英雄よ、生まれ給ふ事勿れ   作:おーり

13 / 17
※原作並びに専門用語の誤用が見つかりましたので色々と修正&削除しました


アウグスト殿下とオブシディアス 邂逅編

「……もう一度、言ってもらえますか……?」

 

「ですから、帝国内部での各地領民らの同時多発的武装蜂起、コレはシュトローム様の仕組んだものでは無いのですね? と」

 

 

 アールスハイド王国に潜伏中の魔人・オリバー=シュトロームの下へ現れたのは、金の髪を携えた豪奢な美女であった。

 

 彼女の名はミリア、シュトローム第一の従者であり信奉者。

 ある世界線では彼を陰ながら支援した、『いずれ魔人へなるはず』の美女である。

 

 帝国に対しては貴族にも首都在住の帝国民にも一家言がある様子だが、件の『ある世界線』では彼女の出自は一切が明らかにされていない。

 時系列的には孫に追い立たされたシュトロームが王国から帝国へ潜伏し直す『現在』にて、何処かの屋敷に匿っていた場面もあったのだが、どのようにしてそれらを用意できる立場にあったのかは不明なままである。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 そんな彼女がシュトロームの定めた禁足を破り、帝国から王国へと姿を現したのは冒頭の理由である。

 立場的に中等学園での臨時講師という役職に就いているシュトロームなので、某名探偵の孫作品の犯人らのようにやることが多い羽目に陥りながら王都外苑で待ち合わせることも出来た。

 

 だが。

 

 帝国転覆を目指すミリア並びに帝国斥候部隊の面々からすれば、帝国内で唐突に起こった内部騒動は見過ごせない事態である。

 一向に実験の経過観察を終えることなく連絡すら入れてこないシュトロームに、暇を見つけて連絡手段を得ようと伝手を探るために、監視の目が厳しいであろう王国に入り込むには、少々余裕の無いことも確かなのだ。

 

 よって、ミリアはシュトロームの知人だという『嘘』を発揮して、帝国から逃れて来た恋人のように振る舞い彼の居場所へと吶喊を掛けたのである。

 堂々として居れば逆に疑われることも無い。

 ファインプレーだぜミリアさん。

 

 

「武装蜂起……、帝国貴族に対して、領民が武器を取った、と……?」

 

 

 それはそうと。

 一概には呑み込めない情報を齎されたシュトロームは、思考が遅々として進まなかった。

 

 彼もまた、帝国貴族の奸計に嵌められて領民に武器を向けられたひとりだ。

 その点のトラウマを刺激されていることもあっただろうが、状況を把握するために思考することを辞めないのは研究者としての資質に寄るものが大きい。

 

 だからこそ、彼の中には大きい疑問がしこりの様に燻ぶり続けている。

 第一に、武器をどのようにして得たのか。

 そして、貴族の武器である『魔法』に、領民の拙い力だけで立ち向かおうと思えたのか。

 

 それらの疑問は、最終的に『武装蜂起は成功しているのか?』という点へと結びつく。

 解消するには、推論だけでは足りない。

 だからこそ、

 

 

「彼らの武装は、酷く拙いモノです。山や森から木々を伐り、それらを重ねたりして造った『貧者の武装』とでも呼ぶべき原始的な武装。武器も、魔法に対抗し切れない……と、思われていたのですが……」

 

「……? 続けてください」

 

「……帝国の魔法技術ですが、どうやら酷く衰退していた様です。各地の武装蜂起は幾つも達成され、領民を虐げていた貴族らは次々と帝都へ逃げ帰っている、とのことです」

 

 

 だからこそ、ミリアから齎されたその報告には、酷く驚いた。

 

 

 

  ■

 

 

 

「……教えたのは、直前まで各領地を巡察していたイース本国の司教らの様でした。自分の身を守るため、などという方便で、領民に禄でも無い知恵を付けッ、ギャァアアアア!!?」

