「――じゃあ、もうこんなところ来るんじゃないぞ。今日のところは見逃すけど、街中では攻撃魔法だって禁止なんだからな」
「……はい、どうもご迷惑おかけして、すみませんでした……」
てっきり国民かと思ってたのだが、どうやらこの少年、非国民であったらしい。
憲兵に説教されて、すっかり青菜に塩を振ったかの如く萎びた少年がトボトボと去っていった。
シン・ウォルフォードと云ったらしい少年の罪状は『過剰防衛』。
自分は悪くない、の一点張りだった彼だが、あのモヒカァンな方々へ少年が口にしたが如く、『
例え悪かろうが、悪を悪と断じたまま潰せば、結局はより悪い先行きしか待ってないよ、ということも説いたのだけど、アレ多分理解してねぇな。
まあ、子供なんだし無理も無いか。
勧善懲悪はヒーロー的思考だから、子供心には憧れもあるだろうからね。
いやそれにしても、この国の刑法にその点が敷いてあって助かった。
これが帝国なら『貴族相手だと完全に無法』だから、少年へ説いた罪状に正当性が消失する可能性もあったからな。
少年兵雇用に抵触するような国際法までは敷かれているかも怪しいけど、この程度の刑事訴訟が通用する国家であったことはちょい安心だ。
さて彼の少年が非国民であった理由について。
どうにも、彼はこの国に来たばかりだったらしく、市民証を未だ預かっていなかったらしいのだ。
加えて、この国では知らぬ者が居ない『ウォルフォード姓』を名乗る。
もし短絡思考の憲兵だったら「も、もしやキミは賢者のお孫さん……!?」みたいなアンジャッシュ展開になっていた可能性もあったが、そんな英雄関係者だとしても身分証明証を持たずに街中をふらつくことはまず『在り得ない』。
姓名偽証と見做されちゃった少年であったが、初犯と、一応の正当防衛性があったことも相俟ってすぐに釈放という流れになった。
まあ、その辺口添えしたのは、その場にいた他でもない俺なんだけど。
だって少女たちはその場に置いてきちゃったからね。
被害者であるモヒカァンの人たちにも注意が必要、と思って担いできたわけだが、目を覚ました時と釈放された時に連れ立ったら少女らを引き離した意味が無い。
喧嘩両成敗。
ならば、その場に真っ当な被害者を絡めるのは悪手でしょうが。
口添えした時点で、自分でもなんだかマッチポンプ染みてるなぁ、とは思ったけれど。
まあ、悪いことをしてるわけじゃ無いんだし、ダイジョウブダイジョウブ!
「……さてと、学園の入学試験までまだ一カ月か。暇も潰せそうな国みたいだし、多少遊んで過ごしますかね」
■
「……スティーブさん、市民証、なるべく早くに用意してもらえます……?」
「……? どういたしましたか、シン様。そんなにやつれて」
帰宅したウォルフォード少年は、かなり消耗していた。
森では魔物狩りにまで精を出した彼であったが、此処まで疲労を感じたのは覚えが無い。
感覚として、彼はそれを知っていたのだが、その根源的な正体を自覚するにまでは至っていなかった。
疑問はあったが、ウォルフォード邸の執事長を務めるスティーブは先に少年の問いへ答えを返す。
尊敬する英雄の孫であることは勿論だが、屋敷の主に連なる血筋に提言を求められて応えないことは、貴族としても無礼に値するのだ。
この国では貴族と平民の垣根が酷く弱いが、それでも敬意を抱くことに躊躇しては職務として在り得ない。
「申請はしてありますが、流石に英雄のお孫さんとはいえ優先を繰り上げるのは難しいかと思われますが……」
「あー……、まあ、お役所仕事ならそういうものだよね。いや良いよ、わかった。俺、暫く部屋で過ごす……」
「本当にどうしましたか。王都で、何かあったのですか?」
引きこもり宣言をされてしまっては、職務でなくとも心配になってくる。
それが理由在りきならば承諾するのだが、相手は都会を見たことが無いはずの少年だ。
空笑いで帰宅後、いきなりその選択なのだから、どうしたって何かが起こったのだと察してしまう。
「いや、街でちょっとね、憲兵に注意されちゃって……。俺、身分証も持ってなかったから、釈放にも時間かかっちゃってさ……」
「なんと……! 高名な英雄の血筋を、その兵士はなんだと思っているのですか……ッ!?」
其処を釈明できなかったからこその結果なのだが、スティーブの敬意が先立って見当違いな怒りが湧く。
そういう細かい点を気に掛けることが出来る少年ならば問題は無かったのだが、自己を『恰好付ける』少年心が未だに拭えない彼は自覚にまでは至っていなかった。
「わー! 待って待って! 俺が悪いんだから! それに済んだ事だし! もう気にしてないし!」
「おお……! 流石は英雄のお孫殿……! 細やかな気配りも忘れないその配慮、
放っておけば執事長が憲兵詰め所に突撃噛まそうかという憤り方だったことも諫めた理由に当たるのかもしれないが、それにしたって少年の言い分には大事な点が抜け落ちていた。
