「——ぁ」
大きく欠伸をしてしまった。
「珍しいわね、ジン君が気を抜いた様子を見せるのは」
「ああ、悪い。昨日は寝るのが遅くてな……」
そんな間抜けな姿を正面に座る梅雨ちゃんに見られていた。
窓から差し込む太陽、騒がしいが心地よいクラスメイトの喧騒、そして山間部を走るバスの揺れ。特別静かなところでなければ寝られない、なんてことはない寝不足の俺にとって睡魔に襲われるのは時間の問題だ。
「ケケケ、わかるぜぇ同士よ。入学式から二週間、抑えていたリビドーが溢れるのも時間の問題だよなぁ。特に雄英は生徒と教師ともにレベルが高い! 徹夜で励んじまうのもしゃーねぇ……俺も最近は毎晩毎晩……」
「ほい」
「ぎゃぁぁぁぁああ!!」
俺の右にある進行方向を向いた席へ座っていた峰田は、同じくその後ろに座っていた耳郎によって粛清された。
「お前と一緒にするな、峰田」
「くっ……オレは諦めねえぜ龍滅木よぉ。お前がいつかこっちの世界に来てくれると信じてオレぁ…………——いやまさかテメェ! まさか女か! 女がいやがるのかぁ!」
くたばっていたはずの峰田は目を光らせて唸った。
まったく、妙なところで勘が鋭い。
龍子さんのことを話すわけもいかず、なんとか峰田の追及を交わし、それとなく聞いてくる梅雨ちゃんも誤魔化した。芦戸も葉隠も乗ってこようとしたが出鼻を挫くことで次の話題へと移った。
曰く、緑谷の個性はオールマイトに似ている。
それはただパワーと、リスペクトから来る緑谷の掛け声がオールマイトと同じアメリカの州を模したものだからなのだが、あそこまで威力のある増強型は珍しいのでたしかに似ているといえる。
「まあ、オールマイトは怪我しないから似て非なるあれだな」
「けろ」
「はぁ……」
「しっかし、シンプルな増強型は戦いに派手さが出るから良いよな。俺の個性は発動型の『硬化』、ちっと地味なんだよなぁ」
「おいおい、そんなこと言ったら俺なんか肘からセロテープだぞ」
後ろで聞いていた瀬呂が茶化すように言った。
「でもよ、最近はヒーローも人気商売みたいなとこがあるからやっぱ羨ましいぜ」
片腕に効果を発動させながら切島に大きな変化はない。人気を求めるならば、緑谷のように豪快な戦いができるほうが良いかもしれない。
「僕はすごいかっこいいと思うよ。プロでも十分通用する個性だよ!」
「ははっ、ありがとな。
それにしても、やっぱ派手さといえば轟に爆豪。龍滅木なんか群を抜いてあるよな!」
「轟ちゃんとジンちゃんはともかく、爆豪ちゃんは人気でなさそう」
「んだとゴラッ、出すわ!」
「ほら」
「この付き合いの浅さでクソを下水で煮込んだような性格って認識されてるってすげぇな」
「てめぇのボキャブラリーはなんだコラ殺すぞ!!」
上鳴の油が投下されるとさらに車内は盛り上がる。
個性は派手なほうが目立って良いという意見が多く、そこから今活躍しているトップヒーローで特にかっこいいものを話し合っていた。ヒーロー知識には一線を画した饒舌な緑谷が印象深く、その話は相澤先生がもうすぐ到着だと合図するまで続いたのであった。
一、
『レスキュー訓練』。
それがここ、相澤先生に連れられて入った施設で行う課外訓練だ。ドーム状の内部はかなり広く、グラウンドβに匹敵する規模である。
俺たちは、入ってすぐの場所に集まっていた。
「——災害には種類があります。火災、津波、土砂崩れ、山火事果ては人災。そのあらゆる事故に対応できるように僕が造った……『
「まじでUSJかよ!」
「大丈夫なのか!?」
そして出てきたのはレスキュー訓練担当であるスペースヒーロー『13号』。救助活動を中心とし、強力な個性『ブラックホール』で数多くの人を救ってきたヒーロー。宇宙服のような見た目から子供から大人まで大人気である。
「さて、訓練に始まる前にお小言が一つ二つ三つ四つ……」
