賢者様と導師様の過去編だそうです
どう考えても悲劇だって…!
原作でもそんな感じで言ってたじゃない…!
なんで始めたん…!?
ブルースフィア帝国現皇帝、ヘラルド・フォン・ブルースフィアは有頂天にあった。
今が人生の絶頂だと、本気で調子に乗っていた。
国内の魔物の脅威に国政を脅かされることも無く、生産力が向上したことで自分たちの懐を痛めることも無く国家が発展する。
何しろ、国内の食い扶持が自分たちで賄えるほど作物が富んでいるのだ。
麦に関しては大穀倉地クルトからの輸入に頼っているとはいえ、それ以外の自給に余裕が出来る。
其処から少しばかり『自分の』懐へ廻しても、国の屋台骨は揺るぎもしないと、本気でそう思っていた。
思っていたからこそ国内消費の
引き下げた分の農地への補填など、微塵も考えずに。
「――エルス連合からの使者、だと?」
「はい陛下。如何なさいますか?」
そうして『使える金』の余裕が出来た丁度その時期に、件の使者が訪れたのはまさに天啓にも似たモノを彼は感じていた。
「いやぁ~、皇帝陛下にはご機嫌宜しゅう。ジブンはエルスから来張りました、ウサマ・ナバルいいます。以後宜しゅうに」
「前置きは不要だ。……売り込みたい武器があるそうじゃないか?」
エルス特有の口調で、朗らかに滑弁を披露するのは壮年の男性だ。
宰相から聞いたナバルの売り込み文句に、ヘラルドは興味津々で食いついていた。
「ええまあ。なんでも、帝国は今随分と好景気なご様子で、陛下の恩情にウチらもあやかりたいと来た次第でしてな」
「不要だと云ったはずだ。見せて見ろ」
「ハイハイ。――おい」
ヘラルドの態度に不愉快になることもなく、ナバルは笑みを崩さずに後ろに控えていた幾人かの付き添いに命じる。
『聞いていた』通りだ、売り文句に耳も傾けなかったのだから、随分と好戦的に『なってくれている』。
そんな内心を抱いたナバルの微笑は、決して絶えることも無かった。
「――ウチが売り込みに来たんは先にも言った通り『武器』でしてな。昨今の兵士の武装になる剣やら槍やらといったモノよりも、ちょいと有利に戦えるモンを売りに決ましてん」
「フム……?」
ヘラルドの目は温度を変えない。
財布の紐は緩まないままだ。
だが、其処はナバルも承知の事。
その興味の薄さは、『自分も』通った
「陛下。失礼を承知で尋ねますがな、陛下は近接戦に於ける『剣』についてどう思います?」
「……。剣もまた、武器だろう。無礼者を切るための、他に通用など無いがな」
ヘラルドの意図は、そのまま目の前の『商人』に向いている。
言い分も敬意も買える程度だが、同時に無礼も執っている。
仮にも大国の代表として来ているから見逃しているが、その調子で無礼を続けるならば切って捨てるぞ、と云わんばかりの内心だった。
「かぁ~っ、わかっちゃおりまへんな陛下も!」
だが、ナバルの調子は、冷淡なその態度すら気に掛けなかった。
謁見の周囲に待機している兵士たちの方がその態度には目を見開き、下手に悋気を興してくれるなよ、と恐々粛々と控えていたほどなのに、だ。
ナバルの舌は、滑らかに動く。
まるで二枚あるかのように、途切れない説法を繰り出していた。
「剣なんちゅうのは『予備の武器』ですわ。魔法っちゅう『戦闘の主力』がある以上、接近されたことに即応するためだけの最低限身を守れる武装。実際、切っても切れん時もありましたやろ? 王国には『剣聖』っちゅうお人もおりますが、全員が全員そのレベルに達せるわけでもありまへんしな」
それは、啓示にも似た言に聴こえた。
兵士たちの中には、鍔競り合って硬直したことを実感したこともある。
武器としての最低限の携帯性と、振るうだけで距離を取れる即応性。
云われてみれば、剣自体には『それ以上の価値』が感じられない。
しかし、
「ぶっ、無礼だぞ貴様ァ! 皇帝陛下に、なんという口を利くか!」
宰相が吠えた。
ヘラルドもまた、剣で以て王命を下す者のひとりである。
それを直には言葉に出来ない不自由さが宰相にもあるからこそ、曖昧な言い分でナバルの無礼を叱咤することしかできなかった。
剣には、権威もまた付随する。
彼らは知らないが、日本神話の【草薙の剣】は『草』と呼ばれた下々の者たちを『薙ぐほど』の命令権を備えている。
元の名である【天叢雲】とは『
蜘蛛とは『朱を知る虫』。
即ち『朱塗り』の『水銀』を始めとする『鉱脈』を知る、海辺を始めとした辺境にて
時代を遡れば、杖に槍、それこそ斧にも『王権』はあった。
剣は時代を引き摺った『携帯できる武装と権威』の集大成のひとつであり、範囲内で取り扱える『最大級の攻撃性能』を誇る即応武器。
