授業も終えた帰り際。
3人が通りがかった公園は喧騒に包まれていた。何事かと野次馬してみれば、大勢の警察官が忙しそうに立ち回っている。
「あのー、どうしたんですか?」
「あぁ、天才少女たちか。お前らんとこは物騒なことはなかったか?」
何かを調べていた中年の刑事がなのはたちに話しかけてきた。彼の名は佐伯重蔵、特例区となった海鳴市に派遣されてきた刑事である。魔法、という最先端を即座に導入したこの街は今まで起こらなかった危険性をはらんでいる。それはデバイスによる犯罪といったものから、魔力事故等の故意でない物まで多岐に推測されており、それらのノウハウを学んだ人間が必要だった。
いや、どちらかといえばこれからノウハウを学ぶ側だろうか。事件の対処法は未だこれといった事件の起こっていない海鳴では経験しづらい。安全マージンのとり幅やデバイス利用規則などについて、詳細に決めてあった分これといったトラブルが起こりづらいのだ。海鳴は現状特殊な事件の裁量を警察に任せる条例が出ている。不謹慎ではあるが案件がある程度揃っているに越したことはない。つまり、この街は魔導の最先端にして生贄なのだ。
そして彼は、三人の少女たちのことを知っている。二人はこの街の大企業のご令嬢、もう片方、つまりなのはは「魔導」という面において非常に有名な少女だ。警察組織として知らないほうがおかしい。ついでにいえばなのはは何年か前のマスコミ騒ぎの際にお世話になり、かつ彼自身は高町士郎の知り合いである。もともとボディーガード業等を営んでいた士郎はそれなりに顔が広かった。
「は?いきなり何よ?」
「うちは全力魔導警備装置を導入したので虫一匹通しませんよ」
「ああ、うん。何もなかったならそれでいい。もう遅いからとっとと帰りな」
それはどう考えても過剰防衛だろ?と佐伯刑事はあきれる。今や月村家の自衛能力はもはや空爆機を用意しないといけない程度には要塞化されている。地上から攻めたのであればあたり一面がところかまわず砲撃にさらされること請け合いだ。もちろん非殺傷設定で。加えて地下には魔窟と化したグレートツキムラヴィレッジが存在し、姉妹の趣味を反映しまくった開発を行なっている。本当にココは日本なのだろうか。
「え?え?結局なんなの?」
「こんな物々しくて気にならないわけないでしょ!自分の身にも関わることかもしれないんだから教えなさい!」
「面倒な嬢ちゃん達だなぁ……。ま、立場的に仕方ないか。ほら、あれ見ろ」
わけがわからない、とばかりに疑問符を浮かべるなのは。それに追随してアリサも責め立てる。とはいえこの街で最も狙われる可能性が高いのはこの少女たちだ。その態度には呆れつつも佐伯刑事は指をさした。
――無残な姿になった廃墟。
そんなイメージが思い浮かんでしまう、バラバラに崩壊した係留所。台風でも来たのかと思わんばかりにそこら中に破片が散らばっており、綺麗な池もゴミだらけの様相を呈している。商売道具であるボート類もあちこちが欠けており、管理者が営業できなくなるレベルで被害が出ていた。
「うわ、すごい壊れっぷりね。昨日はストームでもあったかしら」
「アヒルさんの首もグロッキーだね……」
「すずかちゃん、あれ白鳥……」
「ひでぇ有様だろ?勿論突風も何も昨日は起こっちゃいねぇからな。変な話だってことで大騒ぎよ」
こうなると該当するのは人為的なもの、器物損壊などではないだろうかと推測する。しかし人間がやるにはとんでもない力が必要だろう。随分と太い木々も折れているようだ、もしソレが出来るとしたら一体どんな人間なのか。
「佐伯刑事の言うとおりコレが人のやったことだってんなら、私がぶっ飛ばしてやるわ!」
「正義感にあふれるのは結構だが、困るのはコッチなんでやめてくれないか」
「そうだよアリサちゃん。例えこんな破壊が出来る人がいたとして、どうやって退治するの?」
「それは、そうね……。その時はアレを使うわ」
「ま、まさかアリサちゃん、アレをやるの!?」
「あ?アレってなんだ?」
「ふふ、それはね――」
アリサの後ろからゴゴゴゴゴと謎の音が聞こえる。
「アリサプロテクションアタックよ!!」
ラッパのファンファーレも聞こえた。どっちかというとすかしたプピーという音の気がするが。
「……高町嬢、お前アレを教えたのか」
「っにゃ!?なのはのせいじゃないです!」
――アリサプロテクションアタック。それは文化の真髄を極めた某太子も使ったという、その名の通り球状のラウンドプロテクションを展開して特攻するという荒業である。過去、あまりに多い記者のインタビューに混乱したなのはが、それを使って逃げ出したというちょっぴり恥ずかしい出来事があった。勿論佐伯刑事の過去案件にも載っており、随分と手を焼かせた記憶がある。
