犬を投げ飛ばしたり面倒くさがる千種を説得したりと、多少の小競り合いはあったが買い出しは無事に終えられた。
別行動だったクロームも母のおかげで大量の紙袋を手にしていたので、物資が足りなくて困るということは当分ないはずだ。
――しかし、後日。
家継は傷口が開いたあげく筋肉まで傷めてしまい、入院が1週間延びた。おそらく大量の買い物袋を黒曜ランドまで運んだのが良くなかったのだろう。
無限に眠れるのは嬉しいとはいえ、こうも長く閉じ込められていると暇だ。天井を眺めながら、家継は黒曜メンバーについてぼんやりと考えた。
あれから彼らは何事もなく過ごせているだろうか。
黒曜ランドに戻ったあと、本当は事細かに掃除用具や棚の組み立て方の説明をしたかったのだが、時間がなくて簡潔に済ませたのが心残りなのだ。
純粋に心配でもあるが、彼らの健康状態によっては六道からクレームが来るかもしれないのが一番嫌だ。
――だが警戒していたクレームは来ず、精神世界へお邪魔するようなこともなかった。
順調に回復した家継はついに退院した。襲われた風紀委員や綱吉たちは先に退院しているので、家継が一番最後だ。
朝の光を浴びながら病院の外へ飛び出し、肺いっぱいに酸素を吸い込んで感動した。
シャバの空気が美味すぎる。しばらくは消毒液の匂いを嗅ぎたくない。
久々の自宅に戻り、扉を開けるとリビングから賑やかな声が聞こえてきた。
なんだか懐かしい気持ちになりながら「ただいま~」と声を掛け、リビングに入る。
「いーくん、おかえりなさい!」
母とビアンキ、子供たちが口々に「おかえり」と迎えてくれた。綱吉とリボーンは姿が見えないが、今日は平日だ。学校に行っているのだろう。
ひとつずつ返事をしていると、ビアンキがじっとこちらを見つめた。
「病院では、私ベッドで横になってたから分からなかったけど……本当に縮んだわね、ツグ」
「それあんまり言わないで、気にしてるんだから」
「怪我で縮んじゃうなんて不思議な体質よねえ。小学生に戻ったみたいで懐かしいわ~……やだ、ほっぺのもちもち具合が増してる!」
「そうなの? あら、ほんとだわ」
「も~やめへよ~……」
母とビアンキに両側から頬を摘まれ、振りほどく訳にもいかず立ち尽くした。ビアンキに至っては爪が刺さっている。地味に痛い。
ふたりが満足するまで引っ張られたあと、ようやく解放されてカーペットに寝転がる。
すかさず体に乗ってきたランボとイーピンと遊んでいると、フゥ太が頭上から「ツグ兄」と覗き込んできた。
「どうしたの?」
「ごめんね、30分だけでいいからふたりっきりで話せないかな?」
そう言った彼は笑っているが、どこか緊張しているようだった。
「いいよ。だったらちょっと散歩しようか」
「ダメダメ! ツグはランボさんと遊ぶんだもんね!」
「大事な話なんだよ~、ちょっとだけツグ兄貸して! すぐ戻ってくるから!」
「さっき帰ってきたのに!」
家継は「またすぐ帰ってくるよ、ちょっと待ってて」と言いながら、頬を膨らませたランボを持ち上げて床に降ろす。
『イーピンも、すこしのあいだ待っててね』
『わかった! ランボはまかせて』
頼もしい妹の頭を撫でてから、フゥ太に目配せして家を出た。
「公園とかがいいかな?」
そう尋ねると、フゥ太は「う、うん」と頷いたっきり黙りこくってしまった。
話したいこととはなんだろう。そういえば、退院したら話そうと約束していたのを思い出す。
こんなに落ち着かない様子ということは、六道に関する話だろうか。
フゥ太は六道に攫われていたとき、マインドコントロールをされても情報を守ろうと抵抗した影響でランキング能力を失ってしまったらしい。
それをリボーンから伝え聞き、もっと早く助けてあげられれば良かったと家継は後悔していた。
しかし失ってしまったものは元には戻らない。
せめて、二度とフゥ太が危険な目に遭わないように目を光らせておくことしか家継にはできなかった。
色々と考えているあいだに公園へ到着する。平日の昼間なので人っ子ひとり見当たらない。
