なのはにサッカーの誘いを受け、場所を知らないからと迎えに来てもらい、一緒に河川敷までやってきた。そこには川と並行にサッカーグラウンドが敷設されており、試合を今かと待つ2つのチームがいた。士郎が監督する翠屋JFCと相手チームの桜台JFCだ。
「やっと来たわね、ふたりとも」
「おまたせー、アリサちゃん。すずかちゃん」
アリサは仁王立ちで二人を出迎え、すずかは手を小振りで挨拶を交わす。仲良し3人組の姿を見たユーノは、今まで友達というのがいなかったからか、新鮮な気持ちを感じた。
「ユーノ君も、久しぶり。4日ぶりくらいかな?」
「私達も手伝えてたら、そんなに間が空くことはなかったでしょうに」
「久し振りだね。それと気にしなくていいよ?手伝ってくれる人は一杯いるから」
こう見えて二人も塾に企業との関わりやらで忙しく、なのはほどの戦闘能力を持たないことを理由に手伝えなかった事を気にはしていた。しかしなのはとユーノ両方に大きなケガはしていないのを見て、ほっと安堵の息をつく。ユーノとしては巻き込んだ側として、友人グループの一人であるなのはを頼っているのは申し訳ない気持ちが強かったが、彼女たちからすれば既にユーノもそのグループの一人として心配されていた。しかし本人はまだ気づいている様子はない。
来た頃には準備運動も終わっていたのか、丁度、備え付けのベンチに並んで座った時に試合が開始される。小学生ながらの激しさの伴う競り合いと、未熟ながらも巧みに動こうとする少年たちにユーノは惹かれていた。似たようなスポーツは管理世界にあっても、魔法競技や格闘技のほうがメジャーだったため、本格的に見るのは初めてだ。
「そういえば、なのはは参加しないの?」
「にゃ?」
ふと思いついたことをユーノは問う。確かなのはは運動能力が高く、むしろ一般の小学生とは隔絶したレベルにいたはず。この中に混じればそれこそスタープレイヤーになれるのでは?とふと思った。
「そうね、確かになのはなら必殺のタイガーシュートを打てるわね」
「必殺の……」
「……タイガーシュート」
想像してみる。全力でフィジカルブーストをかけたなのはがフィールドを駆け、ボールを蹴り飛ばす様を。ゴッ、とボールにあるまじき音。哀れ、ゴールキーパーはつかみとることすらできずにふっとばされる。まさに必殺。試合に勝てないなら敵を減らせばいいじゃない、マリー○ントワネット。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
4人揃って絶句する。一体どんな鬼畜だろうそれは。
「……やらないでね、なのはちゃん?」
「やらないよ!?どうしてやること前提なの!?」
「信じてるから、やっちゃだめよなのは?」
「まさかの念押し!?」
友人二人の裏切りにあい、ハッとしてなのはは隣の、言い出しっぺのユーノの顔を覗く。この状況、彼ならきっとカバーしてくれるに違いない、と期待の目を向けて。
「……ごめん、僕が悪かった」
「どうして被虐心全開なの!?」
何故かうなだれていた。とうとう全員からフォローが無いために、頬をふくらませてムームー言い出したなのはを全員でなだめる。そんな事をやっている間に試合は点をとり、とられ、1-1の膠着状態となっていた。一喜一憂の歓声と、熱気のこもった応援が飛びかうがしかし、フィールドは慎重さから静の緊張感に満ちている。
「ねぇ、ユーノ君、楽しい?」
横にいるユーノに、なのははそっと聞いた。彼女は心配だった。ロストロギアという重責に押しつぶされそうだった彼を。多数の協力を得てある程度の解消は出来たようだが、何を考えていたのか今はむしろひどくなっているようで。だから今日は無理矢理にでも引っ張り出すことを考えていた。
「うん、楽しいよなのは」
「えへへ、そっか」
その結果、彼は今をそれなりに楽しんでいる。なのははホッと温かい笑みを浮かべて再び試合へと目を移した。
「ほら、ユーノ君もしっかり声出そ?応援応援!」
「あぁ!がんばれー!」
応援のかいもあってか、試合終了直前にシュートが決まり2-1で翠屋JFCが勝利した。観衆は湧き立ち、士郎は少年たちを褒めに回る。なのはたちもうれしさからハイタッチを交わし合った。
試合終了後、士郎たちは翠屋で打ち上げをするらしい。これから試合の開放感に浮かれて楽しい時間を過ごすことになるのだろう。それはなのは達も同様だ。そう、今はまだ……少年のバッグに入った青い宝石をその目に映すまでは。
