仕事で先週埋まりきってましたorz
ではなのはさん解剖回、どうぞ。
-----
13/07/18
アンチがすぎるということで再編予定にします。
高町なのははどういう人物だったのか、客観的に見ることにしよう。容姿端麗、魔力は局内でも上から数えれば早い程の量を誇る。また才能自体も高く、管理局の空戦士官としてエースを張る逸材である。性格は温良優順で他者に対して差別なく接し、管理局内外問わず人気があり彼女に救われたという市民も多く、ごく一部からは天使様と崇拝されているほどらしい。これらの圧倒的人気の裏には管理局に対する不満を取り除く広告塔としての役割もあり、彼女一人がいるだけで場が落ち着くほどの天性のカリスマも持っている。
一方、犯罪者や戦闘において相対した相手は侮蔑や屈辱を一緒くたにしてこう呼ぶ。
「管理局の白い悪魔」、敵対する者には一切の容赦も手加減もなく、無慈悲なまでに大口径バスターですっ飛ばされる事からこの名がついた。
また別に、魔王、バスタードランカーなど数多くの呼び名があるが、犯罪者連中からは管理局の犬とも呼ばれる。それは彼女がわかりやすいぐらい「勧善懲悪」のスタイルをとっているからだ。
一見して味方にやさしいようにも聞こえるが、接した部下等から話を聞くと実はそうでもない。その厳しさは味方にも顕現し、訓練時にはとにかく実戦と鬼のようなバスターの嵐をかいくぐる無茶を課せられる。しかしそれをくぐり抜けた兵士たちは「あれを喰らうくらいなら犯罪者のしょぼいシューターのほうがまだマシ」と非常に優れた兵士に成長する。ぶっちゃけ敵より怖いのだ、アレは。皆平等に刻まれるトラウマである。
そんな一分の隙もなく、あたかも管理世界に救世主のように降臨した女性。局の激務にも耐え、数々の難事件を力技で解決し、市民に平和をもたらす。人々は彼女を現代の新たな「英雄」と称した。三提督に継ぐ次代の伝説、と。
しかし彼女は戦いもない、日和った日本国民の一人だった。そんな彼女が何故地球とは全く縁もゆかりもない管理局に入局したのか。ソレには彼女が幼少期に築いた性格が根底にあった。
高町家は随分と特殊な家系である。その実態は平和な日本にふさわしくない、暗殺剣の「永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術」を伝える御神の家系だからだ。一部では裏流派の「不破」ではないか?とも言われるが、テロで一族のほとんどが滅んでしまった今、それを言うのは些細な事である。そのような流派が現代において必要か、しかし彼らは実際にボディーガード等を営んでいた。まるで人を超えたような動きをし、高速剣術で敵を圧倒、振るう剣は銃弾をも切り裂き、特殊な技術で木刀でドラム缶すら切ってしまうという奇跡を成す。実は現代の日本には正式な職業として「忍者」があり、特殊なボディーガード等はこのジャンルに位置する。高町家の長、高町士郎もここに属している。
次に高町家の家族構成を見てみよう。まず父の士郎、そして母の桃子だが、士郎は再婚者でありその息子の恭也に桃子との血の繋がりはない。加えて妹である美由希はテロで亡くなった士郎の兄弟の娘、つまり恭也の従姉妹であり、両者との血のつながりを持っているのはなのは一人だ。非常に可愛げのあるなのはは家族に愛され育つも、四歳の時にある悲劇が襲う。
高町士郎の危篤。
ボディーガード業を営む彼の周りには常に危険がはらむ。いくら能力が高い士郎と言えどもどうしようもないこともあり、彼はテロに巻き込まれ瀕死の重傷を負った。治療するために日本に運び込まれた時には虫の息であり、峠を超えられるかどうかは非常に低い確率であったという。しかし悪運というのは連続して重なるものであり、高町家も例外ではなかった。この時桃子はパティシエとして喫茶翠屋を展開しており、その営業がようやく軌道に乗るかどうかという、大事な時期だった。そのため手が離せずロクに見舞いも出来ない日々が続き、父の世話は美由希に任せるしかなかった。恭也は父親のケガにショックを受け、もっと強くならないといけないという脅迫概念から特訓を強行、ほとんど家にいない状態となった。
ならば、なのはは?
