神様、俺を異世界へ! 〜ふと呟いたら異世界へ送り込まれました〜   作:相楽 弥

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#10 “アイス・バレット”

「ヒロトさ〜ん!! お、追いつかれちゃいますよ〜!!」

 

「とにかく走れエスト! ......ああくそっ、何でこんな事に!」

 

 森の中を一心不乱に駆け回る。

 その背後から複数の破壊音が聞こえてくる。

 枝が折れる音に地面を鋭いものが刺す音。

 徐々にそれはこちらへと迫ってきている。

 

 俺とエストは。

 

「───ギィィッ!!」

 

 森に巣食う食人植物。

 マッドプラントに追われていた。

 

 

──────────

 

 

 (さかのぼ)る事数時間前。

 ギルドが支給するキュアポーションの原料となる薬草の収集依頼を受けた俺達は、魔法の練習がてら先日の森へとやって来ていた。

 

 早々に依頼分の薬草を集め終えた俺は、エストに水属性の魔法について教わっていた。

 

「今日教えるのは、“アイス・バレット”と“ウォーター・ウォール”の二つです。比較的習得の容易い中級魔法なので、ヒロトさんなら大丈夫だと思いますよ」

 

 そう言って俺の目の前にたったエストはトーチを発動させた時と同じ手の形を作り、10メートルほど離れた木に狙いを定める。

 只あの時と違う点と言えば、反動を軽減させるために突き出した左手に右手を添えている事か。

 

 どうやら威力のある魔法は発動時に反動があるらしい。

 

(結局、トーチは簡単に扱えるようになったけど攻撃魔法ともなれば扱い次第で危険にもなる。……しっかり見とかないとな)

 

 そして徐々にエストの指先に魔力が集まっていく。

 浮かび上がる色の無い魔方陣に水色の魔力が注がれ、回転し始める。

 

 その動きは早くなっていき、エストがぐっと体に力を入れた。

 

「──ッ“アイス・バレット”!!」

 

 エストの声と同時にその指先に発動した魔方陣から数発の氷弾が発射される。

 それらは風を切り狙った的へと一直線。

 着弾してその木の幹を抉りとり、その傷口を凍てつかせた。

 

 よしっ、と言うと共に指先に発生した冷気を吹き消すエスト。

 ……なんだろう、その仕草を気に入っているのだろうか。

 

「とまあ、こんなものですね。 この魔法は、相手にダメージを与えるだけでなく、その箇所(かしょ)を凍らせる効果があるんです」

 

「そうみたいだな。 ……て事は、この魔法で敵の足止めなんかも出来るのか?」

 

「足元を狙って発射すれば可能かもしれませんね。 私は……試したことないですけど」

 

 まあ本来そういう使い方をするものじゃないだろうし。

 何だか真剣にエストが考え出したので宥めると、俺はもう1つの“ウォーター・ウォール”について教えてくれとせがんだ。

 

 名前から推測するに、防御系の魔法になるんだろうか。

 流れる水流で相手の攻撃を(から)めとって防ぐ……的な。

 

「任せてくださいっ! それじゃあ、私の後ろにたって貰えますか?」

 

 言われるがままエストの後ろへ。

 すると彼女は目の前の空間に両手を突き出して詠唱を開始する。

 

 と、その時だった。

 

(……? 何だ、奥から何か音が聞こえてくる)

 

 人の足音にしては、雑音が多すぎる。

 ガザガサ、ゴゴゴと草を掻き分け土を蹴るような大きな音だ。

 

 其れがどんどんこちらへと近づいてくる。

 

(いや、やっぱりおかしいぞ。音が多すぎる!)

 

「エスト、ここから離れるぞ! 何か近づいてくる!」

 

「え、えっ!」

 

 詠唱の途中で突き出した手を握られて、驚いたように肩が飛び跳ねた彼女だったが、俺の表情を見て只事では無いと判断してくれたのだろう。

 

 直ぐに魔法の準備をやめて、森の出口へ走り出した。

 

 

──────────

 

 

「本格的にまずいなっ! このままだと埒が明かないぞ!」

 

 先程からエストが“アイス・バレット”を振り向きざまに連発しているのだが、マッドプラント達の動きが止まる気配はない。

 それどころか、命中した氷弾が気に触ったのか何処と無く怒っているようにすら見える。

 

 ギギギ、と奇妙な呻きをあげながら巻き上げた砂埃と共に少しずつ、だが確実に距離を詰めてきている。

 

「ヒロトさーん!!! お、追いつかれます〜!!」

 

 相変わらず氷弾を乱射しながら泣き顔で俺に訴えるエスト。

 魔力量には自信があると豪語していたが、このまま連射を続ければ枯渇も有り得るかもしれない。

 

 ……一か八か試してみよう。

 

「“トーチ”!!」

 

「えっ!? 何をして……」

 

 困惑するエストをスルーして、この魔法が持つ許容量限界の魔力を注ぎ込む。

 魔法陣が軋むような音を立てて高速回転を始めるが、気にしてはいられない。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 突き出した右手からあの時とは比べ物にならない大きさの火球が飛び出した。

 反動で若干後ろへと飛ばされたものの、放たれた火球は速度と規模を徐々に大きくしていき、マッドプラントの群れを目掛けて一直線に飛んでいく。

 

 そして着弾と同時に一体のマッドプラントへと引火、ごうごうと音を立てながら小さな火球がその身体を蝕んでいく。

 

 “トーチ”は着火魔法だ。

 規模さえ大きければ、着弾するだけでみるみるうちにその炎は拡がってしまう。

 痛みにのたうち回った1体が他の個体にもどんどんとその火を引火させていく。

 

