「ああ、了承してくれて何よりだ。ところで少し聞きたいのだが、そこにある本が気になるのだが」
「え?」
彼が指さした先、棚に置かれていた鎖に封じられた本。どこか尊厳さと禍々しさを両立させたような不思議な一品。
「ああ、あれですか。あれはいつ頃か知らへんけど、いつの間にかウチにあったんですわ。多分はやてが生まれた後くらいやったと思いますけど」
明らかに出自が不明のものだが、どうしてか捨てる気になれなかった。現在は部屋の一角を飾るアンティークと化している。それだけしか意味のない読むことすら出来ない本を、迅雷が訝しげにするくらいにジョニーが険しい眼差しで見つめていた。果たしてあれがなんだというのだろうか?
「失礼、少し調べさせてもらっていいかい?」
「構わへんけど……」
言う前から既に腰が浮いとるし、と突っ込む迅雷。その彼は手のひらに魔法陣を展開させて本に向けてかざす。時間に比例して徐々にジョニーの顔は驚きと狂喜に満ちていった。
「ククク、水臭いな八神さん。もうデバイスを持ってるじゃないか?」
「は?えっと、つまりそれがデバイスいうことですか?」
今の今まで知らなかった技術のもとが家にあるなど一体どういう冗談だ。迅雷はジョニーの言っていることが再び冗談ではないかと、またしても疑心暗鬼になりかけた。見た目はただの本だしどこをどうとったらデバイスと思えるのかさっぱりわからない。
「そう思うのも無理は無いだろうね。しかし、このような数世代以上先の技術のものを今の技術力で作れると思うかい?」
そう言って彼は先程利用したデバイスをかざしてこちらに問いかけた。一考する、確かに不可能だ。2000年の現在、古いコンピューターが2000年問題などで騒いでいたのは少し昔のこと。CPUの発展速度、集積回路上のトランジスタ数は18ヶ月ごとに倍になると云われるムーアの法則は外れておらず、現在それ以上の高速化は成されていない。
となるとデバイスの存在はその法則から外れた「ありえない存在」となる。しかし現実に存在するのは今目にしたとおり。であるなら、あれは一体どこから出てきたものなのか。現実味のない妄想が迅雷の脳裏をよぎった。
「……まさかオーパーツとか言わへんやろな?」
「近いと言えば近いかな。まぁ君にはこれから色々関わってもらうのだから知っておいてもらったほうがいいか」
迅雷は深い闇に足を突っ込みかけている気がした。ここに落ちたらもうもどれない、そんな嫌な予感だ。
「具体的に言えば、デバイスは地球外で作られたものでね。ごくたまにではあるが、地球にこういったものが落ちてくることが有る。私はそれを解析し、実用化したのさ」
まさかの地球外生命による創造説だった。最早ワールドワイドを超えスペースワイドになった話の規模の大きさに迅雷はどう突っ込んでいいかわからない。
「たまに聞いたことはないかい?妖精のいたずら、日本では神かくしが一般的か。極希にではあるが、次元のゆらぎに巻き込まれて行方不明になる人がいるらしくてね。そういった人々は運が良ければ大体がこのようなデバイスが作られた惑星にワープするそうだ。逆も然りで、コチラ側に迷い込んでくる人間や道具もある。と、大本のデバイスによって解析できたのさ」
地球は何故か次元のゆらぎが大きく、特に日本とイギリスあたりで魔力を持っている人間はフラッと次元世界に迷いこんだり、逆に知らない人間が飛び出してくるケースがある。次元世界側の人間は回収すればいいだけだが、地球側の人間は保護を受けたことと魔法という管理外世界の人間には教えられない技術を嫌でも知ることによって秘匿義務が課せられて帰れなくなる人が多い。大抵の場合は恩義に加えて生活環境の良さから帰らなくなる人も多かった。ちなみに後に管理世界の存在を知られて以降この漂流者の問題は顕著になる。管理局から見れば当たり前のように行う他世界からのスカウトだが、地球からすれば勝手に国民を利用されていると取っても仕方のないことだった。閑話休題。