ずっと表情の硬い弟分に、近くの自販機でジュースを買って渡した。ふたりでブランコに並んで座ると、黙っていたフゥ太がようやく口を開いた。
「あのさ……周り、誰もいないよね?」
「特に気配は感じないけど。えっ、もしかして誰かにつけられてるの?」
「ち、違うよ! 誰にも聞かれたくないだけだから!」
慌てたように手を振ると、フゥ太はまた俯いてしまった。
「なら大丈夫だよ、安心して。なんでも話聞くからさ」
そう言いながらペットボトルの蓋を開け、ジュースを飲む。
「実は……実は、僕」
「うん」
「ツグ兄が雪のアルコバレーノだって知ってるんだ」
「ゲホッゴホッ、うえっ」
ジュースが気管に入った。
口を押さえてむせていると「ごめん、飲んでる途中に!」と立ち上がったフゥ太に背中をさすられる。
「コホッ、コホッ……な、なんて?」
「ツグ兄がアルコバレーノなこと、知ってるって言った。ランキングを占ってる途中に偶然見つけちゃったんだ」
「えっ嘘、マジ? そんなことも分かるの……!?」
まったく理解が追いつかない。一気に冷や汗が出てきた。
ランキング、万能すぎやしないだろうか。道理で数多のマフィアが欲しがるはずだ。
的中率の高いおまじない程度だと思っていた家継は、予想以上の能力にペットボトルを握りしめたまま固まった。
家継の背中をさすっていた手がゆっくりと離れ「それで、その……」とフゥ太が口ごもる。
ずっと緊張していたのは、この話をするためだったのだろう。
自分の存在そのものが弟分を怖がらせているかもしれないと思った途端、急に冷静になってきた。
言いたいことは色々あるが、とにかく敵ではないことを伝えなければならない。
「だ……けほ、大丈夫だよ。秘密がバレたからって、フゥ太を傷つけるつもりは全然ないから」
振り返って「ね」と笑ってみせると、フゥ太は「……うん、分かってるよ」と困ったような笑みを浮かべた。
「でも、なんで今おれに言おうと思ったの?」
「黒曜ランドであんな怪我をしてまで戦ってくれたのに、悪い人なわけないって思ったんだ。そうなると、なんで秘密にしてるのか気になってきちゃってさ……ごめん、嫌だった?」
「あー……なるほど……。嫌ではないよ。ただ気まずいというか、なんというか」
理由なんて傍から見れば大したものではない。恥ずかしいので言いたくはなかったが、ここまで踏み込んでくれているのに勿体ぶるのもなあ、と渋々口を開く。
「ずっと一緒に暮らしてた兄弟が実は昔から謎のおしゃぶりを持ってて、得体の知れない力でマフィアを殺しまくってましたとか言われたらさ、怖くない? だから黙ってたんだよ。怖がらせたくないし、幻滅されたくなくて……」
「そういう理由だったんだ!? 事情が分かったらすっごく心強いと思うけどなあ」
苦笑して視線を落とす。
「フゥ太はそうかもだけど、ツッくんは怖がりだからね」
「でも、ツナ兄やママンを守るためなんでしょ? だったらきっと大丈夫だよ!」
「自分のせいで誰かが死んだとか、おれが人を殺したって知ったら、みんな悲しむよ」
「あ……」
フゥ太が眉尻を下げ、口をぎゅっと閉じる。
「だから、できるだけ内緒にしといてくれると助かる」
「分かった。男同士の秘密ってやつだね、絶対に守るよ!」
「そーゆーこと。ああでも……危ないかもって思ったら、おれの正体は遠慮なく言っていーよ」
「え?」
彼が驚いたように目を丸くした。
「秘密を守ろうとしてフゥ太が危険な目に遭うことのほうが、ずっと怖いからね」
それでランキング能力を失ってしまったばかりなのだ。もう同じようなことを繰り返させたくはない。
「おれも、いつかやむを得ずみんなの前で力を使う場面が出てくるかもしれないし、その時はその時だしさ」
そう言って笑ってみたが、フゥ太はむっと頬を膨らませた。
「僕は情報屋だよ。大事な秘密は絶対に言わないんだから」
「情報は……確かに大事だけどさあ」
今まさに情報を敵に握られ、こき使われている家継は実感を込めて呟く。
「でしょ? 絶対に守るからね」
幼いながらも覚悟の決まった顔つきに、家継は「……危なくない範囲でね」と頭をぐりぐり撫でることしかできなかった。
