「到着するまでまだ時間はありますから、寝てても良いんですぜ、陛下」
「そうしたいのは山々だが、これから行く場所の事を考えると、おちおち寝てもいられんよ」
バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは部下の言葉にそう返答をした。
部下のバジウッドの言葉遣いは皇帝に対するには粗野な物言いであったが、いつもの事なのでお互い気にした様子はない。馬車の中で二人だからというのもあるが、そうでなくても彼らの会話はいつもこんな感じだ。
魔法などで揺れる事もない馬車の旅は快適そのものであったが、その先の事を考えると頭が重くなる。
目的地は、ナザリック地下大墳墓。
話を聞いただけで調査すらしていないが、その地がこの世の理を超えた超越者たる化け物の居城であるという事だけは間違いのない事実だ。
「生きて帰れますかねぇ。俺たち」
今回引き連れてきたのは馬車の御者をいれても六人ほどだ。
本来であるならば、皇帝が乗った馬車の警護なのだからもっと人数を割く必要があったが、なるべくこの事を知る人物を減らすために、本当に最小限の人数に絞った。
それでも、道中に魔獣に襲われる可能性も考えればもっと人数を割く必要があったがそれもとあるアイテムのおかげで必要がなくなっている。
「大丈夫だ、と言いたいところだが、こればかりは行ってみない事には何とも言えんな。ただ、行ってすぐに殺される可能性は低いだろう」
「それはまた、どういった理由で?」
「考えても見ろ、この先にいるモモンガと言うアンデッドはウルベルトと同等の存在なのだぞ? わざわざおびき出して殺さずとも、どうせ居城にいたままでも我々を殺す手段はいくらでもあるだろうさ。所詮我々は、奴らにとっては虫けらだ。まぁ、だからこそ、殺す気はなくともちょっとした事で死ぬ可能性もあるのだがな」
少なくとも、ウルベルトの言葉が真実であるならば、モモンガには他のアンデッドのような生者を憎む気持ちは無いはずだ。ただ、別にそれは好意的な意味ではない。その生死に興味がないという意味だ。下手をすれば何のためらいもなく人を殺すだろう。
だが、逆に言うと地雷さえ踏まなければ最低限の対話はできるという事だ。
とはいえ、悪魔の言う事だ。完全に信用は出来ない。本当にそんな相手なのかは会ってみない事には分からない。
「帰る頃にはアンデッドの仲間入り、なんて展開は勘弁願いたいものですな。全く、陛下のお供役とは貧乏くじを引かされたもんで」
「お前が一番部下の中で軽口を叩くからだ」
「これからは、陛下に敬語と使うようにしねぇといけねぇな」
「すでに敬語になっていないぞ」
「ははっ。まぁ、最後までお供しますよ。俺なんかじゃあ、あんな化け物相手には足止めの壁にすらならないでしょうが」
「すまんな」
「気にしないでください。俺は、あんたの部下になれて、今でも本当に良かったと思っているんですから」
できればジルクニフとしても、今後の帝国の事を考えれば四騎士は置いて来たかったというのが本音だ。特に、平民から成り上がってきたバジウッドは、騎士を目指す帝国市民から憧れの存在として見られている。
どうせ、化け物相手では誰を連れてこようと変わらないのだから、今後の帝国に必要な人材は帝都に残し、ほどほどの人物だけを共に連れて行く程度でも良かったのだろうが、そもそも今回彼は護衛として連れてきているわけではないので、そうもいかない。
今、ナザリックに向かっているメンバーは、ジルクニフとバジウッド、それと馬車がもう一台あり、そこの中に帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインが乗っている。馬車それぞれに御者が一人ずつと、その二台の馬車を先導するように、四騎士の一人であるレイナース・ロックブルズが馬を走らせている。
フールーダをこちらの馬車に乗せれば、御者を一人減らす事はできたのだが、ナザリックに着くまでの数時間、一緒に密室にいるのが耐えられそうになかったのでこのような配置になった。
曰く、ナザリック地下大墳墓を支配するモモンガという男は、本来ならば支配者足りえる存在でないにも関わらず、彼や彼の仲間が作ったシモベたる存在から至高の存在だと崇められ、その期待に応えようと無理に支配者の演技をしているのだという。
