悪の舞台   作:ユリオ

6 / 23
5話 正義の味方(悪)

「逃げれるか?」

 

 声をかけると女は驚きながらもうなずき、血が出る右腕をかばいながらその場を去っていく。

 

「この野郎、いきなり出てきやがって、何者だっ!」

 

 蹴りつけた騎士が体勢を立て直しこちらに怒鳴りつけてくるが、村人を襲っているのはこの男だけではない。

 村人を助ける義理などどこにもないが、無抵抗な彼らがただただ蹂躙される様をただ見ているだけなのは腹立たしかった。

 

 蹴りつけた時の感覚で、この騎士がウルベルトに比べて格下なのは明らかだ。まだ何か隠し持っている可能性もあり得るが、そうなれば元の姿に戻り本気を出すまでだ。

 〈火球〉《ファイヤーボール》で先ほどの騎士を燃やし、他にも村人を襲おうとしていた騎士に向けてもう1発放つ。

 人の焼ける臭いがする。

 

 嫌な臭いなはずなのに、どこか高揚している自分に気づく。

 先ほどまで強気な態度で襲っていた男が、悶え苦しみ、そのまま死んでいく。

 人が死んでいく姿は何度も見てきた。だが、自分の手で誰かを殺めたのはこれが初めてだった。

 

 彼が自分のせいで死んでしまったのにも関わらず、それをなんとも思わない自分に驚愕する。

 悪魔の体を得たことにより、性質もそれに寄ってしまったという事だろうか。

 このまま、自分のやりたいようにやっていれば己が求めていた理想の悪になれるのだろうか。

 

 違う。

 これはウルベルトの悪ではない。

 

 本来の、自分が持っていた悪ではなく、あとから植え付けられたそれを否定する。

 

 しかし、このまま彼らを放置する事も許しがたく、なるべく威力の低い魔法で彼らを足止めし、その命を奪わぬように攻撃をする。

 村人に襲い掛かっていた騎士たちが、こちらに気づきまとめてこちらを攻撃しようとしてくる。

 この形態で使える範囲攻撃はなんだっただろうかと考え、行動が遅れる。

 

 そこに、漆黒の戦士が割って入る。

 

 騎士の首が飛び、そこから血が噴き出す。

 おぞましい光景だというのに、それを美しいとさえ思える自分が、ただただ憎たらしかった。

 きっと自分が憧れていた悪というのはこういう思考をする存在で、デミウルゴスも同じ感想を抱くのだろう。

 それは構わない。だって彼はそのように作られた、生まれながらの悪なのだから。

 

 だが、ウルベルトは違う。年月をかけて自身がその境地に至ったならばそれを許容できただろうが、いきなり渡されたそれを、自身の物と認める事は出来なかった。

 そのように作られたデミウルゴスは、例え地位や能力がいきなり変わったとしても、その性質はきっと変わらない。

 ウルベルトが嫌うのは、自身の立場に胡坐をかいて悪逆を為すタイプの人間だ。そんな自分が、己が他者より強い力を得たとたんにこうも簡単に人を殺し、それに快楽を見出すなどあってはならない。この感情を許容すれば、今まで自分が嫌ってきた連中と同じ位置に落ちてしまう。

 

「いきなり走り出すからびっくりしましたよー」

 

 あんな事をしておきながら、アインズの声はいつも通りだった。

 彼も、同じくアンデッドの精神をもってしまい、人の生死に頓着がなくなってしまったのだろう。

 

「人、殺しちゃいましたね」

「えっ、あっ! 本当だ!」

 

 今更気づいたというようにアインズが驚きの声を上げる。

 そこでようやく、アインズも自分が人を殺したのになんとも思わなくなっているという事実に気づく。

 だが、いまだ囲まれた状態だ。その事を考えるのは後にするべきだ。

 

「情報聞きだしたいんで、なるべく殺さず捕縛するようにしてください」

「わかりました」

 

 そう言って、アインズが剣を振るう。

 魔法職である彼の剣技は、ただの力任せで技術も何もあったものではなかったが、それでも彼らを圧倒していた。相手のレベルは10にも達していないのかもしれない程度に弱い。

