最終話「 収拾 」
——''ヴィラン連合''
雄英高校一年A組を襲ったヴィランたちはそう名乗った。
曰く、夢を見せてくれる。
ヒーローが蔓延る秤のずれた世の中を改め、正しくヒーローとヴィランが敵対する時代を作る。優遇され過ぎたヒーローを間引くことで、日陰者となった彼らに陽の光を当てる。そして何より——混沌と秩序の崩壊を
そんな甘言で多くのヴィランを誘い、連合を結成しているのだという。
「リーダーの名は死柄木弔と参謀役に黒霧と呼ばれるワープ個性の男。たぶん、ジン君が雄英で会ったのもその二人だね?」
「ええ、間違いなく」
忘れることはない。
学級委員長を決めた日、俺はヒーローコスチュームについてサポート科に相談しに行っていた。その帰り道、学科棟が繋がる人気のない廊下で襲われたのだ。
「『崩壊』と『ワープゲート』。
こういうのも何だけど、もし鉢合わせたのがジン君じゃなかったら生徒の命が失われていた可能性が高い。以前雄英にマスコミが侵入する事件があったけど、それも死柄木の個性によるものだと判明したみたい。警備システムの一部が破壊されてショートしていたらしい」
そう説明してくれるのは——ドラグーンヒーローこと、龍子さんだ。
龍子さんは雄英に襲撃があったと知らされ、事務所から他プロヒーローが対処する中、外部からヴィランの増援が入ってこないように見張り役を空から行っていたようだ。結局大事無く、今はこうして雄英高校で事情聴取にかってくれている。
なお、他のクラスメイトは警察からの簡単な聴取だけ済むようだ。俺も塚内警部という人に聴取を受けた。では、なぜ俺が警察のあとプロヒーローからも聴取を受けているかというと———怪人・脳無についてだ。
「ヴィラン連合が脳無と呼んでいた怪人は君に拘束されて以降、行動を停止している。警察の精鋭部隊とエンデヴァーを中心にベストジーニスト、シンリンカムイ、ギャングオルカの護衛でタルタロスに送られることとなった」
「そうですか……」
行動停止、か。
正直、拘束後も暫くは脱出しようとしていたので信じ難いことではある。あのときの状況を思い返せば、脳無は自発的に行動することはなく、死柄木の命令を聞くだけだった。最後に命令されたのは『そいつを嬲り殺しにしろ』——つまり、俺の殺害だ。脳無がどういう状態を持って俺の死を判断するのかは分からないが、その後脳無が命令を聞く死柄木と接触していないのならば、その命令は継続されているのではないだろうか?
「心配かな?」
「正直に答えると」
だが、緑谷が考えた作戦をとったとき、黒霧の方が妙なことを言っていたのを思い出す。
『目の届かない場所に出しては行けない』。
単純にいえば、死柄木たちの庇護下の範疇でしか活動出来ない、もしくは目を離せば暴走してしまう可能性があるといったところなのだが……。
「あの場にいたジン君のクラスメイトから、物理攻撃が効かない可能性のあることは聞いているよ。直接ジン君の破壊力を知っている私も、たとえ学生だとしてもただのヴィランがジン君と戦って無事で済まないのは理解しているからね」
龍子さんは続ける。
「今回、エンデヴァーには
「分かりました…………ちなみにUSJはどうなるんですか?」
「? 詳しくは分からないけど、一先ず閉鎖で暫く授業には使われないだろうね。各種ゾーンは荒れ、天井には穴が空いている」
それだけヴィランの襲撃が苛烈だったということだ。ああ、違いない。
「少し現場保存して、それから修繕となれば一学期は難しい。早くとも使用は二学期からになるんじゃないかな」
とは言うものの、雄英は豊富な施設に富んでいる。USJは一、二を争う施設だろうが、似たような施設はあるはずだ。これからの救助訓練もそちらで行われるだろう。
「それで……どうだった?」
如何せん破壊活動を進めてしまったため、請求等来ないか心配していると龍子さんに尋ねられる。
「雄英がヴィランに襲撃されたと聞いて私も驚いてね。まさかあの雄英が、という時にまだ入学したての一年A組が巻き込まれたと追加情報だ。
ジン君の個性を把握してるとはいえ、心配で……」
「俺なら問題はありませんよ。この通り外傷も、精神的な面も含めて変わりはないです」
「……良かった」
「ただ」
