【連載版】BARナザリックへようこそ in 異世界カルテット   作:taisa01

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プロローグ

 それは体育祭も終わったある日の事。

 

 アインズは小さな公園のベンチに座り、やけに美しい夕焼けを見ながらこの異常な世界に来てからの事……正確には現実世界から今に至るまでのことを考えていた。

 

 元々は十年という歳月を費やして遊びつくしたユグドラシルというゲームのサービス最終日に、最後までログインしていた事に端を発した。

 

 サービス終了と同時に、ゲームの仮想空間から強制ログアウトされ現実世界に戻ると思っていたのだが、気が付けばゲームの続きのような状況に放り込まれてしまった。そこには、ユグドラシルのゲームで仲間達と作り上げたギルド施設があり、そして生み出したNPC達がまるで生きているように自律した存在として動き出していた。またギルドの外には出てみれば、環境汚染甚だしい現実世界と違い、美しい自然に囲まれた世界が広がっていた。なにより、自分自身が鈴木悟という人間の体ではなくオーバーロードの体、ゲームで使っていた骸骨姿のアバターそのものとなってしまったのだ。

 

 この世界を現実と分けて考えるため便宜上、一つ目の異世界と鈴木悟ことアインズは呼ぶこととした。

 

 その一つ目の異世界では、賊に襲われる辺境の村を救ったり、冒険者になったり、国家規模の陰謀に首をつっこんだりした。そしてNPC達の手を借り、これからの足場となる魔導国という国家の立ち上げまでこぎつけた。

 

 そんな矢先、二度目の異世界転移と思わしき現象に巻き込まれた。

 

 原因は謎のボタンを押した……と、同じようにこの世界に転移してきた者達は言っていた。私たちの世界でも誰かがそのボタンを不用意に押してしまったのだろうか? 確たる原因は不明だが、この二つ目の異世界は、自分達以外にも似た境遇の者たちが近くにいることが一つ目の異世界よりもマシなことだ。そして一つ目の異世界以上によくわからないのは、この箱庭のような世界で学園生活を送っているということだ。

 

 アインズはそこまで考えると大きなため息をつく。

 

「どうしたのかな? アインズ」

 

 そう声をかけてきたのは同じように公園のベンチに座る軍服を着た幼女、ターニャ・デグレチャフであった。

 

 美醜の点では、非の打ち所の無い美少女というか可愛らしい幼女なのだが、性格をあらわしたような釣り目と表情。なによりその口から発せられる口調が、その性格のキツさを如実に表している。なにより、ターニャも経緯こそ違うが自分と同じ異世界経験者。元は社会人の男性だったらしいが、存在Xという神を自称する者に、戦乱の世の中に孤児の女児へと転生させられたというのだ。その後生き残るために軍に飛び込み、部下と共にこの世界に迷い込んだ。そんな存在だ。

 

「ああ、この世界に来るまでの事を考えていたんですよ」

「なんだ。ため息などをつくから、てっきりこれを食べられないことに思うところがあったのかと思ったぞ」

 

 ターニャは彼女なりの冗談をいう。アインズもつられては視線を動かすと、そこには食べかけのタイ焼きが目に入った。しかしアインズは見た目通りのアンデッド。それも骸骨の姿であるため飲食ができない。飲食不要に睡眠不要。精神異常耐性など、個人的にはうれしい特徴を持っているのだが、飲み食いができないのは、やはり残念に思うことが多い。

 

「そうですね。私のいた時代の現実世界は荒廃していてまともな食事などありませんでしたが、前の異世界やこの世界の食事を見ていると、少々残念に感じることもありますね」

 

 特段真面目に考えていたわけではないので、ターニャの冗談に乗りながら雑談を続ける。アインズにとって、現実世界における食事とは生きるために必要な栄養素の摂取程度の感覚しかなかった。しかし異世界の食というもの知ってからは、食べてみたいという欲求はあった。

 

 しかし、骸骨の体はどうしようもない。

 

 そう。

 

 最初から諦めていた。

 

「このハチャメチャな異世界なら、なんとかなるのではないのか。あのアクアは……無理そうだが、複数の異世界が混じりあった世界なのだろう? ここは」

「そうですね」

 

 ターニャは冗談半分で口にする。もちろん自分や自分の部下達の能力でアインズに食事をとらせることなど不可能と理解している。しかし、可能性は0なのか? なんせ異世界の女神さえ同級生として紛れ込んでいる世界だ。なんらかの方法があるかもしれない。その程度の感覚で口に出したのだ。