 魔法を使っている者は誰もおらず、ウルベルトは自身が魔法を使っている事に不安を覚えるが、敵がウルベルトに向かい魔法詠唱者かという声を聞いたので、恐らく魔法自体はこの世界に存在している。ただ、その比率はかなり少ないのかもしれない。

 

 力を抑えようとしたが、結局また何人かを殺してしまい、勝てないと悟って数十名が逃走。捕縛できたのは20人程度であった。

 ウルベルトのレベルは30に下がっているが、元から習得しているワールド・ディザスターのクラスはそのままで、その影響で本来使うよりも魔法の威力が高くなっているのも、制御が難しい要因の一つであった。

 

 途中から、村人も自らの村を守るために立ち上がり、ウルベルトとアインズに非力ながらも協力してくれた。それがなければ、もっと多くの騎士をこの手で殺めてしまっていただろう。

 

「どこのどなたか存じませんが、この村を救っていただきありがとうございます」

 

 村長を名乗る男がウルベルトとモモンガに礼を言う。

 感謝される言われなどないとウルベルトは思う。別に自分は正義の味方でも何でもない。村を救おうという気持ちは微塵もなかった。ただ、その光景が気にいらなかっただけだ。

 

 とはいえ、そんなこと言ったところで彼らにとって自分たちが救世主であることに変わりはない。否定する言葉を、ウルベルトは飲み込んだ。

 彼らに恩を売った状態というのはそれほど悪いものではない。まずは現状の把握が最優先だ。

 捕縛した騎士たちの見張りを村人に任せ、お礼をしたいという村長の家で報酬代わりにこの世界について話を聞いた。

 

 直接お金での報酬も欲しいところだが、それほど裕福な村ではない。村人も手伝ってくれていたが、先ほど捕まえた奴らを役所に差し出せば報奨金が出るかもしれないというので、それらを全てウルベルトとモモンガが受け取るという事で話はまとまった。

 

 分かったのは、ここが本当にユグドラシルとは全く関係がない世界だという事。先ほど襲っていた騎士たちの紋章はバハルス帝国のもので、カルネ村があるリ・エスティーゼ王国とは毎年戦争を行っている間柄なのだという。ただ、捕まえた連中がそのまま本当に帝国の騎士なのかは疑わしいところではある。

 捕まえた連中に、〈人間種魅了〉の魔法を使って話をさせることはできるが、あれほどまでに弱かった彼らがプレイヤーに繋がっているとは思えなかったためその手段を使わずにいる。知らない国の戦争に首を突っ込む事の利点が、現時点ではあまりあるように思えない。一応後で改めて尋問はするつもりだが、期待は持てない。

 

 魔法については、魔法詠唱者はこの村にはおらず、使える人間は限られているのだという。たまに村に来る薬師が、彼の知っている唯一の魔法詠唱者だということだ。

 この世界の人間が使う魔法がどの程度の物か知りたかったのだが、残念ながら分からなかった。ユグドラシルにはない、第0位階の生活魔法と呼ばれるものがあると分かった程度だ。

 

 他に気になった話と言えば、冒険者という職業だろうか。アインズも、その夢にあふれたその職業に興味を示していた。

 どの国にも所属せず、それでいてある程度の身分が保証されるというのは、なんともありがたい。それに、そんな職業であるならば、プレイヤーや、リアルに戻るための情報が手に入りやすくなるかもしれない。

 

 とにかく、エ・ランテルが次の目的地なのは決まった。

 問題は、捕まえた20人もの騎士たちをどうやって運搬するかである。〈転移門〉(ゲート)が使えれば問題はないが、この世界でその魔法がどういう扱いになるかわからない以上、気軽に使う事は出来ない。しかし、このまま町まで連れていくには人数が多すぎる。ウルベルトとアインズが先にエ・ランテルに行き、話をつけてくるというのが一番現実的だろう。その間、村人が彼らをずっと監視する必要があるのが難点であるが。

 

 その事について村長と話し合っていると、突如アインズが立ち上がり、一言断りを入れた後に部屋を出て行った。おそらくであるが、また〈伝言〉(メッセージ)が入ったのだろう。