数日前にいきなり現れた悪魔は、ジルクニフとバジウッドの関係こそ本来ならば理想的だと言った。支配者ぶるにしても、部下から気さくに話しかけられるような関係に改善するべきだと、愚痴るようにモモンガという男について話した。
悪魔の表情はわかりにくい。ぱっと見は、バフォルグという山羊のような姿の亜人にも見える悪魔だ。毛におおわれた顔では、その真意を読み解くのは容易ではないが、少なくとも、あの場面であの悪魔は本音を語っていたように思われ、ジルクニフとバジウッドの気安い関係には好印象を持っていたのは間違いないと見ている。
だからこそ、バジウッドを連れてきた。付け焼刃で皇帝にため口をさせようとしてもすぐにボロが出る。他に適任はいない。なるべく、モモンガと友好的に話を進める為には、どうしても必要な人材だった。
レイナースについては、ウルベルトに彼女が四騎士になった理由、とある魔物に顔の治らぬ呪いをかけられ、それを解呪する手がかりを探す事だと教えた際、その程度の呪いであれば、手持ちのポーションでも治るかもしれないが、ナザリックにいるペストーニャなる人物であれば、間違いなく癒せるだろうと言い、レイナースにナザリックに行った際にはこれを見せれば良いとメモ書きを渡していたからだ。
四騎士である彼女の損失は、変えがきかない事もあり由々しき問題ではあるが、元より彼女とはそれを優先させて良いという契約であったし、ナザリックと言う絶対強者の前では例え彼女の実力でも奴等にとっては無意味だ。ならば、忠義心の薄い彼女の事は最悪切り捨てる事になったとしても仕方がないだろう。
わざわざ、紙を書いてやったのになぜ連れて来なかったと後で悪魔に言われても困るので連れてきたという状態だ。
彼女としても、いくら顔の呪いを気にしているとはいえ、悪魔との約束で化け物の居城に向かうのは複雑な心持ちである様だった。呪いが解けたとして、見返りに何か要求されたり、それこそ、死ねば呪いも解けるなんて言われたりしても何ら不思議ではないからだ。
とは言え、わざわざもらった紙を無下にすれば、それこそ何が起こるかわからないからと文句は言わずついて来た。
メモ書きの文章が、彼らが使う“にほん語”なる文字で未だ解読が出来ていないのも不安にさせる要因の一つだ。
ジルクニフも、こちらはキチンとした紙で、ジルクニフはウルベルトの友人であり、ナザリックに来訪した際は、それ相応の態度をとるように。間違っても傷をつけるような事がないように、と言った旨の書かれているらしい書状をもらっている。
文字を解読しようと試みるも、文章量的にそれも難しく、末尾にあるのがあの悪魔の名前、ウルベルト・アレイン・オードルではないかと推測ができる程度だ。
名前らしきものは画数も少なく角ばった単純な文字であるのに、本文中には基本 丸みを帯びた単純な文字と、画数の多い複雑な文字が羅列され、名前の文字が少し分かった程度では本文までは読み解く事は叶わなかった。
全く違う文面が書かれてある可能性もあるし、文面自体は説明された通りでも、聞かされていない一文が書かれている可能性は大いにある。だが、この件に関しては確認のしようもないので、ウルベルトを信じるより他にない。
この書状の他にも、場所が王国領であり魔獣もいる危険地帯だからと言った際に認識阻害の護符をもらっており、このおかげで魔獣にも気づかれる事なく、目的地に向かえている。その事からも、ジルクニフをナザリックに招きたいと言う事だけは事実のように思われた。
すでに鑑定してそれはないのは分かってはいたが、いっそ渡されたアイテムが粗悪品で、道中に襲われる事があれば、悪魔に文句の一つでも行ってやろうかとも思ったが残念ながらそんな事もないようだ。
そして後一人、ナザリックに向かうメンバーの一人のフールーダだが、正直に言えば彼を連れて行きたくは無かった。だが、連れて行かないと言えば駄々をこねて、無理やりついて来てせっかく秘密裏に動いているのが露呈しかねないから連れてきたに過ぎない。
本音を言えば、今すぐにでも妙な真似をする前に息の根を止めておきたい。
だが、残念ながら彼を殺せる人材はおらず、やむなくモモンガへの贈答品と一緒に馬車に押し込めて、ナザリックに向かっている。
ウルベルトを一目見た時のフールーダの反応は思い出しただけでも頭が痛くなる。
フールーダ・パラダイン。彼が、何よりも魔術の深淵に触れる事を望んでいる事はジルクニフとて承知の事であった。だが、あそこまで豹変するとは想定外であった。
