神様、俺を異世界へ! 〜ふと呟いたら異世界へ送り込まれました〜   作:相楽 弥

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#11 始まった異変

 ギルドに到着すると、何故か生暖かな視線と肌に突き刺さるような鋭い視線に囲まれた。

 

 俺はそれらを振り切ると、そそくさとロビーを通り抜けて依頼達成の報告をするためにカウンターへと向かう。

 

「すいません、依頼達成の承認をお願いします」

 

「かしこまりました。……相方さん、お疲れみたいですね」

 

「あはは……」

 

 エストはまだ眠ったままだった。

 まあ、あれだけ魔法を連発して森を駆け抜けてと忙しかったし、仕方ないだろうけど。

 

 ……ああ、そうだ。

 一応話しておいた方がいいかもしれないな。

 

「あの、実は今日受けた依頼を進めてる時にマッドプラントの群れに襲われまして……」

 

「それはたいへ……マッドプラントですか!?」

 

 ギルド職員が叫んだ『マッドプラント』という単語に建物内に居た冒険者や商人。他のギルド職員たちもざわめき出す。

 

 これだけ騒がれるということは奴等がいかに危険な魔物であったかも伺える。

 

「あの、今回の依頼は森林中部だったはずですよね? 本来マッドプラントはかなり奥地に住まう危険な魔物なのですが……」

 

 言外(げんがい)に依頼地域以外に向かったのか? という問い詰めが隠されていたが、もちろん俺達は中部から動いていない。

 何なら魔法の練習をしていたのは中部でもかなり浅い所だ。

 

「俺達はずっと依頼地域に居ましたよ。……そしたら急に奴等が群れで接近してきたんです」

 

 そんなまさか……と後ろで話している冒険者の声が聞こえてくるが、嘘は言っていない。

 俺は提示した冒険者カードの討伐モンスター枠を見るように職員に促す。

 

 このカード、どういう訳か討伐モンスターの名前と数だけでなく何処で討伐したのかまで記録してくれるのだ。

 

 職員が俺のカードを見ると、表示された座標は確かに森林中部の物だった。

 が、それ以上に驚いた事があったようで。

 

「あ、あのキリシマさん。ここにマッドプラント八体討伐という文字があるんですが……」

 

「ああ、倒しましたよ。ちょっと危なかったですけど……」

 

 おいおいマジかよ……という空気がギルド内に広がっていく。

 確かに信じられない事ではあるよな、俺まだ駆け出しだし。

 

 と、そこへ一人の男性が奥から歩いてくるのが見えた。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした巨躯(きょく)の男は隣に控えている職員から何かを聞いて頷き、真っ直ぐに俺の方へと向かってくる。

 

 後ろでまたざわめきが大きくなった。

 

(何だ、もしかしてギルドの責任者か?)

 

 男は俺の目の前で立ち止まると、

 

「オルグ=エーベン。このギルドのマスターだ」

 

 それだけ言うと控えている職員に何が告げてまた奥へと消えていった。

 

「彼は無口な御方でして……。あ、先程の件について詳しくお話を聞きたいとの事だったので、少しお時間を頂けますか?」

 

「は、はぁ」

 

 俺は職員に促され、ギルドの奥にある部屋へ通された。

 そこには大きな円卓(えんたく)を囲んで椅子が並べられており、それらから察するに会議などに使用する部屋だというのが分かった。

 

「う、うぅ……。あれ、此処は……?」

 

「お、起きたな」

 

 俺が円卓を囲む椅子のひとつに彼女を座らせてやると、寝ぼけ眼を(こす)りながら当たりをキョロキョロと見回して……。

 

「えっ!? こ、ここ本当に何処ですか!?」

 

 目が覚めたらいつもの宿では無く大きな会議室に居たのだ。

 驚いても仕方無いだろう。

 

 俺は目を白黒させているエストに事の顛末(てんまつ)を話してやると、既に目の前に座っていたギルドマスター。

 オルグ=エーベンに今日の事について問い掛ける。

 

 職員や冒険者達がざわめく程の異常事態だ。

 なにか原因があるのは明白だろう。

 

「今日俺達が襲われたあの魔物。……あれは本来、森林の奥地に住んでるんだよな」

 

「ああ、その通りだ。そして今までの記録にもマッドプラントが中部にまで降りてきたという記述は無かった」

 

 つまり完全なイレギュラー。

 絶対に起きる(はず)のない事態が今あの森で発生しているということだ。

 

「話によれば君達は薬草回収の依頼を遂行していた途中、突然飛び出して来たマッドプラントの群れに追われ、逃げながらも討伐した……という事で間違いないな?」

 

「大体そんな感じですね。……あの、原因については分からないんですか?」

 

 オルグは少しの間瞑目して、卓上(たくじょう)の書類に目を通しながら口を開く。

 

「現時点では無い。だが、近々調査隊を派遣しようと考えている」

 

 そして俺達の傍に控えていた職員が資料を手渡してくる。

 ……成程(なるほど)、青等級以上の冒険者で調査隊を組ませて深部に向かわせるのか。

 

 他の資料にはマッドプラントに関する情報が載っている。

 どうやらあの魔物は赤等級以上の冒険者が数人掛りで倒すレベルの魔物だったらしい。

 

 それを一人で倒せてしまった(あたり)、神様から受け取った能力というのは(すさ)まじいようだ。

 