実際、魔力を込めれば込めるだけ硬度が増すプロテクションは当たれば地味に痛い。それに走りや飛行などで速度を加えればちょっとした人間砲弾である。それ故なのはの真似をしてアリサが使っても……それほどおかしくはない話かもしれない。もしくは幼少期には一度はやってしまう中二病的な何か。
謎の正義感を発揮して騒いでいるアリサを尻目に、なのはは周囲をもう一度観察した。そういえば、アリサの魔法という言葉でふと思い出したことがある。
(今日夢で見たイメージと近いんじゃないかな、ココ)
なんとなく不思議な既視感がある。今日朝見た夢の内容は、見たこともない若草色の民族衣装を着た少年が何かの化物と戦っていたような光景だった。その彼は魔法を使っていたような気がする。英雄願望を持ち合わせていないなのはにとって、あのようなファンタジックな夢を見たのはどうにも不思議でならないため首をひねっていたが、どうも偶然の一致とは思えない。
「ねぇ、佐伯さん。もしかしてコレ、魔法でやったんじゃないかな?」
「え、魔法?……それっぽいわね」
「確かに魔法ならこれくらいの破壊力はあるかも」
そろっとアドバイスを入れると同級生二人が肯定する。こう見えて3人は界隈きっての専門家である。地味に発言力は高い。
「……嬢ちゃんの言うとおり、その線でも捜査中だ。だけど鑑識の奴らもまだまだ分からんことが多くてな。実際ソレが正しいのかどうか計測も上手くいってねえ。それに、嬢ちゃんは知ってるだろ?魔法が使われたってんならデバイスが使われてるってことだ。現状攻撃魔法が使えるデバイスは、警察か大学にしか無い。当然管理が行き届いているし、紛失したという報告も受けていない。なら、これは誰がやったってことになる」
現在攻撃魔法が使えるデバイスはほとんどが管理下に置かれている。例えば剣道部やパイアスロンなら竹刀やガスガンを個人で持ち歩くことも出来るが、デバイスは過剰な攻撃力を持っている。そのため特定条件下のみでしか使えない等のロックをかけることで他と同様、後は良識に任せるという手段を取る予定にはなっているが。ちなみに管理下のデバイスは全て非破壊・非殺傷のロックがかかっており、このようなことが出来るのは不法なデバイスのみだ。作成知識があるのはせいぜいが月村かバニングスくらいしかない。
「うーん、誰かっていうのはわからないですけど、計測のお手伝いくらいなら出来るかもしれません」
「何?」
なのはは話した瞬間にさっと周囲の環境をスキャンするパラメータを表示する。その行使にはデバイスが使われている様子がなく、周囲を唖然とさせた。
「おい、嬢ちゃん。これはどうやってやった?デバイスは使ってないよな?」
「祈祷型トリガーのデバイスを使ってれば、ある程度の演算は自分で出来るようになりますよ?さすがに攻撃魔法になると簡単なシューターくらいしか撃てないですけど」
「初めて知ったわ……」
「私も、研究班で出来たことある人見たこと無いよ、なのはちゃん」
「え?え?私だけ?」
「とりあえず、高町嬢が天才だということはわかった。犯人は高町嬢か」
「えー!?さっきシューターくらいしか撃てないって言ったじゃないですかぁ!それに、これくらいのパラメータスキャンくらいだったら処理が低いからデバイス無くてもできます!」
周りが呆れたようなため息を付いた。
「天才は人の心知らず、か」
「それが出来るのはなのはだけよ」
「頑張ってねなのはちゃん」
何を頑張るのだろう。これからお前の頭はおかしいと言われる人生にか。
「えぇー!?皆ひどいよぅ!」
「それに、嬢ちゃんのシューターはあたっただけで人がボウリングのピンみたいに飛んでいくらしいじゃねえか。大学関係者がいる奴は皆『バリアジャケットが無ければ即死だった』って聞いたみたいだぜ?事実だけなら疑われてもおかしくはない」
敢えて言うが勿論常時非殺傷非破壊設定である。地球製のデバイスは一部を除いてほとんどがロックを掛けられている。なのでこれはただの戯言なのだが。
「うぐっ、否定できません。それでもにゃのははやってにゃい」
「なのはちゃん、噛んでる噛んでる」
「なのはを逮捕したらただじゃ置かないわよ!」
憤慨するアリサに対し、しねぇしねぇとぷらぷら手を振って佐伯刑事は答える。いい加減相手をするのが面倒になってきたらしい。
「それで、結果はどうだったんだ高町嬢」
「うう……ある程度魔力素を魔力に変換した跡があります……。あと、だいぶ拡散しちゃってるけど破壊部分にも魔力の残滓があるみたいです」
「……なるほどな。教えてくれてありがとよ。遅くなるから、そろそろ帰んな」
『はーい』
後は警察の仕事なので、おとなしく帰ることとなった。
「…………あれ?」
「どうしたの?」
「なのは?」
何かに気づいたのか、ふとなのはは足を止めた。しかし周りを見回してもコレといって何かがあるわけではない。しかし彼女の頭には確かに思念通話のようなものがかすれているが届いていたのだ。
「なんか森の奥から思念通話が聞こえる気がするんだけど、皆は聞こえる?」
