前)はその程度の人間だったのか――――!

 

 一瞬でいい。

 

 手足が千切れても構わない。

 

 走れ。

 

 間に合え。

 

 

(届けぇぇぇぇぇぇえええええええええええええ――――ッ!!!!)

 

 

 ドクン、と。心臓の鼓動が跳ね上がり、全身から途方もない熱が出始める。

 

 これはあの時の――――蔦子姉さんを助けた時と同じ感覚。何かを代償にしてやっと踏み越えられる一線を飛び越えたことを知覚した俺は、一瞬だけ前足を踏み込み地面を、蹴った。

 

 刹那の瞬きの間に景色は一変し、俺の手は錆兎の羽織の襟首を掴んでいた。そして別の手で抜刀しながら錆兎の体を地面へと投げ、同時に迫りくる手鬼の腕を真っ二つに切断。撥ね飛ばされた腕は俺の頭皮を大きく掠めながら遥か後方にドチャリと音を立てながら転がり落ちる。

 

 俺も同様に地へと滑るように着地し、はち切れんばかりの怒りと共に鬼と相対した。

 

「……あ? その面は、そうかお前もか! 今日の俺は運がいい! 何せ鱗滝の弟子が二人も自分から姿を見せてくれたんだからなァ! さて、お前はどう殺してくれようか」

「義、勇……」

「……ああ、間に合った……」

 

 楽し気に嗤う異形の鬼を無視しながら、俺は後ろで倒れている錆兎を見る。

 

 大丈夫だ、大した怪我は無い。そしてやはりその手に握る日輪刀は折れている。木っ端共を二十少し切ったくらいでは結果が変わらないとは、やはりあの手鬼の硬さがそれだけ異常だったという事か。

 

 まあ、どうだっていい。

 

 元凶(こいつ)とようやく出会えたのだ。後は――――俺の手で滅殺するだけだ。

 

「二人で仲良く死んじまいなァァァァアアアア!!!」

「お前が死ね」

 

 手鬼が爆ぜるように無数の手を伸ばして、逃げ場を封じるように攻撃を仕掛けてきた。俺も諸共錆兎を潰し殺す腹積もりだろう。

 

 だが俺はその全てを見切り、剣を振るって全ての腕を輪切りにした。

 

 何故だろうか。この鬼の攻撃が酷く緩やかに見えてくる。走馬灯を見ているわけでもないのに、欠伸が出るくらい遅い。アイツが遅いのか、それとも。

 

「ア、アァァァァァアアアアアアッ!! よくもォ! よくも俺の腕をォォォォォ!! ゆるさァァァァァん! お前だけは絶対に苦しませてから――――」

「喧しいぞ汚物が」

 

 台詞を言い切る前に俺は一歩で距離を詰め、頸を固めていた鬼の腕を全て切り飛ばした。

 

 そのまま鮮血を出させる暇もなく即座にトドメの一撃を振ろうとして、しかし間一髪で地面からの不意打ちに気付き、跳躍することで俺は難を逃れる。

 

(仕留めそこなった! だが空中では攻撃は躱せない! 勝った――――!!)

 

 だがそれは一瞬の事。手鬼は新しく生やした腕を空へと伸ばし空中にいる俺を潰れた肉塊へと変えようと試みた。俺はゆっくりと自分へと伸びてくる腕の群れを見ながら、淡々と刀を構える。

 

「【凪】」

 

 そう呟いた直後、俺の間合いに入ったすべての攻撃が掻き消えるように切断された。何てことは無い、剣の間合いに入った腕を片っ端から超高速斬撃で斬り捨てただけの事。

 

 攻撃を凌ぎ、手を切断された腕という鬼の頸への直通足場へと俺は着地。間髪入れずに腕を踏み、走り出した。

 

「な、ぁ、ひィッ――――!?」

 

 ほぼ一瞬で距離を詰めた俺は迷いなく鬼の頸へと刀を振り抜こうとする。これでやっとこいつの息の根を――――

 

