「なぜ、アインズ様をお一人で行かせたのですか」
アルベドが殺気を込めた声をウルベルトに放つ。
微笑みを絶やさぬ普段の彼女からは考えられないような物言いと表情であったが、この事態ではそれも仕方がないだろう。
部屋には、ウルベルトとアルベドの他に、デミウルゴス、コキュートス、パンドラズ・アクターの姿がある。
「それが、アインズさんの、いや、アインズ・ウール・ゴウンの意思だからだ」
そう言うと、アルベドはより一層その顔を歪めた。
「一人で行こうと思うんですよ」
シャルティアが何者かに洗脳され、しかもそれがワールドアイテムかそれに類するものによる物だと発覚したのち、ウルベルトとアインズは宝物殿に来ていた。
「いや、相性も悪いですし、アインズさんじゃあシャルティアとの戦闘は厳しいでしょう。NPC同士を戦わせたくないって言うのなら、俺も気持ちは分からなくもないですが、もしもの事を考えてどちらかが残るべきだっていうなら、行くのは俺の方でしょう」
アインズとウルベルトであれば、ウルベルトの方が強い。アインズは、手数が多く臨機応変に戦う事ができるが、火力はウルベルトの方が段違いで高い。
どういう攻撃をするかわからない敵であるならば、アインズの方が場合によっては良いのかもしれないが、相手はシャルティアだ。彼女がどういう攻撃をしてくるかはある程度予測ができるため、対処の仕様もある。そうであるならば、攻撃力の高いウルベルトがここは行くべきだ。
いや、本来であれば他の守護者も含めてきちんと編成を組んで行くのが正しいのだろう。だが、ウルベルトもそれはなるべくしたくはなかった。
彼らが敵だと割り切って戦う姿などは見たくない。だが、せめて二人で行くべきではないだろうか。ウルベルトが攻撃そして、アインズがそれを補助する。NPCを戦わせないのであれば、それが一番の戦法ではないだろうか。
「ちょっと、考えてたんですよね。本当に俺が、このナザリック地下大墳墓の支配者で良いのかって。シャルティアに外の調査の命令をしたのは俺で、そのせいでシャルティアはこんな目にあって、俺の判断が間違ってたのかなって」
「それなら、俺も同意したんだから同罪でしょう。アインズさんが一人で抱え込むことじゃない」
正直、甘く見ていたのだ。
プレイヤーやユグドラシルの情報を探していたが、その影は一向に見つからず、この世界で強いと言われる人間もせいぜいレベル30程度。
不測の事態など、そうそう起こる訳がないとそう思ってしまっていた。
その結果がこれだ。
ナザリックのワールドアイテムがきちんと存在できている以上、ワールドアイテムがこの世界に存在していても何ら不思議ではない。もっと警戒して事に当たるべきだったのだ。
「この前、ウルベルトさんがもし他のギルメンが戻った時、誰も紹介できる友達いないと恥ずかしいじゃないかって言ったじゃないですか」
「? 確かに、そんな話しましたけど、今は関係ないでしょ」
「いや、それで思ったんですよ。外もそうなんですけど、そもそもこのナザリックに所属しているみんなが意思を持って行動するようになったのに、全然そっちの方を見てなかったなって。もし皆さんが戻った時、NPC達に何もしてあげられない状況が、一番恥ずかしいんじゃないかって」
それは、今後アインズがここに残るならば解決しなければいけない課題だとウルベルトが思っていた事だ。
思ってはいたが、すぐには無理だと、いずれ時間が解決してくれるだろうと後回しにしていた問題だ。
「ここで一人で行って、シャルティアを救う事が出来たら、俺はもう少し胸を張ってナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンを名乗れるようになると思うんです。だから、行かせてください」
伽藍堂な瞳が、覚悟は決まっていると訴えかけてくる。
「……必ず、帰ってきてくださいよ」
「もちろんそのつもりです」
「ヤバそうだと思ったらすぐそっちに行きますからね」