「オーパーツというのも間違いでなくてね。ものによっては数百年たっても稼働しているデバイスやマジックアイテムがある。そういったものをロストロギアというのだそうだ。解析したデバイスにそのようなデータベースがあってね、これは「闇の書」と言うらしい」
「随分けったいな名前やな……」
あからさまなくらい悪役にふさわしい名前だった。ジョニーは続けてそれについての特徴を述べる。
「この書の特徴はいくつかあるが、特筆すべきは破壊される度に新しい主を選んで転生して最終的に暴走するという点だ」
「ただの危険物やないか!?」
そんなものが当たり前のように家に鎮座していることに今更ながらに恐怖を覚える。一旦イメージが翻ればただの本は怪しい瘴気を放つ何かにしか見えなくなった。
「せやかて新しい主て。つまり家族の誰かがそれの主なったいうことかい。……誰や」
「リンクしているのは、そこのはやて嬢のようだね」
「へ、私?」
観客だったはずの自分が唐突に舞台を上げられたような気がしてはやては目を瞬いた。
「君はどうもとてつもない魔力を持っているようだ。ソレが原因か波長があったのかは知らないが、何かが原因で君が選ばれたのだろう」
「なんやアニメで選ばれた魔法少女みたいやな」
「ただし文頭に悲劇の、と付くがね」
ジョニーは語る。この魔導書は通常のデバイスと違い機械というよりも情報体に近いらしく、主と半ば融合を果たしているらしい。そのため魔力を定期的に蒐集しないと自身が侵食されていくのだ、と。ソレを聞いた迅雷はどうにかして剥がせないかと聞く。親からすればそんな危ないものを娘にもたせている訳にはいかない。母の凪紗は既に顔が真っ青で口元を懸命に抑えている。しかしすがるべき希望はなく、得られたのは外部からシステムに手を加えようとするとはやてを巻き込んで転生するという迂闊なことが出来ない情報のみだった。どうにかするには己自身でなんとかするしか無い。
「蒐集を行わなければ、いずれ君はリンカーコアを侵食されて体の何処かに障害が発生するだろう」
「蒐集てなんやの?」
「他人のリンカーコアを奪うことさ。とても痛いことだよ。もしも君が健常で居たければ、他人を犠牲にして生きていくしか無い。その覚悟はあるかな?」
「そないな覚悟あるわけないやん」
それもそうだとジョニーは頷く。4歳の少女にいきなりそのようなことを聞いた所でまともな返事が帰ってくるわけがないと思ったからだ。
しかしはやてはその上を行く。
「誰かを傷つけたり悲しませたりするくらいやったら、それは全部私が引き受けたる!だからそんな覚悟なんて初めからいらへん!」
堂々と手を掲げてはやては宣言した。それは彼女の中の当たり前の思いやりの感情だった。ジョニーは少女の輝きに瞠目し、わずかに足を後退させる。驚いた、まさか4歳の少女がこれほど苛烈な心を秘めていることに。何よりもそんなものを持っていなかった自分自身に。これだから人間は面白い、とジョニーは笑った。他人の生き様はどれだけ見ても飽くことがない。それは正しく己の欲求を満たすものだった。
「改めて聞くけど、今言ったことは本当なんやなジョニーさん」
「ああ、そうだとも。嘘はついていないよ」
「……はやてはそれでええんか?痛いかもしれへん、苦しいかもしれへん。泣きたくなることも有るやろ……それでも」
「うん、それでもや。それに、なんやあの本のこと知ったらとても悲しそうな顔が見えた気がしたんや。せやったら、どうにかしてあげたい思うんがヒロインの役目やろ」
「アホ……ソレはどっちかというとヒーローの役目や」
本当にこの子は、と迅雷は目尻に涙を浮かべながら俯いた。さしもの4歳児にしては成長が早すぎる気がしないでもないが、持ち前の優しさは天性のものなのだろう。実はそのベースを作ったのは彼が持っていた様々なマンガやゲームの主人公像なのだが、彼がソレを知る由もない。
「まぁ、研究次第では直す手段も無いことはないさ。いつアメリカから帰国できるようになるかはわからないけどね」
「!ほんまか!?」