 少した後、ウルベルトに相談したいことがあるというので、二人は村長の家を一旦出る。

 

「なんか、また近づいてる軍団がいるみたいなんですよ。今度は50人くらい。さっき見せてもらった、リ・エスティーゼ王国の紋章が見えたって言ってました」

「なら、さっきの奴らが暴れてるの知って追いかけてるとかですかね。それだと、さっきの捕まえた連中もそいつらに引き渡したら良いから楽なんですが」

 

 確証はない。しかし、今こちらに向かっているのが本当に自国の戦士なのであれば、敵ではない可能性は高い。

 とはいえ、実際に会って話してみない事にはわからないわけだが。

 

「あと、それ以外にもなんか別の集団が付近に隠れるようにいるみたいで。こっちは、恰好からして魔法詠唱者なんじゃないかって言ってました。どう思います?」

「んー、さっきの連中は、今からくる団体をおびき寄せるための罠で、潜んでいる奴らは隙を見てそいつらを叩こうとしている、ってとこですかね。どこの国の組織なのかまではわからないですが」

 

 先ほどの話を聞く限り1年に行われている戦争は、帝国の方が有利な位置にいるように思えた。そんな帝国が、こんな小さな村を襲うメリットはいかほどの物だろうか。

 法国あたりが、裏で動いている可能性は大いにあるように思える。

 ただ、帝国が今年の限りで戦争を終わらすために、大将の首を取りに来たというわかりやすい図式の可能性ももちろんある。

 

 どういう意図があるかまではわからないが、このまま彼らを放置するのが得策とは思えない。わざわざ隠れているという事は、隠れるだけの理由があるという事だ。

 だが、この場を今離れるのもどうだろうか。ウルベルトか、アインズかのどちらかが行けばいいだけの話だが、人数がいるというのならば、今のこの状態ではさすがに不利な可能性がある。しかし、本来の力を出して良いものであろうか。

 

 確かにプレイヤーの情報や、リアルについての情報は知りたいと思っているし、それならば本来の姿を見せるのも悪くはないかもしれない。しかし、強大な力を見せつければ、関係ない現地人だってこちらに寄ってくる可能性がある。

 あくまで、プレイヤーだけが知っている情報、アインズ・ウール・ゴウンの名を知っている者だけが近づいてきてくれるような、そんな状態を作り、厄介ごとにはなるべく近づきたくはない。

 

「近くに魔獣が住んでいるという森があるわけですし、アウラの魔獣をけしかけてもらいましょうか? そうすれば、俺たちの事は露呈しないですし。ついでに、何人かナザリックに連れて行って情報を聞き出すのも良いかもですね」

 

 アインズの提案になるほどと思う。

 そもそも、二人でどうにかする必要はないのだ。

 

「モ……アインズさん、あったまいー」

「頭良いって程じゃないですよ。じゃあ、アウラに〈伝言〉(メッセージ)してみますね」

 

 〈伝言〉(メッセージ)が終わり、再び村長の家に戻ろうとした頃、近づいてきた新たな戦士団に気づいた村人がこちらに慌てて近づいてくる。

 先ほどの戦いで、村人の中で最初に加勢してきた男だ。自分たちの家族を守るのだと飛び出してきた彼の姿は、覚えている。

 

「ゴウンさんと、オードルさん、実はこの村にまた、戦士風の者たちが近づいてきているんです」

 

 遠目からでは、ただ近づいているようにしか見えないのだから当然だが、不安を隠せない声色であった。

 それでいて、共に戦った故であろうが当然何かあればまた二人が助けてくれるだろうという、そんな感情が透けて見えた。

 

 助けられるのが当たり前だと思われると迷惑だ。だって、こちらは正義の味方ではないのだから。

 とはいえ、近づいているのが王国の戦士であるならばやはり先ほどの捕虜を受け渡すのにちょうど良いし、どちらにしろ交渉は必要だ。

 気分は乗らないが、このまま正義の味方ごっこをしているのがこの場では良いのだろう。

 