「信頼してくださいよ。俺のPVPの勝率が良いのは知っているでしょ。ウルベルトさんにも勝った事あるじゃないですか」
「あれ、俺がかっこよく呪文を決めてる最中に攻撃してくるから……。いや、まぁ、そうですね。わかりました。無事に戻ってくるのをここで待ってます。そうじゃないと、アルベドとかが暴れそうですからね」
「お願いします。大丈夫です。アインズ・ウール・ゴウンに敗北はありえませんから」
そう言って笑う友を、ウルベルトは見送った。
これが正しかったのかどうかはわからない。ただ、アインズがああやって頼みごとをするのは初めてだった。
誰かの意見に流されるわけでもなく、彼自身が決めた事だ。
それを、否定する事などウルベルトには出来なかった。
アルベドはこの件に反対してくると思ってはいたが予想以上だな。
そんな事を思いながら、ウルベルトは彼女の殺意まで籠って良そうなその瞳を見据える。
アインズがすでにナザリックを出ていたと知らされていなかった彼女は、こちらが勝手に判断した事実に大層ご立腹だ。
「あなた達もなぜ、それを許してこの場にいるの! 今すぐにでもアインズ様の元へ行くべきではないの!」
そう言って、アルベドは他の守護者に同意を求める。
「至高の御方がお決めになられた事だ。私から口を挟む事はできないよ」
「デミウルゴスト同ジダ、我々ハ、勝利スルト言ワレタアインズ様ノオ言葉ヲ信ジ、タダ見守ルノミダ」
二人の意思が変わらないであろうことは、その声質から分かった。
デミウルゴスの場合は、ウルベルトが残ってくれているからというのもあるだろうが、コキュートスはその武人の気質から、主の言葉には絶対に従うという忠誠心が見えた。
「そう、そうなのね。なら、パンドラズ・アクター、まさかあなたまでアインズ様がお一人で行かれたのが正しいなんて、そんな事は言わないわよね」
すがるように、アルベドがその目線をパンドラズ・アクターに向ける。
正直、パンドラズ・アクターがどう思っているのかについてはウルベルトも分からない。
アルベドは、アインズへの強すぎる恋慕の想いから暴走する可能性を考慮して、コキュートスへの説明とデミウルゴスの帰還を待ってから部屋に呼んだ。パンドラズ・アクターも、アインズを一人で行かせるのに反対するのではないかと、思ったが今のところその様子はない。
賛成するにしろ、反省するにしろ、彼にはアインズの雄姿を見せ、その反応を見ておきたいと思ったので宝物殿から一緒にここまでやって来たが、彼の表情に変化はない。
「気持ちだけで言えば私も同じですよ、統括殿。ですが、宝物殿を出る際のアインズ様のお姿を私は見てしまった。あのお姿を見ては、口を挟む事などできるはずがございません」
つまり、アインズの命令だからというよりも、彼の気持ちを汲んだ上でここに残っているのだと、そう言う事だ。
デミウルゴスと同じだ。本当はウルベルトに死んで欲しくないくせに、それでもウルベルトがそうしなくてはいけないのであれば、それについて来てくれようとしている姿と、パンドラズ・アクターの今の想いは同じものだ。
その言葉に、ウルベルトは安堵し、アルベドは唇を噛みしめる。
「アインズ様にもしもの事があったら、どう責任を取るというのですか。ナザリックの支配者はアインズ様以外にあり得ない。例え至高の御方の一人であろうと、あのお方の代わりになれるはずがないっ!」
「アルベド、その発言はウルベルト様に不敬だ」
「あなたは黙ってて、デミウルゴス。あなたの言葉なんて聞きたくない。どうせ、残ってくれたのがウルベルト様で良かったと、アインズ様にもしもの事があったとしても、自分の創造主は残ってくれると、そう思っているんでしょ。そんなあなたの言葉なんか、聞きたくない」
アルベドの言葉に、デミウルゴスは開きかけた口を閉じて一歩下がった。
言い返すべき言葉はあったが、アルベドの言い分も間違いではないと思ったからだ。ウルベルトが残ってくれている現状に、安堵していたのは、紛れもない事実であった。