ジョニーには過去資料という裏打ちされた自信がある。ましてや己は次元世界でも類を見ない天才という自負。これだけ揃って直せないのであれば科学者を名乗る資格は無いと思っているほどだ。加えて闇の書の主である本人が協力状態にあるなら、外部からの干渉による転移の懸念は払拭されたと言ってもいい。もとより今までの主が非協力的であった事、管理局が目の敵にしていたことが「干渉は無意味」という結論を出していた。ならば現状における危機はかなり緩くなったと判断できる。さらに400頁以上の魔力さえあれば管制人格起動による真の主承認が行え「闇の書の意志」に対するクラックも可能になる。前史においては時間的余裕も無くましてや魔導に対する基礎知識もなく、守護騎士達が敵対姿勢を取ったことで事態が複雑化していた。直すための時間が取れず、アースラもほとんど戦闘による決着を想定していたためにデバイスマイスターや研究科などの専門的な人員を配備していたこともまた問題があった。数々の不幸により結果的にリィンフォースは失われてしまった。
しかし今回は違う。
ジェックによる介入とジョニーという最大のジョーカーを持って余裕を持って事に取り組めるのだ。前回のような間違いが起きるはずが無い。
「悪いことばかりではないしね。その本には守護騎士と呼ばれるプログラム人格が含まれていて、時間が経てばいずれ出現する。つまり君の家族が増えるということだ。その中には犬もいる」
「お、おぉ!ペットもおるんやな!ええなぁ、ペットを飼うのも私の夢なんや」
本人が聞けば犬じゃなくて!とかペットじゃなくて!と散々文句が飛んできそうである。
「ただし魔法は尻から出るようになるが」
「なん……やと……?」
などとしょうもない冗談を交わている傍らで、迅雷は己の出来る事を模索する。とんでもない幸運と不幸が同時に舞い込んできたが、きっとそれも人生を彩る試練の一つだろうと前向きに考えることにした。ジョニーははやてに課せられた障害を必ず排除すると誓ってくれたのだ。ならば彼はきっと実行してくれるだろう。自身の満ちた彼の顔を見ればそうだと思えてくる。未来は決して暗雲ではないのだ。
「よっしゃ!気合入れて世界へ羽ばたくんや!!」
しばらくして彼らはアメリカへと飛び立った。そこに待つのは今までになく誰も経験したこと無い大きな未知である。しかしそのことになんら心配はなく。あっさりと現地に対応してしまった八神はやてがカジノ近辺の子供用ゲームセンター荒らしと呼ばれてしまうようになってしまったのはそう遠くない時期だった。
「――という、話だったのさ」
「……えぇ話やなぁー」
「うぅ、ぐす!ちくしょう、こんな感動的な話は久しぶりに聞いたぞ!」
「ああ、ヴィータ鼻水ふき。ほらちーん!」
ズビィィィと鼻をかむ爆音が鳴った。その横でジェイルの話を聞いていた他のメンツはそこまで感動するようなことかとハテナマークを大量に浮かべている。基地内で食事をしながら聞いた話はおおまかに未来での滅亡から始まり過去へさかのぼり、数々の事件や出来事のフラグを片っ端から潰し、または産んできたというものだった。ヴィータは一体どのへんに感涙してるのかはわからなかったが、はやては幼少期の自分の発言に感動し「さすが私や」と言ってるあたり歪みない。
さらにレイジングハートから受け取っている記録には前史における彼女らの映像も見せてもらっており、彼とジェックの行動に守護騎士達に対する裏のないものという印象をしっかりと刻み込んだ。
ソレを見たはやては現在両親がいる幸運を噛み締めた。日本から立つことで事故がおき自分だけが置き去りにされるというフラグを潰していたため、現在の彼女はそのままの家族でいられたのだから。ソレと同時に、両親をなくしても懸命に生きてきた前史の自分に深い感銘を受けた。当たり前のように家族がいる自分ではきっと、前史の自分ほど強い心を持っていると思えなかったからだ。家族の健在という幸運が最も感じられるのは自分ではなく、きっと前史の自分であろう、と考えるほどには。
しかし反対に、その当たり前を甘受できる幸運を前史の自分が感じられるわけもなく、結局のところは己の主観に寄るものなので正負の判断は付けられない。どっちの自分が幸運か不幸かなど比べるべくもないという話だ。今の自分はあるものを受け入れ生きていくしか無く、前史の自分が手に入れたもの、もしくは手に入れられなかったものを比較するのは詮無い。