数に合わせて指を立てていく13号が語ったのは、俺たちの個性が誰かを傷つけることもあるということ。今では救助ヒーローとして活躍する13号だが、ここまで来るのに何度も自身の個性で周囲の人間に迷惑をかけてしまった。強力な個性だから良い、わけではない。強力な個性であるが故に、誰かに向けてしまったときその被害は大きく、責任が伴う。だからこそ今、雄英で学ぶときにできるだけそれを減らす努力をする。
「忘れてはいけません。個性は——誰かを傷付けるために存在しているのではなく、誰かを守るために存在しているということ。このレスキュー訓練では誰かを守るという尊さを感じていただけると幸いです。
ご清聴、ありがとうございました」
強力だから責任が生じる。
力があるから、己の行動に意味を見出さなければならない。昔見たアメコミの映画に、似たようなことを言った登場人物がいたのを思い出した。そのリアルな感覚を、13号は体験談も含めて話してくれた。感極まった数人は自然に出た拍手を持って13号を讃えている。
「話は終わったようだな」
「ええ、相澤先生」
「うし、ほんじゃまずは——」
いつものように気怠そうに相澤先生が指をさしたとき、ドームに沿った電灯が過剰に点滅する。中心にある噴水の調子が悪くなったのか水の出が悪くなり、そして——空間が歪んだ。
いち早く気付いたのは相澤先生だった。
「——一塊りになって動くな! 13号、生徒を守れ!」
歪み、いつか見た黒い靄が広がっていく。
そうか、あのとき話していた
靄はワープゲートのようで、異形型を中心に一人、二人と現れる。
「なんだアレ。また入試のときみたいにもう始まってるパターンか?」
「——動くな!」
「……っ」
相澤先生は踏み出そうとした緑谷を叱責してゴーグルをかける。見たことがないほど真剣な瞳にクラスメイトは少し怯えたような表情を見せる。
「あれは——」
あの日、俺の腕を崩した男が最後に出てきた。隣には一際体躯の頑強なものもおり、戦力は十分といった雰囲気を感じる。
「————ヴィランだ」
プロのヒーローがなにと戦っているのか? なにと向き合っているのか? それは——途方も無い悪意。
A組は今、それを一瞬で見せつけられた。
二、
三十人以上いるヴィランの中へ相澤先生は走っていく。それはヴィランの出鼻を挫き、不安になっている生徒に僅かでも希望を示すための行動。それを無駄にしないためにも、俺たちがすべきは早急な避難だ。
13号を先頭に入り口へ向かうとき、目の前にあの黒い靄が現れた。
「——こんにちは、雄英高校の生徒たち。
我々はヴィラン連合と申します。本日はあなたたちの教師である平和の象徴オールマイトに息絶えていただくためにお邪魔しました」
いやに丁寧に、不気味さを加速する。
「しかし、どうやら今日は変更があった様子。そのため、我々も予定を変更してオールマイトを呼ぶために君たちを擦り潰し、殺すことにしまし——」
「——その前にぶっ飛ばされると思わなかったのか、クソがッ!」
「——先手必勝、おらぁ!」
咄嗟の判断で爆豪と切島が仕掛けるが、靄に覆われた身体に被害はない。クラスでも上位の実力を持つ二人を前に無傷のヴィランを見て、さらに動揺が走るのを感じた。
「私の役目は、あなたたちを散らし、嬲り殺しにすること……!」
激しく靄が広がっていく。
直前、隣にいた飯田と砂藤、飯田が助けようとしていた他三人も含めて雑に突き飛ばした。
やがて靄が晴れた先には、数多の樹々が生える森林ゾーンがヴィランとともに待ち構えていた。
第七話「 ヴィラン 」
「お、獲物が来たぜ」
「っち、一人かよ……」
「可愛い女の子でも来てくれれば良かったのによォ!」
卑劣な笑みを浮かべる姿はまさにヴィラン。自身の有理を絶対的に信じている。ヴィランの言うようにこの場にはクラスメイトはいない。
ならば、
「——悪いが、こちらも容赦はしない。強引に通らせてもらうぞ」
悉くを殲ぼす。
彼が通ったあとは、すべてが更地へ還る。なぜならそれが——滅尽龍なのだから。