「これからどうしようかしら……」
少女はそのプラチナブロンドの髪を軽くまとめる。旅行かばんに詰め込まれた異国風の衣装を二束三文で売り払い、少女はその小銭を握りしめて路地裏へと入っていく。
「おい、ここは嬢ちゃんがくるような場所じゃねえぞ」
保護区の中と言えど、路地裏まで自警団の手は回っていない。いかにも裏の社会に生きているといった風の男が、睨みを効かせて少女に目線を向けた。
「バッテリーが、ほしいのだけれど」
「あんた人形か」
男は立ち上がって、さらに奥の方へとあるき出す。どう考えても、その先には危険が待ち受けていた。
「それなら話は別だ。商談と洒落込もうじゃないか」
「熱烈な歓迎をありがとう」
少女は柔らかく笑みを浮かべる。それはまるで安堵しているかのようだった。
「私、夜目が効くの」
「どういうことだ?」
男は首を傾げた。本当に、男は知らないようであった。
「あなたのお仲間じゃないのなら、ヤッてしまってもいいわよね?」
「いったい何の話だ、ちゃんと順を追って話してくれ」
「こういうこと……よっ!」
少女は手に持っていたかんざしを暗闇に投げる。かんざしは窓の反射光をその身に受けて鈍く光り、空を切る。
「ぐっ……なぜ……」
路地の奥から、そう呻く声が聞こえる。男は血相を変えてその声の元へと駆け寄る。
「おいバカ!お前なんで銃なんか構えて!」
「だってよぉ、アニキ……。あの女、高く売れますぜ?そしたらアニキの病気だって……」
「馬鹿野郎!お前が死んだら元も子もねぇじゃねえか!」
男は大粒の涙を流しながら、倒れた男の体を抱きかかえる。
「あの……」
「なんだ嬢ちゃん!俺は今こいつの最期の言葉を聞こうってんだ!」
「急所は外しているから死ぬことはないわよ」
「へっ?」
男は抱きかかえた男の傷口を見る。確かに突き刺さってはいるが、そこまで深くもない。
「それよりそのかんざしを返してほしいのだけど。一応大切なものだから」
「お、おう」
男はかんざしを引き抜いて少女に手渡した。少女はついた血をハンカチで拭うと、それを旅行かばんにしまいこむ。
「それで、バッテリーは売ってくれるのかしら?」
「あ、ああ。そこのバッグに入っているから好きなだけ持っていけ……」
男の消沈したような声を聞き流して、少女はバッグに手を突っ込む。しばらくガサゴソと漁ったあと、長方形の物体を取り出す。
「それじゃあもらっていくわ」
少女は小銭を落として、その場を去ることにした。男たちが追いかけてくることはなかった。
路地へと出てみれば、もう夕焼けで街が赤く染まり始めていた。
「とりあえず、どこか雨風がしのげる場所にいかないと……」
ゴミ箱に使用済みのバッテリーを投げ捨てながら、少女はその琥珀色の瞳を細める。その視線の先には、PMCの人形公募のポスターが貼られていた。
=*=*=*=*=
「今日からこいつがお前の半身だ、大事に使え」
教育係の前に置かれているソレを、少女は手に取る。銃を構えてみると、多少の違和感を感じた。
「どういうこと?」
「なんだグローザ、不具合か?」
「……ああ、私のことね。えっと、烙印システムの調子がいまいち
「撃ってみろ」
奥にある射撃場で、数発撃つ。確かに人間とは比べ物にならない精度ではあるが、グローザは不快感を覚えていた。
「モニタリングの結果は……そうか」
教育係の男は通話を切ってグローザに向き直る。
「システムは正常に作動している。問題ないはずだ」
「……わかったわ」
システム上問題がないのなら、彼女に言えることはなにもない。謎の違和感を覚えながらも、彼女は初期訓練プログラムを平均くらいの点数で難なく終えた。
「あなたがグローザね」
「あなたが私の指揮官?」
「ええ、よろしくね」
そう言って笑顔を浮かべる指揮官と名乗る者もまた、少女だった。身長は低めだが、その割には靭やかな筋肉の鎧を身にまとっている。
「あなたは得意なこととかある?」
「私?」
「うん」
グローザはしばらく考え込む。得意と言えることは特になかった。
「そうなんだ、残念」
「ああ、でも……」
しゅんとした顔を見せる指揮官をなんとか元気づけようと、彼女は昔話をすることにした。
「お茶のお店?紅茶とかじゃないんだ。へえ、東アジアのお茶か~」
少し前を歩く指揮官は急に振り返ってグローザの顔を見つめる。
「私、飲んでみたいなぁ。どうすれば飲める?」
「それは……」
「昔グローザが働いていたところに今度行こうか」
その提案にグローザは首を横に降った。
「残念ながらもうやってないの。私が解雇されたときに店も一緒に閉じたから」
「そう……そりゃ残念」
そう言いながらも、指揮官はしきりに端末を操作していた。
「よし、カリーナに入荷してもらうように言っておいたよ」
「えっ?」
「道具もなんとか入手できたみたい。さすがはうちの後方幕領だね」
トントン拍子に話は進んでいく。そこにグローザが止める隙は存在しなかった。
「たのしみだなーっ!」
「随分と楽しそうね」
「だって東アジアのお茶なんて飲んだことないんだもの!」
