学級委員を決めた日の昼休憩。
いつもならば梅雨ちゃんか葉隠あたりと昼食を食べていたが、今日は違う。前回『ヒーロー基礎学』で使った外套の調整をすべくサポート科へと寄っていたのだ。特に不自由はなかったため、何かあったときは報告してくれと白紙をもらった。
そして、A組へと戻ろうとしたときそれは起こった。
「警報……?」
甲高く鳴る警報、この音は入学説明会で校長が説明していた雄英高校の敷地内に侵入者がいるときの音だ。
あたりを見渡してみるが、サポート科の校舎とヒーロー科、普通科が併設する校舎のちょうど中間からか人の姿が見えない。何があったのか把握するため、とりあえず外に出ようと足を進めると——
「——ああ、まったく。煩わしくなる。
本当ならば今すぐ殺したいけど、ここで暴れれば計画が台無しになる」
「今はまだ潜むときです。死柄木弔、やがてあなたの名前を知らしめるそのときまで」
「わかってる。くそっ、ヒーローの卵どもが……」
……どうしようか。
制服を着ていない点で怪しいのは間違いないが、こちらが気付かれていないならば離れるのが得策かもしれない。しかし、無闇に動いてばれる可能性もある。というか、一直線の廊下先に現れたのだから見つかることは逃れられない。
「——おや、人気のない場所に飛んだつもりが生徒が一人」
「あぁ?」
……。
「どうしますか、死柄木弔」
「見られたなら仕方ないだろ、殺すぞ」
「了解」
一歩。
猫背で不摂生などと考えていたがそれは野暮で、約二〇メートルの距離を一息で埋めてきた。低い姿勢から腕が伸ばされ、そのまま俺の腕が掴まれる。
「——崩れて死ね」
制服が、そして皮膚が崩壊していく。薄気味悪い笑顔を浮かべる
感覚が無くなっていく右腕に驚きを————否。表情を変えることなく握ってくる腕を握り返し、そのまま腹へ雑に蹴りを入れる。
「はっ——ぁ?」
「弔!」
黒い靄へと飛ばされたヴィランは二、三度転がって悪態をつく。
「腕が崩れてるのに何でそんな反応なんだよッ!」
「再生していく——自己治癒系の個性ですか!」
俺の個性は簡単にいえば『龍へ変化する』。厳密に違うのだが、対外的にはそう説明している。強力なのは龍に変化することだけではなく、その恩恵。
——圧倒的な破壊力と、凄まじい再生力である。
元々龍鱗が硬い俺は生半可な打撃や切撃は通らないが、今のように根本的な生体組織へ影響与える個性ならばダメージを受ける。しかし、手のひらサイズの崩壊ならば、元の体積で考えたとき——微風に等しい。
「何だよ……強個性かよ……しかもあの蹴り、ただの威力じゃなかった。増強型も入った複合型か……?」
「引きましょう。もうすぐ見回りのプロヒーローが来ます」
「ッチ、覚えとけよお前。時が来たら——必ず殺してやる」
ヴィランはそう言うと黒い靄へと包まれる。幾つもの付けた掌の指間から、睨めつけた赤い瞳と目が合う。やがてそれも見えなくなると、黒い靄も含めて消えていた。
「殺してやる、か……」
ヴィランの憎悪、黒い靄の個性、雄英への侵入——整理すべきものはあるが、とりあえず今は向かいから走ってくる『ミッドナイト』にどう説明するかを考えていた。
一、
「——今日はこれくらいね。もし他に何かあったら担任の先生か私にでも良いからすぐに言ってね?」
「はい。では、ありがとうございます」
一時間ほどしてようやく解放された。授業は中断され、システム点検と称して生徒は途中帰宅となった。再生したとはいえ身体の不調をリカバリー・ガールに検査してもらい、その後問題はなかったので指導室で事の顛末をミッドナイト先生に話した。こちらが何事もなかったような様子に、ミッドナイトは悪戯顔を浮かべて「怖かったわね、もう大丈夫よ」と抱き締めてきたのでしっかり堪能しておいた。もはや全身で味わい高かったので座った状態から立ち上がったほどだ。薄いヒーローコスチュームなためしっとりした体温が伝わってきて心地良かった……と、反芻していると頬がぺちんと叩かれた。
「今のジンちゃん、峰田ちゃんと同じ気配を感じたわ」
「梅雨ちゃん——と飯田もか」
「ああ。君が
鼻息が聞こえるほど気迫を出して言った飯田はやる気に溢れていた。
「緑谷ちゃん、さっきの騒動で慌てた生徒たちに指示する飯田ちゃんを見て委員長を譲ったのよ。
クラスのみんなもそれを聞いて……爆豪ちゃんは別だったけど受け入れていたわ、けろ」
「なるほど……頑張ってくれ、飯田。迷惑をかけるときもあるだろうが、クラスメイトとして力を貸せるときは力になろう」
「ありがとう、龍滅木君!