喫茶翠屋、海鳴では超がつくほど有名な店だ。パティシエであるなのはの母、高町桃子が作るシュークリームは絶品とのことらしい。やってきた少年たちであふれていたため本日は貸切に近い状態であり、なのは達もテラスでの食事となった。
四人の話は、日々の生活からしょうもない雑談まで様々だ。特に少女たち3人の姦しさにはユーノもタジタジになるしか無く、飛び込むことに二の足を踏んでいる。そこに各々がフォローを入れつつ、ユーノが相槌を打つ形で会話が成立していた。話の熱気は徐々にエスカレートしていき、日常からは特に話題がなくなったのか、特殊な方面である魔法へとシフトしていく。ここでメインパーソナリティがユーノへと切り替わった。具体的には地球で知られていないこと。例えばレアスキル認定についてや、各々の魔法の特性について。管理世界の魔法は地球のように集団が使えることを目標にしたものではなく、個人の長所を伸ばすことを前提とした考えであり、その方面についての研究が盛んだ。その辺りはどちらかというと旧態然としたファンタジーの魔法使いの解釈であり、リンカーコアが有ることを選ばれたものと捉える人もいるんだとか。ユーノも長所のみを伸ばすことは例に漏れず、自身の特性である防御やバインドに特化しており、攻撃魔法は完全に捨てている。そして他にも、今日使用した読書魔法の話をし始めた時のことだ。
すずかの目の輝きが一段と増した。
「そ、それもう少し詳しく!」
すずかは自他共に認める読書好きである。もっぱら読むジャンルは問わず、あれもこれもと手を付けている様は姉をして呆れられているほどだ。それだけ無駄に手を広げているのだから、読みたい本がいくつもある。しかし体はひとつしか無く、累積された本の山が待ち構えているような状態だった。そのためユーノが提示した魔法はすずかにとって寝耳に水であり、それを教えてもらおうと普段とはあるまじき熱意をまとっている。引き気味ではあったが教えることにやぶさかでないユーノは、それを了承した。この時の自分を思い出して、顔を真っ赤にするすずかがいたのは少し後の話。
びっくりして、やや乾いた笑みを浮かべていたなのははふと、周りを見回した。気がつけばサッカー少年たちは士郎の激励を受けて帰りの途につこうとしている。
(いつの間にこんなに時間が経ったんだろ?)
楽しい時間は早く過ぎるもの、ぼんやりとそう思った中で、なのはは
「………………え?」
驚愕。今まさに帰ろうとしていたサッカー少年の一人が、
――青い宝石を手の中で転がしていた。
彼はそれをすっとポケットに入れると、これまた何故か急くように走っていった。なのはは呆然としてしまう。少年がジュエルシードらしきものを持っていたことに対してではない。
自分が、これほど近くにあって気づけなかったことにだ。
つい先日、なのははレイジングハートと共にキャパディテクターのプログラムを解析して、それを常時発動しておくように設定しておいた。日常の中でもしジュエルシードがあった場合に、と保険をかけたのだ。これはレイジングハートが外部スキャンが出来るハードウェアを組み込んでいたからこその方法である。魔力容量から計測値を出すそれは、微弱な魔力であろうともサーモグラフィーのように正確に映し出す。ジュエルシードはそれこそ真っ白になるくらい激しい映り込みを示すはずだ。だというのに、ソレがない。
「レイジングハート……」
『What happened, Master?』
「観測機能、ちゃんと働いてるよね?」
『No problem』
じゃぁ、アレは何?ただの宝石?いや、そんなはずはない。何度も同じ物を見た自分が見間違えるはずがない。そして普通の少年が、そんな宝石を持っていることがありえるだろうか?もしかしてああいうのを買えるほど財力がある?いやいや、拾ったしかありえない。
(だったら、魔力反応が無いあれは何なの!?)
ブワッと吹き出した汗が、肌を悪寒とともに伝う。猛烈に嫌な予感がする。御神流の特訓でつかみとった危険感知能力がガンガンと警鐘を鳴らしている。空似で済ませることなど出来ない。「魔力反応がない」ジュエルシード、それだけでなにかとてつもない事が起ころうとして、いや、既に起こっている!
