アメリカのヒーローが集結し悪と戦う大人気映画を観た帰り道、興奮冷めやらぬまま夜道を歩いていた俺は、突然背後から何者かに体当たりされ顔面から倒れ込み衝撃と痛みで気を失ってしまった。
もったいぶっても仕方ないので白状すると、宇宙人くらいしかもう未確認生命体が存在しないと思われているこの現代で、ひっそりと生き続ける夜の一族、千年の時を生きた吸血鬼の令嬢が映画を鑑賞した後に急いで家へ帰宅する途中で俺と激突したという非日常とのファーストコンタクトとしては何とも締まらない平凡な出会いだった。
しかし急いでいてぶつかると言うありきたりなトラブルと言えども相手は人間を捕食する上位存在、肉体的な強度は当然人間を超えていたらしく、令嬢に撥ねられた俺は背骨が粉砕骨折、顔面はアスファルトを滑った事で悲惨な状態、救急車を呼んだ所で助かるか分からず、何より後遺症は確実であった事、令嬢の過失であることもあり、俺は血を分け与えられ気を失っている間に人間を辞めていた。
「本当にごめんなさい、私としたことが周りが見えていなかったの」
「まぁ、何度も謝罪はして貰いましたし、慰謝料まで貰いましたからこの件で貴女を恨んでいませんよ」
吸血鬼になったことはショックだが、今年で二十五になるがSFやファンタジーが好きな俺は興奮を隠せないでいた。
「貴方がすんなりと現状を受け入れてくれる人物で本当に助かったわ。ほら、信仰とか色々とあるでしょ? いるのよね、吸血鬼がいるなら神や天使もいる筈だって暴走してしまう人も、ね」
彼女の言葉を信じるなら吸血鬼がいるイコール超常の存在の証明とはならないらしい、結局の所自分たちは人間とは違う進化をしただけの生物の一種に過ぎず、フィクションの吸血鬼の様な蝙蝠に化けたり人を操ったりと言う事は出来ず、ニンニクは嗅覚が人間よりも鋭い為匂いは人より強く感じるが食べられるし、胸に杭を打たれれば大抵の生物は死ぬと笑っていた。
それでも身体能力は人間を大きく上回り、血を与え吸血鬼に変える力は他の生物には無い繁殖方法である事は事実であり、人間社会を悪戯に混乱に陥れる事を避ける為にひっそりと暮らしているらしい。だが人の社会は目まぐるしく変化し複雑になってしまい、国籍や身分の特定が容易になり何をするにも履歴や戸籍が必要になり住みにくくなって来たとぼやいていた。
「今はどうやって生活してるんです?」
「人の世は古いと言うだけで価値を付けるでしょう? 私達にとってガラクタでもそれを大金を出しても欲しいと言う人はいくらでもいるのよ」
「でも売るのも難しいんじゃ」
このご時世ネット通販や中古ショップでも物を売るには身分証や電話番号なんかが必要になる、賃貸、携帯、諸々に契約するには講座や戸籍は必要だ。
「いつか通用しなくなるでしょうけど、戸籍をつくるのはそう難しくないのよ。田舎の役所なんかはセキュリティーなんて有って無いようなものよ、夜中に忍びこんでどうとでも出来るわ、今はまだね」
てっきり国と裏取引や裏稼業との繋がりで偽造なんかを考えていたらめちゃくちゃ現実的な方法で思わず笑ってしまった。でも確かにそうだ、映画みたいに重要データの改ざんや奪取に重要施設に侵入する訳じゃない、世間を騒がせたくない彼女の一族は例えこそ泥の真似事でも忌避はしないのだろう。
「で、そろそろ聞いていいかな。なんで俺は歯医者に連れて来られたのかな?」
「歯は一生の宝よ、しっかりと手入れしないと駄目よ、本当に。人間は一度しか歯が入れ替わらないのよ? でも歯はどんどんすり減って行くわ。私達純粋な吸血鬼ではない者たちは百年もすれば全員総入れ歯よ?」
ゆ、夢も希望もない現実を叩き付けられた俺は口を開けたまま反論も気の利いたリアクションも取ることが出来なかった。背骨や骨髄が再生してまさか歯が生えないとは思うまい、いや冷静に考えればその通りなのかもしれないが夢がない。
「ふふ、本当に歯科技術の進歩は素晴らしいわ。入れ歯に嘆いていた眷属達も近年はインプラントで入れ歯要らずで喜んでいるわ」
お嬢様の楽し気な言葉に碌に反応を返せぬまま順番が来た俺は治療台へと向かい、ガリガリと歯の小さな虫歯や無駄に鋭くなっていた八重歯が削られる音を聞きながらいつしか寝入ってしまった。
短い文章でしたがここまで読んで頂いたことに感謝を、ありがとうございます。
文章を書くリハビリ、多機能フォームの練習も兼ねて書きなぐりました。
吸血鬼になる展開や作品は数ありますが、歯などの再生しない部位に言及する作品と出会ったことがなかったのでネタにしてみました。
大抵はどんなケガも再生する吸血鬼、歯なんかも当然の様に再生するのが当たり前なのでしょうね。
不老不死を手に入れた美女や青年が入れ歯確定なんて夢がないですしね。