神様、俺を異世界へ! 〜ふと呟いたら異世界へ送り込まれました〜   作:相楽 弥

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#16 イリアの理由

「お、帰ったな二人とも! 今日は何をして......お前ら、ホントに何してきたんだ!?」

 

 宿屋に着くとアルバーさんが出迎えてくれたのだが、あまりにボロボロな俺達の服装を見て心配そうに駆け寄ってきた。

 

 それもそのはず。

 幾ら教会で治療を受けて帰ってきたとはいえ、装備していた防具や下に着ていた服が総じて壊れていたり穴が空いていたりと、普通ではなかったからだ。

 

「あはは......ちょっと無茶しちゃいまして......」

 

「......」

 

 笑って誤魔化す俺を、エストが黙って睨んでいる。

 馬車に乗っている間も暫く泣いたままだったからか、その目尻はほんのりと赤くなっている。

 

「そうみたいだな......まあ、お前らが無事ならそれで良いけどよ」

 

 そう言って少し呆れたように笑ったアルバーさんは、「取り敢えず風呂の用意してやるよ」と奥の部屋へ歩いていった。

 

「......と、取り敢えず部屋に戻ろうか、エスト」

 

「......ヒロトさん」

 

 そそくさと部屋へ向かおうとする俺の服の裾を、エストがぎゅっと引っ張った。

 その力が以前よりも強いことから察するに、どうやら彼女は怒ってらっしゃるようだ。

 

 ......まあ、あの魔法を行使した事で俺もエストも怪我をした訳だから、怒られて当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 俺は素直に謝ろうと、エストの方へ振り返って──

 

「......エスト?」

 

 彼女が泣きそうになっている事に気が付いた。

 だが、先程のような泣き方ではない。

 

 静かに、少しの涙を瞳に浮かべて、振り返った俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

 

「......私、怖かったんですよ......」

 

「......ごめん。 あんな魔法使ったせいで、エスト達にも怪我させちゃってさ」

 

 謝る俺の言葉に、「そうじゃないんです」と首を振るエスト。

 彼女は俺の右手に自分の両手を優しく添えると、少しだけ力を込めで握る。

 

「......あの時、大怪我をしたあなたを見て、とっても怖くなったんです。 このまま、あなたが死んでしまうんじゃないかって」

 

(......そうだ。 俺の怪我が一番ひどかったんだよな)

 

 直ぐにヒールで治してしまったから忘れていたが、エスト達が俺を発見した時にはそれはもう凄惨な光景だったらしい。

 

 心配させてしまった事に申し訳なさを感じていると、彼女が手に込める力がまた少し強くなった。

 

「......今度からは絶対に無茶しないでくださいね? 私も、ヒロトさんが無茶しないように手助けしますから」

 

「......うん。 なるべく頑張ってみるよ」

 

「なるべくじゃダメです」

 

「......はい」

 

 言い返す言葉もない。

 

「......はい、お説教終わりですっ。 ヒロトさん、お部屋に戻りましょ」

 

 俺をひとしきり叱って満足したのか、少し項垂れた俺の右手を引いて彼女は歩き出した。

 

 

──────────

 

 

 部屋に戻ると、俺はまず右手の様子を確認した。

 教会のプリースト曰く、神経系や魔力回路への異常は無いので安心してください、との事。

 

 自分で触ったり、動かしてみたりする分にも違和感は無いので取り敢えず回復したとみていいだろう。

 

(けど、あの魔法は暫くは封印だな。まだまだ魔力の扱いもマスター出来てないみたいだし......)

 

 ゴーレムに対して放った“ライトニング・ディヴァイン”だが、本来あの様な爆風を起こすような魔法ではない。

 

 恐らく無意識的に必要以上の魔力を流し込んだことで魔法が暴走し、あの様な威力になったのだと考えられる。

 

(明日は休もうか。 エストも疲れただろうし、俺ももっと魔力コントロールの練習を積まないと......)

