せっかくの休日なのに、俺にはやることがない。なので、家でゲームするしかなかった。一人で俺がピコピコとゲームをする中、スマホが震えた。三船さんからだった。
『おはようございます。今日、何かご予定はありますか?』
予定? 無いけど……。
『おはようございます。ないですよ』
『実は、紹介したい女性がいらっしゃるのですが、良かったら会ってみませんか?』
……え、何それ。あ、もしかして川島さんを紹介するつもりか? 別にファンってわけでも無いんだが……まぁ、良いか。彼女と別れた俺に気を使ってくれてるのかもしれないし、会って話をするくらいなら。
『すみません、気を使わせちゃって。お願いします』
『ふふ、アイドルの方ですよ? 楽しみにしていて下さいね?』
『はい』
それだけ返事をして、とりあえずゲームを続けた。
×××
時早くして、夕方。まさかこんなに早く三船さんと飲みに行く時間が訪れるとは……まぁ、明るくなった三船さんもそれはそれで良かった。正直、少し羨ましくある。俺も今の会社の環境が決して良いわけではないし。
女性と会うと思うと少し緊張するが、まぁ向こうも俺とどうこうなろうなんて思ってないんだろうけど。そつなく失礼な内容にこなせればそれで良い。
三船さんたちはもう来ているらしく、中に入ってみることにした。
場所は小洒落た居酒屋。落ち着いた雰囲気はあるけど、静かにしてろ、みたいな空気もないから話しやすい場所だ。
店員さんに案内してもらうと……なんか楓がいた。
「……」
「……」
「あ、加賀山さん! お疲れ様です、すみません急にお呼び立てして」
え〜……どうすんのこれ。楓も思わず驚いてるし……神の悪戯か、悪魔の罠か……。
「樹くん……?」
あ、普通に名前を呼ばれてしまいました。ようやく驚きから解放されたと思ったら、今度はなんか不機嫌そうにしてる。
「もしかして、もう新しい彼女を作ろうとしていたんですか? 懲りませんね」
「その台詞、そっくりそのままリフレクター。つーか、三年経ってるし」
「それとも、美優さんに手を出す気でした? そうですよね、美優さんは胸も大きいですし、巨乳好きの樹くんのタイプドンピシャですよね」
「うるせーよ。少しはその切れ味しかない刃を鞘に納めようとは思わねえのかよ」
一触即発、まさに喧嘩が始まる一歩手前といった感じだ。そりゃそうだろう。本意は別の所にあるとはいえ、友人に友人を紹介する場に元カレ元カノがいたら誰だって良い気はしない。
そんな中、唯一、置いてかれている三船さんに俺が気づいたのはその後だった。今更になって申し訳ないことをしてしまったと思い、慌てて声をかけた。
「あ……すみません、三船さん。なんか、こんな感じになっちゃって」
「いえ……その、もしかして……元カノって……」
「はい、そこのです」
「相変わらず怒ってる時は人を指示語で呼ぶの変わってませんね。子供っぽいのはどっちなんでしょう」
その言葉を聞くなり、三船さんの表情は真っ青になる。うん、そりゃそうなる。久々に話したが、やっぱり楓は俺のことが今でも嫌いなようだ。
「す、すみません……やっぱり、名前くらい言っておくべきでしたでしょうか……? でも、楓さんアイドルですし、変に緊張させても悪いと思いまして……」
「あー、いえいえ。三船さんは全然、悪くありませんよ?」
むしろ悪いのは俺らだ。出逢って即喧嘩なんて、他人からしたらたまったものでは無い。
「悪いのは、こっちのボブですから」
「そういう名前の外国人みたいな呼び方やめてくれませんか? 大体、それ女性につける名前じゃないでしょう?」
「外国人と同じくらい話は通じないけどな」
「あなたがそれを言います? 思考回路が銀河の彼方とサークルで恐れられていたのは誰でしたっけ?」
「そんな奴に声を掛けた物好きは誰だよ」
‥‥ダメだな。俺と楓が話すとロクな方向に進まない。これは帰ったほうが良いかも……‥そう思った時だ。
「すみません……ご迷惑、でしたよね……。楓さんがあまりにも元気なかったから、見ていられなくて‥……いらない世話を焼いてしまいました……」
‥……そんな風に謝られると、少しこちらとしても申し訳なくなってしまう。ていうか、申し訳ないわ。