「わかりました、私たちもそちらの様子を見に行きましょう。いいですよね、ウルベルトさん?」

「ええ、まぁ、そうですね」

 

 気のない返事をして一緒に戦士団が近づいてきている村の入り口へと向かう。

 一度戦って自信がついたのか、戦う覚悟を決めたのか武器を持った男たちが集まっており、皆一様に、ウルベルトとアインズが来てくれたことに安堵の表情を見せていた。

 

 これじゃあまるでヒーローだ。

 

 ウルベルトは苦い顔をする。モモンガだけはそれに気づいている様子であったが、だからと言ってこの場でなんと声をかけたらいいのかわからずに、声をかけられないでいた。

 

 戦士団がやってくる。

 先ほど戦った連中と違い、武装に統一性がない。それぞれの戦いに適した格好をしたその姿は、歴戦の戦士といった風格がある。

 そんな戦士の中でも、一目で彼がリーダーなのだとわかる、そんな屈強な男が一人いた。

 

 ああ、嫌いなタイプの人間だ。

 そう思い、ため息を吐く。

 

 戦士団は、村人たちがこちらに武器を構える様子に戸惑っている様子であったが、リーダーであろう男はそれにひるむ事なく前にでた。明らかに村人ではないこちらを一瞥すると一瞬不思議そうな顔をした。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っている者である」

 

 その言葉に、村人たちがざわめく。

 戦士長とはどんな人物か側にいた村人に尋ねると、王の御前試合で優勝を果たし、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人物だという。ただ、そんな身分の人間に会った者は誰もおらず、それが本当なのか分かる者は誰もいなかった。

 ただ、本当だとするならば、なぜ王直属の兵士たちが、こんな小さな村にやってきたのかという違和感がある。王直属という事は、普段は王都にいるはずだ。この近くの町はエ・ランテルだと言っていたので、戦士団が来るなら通常はそこからではないだろうか。

 

 とはいえ、恐らく本物だろう。どういう流れで戦士長がここに来ることになったのかはわからないが、わざわざ待ち伏せている魔法詠唱者たちの狙いは彼だと考えるのが妥当だろう。だとするならば、彼は本物の王国戦士長であるはずだ。

 

「この村も襲われているのではないかと思ったのだが、この地には帝国の騎士の姿はなかっただろか」

 

 その問いかけに、村長が前に出る。

 

「このカルネ村も、襲われておりました。ですが、たまたま旅の途中に出くわしてくださった、お二方の助力で何とかこの村を救う事が出来たのです。その証拠に、村の奥にある庫に捕縛した帝国兵を捕縛しております」

 

 その言葉に、ガゼフは馬を降りて二人の前に立つと、頭を下げ感謝の言葉を紡いだ。

 身分ある人間が頭を下げる事に、周りはどよめく。

 その姿に、皆は好感度を上げているのであろうがウルベルトは逆だった。ただただ、この男が気にいらないという気持ちが大きくなる。

 きっと、話せば喧嘩腰になってしまうだろうと思い、ウルベルトは一歩下がる。それを見たアインズは、察してくれたようで前に出る。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は、アインズ・ウール・ゴウン。そして、彼がウルベルト・アレイン・オードル。偶然、村が襲われている現場に出くわした旅の者です」

「この村以外にも、帝国兵に襲われた村がいくつかあるのだが、生存者が数名というひどい有様だった。貴殿らがこの地に来なければ、ここでも同じような悲劇が起こっていたはずだ。本当に、感謝の言葉もない」

「頭を上げてください。我々は正義の為にこの村を助けてわけではないのです。実は、報酬が目当てだったのですが、村の貧困状態では適正な金額を受け取る事は難しく、捕縛した騎士たちを受け渡す代わりに、王国から報奨金を受け取る事はできないでしょうか」

「もちろんです。本来であれば、私がするべき仕事を代わっていただいたのですから、それくらいはさせていただきたい。ただ、今すぐにとはいきません。まず、王都に戻って王に確認を取る必要がありますので、少々お時間がかかるかと」

 

