「——死柄木弔」
黒い怪人が相澤の頭を叩きつけた。
「黒霧……13号は殺したのか?」
死柄木の隣に黒霧がワープしてくる。その姿は侵入したときとは異なり、黒い靄のみでスーツが無くなっていた。
「いえ、それが……生徒の中に思ったより手強い者がいまして、一人逃してしまいました」
「……お前がワープゲートじゃなければ粉々にしたよ」
黒霧は一度13号のブラックホールに吸い込まれかけたのだが、ブラックホールを彼女の背後にワープさせることで意識不明へと追い詰めた。しかし、砂藤たち残されていたメンバーの奮闘により一人が逃げ、黒霧自身も疲弊してしまった。
13号の殺害を命じていた死柄木は首を激しく掻きながら苛立ちを露わにする。
「——ゲームオーバーだ。
さすがにプロ何十人を相手にするのは敵わない」
死柄木は声を震わせながらそう言った。
ゲームオーバー。
その言葉がどういう意味なのか。聞いていた緑谷たち三人とって意味がわからない。「オールマイトを殺す」と明言しながら、これだけの準備をしておいてゲームと称し、簡単に諦めると言った。
「……いいや、別に。オールマイトはいないし、つまんな。せっかく殺せると思ったのに——」
舌打ち、首を掻き、地団駄を踏む。
見た目通りの年齢と思えない行動に気味の悪さが増していく。
「あ、そうだ——帰る前に」
「帰る」と聞いた三人に僅かながらできた隙。それは悪意を振り撒くことにしか好奇心を見出すことができないヴィランにとって、一息で詰められる距離だった。
「——平和の象徴としての矜持を少しでも……」
唯一反応ができたのは緑谷だけであり、それも視線を向ける程度。次の瞬間には蛙吹の顔を覆うように掌が伸ばされる。
「へし折って帰ろう——ッ!」
その、
——瞬間。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッッッ!!!』
耳を
「……龍滅木君!」
生存を確認し、安堵。
一瞬でも硬直した死柄木に、緑谷は反射的に水から上がって個性を起動させる。
「なんだ——お前」
そして、死柄木が見上げる先を見た。
殲滅の証明たる角。
魔性を包む黄金が燻んだ黄色の瞳。
生きたように囁く黒い棘。
そこでようやく、風圧と着地したことによる波が彼らを襲った。死柄木は水に触れるよりも先に黒霧の隣まで戻る。
「——ジンちゃん!」
不安そうな、それでいて安心させるような声音で蛙吹が名前を呼んだ。
一、
——間に合った
あの掌ヴィラン——死柄木の個性は触れた部分を粉々にする。再生力が高い俺ならともかく、蛙の個性である梅雨ちゃんが受けて無事とは思えない。
俺の名前を呼んだ梅雨ちゃんの無事を確認し、三人の盾になるように前へ出る。
死柄木の個性は、体力もあり余り再生力の高い現状は無視しても良い。先ほどのような早さは驚異かもしれないが、不健康な四肢からこちらが傷を負うような攻撃力があるとは思えない。ワープゲートの個性は神出鬼没で気にかけておかなければならないだろう。常に意識を配り、行動があれば翼を翼をはためかせることで阻害できる。
問題は、あの——怪人だ。
「ここのペットか……? すごいなぁ、雄英はこんな個性のやつもいるのか……俺の個性よりもかっこいいじゃないか……」
筋骨隆々な肉体はオールマイトに匹敵し、鋭い嘴からは鋭利な歯が幾つも見えている。真っ黒な皮膚はおよそ人には見えないが、剥き出しの脳と唯一人間らしい焦点の合わない瞳が人形ではないと物語る。
「——脳無」
『……』
死柄木が名前を呼ぶと、怪人が微かに反応する。
「あいつを殺してから後ろの三人も殺せ」
——刹那、眼前に黒い巨体が迫る。