「ただ——?」
「プロヒーローっていうものは、日頃から
脳無——。
あの存在は、俺にとって痛烈なものだった。それ一つだけで間違いなく脅威になる怪力、どれだけ傷を付けようが、肉が裂けようが一瞬の間に再生する回復力、さらにそこに痛覚遮断と衝撃吸収が加わるのだ。まるで、幼稚園児が最強の怪物を作り上げたかのような脅威的強さがあった。
龍子さんと個人的関わりがある俺だが、必要な時を除いてリューキュウとして関わろうとはしてこなかった。今でこそ雄英に入学して実践的アドバイスをもらうことはあるが、中学まではそんなことなかった。そのため、プロヒーローはテレビで見るばかりで、危険なヴィランとの戦いを直接見ることは叶わなかったのだ。
俺が直接知っているのは今回のヴィラン連合と、子供の頃誘拐された犯罪組織くらいだ。
脳無と戦っているときにも思ったが、さすがに日夜ああいうものと戦い続けるとなれば過労死する自信がある……主に周囲を巻き込んでしまわないよう、細心しなければならないことに。
わざわざヴィランは今日のように民間人がいないところで襲ってくれはしないのだ。
「そう……」
龍子さんは思うことがあったのか目を伏せた。
やはり、プロヒーローとして意義に繋がるこれは、自身で解き明かさなければならないことなのだろうか。
「ジン君」
机を挟んで腕を組み、瞑目していた龍子さんが顔を上げる。
「ヒーローっていうのは、憎まれ易い仕事なんだ」
目が合うと、初めて見るような強い瞳が印象付けられた。
「私の個性は『ドラゴン』。強力な個性だと自覚はあるし、何度も助けられて来ている。でも、それと同じくらいもっと強い個性が良かったって悩む時期もあった」
いつか、聞いたことがある。
「ヒーローの仕事は、世間では『ヴィランを倒すこと』って言われてるけど、本質はそうじゃなくて『ヴィランから人を守ること』だ。今名を上げているプロヒーローたちのように強力な個性を持っていればヴィランを倒せる機会が増える。つまり、誰かを守る機会も増えるだろう?」
「はい」
「だけど、誰かを守れる機会は時に誰かを守れなかった機会に変わってしまうことがある。そうなればヒーローは、実際に誰かを仇成したヴィラン以上に敵意を向けられてしまう。救助活動を主とするヒーローなんかは、きっとただヴィランと戦うヒーローよりそういうのが多いだろうね」
助けるという行動は、無責任な感情から始まる。助けられないかもしれない、助けられなかったという自身が背負う責任を考えずに誰かへ手を伸ばすのだ。
「私を含め、多くのヒーローは誰かに憎まれている。
『何で助けてくれなかったの』
『どうしていなかった』
『もっと早く来てくれていれば』
そういう言葉をかけられたこともある。
そんな人たちの前でヒーローはただ頭を下げることしか出来ないんだ。誰かを助ける機会があったにも関わらず、その誰かを助けられなかったんだからね」
現在でも、テレビでは公にヒーローに対してアンチ的な意見を述べている人がいる。公的な暴力装置、税金の無駄遣い、ヒーローがいるからヴィランが生まれるといった無責任な言葉までもが飛び交っている。今回の騒動もまた、マスコミによって世間に晒され、ヒーローの存在に対して疑問を抱く人々が生まれるだろう。
「——それでも。
それでも
ジン君。
君は今回、ヒーローになるために良い機会を得た。脳無という脅威からクラスメイトを助けたんだ。命をかけて誰かを助けるっていうのは、普通に生きていて経験出来ないからね」
「……」
「君のクラスメイトが言っていたよ——『ありがとう』って………………どう思う?」
「ど、どう思う?」
「うん。どう思った?」
「む……まあ、良かったと、嬉しい気持ちもありますが……」
「……そうか。
ジン君。本来ならば入学前に伝えておくべきことだったんだけど、今伝えておくね。
——君はヒーローになれる。
優しいから、じゃない。
誰かのために行動ができるからだ。ヒーローは優しさのみでは挫折してしまう。君は背負える強さも持っている。
入学試験のときの映像を、ちょっと、伝で、観せてもらったんだけど……んん、まあともかく。より、そうだと私は思ったよ」