「――――正気に戻れ義勇! 息が止まっている! 死ぬ気かっ!!」

「ッ―――――――――!?!?」

 

 刃が頸に届く寸前、錆兎の声が聞こえた。瞬間、身体の中から内臓が掻き回されているような不快感と肺に強烈な圧迫感が生まれ、否、蘇った。

 

 命を削ることで限界を超えた力を引き出していた負債だ。四肢の筋肉が幾つも千切れ、骨の関節は悲鳴を上げている。肺や心臓も極限状態だったが故に空気の供給が遮断されていたため、酸素を求めて狂ったように暴れだしている。

 

 俺は最後の力を振り絞って鬼の体を蹴り、可能な限り遠くの地面に倒れ伏した。

 

「が、はっ! ごほっ、ご、ぶっ……!!」

「義勇! しっかり息をしろ! クソッ、一体お前の身に何が……!?」

 

 胃の中身が逆流し、胃酸と血液の混じった嘔吐物が口から這い出てきた。全身からは力が全て抜け、指一本すら動かせない。不味い、鬼が近くにいるという状況でそれは駄目だ。

 

 そんな俺の体が、不意にふわりと持ち上げられた。錆兎が俺の体を担いだのだ。

 

「お前のおかげで頭が冷えた。一旦引くぞ!」

「待ァァァてェェェェェエエ!! 貴様アアアア!! 逃げるなアアアアアアア!! 鱗滝の弟子どもがァ! お前らに刻まれた傷の分だけ苦しませてやるゥゥゥゥ!! 絶対に逃がすかァァァァァアアッ!!!」

「言ってろ鈍間が――――!」

 

 俺が限界まで生やされた腕を全て叩き切っていたことが幸運だった。

 

 鬼は腕を再生しており、俺たちに攻撃を加えることができない。更にその巨体が災いして追いかけることすらできず、手鬼は惨めにも俺たちという餌をみすみす見逃す他なかった。

 

 思わず不敵な笑みがこぼれ、俺は精一杯の挑発的な顔を鬼へと見せつけながらその意識を闇へと落とした。

 

 

 

 

 

 

 

「クソォッ! クソォォォッ!! 狐小僧共めェェェ……俺を此処まで虚仮にしやがってッ! 絶対に許さんンン! 許さァァァん!!」

 

 再生をようやく終えた手鬼が苛立ちを表現するかのように地団駄を踏みながら、目的の二人が消えた方向へと少しずつ歩みを進める。

 

 既に三十人前後食らって育ててきたこの身であるが、今この瞬間程不便と思った時は無かった。

 

 何せ、肥大化した身体が重すぎて碌に走れやしない。今まで逃げる奴は腕を伸ばすことで捕らえて来れたためこの問題を軽視していたが、問題を後回しにしてきたツケが今ようやく回ってきたらしい。

 

「身体を移動に適した形に変形させるにも養分が足りない……! クソッ、今回は一人も人間を食えなかった。血肉が足りない……! どこかに餌は居ないのか……!」

 

 鬼は人を食えば食うほど強くなり、肉体を変化させることができる。逆に言えば何も食えなければ何も変えられないという事でもあった。そして今回の選別ではこの鬼は未だ一人も人間を食うことができていない。おかげで飢餓による苦しみも手鬼の頭をガンガンと刺激していた。

 

 手鬼の苛立ちが最高潮に達した瞬間――――近くからガサリと草を揺らす音がする。

 

「アァ? 何だお前、同族か。クソッ、人間どもめ。一体どこに――――が、ぎゃッ!?」

「…………そうだ。身近に居たじゃあないか、上質な餌が」

 

 茂みから出てきた人型の鬼を見た瞬間、手鬼の脳内ではとある考えが浮かび上がっていた。そして反射的に手を伸ばして雑魚鬼の頭を握り潰さんばかりの力で捕まえ、自身の口元に引き寄せる。

 