デミウルゴスとて、アインズにもしもの事があったならばと考えれば気が気じゃない状況だ。それでも冷静でいられるのは、ウルベルトから、アインズの事を信じて欲しいと言われたからだ。もし、ウルベルトのいない状態でアインズが一人で行ってしまったのを知れば、アルベドのようになっていたかもしれない。
「ウルベルト様は、自分が創造したデミウルゴスに構ってばかり。でも、アインズ様は違う。慈悲深く、ずっとこの地に残って下さったあの方は平等に愛して下さる。だから、ナザリックに残るのは、この地を支配するのにふさわしいのは、あのお方しかいない、それ以外なんて認めない!」
その通りだなと、アルベドの言葉を聞いてウルベルトは思った。
「お前は正しいよ、アルベド。このナザリックでお前たちの主人になるなんて、俺には土台無理な話だ。まぁ、そもそもなる気もないわけだが」
「ならどうして、アインズ様ではなくあなたがここに残っているの! どうして、アインズ様お一人で行かせたの!」
「パンドラズ・アクターと同じだよ。彼がそうしたいと願ったから一人で行かせた。安心しろ、本当にヤバそうだと思ったらすぐに転移して助けに行く」
「間に合わなかったらどう責任をとるというの!」
恋とはここまで人を狂わせるものか。
まるで別人のようだ。だが、これは間違いなく彼女の本心であり、真にアインズの事を、そしてナザリックの事を思っているからに他ならない。
ナザリックをまとめるのは、アインズ・ウール・ゴウンをおいて他にはいない。最後までこの地に残っていた彼以外にはありえない。
「なるべくそうならないようにはしたいが、そうだな、もし間に合わなかった場合、俺はここを出ていくよ。ああ、でも、その場合はデミウルゴスだけは連れて行く事になるかな」
「それはっ!」
慌てて口を挟もうとするデミウルゴスを手で制す。
アルベドの怒りは先ほどよりもさらにその熱を上げたように見える。
「それで許してもらおうっていうんじゃなくって、俺はなるべくここを正しい形で残しておきたい。その場合、多分俺は邪魔になる。もし、デミウルゴスの命と他のナザリック全ての存在が天秤にかけられたら、俺は迷わずデミウルゴスを選ぶ。例え、金貨での復活ができるとわかっていてもだ。俺は、そう言う場面になったら他の何を捨てても家族を選ぶって決めてる。そんな奴が、上にいればいつか組織がダメになる。正しくこの地を収められるのは、アインズさんしかいないんだ」
「ならどうして、アインズ様だけを行かせてあなたがここに残っているの」
「ギルドメンバーにも遠慮して、あまり自分の意見を言わなかったあの人が珍しく我儘を言ったんだ。それに応えてやりたかった。アルベド、お前も真に彼を愛しているというなら、もうちょっと信じてあげても良いんじゃないかな」
その言葉にも、アルベドの殺気が薄れる事はない。
これは、ウルベルトが何を言ったところで無理なのかもしれない。
「何も知らないくせに、どんなお気持ちでモモンガ様がここで他の至高の御方を待ち続けたのか。どうせ、“りある”への帰還方法が見つかれば、モモンガ様とナザリックをまた捨ててそちらに行ってしまうのでしょ」
お前もアインズも、俺の事を何も知らないくせに。
そう、一瞬言いかけてそれを飲み込む。知らないのは当然だ。ウルベルト自身が言い出さなかったのだから。
聞いて楽しい話じゃないからと、迷惑になるだろうからと何かと理由をつけて詳しい事は何も話してこなかった。なぜ悪になろうと決めたのか、ゲームを辞めた理由、ゲームを辞めてからの事。ぼんやりとした言葉でしか、それらについて話したことはない。
言ったところで、ただの自己満足の為だけに死のうとするウルベルトを止めようとするのはわかり切っていたからだ。
組織の連中だって、許可こそしたものの、戸籍もあり、仕事にもまだついているウルベルトは別の生き方をしても良いのだと、事あるごとに言ってくる。いきなり心変わりしたって良いんだからと、何度も何度も他の道を示そうとしてくる。