グローザはため息をつきながらも、軽く笑顔を浮かべていた。脳のメモリーの奥底、幸せな記憶をしまいこんでいるフォルダを開き、お茶の淹れ方を思い出すのも忘れなかった。
=*=*=*=*=
『グローザ、初陣だけど大丈夫?』
初めての出撃は、指揮官との談笑から数時間後だった。任務の内容は哨戒。それも近場の危険度の少ない地域である。
グローザはもちろん不満ではあったが、何も言わない。これが指揮官の運用方針ならば、彼女は従うだけだった。
『よし。じゃあ第3部隊、出撃』
その号令とともに、乗っていたヘリが急降下をする。降りるタイミングは一秒未満、人形だからこそできるヘリボーンであった。
「こちらグローザ、感度良好」
『こちらHQ。聞こえてるよ』
「これより任務を開始する」
グローザは歩き始める。緊張を感じないかと言えば嘘になる。しかし、その緊張感を活かして彼女は警戒を緩めることなく任務を遂行していった。
異常は全くと言っていいほどなかった。
「ポイントベータに到着」
『ご苦労さま。今迎えのヘリが着くから待っててね……あれ?』
「指揮官?」
『おかしい、ここに鉄血がいるはずないのに……グローザ!すぐにそこから南西に退避!』
「りょ、了解!」
グローザは地を這うように姿勢を低くして南西へと駆ける。数秒もすれば、後方からは弾が飛来してくる。
射程の外には出ているものの、体をかすめていく銃弾も数発ある。グローザは狙いも定めず撃ち返しつつ、言われたとおりに南西へと走った。
しかしその足は数分後には止まっていた。
「指揮官、目の前は崖よ!」
『降りられるでしょ!』
不可能ではない。戦術人形になった彼女であれば降りられない斜面ではなかった。しかしここを降りていれば、すぐに追いつかれて上から一斉射を喰らう。
『いいから早く降りて!』
指揮官の命令に逆らうまでもなく、グローザは諦めていた。最期だからと彼女の指揮に素直に従った。
それが幸を呼ぶ。
「……射撃が来ない?」
『よかった。とりあえず気をつけて降りて』
指示の通り、グローザはゆっくりと降りる。上と下の両方を警戒するのも忘れない。
『よし、谷底についたみたいだね』
そこは夜のように真っ暗だった。傾いた日が山に遮られ、他より先に夜が来たとも言える。
『そのまま身を潜めて待機!』
「指揮官、それは無理みたい」
グローザは自らの半身をしっかりと握りしめる。状況把握を急ぎ脳内回路を高速で回す。冷却液が額から漏れ出して、じんわりと髪を濡らす。
「敵、しかも盾持ちがたくさんいるわ」
『最悪の状況を引いたみたい』
しばらく通信機の向こうが慌ただしくなる。グローザは物陰から辺りを索敵する。
『ごめんグローザ、そこにヘリは送れない。援軍もすごく遅くなる』
「そう……」
グローザは己の半身を抱きかかえる。焦りはそこまでなかった。ただこの出撃分の記憶が欠落するだけだ。替えのボディにバックアップがインストールされ、『グローザ』は生き続ける。
「ねえ指揮官」
『どうしたの?』
「もし私が無事に帰れたら……」
そこまでいいかけて、言葉を切る。
「いえ、やっぱりなんでも無いわ」
『どうしたのいきなり』
「死亡フラグなんてものを建てて見ようとおもったのだけれど……」
グローザはマガジンを換える。特殊に加工された強化弾だ。あまり持ち込んでいないため出し惜しみをしていたが、使うなら今だろうと確信を持っていた。
「余裕で勝っちゃうから意味がないと思ったのよ」
『へっ?でも装甲持ちの鉄血兵に囲まれているんだよ?』
「簡単なことよ」
初段を装填して、長い髪を軽く纏めて邪魔にならないようにする。
「私、夜目が効くの。だから夜戦は得意分野よ」
物陰から飛び出したグローザを敵が見つけるよりも早く、彼女の撃った弾丸が彼らの一体の頭を貫通した。
=*=*=*=*=
『すごい……これがグローザの本当の力……』
通信機の向こうからは信じられないといった風の声が聞こえてくる。
「まだまだ、私も精進がたりないわね」
地面に転がった装甲兵を足で転がして、銃創を見ながらそうつぶやく。頭に二発、心臓とも言えるコアの位置に一発。これを夜戦で成し遂げられる人形はそう多くない。しかし、グローザは不満だった。
『グローザ、もう少しでその地域は制圧できそう。別働隊が上手く敵を囲い込めたみたい』
「そう、それは何よりね。私も加勢したほうがいいかしら?」
『いいや、グローザは十分働いたし、休んでいて』
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
グローザは体を積み上がった装甲兵の死骸へと預ける。そしてポケットからタバコを取り出し、慣れた手付きで火を付ける。
真っ暗闇に、鬼火のようにタバコの火が光る。あたりには、物言わぬ屍しか残っていなかった。
=*=*=*=*=
戦術人形に夜戦のことを聞けば、必ずと言っていいほど彼女の話が聞ける。曰く、夜戦での単独撃破数トップだの、ARを超えたナニカだの。夜に近づくと殺されるなんて怯える人形すらいる。そんな彼女を、皆は夜戦の女王という。彼女に弟子入りして夜戦を学ぶ人形も少なくはない。
これは、そんな彼女が夜戦という自分の戦場を見つけたときのお話