 あっと言う間に火の海とかした群れは混乱してもう俺たちの事など気にならないらしい。

 

「嘘っ、あんなに威力が出るなんて……!」

 

「作戦成功だ! 今の内にここを離れるぞ!」

 

 俺はエストの手を引くと、一気に森を駆け抜ける。

 幾ら火の海になったとはいえ、万が一ということもある。

 すぐに森を降りて、街へと戻ることが先決だ。

 

 が、どうやらその万が一の事態が起きてしまったらしい。

 

「ヒロトさん! なんだか後ろの方から凄い音が……!」

 

「もう追いついてきたのか!?」

 

 先程よりも音の数は減ったものの、流石は怪物。

 残った個体が引火した部位を自ら切り落すことでダメージを最低限に抑えたらしい。

 なんとも頭のいい生物である。

 

 ここから森の出口まではまだ距離がある。

 (いく)ら俺の足が速くなっていても、流石に魔物のホームでは奴らの方が速いだろう。

 

(何か……何か手は……)

 

 先程の規格外“トーチ”も対策されたのではもう使えない。

 エストの“アイシクル・レイン”に関しても、威力はあるが詠唱に時間がかかる上に集中が必要。

 

 剣で立ち向かおうにも、この数では倒し切れないだろう。

 

(いや、待てよ。もしかしたら“アイス・バレット”もさっきみたいに威力を限界まで上げれば……)

 

 可能かもしれない。

 確実ではないが、考える暇などなかった。

 

 森の中を駆けながら、右手を前へと突き出して魔方陣を発動させる。

 エストが行っていた手順を思い返しながら、かつ高速で魔法陣の術式を構築。

 そこへ一気に魔力を流し込む。

 

 不思議と疲労感はない。

 只、自分の右手から何かが流れ出していく感覚がしっかりと伝わってくる。

 

「ヒロトさん……? まさか、“アイス・バレット”を使う気ですか!?」

 

「それしか今は方法が無さそうだし、さっきの“トーチ”の要領で威力を強化できるかもしれない。……ッ話してる暇は無さそうだぞ!」

 

 もう10メートルも無い位置にまでマッドプラントの群れは迫っている。

 

(……よしっ! 魔力が安定したぞ!)

 

 水色の魔力を限界まで注がれた魔法陣は、冷気を漏らしながら冷たい光を放っている。

 やはり軋むような音が聞こえてくるも、これが一番威力が出る安定した状態だろう。

 

「エスト、合図をしたら右の茂みに飛び込め!」

 

「は、はいっ!」

 

 あと数メートル。

 魔法陣の安定を保ちながら、俺は全速力で駆ける。

 

 限界ギリギリの魔力を流し込んでいるからか、少しづつ右手に痺れが生じてきた。

 俺はそれを左手で何とか抑えると、ぐっと右足に力を込める。

 

「今だエスト! 茂みに飛び込め!」

 

 指示通りエストは茂みに飛び込んで、そのまま少し距離をとる。

 そして俺は足に貯めた力を一気に解放、跳躍する。

 

(うおっ、マジか……!)

 

 驚いたのは俺自身。

 その高さは、優に5メートルを越えている。

 

 身体をひねり、こちらを見上げている怪物共に狙いを定める。

 ……チャンスは一度きり、これを逃せばもう逃げられない。

 

「くらえっ!! “アイス・バレット”ッ──!」

 

 キィィィンという細い音がその空間に響きわたり、そして右の(てのひら)程の大きさしかなかった魔法陣が一気に展開される。

 

 風切り音と共に放たれた氷弾……否、氷塊は発射と同時に群れの中心へと着弾した。

 轟音と冷気混じりの突風が辺りを支配し、空中に居た俺は思わず吹き飛ばされてしまう。

 

 マッドプラント達の呻きは聞こえなかった。

 

 何故ならそう、砂煙が晴れた後そこにあったのは。

 

「す、凄い……ッ!」

 

 四肢が断裂された状態で氷の壁に閉じ込められた群れ達の姿だったから。

 

 突風の影響で地面に叩きつけられた俺はというと、驚いた事に傷一つ無く、ほんの少し目眩(めまい)がする程度であった。

 恐らく魔力を一気に消費したからだろう。

 だがそれも徐々に回復していき、ハッキリとした視界にエストを捉えて彼女の元へと向かう。

 

「ぶ、無事か? エスト」

 

 急に茂みに飛び込んだことで髪や服に枝葉が付いてしまっているものの、突風による被害は無かったらしい。

 

「私は大丈夫ですけど……ヒロトさんは?」

 

「まあ、何とか。怪我もなかったし、大丈夫だよ」

 

 消費した分の魔力も回復したらしい。

 先程までの脱力感が嘘のように消えている。

 

「とにかく依頼自体は達成済みだし、ギルドへ戻ろうか」

 

「それもそうですね……ずっと走り回って疲れちゃいましたし……」

 

「確かに……な」

 

 俺はともかく、エストの方の疲労が酷そうだ。

 “アイス・バレット”の連発による魔力の消費や、ここまでの逃走で体力を消費しているはず。

 

「おぶるよ。ほら、乗って」

 

「そ、そんな、悪いですよ。ヒロトさんだって疲れてるだろうし……」

 

「俺なら大丈夫だから。ギルドに着くまで、ゆっくり休むと良いよ」

 

 ではお言葉に甘えて……と、屈んだ俺の背中に乗り込むエスト。

 少し歩いたところでふっと肩に捕まる力が弱くなった。

 どうやら眠ったらしい。

 

 すうすうと寝息をたてながら眠るエストを背に、俺はリドルトの街へと足を急がせた。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想や、アドバイス等頂けるとありがたいです。

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