まだ4歳である少女に対して、桃子が下したのはひどく残酷な現実だった。
「我慢していい子にしててね?」
一見すればふつうのコトかもしれないが、桃子の場合は違う。彼女は子育ては初めてであり、小さい子への対応の仕方を知らなかった。周りにいた子供は既に高い精神性を身につけた恭也と美由希であり、士郎のケガから五里霧中にとらわれていた桃子は彼らと同じ対応をするように、となのはに迫ったのである。せめてもう少しマシな精神であれば、保育園に預けるなり知り合いに面倒を見てもらうくらいは出来たであろうに。加えて言うならば、高町家は自分で決めたことは貫かせるという放任主義であったこともそれに拍車をかけていた。
そして、健気にもそれにうなずいてしまったなのはは長い孤独の日々を送ることになる。皆が帰ってくるまで、ただただ我慢の日々をこなす。不幸にも彼女はソレができてしまった。そして、寂しさからなのはは桃子の言を曲解する。
何かを手伝いたくても、小さくて出来ない自分。手伝わせてもらえないのは「自分が何もできないからだ」。
故に、なのはは孤独を耐え切った事で「不屈」と、自分には何一つ出来る事がない「卑屈」を得た。前者はただいい子で在り続けることで表層化し、後者はそのガワの影にひっそりと沈んだ。これが高町なのはという存在を形作った原点である。
結局彼女のいい子で在り続けるという芝居はその後も続き、文句ひとつ言わない素直な子であり続けた。彼女の内側の闇は払拭されないまま、5年の時がすぎる。
そして9歳の時、彼女の淀みは溢れる。
ユーノ・スクライアよりもたらされた魔法の力。何も出来なかった自分にもたらされたそれに、、彼女は救いと奇跡を見た。
空が飛べ、ジュエルシードを回収すること。どれをとっても地球上では自分にしか出来ないことで、汚点を消すことが出来、誰かを救える行為に「いい子」の自分は感銘を覚える。
いい子で我慢し続けたから魔法はやってきた。
これからはいい子であるために我慢をしなくてもいい。
それらの思いは彼女なりの正義を示すスタイルを構築するきっかけとなった。
結果が「言うこと聞かなきゃ倒してでも聞かせる」という、正義を押し付けるための武力行使になってしまったのは実に短絡的ではあったが。
まぁ元々が根っこの優しい少女なので、悪意もなくその行為がひどいものだと弾劾されることはなかった。むしろ全力で少女が、子供が戦う姿を見て綺麗だと、その思想に共感してしまう人間が大量に出てくることで高町なのはの隠れた狂気は更に加速する。
闇の書事件が終わってからは、小学生という身分でありながら管理局員として奮闘した。高い魔導師ランクと打ち立てた功績から広告塔として奉られ、難度の高いミッションを次から次へとこなす多忙の日々を送るようになる。
そして二年後、雪降るとある惑星で瀕死の重傷を負った。
度重なる疲労が油断を招いたのだ。そもそも嘱託である彼女が何故そこまで深く他所の事件に関わっていたのか。任務を断ることだって出来ただろう。はやてのように管理局に束縛される理由もなく、フェイトのように正式に属しているわけでもない。友達がやっていたから、というのもあるだろうがそんなものは重要ではない。
高町なのはは、恐れていたのだ。
魔法を使わない自分を。魔法が無ければ彼女は再び「何も出来ない子」に戻ってしまう。それだけはゴメンだった。使ってもらうことで、頼られることで、願われることで、彼女は自分の居場所を確保するのに必死だったから。
何故自分はそこまで必死だったのか?ケガをして考える時間ができても答えは出ない。幼少時に受けた深く根付いたトラウマに、気付きたくなかったのだから答えなんて出るわけがない。それを認識した瞬間、きっと彼女はショックを受けて壊れてしまう。今までの自分の行動がただの自己中心的な欲求の副産物でしかなかったなんて。故の自己防衛本能、「私は空を飛びたかった」と違うことに目をそらした。
それからは再び歩けるように、魔法を使えるようになるために地獄のようなリハビリに耐えた。そして管理局員として、エースとして返り咲いたことは前史における美談である。しかし本当に空を飛びたいだけだったのなら、それこそ技術職に転向してもよかっただろう。わざわざ戦闘局員になる必要性は全くない。再びの何故。
それもまたいい子である事に終始するのだが、いい子の定義はこの数年の中で「何も出来ない子でいないこと」から「役に立つエースである自分」に置き換わっていた。そこから外れてしまうことはあってはならないことだった。以降高町なのはは獅子奮迅の活躍を見せる。
その様はまるで語り継がれる英雄譚のように美談に溢れていた。
ある程度してからは上からの指示もあり、後進の育成を始める。彼女の採った訓練方法は、多人数相手をひたすら実戦に慣らさせるスパルタ式、いわゆる軍隊のトレーニング形式だ。考える暇もなくとにかく自分の撃つ射撃魔法をひたすら避けさせて反撃させる。反撃の際にはどのように攻略させるか、ある程度の抜け道を残して手加減し、糸口をつかませる。リタイアこそ少なからず出るものの、彼女の教導によって少なからず自信を付ける局員も非常に多かった。それは現場に出てからの判明することだが、どれもこれも教官の射撃魔法よりかはヌルいと感じて簡単に対応できるのだという。恐るべきは射撃の鬼か、訓練を付けてもらったことを自慢にしても、もう一度あれを受けたいという人間はほとんどいなかったのは余談である。
そして、その実績を買われて……というよりむしろ身内の寄り合いで固められてしまった機動六課に転属。そこでの彼女の仕事は同様に後進の育成、ただし今までと同様に全員を一律に引き上げるものではなく、それぞれが違う技能を持った少数精鋭のストライカーズを育成することだった。ここで彼女は、ミスを犯す。
訓練中の部下の撃墜。
理由は「私の言うことを聞かないため」というなかなか理不尽なものだ。トレーニングメニューに沿っていないのは確かに問題だ。しかしなのはが行なっていた訓練は今までと変わらない多人数用の訓練。そこにあるのはただただ彼女の意志に従うことで、受ける側の意志は介在しない。高町なのははモニター上のスペックのみばかりを重視し、以前と同じ事を繰り返す。しかしソレこそが間違い。
少数精鋭であるならば、それぞれに育成の方針を明かし、将来の見通しを立てた上で個人個人と話し合うマンツーマンの訓練が出来たはずなのだ。ソレを怠ったのはどう考えても高町なのはだろう。「出来る自分」を演じていた彼女は他者の事をまるで考えていなかった。
そして最悪なことに、ここで今までの美談が役に立ってしまう。
シャリオ・フィニーノが持ちだした、一体いつ記録したのかもわからない「高町なのはヒストリー」。そのビデオから伝えられたものを要約すれば、
なのはちゃんは頑張ってたんだから言うこと聞きなさいよ!