 できればすぐに使える金が欲しかったのだが、王様に確認なんて取っていたらかなりの時間がかかるのではないだろうか。そもそも、馬で来ているようだが帰るのにどれだけの日数がかかるのか。

 〈転移門〉(ゲート)でも使って、ぱっと行ってぱっと戻るみたいな事ができればいいのだが、そう言う話が出ないあたり、〈転移門〉(ゲート)の魔法は一般的ではないという事だろう。ガゼフが連れて来た集団の中にもぱっと見、魔法詠唱者はいないため、魔法詠唱者はかなり限れらた人にしかなれないと見て間違いないだろう。

 アインズとガゼフが和やかなムードで話を進めていき、ウルベルトはただそれを傍で聞いていたのだが、とある一言で、いつもの悪い癖が出る。

 

「しかし、お二人はこの村にとって救世主、正義の味方といったところですな」

「あっ!」

 

 そのキーワードに、アインズが思わず声を上げウルベルトの方に顔を向ける。

 案の定、プッツンと何かが切れてしまったような表情のウルベルトとヘルム越しに目が合う。

 

「ダメですよ、ウルベルトさん。穏便に行くっていったじゃないですか」

「売られた喧嘩買う主義なんです」

「売られないですから。知らなかっただけですから」

「例え知らなかったとしても、私に対してあのような発言をする者は喧嘩を売ったとみなしています。ねぇ、戦士長さん。私を正義といったその言葉、撤回していただけますか?」

 

 ウルベルトは戦士長の前に立つ。

 後ろでアインズが、こうなったら止まらないと諦めて頭を抱えているが、これだけは譲れない。直接助けた状態になってしまった村人に言われのはまだ我慢できたが、こういう手合いに正義だと言われるとたまらなく腹が立つ。

 

 戦士長だけでなく、村人も含めてウルベルトのその様子に何がどうしたのか理解できないといった様子であった。

 一般的には、正義というのは誉め言葉として使われているのだから致し方がない事ではあるが、それでも、そこだけは譲れない。

 

「アインズさんも仰っていましたが、あくまで報酬の為に動いたにすぎないんです。いえ、もっと言えば、私の場合はそんな事すら考えず、ただ腹が立ったからという理由であの騎士たちと敵対したに過ぎないんです。例え、本当はこの村の住人が悪で、彼らが本当はそれを誅するために来た存在だったとしても、同じようにいきなり現れた彼らを打ちのめした事でしょう。何も状況も知りもしないのに、ただ気にいらなかったからと蹴りつけ、何人かは殺しもした。死んだ奴がどんな人だったかも知らない、帰りを待つ家族がいたかもしれない、やむを得ない事情でこんな事をしていたのかもしれない。それなのに、命を奪った。そんな行為が正義であるはずがない。私は、あくまで自身の信じる悪に従った行動した。それが正義であるなどと軽々しく言わないでいただきたい」

 

 正義が嫌いだとずっと思っていた。

 それは、ウルベルト自身が悪よりの存在だから、必然的に正義を憎んでいるのだと勝手に自分で決めつけていた。

 すると、組織のリーダーがある日、お前は正義のハードルが高すぎるんだと言った。だから、それに満たない奴が正義を名乗ったり、正義だと周りから言われたりしているのを見るとイライラするのだと。

 その通りだと言われてやっと気が付いた。

 

 ウルベルトの中で作り上げられる悪があまりにも大きくなりすぎて、それを本来倒すべき正義がこの程度でいいはずがないというそういう思い込みが、自身の正義像を肥大化させていた。

 目の前にいる戦士長も、きっと英雄だとか、正義の味方だとかもてはやされているのであろうが、ウルベルトの理想とする正義とは程遠い。むしろ、彼の行為は悪に近くだからこそこうもイライラするのだ。

 

「申し訳ない。貴殿を怒らせるつもりはなかった。しかし、それでもこうして救われた村人がいるのだから、例え死人が出ようと、それは立派な行為だったと私は思う」

 

 なんでこの男は余計に怒らせるような事を言うのだろうか。

 まるで、たっち・みーだ。ウルベルト自身、自分が面倒な性格をしているのは理解しているが、掘り返さなくてもいい話を掘り返すし、ピンポイントで言って欲しくない言葉を言ってくる。