楓も流石に申し訳ないと感じたのか、余裕そうな笑みを作っている。馬鹿め、俺にはお見通しだ。
「……まぁ、別に気にしないで下さい。俺も別に楓と会いたくなかったわけじゃ無いんで」
「「えっ?」」
未練たらたらだしな……え、なんで楓までその反応するの? お前はこんな言葉で動揺するタイプじゃ無いだろ。
ま、今は楓よりも三船さんのことだ。
「それに、三船さんとも一緒に飲むのも久しぶりですし、むしろ俺そっちが目的でしたし、そんな落ち込まないで下さい」
直後、空気が一気に冷たくなった。三船さんは「えっ」といった表情になり、楓はニッコリと微笑んだ。どういうわけか、キレてる時の笑顔で。
「ふふ、そんなに美優さんが好きなんですか?」
「か、楓さん? 別に加賀山さんは……」
「お邪魔でしたら、私帰りますよ?」
「い、いえいえ! ……あ、あの、加賀山さん! 何か……!」
「帰るなら送ってくぞ。女性一人は危ないだろ」
「そうじゃない……」
三船さんはがっかりしたように項垂れた。そんな時だ。お店の人がトレーを持って席に立ち寄った。
「お待たせ致しました。ファジーネーブルとマルガリータと、マティーニでございます」
ファジーネーブルは三船さん、マルガリータは楓の前に置かれ、マティーニは俺の元に来た。あれ、まだ注文してないんだけどな……。
きょとんとしてると、三船さんがビクビクした苦笑いで説明してくれた。
「楓さんが注文してくれたんですよ? 自分の彼氏に似てる人なら、マティーニで間違い無いって」
「……え」
俺が最初に飲む奴、覚えてくれてたのか? あいつが? てか、違ってたらどうするつもりだったのそれ。
楓はそんなカミングアウトをされたものの、頬を赤らめることはしない。「それよりも早く飲ませろ」といった顔でグラスを持っている。どんだけ酒好きなんだよお前。割と恥ずかしい事、バラされてたと思うけど。
……‥いや、違うなこいつ。恥ずかしいのを酒に逃げてるだけだ。ほんと分かりやすい奴め。
ま、からかうつもりはない。また喧嘩になるし。飲みたいのなら飲むか。
「……じゃあ、飲みますか」
そう言うと、ホッと胸を撫で下ろした美優さんが、気を取り直してグラスを持って微笑んだ。
「ふふ、では……再会を祝して」
「いや、祝す必要はないですよ?」
「そういう事にしてるだけだろ察しろ」
「か、乾杯!」
無理矢理、乾杯した三船さんにより、俺達はグラスをぶつけた。
‥‥長かったな、乾杯まで。
×××
さて、飲み会から一時間ほど経過したあたりだろうか。三船さんが机の上で伏せてしまっていた。
楓がそれなりに強いのに、それよりも俺がさらに強い。その俺達と、わざわざペースを合わせていたため、あんま強くない三船さんが潰れるのは当然だ。
途中から俺がお冷やとかジュースを勧めたのだが、その時には遅かった。三船さんと飲んだの久しぶりだから、少しフォローが遅れてしまった。申し訳ないな。
しかし、相変わらず美優さんは酔うと面倒臭いな……。泣き上戸の上に、なんか自分の所為で俺達が別れたみたいな事を思ってしまったみたいで、すごく謝られた。
で、残されたのは俺と楓。さっきまで会話を回していた(途中から酔って泣いて謝るばかりではあったが)三船さんがダウンしてしまったので、俺も楓も少し黙り込んでしまった。
が、やがて楓の方から口を開いた。
「仲が良いんですね、美優さんと」
「別に普通だよ。同僚だった時は、会社で孤立してた者同士、気が合ったからな」
三船さんは男性社員によく言い寄られていたけど、それが女性社員に敬遠される要因になってた。
「……ふん、どうだか。美優さんとは同期だったんですよね? それなら、私と付き合っていた頃は美優さんと仲良くやっていたりして」
「なわけあるか。彼女が出来たからって『俺ってモテる!』と勘違いするキモオタ陰キャと一緒にするな」
俺は身の程は弁えてる。俺みたいな奴を好きになってくれる奴なんか、それこそ物好きな奴だけだ。
だから、後悔してる。仕事で忙しいからって、楓を大事にしてやれなかったことを。
まぁ、今更そんなの後悔したって、後の祭りだ。
「……でも、仲が良いから美優さんとまた連絡を取り始めたんでしょう?」