 

「ッこの、貴族の面汚しめがぁあああ!!!」

 

 

 ヘラルドの眼前に跪いていた彼は、皇帝の振り下ろしたハルバードの一撃で瀕死に陥った。

 謁見の間には悲鳴が響き、肩口から夥しい血流を噴き上げながら絨毯を血で染める。

 

 狙った箇所は頭であったが、寸でのところで絶命には至れなかった様子である。

 自分の粗い練度を曝け出すことはなく、ヘラルドは舌打ちを隠そうともせずにその貴族へ退出を命じる。

 見ていられなくなった兵士が喚き続ける彼を引き摺って、謁見の間が漸く静寂に包まれた。

 

 

「領民の反逆なども鎮められず、おめおめと帝都へ逃げ帰って、イースの『巡察』を許可した私に責任を擦り付けるだと!? 自分の支配が及ばなかっただけではないか! 領民の手綱も握れずに、帝都の軍部をたかが暴動の鎮圧などに使ってやれるか!」

 

 

 未だ悋気納められぬままに、『彼』が進言して来た『陳情』をヘラルドは切って捨てた。

 魔法という格上の武装を得ているにも拘らず、貴族として平民に勝てなかった事実を、彼は同輩と認めることはできなかったのだ。

 

 実際、これが成功し得るか否かと問われれば『出来る』。

 戦事へ於けるヒトの備えるべき点は心・技・体、心構え・技術・身体能力、これは簡素に表しているが見事に順繰りでもあるのだ。

 

 『闘争』は技術や身体能力の比べ合いだが、『殺し合い』に於いては一手で決まる。

 狙った箇所を潰せるか否か。

 命の取り合いを押し通せるか否か。

 無論、技術も身体能力も、在って要らないわけでもないが、『緊急』に対峙した時の心理をどのように据えられるかこそが『命の奪い合い』に於いては重要なのだ。

 

 其処で、今回の事態に関しては、直前に敷かれていた前提が生きてくる。

 

 自分たちの働きを無視される、『尊厳』の軽視。

 命を繋ぐための食い扶持を削られる、『未来』への絶望。

 次々と手を変え品を変えて政策を狂わせられる、『信用』の割削。

 

 帝国の采配に、自身らの生活を預けられようという期待は既に無い。

 それは日頃から燻ぶり続けている感情ではあったが、其処を支援に廻ってくれた『他国』の者たちが介入したことが『理由』としてはずっと大きかった。

 

 

 ――他国の人間は俺たちに施すだけの余裕があるのに、帝国は俺たちに何も齎してはくれない。

 

 

 そういう僅かな綻びが、『捨て身』ででも領主らへ一矢報いようという意気込みに繋がったのである。

 

 幸いにも、イースの司祭らは自分たちの『弱点』に成り得る『戦えない』女子供などを一時的に避難として受け入れてくれることを約束した。

 顧みることは何もない。

 

 そうした桜花の如き特攻精神は、これまでに『弱い者虐め』にしか培えて来なかった帝国の魔法技術を大いに上回った。

 拙いながらでも『武装』を得て、日頃の過酷な環境が『肉体』を造った。

 例え『教育』に於いての劣勢があろうとも、『心』が折れなければ負けることもないのである。

 

 

 ――まあそんな精神論を持ち出すまでも無く、彼らが『負ける』ことは無かったのだが。

 

 貴族らは何も丸裸で領地を経営(という名の搾取)をしているわけでも無く、先にも述べた様に『弱い者虐め』を買って出る程度にはそれぞれに自軍を控えさせている。

 それらは基本的には外敵から平民らを守るための兵士になるのだが、今回の様に暴徒となった領民を鎮圧するためにも控えている。

 

 しかし、それでも彼らは帝国兵なのだ。

 上に従っていれば上手い汁を吸えるし、家族だって養える。

 逆に下への対応は幾らおざなりでも問題視されることは無く、彼らが平民相手に『まともに』対応することには何用の補償も賄えて貰えないわけだ。

 

