スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか?   作:ようぐそうとほうとふ

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愛と呼ぶには青すぎる

 

 

 セブルス・スネイプにとって人生は歳を重ねるごとに救い難くなっていくもので、特にリリーと袂を分ったその日からその悲壮さは坂を転げ落ちるように増していった。

 真正面からそれを見てしまったらきっとどうにかなってしまう。現実から目を背けるためにスネイプは闇の魔術にどんどんのめり込んでいった。

 

 元々新しい呪文を披露したり、調合の難しい魔法薬をこっそり煎じたりするのは好きだった。

 あの頃は何をやってもワクワクした。けれども今はまるで何かに追い立てられるような気分にしかならなかった。

 

 何をやっても苦しい。

 これから一生こんな気持ちで生きていくのか?

 そういう考えが頭の中で渦巻いて、頭蓋骨の底にどんよりと溜まって行くようだった。

 

 

 校内でリリーを見かけるたび、胸を氷柱で穿かれたような気持ちになった。

 その底冷えする絶望から逃げるため、闇へ闇へと歩いていく。

 自分の張り裂けそうな恋心を凍らせて沈めてしまいたかった。

 そんな魔法があればいいのに。

 少女じみた妄想がより自分の惨めさを膨らませていく。

 

 それでももしかしたら、いつか昔みたいな関係に戻れるかもしれない。

 私がリリーを助けられる日が来るかもしれない。

 初めて出会ったとき、私があなたに助けられたように。

 

 それだけが光だった。

 そのバカみたいに楽観的な望みが。

 

 しかし神様はただ願うだけの人に救いを与えたりはしない。

 

 

 リリー・エバンズとジェームズ・ポッターが付き合っていると知ったのは7年生のクリスマス。初めて雪が降ったクリスマスの日だった。

 

 その日スネイプはたまたま中庭に面する二階の廊下を歩いていた。窓を見ると薄暮の太陽の残滓が振り始めた雪にほのかに反射し、夜を彩っていた。

 雪のひとひらを追って視線を下へずらした。

 すると、人気のない中庭の中央に6年間ずっと見てきた赤毛が見えた。そして隣に、ジェームズがいた。

 

 ジェームズが手を差し出す。リリーはちょっとなにか言ってから、その手を握る。

 二人は手袋もしてない、寒さで赤くなった手を取り合ってゆっくりと踊り始めた。舞い散る雪に彩られて、赤いフードがくるくるとまわった。

 

 二人の体に雪がふわふわと舞い落ちる。それは体温ですぐに溶けてしまい、小さな水滴になって振り落とされる。

 

 はじめからそこになかったみたいに。二人の一瞬をただ彩るだけの雪。

 

 二人が踊ってたのはほんの数秒だったかもしれない。あるいは数分、いや、数十分?

 スネイプには永遠に感じられた。

 陽が完全に暮れて、四方を囲む廊下の壁に取り付けられた外灯の明かりが影をいくつも作り出した頃、二人はおもむろに寄り添い、唇を重ねた。

 

 

 それはスネイプがどんなに強く望んでも手に入らないものだった。

 どれだけ願っても、望んでも、想っても、悩んでも、苦しんでも、投げ打っても。

 “好きだ”、“愛している”と伝えて受け入れてもらえなければ得られない果実。

 

 

 私は、その言葉を只言えばよかった。

 

 いや、違う。だって私は()()()()

 

 

 リリーは私が好きと言っても果実を与えるとは限らない。だって、リリーはふつうの女の子だから。

 私が恋を伝えたら、リリーは私にとっても優しく微笑んで、抱きしめてくれる。でも絶対に私に永遠を与えてはくれないのだ。

 

 リリーは誰かと結婚して子供を産むことを自然と将来に据えていた。そばで過ごしていたから、わかる。

 

 伝えて砕けてしまうのが一番怖かった。怖くてここまで来てしまった。その結果がこれだ。

 私が想いを伝えたら、リリーは「私もセブのことが大好きよ」と言ってくれるだろう。嘘偽りない心で。

 