 何で、こっちがそれは正義じゃないって言っているのに、それは立派な行為だったとか言ってくるのか。火に油を注ぎに来ているようにしか思えない。

 

「ところで、王国戦士長という役職はこんな小さな村に巡回ができるほど暇な役職なのですか? この辺で一番大きい都市はエ・ランテルと聞いているのですが、普通はそこから人が派遣されるのでは?」

「エ・ランテルは王の直轄領だ。その周辺の村を守るのも王の剣である私の務め。私がエ・ランテルに到着したタイミングでそのような事が起こった以上、出向かないわけにはいかないのです」

「罠だとしても?」

「その通りです。助けを求める民に手を差し伸べるため、我々はやってきたのです」

 

 さらに詳しく聞けば前に通ってきた村では生存者の為に、数人を警護の為に割いたのだという。

 根っからの正義漢という奴だ。

 部下も、それが間違っていると知りつつもその信念に感化され、厳しい状況と知りながらもそれに付き従っている。

 

 嫌な思い出が頭をよぎる。

 リアルで、こういうタイプの人間がとあるレジスタンス組織のリーダーを務めていた。圧倒的なカリスマと、その掲げる理想的な信念。例え他の人が無理でも、この人ならばと思えてしまうほどの人望の厚い人物。

 そんな男についていき、無駄な玉砕をして死んでしまった人間を、ウルベルトは知っている。

 どう考えても罠だと、このままでは何も成し遂げられずに終わってしまうと言ってもなお、彼ならばそんな状況も打破してしまうだろうと、最期までそれについて行きたいのだといって説得に応じなかった友人がいた。

 

 どうしても、死の運命から逃れられない場面というのはあったが、少なくともあれはそうではなかった。先導する男が目に見える地雷を踏みにいかなければ被害は最小限に抑えられたにも関わらず、それでもなお正義を掲げて前に進む馬鹿な奴だ。そういうのは、大抵組織に内通者などがいてそう動くように仕向けているし、今度の場合は王国の一部の貴族がそういう役割をしているのだろう。

 

 困っている人がいれば助けるのが当たり前というが、世の中に困っていない人間がどれほどいるのか。

 それら全てを助けることが本当にできるのならば、それ間違いなく正義であろうが、ただの人間にそんなことが出来るわけがなく、それならばせめて犠牲が最小限になる選択をするのが正義の味方の在り方ではないだろうか。

 

 ガゼフという男は話を聞けば、彼は王国において最高戦力たる人物だ。

 そんな男が、こんな小さな村でもし死んだとして、その後王国の国力が下がるのは明白で、いい未来が待ち受けていないことくらいは情勢があまりわかっていないウルベルトにも容易に想像できる。

 人の命の価値が違っているなんて子供でも知っている。

 それでもきっと、この男の死はきっと英雄の死として扱われるのだろう。それが無性に腹が立つ。

 

「あんた一体何の為に戦ってるんだ、ガゼフ・ストロノーフ。王の為か、それとも国の為か、はたまたただ目の前にいただけの村人を助ける為か? それら全てなどと馬鹿らしい夢物語は言ってくれるなよ。確かに、それらは同一線上にある場合もあるが、現状全く別の位置にある。王の為だというならば、今この場で死ぬ可能性を高めるなど愚の骨頂、国の為だというならば話を聞くに別のもっと優秀な王を立てるべきだ、そして、ただ困っている相手の為に損得勘定もなく助け、自身の命を脅かすのは、この場において王も国も両方手放すほどの愚行だぞ」

 

 ガゼフが何か言い返そうとするが、結局言い淀む。

 

「それは悪だ。正義の味方ごっこがしたいなら自分一人で勝手に死んでおけばいいだろう」

「勝手な事を言わないでいただきたい。我々は自らの意思で戦士長について行くと決めた。例え、そこで命が潰えようとも、後悔はない。何も知らないあなたに、そのような事を言われたくはない!」

 