 

 ボロボロになった服を紙袋に纏めながら、明日の予定について考える。

 

 因みに、ボロボロになった防具や服は、古着屋に持っていくことでその素材や状態に応じた貨幣に換金してもらえる。

 どうやらそれらを再利用して、別の物品を作り出す業者が存在するらしい。

 

 いわゆる、『もったいない』の精神なのだろう。

 

「......さて、風呂入ったらもう一回教会に行かないとな」

 

 普段着に着替え、俺はそのまま部屋をあとにした。

 

 

──────────

 

 

 リドルトの街には教会と呼ばれる建物が一つ存在する。

 この国では主に、『創世神教』と呼ばれるこの世界を作った創世神サハトを崇める宗教が信仰されている。

 

 その為、この街に存在する教会もその『創世神教』を信仰するプリーストや神父らが従事しており、街の人々の心の拠り所となっている。

 

 また、教会に従事するプリーストによる無償の治療も行われており、冒険者たちにとっても馴染みの深い場所だ。

 

「そろそろあの子も治療が終わった頃だよな」

 

「私ビックリしましたよ。 まさか(あばら)を折っていたなんて......」

 

 あの子とは、先程助けた銀髪の少女、イリアの事だ。

 

 どうやら見た目以上に内部の損傷が激しかったらしく、教会のプリーストに診察されている途中で、「あなた、よく歩いてこられましたね」と驚愕されていた程だ。

 

 そして治療には時間を要する、とプリーストから説明を受けた俺達は、一旦宿へ戻って自分たちの服装を整えてからまた訪れることにしていた。

 

 教会の扉を開けると、奥にある治療室へと少し急ぎ足で向かう。

 ノックして開けてみると、腕や太腿(ふともも)に包帯を巻かれて切り傷や擦り傷の消毒を受けているイリアの姿があった。

 

「あ、ヒロトにエスト。 もう戻ってきてくれたのか?」

 

「ああ。 ......怪我の調子はどうですか? マカトさん」

 

肋骨(ろっこつ)の怪我についてはほぼ完治しました。 とはいえ、(しばら)くは血液が足りていませんので前衛に出られるのは控えた方が良いかと」

 

 そう言って消毒したイリアの傷口に布をあてているのは、この教会のプリースト。

 マカト=スーシーさんだ。

 

 マカトさんはこの教会に従事するプリースト達を束ねている修道士長であり、その証である洗礼名を彼は受けている。

 なので、“マカト”という名は本名ではないらしい。

 

「しかし、よくゴーレムに襲われてご無事でしたね」

 

「ううん。......あたし一人だったら、きっと今頃殺されてたよ。 そこをヒロト達が助けに来てくれたんだ」

 

「私達はゴーレム討伐の依頼を受けてあの遺跡へやってきていたんですけど、まさか既に誰かが戦っているなんて思いませんでしたよ」

 

 あの時、俺達が襲われているイリアを助けられたのは全くの偶然が重なった結果だった。

 現に、俺達があの依頼を受けていなければイリアは今ここに居ないだろう。

 遺跡の床に張り付いていたかもしれない。

 

「それは幸運でしたね。 貴女の日頃の行いが招いた結果でしょう、良かったですね」

 

「えへへ......」

 

 マカトさんにそう言われて少し照れたように笑うイリア。

 

 そんな彼女の姿を見て、俺はある一つの疑問が頭の中に生まれたのを感じた。

 

「......なあイリア。 君はなんであの遺跡に居たんだ? とても一人で潜り込めるような場所じゃないと思うんだけど」

 

 その問いかけに、さっきまで笑っていたイリアの顔が曇った。

 そして、どこか悲しげにしながら、彼女は自らの懐から一本の花を取りだした。

 

 ゴーレムと逃げ回っている間に服に()れてしまったのか、その花弁はくしゃっとなっているが、淡い青色がとても綺麗な花だ。

 

「......あたし、遺跡の近くの村で用心棒やってたんだ。 でも......」

 

 少し目を伏せ、イリアは続ける。

 

「ある日、村の女の子が病気になったんだ。 その子、こんなあたしと凄く仲良くしてくれて。 ......その病気、普通の治療法じゃ治らないって言われて」

 

 彼女の声が震えだし、マカトさんがその背を(さす)る。

 花を握る手も、力が込められて震えている。

 

「そこに、行商人が来たんだ。 それで、そいつらはその病気を治せる薬を持ってるって言ったから、あたし頼んだんだよ。 ......けど」

 

 ......行商人は、彼女の願いをまともに聞こうとしなかった。

 イリアが用心棒をしていた村は、この国の中でも貧しい部類の村だ。

 そんな村に、治療薬を買えるだけの資産があるとは行商人も考えていなかったのだろう。

 

「だから、金を稼ぐ事にしたんだ。 それで村に来た冒険者から聞いたんだよ」

 

 すっかり(しお)れてしまった花を眺めるイリア。

 と、その花を見たマカトさんが思い出したように呟いた。

 

