英雄よ、生まれ給ふ事勿れ   作:おーり

11 / 17
帝国と神聖国

「……もう一度言ってみろ、宰相」

 

 

 ヘラルドは部下の言葉に、怒気を仄めかせながら口を開いた。

 

 先日購入したハルバードを抱えて脇へ控えている、戦国時代の城主に仕える小姓のような役割の兵士がいる。

 早々に『王権』の象徴として剣から代替えした強力な武器だが、ヘラルド個人で抱えているには重量が問題であると発覚したのだ。

 件の兵士は、ヘラルドに変わって武器を控える役割を与えられており、彼個人には人権も無い。

 

 その兵士からハルバードを手にし、宰相へと振り下ろしてやろうか、とでも言いたげな怒気だ。

 武器を所持し直すタイミングが生まれたお蔭で、剣を所持していた頃より鬱憤を晴らす機会は減った。

 だが、憤慨を不信と不満から常に滾らせている皇帝の悋気が変わることは早々無い。

 序でに云うと、破壊力が加わったお蔭で鬱憤を請ける部下は誰もが無惨にされており、その死に目には自分はなりたくない、と誰もが忌避するほどの凄惨さだ。

 

 尚、変わって精密性は下がっており、ハルバードの一撃は中々当たるモノでも無い。

 しかしまあ、皇帝の鬱憤を躱して見せる部下など居るはずも無く、ヘラルドはハルバードの一長一短には終ぞ気づくことは無かった。

 

 話を戻す。

 

 

「武器を兵士たちに与えた。ソレが王国へも流れない、などという保証がない以上、攻めるチャンスは今が最良だ。だのに、貴様らは戦争を仕掛けることを避けろと、そう云うのか?」

 

「っ、お、お言葉ですが陛下! 戦事には武器だけでは足りませぬ!」

 

 

 宰相は勇気を出して進言する。

 ヘラルドが『鬱憤晴らし』に間を置くことが必要となったことを計算に入れながら、宰相は言うべきことを述べて延命を図ろうと躍起になっていた。

 

 感情優先で事態を引っ掻き回す皇帝であることは知っているが、仮にも国家を差配していた『無能な上司』に変わって仕事を熟しているのは自分だ。

 などとも思ってもいたが、今はその自尊心も鳴らせることも無い。

 

 実際に労働を押し付けられているのは、それらの『無茶な差配』を命じられる『労働階級』の平民らになっていたのだが。

 其処も、今は割愛する。

 

 

「昨日今日で見せられた新たな武器を扱うには練度が足りませぬ! 誰も扱ったことが無い武装なのです! 上手い使い道を探るのが目下の課題でして……!」

 

「それくらい直ぐに熟せ! 私はできたぞ! そんなことも出来んのか兵士らは!」

 

「時間が足りませぬ!」

 

 

 実際は『出来てなどいない』のだが、其処は流石に宰相も言を憚られた。

 

 

「誰もが陛下のような才を持つわけでもないのです! どうか御慈悲を!」

 

「うぬぬ……! 無能どもめ、今がチャンスだというのが、何故わからん……!」

 

「それに、他にも足らぬものがあります」

 

 

 癇癪と鬱憤晴らしで言い分を第一にし続けることを優先していたが、それが出来るのは余裕がある時だけだ。

 皇帝の前に座り込むように頭を下げた宰相に代わって、進言を革めたのは別の男だった。

 

 

「貴様まで口出ししようと云うのか、将軍」

 

「失礼ながら申し上げます。先ずは兵站……、食糧に予備武装の補充が肝要かと」

 

「食糧だと? 昨今は豊作であったであろうが」

 

「足りませぬ」

 

 

 魔物の脅威に晒されることが減少し、作物の製造量が増加傾向にあったことは把握していた。

 吐いて捨てるほどの自給率を得られていたために、ヘラルドは国内生産作物の価格を引き下げて、浮いた国費を軍事費へ回していたのだ。

 さらに戦争に成ることで『軍需用』という名目で農作物の接収を執り行った、そのつもりだった。

 

 

「徴収は終えたのだろう! 何故足りぬ!?」

 

「将軍の尽力が足りなかったのでは? 国内流通を鑑みても、不足に至るとは到底思えませぬな」

「キチンと帝国の隅々まで布告したのだろうな? 農民の隠し持っている食糧も徴収せずに足りぬなどと云うのであれば、職務怠慢と見られても言い訳は出来んぞ」

「説明したまえ将軍! 何故足りないのかね!?」

 

 