 でもね、リリー。私の好きはリリーの言う大好きとは違うの。

 

 私はあなたとキスがしたい。

 私はあなたの胸を触りたい。

 あなたが誰にも許してないところに手で触れて、感じたい。

 私は私にしか見せない顔をするあなたが欲しい。

 あなたにも私のすべてを欲してほしい。

 

 

 私が男の子なら、もっと簡単に伝えられたのかな。わからない。もうなにもわかりたくない。

 私の気持ちは、どこにもいけない。

 

 誰もいなくなった中庭に雪がどんどん積もり始めていた。

 涙が凍ってしまわないように拭って、スネイプはゆっくり歩き出した。下へ、下へ向かって。

 

 

 


 

 

 

 ハリー・ポッターが学年末に大事件に突っ込んでいって怪我をするのは恒例行事になるんだろうか。

 

 スネイプはマクゴナガル、フリットウィックと共に“秘密の部屋”に調査に入った。伝説が今ここに明らかになったと思うと感慨深いものがある。

 秘密の部屋。想像していたよりも住みにくそうだ。 

 蛇が絡み合う彫刻が施された石柱がシンメトリーに設置され、最奥にはスリザリンの顔と思しき巨大な彫刻がある。

 

 そしてその目の前にあるのが“スリザリンの怪物”バジリスクの死体だ。

 

「死人が出なかったのが奇跡、ですね」

「まっこと…」

 

 鮮緑色の鱗。古い樫の木のように太い胴体。潰された目から流れる血は今はもう真っ黒に乾いてしまっている。スネイプとフリットウィックとで慎重にそのバックリ裂けた口をこじ開けた。

 

「ほほう…」

 

 口腔は通常の蛇と異なっていた。サメやワニのように牙が乱杭歯のように生えていて、そのどれもに毒を注入するための穴がある。つまり今や繁殖も規制された伝説の化物の毒牙がずらりと並んでいるわけだ。

 これには思わずスネイプも感嘆の声を漏らしてしまった。研究者としてはこの上ない宝の山だ。

 何本か採集することを許可されていたので、一番手前の四本を折って袋に入れた。ついでに鱗と体液も少量採取した。

 

「いやはや。これに立ち向かったポッターは大したものです」

「…私としてはこんな危険なことをする前に大人に頼ってもらいたかったですね」

 

 マクゴナガルの言葉にスネイプは心の中で同意した。フリットウィックは凄腕決闘士ということもあってここでの戦闘に興味津々なのだろう。

 彼ならばきっとスリザリンの怪物相手でも無傷で勝利するだろうなとスネイプは思ったが口にはしなかった。

 

「ふむ。痕跡を見るにポッターの言った事の顛末も嘘偽りないでしょう。そうと決まればこんなおぞましい場所からは早く出ましょう」

 

 フリットウィックは通るために補修した道を再度破壊し、さらに女子トイレ周りのパイプの配置も変え、入り口もすっかり塞いでしまった。

 塞ぎ終えてからフリットウィックは一息ついた。これで生徒がうっかり秘密の部屋を開けてしまう…なんてことはなくなった。

 

「…さて。私は校長に報告に行きますが…」

「私も同伴します」

「では私はスプラウト先生のところへ。栽培しすぎたマンドレイクの管理に手を焼いてるそうですから」

 

 スネイプはさっさと温室に向かった。本当はマンドレイクはもうほとんど手のかからない年齢まで成長しているはずだから、手伝いなんていらないはずだ。

 

 

 

 秘密の部屋を開けたのはジニー・ウィーズリーだった。しかし真の黒幕はそのジニーを操っていた“トム・リドルの日記”だった。

 あの日記はウィーズリーの失脚を狙うルシウス・マルフォイがこっそりジニーの持ち物に忍び込ませたものだ。

 しかしたかだか役人の一人を潰すためにあれだけ強い闇の品を使うとは、ルシウスも少々大人げない。トム・リドル。闇の帝王の学生時代の日記と知っていてのことなら軽率すぎる。

 