「なるほど、事情は理解した。少なくとも主に害が無いというのであれば我々に異論はない。主のこと、そして闇の書……いや、夜天の書ともどもよろしく頼む」
「是非もない。そもそもそのための私だからね」
「スカさん男前やなー。結婚してあげてもええんやで?」
「子供に興味はないな」
「自分はぎょーさん娘囲っとるくせによう言うわ」
「よし、そこになおりたまえ。成敗してくれる」
ワイヤーを取り出すジェイル。逃げるはやて。彼らの穏やかな日常は大体こんな掛け合いなのでもはや誰も気にしていない。そんな中、静かにドアを開けてしばらく見なかった男が帰ってきた。見知らぬ顔に守護騎士達がにわかに警戒する。
「ただいま、ええと……どういう状況?」
「おお、じぇっくんや!久しいなぁ、何ヶ月ぶりやろ?」
「何その呼び方。斬新すぎてどう反応していいか困るよ」
「ジェック君て言いづらいやん、いまさらやけど。ジェックククンみたいになるで、ヴィータなんてカミカミや」
「そもそもヴィータが君付けで呼ぶとかありえないんだけど」
その反応に「おお、ほんまに知っとるんや」と返すはやて。今まで忙しくしていただけあってジェックと守護騎士達は初対面だ。だから普通この反応はありえないのだが、それが彼が未来から来た証左となった。
「あぁん?あんだてめぇ、何者だ」
見ず知らずの人間に当然のように威嚇するヴィータ。しかしその顔は涙と鼻水で濡れていたせいか全く威厳がない。
「こら、そないな言い方したらダメや。……ていうかじぇっくん、だいぶ顔つき変わっとらん?こう、オカマがニューハーフになったくらい変化しとるで」
「どういう表現の仕方だよそれ」
そう不名誉な表現をされるジェックの顔つきはたしかに変わっていた。なのはとほぼ瓜二つだった顔つきから中性的なではあるが男らしいものになりはじめていた。年齢にすれば大体アリシアと同時期くらいの年齢になるだろう。身長も日本で少しだけなのはに影を踏ませた時より伸びていた。
「うん?でもよう考えれば魔導生命体って成長せえへんのやなかった?」
「もしかして僕らの来歴を聞いたの?」
「せや。つい今さっきな。あ、でもスカさんメインの話でじぇっくんがその間何しとったかについてはまだ聞いとらんかったわ」
「その辺りは君自身に話してもらったほうがいいと思ってね。私は遠慮させてもらった」
はやてに追随してジェイルも肯定した。彼も自分が知らないジェックの話があればポロッと出てくると思っているのだろう。
「で、なんで成長しとるん?」
「成長期だからじゃない?」
「全く答えになっとらん!そもそも5歳くらいの見た目で生まれたんやったら過去に来た時から数えでも16歳くらいになっとってもおかしゅうないやん。そこんとこどうなっとるん?」
「さぁ、なんでだろうね?」
穏やかな顔で適当に流すジェック。元よりミステリアス……ではなく胡散臭い印象があるジェックがこういうごまかし方をする時は本当に知らないか知ってて故意にごまかしているかどちらかだ。とはいえこうなってしまうと一貫して彼の態度は変わらないのではやても面倒になって追求を諦めた。
「ま、ええか。せやったらスカさんが語ってないとこ話してくれへん?」
「それはいいけど、その前にお土産があるんだ。確か、シグナムが相性が良かったと思う」
「……私が何か?」
「ああ、その前にはじめましてだった。ジェックだ、色々思う所あるだろうけどよろしく」
「名は知っていると思うが、シグナムだ。主の件、感謝する」
それで、私への土産とは……と言おうとして扉の影からチラチラとコチラを見やる小さな影が目についた。大きさは約30cm台の肌の露出が目立つ小悪魔的衣装の少女だ。ソレを見てシグナムはほう、と唸る。それは今や見ることも珍しい古代ベルカの融合騎であった。
「な、なぁジェック!あたしのロード、それも古代ベルカに通じる奴がなってくれる人がいるってホントだろうな!?嘘だったらただじゃおかねーぞ!」
「嘘じゃないって、何回聞いたんだそれ。君なら見れば分かるでしょ?」