「昨日、たまたま会っただけだ。昼飯買おうとコンビニに立ち寄った時に」
「美優さんは誘われたら断れない方ですからね。それを知ってれば、お近付きになろうとするのも無理ないですよね」
「俺が誘われたんだよ、昼飯一緒にどう? って」
‥‥相変わらずトゲがあることばっか言いやがって。大体、お前にはもう関係ない事だろ。
「……つーか、お前こそ知ってるだろ。俺が二股かけられるほど器用じゃないのは」
「……」
なんでそんな風に一々、突っかかって来るんだろうな。別に何とも思ってないなら放っておいてくれれば……あー、もしかして……俺が三船さんを狙ってるとでも思ってんのか? 確か、会った時もそんなこと言ってたな。
昔別れた男と自分の仲の良い同僚が付き合うなんて気まず過ぎるもんな。
「安心しろよ。お前の友達に手を出す気はねーから」
前の女に未練がいまだに残ってるってのに、他の女に手を出す気にはなれない。
しかし、楓は表情を変えていない。むしろ「何言ってんだこいつ」みたいな目で俺を見ている。
が、やがて俺の考えていることを見抜いたのか、すぐに何の感情もない無表情に戻り、酒を一口飲みながら答えた。
「……私はそういう、樹くんの優しくて鈍い所が嫌いです」
「……は?」
え、違うの? と、思わず楓の方を見上げるが、楓はグラスの中の酒を一口で飲み干し、俺からを目を背ける。
どうやら、また俺は間違えてしまったようだ。やはり、人間って奴はよく分からない。だから、細かい目先の仕事は上手く行っても、人との付き合いは上手くいかないのだろう。
「……俺からも聞いて良いか」
「何ですか?」
「お前はなんで来たの? 新しい彼氏でも欲しかったのか?」
正直、これはここに来た時から気になっていた。
もし、彼氏が欲しいのだとしたら、俺もそろそろ本気で楓の事は忘れるようにしないと、胸の痛みが増していくだけだ。どんなに断ち切れない未練があっても、何処かで切らなければならないものだ。
しかし、楓は首を横に振った。
「いえ……私は、元々お断りするつもりで来たんです」
「そうなん?」
「はい。今は……アイドルの仕事が忙しいですし、それに」
そこで言葉を切って、楓は俺の顔を見た。頬は紅潮し、微妙に息は荒い。恐らく、それなりに酒が回ってきて酔っているのだろう。
顔だけはミステリアスな空気を纏っている楓が頬を赤らめているのは、それはもう色っぽいものだ。この女を諦めよう、なんて思うのがバカバカしく思えるほど。
桜餅のように柔らかい唇がゆっくりと開かれ、ニコリと柔らかい笑みで告げた。
「……
「……」
……こんな、こんなクソみたいな駄洒落を聞くために、俺は心臓を高鳴らせたのか……。
忘れちゃいけなかった。楓が綺麗な笑みを浮かべている時は、百パー下らない冗談が降って来る。もう二度とこんな阿呆にときめいてやるもんか。
「にへへ……いつきくん、いま……ときめきましたぁ?」
「……う〜ん……だいたい、はさまれるがわの身にもなっ……ぐぅ……」
……さて、こいつらどうしようか。
×××
とりあえず、川島さんに電話をした。楓のスマホを(勝手に)借りて、L○NE電話で三船さんを引き取ってもらった。ロックナンバーが昔と変わっていなかったのは幸いだった。
今日、あったことを話したら大体、察してくれた川島さんは快く承諾してくれて、今後、こういう事があった時のために、と連絡先まで交換してくれた。もう無いと思うが。
楓のマンションが大学時代と変わっていなかったのも助かった。楓が家の鍵を入れている場所は把握していた。学生時代はよく失くしていたから、俺が鞄に付けられるチェーンに繋いでやったのだ。
流石にそのチェーンは使われていなかったが、別のチェーンで繋いでいた辺りはちゃんとしてくれていたのだろう。
部屋の扉を開け、まずは楓をベッドの上に寝かせてやる。
「……ん〜……」
相変わらず寝顔はあどけない。子供みたいだ。俺もそれなり酔っているようで、楓の柔らかい髪に手を乗せた。
「……悪かったな」
なんか、今日は色々と。せっかく久しぶりに会えたのに、憎まれ口ばかり叩いてて。
ため息をついて、楓の部屋を出た。あまり長居したくない。鍵を閉めると、それをポストの中に入れてマンションを出て行った。