——竜巻、嵐、砂塵。
世に言う暴風を表した災害名はあれど、ヴィランを襲う災害を表す名はなく、彼らは激しい痛みと苦しみをもって地面へと伏せる。
自分たちは今、なにと対峙しているのか。
死傷者は出ていない。
しかし、それでも息絶え絶えで立ち上がることを不可能とさせた。黒色の棘で地面へ縫われた者もおり、現実を直視した比較的外傷が少ないヴィランは自ら頭を伏せて過ぎ去るのを待った。
樹々の影に隠れようとも——意味がない。
岩の隙間に逃れようとも——意味がない。
翼を広げ飛び去ろうとも——意味がない。
————蹂躙
樹々へ隠れたものは、樹々ごと突進で吹き飛ばされ。
岩へ逃れたものは、岩ごと押し潰され。
空へ飛んだものは、それ以上の速さと力を持って墜落せしめた。
ただ己の快楽のために唆されたヴィランたちは内心、口々に文句を叫ぶ。
——「こんなものがいるとは、聞いていない」
と。
一、
森林ゾーンに飛ばされた俺は、早々にヴィランたちを伸して他のクラスメイトのことを考えた。俺が森林ゾーンに飛ばされたように、他のクラスメイトも飛ばされた可能性がある。仮にヴィラン連合と名乗った者たちがこちらの個性を把握していた場合、相性の悪いゾーンに飛ばされたクラスメイトはどうなるか——?
そう考えたとき、俺は真っ先に森林ゾーンに併設されていた、火災ゾーンへと走る。
13号の説明によれば、火災とは人の営みに一番近い災害でありながら、一番危険なものであると。火、煙、両方が被害者を蝕んで拷問のように殺していく。それを忠実に、しかし安全に再現するべく火災ゾーンは小さなドームに囲まれた密室になっている。ヴィラン連合が現れた瞬間、電気の異常や噴水の調子が悪くなった。ならば、換気系統に異常があってもおかしくはない。
火災ゾーンはやはり扉が閉められており、中の様子は窺えない。あとで言われるかもしれないが、背に腹は変えられない。
後脚を蹴り、大角を前に出す。
丈夫な合金は飛んできた巨体をもって易く人が余裕で通れるほどの穴が空いた。
周りを見渡す、ヴィランはいない。
中央のほうから戦闘音が聞こえてくるため、そちらで戦っているのか。再び地を蹴って翼をはためかせた。
「——俺一人って、本当についてないな!」
「クソ餓鬼が! 舐めんなッ」
一際瓦礫が崩れていたところで戦っているのは尾白だった。今の言葉が本当ならば、ここには尾白のみ……黒煙に紛れ、一度旋回する。あたりを見渡してみるがたしかに誰もいない。
翼を広げて宙に風を掻く。グライダーのように滑空すると斜めから尾白目掛けて落ちていく。
「——なんだアレ!?」
異形型の、一軒家くらいの大きさを持つヴィランをかわぎりに俺の存在が見つかった。
だが、問題はない。
ヒットアンドアウェイを基に、ヴィランを蹴って浮いた尾白を掴み上げる。
「——龍滅木君!?」
胸に持っていき、羽を折り畳むように移動させる。そして、そのまま地面に激突してヴィランを巻き込んで転がっていった。
「痛——ッ!」
「逃げ……」
「仲間じゃねえのかよ……」
一部ヴィランに勘違いされているようだが、そんなわけない。
抱いた尾白の様子を見て、問題がなかったので地面へと下す。残りのヴィランは十数人といったところか。
「……なかなか刺激的なコースターだった……次からは言ってくれると嬉しいよ」
意思疎通は取りたいが、現在の俺は喉の機能も変わっているため人の言葉が話せない。龍子さんはどういう原理か話せるのだがこれに関しては練習どうこうのレベルじゃなかったので何とか唸り声で謝った。
「話せないみたいだね——でも、わかった。龍滅木君のおかげで少なくなったけど、しぶといヴィランもいるようだ」
そう言って尾白の視線の先にいたのは、瓦礫から突き出した鉄柱に触れて怪我が治癒していく男と、火の玉の形をした異形型のヴィランたち。特に二人目は厄介そうであるが、中心に核のようなものが浮いているのでアレに攻撃すれば倒れるはず。
尾白の空手着の首元を爪先で引っ張った。破れたらすまん。
手伝ってもらう必要はない。ここは元々崩壊しており、周りに気遣う必要は皆無。それに、火災ゾーンに長くいたせいか尾白に発汗はなくこれ以上無理をすれば酸素不足から気絶し、後遺症が残る可能性もある。
地面を尻尾でひと叩きし、入ってきたときに開けた入り口を指す。一瞬悩んだ素振りを見せた尾白だが、すぐに背を向けた。
「ありがとう——またあとで!」
白兵戦が得意な尾白がいれば、広場に残されたクラスメイトの力になるはずだ。
こちらを警戒して微動だにしないヴィランを前に——俺は咆哮を上げた。
二、
《倒壊ゾーン》