それを受け入れてくれたのはデミウルゴスだけだ。
アインズは、絶対にウルベルトの悪の行き着く先を良しとはしない。だから、ウルベルトは本当の事を言えない。
ウルベルトが本音をぶつけられないでいるから、アインズもまたウルベルトに対して本音をぶつける事は今までなかった。
結局、知らないのはお互い様だ。
「そうだな。リアルにはまだやり残してきた事がある。他のギルメンは違うだろうけど、少なくとも俺は、リアルへの行く道が見つかれば、ナザリックよりもそちらを片付ける事を優先させるだろうな」
その言葉に、アルベドが下を向く。恐らく相変わらずその表情は怒りを露わにしているのだと思われるが、肩を震わせている彼女がどんな表情をしているのかは見えない。
アルベドが本音をぶつけてきている以上、ウルベルトも同じくなるべく本心を伝えるべきだろうと思ってそう告げたわけだが、ナザリックよりもリアルを優先するという発言はまずかっただろうか。戻らないというと流石にマズいかと思い、やる事を片付けたら戻ってくるともとれるように発言したつもりではあったが。
「別にナザリックをないがしろにしている訳じゃないんだ。俺にとってもこの場所は大事だ。ただ、アインズさんほどではないってだけで。俺は、お前たちの理想の支配者から一番遠い存在だろう。そんな俺が何を言ったところところでお前の気持ちは収まらないんだろうけど、悪いがあともう少しだけ耐えてくれ。彼は必ず戻ってくるから」
そう言われて、納得したわけではないのだろうがアルベドがソファに腰を下ろした。
純粋に、何を言ったところでウルベルトの意見が変わることはなく、戦力的にここを抜け出す事はできないと諦めただけなのかもしれない。
アルベドの暴走はある程度は予期していた事ではあったが、ここまではっきりと感情を表に出してくるとは思わなかった。
とはいえ、悪い事ではない。むしろ、至高の御方と無条件にウルベルトの事を敬う他のNPCの方がおかしいのだ。ウルベルトは、アインズと違って一度はこの地を捨てて、今だって彼らの為に何かをしている訳ではないのだから、アルベドの意見の方が正しい。
ただ、なぜ彼女だけがそうなのだろうか。
それとも、アインズに恋慕しているシャルティアも同じ場面にいた場合、こんな風に激怒するのだろうか。いや、シャルティアの場合はあくまでネクロフィリアだからアインズに恋愛感情を抱いているだけで、他の死体系のギルメンがいた場合は、特別アインズだけにその感情が行くという事もなかった可能性は高い。
彼女の創造主であるタブラ・スマラグディナが書いた設定によるものなのか、それともNPCの中でも一番高い役職を与えられているが故の言動だったのかは定かではない。もしかしたら、感情を得て時間がそれなりに経った事により、個人でそれぞれ設定とは違う自我が生まれたという可能性もあるかもしれない。
アルベドも、もしかしたら創造主であるタブラがいれば、アインズよりもタブラの言葉を優先していたのかもしれないが、そのタブラはここにはいない。
何はともあれ、パンドラズ・アクター以外にウルベルトという至高の存在がいても尚、ギルド長であるアインズを一番に考えてくれる存在がいるというのは喜ばしい事のはずだ。
そう、喜ばしい事のはずなのだ。
ああ、それだというのになぜだろうか。この付きまとう違和感は。
アルベドの言葉は間違っていないはずだ。それなのに、何か彼女の先ほどの言葉に間違いがあったように思えてならないのはなぜだろうか。
アルベドを見れば、怒りよりも不安が勝ったのか青ざめた表情でアインズの姿を祈るように眺めている。
NPC達の優先順位は、創造主が一番上でそのあとに他の至高の存在が来ているはずだ。アルベドは、その創造主のタブラからどういう文面なのかはわからないがアインズを愛するように設定され、事実彼の事を何よりも一番に考えている。