 話を聞いていた戦士長の仲間が間に割って入ってきて、昔死んだ友人と同じようなことを言ってくる。

 

「良いんだ。彼の言う事にも一理ある。ただ、私は私の行いを間違いだとは思っていない。しかし、仲間をこうして巻き込んでしまっている事は、私も悪いと思っている」

 

 王国の戦士団は、そんな事がないと一致団結ムードになる中、その光景に今まで膨れ上がった熱が冷めていく。

 こうなったら何を言ったところでその決意や行動は変わらないだろう。

 無駄な事に時間を割いてしまったと、今更ながらに後悔する。そういう人間だというのは、最初見た時から感じていたのに、つい言い合ってしまった。いや、言い合ったというより、ウルベルトが一方的に意見をぶつけたという方が正しいか。

 実際、ウルベルトは王国の事情を詳しくはないのだから、間違った事や見当違いな事を言っていたのかもしれないが、それでも言葉をぶつけずにはいられなかった。

 

 その時、悲鳴の様な声が聞こえた。

 そちらを振り向けば遠くに天使の姿が見える。その姿はユグドラシルで召喚されるものと同じデザインであった。

 方角的に、謎の魔法詠唱者達が呼び出したのは間違いないが、ユグドラシルと同じ天使を呼び出したと言う事は彼らもプレイヤーだったのだろうか。ただ、それにしてはやけにレベルか低いものを呼び出しているのも気になる。アウラが連れてきた魔獣はそんなにレベルの低いものだったのだろうか。ただ、それだとあの悲鳴はどう言うわけなのか。

 

「天使、だと……。法国の連中か? しかし、一体何が」

 

 ガゼフはそんな呟きをした後、天使の現れた場所を確認してくるように部下に指示を出す。

 天使の出現にこそ驚いてはいるものの、天使という存在自体は知っている様子である。

 ユグドラシルとは全く関係ない世界なのかと思っていたのだが、そういう訳ではないのだろうか。それとも、ユグドラシルの魔法を広めた人物がいるという事か。

 ウルベルトはモモンガの方に戻り小声で質問をする。

 

「アウラの呼び出した魔獣って、レベルどれくらいですか?」

「何を呼んだのかはアウラに任せたんで分からないですけど、この辺りの人間はあまり強くないから、もし見られても不自然じゃない程度のほどほどの強さでって言ってます」

 

 ほどほどとはどの程度だろうか。

 村人は、正直レベル1にも満たないのではないかというほど弱い。

 ガゼフについては、王国最強との事だが戦士系の実力など魔法詠唱者のウルベルトには皆目見当がつかず、しかし、それほど強いとは思えないというのが正直な感想であった。

 ならば、天使を呼び出した集団というのも悲鳴から察するに、それほどの実力者ではないとみるべきか。実際に見てみないとわからないが、本当に強い相手ならばパンドラズ・アクターから連絡が来ているだろう。

 

「戦士長、法国の者と思われるものが複数の魔獣、目視できる限りでは5体ほどに襲われておりました。見た事のない魔獣ですが、かなりの難度のものと思われます……。今のところ、こちらには気づいていないようですが、いかがしましょうか」

 

 あれに勝つのは無理だろうと、戻ってきた男の顔は告げていた。

 

「では、私が行こう。今は気づいていないといっても、もしその魔獣がこの村に来ればひとたまりもないだろう。それに、その法国の者からは事情聴取をする必要があるからな」

「それならば、我らも同行します」

「いや、お前たちは村を守っておいてくれ。せっかくお二人の尽力で助かったこの村に何かあっては困るからな」

 

 部下に指示を出した戦士長が、ウルベルトとアインズの前にやってくる。

 

「オードル殿と、ゴウン殿にもできればこの村を守っていただきたいのですが」

「断る」

「ははっ。でしょうな。そう言うと思ってました。では、お二人の旅路に幸がある事を祈っております」

 

 ガゼフが村から遠ざかっていく。

 幾人かの兵士がそれを止めようとするが、彼の決意は変わらず戻ってきた兵士は村人に状況を伝え、避難するように誘導する。

 ウルベルトの言葉の影響も少なからずあるだろうが、しかし彼はどちらにせよこの場面ならば一人で行ったであろう。すでに、仕事の範囲から大幅にずれているのだ。さらに、魔獣討伐ともなれば、あまりにも本来の仕事からかけ離れすぎている。