 鬼は鬼舞辻の血によって生まれ、またその血を追加で摂取することで更に力を増幅させることができる(過剰に摂取すれば自壊するリスクがあるが)。そして、鬼の中には必ず多少なりとも鬼舞辻の血が存在している。

 

 その鬼を一体や二体ではなく、何体も取り込めばどうなるのか――――結果を想像するのはそう難しいことでは無かった。

 

「や、やめろォォォォ!! お前ッ、同族を食うのかァァァァァ!!?」

「安心しろ。お前の血肉はちゃんと俺が役立ててやる……」

「い、嫌、ぎゃごゅっ」

 

 グチャリ、グチャリと頭から食われる雑魚鬼。

 

 味は人間と比べて非常に貧しいものであったが、それでも一年ぶりの食事。久しぶりに取り込む新鮮な血肉に体が歓喜し、その中に鬼舞辻の血があるとわかるや否やドクンと手鬼の体に血管が浮かび上がる。

 

「ヒ、ヒヒャヒャ、ヒヒャハハハハハハハハハハハハハ!! いいぞォ! この調子で力を付けてあの狐小僧どもを、いや――――俺をこんな所に閉じ込めた鱗滝を殺してやる……! クク、クヒヒャハハハハハハ!!」

 

 醜い鬼の狂った笑い声が夜空に木霊する。

 

 四十年近く生き続けていた藤襲山最強の鬼が今、重い腰を上げて暴食を始める。それを止められる者は、まだ現れなかった。

 

 

 

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 

「う……勇……! 義勇……! おい、そのまましっかり気を持て!」

「っ、起きたの!? 冨岡君、聞こえる? 気絶したら駄目よ!」

「……錆、兎? 胡蝶……?」

 

 多数の呼び掛けにより微睡の世界が突如霧散し、虚ろ気な視界には見知った顔が映り出してきた。

 

 宍色の髪に口横の傷跡。間違いなく俺の兄弟子であり親友である錆兎の顔だ。その横には、この選別中で何度も顔を合わせた少女、カナエの顔もある。

 

 それを見て、俺は深い安堵に包まれる。

 

 ああ、よかった。錆兎は生きている。助けられた。救えた……!!

 

「錆――――いっ!?」

「無理に体を動かすな。鱗滝さんから貰った軟膏を全て使ってもこの様か……」

「全身が筋肉痛を起こしているのよ。無理もないわ。それに、頭も強く打ったみたいだし……安静にしていないと」

 

 すぐに立ち上がって状況を把握しようと試みるも、途端に全身を縛り上げる激痛。身体を動かそうとすれば反射的に筋肉が悲鳴を上げて全身を硬直させる。鱗滝さんの修行でも味わったことすらない強烈な痛みに、抵抗空しく口から情けない呻き声が湧き上がってきた。

 

 それでもどうにか周りだけを視線で確認すれば、円を描く様に藤の花が置かれた場所の内側で多数の負傷者が比較的軽傷な者に看病を受けている姿が見えた。

 

 どうやら此処は、カナエの作った藤の花の安全地帯らしい。

 

「ここは……そうか、無事に離脱できたのか」

「ほら、鎮痛剤よ。傷を治すわけでは無いけど、痛みは大分和らぐはずよ」

「あ、ああ。ありがとう、胡蝶……」

 

 どうやら辛うじて命は拾えたらしい。俺は安堵しつつ、カナエから鎮痛剤入りの水を飲ませてもらいどうにか動けるまでには身体を復帰させた。

 

 痛みによって全身から吹き出す汗を袖で拭きつつ、俺は空を見る。まだ夜だ。気絶してからそう時間は経っていないのか……?