尚且つ、今後のナザリックの事を考えれば、ウルベルトとアインズ、どちらを優先するべきかは自明の理だ。そのため、例え至高の御方相手であろうと、あんな言葉遣いになったとしても今回の場合は致し方ないだろう。
そのはずだ。何もおかしなところはない。
頭の中で何度も現状を整理するが、違和感を見出すことはできない。デミウルゴスも何も言ってこないのだから、ウルベルトの気のせいと考えるべきだろう。
皆、アインズとシャルティアの戦闘に見入っている。
そうだ、恐らく大丈夫だとは信じているがもしもの事態を考慮してすぐに動けるように、ウルベルトこそその光景をしっかり見ておかなくてはいけないのだ。
いまだに頭に何かが引っ掛かる感覚があったが、ウルベルトは一旦それを放り出し、二人の戦闘に意識を集中させた。
「結局、全部アインズさんの予定通りに戦闘が進んでましたね。みんな賞賛してましたよ。特にコキュートスとか」
「いや、たまたまですよ。でも、勝てて本当に良かったです。ギルドマスターとして、やっと仕事が出来たっていう気持ちです」
アインズとシャルティアの戦闘が終了した後、アインズが勝利を収め、シャルティアも無事にゲームの時と同様に金貨を使う事によってレベルダウンもなく復活する事が出来た。
残念なのは、シャルティアがなぜあのような洗脳状態になってしまったのか、その時の記憶がなくなってしまっているという事だ。
それにしても、洗脳が途中のシャルティア放置していたのはどういった理由からなのだろうか。アインズとシャルティアの戦闘の最中に現れる事もなかったのは不可解だ。
しかし、現地人の力量を考えればかなり破格な事をしてきた存在がいる事は間違いなく、それはプレイヤーやそれに繋がる何かの可能性は高いだろう。その相手がどこの誰か分からないのは非常に残念だが、今はシャルティアが無事に復活できた事を喜ぶべきであろう。
「しかし、アルベドは本当に凄かったですよ。NPCにあんな風に食って掛かられたのは初めてでしたから、かなり驚きました」
「そうなんですね。俺が戻った時はそんな様子はなかったんですけど、すいません」
「別に、アインズさんが謝る事じゃないでしょ。アインズさんが好きって言う設定を付けたのはタブラさんですし」
ウルベルトの言葉に、アインズの表情が曇った。
そして、とある事実を口にする。
「いや、違うんです。ごめんなさい、言い出しにくくて言ってなかったんですけど、その設定書いたの、俺なんです」
「えっ?」
「サービス最終日に、アルベドの設定を見てみたら、ビッチであるって書いてあって、ナザリックのまとめ役であるNPCがこんな設定は酷いなと思って、俺が書き換えたんです。なぜか
自分は、何か大変な思い違いをしていたのかもしれない。
ああ、そうだ。ギルド長であるアインズは、スタッフ・オブ・アインズウール・ゴウンを使用すれば、本来ならば権限がなくてできないNPCの設定を変更することもできる。そうだ、初めて会った日に彼は確かにスタッフを持っていた。
「それで、モモンガを愛しているって、書き換えたんです。ごめんなさい。もっと早くに言っておくべきでした」
ああ、そうだ。あの時感じた違和感はこれか。
そうだ、彼女はアインズではなく、モモンガとそう呼んでいたのだ。元々の彼の呼び名であるため、大きな違和感はなかったし、もしあの場で気づいていたとしても激情したアルベドがたまたま昔の呼び名を使っただけとしか思わなかっただろうが、そうじゃない。
アルベドは、アインズ・ウール・ゴウンではなく、モモンガを愛しているのだ。
NPCは基本、創造主を一番と見ているようだが、この場合どうなる。二人が創造主となるのか、はたまた上書きされて最後に設定を変えた者が上位に行くのか。
「他のNPCの設定は変えてないですよね?」
思いの外冷たい声を出してしまった事にウルベルト自身が驚く。
アインズが、ウルベルトを怒らせたのだと勘違いして肩をビクッと震わせる。