「“アスルの花”......ですね。 香料として王族達にも重宝される高級品。 それを、あの遺跡に取りに行ったのですね?」

 

 コクリとイリアは頷く。

 

「この花をアイツらに売り付ければ、きっと病気を治す薬が手に入ると思ったんだ」

 

 そして彼女は見事に“アスルの花”を見つけ出し、それを採集していたのだが......。

 

「......その途中でゴーレムに襲われたってことか」

 

「遺跡深部はゴーレムの縄張りですからね......」

 

 と、マカトさんがそんなイリアにある現実を告げた。

 

「......イリアさん。 その薬がどの程度の金額の物なのか、私には測りかねます。ですが、“アスルの花”一本程度ではそんな大金にはならないのです」

 

「......!? そ、そんな! でも、あの冒険者達は確かにそう言って──」

 

「彼らが言っていたのは、その“アスルの花”を採集する依頼のことでしょう。 ギルドから出される依頼であれば、確かに高額な報酬を得ることが出来ます」

 

 それを聞いて、項垂(うなだ)れたように顔を伏せるイリア。

 ......彼女は、病気に伏した友人を救うために盲目になっていたのだ。

 

「そん......な......。 じゃあ、リリィはもう......!」

 

 自分の座るベッドのシーツを、シワの寄る程強く握りしめて呟くイリア。

 その声には、彼女の後悔と自責の念が込められている。

 

 俺はそんな彼女を、無性に助けたいと思った。

 ......しかし、今俺が覚えている“ヒール”では傷は癒せても病を治す事は不可能だ。

 せいぜい、その苦痛を和らげる程度にしかならない。

 

 そもそも、この世界において病床に伏すということは、死が迫っているということだ。

 まだ治療法が確立されていない病が、この世界には沢山存在する。

 

 その為、それを治すことが出来る薬──万事(よろず)の薬──は、非常に希少で高額な物。

 今の俺の財産でも、買えるかどうか怪しいとエストは言う。

 

(......手詰まり......なのか)

 

 これ以上方法が無い。

 ......と、その時マカトさんの口からある単語が零れ落ちた。

 

「“リザレクション”さえあれば、治す事が出来るかもしれないのですが......」

 

「......あの、今“リザレクション”があれば治せるって」

 

「......ええ、“リザレクション”の魔法があればどのような病でも治す事が可能です。ですが......」

 

 気の毒そうにマカトさんが黙り込む。

 それを引き継いで、エストが説明してくれた。

 

「“リザレクション”の魔法は、限られた人間にしか発現させることの出来ない奇跡の秘術なんです。 ......それに、この国にはその秘術を行使できる人間は国家魔術師であるシーヴィル様以外に存在しないんです」

 

 つまり、治す術はあるもののそれを行使できる人物が身近に居ないということか。

 ......たった一人の村娘の為に、国家魔術師が動くとは思えない。

 

(......一か八か......試してみるか)

 

「......マカトさん。 “リザレクション”の詠唱を教えて頂けませんか?」

 

 俺が不意に放ったその言葉に、その場にいた全員が一葉に俺を見る。

 マカトさんとエストは酷く驚いた様に目を見開いて、イリアは縋り付くような表情で俺を見上げている。

 

「教えるのは構いませんが、成功するとは到底思えません。 ......期待を持たせて裏切ってしまっては、あまりに彼女が可哀想です」

 

「それでも、やる前から無理だと決めつけるよりは良いんじゃないですか? ......万が一ってこともありますし」

 

 やがて諦めたようにマカトさんは息をつくと、「少し待っていてください」とだけ言い残して、治療室を出ていった。

 

 と、それと同時に黙っていたイリアが俺の手を強く握る。

 

「本当に、使えるのか......!?」

 

 その声色や目の動きで、彼女がいかに追い詰められていたのかが分かる。

 

 俺は彼女のその手を優しく握り返して

 

「......ああ。 任せてくれ」

 

 それだけ伝えて少し微笑んだ。

 ......あれだけマカトさんに対して啖呵(たんか)を切ったからな。

 ここで成功する保証がないとは、とても言い出せない。

 

 それに、俺は何の考えもなしに言ったわけではなかった。

 

(これまで、俺は魔力のコントロールがまだ不十分だとはいえ、覚えた魔法は全て成功させてきた。 ......これがあの時神様から受けたサービスの効果の一つなら、きっと“リザレクション”も会得出来るはず)

 

 俺はそう確信を持ちながら、あの時受けた説明を思い出していた。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想や、アドバイス等頂けるとありがたいです。

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