 エストもそれらの資料に目を通したらしく、そんなに危ない魔物に……と顔を青ざめさせている。

 

「後程、君達には依頼の報酬とは別に報奨金を支払おう。加えて、今日この時を以て等級を白から赤への昇格を命じる」

 

 つまり明日からはギルドが提示する依頼では無く、実際にギルドへ寄せられた依頼を受ける事になる訳だ。

 

 より一層、気を引き締めねばならない。

 

 ありがとうございます、と一言告げて俺たちは頭を下げる。

 どうやら話は終わったらしいので、もう一度一礼した後に部屋を出ようとすると。

 

「まあ、何だ。……君達が無事で何よりだった。今後も頑張ってくれ」

 

 それだけボソリと呟いて、彼も部屋を出ていった。

 

(感情が読めない人だけど、案外優しいんだな)

 

 帰り際、俺達は受付で冒険者カードの更新をして貰った。

 カードの端に刻印されていた白の印が、赤い印に変わっている。

 

 これで明日から一端(いっぱし)の冒険者という訳だ。

 

 そして報奨金。

 これも金貨一枚と銀貨六枚という大金を受け渡された。

 取り敢えず金貨を銀貨へと両替したもらったので、それをエストと等分する事としよう。

 

 そしてカード更新と報奨金の受け取りを終えた後。

 俺達を担当してくれていたミラさんが、一つ忠告をしてくれた。

 

「明日から貴方方は赤等級の冒険者。つまり、一般の依頼を受注出来る事になる訳ですが……。今日の事もありますし、なるべく深部には近付かないようにお願いしますね」

 

 それだけ告げると、他の職員に呼ばれて軽い会釈(えしゃく)をした後に帰って行った。

 

(もうあんな思いは()()りだ。……肝に銘じておこう)

 

 

──────────

 

 

「今日は大変でしたね……」

 

「そうだな……」

 

 ギルドを出て宿へと続く大通り。

 既に日は落ちて路肩(ろかた)に並ぶ街頭には灯りが点っている。

 

 緊張が抜けたら急に疲労感が襲ってきた。

 決めた、宿に着いたらまずは風呂に入って体を休めよう。

 

 ……ああそうだ。

 一つ忘れていた事がある。

 

「ありがとうな、エスト」

 

「き、急にどうしたんですか? ヒロトさん」

 

 なぜ礼を言われたのか心当たりが無いのか、俺の方を見てあたふたとするエスト。

 

 そんな彼女に少し微笑(ほほえ)みかけて、俺は言葉を続ける。

 

「ほら、あの時エストが俺に“アイス・バレット”を教えてくれてなかったら、多分マッドプラントは倒せなかっただろ? 」

 

 だからありがとう、と頭を下げるとエストは更に慌てて否定する。

 

「そんな、私は魔法を見せただけでしたし……それこそ、あの時ヒロトさんがあの手段を取らなかったらやられていたかも知れませんし……」

 

「あはは。じゃあ、お互い様だな」

 

 それはちょっと違う気が……と呟くエストだったが、宿屋の看板が見えてきて安心したらしい。

 軽くスキップして俺の前へと躍り出ると、くるりとこっちを向いて───

 

「明日からも、よろしくお願いしますね!」

 

 金色の髪をふわりと(なび)かせ、満面の笑みを浮かべた。

 そんな彼女の靡いた髪が街の灯りに反射してキラキラと輝いて。

 

「……ああ! こっちこそよろしくな!」

 

 その姿に思わず息を飲んだ俺だったが、直ぐに気を取り直して笑顔を返した。

 

 

──────────

 

 

 ───ギルド内の一室にて。

 

 一人の男がある一枚の紙を手に、窓の外を眺めていた。

 冒険者ギルド リドルト支部のマスター、オルグ=エーベンは何かを(うれ)う様に瞑目する。

 

(彼の話に嘘は無かった。……私の固有技能に反応が無かった以上、それに偽りは無い)

 

 実は彼にはとある固有技能があった。

 

 固有技能《虚妄看破(きょもうかんぱ)》。

 対象が語る話の中に虚偽(きょぎ)の事柄が混ざっていた場合、それらを瞬時に看破する事ができる能力。

 

 更には自身を騙そうとする意志をも看破する事も可能だ。

 

 つまり彼の前においては、如何なる偽りも無意味になる。

 そして、この街の冒険者全体を管理する者である『ギルドマスター』という職についている彼にとって、それは大きな強みでもあった。

 

 だがしかし、ヒロトの話が嘘では無いという事実が逆に彼を悩ませていたのだ。

 

(マッドプラントはフロウラの森において上位に位置する魔物だ。……そんな彼等が我を失ってまで逃げ出す様なモノとなれば……)

 

 確実では無い。

 何せ、可能性が低すぎるのだ。

 

 だが、オルグの頭からその懸念(けねん)がどうしても外れない。

 それだけにそのモノの存在を考慮(こうりょ)しなければならなかった。

 

(……早急に手を打たねば、被害は拡大するのみ。いざとなれば王都へ支援を要請する事も視野に入れなければな)

 

 暫くして、彼はその書類を机上に置いて部屋を後にした。

 その書類に書かれていたのは───

 

『賞金首モンスター 白獣出没の(しら)せ』

 

 という文言(もんごん)だった。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
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