 

「錆兎、今は何日目だ」

「今は六日目の夜だ。お前、ほぼ一日中昏睡状態だったんだぞ」

 

 現実はそう甘くは無かった。気絶して、適切な処置を受けて一日経ってもこのザマか。

 

 一体どんな動きをすればたった数分の間に此処まで身体を酷使させられるのか。

 

「とにかくよかったわ、目が覚めて。体からは熱が出てるし、心臓の音も異常だったから本当に気が気じゃなかったけど、何とかなりそうね……」

「その上気絶している間俺の服を全く離さないと来た。子供かお前は」

「……すまない」

 

 言われて俺は自分が錆兎の羽織を無意識に握りしめていたことに気付く。途端に恥ずかしくなってパッと手を放すが、錆兎とカナエは変わらず優しげな瞳で俺を見るだけだ。やめてくれ、そんな暖かい目で俺を見るな。

 

 とにもかくにも、俺はこの選別における最大の目的を達成することができた。選別終了は七日目の朝。つまりあと数時間で俺と錆兎は無事鬼殺隊への門を潜り抜けることができるのだ。

 

 だがやはり、あの手鬼を仕留められなかったことが重大な心残りだ。あれを今仕留めなければ、次の最終選別でどれだけの被害が齎されるかわからない。

 

 最善策は鬼殺隊にあの存在を報告して上級隊員に討伐してもらうことなのだが……。

 

「……………」

「……錆兎?」

 

 何やら思いつめたような顔で、錆兎は無言で俺の刀の鞘を掴んで立ち上がった。それを見た俺は錆兎が何をしようとしているのかを直ぐに察してしまう。

 

「義勇。済まないが、少しの間借りるぞ」

「っ、待て錆兎! まさか行く気か!?」

「ああ。……アイツは俺の、俺たちの兄弟子の仇なんだ。何より鱗滝さんを、俺の一番大切な人を侮辱した……!! その頸を俺の手で断たねば気が済まない!」

「……だったら、俺も行く」

「冨岡君……?」

 

 俺は錆兎の目を見て、何よりも固い決意を抱いていることを理解して説得を諦めた。

 

 慕っていた兄弟子を殺され、鱗滝さんの顔に唾を吐かれた。その行為は彼に取って逆鱗を踏みにじられたに等しいことなのだから。

 

 故に俺は、立つ。身体が訴える痛みなど無視して立ち上がる。もう二度も、俺の居ないところで先程の様な状況を作らせるものか。

 

「義勇、身体は大丈夫なのか? 熱はまだ下がって無いんだぞ?」

「いいや、むしろ快調だ。この一年間の中で一番身体の調子が良いと思う」

「そんな馬鹿な……」

 

 そう、二人は俺が高熱を出していると言っているが、それに反して俺の体は今最高の状態を保っていた。

 

 原因に心当たりが無いわけでは無い。だがそれについて考えるのは後だ。どの道とっくの昔に踏み越えた一線だ、今の状況では俺の寿命だのなんだのという問題なぞどうだっていい。 

 

「そんな、駄目よ! 無理に動いたら怪我が悪化しちゃうわ!」

 

 カナエはそんな俺が無理して空元気を出しているように見えたのか、俺の事を必死に止めようとしてくる。気持ちはわからないわけでもない。折角助けた怪我人が勝手に飛び出して死なれては、彼女にとってはいい迷惑だろう。

 

 だが、生憎死ぬつもりなど毛頭ない。

 

 俺は帰る。錆兎と一緒に生き残る。家で待っている二人と、そう約束したのだから。

 

「大丈夫だ、胡蝶。俺は死なない。約束する。――――俺は、約束は守る男だ」

「!」

 

 俺はカナエと正面から向き合い、真摯に言葉と共に気持ちを伝えた。

 

 それに、俺は今少々怒っている。たった一年間とはいえ寝食を共にした大切な恩人を侮辱されて黙っているなんて、それはきっと俺らしくない。

 

 俺たちで、決着を付けねばならない。

 

 それを聞いてカナエは「はぁ」と呆れ混じりのため息を付き、何も言わずにコクリと頷いた。

 

「わかったわ、冨岡君。……絶対に死なないで」

「ああ。ありがとう」

 

 無事に許可を貰えた俺は、近くに落ちていた錆兎の刀を拾う。

 

