やおよろずっ!   作:かささぎ。

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4話 理不尽に慣れることは無い

 

 

 

時間は夕暮れ時、日が落ちつつも周囲をオレンジ色に染め上げている。開いている窓からふわりと風が流れ込み、窓際に立つ彼女の橙色に染まりつつある綺麗な金髪を靡かせている。放課後の学校なのに、幻想的な空間を作る彼女を美しいと言うのだろう。

 

しかしそれは遠目から見たら、である。

近くで見ると儚い雰囲気はなく、むしろ虚無。光の宿っていない目が、開いた窓から部活に励む生徒達のいる校庭を見据えている。

 

今日は入学式で、すぐに学校は終わる筈だったのだ。だが彼女は部活を体調不良で休んだらしく、ずっと教室に残っている。

 

先程の次期生徒会長候補であるカリスマ女子高生のガチ泣き事件により、教室は新学期で浮いていた初日の様な喧騒を見せず、あの(イケメン)すら押し黙る程だった。

 

以降の予定も新子先生が気を遣い(先生も疲れた顔をしていたことから、何かあったのかもしれない)、後日改める事となったが……

 

クラス全員から再起不能状態である彼女を押し付けられ、今教室には彼女と俺しかいない。

 

おい、岸城のファンクラブよ。今こそがチャンスであろう。何故弱っている彼女の側に居ないんだ。佑もムードメーカー兼クラスの中心だろうが。柊は口笛吹きながら帰りやがった。霧島さんは最後まで気にしていたが、話しかけても上の空であった彼女を見て、今日はそっとしておくことにした様だ。扇はまぁ……何も出来なくとも仕方ない。

 

俺も何も出来ないと思うのだが、トドメを刺したのはお前も原因の一つにあるだろうという一言。そんな事を言われたからには、罪悪感を感じずにはいられず、しかしこの状況どうすればいいのか全くわからない。

 

……そもそも、原因は俺ではなく、机の上で寛いで他人のフリをしているフォンちゃんなのだが……まぁ、言い訳なんて無理っすねぇ……

 

 

『ねぇ、まだ終わらないのかしら? さっさと元気付けなさいよ。全く』

 

 

ほんとこのクソアマァ……!

こちらから触れることが出来ればデコピン百発はお見舞いしてやるのにこんちくしょう。

 

ずっと無言状態のまま時間は流れる。季節はまだ春先。日が沈めば気温は下がり、より一層寒くなる。そこで調子すらも下がってしまえば、今後気が重くなるのは間違いない。少なくとも彼女の周りだけは、春が来たかと思えば夏秋を吹き飛ばして真冬だ。俺は冬が苦手なんだ。

 

 

「……あの子とは春休みに一度顔を合わせたのです」

 

 

自分の記憶を思い出すように語り始めた岸城……えっ? これ俺聞く流れなの? 流石の俺もまともに顔合わせて会話した二日目の相手に……俺の感性がおかしいのか?

 

自嘲気味に語りかける彼女は何処か懐かしそうにしていた。

 

 

「あの時はまだ普通でした。いつものように姉上と慕ってくれて、共に勉強し、家の手伝いもしました。彼女の家は古き着物屋を継いでおり、身内贔屓かもしれませんがとても可愛らしく上品に彼女自身が着物を着こなしておりました」

 

『まぁ確かにあの雰囲気は和服似合いそうよねぇ〜。この子がイギリス人形としたら、あの厨二病の子は日本人形ね』

 

 

言いたい事は分からんでもない。

 

 

「それが……その顔合わせた以降の僅かばかりの時間であぁも変わりますか!? それだけでも驚愕しましたが、それでも可愛い妹分です。何があったのかと、何かとても大変なことがあったのではないかと思い、直接話しに行きました」

 

『この子もいい子じゃないの。妹想いの姉の鏡ね。見習いなさい、悟』

 

 

そうだな。なら君も持ち主想いになってくれないかな? そうすれば自然と妹とも仲良くなれると思うんだ。

 

勝手に口出してくるフォンちゃんへの文句を堪えながらも、俺は岸城の言葉の聞きに徹する。

 

 