「してないです! アルベドだけです。すいません、俺が設定を変えたせいでアルベドがウルベルトさんに辛く当たったみたいで。全部、勝手な事をやった俺の責任です」
「本当ですね? 本当に、他のNPCの設定は変えてないんですね?」
誓ってそんな事はないというのでその言葉を信じるが、自分が眉間にしわを寄せた険しい表情をしているのが、アインズの怯えた表情で分かる。
「そういえば、敵のワールドアイテム対策に守護者達にも、ワールドアイテムを渡すんですよね」
「えっ、あっ、はい。アウラとマーレにはもうそれぞれ渡しちゃったんで、あとは一番外で仕事をしているデミウルゴスと、あと、ウルベルトさんで、ヒュギエイアの杯か、幾億の刃かのどちらかを持ってもらおうかと思っているんですけど」
「なら、ヒュギエイアの杯をデミウルゴスに、幾億の刃をコキュートスに渡してください」
「それじゃあ、ウルベルトさんがっ」
「あともう一つ、消費じゃないタイプのワールドアイテムがあるじゃないですか」
その言葉に、アインズが一瞬理解できないという顔をするが、すぐにどれの事を言っているのか察する。
「アルベドが持っている
「でも、あれはタブラさんがアルベドに持たせたから、勝手に移動するのは……」
「ナザリックの防衛のために外に出る事のない彼女には不要でしょう。すでに一つ設定変えてるんですから、それがもう一つ増えても同じでしょう。元から勝手にタブラさんが移動させた訳ですし。それとも、俺よりアルベドの安否の方が大事ですか?」
そう言われて、アインズがウルベルトの要求を受け入れた。
ウルベルトは、これから自分がするべき事を頭の中で羅列していく。
やらねばならぬ事の多さに目眩を起こしそうになるが、腹は決まった。
ああ、これから忙しくなる。
やはり、アルベドの設定を変えるべきではなかった。
アインズは、誰もいない自室で何度目になるかわからないため息をついた。
設定を変えたと告げた数日後、ウルベルトが休暇が欲しいと言って、誰の共を連れる事もなく、ナザリックから出て行って四日が経った。
毎日一度は
あの時のウルベルトは、他のNPCの設定を変えていないか執拗に確認してきた。ウルベルトがデミウルゴスを大事にしているのは知っていたし、それも仕方がないだろう。転移してすぐの時にアルベドの話題になった時にも黙ったままだったのだから、疑われてもしょうがない。
みんながこの地に戻るまで、なるべくそのままで残しておこうと思っていたのに、アインズがそれを変えてしまったのだ。
タブラが、アルベドに
だが、異世界にやって来てしまった今、設定を変える事は出来なくなっている。
ユグドラシルのサービス最終日だったから、こんな異世界に来るとは思っていなかったからと言い訳は沢山あるが、変えてしまったと言う事実は変わらない。
休暇が欲しいと言い出した時は、別段怒っているようには、外目からは見えなかったが実際のウルベルトの心中は分からない。
ただ、自分の休暇が終わったらアインズも偶には一人で外に出るのも良いんじゃないかと提案してきた。気分転換に一人で考え事をする時間は大切だと。
シャルティアの件もあって、一人で出歩くのは危険ではないかと、ウルベルトを止めようとしたのだが、設定を変えた負い目から強く言い返す事が出来ず、彼の提案を受け入れる事になってしまった。
ウルベルトを引き留めようとした時に言い返された言葉が今も心に突き刺さっている。
家族でもないのに、毎日顔を突き合わせるのは疲れると、ウルベルトはそう言った。
アインズやNPC達の事は嫌いではないが、本来はゲームをやっている何時間か、一緒に遊んでいただけなので、ずっと一緒に生活していると疲れが溜まってくるのだと言う。
言い分は分からなくはないが、少なくともアインズはこれまでの数日間、そんな事は全く考えていなかった。久しぶりに会った仲間と知らない土地を冒険して純粋にただ、楽しいと思っていたが、それは自分だけだったと言う事だ。それが何より寂しい。