 抜けば、当然半ばから刀身が折れた刀が姿を見せる。その後周囲を見渡し、怪我人や介抱をする人の様子を見て――――俺は何も言わず、折れた刀を鞘に納めた。

 

 日輪刀は鬼への唯一の対抗手段にして心の拠り所。それを個人的な事情で親しくも無い人間から借り受けようなど、虫がよ過ぎる話だ。

 

 それに……あんな鬼相手なら、この刀で十分だ。 

 

 準備が済んだ俺は、身体の痛みから身体を慣らしつつ錆兎と共に藤の花の結界から抜けて森の中へと駆けた。相変わらず真っ暗な森であるが、錆兎が隣にいる。だったら恐れる必要など何処にもない。

 

「義勇」

「なんだ、錆兎?」

 

 俺が痛みによる身体の違和感に対応しながら走駆している最中、錆兎は酷く柔らかい声音で俺に話しかけてきた。本当に心の底から感心したような、そんな声。

 

「本当に、お前は成長した。肉体的にも精神的にも、一年前とは比べ物にならないほどにだ」

「……そうか。錆兎にそう言われると、自信が持てる」

「自己評価が低い所だけは何時までも治らないな、全く。……勝つぞ、()()

「……無論だ!」

 

 互いに満面の笑みを浮かべながら夜の森を駆け抜ける。恐怖も迷いも無い、澄み渡った綺麗な水面の様な心。それを胸に俺たちは件の鬼を隅々まで気を巡らしながら探し続ける。

 

 そして十分ほど走り続けて、それは俺たちの鼻に入ってきた。

 

 とても濃く、腐ったような鬼の血の香りが。

 

「っ、錆兎!」

「ああ、こっちだ!」

 

 俺は懐から痛み止めの丸薬を口にしながら血の香りのする方へと走る。数秒程で木々の間を抜けると――――

 

 

 怪物が居た。

 

 

「「…………は?」」

 

 

 もはや異形と言うのも烏滸がましい。巨大な肉塊を不器用な子供が捏ねて作ったような不出来な緑色の百足(むかで)。グチャグチャと咀嚼音がするたびにボコボコと際限なく肉が盛り上がり続けて体が生成される様は、さながら地獄か。

 

「あァ……? ……フヒッ、イヒヒヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 狐が戻ってきた! 馬鹿な餓鬼共だ、態々殺されに来やがったか! 今更止めようとしてももう遅いというのになァ!」

「お前……一体何をした!?」

 

 食事を終えた手鬼は俺たちの気配に気づいたのか、血だらけの口元を拭いながら振り返った。そして前に出会ったときよりも更に醜悪な顔で哄笑し、数百の腕を見せびらかすように広げた。

 

「――――共食いだよ。あの方の血を沢山取り込んだ。もう負けない。お前たちも他の餓鬼どももみんな喰い殺せる! 鬼殺の剣士共だってもう怖くない! いずれは鱗滝も食ってやる! 四肢をもぎ取り、自分が殺した弟子共に謝罪させながら地獄に落としてやるよォ!! ギャヒャヒャヒャヒャヒャハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 聞くに堪えない笑い声だ。あの鬼の一言一言が俺たちの尾を踏みつけ、静水の如き精神をグツグツと沸騰させていく。だが静かな怒りだ。獰猛な殺意と静水の理性を両立させるという極めて困難な精神状態を維持しながら、俺たちは一歩、また一歩と近づく。

 

 出会った瞬間の驚愕はもう無い。今は――――あの鬼を殺すという、純粋な意思のみだ。

 

 

「さぁ、今度こそ食い殺してやるぞォ! 鱗滝の弟子ィィィィィイイイ!!!」

「「死ぬのは――――お前だぁぁぁぁぁぁあああああああッ!!!!」」

 

 

 獣の如き咆哮がぶつかり合うとともに、俺たちへと濁流の如き腕の大波が押し寄せる。地面を抉りながら進むそれを見て、俺は錆兎の前に出た。

 

 そして、抜刀。――――刀身が半ばから折れている日輪刀が月の輝きの下に現れる。

 