腕を広げた姿はこちらの角を真似ているのか、三人がいる限り勢いよく踏み込めないので耐えることを選択する。
『◼︎————ッ!』
掴まれた角ごと地面に押し付けようとしたが、地力には向こうに差があるか——持ち上げられるように拮抗する。
『◼︎◼︎◼︎◼︎uuuOOO!!!』
真下にめり込んだ脚を軸に押し込もうとするが、横へ逸らされ出鱈目に吹き飛ばされる。
追撃を避けるために敢えて激しく回転した。
正面からの力勝負で負けたのは初めてだ。比較相手が龍子さんだけなのもあるが、単純な増強型の個性には負けないつもりだった。
しかし、今はそんなことを考えるよりも三人を逃さなければならない。
『——Gu◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ォォォ!!!』
四足歩行から二足歩行へ。自身の身体ほどの両翼を広げて奮わせる。死肉のような皮膚には血液が通い、赤黒く殲滅を誓う。炎が滲ったような気迫に黒棘が逆立った。
第九話「 怪人 」
生命ならば本能的に回避する怪物を目の前に、意思無き怪人は正面から突起してくる。
今度は容赦しない。
翼で勢いをつけ、脳無へ同じように突進する。地面が砕け、飛び散る感覚があるが気にさない。
被害を考えるいる余裕は——ない。
再び、一度目の邂逅のように拮抗する。
しかし、勢いはこちらが上。ゴム質のような巨体を持ち上げる。
緑谷ならば、俺の目的に気付いてくれるはずだ。
岩を砕く握力で脳無の腹部を握るが、痛覚遮断でもあるのか怪力は弱まることなく襲ってくる。だが、それは関係ない。
『……◼︎◼︎!!』
二度、三度。地面へ擦り付けながら脳無を振り回す。一瞬でも指が離れれば僥倖——その間を縫って傍観していた死柄木と黒霧へ、脳無を
「死柄木弔、伏せて!」
「くそっ……!」
黒霧は迫り来る龍滅木に反応しワープゲートを発動させた。出た先は緑谷たち三人よりも遠く、龍滅木と脳無の戦いに巻き込まれない位置である。
それども止まらない龍滅木は脳無をもう一度掴み、跳躍する。天井高くまで上がると翼を畳み地球投げの形で地面へと叩きつけた。
即死の一撃——しかし、あれで死なないなど
上半身の埋まった脳無に目もくれず、龍滅木は背を向け三人の元に走った。早さを落とさず三人を無理やり抱え込むと、宙を泳ぐように階段へと向かう。
「ありがとう、龍滅木君!」
緑谷に礼を言われると、一先ず人間の姿に戻る。
ヴィランとの距離はそこそこ空いているが、ワープ個性とあの怪人の脚力では数秒で埋められてしまうだろう。だが、龍形態では言葉を発せないため仕方なかった。
「他の生徒は?」
「たぶん、ここには僕たちだけ。飛ばされた生徒はまだ他のフィールドにいると思う」
USJのフィールドを大きく分けると五種類。入り口すぐにある海難ゾーンと山岳・土砂・倒壊、俺がいた森林と尾白がいた火災ゾーンだ。それぞれのゾーンはさらに小分けされ、人災や天災で区別されている。俺がワープさせられた森林ゾーンは一人しかいなかったが、火災ゾーンとここを除く場所はどうなっているのだろうか。せめて、ワープから逃れたクラスメイトがいれば良いのだが。
「尾白は来たか? 火災ゾーンから来たはずだ」
「尾白君? ……いや、僕は見てないけど」
「私も」
「お、俺も見てねえぜ!」
梅雨ちゃんと峰田が同調する。
火災ゾーンで戦っていた尾白は、尾をうまく利用して大人数と上手く立ち合っていた。面制圧的な個性ならばともかく、あれほどの実力ならば簡単にはやられないはず。
いや、たしか火災ゾーンとここの間には山岳ゾーンがあったはずだ。もしかすると、先に飛ばされたクラスメイトとそちらで合流したのかもしれない。