 謁見の間に居合わせていた貴族たちが騒ぎ立てる。

 将軍が口を挟んだことで口出しが出来ると、ヘラルドマインドの安全圏を計ったのだろう。

 ここぞとばかりにピーチクパーチクと騒ぎ立てる口だけの雀らに、将軍は井桁を蟀谷に浮かべて返答した。

 

 

「……どうにも、先立って買い付けを行っていた者らが居た様子でしてな。国外の、商人らが帝国で定めた買い取り額を大幅に上回って買って行った、とか……」

 

「それ、は……!」

 

 

 貴族らが、一斉に押し黙った。

 

 紛れもなく、それを執った商人らとは、帝国へ武器を卸したエルスの者たち。

 そして帝国内での売買、それを許可したのは他でもなく。

 

 

「…………将軍、それは、私に非があると、そう言いたいのか……!?」

 

 

 ヘラルド皇帝その人が、憤慨を抑え切れない様相で震えていた。

 それが何よりも凄まじい怒りに寄るものだとは、誰の目に見ても明らかなことだ。

 

 

「……っ、の、農民は我々が思っている以上に怠慢であったようですな!」

「い、いやまったく! 我々が支配してやっているというのに、考え無しはこれだから困る!」

「国家の大事に個人の欲を掻くとは! これだから奴隷どもは卑しいのだ!」

 

 

 貴族らは口々に話題を切り替える。

 ヘラルドの悋気を抑えるための言葉だが、如何せんそれらは皇帝の為人をあからさまに指す言葉でもある。

 

 互いにその事実に気付いている様子もなく、部屋の外で様子を伺っていたゼストは溜め息を吐いた。

 誰にも気づかれないようにとの配慮も抱いているが、そもそも彼を気に掛ける者は城内には身内しか居ない。

 

 

「……(他国(エルス)の商人に『買い付けの自由許可』などを与えれば、どうなるかなどと判り切っていることだろうに。『荷の重量を国境で測る』などというのも、これまでにも聞き覚えの無い輸出規制だ。隠蔽に力を入れる余りに、他人も『そう』であると思い込みすぎたな、ヘラルドめ)」

 

 

 そもそも、国内で学習水準を引き留めている帝国とは違い、他国の人間は比較的自由に魔法を学ぶことが出来る。

 各家庭並びに、国家采配を引き受ける貴族など。

 子や部下へ学ばせることを制限する法律も無いので、何なら学徒の流入出を押し留めないアールスハイドへ留学を選択することも許されている。

 国民を奴隷のように扱うために引き留めている帝国とは、基準からして全く違うのだ。

 

 そうなれば、新たに生まれてくる『魔法使い』の数は比較にならない。

 さらに、その中には『収納魔法』を扱える者だって居るだろう。

 売買の証拠など、ただ国境を跨ぐだけでは追及などできやしない。

 自由商業国家の商人らが取り次いだ『約束』は、結局のところは紙手形であり、ヘラルドの企みなどは何時だって裏をかかれることが容易いモノでしかなかったのであろう。

 

 

 ――と、ゼストは信用もしないエルスの商人を、そう判断した。

 が、実際のところは違う。

 

 取引や売買は詰まるところ『信用』の問題だ。

 隠れて執り行うにしろ、明け透けに交わすにしろ、行き交う以上は其処には必ず『相手』が実在する。

 相手よりも僅かでも多くの『益』を得たい、と臨むのが対峙する者たちの心理ではあるが、根本として感情を備えたお互いに人間であることが前提なのだ。

 『相手』以上の『益』を得れば、代償として『印象』に比重が傾くことが当然になる。

 

 要するに『信用』と『信頼』が、次回への布石として感情に左右するのだ。

 マイナスに、プラスに、其処の比率こそが『取引』には重視される。

 だからこそ『商人』には、一朝一夕では成り得ない経験が必要とされてくる。

 『相手』の『悪感情』を『勘定』に入れなくては、次の取引も儘ならないのだから。

 

 ゼストの思考は、思いのほか大事な点が履修されていた。

 しかし彼自身もまた、帝国によって正しく『学習』を得られていない身。

 人間不信の()を持つ彼の、判断が正しいかどうかなども、誰にも精査し得ないことである。

 

 

「(しかし、妙な展開になってきた。シュトローム様の命令に動くことは吝かでは無いが、このままでは王国へ戦争を(けしか)けることなど出来もしない。ヘラルドは無能だが、帝国貴族全員が『それ並み』というわけでもないからな……。もう一歩、シュトローム様の動きが先んじていれば、エルスなどが嘴を挟む前に突き動かせたのだが……)」

 

 