へへ、と笑ったフゥ太は「緊張してたから喉渇いちゃった」とブランコに座り、ペットボトルの蓋を開ける。
「他にツグ兄のこと、知ってる人はいるの?」
「恭弥、と、あー……」
ここで奴の名前を出したくはない。目を逸らし、濁すことにした。
「もうひとりいるけど、多分フゥ太は会う機会ないと思うから秘密」
「えー! 僕の知らない人?」
「うん」
「そっか……知ってる人、すっごく少ないんだね。そりゃ幻って言われるわけだ」
「それなんだけどさ、フゥ太って雪のアルコバレーノについてどこまで知ってる!?」
食い気味に尋ねると、彼は戸惑ったような表情をした。
「ごめん、僕も雪のアルコバレーノが存在するってことくらいしか……あっ、アルコバレーノの戦闘力ランキングでツグ兄が4位だったよ!」
「4位!?」
やけに高くないだろうか。アルコバレーノとは最強の赤ん坊集団だったはずだが……いや、よく考えると赤ん坊というサイズの時点でハンデがあるのか。高い順位は家継の身長のおかげかもしれない。
「後はほんとに知らないなあ。多分、ツグ兄のことを一番知ってるのはツグ兄だと思うよ」
「おれ、実は自分が何者なのかよく分かんないんだよね……」
なんだか思春期みたいな言い回しになってしまった。思春期ではあるのだが。
手を組みながら軽く事情を説明する。
幼い頃に現れた謎の男におしゃぶりを渡されただけで、あとは何も知らないこと。妙な力が使えること。
フゥ太が「妙な力って?」と首を傾げ、家継は身をかがめて落ち葉を拾った。
「炎が出せるんだけど、それで――ほら」
「ええっ、すごい! 凍っちゃった!」
白い炎が落ち葉を一瞬で凍らせ、フゥ太が興奮したように声を上げる。指先で葉を粉々に砕いてみせると「うわ!」と驚かれた。
「こんな感じで凍らせたり、砕いて消したりできるんだよ」
「へええ、すごいや! ――そっか、だから一切痕跡を残さない暗殺者って言われてるんだね」
「きっと、そうだと思う」
軽く笑って腕を下ろす。
「でも、まだ自分がアルコバレーノだっていう実感すら湧いてないんだ。赤ん坊じゃないし」
「うーん……リボーンに聞いてみるのは?」
「どうだろ~……」
聞いてみたいが、それで万が一トラブルが起こり、日常生活に支障が出たら困る。それにリボーンと出会ってからもう1年以上も経っているのだ。今さら言い出せる気もしなくて、家継は「無理かも……」と呟いた。
「そっかー、難しいね」
「うん……」
ふたりでブランコを揺らしながら空を見上げていると、ふいに「あー! 見つけたもんね!」と大きな声が聞こえた。
ランボとイーピン、ビアンキが公園の入り口から来るのが見え、驚いて立ち上がる。
「あんたたち遅いわよ。ふたりがどうしても探しに行くっていうから、私まで出る羽目になったじゃない」
「え、ごめん、そんなに時間経ってた?」
「32分」
『ちゃんと待った!』
肩をすくめたビアンキと、珍しくムッとしているイーピンに苦笑した。相当楽しみに待っていてくれたのだろう。「ごめんね」と謝りながらイーピンを抱き上げる。
フゥ太に抱き上げられたランボは「遅い!」とじたばた暴れた。
「おれっちずっと待ってたのに! 早く遊ばんかー!」
「ごめんよランボ、ツグ兄と話してたらちょっと長くなっちゃった」
「なに話してたの~~?」
ランボの問いに、家継とフゥ太は顔を見合わせる。そして「男同士の秘密!」と笑った。
▽
快晴の空の下、バットがボールを打つ音が高らかに響く。
フゥ太と話した数日後、秋の野球大会に来ていた家継たちは山本の活躍に歓声を上げた。
腕を怪我したのに野球大会へ出ると聞いて心配だったが、すこし前まで入院していたとは思えないほど絶好調のようだ。
「さすが山本! すごすぎ!!」
「ったく……山本ごときに相手チームは何やってんスかねぇ。てめーらしっかりやんねーと暴動起こすぞ!!」
「何しに来たのーー!?」
ダイナマイトを手に叫ぶ獄寺に、綱吉がツッコミを入れる。
「野球などやめてボクシングやらんかーー!!」
「それもまちがいーー!!」