「それなのに会って開口一番に、『我が最愛の姉君よ。この新世代の象徴たるや我の言霊、どうであったか?』……ですって? 分かるわけないじゃないの!? しかも本人満足そうな顔してるし、私では何も言えないわ……けど周りも何やら様子がおかしいし、そもそもコミュニケーションすら取れないわよ!」

 

『ふふふふっ、その子堂々とし過ぎでしょ。なに? 裏側でそんな事あったの? 面白過ぎない? 私を笑い殺す気? しかし、絶対自分が痛いって気付いてないわよね? 家柄も良くて、今までこんな過保護そうな姉を含めた人達と暮らしてたら、確かに反動は大きそうよね。むしろ本人は自覚すら無いかもしれないわ。誇らしいとさえ思ってるかもしれない。一番タチ悪いパターンよ? 見てる分にはめちゃくちゃ面白いけれど……ふふふ、なんか式の挨拶を思い出しちゃうわね。ふふ、ふふふ、はははははっ!』

 

「……くくく、ボロクソ言い過ぎ……あ」

 

「……何に笑ったのかしら? 」

 

 

やっべ、笑い釣られた! だって俺も思い出しちゃったんだぜ? しかも隣でめちゃくちゃにボロクソに言ってるんだぜ? 岸城には聞こえてないとはいえ、シチュエーションが既に面白いのに、隣で爆笑してる且つ思い出し笑いを重ねられると無理だ。

 

 

「何がおかしいのかしら? ボロクソとは一体? ねぇ、教えてくれると嬉しいのだけど?」

 

『こっわ』

 

 

こっわ! いきなりめっちゃ距離詰めて来やがった。下から覗き込む様に見てきてるけど……あ、これあかんやつ。

 

 

「い……いや、それは……」

 

「なに? ねぇ?」

 

『いきなり様子変わり過ぎじゃない? 昨日の彼女、どこ行ったのよ』

 

 

まじでそれな……なるほど、これが俗に言うヤンデレって奴か。対象は妹分、差し詰め俺は妹を笑った一般人……って待て待て、まずい。この局面を乗り切らなければ……

 

 

「それは……二人の仲がかなり良さそうでな。妹と仲の良くない俺からすれば、羨ましいと思える」

 

「……は?」

 

 

先程までの空気を霧散させ、呆けた表示をする岸城。うん、そのアホっぽい顔の方が可愛いぞ。

 

 

「俺の勝手な印象だったが……岸城には人の悪口をどんなに小さくとも言わない印象を持ってたんだ。そんな人がその子について……遠慮無くボロクソ言ってたからそれくらい仲いいんだなって」

 

「ま、まぁ長い付き合いですので……」

 

「その……なんだ、その子の事は最初は戸惑うかもしれないが、長い目で見守ってやってくれ。いずれ本人が気付くだろうさ」

 

「そうであればいいのですが……」

 

「今日は済まない……俺なりのジョークだったんだ、けど悪いことをした」

 

「……まぁそういうことにしておきましょう。こちらこそ、身内の急な変化に戸惑い、その八つ当たりをしてしまいましたね。そのせいでこんな遅くまで……後日お礼をさせて頂きます」

 

「べ、別にそこまでしなくても……」

 

 

おぉ……ようやく元に戻った。近づき過ぎてた岸城と物理的な距離も元に戻ったし、取り敢えずは問題ないだろう。

 

 

「……そうですか。時間を取らせた事は申し訳ありませんが、御心君の助言通りあの子の事は暫く見守ろうと思います。その前にもう少し話してから……」

 

「あぁ、それがいい」

 

「はい、それでは先に失礼します」

 

「また明日な」

 

『また』『明日』『可愛い』『妹の為』『がんばり』『な』『さい』

 

「「……」」

 

 

……何事もなく終わりそうだっただろ。そういうとこだぞ、フォンちゃん。当の本人はいつのまにか肩に乗って、両頬に手をついて不機嫌そうに足をパタパタしていた。

 

 

『……なんか無難に躱した感じ、ムカつく』

 

「……昨日の人柄について、一つ訂正しましょう。確かに貴方は噂通りの人ですね」

 

「……すまない」

 

「では、改めてまた」

 

「あぁ」

 

 

気を取り直して岸城は教室から出て行く。

 

……もぉー! ほんと何なの! 朝の対応もやりとりも今に至るまでの時間も全部フォンちゃん、お前のせいじゃん! 新しい技術使いやがって。何だよその至るとこから音声引っ張って来て会話に参加する技術。もっと上手い使い方あるだろ!