ソロリと出てきた妖精の姿にはやてが「うは、かわええ」と漏らすもドがつくほど緊張している融合騎には全く聞こえていない。しかし複数の人がいる中で彼女は迷わずシグナムのもとに歩み寄っていく。
「……あんた、名前は」
「闇の……いや、夜天の守護騎士烈火の将、シグナムだ」
「わりぃけど、あたしの本当の名前は覚えてねえ。今は、気に入らねぇけどアギトって呼ばれてる」
何かを思い出すようにアギトは語り出した。
「しばらく前に、胸糞わりぃ研究者どもに捕まって実験されて、かなり色々な事を忘れちまった。それでもまだ覚えてることがある……多分だけど、私はシグナムと数百年前に一緒にいたことが有るような気がする」
「……すまんな。覚えがない」
少なくともシグナムの記憶の中に彼女の情報はなかった。ただでさえ不都合な記憶は闇の書に濾し取られてしまうのだからしかたのないことかもしれない。しかし己を頼ろうとしている少女のことを覚えていないシグナムは自身に対して激しい憤りを感じていた。
「いい、あたしだって確かなことはわからないんだ。それにもしかしたらシグナムのオリジナルだったのかもしれないしさ」
シグナムとアギトの短くとも思慮の深い会話を聞きながら、その横でジェックはポツリと呟いた。
「融合騎といいデバイスといい、何故昔のことのほうを覚えていて名前を忘れるかね」
「あの子たちにとって、名前っていうのは自己のパーソナリティを維持するために最も必要な要素なの。主に名前をもらって、その意に従って自己を形成するから、名前がわからなくなるということは今までに形成した個を失うことになる。それは何もかもがあやふやになることと同じ」
「あなたは、シャマルだったか」
「ええ。湖の騎士シャマルです。知っているとは思うけれどよろしくね。こっちはザフィーラ」
「盾の守護獣だ」
立ち位置が違っていたとはいえ似通った状況のアギトにシャマルは強く同情していた。それだけデバイスにとって名前というものは大切なモノだということを、ジェック達の過去話を聞いてようやく思い出すことができたから。
「我々も、夜天の書の管制人格の名前を覚えていない。人に聞いて初めてそのことを思い出すとは……守護騎士として情けない思いだ」
「そうだな。たとえほんの少しでも、あんな風にシグナムのことを覚えていてくれてたってのは、私達にとってはすげぇ幸運なんだろうよ」
ザフィーラの悔恨にヴィータも追従する。どんどん全体がダウナーになりかけていたところに、はやてが待ったをかけた。
「せやったら、管制人格さんにもあたらしゅう名前つけてあげたらええやん」
「名前……」
「そや。ちゃんと書を直して、もう一度正しい道を歩むために。管制人格さんの名前を皆で考えたげよ?」
「……それは主の仕事です。主が名前をつけてあげれば、きっと喜んでくれると思います」
「む、さよか」
名前についての方針が決まる一方、アギト達の話も決着を見ようとしていた。アギトが僅かに覚えていることを、シグナムに話し覚えているか聞く。やはりオリジナルではないためにほとんど覚えていないシグナムであったが、それでも元にした人格だけあってかすかな残り香のような記憶があったらしい。それにうれしさを感じたアギトはこれからどうするかを決めた。
「うん、あたしはシグナムについていくことにする。これからあんたの為すことを、そばで見ていたいんだ」
「私はオリジナルではない。それでもいいのか?」
「どっちにしたって、シグナムはシグナムだろ?なら変わんねぇよ。これからよろしくな、シグナム!」
ニカっと笑って手を差し出したアギトに、シグナムも右手を出した。その手は握手というにはあまりにも不釣り合いな差のある大きさであったが、指先を持った彼女との絆は確かに今繋がり、戻ってきたのだとシグナムは感じていた。
「ところで聞きたいのだが、随分と都合のいいタイミングで融合騎をつれてきたのだね?」
「ある程度めぼしの付く場所は監視していたからね。捕まったのはそれなりに前だけど、シグナムが書から出て縁が生まれるまで待っていたんだ」