…………では俺は失礼する。龍滅木君の安否も確認できたし、相澤先生に呼ばれているからな!」
決して走らず、競歩のような姿勢で飯田は歩き去って行った。何というか慌ただしいが、責任に押し潰されることがないように願うばかりである。
「ジンちゃん」
「どうした」
「制服が着ていたものと違う気がするのだけれど……勘違いかしら?」
「そうか——? 一緒だと思うが……昨晩アイロン掛けをしたからな。もしかするとそのせいかもしれない」
「そう……そういうことなら、良いんだけど……」
二、
梅雨ちゃん駅まで送った帰り道、何気なく寄った土手で真っ赤に燃える夕日を見ていた。
干渉に浸っているわけでも、悩みがあるわけでもない。本当にただ何となく、静かなその場所に誘われたのだ。
風が吹き、春に咲く小さな花弁が舞った。
砂や砂利が擦れる音が聞こえると、誰もいなかった世界の背後に微かな吐息が聞こえる。
「——その制服、雄英高校だな」
嗄れた、鉄を軋ませたような声だった。
「ああ、そうだが……なにか用か」
「最近の若者は歳上への言葉遣いもなっていないようだ——しかしそんなことはどうでも良い、お前はヒーロー科か?」
声を出すことなく、懐から生徒手帳を取り出す。表紙には名前と属している科が書かれている——同時に、首元へ鈍い色を放つ刃が添えられた。
「プロヒーローに真贋を問うことは、もう意味がないと理解した。ハァ〜〜……ならば、次はその卵へと問う。
お前は——どのような理由でヒーローになる」
「ヒーローになる」、か。
思えば、初めて聞かれた質問かもしれない。中学の教師も、雄英の授業でも、龍子さんからも、なぜヒーローになるのかを聞かれることはなかった。ヒーローが到達点で、強いていうならばヒーローになるためにヒーローになる。そうすれば将来は安泰であり、危険さを除けば両親も安心させることができる。
ただ、それだけだ。
俺は、俺が考えていることは——、
——ヒーローになることじゃない。
自身の本質は、バランスメイカー。
偶々大勢を見通せる合法的な地位にヒーローがあっただけなのではないか。
今はただ、その問題を未来の俺に後回しするだけなのだから。
故に、男——
「——今、探しているところだ」
「…………」
沈黙が辺りを包む。
それに呼応するかのように夕陽が沈み、暗闇が訪れた。今の時期には似付かないほどの風が吹いたとき、ヒーロー殺しは口を開いた。
「その答え、お前がただの阿呆なのか将来輝石へと変貌するのか。
——覚えておけ、ヒーローの卵。
ヒーローもヴィランも飽和した今の時代、俺のように真のヒーローを求めて行動する者がいることを。忘れるな、俺のような存在は常に——ヒーローの影にいる」
第六話「 リューキュウ 」
濃い一日だった。
それほどまでに詰め込まれた出来事。思わずため息が増えるのも仕方ない。誰も知らない土手での時間、暗くなってきたので真っ直ぐ家へ帰ることにした。
刃を当てられていた肩口を触るとざらついた感触……これは制服が切られたか? ほとほと今日は制服の運が悪い。帰って母親に適当な理由をつけて直してもらおう。
そんなことを考えていると、右肩を押さえていたのとは逆——左肩に手が置かれた。
「今度は一体……——って」
「や、やぁ。偶然こちらの地区に来る用事があって……折角だから寄ったんだ」
横にいたのは掌が大量に飾られたヴィラン……でもなく、黒い靄……でもなく、ヒーロー殺し……でもなく、五年前から気を掛けてくれている——龍子さんだった。
「龍子さん、こんばんは」
「こんばんは、ジン君。こんな時間に外いたら駄目だろう」
可笑しそうに龍子さんは笑った。
「いえ、まあ、何というか色々ありまして……とりあえず家に来ますか?」
「あ、うん。じゃあ、お世話になろうかな。でも迷惑じゃない?」
「母も言えばわかってくれるので大丈夫ですよ」
父は今、海外出張中だ。貿易商の自称下っ端なのでいつもどこかしら海外へ飛んでいる。今回はたしかヨーロッパの方だったはず……。
「お土産、持ってこれば良かった」
「気にしないでください。別に俺も母もそれを望んで歓迎しているわけじゃないですから」
「いやぁ、私の良心がね……」
目尻を緩めて苦笑いする龍子さんの姿は、いつものヒーローコスチュームではない。本人は荷が勝ちすぎると言っていたが、ヒーローランキングトップ10に並ぶのは事実。そのため、黒いスーツとズボン、目立たないような格好をしていた。しかし、元の素材が良いせいか金髪も相まって逆に目立つような気がする。ヒーロー活動の賜物か、気配を抑えているようだ。
「まあでも、ジン君と会うのは久しぶりだから嬉しいよ」
「俺も、嬉しいですよ」
なにはともあれ、今夜は龍子さんが家に来ることが決まった。
結局、家に帰って互いの最近を話し合った落ち着いた空気は日付けが変わる頃まで続いた。そんな時間にプロヒーローといえど帰宅させるわけにはいかず、母の説得もあって我が家に宿泊することとなった。
制服を脱いで部屋に掛けたとき、顔を近づけ「……香水の匂い」がすると言った龍子さんに対し今日一の驚きから心臓が速くなったのは言うまでもない。