一言で言うならば、変態であった。
あの悪魔は、突如ジルクニフの前に現れた。その場にいたのは、秘書官のロウネと、四騎士の一人であるニンブルであったが、誰も奴が姿を現すその時までその存在に気づくことはなかった。
悪魔は、自身をウルベルト・アレイン・オードルと名乗った。
丁度、ジルクニフが手元に持っていた書類にも同じ名前が記されているが、たまたま名前が一致しただけ、という事がありえないのはすぐわかる。
王国に突如現れ、その功績からアダマンタイトの位になる事が決まった冒険者。
こちらが驚いていると愉快そうに、人間の姿に化ける。書類に添付された人相書きと全く同じ顔がそこにはあった。
書類には、第三階位まで使える魔法詠唱者だと書かれているがそんなのは全てでたらめだ。
どうやってここまでやって来たのかと問えば
人類がいまだ到達し得ない領域の魔法。それを防御する術を、帝国は持ち合わせてはいない。あまりにもでたらめすぎる能力だ。気づかれずにどこにでも侵入可能な存在など、対処できるわけがない。
ウルベルトは冒険者として名を馳せて情報を得るつもりだったが、あまりにも非効率でまどろっこしいため、国の力を借りたいと言ってきた。断るならば、記憶だけ覗いてあとは用済みなので捨て置くだけだと付け足すのだから、交渉ではなくただの脅しだ。
奴が何を調べているのかその時点で分からなかったが、拒否する事など出来はしない。ジルクニフが了承すれば、悪魔はにんまり笑い、これから我々は同盟者であり、友人だと白々しく言ってきた。ジルクニフがウルベルトを裏切らない限り、帝国の安全は保障すると言ったが、どこまで本気な言葉なのかはわからない。
契約書にサインも書かされたが、にほん語なる文字で書かれそれは、何と書かれているのか分からない。ウルベルトがその内容を口に出して説明するも、当然ながら書かれた文字と、口に出した言葉が同一の物である保証はなく、それでも強者を前にその事に異議を申し立てる事は出来なかった。
そんなやりとりをしている時に、フールーダが部屋にやってきた。
そして、壊れた。
フールーダは、そのタレントによって相手の使用できる魔法がどれほどの物かを見ることが出来るのだが、ウルベルトが第十位階まで使える事を見抜くと、相手が悪魔であることも憚らずその傍で跪き、あまつさえ足を舐めようとまでしていた。
これまで、完全にウルベルトのペースで話が進められていたが、少なくともフールーダの痴態はウルベルトの想定外だったようで、本気で驚き、ドン引きしている様に見えた。いや、間違いなくドン引きしていた。唯一、こちらがウルベルトに与えたダメージがこれだった。
だが、身内同然に思っており、能力的にも帝国にとって重鎮であったフールーダのこの姿は、ウルベルト以上にジルクニフの心に大きくダメージを与えた。
魔法の深淵を覗かせてくれるならば、ジルクニフも国もすべて捨てると、本人が目の前にいながらも言うその姿に、若干悪魔がこちらに憐みの目線を見せたようにも見えたが、実際のところどうだったのかはわからない。
どうしてもとせがむフールーダに、魔法の威力ならば確かに自身は誰よりも優れているが、その知識と覚えた魔法の数は圧倒的にモモンガの方が上なので、魔法を習うのであればそちらの方が適任だと言った。
ウルベルトと同等の存在がいるという事実に、ジルクニフは考える事を放棄したくなった。ウルベルトと冒険者と一緒に組んでいる男、アインズ・ウール・ゴウンの本名がモモンガと言うのだという。そして、全身鎧で姿を明かすことがない彼の正体は、オーバーロードなる種族であり、いわゆるアンデッドだと言うのだから、もはやどう反応して良いのかわからない。
しかも、魔法省のデスナイトを見て、こんな雑魚モンスターであればモモンガはいくらでも召喚できるとのたまい、その言葉にフールーダは歓喜し、ジルクニフは心が折れた。
元より勝てる見込みがないのは明白であったが、それでも周辺諸国全ての力を集めて数で攻めればとも少し考えていたのだが、完全に使役できるデスナイトを量産できるとなると、数でも質でも勝てないのだから、こうなればもう、どうすれば被害をどれだけ最小限に留められるかの問題だ。
ウルベルトが帝国から姿を消した翌々日に、こうして彼らの居城であるナザリック地下大墳墓に向かっているのだが、フールーダは自身の師になるモモンガの事を考えて浮かれていた。
