神様、俺を異世界へ! 〜ふと呟いたら異世界へ送り込まれました〜 作:相楽 弥
ふわりと草木の匂いがする。
心地の良いそよ風が頬を撫でて、前髪を揺らす。
日本の都会の
「......寝てた、のか」
どうやら俺は横になっているらしい。
少しづつ意識が覚醒してくると、全身の感覚も戻ってくる。
ゆっくりと体を起こして、
「此処が異世界...なのか。 あんまり実感ないけど」
赤いレンガ造りの家々が並び、広場の周りでは行商人が様々な店を構えて威勢のいい声を上げている。
そして、チラホラと装備に身を固めた冒険者らしき姿も見受けられる。
大きな木の下で、俺はそんな非日常をしばらく眺めていた。
(そっか。俺は異世界に来たんだ)
腰を上げると、自分の
少し大きめの皮袋の中には、小さな金貨が沢山入っていた。
光に晒すと、その黄金色がキラキラと輝いてとても綺麗だ。
それからもしばらく感慨に浸り続け、気付けば転送されてから少し時間が経ってしまっていた。
「まずは何をするかだな。通貨のレートも分からないし、買い物しながらちょっとずつ掴むか」
丁度小腹も空いている。
俺は木の下から出ると、香ばしい匂いが漂う市場へと足を向けた。
まずは軽く食事を済ませ、その後に装備を整える事としよう。
いつまでもこのブレザーのままで居る訳にもいかないしな。
武器は......まだ止めておこう。
どういうスタンスで冒険者になるのかはじっくりと考えた方がいい。
「らっしゃい! お、珍しいカッコだな兄ちゃん」
行商の男にそう声をかけられ、取り敢えず適当に話を合わせておく。
「遠くの土地から来たものでね。あ、それ三つ」
『コッケ鳥の串焼き』と書かれた看板の屋台から漂う香ばしい匂いに誘われた俺は、思わず衝動買いをしてしまった。
早速頂くと、絡みのあるタレがプリっとした肉によく絡んでとても美味い。
日本で良く食べていた鶏肉よりも少し身は硬かったが、案外こっちの方が好みかも知れない。
直ぐに平らげ、その足で今度は防具店に向か......おうとしたのだが、地図も持っていないのに一直線で向かえるはずも無く。
親切な屋台の男が自分用の地図をプレゼントしてくれたのには感謝せねばならないだろう。
ついでにこの街の名前も聞いてみた。
冒険者の街、リドルト。
アルカゼニア公国の南方に位置する王都に次いで二番目に大きな街らしく。
冒険者を志す者達が一同に集う、駆け出しの街とも呼ばれているそうだ。
その影響もあって集まってきた冒険者達に自分たちの自慢の品を売りたいと沢山の行商人も集う為、他の街よりも大きく発展出来たのだとか。
男に手を振り、貰った地図を見ながら防具店へと向かう。
そこでハタと気が付いた。
(異世界語、ちゃんと読める様になってる)
神と名乗ったあの老爺からの説明で、異世界の言語は理解できるようになっているとは聞いていたが、あまりにすんなりとし過ぎて意識するまで気が付かなかった。
日本語で書かれた文章を読むような具合でスラスラと読めてしまうのだから、不思議なものだ。
「さてと、『アルビオン』ってのが防具店の名前で......お、丁度その近くに宿もあるし服買ったらすぐチェックインするか」
そしたら今来ているブレザーを脱いで装備に着替えて......。
このブレザーは思い出に取っておこうか。
と、そうこうしている内に防具店の前に到着した。
店の規模も他と比べれば大きい方か。
どうやら日常の服装もここで整えられるようだ。
扉を開き、中へ入ると数名の店員がにこやかに向かえてくれた。
「いらっしゃいませ、どのような服をお探しでしょうか?」
──────────
「ちょっと買いすぎたか? ......まあ、多いに越したことは無いだろうけどさ」
服や装備の事などサッパリだった俺は、一人の店員に頼んで色々と見繕ってもらったのだが。
当初は三着ほど普段着を買う予定だったのだが、話を聞いているうちにアレもコレも...と、気付けば倍の六着ほどを購入してしまっていた。
巧みなセールストークに乗せられてしまった俺の負けか。
だが、どの服も動きやすく普段着るには丁度いい事もあって
(けど、冒険者ってもっとゴツゴツした装備来てるイメージがあったけど案外軽装なんだな)
次に装備を見繕って貰ったのだが、あの店には鎧の類が殆ど置いていなかった。
理由を聞いてみれば、そんな重装備をするのは王国の騎士位のようなもので、好き好んで鎧を着る冒険者はそうそう居ないとの事。
逆に素早い動きが出来る様に、ブーツや薄手のアンダーシャツを着用する者が殆どで、防具らしい防具といえば胸当てや
さらに言えば、この街は駆け出しの冒険者が集う場所なので初心者には鎧をそもそも売らないらしい。
まあ確かに、慣れない装備をしても使いこなせなくてガラクタになるのがオチだろう。
そんな訳で、俺もこの街の駆け出し冒険者達に習って同じような装備に身を固める事にした。
「後は宿を取って寝るだけか。......なんか今日は疲れたし、早めに寝るかな」
時間は分からないが、太陽が傾いて空が赤くなり染まり始めているのを見るにそろそろ夜が近づいてきているのだろう。
マップ上の距離だと宿は目と鼻の先だ。
早い事チェックインを済ませてしまおう。
(......そういや、何か視線を感じるんだよな......)
──────────
宿へ向かうヒロト。
そんな彼の後ろ姿を物陰から覗く者が一人。
茶色いローブに身を包んだその者は、透き通る様な蒼い瞳で彼の事を見つめている。
そして、一定の距離を付かず離れず追いかけているのだ。
「......今度こそ絶対に......!」
小さなストーカーは、宿へ入っていく彼の姿を目にしながら、小さく拳を握るのだった。
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