「……どうしたの、なのは?」
「椅子まで倒しちゃって、らしくないわね。何かあったの?」
「なのはちゃん?」
三者三様の質問をされるが、既に温度差ができてしまったなのはは全く聞いていない。見つめるのは一点、少年が消えた交差点の先だ。
「――…………ォ!飛ぶよ!ユーノ君!」
「え!?ちょ、何が、うわぁぁ!?」
かすれて出なかった宣言をもう一度大声で張り上げ、ユーノの手を掴んで上空へと舞い上がる。いきなりの展開に驚いて、しかしなんとか飛行魔法を発動させたユーノはなのはの引っ張りにつられてすっ飛んでいく。あまりのスピードにその場には残されて唖然とした二人と、飛んだ影響でふわりと浮かび上がったままの砂埃の残滓があった。
「それで、何があったの?」
近辺の一番高いビルを越す高さの上空を、二人はバリアジャケットを纏って飛んでいた。なのはは交差点の先に消えたサッカー少年を探して、せわしなく瞳を動かしている。しかしどれだけ彼は距離をとったのか、その影すら踏ませない。一体何をそんなに逸ることがあったのだろうか。理解できない少年の心情に、なのはの焦りは更に募る。
即座には見つからないと判断して、わずかに速度を落としてユーノに先の違和感について説明した。それを聞いたユーノも驚いたのか、目を白黒させている。ジュエルシードは励起しない限りただの宝石でしかないため、反応自体がないことは不思議ではない。しかし、キャパディテクターの精度は正確でそれについてはユーノも信頼を置いていた。だというのに、10m圏内にあって気づかないというのはいささか異常だった。たとえジュエルシードが移動していたとしても、街の中は念入りに警察と協力して捜索していたはずである。それでいて他の誰も気づいていないという事実に、戦慄を感じえなかった。
「……どうしよう」
「とりあえず、手分けして探そう。その彼はこの方向に進んで行ったんだよね」
ユーノが指す方向には再び大きな交差点がある。直線上に少年の姿が無い以上、どこかで曲がっているはずだと当たりをつける。
「ゴールキーパーの子、か。うん、覚えてる。なのはは左、僕は右を探す。もしもジュエルシードが反応したら即座に広域結界を使うけど、それまでになんとか見つけ出そう」
「そうだね、早くしないと……」
人間の願いに反応してしまった場合、極めてまずいことになるのは先日自分たちが体験したばかりだ。前回はグラウンドで、ソレも目の前だったから良かったものの、もしも街の中で起こってしまった場合どれほどの被害になるかわからない。二人は互いに反対方向に、0から一気にトップスピードまでギアをあげて移動を始める。その間にユーノは事の次第を、佐伯に電話しながら伝え、彼らも大慌てで飛行が出来る警察に招集をかけ始めた。
一方その頃なのはは、
「きゃぁぁぁ!何、何なの!?」
いきなり下から現れたカラスの集団に進行を妨害されていた。どうやらカラスもちょうどビルの隙間から飛び立った瞬間だったらしく、猛スピードで突っ込んだなのはと激突してしまったようだ。落ちていった数羽を回収しながら慌てて簡単な治癒魔法をかけるも、お怒りになったその他数羽がなのはを突こうと群がる。急いで探してるというのに、なんたる不運か。
――それはまるでジュエルシードの発動を邪魔させないかのようで。
カラスの猛追を受けながら逃げ切ったなのはは、焦燥感からふとそんな事を思ってしまった。全力を尽くしているときにそんな事を思いたくはない。それでは発動した時の言い訳を考えているみたいではないか。しかし、発動までのタイムリミットは刻々と短くなっている。そんな予感さえしている。
そこまで考えて、なのはの足が止まる。見下ろす地上に、少年の姿と、もう一人。あれは確か、マネージャーの少女ではなかっただろうか。
まだ発動していない、と安堵したのもつかの間。少年は少女に、ジュエルシードをプレゼントしようとしていた。
「ま、待って!それを渡しちゃ……」
だが、もう遅い。
なのはの視界は、全体を覆うほどの巨大な光に包まれた。
だいたいあいつのせい。