 

 

『はー、スッキリした! さぁて、帰るわよ悟』

 

 

ほんとお前、お前……!

新学期始まって新しく喋れる友達、しかも女子が増えそうだったのにほんと台無しだよ!

 

悟はやり場の無い怒りを胸に秘めながら、今後もこんな理不尽に付き合わなければならないと考えると、とても気が遠くなる思いだった。

 

 

 

 

 

 

 

今日は己の弱さを思い知った日ですわね……あの子の事でこんなに取り乱してしまうとは。そしてクラスの全員にあんな姿を見せてしまい、挙句クラスメイトに八つ当たりしてしまうとは……

 

 

「ただあれは仕方ないわよね……」

 

 

そう、あの男子は会話は普通というか、良い助言をくれてだいぶ心に余裕が出来たと思いましたのに、最後にふざけないといけない病気なのですか? わざわざ携帯を使ってあんな凝った事までして……

 

しかし、あれでまだマシになった方と言うのが驚きです。どれ程までに昔の彼は奇天烈な存在だったのでしょうか?

 

一方でどんな相手でも対応を変えない……という点は好印象であります。私に対して、やはり殿方は下心見え見えで関わろうとして来ます。女性は……慕ってくれるのは嬉しいのですが、普通とは言えない子もいますし、もしくは明らかに敵意のある子もいました。

 

ただ御心君はそう言った人達とは少し違うような感じがします……何度も言いますが、人をおちょくることに関しては誠に遺憾ではありますが。

 

 

「……時折聞こえてくるおかしな噂は本当の様ですが、別の噂も本当なのかもしれませんね」

 

 

さて、あの子が待っています。よく話し合って、意識を冷静保ち見守りたいと思います。あの子のあの状態はやはり、私の知っているあの子は違いますから。

 

私は知らずのうちに顔を上げ、若干いつもより歩くペースが早くなっていた事に気付かないまま、帰路を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 

帰ってきて、すぐにベッドに倒れ込む。

 

もう本当疲れちまった……まだ新学期二日目だぞ。佑や扇と一緒になれたのは良かったのに、むしろ去年の方がマシだったのでは? と思うくらいに精神的に疲労しちまってる。

 

まぁ……クラス関係なく、あの入学生代表の挨拶はどうしようもならんか……てかあのどうしようもない雰囲気で俺なら何とかなるみたいな空気やめて欲しい。少し自意識過剰なんだろうか? いやでも佑だけじゃなく、他の奴らからも視線感じたしなぁ……

 

 

『あらあら、うふふ……お疲れ様ですわ、ご主人様。ふらつきながら帰ってきたと思ったらいきなり抱きしめて下さるなんて、私は嬉しい限りでございます』

 

『あぁー! 何で! 何で! いつもは私に腰掛けてくれてたでしょー!』

 

『おーい悟ー、早く制服寄越せー。シワになるだろ?』

 

『おかえり主よ。私を起動させておくぞ?』

 

『悟くん、お疲れです? 寝る前にはお風呂とトイレに行った方がいいと思いますです。やっぱりスッキリとした方が身体にもよろしいです。なら先にトイレに……』

 

「あー……取り敢えず静かにしてくれ……パソコンはまだいいや、そんな気分じゃない」

 

『なん……だと……』

 

 

わちゃわちゃと周囲がうるさい。俺は溜息を大きく吐き暫くベッドに寝転んだ後、取り敢えず着替えてズボンを脱いだ時だった。

 

 

「悟、入るけどいいよね」

 

 

またも遊びに来ていた柊が問答無用で部屋に入ってきた。お互い固まり、部屋に静寂が訪れる。

 