ヒーローになれると言ってくれるのは嬉しいが、このままでは俺は過労死一直線になってしまう。そこだけは間違いなく避けなければならない部分だ。今日を経て、明日以降は龍子さんに市内での戦い方も教えてもらわなければならないだろう。
「ふぅ……さて、とりあえず脳無についてはそんな感じかな。殆ど雑談に近くなっちゃったけど、ジン君から聞きたいことはある?」
「相澤先生はどうなりましたか?」
「イレイザーヘッドさんか……見た目は重傷だけど上手く急所を外されていた。比較的治癒が早い場所ばかりが折れていたから、リカバリーガールに任せればすぐに復帰するはずだよ」
なるほど、さすがプロヒーローだ。個性が直接戦いに向かない人でも、技術や訓練次第では補えることも多いようだ。
聞きたかったことはそれだけだったので、あとは特にないと伝える。
「じゃあ、今日は終わり。両親には雄英から連絡が入ってるみたい、帰って元気な姿を見せてあげてね。
私は夜警があるからそろそろ寝とかないと……」
「大変ですね。頑張ってください」
「ああ。ジン君も今日は休んでくれ」
大して使わなかったが、机に広げられていたクラスメイトの聴取が書かれている書類を纏める。龍子さんがクリアファイルにしまい、席を立つとすぐに部屋を出た。
「私は向こうにいる警察に書類を渡してくる。念のため帰り道も注意して、気を付けて」
「わかりました」
左右で別れ、正門へと向かう廊下を歩く。
それにしても、中々濃い一日だった。入学してすぐにヴィランの襲撃など誰も予想しなかったことだろう。
肩を回してみるが、筋肉痛はない。
今後、人間形態と龍形態をどう活用するかも課題の一つだ。
「——ジン君!」
「……む、どうしました?」
振り返ると、先ほどの部屋から少し進んだ場所にいた龍子さんに呼ばれる。
「今回の騒動を経て、雄英は職員の増強を考えた。
その一人として、事務所の直接依頼がある日を除いて卒業生の私もアシスタント講師として
龍子さんは慣れない仕草で小さく手を振るとその場を立ち去った。
「…………」
何だかんだここ最近で一番驚いた気がする。
開いた口をわざわざ手の平で戻すと、俺は帰路へ着いた。
一、
鈍い灯が揺らめいてた。
幾つもの並んだワインやウィスキー、中には日本酒も少し見える。血のように赤いバーカウンターの前には椅子が四つ置かれており、その一つに血色の悪い青年が座っていた。彼の前にはこの部屋の主人であろう人物が制服を着てグラスを拭いている。
レンガの壁がレトロ調を醸し出している——ここは、件のヴィラン連合が根城にしているBARだった。
「——クソッ」
青年、死柄木が苛立つようにカウンターを殴った。
「手駒は失い、オールマイトも殺せなかった。適当な寄せ集めだったからともかく、脳無まで失ったのはでかい」
「せめて脳無は回収出来れば良かったのですが……」
未だ賛同者の少ないヴィラン連合にとって、オールマイトに匹敵する最大戦力の脳無を失ったのは大きい。離脱した後、死柄木たちには再び脳無の奪還を目的に急襲をかけることも出来たのだが、予想以上のプロヒーローに手を引いたのだ。
寄せ集めといえど、五十人以上いた無銘のヴィランたちは捕縛され、本来の目的であった『オールマイトの殺害』も寸たりとも為せず敗走した。事前情報があったにも関わらず、雄英生一人も殺すことの出来なかった、呆気ない結果である。
「それもこれも全部あいつのせいだ。あんな個性、プロヒーローにもいないぞ」
「黒曜石のような外殻に、ガラスと似た鋭棘。巨体を容易く持ち上げる両翼と脳無を押し切るだけの力……少々厄介ですね」
「クソッ……クソッ、クソッ!」
何度も首を掻く。
まるで幼児の癇癪だが、妙な不気味さがあった。見た目と合わぬ行動故か、それとも元来あるヴィランとしての素質なのだろうか。
「これじゃあ、オールマイトが本当に弱っていたのかも分からない。
なぁ、
視線を翻した先——カウンターの端には真っ黒なテレビ画面があった。
『……』
いや、凝視すれば真っ黒ではない。僅かに光とも言えぬ白さの中には一人の人間がいた。
「聞いてるのかよ、先生」
死柄木の声に、その者が反応する。
『ああ——すまない、弔。
些か面白い個性でね……そうか、彼相手では脳無が行動不能にされてしまうのも仕方ないかもしれない』