 だから、彼らは自身らが脅かされるのならば『まともに』は対応しない。

 今回の暴徒、武装蜂起もまた、国軍と云う『大戦力』が出張ってくれば直ぐに収まる。

 

 そのくらいの気持ちで、危機に瀕して情けなく逃げて皇帝へ縋る貴族を追いかけて、領民への対応を放逐したのであった。

 

 

 それが、本格的な危機へと明白になるのは、本当に直ぐのことである。

 

 

「へ、陛下! 領民の暴動は、ほどなく鎮圧されたようです!」

 

 

 謁見の間に、駆け込んできた兵士からの報告に寄り、ヘラルドの機嫌は幾分か回復した。

 得意げな顔となり、おお…とどよめく宮廷雀らを睥睨する。

 

 

「ふん。当然だ、たかだか平民らの暴動など、それほど続けられるモノでもあるまい。それで? 鎮圧に成功したと云うのは何処の領軍だ? そ奴らには他の領地へも回らせろ」

 

「そ、それが……」

 

 

 非常に言い難そうに、しかし、彼は己の職務を全うするしかない。

 疑念を皇帝が抱く前に、彼の発言は謁見の間に酷く響いた。

 

 

「て、帝国外周の小国家です! ダーム・スィード・クルトなどの国境警備軍が、自分たちに降りかかる火の粉になるやもしれぬ、と身を挺して働いていただいたよう、です……!」

 

「なん、だと……!?」

 

 

 

  ■

 

 

 

「……何をしてるんだ?」

 

「あ、お兄さま」

 

 

 アウグストが王城へ帰宅したところで、目にしたのは一種異様な光景であった。

 王城の中庭にて、学園で使われている黒板よりもひと周り小さなそれに、幾つかの文章を書き殴っている少年が、自分の妹に授業のような真似を施している様である。

 

 書いては消して、書いては消して。

 文章が目まぐるしく変わって逝くそれは、自分たちが学ぶ魔法学院の高等学授業よりもかなり進行度が速い。

 

 それをやる少年が緑を基調とした制服を身に着けていることから法経学院の生徒だと判ると納得だが、自分の妹であるメイがそれに付いて往けているのかとすると微妙に思えたのだ。

 暫く見ていたアウグストであったが、弱音を吐かない妹がつい気になって、思わず声を掛けてしまっていた。

 

 

「というわけで光子は――と、今日は此処までにしますか。丁度集中も切れたでしょう?」

 

「あ。もう! 邪魔しないでくださいです、折角面白いお話を聞けていたのに!」

 

「ああ、スマン。……じゃなくて、何をしていたんだ、お前たちは?」

 

 

 再度、問いかける。

 

 きょとんとした貌を晒す少年は、シルバーブロンドに褐色の肌をした、何処か異国風の人物だ。

 アウグストの記憶に、似た『誰か』が居た気がしないでもない。

 

 

「メイ姫さまのお兄様、ということは、アウグスト殿下?」

 

「ああ、その通りだが」

 

「いやぁ、初めまして。オブシディアス・ヴァヴランテと申します。メイ姫さまにはちょっとした青空教室を開催している関係です」

 

「どういう関係だ」

 

 

 疑問、というよりはツッコミの様にアウグストは言葉を漏らした。

 ヤーハハハと嗤う胡散臭さMaxの色黒白髪への、対処方式が定まった瞬間でもある。

 判断が速い。

 

 

「いやぁ、姫様がお空を飛びたいなどと依頼してくるものですから。必要な技術的ハードルと知識と危険に関しての心構えを滔々と説くだけじゃ反骨精神しか養えませんからね、圧縮授業で基本的な所から森羅万象を教えてました」

 

「既にツッコミどころが満載だぞ……!?」

 

 

 なにこの、なに……?