柊は固まりこちらをじっと見つめている……って見つめすぎじゃない? ここは反応する方が負けなんだ。俺は何食わぬ顔でズボンを履いた。

 

 

「……で、何?」

 

「……うーんと、なんかごめん」

 

「そう思ったならノックしてくれ」

 

「おーけー、それで今日どうだった?」

 

『ご、ご主人様の裸体を見て反応がない!? うら若き女性がそれでいいのですか!?』

 

 

ベッドが驚愕していたが無視。しかも裸体じゃねぇし、腰から下だけでパンツ履いてたし。見ろよ柊の顔。あのなんとも言えない食いしばった表情。やっちまったって顔してるよ。

 

 

「取り敢えず……大丈夫だろ。明日からまぁ……普通に戻るんじゃね? まだまともに話して二日目だからわかんねぇけど」

 

 

むしろ二日目に起きることじゃねぇんだよなぁ。

 

 

「あっそ、それは良かったわ。ウチもあの空気は勘弁願いたいし」

 

「俺は無言でも構わないけどな」

 

「……そう言いつつアンタが最初に事を起こしたでしょ」

 

「不可抗力だ」

 

 

な訳ないでしょ……と柊は呟く。いやほんと個人的には無言でも構わない。だって基本喋らないから……悲しいとか言わないで。

 

 

「まぁ大丈夫ならいいや、それで岸城さんの妹? 親戚の子についてだけど、伊織と同じクラスらしいよ。ほんとアンタの妹なだけあるわ、すぐ打ち解けて楽しく過ごしてるみたい」

 

「まじか」

 

『類は友を呼ぶ……とはこの場合違うけど、伊織の周りには特別に変わった人間が集まるのね』

 

 

またもいつの間にか方にいるフォンちゃんは呆れるように呟く。そんな事ねぇと思うが……俺もその変わった人間に入ってるなら訴訟も辞さない。

 

 

「ま、そんだけ。伊織が側にいるなら大丈夫じゃない? あとは岸城さんとのこれからだけど……それはアンタがなんか言ったみたいだし、明日からはまた楽しく出来そうね」

 

「いうてお前も基本一人じゃねぇかよ」

 

「うっさい! ウチはこれから友達増やすんだよ! 岸城さんも霧島さんも噂なんて気にしなさそうだし、ウチも仲良くやれそうだし!」

 

「ならあの猫撫で声で喋るのやめろ。目と雰囲気と合ってねぇ、逆にこえぇよ。それにムカつく、腹立つ」

 

「はぁ!? 別に猫撫で声じゃねぇし、猫被ってねぇし! 目つきの話すんなよてめぇ。それに後半はアンタの意見だろうが、ブン殴んぞ」

 

「すまん、悪かった。だからその右腕を下げてくれ。それに猫被ってるとまでは言ってない」

 

「せっかく人が様子を見に来てあげたのにそんな態度とか、はぁームカつく! アンタなんて学校から帰ってきてすぐオナ……変態行為に勤しむマジモンの変態の癖に、どうせ岸城さんに欲情でもしたんでしょ、このハゲ!」

 

「おいまて、後半は明らかに誤解だ。着替えてただけだろ! ノックしないお前が悪いし、何よりハゲじゃなく坊主だ! 坊主カッケェだろ!」

 

「知るかよ! もうウチ帰るかんな!」

 

 

あっかんべーっと、子供染みた姿を見せた後、部屋から去り帰っていった……中々。際どい単語を言いかけていたが、

 

 

『私的には学校のあの子より、こっちの方が好きなんだけどねぇ』

 

 

それは本人に言ってやれ。まぁ聞こえないだろうけど。それよりもあんな誤解されるとかもうむりぃ、風呂入ろ。

 

 

『全然気にしてないじゃないの』

 

 

フォンちゃんの声を無視しながら俺は風呂の準備をし始めた……こんな疲れる日は風呂にゆっくり浸かって忘れるのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御心くん! 貴方って神様を信じますか?」

 

『信じるも何も儂の事を見えとる時点で、信じるかどうかは置いといて、どういうモンかは認識しとるじゃろうて』

 

 

新学期三日目……俺はこの日、秘密を共有する。

 





未だにプロローグとは……


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