「——爆豪、後ろ!」
「わかってるわ! おらぁッ!!」
ビル群が崩壊し、瓦礫に包まれている街並みを再現した倒壊ゾーン。
そこに飛ばされたのはA組の中でもトップの実力を持つ『爆破』爆豪勝己と『硬化』切島鋭児郎。ひび割れた室内でヴィランに囲まれた二人だったが、限りなく爆破を調整した爆豪と狭い場所でも近接格闘ができる切島は特に問題なくヴィランの数を減らしていく。
「っち、学生じゃねえのかよ!」
「るっせーわ!」
殴ると同時に爆破して、ヴィランを気絶させる。一通り制圧すると切島は爆豪に寄った。
「爆豪、このままみんなを助けに行くぞ!」
「命令すんな。俺はあの黒靄野郎をぶっ飛ばさねえと気に食わねえ」
「でもよ——」
「どうせ俺たちに差し向けられてきたのは三流のクソヴィランども。あいつも大したことねえよ」
「……わかった——俺も乗った! あいつをぶちのめしに行こう!」
《土砂ゾーン》
山の災害を予想された土砂ゾーン。
岩場と固まった泥の坂道になっているはずのそこは、場違いな凍りで彩られてた。
「――子供一人に情けねえな。しっかりしろよ、大人だろ」
轟焦凍。個性『半冷半熱』。
彼の個性によってヴィランは凍漬けにされていた。
「……ばればれなんだよ」
死角からの一撃。
轟は余裕をもって避け、目の前から突っ込んでくるヴィランを凍らせた。そのまま槍を掴んでまとめて凍らせる。
「さて。お前らの目的、聞かせてもらおうか——」
「へっくしゅ……轟君マジ強いよ……」
轟は気付いていないが、葉隠の二人だった。
《山岳ゾーン》
「耳郎さん、これをお使いください」
「ありがと、ヤオモモ」
耳郎は八百万が想像した剣を貰う。
「ちょ、オレのぶんは!?」
「あんたは電気出せるんでしょ!」
山での事故を想定とした山岳ゾーンでは『創造』八百万百、『帯電』上鳴電気、『イヤホンジャック』耳郎響香の三人がヴィランに応戦していた。
「その首ねじ切ってやるわ!」
「っち、うっとうしいっ」
耳郎は八百万からもらった剣で攻撃を受け止め、イヤホンジャックを刺して爆音で衝撃波を流す。
「いぎっ!」
「この人数、埒があきませんわ」
八百万は体術と個性を使って一人一人倒していくが、ヴィランはまだまだ多い。山岳に適したヴィランなのか、身体が岩のような個性を持つ者もいて攻撃が通りにくい。
「上鳴、あんた電気で一掃とかできないの?」
「オレはあくまでも帯電と、自分の身体に電気をまとわせることくらいしかできねえよ! 放電したとしても操れねえからお前らにも喰らわしちまう!」
「なんだよそれ。……てかあんた電気出せるならそのまま突っ込んでこいやぁ!」
「ちょっ!? ダメだって!」
耳郎に腰を蹴られた上鳴はそのまま大柄のヴィランに当たってします。
「あああぁぁああぁ!!!」
が、功を成してそのまま電気が流れて気を失った。
「お、まさか今のオレ強い!?
——お前ら! どんどんオレのこと頼っていいからな!」
「バカだ……」
「上鳴さん……」
《海難ゾーン》
緑谷が放り出されたのは海の災害をモデルにした海難ゾーンだった。空中を漂い、衝撃とともに水に入った緑谷だが思わぬ事態から上がれないでいる。水面を目指していたとき、視界の端に高速で此方に向かってくる影が見えた。
「一人目、いっただきぃ〜!」
魚顔のしたヴィランが鋭い歯を見せて迫ってくる。避けている暇はなく、なんとか迎撃しようとしたところに『蛙』の個性を持つ蛙吹が現れた。
「……
「無理しなくていいわ、緑谷ちゃん」
蛙吹はそのままの勢いで舌を伸ばし緑谷に巻きつける。水面へ一気に上がるとエンジンのない船へと跳んだ。
「ごほっ——……はぁはぁ。ありがとう、蛙吹さん」
「梅雨ちゃんと呼んで。助けるのは当たり前よ。それと、峰田ちゃんもいるわ」
気管に入った水を吐きながら顔を上げると、今にも泣きそうな峰田がいた。震えながらも警戒しているのか、彼より高い壁の先に慌ただしく視線やってもぎもぎを握っている。
「大丈夫かよ緑谷? 怪我はねぇか!」
「うん。少し水が入っただけだから」
三人は運転席と思われる部屋に移動すると、ひとまず気を落ち着かせる。この船の強度がどれくらいかはわからないが、レスキュー訓練で何度も使用されるならば耐久力は並以上あるはず。壁として稼げる時間は僅かだが、そのあとは自分たちで対処しなければならない。
「とりあえず整理しよう。
ここは海難ゾーンで、水のど真ん中。蛙吹さんはともかく僕と峰田君が外に出たら格好の餌食になる。この船もどれくらい持つか、ヴィランも待ってくれるかわからない。蛙吹さん、外にどれくらいのヴィランがいたかわかる?」