 

「そういえばカズマに聞いたが、カズマたちのいる世界では、魔王を倒すことで神々からどんな願いでもかなえてくれるというじゃないか」

「死者蘇生から人格を持った転生まで可能な神々が、なんでも一つだけ望みを叶えるですか。どれほどのことができるんでしょうね?」

「正直いえば想像もつかん。あの存在Xを消滅させてくれまいか」

「神に神殺しを依頼ですか」

 

 ターニャは存在Xと呼称される自称神によってTS転生させられ、加えてその後の人生においてもたびたびもてあそばれているという。

 

 アインズもその辺の事情を聴いているからこそ苦笑いしながら答える。

 

「考え方を変えてみようか。たとえばだ。アインズはファンタジー系ゲームの能力を持っているのだから、願いを叶える系のマジックアイテムとか持っていないのか?」

 

 ターニャは子供のころ読んだ漫画で、宝玉を集めると願いを叶えてくれる龍が召喚できるという部分を何となく思い出しながら口にした。

 

「願いをかなえる……ですか。そういえば」

「あるのか?!」

 

 アインズはそういうと、己の指にはまっている指輪のことを思い出す。その行動に、ターニャも驚きの声を上げる。

 

「これはシューティングスターというものですが、これも願いを叶える系ですね」

「ほほ~。どんなアイテムなのだ?」

 

 ターニャは、アインズの言葉に驚きながらもめずらしく好奇心が刺激されつい食い気味に質問をしてしまう。

 

「元々、星に願いをという超位魔法がありまして、経験値ダウンというデメリットはあるものの複数の選択肢から好きな事象を選んで発動するというものでした。この指輪は、そのデメリット無しに加えて選択肢も多く有利な結果が出やすいという、私の世界でも最高位の課金アイテムと言われたものです」

「それは貴重なものなのだな。しかし課金アイテムか……」

 

 ターニャは課金アイテムというものに含むものはない。しかしその単語にアインズはひどく落ち込んだ声で答える。

 

「はい。ボーナスが吹き飛びました」

「そ……そうか。まあ、今はそれで問題が解決するかもしれないのだから、気を落とすことでは無いとおもう……ぞ?」

「そうですね」

 

 アインズのあんまりな告白に、さすがのターニャも冷や汗を流しながらたじろぐ。貴重な課金アイテムというあたりは、そんなのもあるのだろうと流すことができた。しかしボーナスが吹き飛ぶという単語は、ターニャの中の物差しでも、金額の大小はあれど、どれほど貴重なものか理解できてしまったため、若干語彙が怪しくなってしまった。

 

「とはいえ万能ではありません。ワールドアイテムの効果は打ち消せません。たとえば、この異世界転移がワールドアイテムによるものであったなら、元の世界への帰還という願いは無駄な発動ということになってしまいます。三回しか使えない貴重なアイテムです。知らずにワールドアイテムの効果を打ち消そうとして一回分消費してしまったので、無駄打ちはしたくはありませんね」

 

 アインズの示した条件を元に、ターニャは何ができそうかを考える。もちろん自分の欲望として、帰還の他に男に戻ることや、存在Xへの復讐というものもある。しかし、せっかくできた同郷の友人の貴重なアイテムを奪うようなことはしたくない。できるとしても、対価を支払うべきと考えていた。

 

「例え話だ。この世界に我々が集められたことが、そのワールドアイテムというものが原因であれば願いは叶わない。ならば、先ほどいったような食事をできる体というのはどうなのだ? 同じアンデッドでも種族が違えば、アインズのところのシャルティア君のように飲食可能となるのだろう? それに元々は君のところの所属であるパンドラズ・アクター先生だったか? 彼のような変身スキルならゲームシステムの範囲内で再現できるのではないか」

「おお、それならできそうですね。しかし将来的にもっと必要な事象が発生して、使わなければならないという可能性も」

「それはラストエリクサー症候群というやつだな。大事なものを浪費しろとは言わないが、アインズは私の目からみても疲れている。少しは自分の欲求のために使っても良いのでは?」

「そんなものですかね?」

「そんなものだ」

 