「んーん?聞こえないけど?私もそれなりには魔法に敏感になったほうだと思ってるけど」
「ていうか、それなんか怖いわね。……お化けとか?」
「にゃ!?それはイヤです!でも、なんだかそんな感じじゃないんだよね。助けてって言ってるし、ちょっと行ってみる!」
「あ、走らないでよなのはちゃーん!」
「こら、私はあんた達みたいに体力ないのよー!?」
森の中もなんのその、スイスイと木々を避けてなのはは奥に走っていく。それに追従するのはすずか、遅れて文句を言いながら走ってくるアリサの順だ。目的の場所に到着したのか、急ブレーキを踏んだなのはとすずかは地面を見ている。アリサはばてているのか呼吸を繰り返している。
「も……もう、あんた達、そんな本気で走ったら……追いつけないじゃない。はっ……はっ」
「あ、ごめんねアリサちゃん」
「もういいわ。それで、結局何だったの?」
「えーっと、多分この子だと思うんだけど」
なのはがしゃがみこんでいる足元には一つの動物の影、フェレットが傷ついて倒れていた。かなり消耗しているらしく軽く痙攣を起こしている。なのはは即座に防犯用デバイス「ネームレス」取り出し治癒魔法で治療に当たる。治療による魔力光がきらめき、徐々にフェレットの怪我が治っていった。完治した様子に安心したなのはは治療を終了して再びネームレスを収納する。一連の行動の間にアリサは執事の鮫島を呼んでおり、的確な対応を取っていた。
それなら迎えが来るまでもうしばらく時間があるだろう。倒れているフェレットが気がついたのか、こちらを見上げていた。怪我をしていたにもかかわらず、大して警戒心を抱いていないようだ。もしかしたら何処かのペットなのかな?となのはは考えるが思念通話が出来るペットなぞ聞いたこともなく。しかしよく見ると不思議な違和感が目についた。
(むぅ~?全身に魔力が張り付いてる感じするんだけど、おかしいなぁ。本当にただの動物なのかな、この子)
魔力がある動物は現在地球上で確認されていない。マギテクスが公表されて3年、そんな僅かな期間で果たして魔力を持った動物が都合よく現れるのだろうか。加えて魔法を使い、言語を操り、人間に話しかけてくる。ソレは本当に動物なのか?
『よか……った。管理……局の……』
安心したのか、再び気絶、もとい睡眠に入るフェレット。その間際に聞こえた念話でこの動物は何やら不思議なことをつぶやいていた。とりあえず念話を送ってきた相手はこの子で確定した。
「ねー、アリサちゃーん。管理局ってなにー?」
「…………は?どうしてそんな事を今聞くわけ?」
「なんか、この子からの念話で管理局がどうのって聞こえたから?」
「私に聞いてもわかんないわよ。管理局なんて、行政とか入国とかしか思い浮かばないし。何で動物がそんなこと言うの?」
「あれ?さりげなく信じてない?」
「今まで魔法が無かった地球で魔法が使えるフェレットがいたら驚きが世紀末よ」
「大丈夫、ノエルとファリンなら使えるからフェレットだって」
「にゃー!?スルーしないでよー!」
さりげなくカオスが形成されていた。
「あ、鮫島?もう着いたの?早いわね。うん、それじゃあすぐそっちに行くから。なのはー、さっさとその子連れて行くわよー?」
「あ、はーい」
「行き先は動物病院だね」
アリサは携帯でやりとりしながら鮫島の仕事の速さを褒める。鮫島の車に乗り込んだ三人は一路、動物病院へと足を急いだ。
「ん、コレでよし。というか、あんまり手をいれる部分が無いわねぇ」
動物病院にてフェレットは簡易の治療を受けた。しかし既に治癒魔法で治療した現在、目立った怪我はなく、わずかに見える痕が開かないよう包帯を巻いておくだけである。
「怪我をしていたという割には随分綺麗になってるわね。治癒魔法って便利ねえ。でもこれだとどんな怪我してたのかわからないなぁ。ああ、治したことを責めてるわけじゃないのよ?」
一見汚れているようにしか見えないから貧血かどうかなどの判断がしかねる可能性がある。と、軽く応急処置における注意を院長は促しておく。覚えておけば問題ないのだろう。それに三人は元気よく肯定した。
しばらくしてフェレットが目を覚ました。気がついたら場所が変わっていたのか、周囲をキョロキョロと見回している。そしてなのはに視線を合わせたその動物は衝撃的な一言を放った。
「あ、あの管理局の方ですよね!助けに来てくれたんですか!?」
「「「「…………」」」」
「え、あれ?皆さんどうしたんですか?」
「「「「しゃ」」」」
「……しゃ?」
「「「「しゃべったぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!?!?」」」」
「えぇぇ!?」
海鳴市のとある動物病院から響いた絶叫。それは近所迷惑もかくやとおもわれるような、とんでもない大音量だったらしい。