という、同情にすがる実に無茶苦茶な内容である。
他の隊長陣営もこれに同意しているのだからいかに身内人事が危険かを如実に表している。そして何故か、また何故かティアナも感銘を受けてしまい自分が悪かったという結論に落ちた。恐るべき高町教。
ぶっちゃけこれ、誰も救われてないのでは?
そう思わざるをえないくらい論点をすり替えられ、いつの間にか反省した高町なのはによってこの顛末は幕を閉じるのだが、本当にどうしてこうなった、と言いたい。
そしてしばらくして、今度はヴィヴィオの救出となり彼女は再び自分の身を顧みず杖を振るう。その結果は魔力の数%の減少、という中々に痛い結果に終わった。
とりあえずここまでで高町なのはについての結論を述べよう。彼女自身も気づいていなかったが、彼女はとかく自分の居場所を確保するために必死の自己中心的な人物だった。それが元来の優しい性格と魔法が相乗して良い感じにブレンドされ、他者を魔法で救うという綺麗な正義に意義を持ち、貫き通した。トラウマによる強迫観念と、「魔法しか出来ない」視野狭窄に陥っており、「いい子」であるためには自身の保身は全く顧みない女性の行動は正しく英雄のような姿であったと思う。
そして他者を救うために、死にいく瀬戸際にジュエルシードに願った。自分は「いい子」なのだから、それを願うのは当然で。逆に自身だけが時間をさかのぼり救われようなどとは考えなかった。
語ればなかなかに壮絶な人生を描いているが、それでも彼女は幸せだったのではないか、と思う。義理とはいえ娘も出来、苦労があっても魔法を撃てれば自分の望んだ世界に行けるような生き方をしていたのだ。他人から見れば普遍的な幸福ではなく、随分ととんがった形ではあるが、幸福を決めるのはそれを経験している本人の咀嚼次第。決して客観的に見て「なのはは不幸だった」などと、決められるわけがない。
「ああ、なんてばかばかしい」
ところがこの嫌味たっぷりで言う男、ジェックはそれでもその幸福を否と断じた。彼女の記憶を持つ彼だけは、人生を否定する権利がある。
魔法と世界に振り回されて地球を飛び出した少女の行方は、戦いの禍根。そしてそれしか選ぶ選択肢の無かった彼女の不幸。「高町なのは」を創りだしてしまった原点、それはまず間違いなく不幸な出来事だったと彼は言う。人は自らの責任で選んでその道を進む。ならば流されるままに選びようのない人生を過ごした人間は、人間足り得たのだろうか。人間でない自分だからこそ、その人生に疑問を抱く。
――ならば変えよう。
出来るように、選べるように。変えるべきは原点と、周囲の環境そのもの。それは彼女が生まれるよりも前からの、長期的な計画となる。その過程で今までに彼女が会ったことがない人物や、彼女が関わった人物達の不幸もすくっていこう。それらはは少女の道筋を整える際のちょっとした棚ボタ……いや路傍の……でもなく、彼女からの頼まれ事だから。彼女の新たな幸せを掴み取るために、周りの不幸を見せないように埋めていこう。
――過去へと渡り、再びいくらかの年月が過ぎた、2000年のとある日。最初の転移から6年後頃。彼は原点を変えるために動いた。
彼女の善は自己欲求を叶える上での手段だった。ただそれに本人は気づいてなかったけど。というお話でした。
それがひょっこり顔を見せるのはStrikersの時でしょう。ティアナ撃墜しかり、病院でヴィヴィオを歩いてここまで来い!してみたり。なのはさんの行動は基本的に「私がこうしたからお前も同じようにしろ」みたいな印象が結構強かったと思って解釈してみました。一向に改善がみられないなのはさんェ……。見事に高町家の悪いところを引き継いでます。