ジェイルの質問にジェックは淡々と答えた。管理局の最高評議会管轄の違法研究所をいくつも潰したとはいえ、それ以外の研究所や取り逃しもそれなりに多く存在している。アギトはそういった研究所に捕獲されていた。早々にジェックが助ける、もしくは捕まる前に会えなかったのには理由がある。前史と違い既に時間が相当に経過し、大きく歴史が変わってしまったこの世界での縁はかなり複雑に変化している。今までは両歴史に同一に存在する――過去の――縁を頼りにしていたのだが、その流れを変えてしまったことにより彼の知る縁というのはほとんどが破綻し白紙になっていた。ジェイルが地球に移動したことでゼストがアギトを見つける縁が消え、ソレに連なるシグナムと出会う縁も消える。シグナムの方も地球での生活様式が変わっていた。加えて書から出てきていない事もあって互いの縁を結ぶことも難しい。
なので自力でアギトを発見し、シグナムの登場を待ってはやてとジェックの縁を経由するようにした。あとは自分とアギトの縁、シグナムとはやての縁とをつなげば「互いがいずれ会う」という未来の布石を創りだせる。そうすればアギトの救出も楽になるという目算も出来、彼女を救出する際に「古代ベルカの人間と会わせる」と約束した条件も即座に果たせるというわけだ。
古代ベルカの人間は己の誇りに従う人間が多いために、約束や契約を非常に大事にしている。傍から見ればさっさと助けてあげれば良かったのにとは思わないでもないが、捕まったアギトに不信感を抱かれないようにするには最もこれがベストな形だったと言えた。
「さて、ある程度話がまとまった所で改めてジェックの話をきこーか。スカさんが話しとらん中でどないなことをしとったんか、めっちゃ気になるし」
「オーケーだ。それじゃああれは今から36ま」
「二度ネタ禁止!!」
アギトは名前を忘れたが早期に助けだされたために過去の記憶をある程度ではあるがぼんやりと持っている、という設定に成りました。アニメにおいてはシグナムとの関連性については触れずにユニゾンした際の演出のみ、という扱いでした。
こちらではオリジナルのシグナムと関係があった、というものとして書いてます。
・八神迅雷
パパ。名前は疾風迅雷繋がりで決定。プログラマー。OS大手のソフトウェア開発等を行なっている。時代を先行して魔法技術を習得してもらうためにジェイルがスカウトした。魔力も持っており関わりを持つには実に都合のいい存在だったといえる。
・八神凪紗
ママ。おっとりだが厳しさと甘さの境界線をキッチリと決めているため締める時は締めゆるむときはとにかく弛むとメリハリがある。
・八神はやて
名前の由来は父母ともに風の意味を含む単語があり、同じのにしようというノリで決まった。原作と違い料理を始める時期が遅いためいまだギガウマ料理を作れる域には達していない。なのでヴィータが言うギガウマは母親の事を指す。決してメシマズ嫁ではない。
ラスベガスに在住し暇があれば基地におじゃまし関西人の血を騒がせて暴走する。ソレに巻き込まれる基地隊員はたまったものではないが、それなりに楽しんでいる模様。また戦術指揮や戦闘機関連の知識も遊び程度に教わっている。
原作だと家族の長、という感じのはやてであったが甘えることの出来る両親が健在であるため守護騎士との関係性は見た目の年齢順に従っている。つまりヴィータは妹、それ以外は兄と姉。もちろんそれに戸惑う守護騎士達であったがいずれ慣れるであろうと思われる。……思いたい。
・守護騎士達
これといって大した変化はない。元々性質的に変わりにくい人たちでもある。ただしリーゼアリアとの関係はそこそこ良好。管理局員ということで警戒していたが、現在の地球の状態やはやての立ち位置等を懇切丁寧に説明し歩み寄っていったため摩擦は発生していない。
・リーゼアリア
クライドが計画を建てた際、闇の書の有りかも知り、対処も既に予定されているということから監視目的で地球にやってきた。地球と管理世界は切り離されていたので一応ジェックの手引きによるものである。ロッテはハズレくじを引かされたために日本で活動していた。