レイナースにメモ書きを渡したのは、何か真意があるのかもしれないが、傍から見ればただの気まぐれにも見え、どちらなのか未だに判断がついてないが、フールーダにモモンガを紹介したのは、純粋に面倒事を押し付けただけのように思われる。
のちに話をして分かった事だが、ウルベルトはあまりモモンガの事を良くは思っていない。その為、これは嫌がらせ行為の一環だったのではないかと推測している。
だからこそ、連れて行かなくては行けないのだが、フールーダの事を知らないであろうモモンガが、悪魔ですらその興奮をもっと抑えられないかと言ってきたその痴態を見て激怒し、こちらにまで被害が及ぶ事を現在一番恐れていた。
できれば、今すぐに寿命や病気で死んでくれないだろうか。
思わずそんな事を考えてしまう。
とはいえ、フールーダが今すぐにいなくなり、その事が周辺諸国に露呈すればナザリックに滅ぼされる前に、他国が帝国に攻め入ってくる可能性もあり、フールーダの扱いをどうするか頭を悩ませている。
ナザリックで引き取ってもらえるなら、それはそれで良いような気さえする。もはや、手元に置いていても困る存在だ。
どちらにせよ、はっきりとこちらを裏切ると宣言したフールーダにはこれからまともな仕事は回せない。フールーダがその興奮をどこまで抑え込み、モモンガがどれほど寛容な人物であるかに全てがかかっていると言えるだろう。
「しかし、いつでも来て良いとは言ってましたが、こんなに早く奴の家に向かう必要が本当にあるんですかい?」
バジウッドがジルクニフにそう問いかける。
「どう転ぶかはまだ俺にもわからん。だが、普通に考えれば皇帝という職に就いている者がここまで早く行動するとは思わんだろう。奴はまだ、どこぞを見て回ると言っていた。できれば、奴が根城に帰還する前にモモンガと言う男がどういう人物なのか見極めておきたい」
とはいえ、相手が日付を指定してこなかった以上、すでに手を回している可能性の方が高いだろう。
それは承知しているが、万が一の事を考え裏をかけるならそうしておきたい。
「あの悪魔を裏切るつもりなんですか?」
「場合によっては、な。目下、あの悪魔を倒せる存在は、モモンガを置いて他にはいない。どちらにつくのが人類にとって最良の判断か、見極める必要がある」
悪魔とアンデッド。どちらも本来人類にとっての敵だ。
ウルベルトは裏切らなければ帝国の安全は保障すると言っていたが、その場合は帝国以外の周辺諸国は全て消えてしまうのではないかとジルクニフは危惧していた。周辺諸国の話をした際、腐敗した王国貴族の話に嫌悪し、聖王国の王女の在り方を鼻で笑った男だ。少なくも、その二国はいずれ滅ぼされるだろうと踏んでいる。
ただ気にいらない、そんな理由で国を亡ぼすほどの力を、あの悪魔は持っている。
そして、帝国の安全と言ったが、悪魔にとってそれはどういう状況を指すのか。きちんと、人類としての営みを許してもらえるのか、それとも命があっても奴隷のような生活を強いられるのか。
悪魔は契約にうるさいと言っていたが、契約通りであっても契約には抜け穴があり、結局人類が被害に合うという展開は、物語の中でも良くある展開だ。もちろん、物語であればその逆もあり得るが、契約書の内容がはっきりと解明していない現状ではこちらからその抜け穴を探す事も不可能だ。
ウルベルトを裏切る場合、モモンガに助けを乞うしかなくなる。他に勝てる相手が現状いないのだから。
しかし、そうなるとなぜウルベルトは、ジルクニフをナザリックに呼び、モモンガに会わせようとしているのかが分からない。
対抗できる相手がいると知らなければ、もはやジルクニフにはウルベルトに従うという選択肢しかありえなかったのにも関わらずだ。
少しでも奴の計画を狂わせようと、こうして急いでナザリックに向かっているが、全て奴の思惑通りであり、破滅の道を進んでしまっている可能性は否定できない。
「ウルベルトについて、お前はどう思う?」
「どうと言われましてもねぇ。存在自体が破格すぎてさっぱりですわ。ああ、でも、悪魔でも我が子は可愛いと思うんだなとは思いましたね」
「そうだな。奴が自身の息子だというデミウルゴスに執着しているのは間違いない。そのデミウルゴスが、今回のウルベルトがこの様な行動を取った原因の一因であると俺は見ている」
息子と言っても、血が繋がった家族というわけではない。