 錆兎はそれを見て息を呑むが、俺は何も言わずに刀を正面に構える。

 

 

 全集中・水の呼吸 【拾壱ノ型 凪】

 

 

 刀の間合いに入った腕の波に抉り取られたような穴が開いた。刀身は半分になっているが、刃が残っているなら大した問題では無い。むしろ半分も残っているのならば、技を使うには十分すぎる。

 

 攻撃に穴が開いたことで経路を確保した直後、錆兎が俺の横から飛び出してその穴の中へと突撃。何事もなく素通りし、その奥から繰り出された無数の手による追撃を次々に斬り払う。

 

 そして最後の一本を跳躍で回避し、錆兎はそのまま腕の上に乗って鬼の頸へと駆けようとした。――――だが鬼がニィィと笑みを浮かべるのを見て背に悪寒が走る。

 

 

「【()()()】――――」

 

 

 鬼の口から出た言葉に悪い予感が当たったことを確信した俺は即座に加速。地面へと突き刺さった錆兎の足場になっている腕めがけて刀を振りかぶる。

 

 その途中、視界の端に何か気色の悪い丸い肉の様な物が地面に食いこんでいるのが見えた。やはり、こいつは―――― 

 

 

「――――【生腕種肉(せいわんしゅにく)】!!」

 

 

 丸い肉が弾け、その中から数本の巨大な腕が植物のように成長しながら俺たちへと襲い掛かってきた。錆兎には足場になった腕が地面の中に植え込んだ肉から、俺にはいつの間にか周りにあった種から生えた腕が押しつぶさんと迫る。

 

 それを見た俺たちは一瞬真顔になり――――フッと、笑いを零した。

 

 ()()()()()、と。

 

 

 【参ノ型 流流舞い】

 【捌ノ型 滝壺】

 

 

 俺は流れるように全方位から襲い掛かる腕を全て斬り落とし、錆兎は跳躍で回避しながらそのまま上空からの怒涛の連続攻撃で全ての腕を叩き潰した。

 

「なっ、ばっ、馬鹿なァァァァァアアッ!?!?」

 

 血鬼術。異能の鬼と呼ばれる、かなりの数の人を食した鬼が発現すると言われている特殊能力の総称。生前の未練や後悔を反映したものが多いと言われるソレは間違いなく鬼にとっての最大の切り札であり武器。

 

 それを難なく凌がれたという事実が耐えられないのか、手鬼は悲鳴にも似た叫び声を上げる。

 

 だがこちらにとっては拍子抜けだ。血鬼術と言われて警戒度を一気に跳ね上げたというのに、ただ腕の生える種を植え付けるだけ? 肩透かしにも程がある。

 

 今更そんな小細工で、俺たちが怖気づくとでも思ったのならば実に心外だ――――!

 

「クソッ! クソッ! クソがァァァァァァアア!! これでもまだ足りないのか! ならァァァァ――――」

「! 錆兎、後退しろ!」

「わかっている!」

 

 手鬼の全身が蠢くのを見てただならない物を感じ取った俺たちは即座に跳躍して後退。何が来ても対応できるように隣り合わせになりながら刀を構える。

 

 

「【血鬼術 無間手腕(むけんしゅわん)猛爆(もうばく)】――――!!」

 

 

 手鬼は百近い掌全てから肉種を生成し、それを周囲の地面へと同時に叩き付けた。そして全ての種が一斉に割れ、それに合わせて手鬼は全ての手を四方八方へと放射する。

 

 その様は正しく爆発。超高速で襲い掛かる広範囲無差別攻撃が俺と錆兎を襲い、しかし俺たちは冷静にその攻撃に対処した。見た目は派手だが狙いは稚拙ここに極まれりだ。百を優に超える腕の数だが、俺たちに当たりそうな攻撃はその十分の一にも満たなかった。

 

 そもそも少数相手にこんな精度劣悪な大技を放つなんて、まるで目暗ましでもしたいのか――――……いや、待て。まさか――――!?