 シュトロームが王国に居座っているのは、魔物化と魔人化の最終実証実験のためである、という点までは聞いている。

 ゼスト率いる、帝国貴族に『鼠』と揶揄される諜報部隊。

 その全員を魔人へ転じさせて、帝国を根底からひっくり返す。

 それが、彼らの目先の目標であり、彼らがシュトロームの謀略に乗り気になった最大の目標でもあるのだ。

 

 なのでゼストも、シュトロームへ急げなどと無理を云う事は出来ない。

 だが、自分たちの勝率を上げるためには、策は一手でも二手でも、先んじて備えておいて損は無い。

 

 其処まで思考したところで、室内ではまた話が進んでいた様子である。

 

 

「ひとまず、接収した作物は配布し直すことが優先でしょうな」

 

「しょ、将軍!? 軍備として徴収したモノを、分け直せと、そう云うのか!?」

 

 

 狼狽えた貴族が口を挟んだ。

 それを無視するように、未だ憤慨止まないヘラルドへ、彼の男は向き直ったままである。

 

 

「戦になる見通しが無いのです。貯め込んでいても、腐らせるだけでしょう」

 

「……私の財となったモノを、奴隷に分けろと。そう云うのか」

 

「富は動いてこそ意味を持ちます。後生大事に抱えていても、その価値を下げてまで抱くのは只の滑稽です」

 

 

 物怖じしない言い分で、彼は進言を止めない。

 ヘラルドの気分は下降するばかりだ。

 

 逆に、言葉を聴いていたゼストの中では、彼の株が爆上がりだった。

 言葉として、貴族らが『徴収』と口にするのに対して、意味合いの違う『接収』と使い続けていたことまでは見通せていない。

 しかし、貴族であるにもかかわらず、平民を無為に搾取するだけで終わらせようとしていない点は、ヘラルドへ進言を取り止めない点を顧みても高評価であった。

 

 

「それに、このままでは喰うモノに困窮した平民らが暴徒と化します」

 

「日に食えなくなったくらいで、そんなことが起こるものか」

 

「……後押ししたのは、我々です」

 

 

 余りにも考え無しな言い分に、流石の彼も言い淀んだ。

 

 徐々に削られた作物の価値と、実際に削られた食事の量。

 合わせ技の『(かつ)え殺し』が帝国で発動中なのだが、その辺りまで把握しているのは策を知っている王国上層部並びに、王国内で現在幼女に出張魔法教室を披露している色黒くらいである。

 

 

「鎮圧が容易いとはいえ、暴動を見過ごせば王国へ戦を仕掛けるなど、また遠ざかります」

 

 

 その言葉が後押しとなって、漸くヘラルドが言葉を呑んだ。

 彼の『気分』に、押し勝ったのである。

 ゼストの中で、将軍の株価がストップ高を計測していた。

 

 

「……確かに、此処で勝てる勝負を、わざわざ捨てることも無いな。――チッ、王国を討つのは『次』へ見越すしかないか」

 

「ご配慮、感謝します」

 

 

 おおお、と室内にどよめきが静かに響いた。

 一介の将軍が、皇帝陛下の取り決めに逆らって、成果まで果たして見せたのだ。

 気分屋で癇癪持ちの子供大人を、命を欠けることなく言い包めた彼を、勇者のように崇めるのも無理のない話であった。

 

 

「ご配慮序でに、もうひとつ」

 

「……まだあるのか」

 

「一度接収したのですから、どれが何処にあったものかも、平民には判別が利かないかと。なので、引き下げていた分の作物価格を取り止めて、不充分を補填するのも役割かと存じます」

 

「あ……?」

 

 

 やばい、あの勇者、今度こそ死んだかも。

 話を聞いていた者たちは、ひとりの例外も無くそう思った。わーお。

 

 掻い摘んでみれば、「おめーの政策失敗したから謝罪して足りなかった分も支払えよ。働け」である。

 これにはヘラルドも怒髪冠を衝くが如し。

 

 

「陛下、これは陛下の為人の見せ場でもあります。陛下が国民のために私財を投げ売って、明日の命を繋ぐことを決して諦めない主上であることを示してこそ、平民らは陛下のために命を投げ打てる兵へとなり得るのです。どうか、彼らも感情を持つ人間であることを、そして積もった不信を解消するチャンスを見逃さないように、再度ご配慮を願います」

 

 

 そして勇者の更なるこの言い分である。

 グギギギ……! とドチャクソ憤慨はっぷんに歯を食いしばっているヘラルドに、尚も言い募れるのは蛮勇通り越して単なる命知らずにしか思えなくなってきていた。

 

 と、急にヘラルドがハッとした貌に換わる。

 そしてニンマリと笑みを浮かべたのを見て、ああ、これは死んだな……と、誰もが思ったのです。

 

 

「ああ、そうだな将軍、お前の云う通りだ」

 

「……陛下?」

 

「安心しろ、既に手は打ってある」

 

「なんと、いったい、どんな手段を……!?」

 

 

 乗るしかない、このビッグウェーブに……!