しかし『戦闘に於ける最強』には絶対的になり得ず、魔法という主力が働く以上は『弱い武器』としかなり得ないのが現状なのである。
「無礼は承知ですがな、売り込みに来たんですから、売り文句くらいは言わせて欲しいですわ。商人に働くなとは、流石に無理な相談でっしゃろ?」
「しかしだなっ、」
「……良い」
宰相の言葉を、他でもない
しかし、
「今は見逃そう。だが、私が見逃すほどの『旨味』が、貴様の商品にあるとでもいうのだな?」
視線に籠る熱は増せども、其処には悋気にも似た感情が仄めかされている。
これで期待を外せば、ナバルは『帝国には来なかった』として処理されるだろう。
それをナバル本人も自覚していることを見通して、ヘラルドは更に言葉を紡いだ。
「貴様は私に『わかっていない』などと嘯けたのだ。一度ブルースフィア帝国皇帝を評したからには、相応に処罰するべきだと思うがな?」
「いやいやいや、それが普通です。それが『今』の『程度』なんですわ。だからここは、『抜け駆け』しまひょ?」
ナバルは言質までは取らせない。
前置きまで済ませたのだから、見せるモノをしっかり魅せないと『仕事』にならないからだ。
命じられていた丁稚らが、ナバルの後方から『それ』らを運び出してくる。
ガシャガシャと金物が動く音が響いて、謁見の間にずらりと立て並べられていた。
「――『ハルバード』言います。斧の破壊力と槍の射程を兼ね備えた、敵との距離を取って無防備な上からブッ叩くように防御姿勢ごと潰せる武器ですわ」
■
「いやぁ。ホンマ寿命縮んだわぁ~」
帰り道、空の馬車に揺られて、ナバルは冷や汗を拭った。
『商売』だから負ける気などは無かったが、流石に『兵士用の武装』を売り込みに来られて買うほどの余裕を、ヘラルドが持てているとは見通せなかったのだ。
『ハルバード』から始めて色々と並んで話を落としてくれた小僧は『理屈』で『出来合い』を計った様子であったが、ヘラルドレベルの『感情論信者』にそれを通せるとまでは見通せていなかったのだろう、とナバルは思う。
尤も、その色黒小僧はそこら辺の出来高に関しては然程も興味も抱いてなかったりする。
失敗する時は失敗するし、成功したら御の字くらいの程度で物事を読んでしか居なかった。
要するに、ナバルの命に関してはほぼ自己負担で放置でしかなかった。クソである。
「しかし、よく買ってくれましたよね。兵士用の武装だなんて、魔法がある時点でそれこそ剣だって意味が少ないのに」
「其処はヘラルドはんの戦闘論に由来するんやろな。兵士らが正面からぶつかり合って数で削り合うとか、そういう風に思っとるんちゃうか?」
「ああ、成程」
「あと帝国式『教育』のお陰で魔法使いが少ないんや。兵士に武器を回すんは軍事用として必要な采配なんやろ」
偉そうに言ってるが、この辺りも色黒から唆された帝国内情報に付随する。
そういう『買い手』の事情を汲ませたからこそ『商売』に乗り出したのだから、色黒は色黒で『商人の使い方』をしっかりと弁えていた。
最終責任放り投げるのは、矢張り屑みたいな話だが。
「さて。それじゃあお仕事もこれでお仕舞ですか?」
「そんなわけないやろ。売ったからには買って帰らな、ヘラルドはんにも許可貰たしな」
ハルバードを売り込んだ経緯に当たって、俯瞰するとナバルのやったことは『死の商人』に値する。
それを大っぴらに遣れるほど面の皮は厚くはなれず、また他国から睨まれるであろうことは避けたい、とナバルはヘラルドへ仄めかしていた。
其処で、エルスの商業基準である『自由』に由来する、売買の取引内容を公けにしないことを条件に、ナバルは『帝国内部での売買の許可』を全般的に取り付けた。
商品の総量を誤魔化すために、売り付けと買い付けを帝国内で組み交わし、そうすることで帝国内にも買った分の金利回収を約束した。
それらの『約束』を聞くだに帝国に充分な『旨み』が還元されることをヘラルドは汲み取り、彼らは密約を交わしたのである。
完全に『死の商人』の面目躍如。
充分に、面の皮が厚い。
尚、これもまた色黒が唆した差配である。ホントあの野郎は。
「ほんでは、帝国領内の村々を巡って、作物の買い付けにイクでぇ~! この辺りは小僧との約束やしな、キバっていくでぇ~!」
「「「「ぼちぼちでんなぁ~!」」」」
良く判らん掛け声で、『空の馬車』が帝国内を巡って往く。
帝国領に奏上する売り上げ以上に『高く』買い取ってくれる商人らが、豊作と噂される帝国作物を買い付けに回るのだ。
――根こそぎ買われて往くのは、目に見えていた。