 

「お前たちの相手は後だ……! 肉と血を……新鮮な肉と血の臭いィィィィィィイイイイイイッ!!!」

「なっ、待て貴様ッ! 逃げるなぁぁぁあああ!!」

 

 俺の悪い想像通りに手鬼はその巨体を蠢かせ、外見では想像ができない程の俊敏さでとある方向へと猛進し出した。

 

その方向は、カナエら負傷者の居る安全地帯のある方角。

 

「義勇! 急げ!!」

「わかっている! だが……!!」

 

 すぐさま追いかけようとするが、さながら群生する竹の如く生え散らかっている巨大な肉が自立でもしているのか執拗に俺たちの進行を邪魔してくる。

 

一振りすれば片手間に斬り払えるが、どうやら手鬼は進む間にも種をどんどん植え付けては発芽させているらしい。

 

 悠長に斬りながら進んでいてはとても間に合わない……!

 

 ……いや、一つだけある。身体に大分負担を強いることになるが、ギリギリ間に合うかもしれない方法が。

 

「錆兎! 玖ノ型と拾ノ型を()()()()()()使うぞ! これなら障害を排除しながら高速で追いかけられる!」

「! フッ、良い考えだ、義勇! ――――行くぞォ!!」

 

 縦横無尽に流体の如く動き回れる玖ノ型と回転する度に威力を増加させる連続斬撃技の拾ノ型の組み合わせ。命名するならば――――【生々流転(せいせいるてん)水飛沫(みずしぶき)】。

 

 高速かつ柔軟に動き回りながら、その刃の威力を上げ続けるという即興技。試す価値は大いにある。

 

 進行を阻む腕のほとんどを切り裂いた俺はすぐさま錆兎に合わせて地を踏み、駆け出す。……アレは俺たちの行動で生み出してしまった怪物だ。何としても犠牲者を出す前に、仕留めなければ。

 

 手鬼の逃げた先からは無数の手がこちらを握り潰さんとしている。――――だが今の俺たちにとっては全てが鈍い、遅い、弱い。

 

 

 斬る。走る。裂く。駆る。

 

 

 二頭の水龍が地を走駆した。天翔る、龍が如く。

 

 

 小さな鯉は滝を昇りて龍と為った。

 

 

 

 




《血鬼術解説》

【血鬼術 生腕種肉(せいわんしゅにく)
 手のひらから生成した”種子”を埋め込み、任意の瞬間に発芽させる。発芽した種からは巨腕が三~五本生え、術者の指定した対象か近くに居る人間を自動的に攻撃する。
 ただし動きが単調であるため、単体であれば回避は比較的容易。驚異的なのはその物量に物を言わせた波状攻撃である。下級隊士では対処は困難。

【血鬼術 無間手腕(むけんしゅわん)猛爆(もうばく)
 全ての手から”種子”を生成し、自身の周囲に植え付けてから全ての手を撃ち出すと同時に発芽。全方位広範囲を無差別に攻撃する。その様はさながら肉の爆発。具体的に表すなら某食物連鎖の頂点のひじき。
 しかし少数の敵を狙うには制度が劣悪すぎるため、基本的に多対一か牽制くらいにしか使い道が無い。

《独自技解説》

生々流転(せいせいるてん)水飛沫(みずしぶき)
 玖ノ型と拾ノ型を組み合わせた応用技。攻撃と回避を平行して行い、逃げながら攻撃してくる敵や追撃時に障害物が多い時に使える攻防一体の高等技。複雑な動きをしながら回転を損なわずに、かつ高速で敵に接近できるためかなり強力。
 当然ながら技の維持にかなりの集中力と体力を使うため、燃費は良くない。
 通常の生々流転では木々の間を抜けながら高速で追撃するのは難しいと考えたため、義勇が即興で発案し錆兎と共に実行した。結構使いやすそうなので今後も出番はある、かもしれない。


 思った以上に最終選別編が長引いてしまった……次で一旦区切りになると思います。
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