一番後ろに立っていた家継は、目の前で繰り広げられる久々の賑やかな日常に小さく笑った。
みんな元気そうで何よりだ。弁当を持ってきたビアンキを見て獄寺が倒れてしまったが、まあ、元気な範疇に入ると思う。
すこし肌寒くなった風に身を縮こまらせながら試合を眺めていると、ふいに袖を軽く引っ張られた。視線を下に向けると、黒髪の少年が家継の袖を掴んでいる。
身をかがめて「どうしたの、迷子かな?」と尋ねると、少年はにっこりと笑ってそっと耳打ちしてきた。
「また黒曜ランドに行ってくれませんか。誰も家具を組み立てられないようでしてね」
「――!?」
驚愕に目を見開いて少年を見る。彼の片目は赤く染まり、六の文字が浮かんでいた。
「き、きみ……!」
「みーくん、どうしたのー?」
母親らしき人物に声を掛けられた途端、少年がぱっと離れていく。母親と目が合って会釈をされ、家継は呆然としながら会釈を返すことしかできなかった。
ふいに綱吉が振り返る。
「……?」
どこか不安げな様子だ。もしかしたら、彼の――六道の気配を感じ取ったのかもしれない。
「どうしたの、ツッくん」
「いや……気のせいかも、なんでもない」
素知らぬふりで首を傾げると、綱吉は視線を戻して「獄寺くん、ほんとに大丈夫!?」と倒れた獄寺の元へまた駆け寄った。
……まさかこんなところで遭遇するとは思わず、ろくな反応ができなかった。
なぜあの少年に憑依していたのだろう。憑依を解いてやりたいが、そもそも解き方が分からない。
というかなんだあの要求は。家具の組み立て方くらい自分で指導してほしい。なんだかまた弟と妹が増えた気分だ……いや、黒曜の彼らはきょうだいではないけれども。
ひっそりと額に手を当てて溜息を吐いていると、肩の上にリボーンが乗ってきた。
「ママンから黒曜生と買い物に行ったとは聞いてたが、おまえ本当にあいつらとつるんでたのか」
小声でそう言われ「げっ」と顔を顰める。先ほどの会話を聞かれていたらしい。
賑やかな綱吉たちの耳に入らないよう、家継も声をひそめて言葉を返した。
「ちょっと、みんなには秘密にしといてよ。やむを得ない事情があってやってるんだから」
「どういう事情だ、同情でもしたか?」
犬にも同じことを言われたな、と思いながら「そんなんじゃないよ……」と否定する。
「じゃあ弱みを握られでもしたか?」
がっつり握られている。
口をつぐむと「ダメツグめ」と頬に小さな拳が突き刺さった。
「おまえの戦闘力はある程度認めてる。ずっとおかしいとは思ってたんだ。骸と戦ったとき、何があった? あんな大怪我するほど弱くねーだろ」
「……おれがしくじったとは思わないんだ?」
「もし幻覚で五感を奪われてたとしても、おまえなら肌に武器が触れた瞬間避けようとするだろ。だが、あの槍はまっすぐキレーに刺さってた」
観察眼が鋭い人間は厄介だ。家継は視線を逸らした。
負けたのは六道が卑怯な手を使ったからであり、黒曜組とつるんでいるのは家継がアルコバレーノだとバレたせいだ。理由は別々だが、それを正直に言う訳にはいかない。前者だけ言うとしても敗因なんて恥ずかしいので言いたくない。
周囲で歓声が湧き起こるなか、どうしようか迷っていると頬を引っ張られた。
「いたた」
「今すぐ吐かねーと大声でツナたちも巻き込むぞ」
「ツッくんに化けられて刺されました…………」
「……重症だな。骸対策のためにも、おまえのブラコンをどうにかしなきゃなんねーな」
渋々白状すると、呆れたように溜息を吐かれる。
しかし、六道がそのことで家継の弱みを握っているのだと上手く勘違いしてくれたらしい。「今度、ネッチョリ訓練だぞ」と告げるリボーンに内心ほっとしながらうえっと舌を出した。
「何を訓練するっていうのさ」
「それはその時になってからのお楽しみだ」
リボーンが『お楽しみ』と言うときは100%楽しくない。秘密はバレなかったものの、恐ろしい未来が待ち受けている予感がする。
家継はひりひりする頬を押さえながら「やだな~……」と呟いた。
強い秋の風が吹く。
山本がまた、高らかにバットの音を響かせた。