「そうね……二人を助けたときに見た程度だけど、ざっと十五人はいたかしら」
「僕を襲ったヴィランは魚の顔をした異形型だった。他のヴィランたちも……」
「ええ。みんな水中で素早く動いていたわ」
それを聞いた緑谷は考える。
この状況を打破する方法を。生存は間違いなく三人で、相手は仮想ヴィランなどではなく本物の悪。一人でも捕まれば確実に殺される。相手が水中に適したヴィランであるならば、このまま助けを待つのがどれだけ危ない賭けなのかは明白だ。
——結果は一つ、三人で助かること。
おそらく他のゾーンに飛ばされたクラスメイトも最初の広場を目指している。なにもヴィラン全員を倒さなければならないわけではない。行動不能か、三人が逃げきれば勝ちなのだ。
ここにいる戦力は、個性を使えば負傷する緑谷、水中でも問題なく動ける蛙吹、そして身動きを封じる峰田の三人。
信頼を委ねてくれる蛙吹と、不安そうに見つめてくる峰田を見て緑谷はいくつもの作戦を考えては白紙に戻す。
僕が二人を持って飛ぶか——それは無理だ。完全に動けなくなった僕はそのあと足手纏いになる。
蛙吹さんに引っ張ってもらうか——それも無理だ。確実に追いつかれる。
峰田君に行動を阻害してもらうか——駄目だ。さっき浮いていたもぎもぎにヴィランは警戒して近付かなかった。
一人では無理だ。二人でも足りない。三人なら——。
「僕の個性……蛙吹さんの機動性……峰田君のもぎもぎ……」
緑谷は雄英で過ごしてきたことを思い返す。
「お、おい。緑谷……?」
小さい頃からヒーローになるために書き綴ったノートがある。テレビ、インターネット、街で活躍するヒーローの姿。一人ひとりを丁寧に、研究と名したヒーローノート。その中にはもちろん、ヒーローの能力や技も書いている。それが、実を結んだ。
「——蛙吹さん、峰田君」
「なにか思い付いたのね」
「大丈夫かよ……」
緑谷は作戦を伝える。
三人ならば、この状況を打開できる方法がある——。
第八話「 悪意 」
「全然出てこねえな」
「しょうがねえ、俺たちから行くぞ!」
「待て、先に船を破壊する」
緑谷たちが逃げ込んだ船の外で待っていたヴィランたちは、なかなか出てこない三人に痺れを切らしていた。有象無象とはいえヒーローを相手にしていた者たちだ、相手の動きを待つつもりだったが遂に動き始めた。
高圧水流を噴射できる半魚人のヴィランが口を開いたとき、中から声が聞こえた。
「——今だ、二人とも!」
「了解、ケロ!」
「絶対成功させろよな!」
声とともに飛び出してきたのは緑谷一人。指をかけ、大きく跳んで水面を狙う。
「何のつもりだ——」
「——
「あいつを狙え! なにかする気だぞッ!」
「
緑谷の指からとてつもない風圧が巻き起こる。やがてそれは水中へと到達し、ヴィランたちを巻き込んで渦と化した。
「なんだこれ!?」
「逃げろ!」
「……梅雨ちゃん!」
「——ケロ。やっと呼んでくれたわね、緑谷ちゃん!」
宙に浮いた緑谷を跳び出すとともに舌を伸ばす。蛙吹はもぎもぎを投げる峰田を視界に入れ、思い切り緑谷を自分に寄せた。
三、
緑谷の作戦によってヴィランを捕縛した三人は腰ほどまでの水位に下がった場所を歩いていた。
「……まさかヴィラン全員が水面に見えていたとは……普通水中にも待機させておくんじゃないか? 今回はうまくいったけど次に似た状況でうまくいくとは限らない……考えれば考えるほど博打的行動だったじゃないか……」
「緑谷ちゃんやめて」
ぶつぶつと呟く緑谷に蛙吹が突っ込みを入れた。峰田はもぎもぎの出し過ぎか頭から出血しており、蛙吹にマントを持って引きずられながら浮き輪の要領で浮いている。表情は朗らかであり、命があることを心底喜んでいるようだった。
「ご、ごめん……それよりこれからのことなんだけど」
海難ゾーンは噴水を挟んで相澤が戦っている広場がある。一人で戦っている中、人質にとられるかもしれない三人が行っても不利な状況を誘発するばかり。
緑谷は今いる浅瀬に隠れながら階段を上がって入り口に向かおうと伝えた。
「それが良いと思うわ。今はみんなを信じるしか……私たちには出来ない」
噴水の方向から未だヴィランたちの声が聞こえる。オールマイトを殺害する方法はわからないが、確実に人数は一番多い。緑谷は相澤の心配をしながらも今取れる最善の策をとった。
ヴィランが潜伏している可能性に注意しながら三人は歩いていく。ようやく水辺から上がろうとしたとき、三人が見たのは——、
肘が朽ち落ち、全身から血を流す相澤の姿。
そして、焦点の合っていない表情でそれを成す黒い怪人だった。