想像を絶する事実だが、その力のレベルだけで言えばウルベルトとも変わらない存在を創り上げたのだという。ゴーレム等ならまだ理解はできるが、生き物を、それも高レベルな存在を創り出すなど神の御業としか言いようがない。
他の仲間が創った者も含めて、そう言う存在が何人もいるらしく、ウルベルトはそれを“えぬぴーしー”と呼んでおり、要は忠義心の厚いシモベなのだという。
ただ、彼自身が理想を注ぎ込んで創り上げた悪魔の事だけは、シモベなどではなく大事な息子なのだ言って自慢してきた。
息子の話をする時のウルベルトは、いつも以上に饒舌になる。
それが一度だけ、一瞬言葉を詰まらせた瞬間があったのをジルクニフは見逃さなかった。
ジルクニフが、それほど愛され、忠義心ある息子ならば、うちのフールーダやレイナースと違ってウルベルトを裏切る心配もないのだろうなと言う言葉を投げかけた時だ。
言葉を詰まらせたのは一瞬で、その後その通りだと肯定をしてきたが、どこか忌々しい表情になっていたようにジルクニフには見えた。
その為、ただの神々の親子喧嘩に人類が巻き込まれただけという可能性は大いにある。
「そこで聞きたいのだが、子供と喧嘩をしている時であっても、その子供をあれほどまでに褒め称える物なのか?」
親子喧嘩であった場合、そこが不自然に感じた。
ジルクニフに子供はいるが、次代の皇帝になる存在としか見ておらず、全く愛着がないというわけではないが、しかし、我が子としてきちんと向き合った事は一度もない。その為、親の心境と言うのは今一読み解けない。
「まぁ、どんな時でも子供は可愛いもんですがね。とは言え俺なら、子供側が何かやらかした上での喧嘩って言うなら、こんな事もする悪ガキでってどっかで言っちまうかもしれませんね。俺に非があるなら、その場で謝っちまいますから、子供と喧嘩して許してもらえないって愚痴るってとこですかね」
「まぁ、そんなところか。子供が何かしたというには、あまりにも息子は完璧であると強調していたし、あれほど忠義心が強いと言っていた息子が、よもや親が何かやったからと言って許さないとは考えにくい。となると、第三者が関わってくるわけか」
「と言うと、誰ですか?」
「まぁ、十中八九モモンガだろうな。ナザリックに来たら仲良くしてやってくれと強調してくる割に、奴のやることなす事を否定していたからな」
支配者に向いていないにも関わらず、無理して支配者ぶる姿は滑稽だとか、ナザリックを捨てた昔の仲間に固執する姿はいっそ哀れだと、棘のある口調で話していた。
モモンガが、デミウルゴスにウルベルトを裏切るように仕向けているという事なのか。ただ、その説もなんだかしっくりこない。
そもそも、全てがあの悪魔の演技である可能性もある。
話す内容自体は、その殆どがまだ裏付けできていないが、おおよそ真実であろう。
ユグドラシルと言う別の世界からやってくると言う“ぷれいやー”と言う存在。六大神や、八欲王の存在もこのぷれいやーであろうと、ウルベルトは告げた。
実際、ウルベルトが前々からこの世界にいた存在ではなく、別の世界からいきなりやって来たというのは納得のいくものであった。明らかに、その力はけた違いすぎる。
ただ、奴が話した中で信じがたい話が一つあり、そのユグドラシルに行く前にまた別の“りある”という世界にも存在しており、その世界では普通の人間だったと奴は言う。そして、その人間の姿こそが本来の姿なのだと。
これほどまでに力を持った存在が、ただの人間だったとは到底考えにくい。
だが、奴の王国の貴族に対する憎悪の感情は、まさに人間的であった。絶対の強者たる悪魔であれば、愚かな人間の行いを嘲り笑っていても良いように思われたが、そうではなかった。あれは、下から見上げる目線だ。底辺を知っているからこその悪態であったようにジルクニフは思う。
故に、彼とモモンガが元は人間であると、とりあえずは信じている。
とはいえ、悪魔やアンデッドの体にひっぱられて精神構造が変わってきていると本人も言っていたのだから、ただの人間として見る事はもちろんできない。
ただの人間がいきなり世界を破壊できるほどの強大な力を得て、その超越感に虐殺を開始しても何ら不思議ではない。現に、八欲王のせいで世界は崩壊しかけたのだから。
それでも、生まれながらの悪魔やアンデッドだというよりは、対話の余地があるように思われ、若干ではあるが心に余裕を持たせる要因でもあった。
ただ、ウルベルトは何か一つ嘘を吐いている。