心配はあるが、今は何より——。
「相澤先生をまずはあそこから引っ張ってこなきゃいけないな」
今はボス格三人の注意が俺に向けられているが、視界外で横たわり意識のない相澤先生にいつ再び気付くのかわからない。
死んではいない。
他人から見れば漠然的な感覚だが、超越した五感が確証を持って相澤先生の生存を保証している。
ヴィランは触れた箇所を崩壊させる死柄木と希少価値の高いワープ個性の靄、そして痛覚遮断を除けば俺と似た力を持つ怪人だ。崩壊は注意すれば大丈夫だろうが、ワープと怪人は少しでも目を離せば動いてしまう。仮にこのまま相澤先生を助けに行けば、ヒーロー抹殺を掲げたヴィランに横合から攻撃されるだけだろう。その場合、怪人に足止めされ、ワープが相澤先生を放ったくるという最悪の事態になる。
「緑谷、あの三人を前にして相澤先生を救う方法があるか?」
相澤先生が聞けば、学生がヴィランと対峙してプロヒーローを助けるなど「合理的じゃない」というはずだ。ヴィランに捕まったヒーローの末路など容易に想像出来る。人質事件を起こされれば、例え金品と交換になってもマスコミや世論によって政府とヒーローに追及が向かう。そうなれば相澤先生のヒーローとしての評判も地に落ちてしまうだろう。せめてもの救いは、個性が『個性を掻き消す能力』なので追放にはならないということだ。
「……龍滅木君、空飛べるんだよね?」
緑谷が返してくる。
その間に俺も考えていたが、如何せん人数が足りない。
「ああ」
「じゃあ、龍滅木君は——」
二、
「なぁ、黒霧。あいつ前雄英に侵入したとき俺の腹を蹴った奴だよな?」
「ええ、どうやら変形型の個性だったようです。
あの姿を見れば、死柄木の崩壊が再生したのも頷けるでしょう」
「ッチ、やっぱり良個性かよ……ヒーローはそうやって優遇されてるんだ……」
死柄木はぼやきながら傷付いた首下を掻き続ける。無造作に伸ばされた爪は肌を裂き、僅かに血を滲ませていた。
「——良いや。
あいつも脳無には敵わなかった。いくら再生力があると言っても、脳無と違って痛覚遮断が無い状態で痛ぶられれば死ぬだろ。なぁ、黒霧」
「その通りです。死柄木弔」
隈の出来た目元と、数分後の残酷な未来を想像して陋劣な笑みに口を歪ませる。
志とも言えぬ、ゲーム感覚で始まった平和の象徴殺害計画は死柄木の中では最早完遂したも同然の優越感に浸っていた。
ヒーローの卵である雄英生の遺骸を晒し、憤怒のオールマイトを正面から叩き潰す。いや、それだけでは足りない。世の中にはオールマイトが敗北し、死んだことを景気良く公表しなければならない。
秤の上の主は死んだ。
これからは——ヴィランが主役であると。
だからこそ、死柄木はその虚を突かれた。虚は一瞬へと広がり、一瞬は隙へと生じる。
故に、背中を向けて走りながら形態変化をする龍滅木に反応出来なかった。
「——応援、頼んだ!」
「任された」
「は——?」
何を言っている。
どこに行こうとしている。
以前蹴られた腹が疼くように痛み、血が上っていく。
冷静さが欠けていくが、咄嗟のことで身を任せてしまう。
「脳無ッ! あいつを絶対に逃すな!」
「————」
脳無は一歩で階段の下へ行き、二歩で緑谷たちの頭上に飛ぶ。
龍滅木の姿は既に入り口に消え、脳無は地面を踏み潰して着地すると同じように姿を消した。
「駄目です死柄木!
あの方から脳無は目の届かない場所に出しては行けないと!」
「……っ、仕方ないだろ! あいつが逃げたのが悪い!
黒霧、お前も今すぐ追いかけて二人とも——」
カラン、と死柄木と黒霧の間に一本の螺子が落ちてきた。