だが、そんな本音を言ってしまえば、重たい奴だと、束縛するようならナザリックから出て行くと言いかねないと思い、その話題には適当に相槌を打ってしまっていた。
これで本当にウルベルトが戻って来なければ、アインズはまた一人になってしまう。さらにNPCにまで見放される様な事があれば、どうすれば良いのか分からない。
せめて彼らを幻滅させないように振る舞おうとしているのだが、支配者である自分とそのシモベでは距離を感じてしまい、何だか余計に寂しい気分になってしまう。
数日前までウルベルトがいてくれたからこそ、余計にそう感じる。
ウルベルトから、設定を変えたなら責任を取るべきじゃないかと言われた事もあり、ちょくちょくアルベドには声をかけたりしようとしているのだが、女性経験がないアインズは彼女に対してどう接すれば良いかわからず、あまり上手くいっていないように思われる。
設定を変えた事をアルベドに謝れば、彼女は謝らないで欲しいと泣きついてきた。だが、彼女がそんな態度もアインズが設定を書き換えたせいかと思うと、本当に取り返しのつかない事をしたのだなと、改めて後悔の念が頭をよぎる。
冒険者の仕事は、パンドラズ・アクターにウルベルトの代わりをさせており、いつ依頼が来ても良いようにエ・ランテルの宿屋に駐在させている。
ズーラーノーンと彼らが召喚したアンデッドを倒した事で、アダマンタイトの冒険者になったのだが、アダマンタイトでの初めての仕事はパンドラズ・アクターと一緒にする事になってしまった。
パンドラズ・アクターは見事なまでにウルベルトを演じてくれていたが、やはり本人ではない。やる気が起きず、雑に依頼をこなしてしまっていたが、それでも何とかなる程度の仕事しかなかった。
もう一度、ため息を吐いたタイミングで
「アインズ様、ユリ・アルファです。ご報告したい事があるのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
ユリは今日、外のログハウスの当番だったはずだが、外で何かあったのだろうか。
「ああ、構わない。それで、どの様な用件だ?」
「実は今、お客様がいらしておりまして」
「客? ナザリックに気づいたプレイヤーが接触してきたという事か?」
普通の一般人であればユリがわざわざ
お客様というならば今まで広めてきた情報を元に、友好的なプレイヤーが近づいてきたのかと考えた。
「いえ、恐らくぷれいやーではないと思われます。相手は、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと名乗っており、彼と従者が数名来ております」
「は? 帝国の、皇帝?」
「はい。モモンガ様に会いに来たと先方は言ってきているのですが、いかがいたしましょう」
……どういう事?
アルベドがまた同じミスしてるっぽくなって申し訳ない。
でも、アルベドがうまく隠しても、モモンガさんは設定変えた事をこのタイミングで言う事になるんですよね。実は設定変えてたから、もっと大変な事になっているかと思ったっていう感じで。
そして、アルベドが殺意見せないと当然ウルベルトさんはリアルについての発言しないので、アルベドは現状のまま。
ウルベルトさんは、殺意に気づかないと詳細は省きますが、なんやかんやあった後に、ナザリックに残る事を決めます。
そうなると、当然パンドラがアルベド不要になるんで、モモンガさんに告げ口してアルベドのバッドエンド確定。結果的に彼女にとっては最悪の事態を免れた形になっている、はず。
そして、今まで基本ウルベルトさん視点で書いてきてたんですが以降は、最終話付近になるまでウルベルトさん以外のキャラの視点で話が進んで、他のキャラ目線でウルベルトさんの舞台を見る流れになります。
一応、完結後に舞台裏としてウルベルトさん視点の話も書く予定ですので、今後もよろしくお願いします。