 ダンブルドアは日記の残骸を入手するとじっくりと眺め、興味深気な顔をしてそれをめくった。

 バジリスクの牙に貫かれた日記は黒焦げ、大きな穴が空いていた。インクを垂らしてもリドルが応答することはなかった。

 

「彼はもうここにはいない」

 

 とダンブルドアがいった。まるでトムという人物がそこに宿っているかのような言い方だった。校長室の絵画のように、別の日記に移る能力でもあるんだろうか。

 だが疑問を尋ねたってダンブルドアは答えをそう簡単に教えてくれたりはしないのだ。ふさわしい時期になれば自ずと明かしてくれるだろう。

 

 結果として秘密の部屋の怪物は処分できて、厄介な理事は解雇できた。ダンブルドアが校長職にもどり、ハグリッドも釈放され、(ロックハートは記憶がぶっ飛び消えたが)ホグワーツは元通り。

 

 なにも心配するようなことはない。

 本当に、そうだろうか。

 

 

 

 

 夏の日差しが廊下の窓から差し込んでいた。この真っ黒な服じゃいい加減暑い。首元を少し緩めた。窓から外を眺めると、生徒が何人かクィディッチ場に向かって走っていた。

 その中の一つに見慣れたくせ毛の頭を見つけた。

 着くずしたクィディッチユニフォームを着て、手には箒を持っている。

 

 あれだけ恐ろしいものと対峙してなお、ああやって元通りに元気に遊んでいる。持って生まれたものなのか、その強靭さは少しだけ羨ましい。

 

 夏の強い日差しに比例して濃くなる陰の中から、スネイプは光の中にいるハリーをぼんやり眺めた。

 

 背が、だいぶ伸びたな…

 

 きっと、これからもっと成長する。いつの間にかスネイプの背も抜いてしまうだろう。そしたらどんな大人になるんだろうか。

 

 それまで私は彼を守り抜くことができるのだろうか?

 守り抜けば、リリーへの愛の証明ができるのだろうか?

 

 “日記”のもたらした暗い未来への予感がじわりと背後に迫ってきている気がして、歩き出した。

 

 

 陰になった廊下を歩きながら、リリーのことを思い出した。付随して、昔の自分が抱いてた感情もたくさん。

 

 校舎を歩くたび

 教科書をめくるたび

 日差しが優しく照らすたび

 風が私の頬をなぜるたび

 

 あなたのことを思い出して胸が痛む。

 私のあら巻く海のような激情が、10年以上経ってから返す波になって私の心を掻き乱す。

 でも、それでもあの頃よりも痛くない。

 それが少し寂しい。

 

 

 

 夏の日、リリーと二人で木陰のベンチに座って将来の夢を語り合ったのを思い出した。

 私はとにかく、強い魔法使いになりたかった。魔法薬も、呪文も、闇の魔術も。とにかくなんでも一番が欲しかった。

 

 リリーは別にそんな欲なんてなくて、ただ毎日が楽しいと言っていた。

 そしてそんな楽しい日々がずっと続いて、隣に自分の家族がいてくれたら何より素敵だと言っていた。

 子供は三人くらいいて、庭で一緒に子供用箒で遊んだりチェスをやったり、ゴブストーンを教えるのも悪くないと言っていた。

 

 私は聞いた。

「その時私はどうしてるかな」

「魔法大臣!」

 あなたの描く未来では、あなたの隣に私はいない。

 私はそれで不機嫌になってしまって、リリーはわけがわからなくてちょっとだけ怒ってた。我ながら本当に子供だったと思う。

 

 

 愛について考えた。

 子供だった私のリリーへの愛。それは与えられることを願うだけの幼いもので、愛と呼ぶには青すぎた。

 未熟な愛は結局、激しすぎる感情で自ら破裂して粉々になってしまった。

 

 

 

 あの日、自分の手を振り払ったハリー・ポッターの怒り。それと私の激情はよく似ている。

 

 

 

 

 

 

 




バジリスク「キング・クリムゾンされた…」

秘密の部屋編はおしまいです。多分これが一番早いと思います。いや、知らんけど

アズカバン編でまた会いましょう!
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