彼もまた、相手が悪かったとも思っていないことが救いなのだが。
シン・ウォルフォード。
彼はこの世界へ転生して来た、所謂一種の異世界転生者に値する。
生前は社会人で、『生きる理由』とやらに囚われるくらい『生き詰まって』いた。
終わらぬ残業に駆られて、趣味も友人も恋人も居ない、寂しい人生だったと自覚していた。
不幸ではない。
本人が言った最低限度ではあるが生活はできていたし、不満も湧かなかった。
それを受諾していたし、既知ともしていた。
単純に、本人が自己の殻に籠り過ぎてコミュニケーションに難を抱えセルフで完結しており、それ以上を望むことも、其処へ視点を傾けることも認知に不備があったというだけの、良く居る『人間失格』予備軍だ。
太宰治とかに喩えたが、己を高尚だと思い込んでいるだけの、何処にでもいる一般人のひとりであり、周囲への感謝も敬意も足りていない程度と性質の低迷が目立つ、有象無象の群れにも属せ無いアウトサイダーである。
こう書くと格好良いが、独り立ちする性質はどういう動物でも多少は抱える。
大事なのは独立したその後に、群れに頼らない生き方を整えて『己の群れ』を確立させる行動力で在り、群れの『中』に居ながらにして馴染めないことを言い募って陰に潜むのは結局、袋小路でしかない。
要するに一種の『人間失格』へと行き付くのである。話が進まない。
とりあえず、大人としての自意識を備えたままに、新しい人生を再出発させたのが彼である。
そのはずなのだが。
少年は、森で賢者に育てられたお蔭で、魔法に関しては類を見ないほどに伸びたが、常識を教えられていなかった、と周囲へ認識された。
普通に考えれば、在り得ない。
世界が違うとはいえ、『社会人』としての自意識が其処にはあったはずなのだ。
『違う世界』で『生きるため』に、世間との知識と経験の擦り合わせは『必須』なことである。
つまりは、彼が元来『そういう』自己完結型で、世間との折り合いを形成できない人格破綻者であった証明を助長するエピソードに値するのだろうが……。
擁護ではないが、人間は己に貼ったレッテルを革めることに難儀な生物である。
貼り付けたラベルを一度換えてしまえば、中身を検めない限りはそのレッテルは改められず、一度貼り付けられた感情や認識などの『感覚』で検められる『気持ち』は個人にとっての比重が非常に重く、独立独歩であるかのように別個として心の棚に据え置かれてしまうのだ。
それは宛ら『魂』のようなモノに近しく、別個に据えられたそれは、自身が自覚しない限りは再び検められることも無いままに放置されているわけだ。
『自覚』しなければ、人間は『其処』から脱却できない。
それが意識的だろうが無意識的だろうが、何某かの対外的影響を請けられれば、変革も果たせるかとは思う。
それを、ひとは成長とも呼ぶのである。
まあ、そういうわけで。
シン少年は、悪意感知や害意感知を知覚できる『索敵魔法』を意識的に張っている。
魔物を狩っていた経験から、と彼は述べるが、側面的な観点からすればそれは常に身構えている小心者の態度でしか無く、其処を擂り抜けるモノには通用しない。
今回はそれのお蔭で『害意の無い
結果として、少年が出会うはずであった『運命の相手』との交流も叶わなかったわけだが……。
――それを把握できたものは、誰一人としてこの世界線には居なかった。
~市民証
原作ではガチで一か月後に入手。遅い、遅すぎる…!
その前にこういう事態を想定できなかったのか、というツッコミも兼ねてます
常識知らずを放し飼いにする方も大概常識知らないなぁ、という感じ
~人間失格
太宰治も自称してた
悪い意味ではない
球磨川禊だって言ってたじゃないか『僕は悪くない』って!
冗談はさておいて、生前から己の能力の遅延っぷりを抱いたまま社畜に勤しむ辺り、改善しようとする意気込みも無い時点で改定は無理
いや、他の人が先に仕事上がってるのに一人で残業って、どうなの?
会社的にも常識的にも、ちょっと悪目立ちしかしないよね…
そのうえで、自分が生きている意味だとか、果てには人間が地上で生きている意味にまで問いかけていた辺り、本当に始末に負えない
そりゃあトラックだって狙いますわ
己の悪辣さを自覚してない時点で普通に無能
子供に転生しても違和感が無い辺り、幼稚さが抜け切れていなかったかと思われる
尚、これらの注釈いれてるのは漫画版の孫、書籍版で其処まで前世が描かれていたかは不明です
~索敵魔法
相手の意図を感じ取るって普通に読心術なのでは…?
控えめに言って常に張っているとか、病的なまでのビビりとしか思えない
いや、常在戦場を心掛けるなら普通な話なんだけどね
でも、世の中には悪意の無い邪悪って奴がいてさ…這い拠る系のアレなんだけどね…?
~アンチ・ヘイト?
ツッコミだよ!