 アインズはシューティングスターを見ながらしばし考え込む。ターニャの言葉には一理ある。疲労とは無縁なスキルを持つアインズであるが、欲求という意味ではいろいろため込んでいたのだろう。最近ターニャを含む数名が同郷とわかったことで、望郷の念というのか、立場のしがらみというものが軽くなったような気がしていたからだ。

 

「そうですね。たまにはいいですよね」

 

 そういうとアインズは立ち上がり手を空にかざす。その指にはまったシューティングスターが煌めき、まるで陽炎のようなエフェクトともに魔法陣が幾重にも浮かびあがる。

 

「アイ・ウィッシュ」

 

 アインズの言葉に合わせて光が辺りを埋め尽くす。隣に座っているターニャもあまりのまぶしさに目を閉じ、さらに目を保護するように腕で隠す。

 

 しばらくすると効果エフェクトはおわったのだろう、周りはさきほどまでの夕暮れの公園にもどっていた。

 

「何も変わっていないな」

「そう……みたいですね」

「願いが阻害されたのか?」

「いえ、以前失敗した時は感覚でわかりました。そして今回はしっかり発動した手ごたえを感じました」

 

 アインズは以前シャルティアが洗脳された時、同じようにシューティングスターを利用した。しかしシャルティアの洗脳がワールドアイテムによるものであったため解除は失敗した。しかし、その時は発動したが失敗したという感覚があった。逆に今回はしっかり発動したという感覚が残っているのだが、自分の姿に変化はなかった。

 

 ターニャもまじまじとアインズの姿を見るが、先ほどのまでの骸骨姿と全く変わっていない。願いをかなえたら人間にでもなるのではないかと思っていたのだが、どうも違ったらしい。

 

「具体的になにを願ったのだ?」

「おいしい飲食ができるようになりたいと願ったんですけどね」

 

 それはそれで曖昧な願いだとターニャは考えたが口にするほど野暮でもなかった。しかし願いが叶ったということは、何かが変わった可能性がある。そう思って周りを見渡すと、一か所だけ景観が変わっていることに気が付いた。

 

「なあ、アインズ」

「はい」

「公園の入り口に先に店なんかあったか?」

 

 ターニャが指し示す先、公園の入り口から見える通りの向こう側。

 

――そこには洋風の飲食店らしき建物があった

 

 すくなくとも、ターニャもアインズも、そんな建物がそこにあったとはいままで一度も気が付いていなかった。しかし、これと似た感覚は過去にも経験していた。それは突然体育祭を言い出したロズワール先生から隣のクラスについて言及された時のことだ。それまで誰も隣のクラスの存在を知らなかったのに、ロズワール先生の言葉以降、突然存在を認識できるようになったのだ。

 

「では、あの店がアインズ君の願いを叶えてできたものであるならば、あそこならアインズも飲食できるということなのでは?」

「ははは。まさか」

 

 アインズも笑い飛ばすが、ターニャの言葉は正しいのではないかと。そう思い始めるとまるで正解と確信する自分に気が付く。

 

「いってみますか」

「だな」

 

 そういうとアインズはターニャを連れ立って、公園の前にできた店に足を向ける。

 

 外から見る限り木造二階建て。出入口となる扉には一枚のプレートが掲げられていた。それはアインズにとってなじみ深い紋章が焼き印され、その上に文字が書かれていた。

 

――BARナザリック 営業中

 

 アインズ・ウール・ゴウンの紋章にナザリックの名。自分に縁の深いものであることは容易に想像できたアインズは扉を押し開ける。カランカランとドアに取り付けた小さな鐘が鳴る。

 

 中はマホガニーと思われる年季の入った艶のあるバーカウンターに、四人掛けのテーブルが二セット。奥には小さなピアノと大きな壁掛けの時計が一つ。耳をすませば会話の邪魔にならないよう控えめに流れるJAZZが聞こえる。落ち着いた店内を彩るのは空間を仕切る様に置かれた数多くの鑑賞樹と、窓際に置かれたハーブのプランター。そしてカウンターの後ろにズラリとならべられたアルコールの瓶の数々。

 

「いらっしゃいませ」

 

 声が聞こえたカウンターに目を向ければ、年齢は三・四十代の男性だろうか? 落ち着いた物腰のため老齢の印象を受けるバーテンダーが一人佇んでいた。




本日中に第一話までアップ
とはいえ、そこまでは短編やコミケ96頒布版とほぼ一緒(若干加筆修正あり)です


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