これは、ただのジルクニフの勘であり、本当にそうなのかわからないし、実際のところ一つどころではないのかもしれないけれども、確かにあの悪魔は嘘を吐いている。
それがどれの事なのかが分からない。
真実だろうと思われる事柄があまりにも巨大すぎて、情報の整理がまだ追い付いていない。
奴の虚を突こうと、こうして早くに行動した事も、正しいのかどうか未だ判断つかない。
「おっと、そろそろ目的地に着きそうですね」
どう転ぶかわからないが、ここまで来れば腹をくくるしかない。
ウルベルトがもうすでに帰還して、話を通しているならば良くも悪くもすんなりナザリックに入る事が出来たのだろうが、かなり早くと行動している以上、話を全く通していない可能性もある。むしろ、そうであるならばジルクニフはウルベルトの裏をかけたという事だ。
本来ならば、先に伝達しておく案件だが今回はアポなし。モモンガには会えない可能性ももちろんあるが、どこであろうともすぐさま魔法で転移できるのだから、もし冒険者として活動していたとしても一時的にこちらに戻るくらいは訳ないだろう。まぁ、それはウルベルトも同様である以上、早く行動を起こしたことにさほど意味はないのかもしれないが。
小高い丘の近くにログハウスが見える。その近くに馬車を止めると、なるべく素早く身支度を整えて馬車を降りる。
フールーダもある程度弁えているのか、今のところ問題はなさそうで安心する。
ログハウスから女性が出てくる。
非常に整った容姿をしており、眼鏡をかけ髪は結い上げて夜会巻きにしている。
事前に、見目麗しいメイドがいる事は聞かされていたが、それでもなおこれほどの美人がいるものかと驚かされる。
だが、美女に気を取られている訳にもいかない。すぐさまこちらが敵対者ではない事を知らせるために、ウルベルトからの書状を彼女に見せ、もし、モモンガがいる様であれば会いたい旨を伝える。
彼女は、驚きながらその書状を確認する。
「確かに、ウルベルト様のお書きになられた書状のご様子。私は、戦闘メイドプレアデスが一人、ユリ・アルファと申します。今、アインズ様に確認と取ってまいりますので、こちらのログハウスでしばしお待ちいただいてもよろしいでしょうか。突然の来訪でしたので、おもてなしの準備が整っておらず恐縮なのですが」
書状を読み終わった彼女から、完全に相手がどのような人物か探るような視線がなくなった。書状には、特に問題はなかったと、とりあえず安心しても良いという事だろうか。
また、事前に知っていたという訳でもなさそうだ。ウルベルトの裏をかいて行動できたとみるべきか。いや、それを判断するのはまだ早いだろう。
「いや、こちらこそ突然すまなかったね。ウルベルトからはいつでも来て良いと言われていたが、皇帝と言う役職柄、休みがいつ取れるか分からなくてね。どうしても今日しか予定が合わず、伝令を出すこともできなかった無礼を詫びさせてくれ。ああ、ウルベルトと呼び捨てしているが、彼たっての希望でね、君たちの主人をそう呼ぶ事を許して欲しい」
「ウルベルト様のご意思という事であれば、こちらから申す事はございません」
ログハウスの中に、ジルクニフ一行が通される。やたらと天井が高い作りになっている。
一堂に飲み物を出した後、ユリが奥の部屋に消えていく。
「美味いっすね、この飲み物。こんなに美味い飲み物、初めて飲みましたよ」
「そうだな。ウルベルトが、ここの飲食物は美味すぎて味覚が崩壊しそうになると言っていたのも頷ける」
もし、ナザリックの全容を知らずにこの地に来るような事があったとするならば、この飲み物だけで己の敗北を悟り、帰りたいなどと言っていたかもしれない。
ほどなくして、ユリが戻ってくる。
「アインズ様より許可が下りました。これから、ナザリック地下大墳墓までご案内いたしますので、私の後と着いて来ていただけますよう、お願いいたします」
さぁ、勝負はこれからだ。
ジルクニフは腹を括り、ユリに案内されるまま鏡のようなアイテムを通り、魔窟へと足を踏み入れた。
近場の中で一番まともそうな国で、プレイヤーもいなさそうっていうだけの理由で悪魔に目を付けられた帝国。かわいそう。
ジルクニフ好きなんで、頭髪を薄くしたくはないなぁと話をまだちゃんと考えていない頃は思っていたんですが、無理でした。
リザードマンは、元々世界征服する予定もなかったんで普通に暮らしてます。というか、モモンガさんもウルベルトさんもそれどころじゃないので。