 対人戦であれば、兵士たちもまだ戦えるのだろうが、魔獣との戦い方を熟知していない人間が容易に行って良いものではない。

 

「アウラが呼んだ魔獣って、倒されても大丈夫な感じですか?」

「ちょっと、確認してみますね」

 

 そういって、モモンガが〈伝言〉(メッセージ)の魔法を使用する。

 心配した村人がこちらに声をかけてくるが適当にあしらう。

 戦士長との言い合いを聞いていたにも関わらず、こちらを信頼しているのはどうなのだろうか。先ほども言ったように、ウルベルトは別に助けようと思っていたわけでもないので、こんな風に信頼されるのは意味が分からない。

 

「ウルベルトさん、倒されても別に問題はないみたいです。ただ、レベル50のオルトロスらしいんですが今のところ相手はレベルが30あるかないか程度みたいで、負ける要素はなさそうだとのことです。すでに数人は捕獲も完了しているようです」

「なるほど。今の状態だとちょっときついですが、アイテムでごり押せば何とかなるか」

 

 PVPならば、レベルが10以上開けば勝ち目はほぼないが、モンスター相手ならば動きがある程度わかっていれば対処の仕様はいくらでもある。それに、アウラが従えている魔獣なのだから、アウラに事前にどう動くか指示を出してもらえば何ら問題ない。

 

「助けに行くんですか?」

「だって、報酬をもらうなら上の立場の人間に話を通してもらった方が良いじゃないですが。程よく恩を売って、がっぽりせしめるチャンスですよ」

 

 ウルベルトの言葉に、アインズはツンデレ、とか一番正義しているという言葉が喉まででかかったが、言えばすごい勢いで否定され喧嘩になるのは目に見えていたのでそれを飲み込んだ。

 もちろん、ウルベルトはそんな事は気づかず天使たちが現れた方角へ向かっていく。

 

「戦うなら、俺が前に出ますよ〈完全なる戦士化〉(パーフェクト・ウォリアー)を使えば、ごり押しでも問題ないと思うんで」

「えっ、アインズさんそんな魔法も習得してたんですか?」

「まぁ、そうですね。全然使った事なかったんですが」

 

 戦士の見た目で魔法を使うのは違和感があるので、この状況においては非常に助かる。きっと、どこかの正義の味方に憧れて習得していたのではないかと思われるが、そんな事を一々問いただすべきではないだろう。

 

「なら、俺は補助に徹しますよ。攻撃魔法は、〈大災厄〉以外ろくなの使えないんで」

 

 〈未熟な人間化〉を使った状態では、習得にレベルが関係するものや、種族限定の魔法が使えなくなってしまっている。逆に言うと、それらに関係のないワールド・ディザスター専用魔法〈大災厄〉は問題なく使えるのだが、この場で使えばとんでもないことになるのは目に見えているので、よほどの事がない限りは封印しておくべきだろう。

 

「それじゃあちょっと、正義面した男に恩を売りに行きますか」

 




 悪魔になった影響で人を殺しても平気になってるとウルベルトさんが言ってますが、これは勘違いですね。次の話で本人も気づきますが。
 人間化してても、あくまでゲーム上の人間、しかもカルマ値が低い人間になってるからこんな感じの感情を持つようになってます。
 ユグドラシルでは基本的敵はモンスターだったと思うんですが、でも人間の敵も場合によってはいただろうし、この異世界の人も悪い奴は殺してもしょうがないみたいな倫理感を持ってるようなのもあって、リアルの人間とは違うプレイヤーとしての人間になってます。
 とはいえ、一応人間なのもあって悪魔の時ほど、悪逆が楽しいみたいな感情はないです。

 そして、本人は理屈を捏ねてるが完全に正義の味方をしていてすまない。中盤から、ちゃんと悪役しているウルベルトさんになる予定なので、今しばらくお待ちください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。