 

 ヘラルドの、何故か不気味に上昇した『気分』をヨイショと持ち上げて見せたのは宰相だ。

 そもそも今回の『会談』を持ちかけたのも元を質せば宰相そのひとで、対将軍への鬱憤晴らし序でに撫ぜ斬りに遭いそうなのも彼である。

 些かオーバーにも捉えられそうなリアクションで驚愕を見せて、纏めて殺されて堪るか、とばかりに振られたチャンスへ飛び乗った。

 

 そんな『狸』の皮算用を検算もできるわけもなく、調子に乗った良い気分のヘラルドは、己の『()』を意気揚々と語り始めていたのであった。

 

 

「つい先日だがな、イース神聖国のアメン=フラーなる大司教が謁見を求めて来たのだ。 なんでも、自分たちの教義からの信仰離れが嘆かわしいなどとぼやいていてな、各国を回って平民どもに『改宗』とやらを説いて回るらしい。 その際に、奴らは身銭を切って貧しい平民どもへ食事を施すなどと口にしていたのでな、私の膝元をうろつく代わりに、この『皇帝の名』に於いてその『救済』を施したのだと証言させるように厳命してある。 今頃は、各地の農村では私の名を崇める者たちで溢れかえっている――」

 

 

 




~宰相
 漫画版では王国との戦争一歩手前で「街の守りが~」とか皇帝に進言。気分害してバッサリ逝っちゃたおヒト。多分宰相。皇帝に一番近いので権力も高そうで、事実下への命令だけで『遊びながら懐を温められる』上位貴族に値するのだろうけど、皇帝の気分次第で命掛かってるという立場なのであんまり誰からも狙われない、という妄想。合ってそう
 帝国はどっかの平安京みたいに上に上がれば上がるほど『働かなくていい』みたいな風潮になってるから誰もが上昇志向になってるのではと推測。ジッサイのところは『普通』なら上の人間になればなるほど得られる褒賞に比例して責任とかが嵩増しするのだけど、帝国では見立て通りに遊んで暮らす貴族らが横行していた感。ガチで「良くこれで国家成立してたよな」と呆れる山賊国家。リアル羅生門待ったナシ


~敢えて扱い難い武器を奨めた理由
 見ての通り、威力が高くても練度が要るモノはそのスタンスには一長一短があります
 これは帝国の武力を計った上で低迷化させる孔明の罠ですねマチガイナイ


~信用と信頼
 電子マネーとかネットショッピングとか、まーぁ色々と人間味介さないお買い物を持ち上げておりますが、とどのつまりは何処にだって『人間』は居るんです
 見えないところに居るのを気にするよりも、実際にその場で遣り取りした方がずっと安全なのでは?とおーりはいつも訝しみます
 やっぱり現地まで飛んで送料無料で取引するのが一番ですよね!(異世界お●さん


~餓え殺し
 エルス商人は意図的に生きて行くための糧まで買い取ってはいないが、その追撃に帝国が接収したのが大打撃
 ちなみに「やるよなぁ」と予測していた某色黒の配慮で、神聖国に話を持ち掛けてあるので勿論殺す気までは無い


~アメン=フラー
 原作では聖女を狙って暗躍働こうとした己の孫くらいの年頃の娘をprprしたがるオッサン。俗に言う色狂い
 洗脳されて凶行に及んだ、となっているけど、洗脳前も従者の女子をprprしていたのであんまり同情の余地が無い。しかしまあ財務官的な立場に居たのだから性能はそこそこ有能に伺えて来るので、本人の個人的趣味嗜好が国家政務に差し支えないのならそのくらいは目を瞑っていても良いのでは、とちょっとだけフォローしておく
 今回ヘラルドの回想に登場することも無く話が〆られたのは性能的に皇帝の上位互換で実質同質のキャラの邂逅なんぞ誰得なのよ、と配慮した。原作ファン垂涎のニチャァ顔コンビ夢のコラボとか描写モチベが下がる下がる


~もう地の文書くのめんどいよぅ
 5000字逝ったら巻きで〆たくなる症候群


詳細は次回持越しで良くない?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。