 

 言葉の端からいきなり既知外の情報量を齎されて、果たして彼は何に関して語っているのかと怪しく思う。

 日本語でおk、日本じゃねーや。

 

 

「お空を飛ぶには知っておかなければならないことがたくさんあるです……」

 

「メイも、何を言ってるんだ」

 

 

 基本として、空中浮遊とでも呼ぶべきか。

 そういった魔法は開発途上かつ研究途上の専門的過ぎる分野に置かれている。

 それを宮廷魔法士でもなければ、魔法学院生でもないオブシディアスとかいう色黒白髪に、果たせられるモノかという疑念がアウグストには、まあとりあえず生まれていた。

 

 ツッコミどころが満載だったが、言葉から主目的をなんとか見つけ出すことは彼には朝飯前である。

 もう夕方だが。

 

 

「重力を振り切って第一宇宙速度へ到達することは必要不可欠ですが、それでは単なる射出にしかならないのです。大気への抵抗値の問題なども浮上するです。かといって無重力にイメージを置くと重力に従って惑星にとどまっている大気を拡散させるので呼吸との関連を視野に入れないと即座に酸欠状態に、」

 

「まって」

 

 

 アウグストの語彙が死んだ。

 姫様ストップ。

 

 グルンと、メイ姫に向いていたアウグストが、オブシディアスに向き直る。

 色黒白髪は変わらぬ笑顔で、ヤハハーと嗤っていた。胡散臭い。

 

 

「……なんだ。とりあえず、キミが専門知識を数多く備えていることはなんとなく見えたが、あんまり妹に過剰な教育は控えてくれるか……?」

 

「はぁ。問題提起までは押し込めましたので、後は解決法ですから。俺としちゃ構いませんがね」

 

「えぇー、答えを教えてくれないのですかー?」

 

「姫さま、独自の答えを見つけ出すこともまた、人生の醍醐味です」

 

 

 なんだか本格的に胡散臭いことを言いつつ、お役御免を早くも確保しようとしていた。

 

 ちなみに醍醐とは乳製品の祖であり、今でいうチーズかクリームのことを指す。

 実物は在るだろうが、恐らくその言葉は通じない。

 

 

「……というか、普通にキミは何者なんだ。そんなあっさりと、妹の教育係に就いていたのかと思っていたのだが……」

 

 

 それにしては安易に解雇を受け入れている、とアウグストは疑っていた。

 しかし、その点はこの色黒白髪には、特別詮の無い事情である。

 

 

「元々そういうわけでも無かったので。というか、俺は普通に学生なので、キチンと学校に行きたいですよ。びばすくーるらいふ」

 

「び、びば?」

 

 

 クソみたいなコメントを残しつつ、彼は王城より去っていった。

 数日後、魔法学院の特別講師として再会するのだが、――それはまた別のお話。

 




~ミリアさん
 苗字不明。何か悲しい過去を持ってそうな美女
 原作最期ではキメラアントか志々雄誠を彷彿とさせるシーンを再現させた立役者。感動的なシーンなのになー


~領民による武装蜂起
 やると思った…!(予定調和
 シュトロームにとっては自分が魔人化した経緯でもあるのでゴリゴリトラウマ削られてる模様。原作では似た方針で貴族追い立てて復讐完遂させてるから意外とそうでもない可能性もある


~圧縮授業
 ハイココテストニデマース!


~飛行魔法
 原作孫「膨大な魔力量で反重力をイメージしたぜ!」
 一回間違えて妹姫の科白の通りに『無重力』だったと勘違いしてました
 どっちにしてもイメージだけで舞空術に成るのは『科学知識を前提に据えられてる』と説明されるので尚もにょる


~醍醐
 奈良には普通に蘇があると聞いたが
 あんまり関係ないっすかそうっすか


それはそうと労働って尊いよね(ブルシットジョブ感

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。