「はぁ——?」
一言——それだけで男は、凡百のヒーローを蹴落とす力があった。
ただの声音。
しかしそれだけで、死柄木を超えたナニかが内在していた。
『……なるほど』
画面の先で見ていたのは誰かが撮影していた今回の雄英襲撃の一部始終。脳無とある生徒の戦闘が流れていた。
『彼は『マダムサウザンド』の被害者の一人だった』
「『マダムサウザンド』!? ……あのアジア全域で活動するヴィランの?」
『そうは言っても、彼女が率いる組織のさらに末端組織でね。大規模誘拐組織が壊滅したと日本でも少し話題になったものだ』
黒霧は思わず、出てきた名前にグラスを落としそうになった。
『未成年で詳細の開示はされなかったが、誘拐先で個性が覚醒したという情報は僕の耳にも入ってきていた。まさか雄英にいたとは思わなかったけど……予想外の痛手を喰らったようだね、弔』
「…………あぁ」
『そう落ち込むことはないよ。今回の失敗は必ず次回の成功に繋がる。一先ず、雄英と実物のオールマイトは見れたんだ。
次、殺せば良い』
「分かってる——」
不貞腐れたような死柄木に男は喉を鳴らして笑った。それは決して教え子である死柄木に対してではなく、映像の中で脳無と取っ組み合う存在に対してである。
『——弔』
「……」
『彼を倒すのは君ではない』
「君ではない」——その言葉に、死柄木ね額に青筋が通った。細長い指が強く握り締められ、怒鳴るように口を開いた。
「どういうことだよッ! このままやられたまま黙っていろってことか!?」
『違う。彼を倒すのは弔ではないと言ったんだ。
君は僕の後継者——つまり、平和の象徴と対するヴィランだ。目的を見誤ってはいけない。君はこれから巨悪になるのだから、その道において彼を倒す必要はないと言ったんだ』
「では、あなたはアレが死柄木の障害になり得ないと?」
『そこまでは言わない。彼は間違いなく君たちの障害になるだろう。だが、それを討ち倒すのは弔じゃないんだ』
「それは……一体どういうこと……」
『強大な力を持つ者には僕とオールマイトの関係のように、相対する存在がいる。弔が相対するのは平和の象徴の後継者だ。だから僕は、その存在を引き摺り出すためにオールマイトの殺害を助言した。
彼にもきっと、そういう存在がいる。
——『マダムサウザンド』が海を越えて彼を狙っているのだから』
「なっ……!」
『まあ、彼女もこの国に僕がいることを知っている。今は迂闊に手出しをしてこないだろう。だが、僕がいなくなればこの国はさらにヴィランが跳梁跋扈する混沌の時代が訪れる。
良いかい、弔』
男は慈愛に満ちた様子で言った。
『そのとき——悪を率いるのは君だ。
今は敗けても良い。だが、忘れてはいけない。君が巨悪になるには時間と経験が必要だ。
大丈夫、僕がいる。
君が君の力を自覚するまで導いてあげよう。
————死柄木弔、君は立派なヴィランになれる』
ヴィラン連合と呼ばれる組織はこの日を以て更なる力をつけていくこととなる。死柄木弔を筆頭に、彼の思想に惹かれた者やヒーローの在り方に疑問を抱く者が集う。
今はまだ、その凶悪性に気付くものは男を除いて誰もいなかった。
——To Be Continued...?
『後書き』
リューキュウが可愛くて書きました。
リューキュウを嫁にしたいとかを超えてもはやリューキュウを産みたいです。はい。性別の壁を超えてやりますとも。
ちなみに、d-graymanのクロスマリアン元帥の能力とどっちにするか迷いました。
プロットが出来次第、続編が書ければ良いと思っております。
お読みいただきありがとうございます。
神の筍
『マダムサウザンド』
曰く、黒髪の貴婦人。
曰く、白髪の鮮血姫。
曰く、金髪の収集家。
など、真偽不明の正体で語られるアジア全域で活動するスーパーヴィラン。
目的はまったくの不明で、個性が生まれて少ししてからその存在が仄めかされている。いわゆる「渡世名」ではないかとされ、それ故に上記のような正体で語られるのではないかとされている。日本でも活動をしようしていたが、黒幕と言われる大物ヴィランがいることにより断念。ここ数十年はオールマイトの存在もあり、彼女を崇拝する組織の末端中の末端しか活動していない。