英雄よ、生まれ給ふ事勿れ   作:おーり

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前回までのあらすじ
話締めに実態もイメージも無い名前すら何処から名付けたのかわけのわからんキャラを出したというのに何の違和感も無しに『本人』と受け入れられていることに作者が草生え散らかす(ノーブレス
それは紛れも無く『奴』さ!


カート・フォン・リッツバーグとオリバー・シュトローム

 ――リッツバーグ邸を後にしたオリバー・シュトロームは、ただ静かに去って行く。

 王都内にある貴族や富裕層が通う中等部学院を目指す足取りは、迷うことなく闊達としている。

 其処にある研究室を兼ねて彼に預けられている自室へと戻ろうとしている、帰宅の足行きだ。

 

 その表情は、硬い。

 両眼を覆う眼帯のために気付かれ難いが、口元は引き結んだように閉じられていた。

 心情は、決して愉快ではない状況に陥っているのだと推測される。

 

 事実、シュトロームは現在、焦燥にも似た感情に苛まれていた。

 喩えるならば、泥地に足を取られたかのような不安。

 

 それが泥地程度ならば何も問題は無い。

 踏み込むことを避ければ良い話だし、踏み込んだところで足元が汚れる程度で済むからだ。

 

 だが、この感触を『その程度』で済ませられる程、シュトロームの危機意識は鈍ってはいない。

 ――泥地に見せかけた底なし沼――。

 彼の危機感が『その先』に感じ取ったイメージは、まさに『それ』であったのだから。

 

 話は、彼が家庭教師を請け負っているリッツバーグ邸にて。

 高等魔法学院の受験を終え、帰宅したカートと最後に会話した時点に遡る。

 ほわんほわんほわ~ん、しゅとろむ~。

 

 

『――お帰りなさいカートくん、入学試験の調子はどうでした、か……? どうしました? 元気が無さそうですが……?』

『先生……、僕は……』

『(……『僕』?)』

『僕は自分が情けないッッッ!』

『!?』

『女の子を力づくで無理矢理自分に傅かせようだなんて、貴族としてあるまじき行為です! それが惚れた相手なら猶更だ! 僕はなんて馬鹿な真似をしてしまったんだ!!』

『か、カートくん、キミ、いったいどうしt』

『ええ、どうかしていましたよ僕は! 例え誰が赦そうが、僕が働いてしまった行為は拭う事なんてできやしない! 高等学院に受かったとしても、それで無かったことにできるようなヌルい罪では無いんです!』

『え、いや、そんなことh』

『なので! 僕は此れから謝罪行脚の旅に出ます! 王都中を渡り歩いて! 僕が迷惑をかけて来た今までの方々へ頭を下げて回ってきます! あっ、受験は滞りなく済ませました。これも全てシュトローム先生のお陰です』

 

 

 ……そう言い残して、彼は旅立っていった。

 用事のあった本人が颯爽と不在になったままで、何時までもリッツバーグ邸で彼を待つわけにもいかなかった。

 シュトロームは引き攣った笑顔を顕わとする伯爵夫人に言葉を残し、そそくさと去ってきたわけである。

 

 一種の現実逃避、責任逃れとも取れるが。

 在り方としては、雪山の山荘で犯罪者の影に怯える複数人の中に紛れることを善しとせずに自室へ引き籠る第二の被害者的な立ち位置にも酷似して見える。

 こんなところに居られるか! 俺は帰らせてもらうぞッ!

 

 自分が何かの嫌疑を掛けられたわけでも無かったが、とりあえず居心地は悪かったので足早になったのも到仕方がない。

 最後のカートの表情は澄み切った空のように晴れ晴れとしていたが、だからこそ、シュトロームは冒頭の不安に苛まれていた。

 

 

「(……洗脳前の人格とは似ても似つかないモノですが、私の洗脳魔法が洗い流されていたことは事実でしたね……)」

 

 

 そう。

 オリバー・シュトロームにとって、カートは体の良い実験動物だ。

 

 人間を魔物へと換える、臨床実験の被験体。

 

 この世界では全ての生き物が魔力を持ち、それぞれがそれぞれの裁量で使い生きることに役立てている。

 魔物とは、何らかの要素によって個の扱える容量を超えて魔力を飽和させてしまった動物らのことであり、そうして変化したモノを指す言葉だ。

 そして、それは人間でも例外では無い。

 

 その地点に至ってしまったモノは『魔人』と呼ばれた。

 かつての『魔人』は理性も無く暴走し、甚大な被害を世界へ齎し、彼の英雄『賢者』マーリンの手によって討伐されたのである。

 

 シュトロームは過去の『ある事件』によって魔人へと変わった、発現当初はさておき現在は平穏に隠れ潜むことを可能としている『理性ある魔人』だ。

 偶発的な要素によって魔人へと換わった彼は、なんとかそれを究明できやしないかと研究に明け暮れていた。

 

 ――それは、人間を脱却してしまった己の同輩(はらから)を欲した為であろう。

 己を換えた過去の事件、その全ての主犯であり原因である帝国に敵意を抱き、それを許容する人類を見限ったと口では述べる。

 だが、その『復讐』は彼が『どうでもいい』と断じている『人間』に拘っているからこそ、地続きとなっている感情の延長線上でも在る。

 己が変じてしまった『事件(原因)』の一助に、己もまた『なっていた』ことを許していないからこそ残る、人間であった頃の『残滓』こそが、今の彼の『主体』なのである。

 

 

「(記録にも残されてはいませんが、感情と魔力にはなんらかの相互性がある。その点を注視して『感情を飽和させる』心算で魔力を注ぎ続けてきたというのに、それすらも払しょくされているとは……)」

 

 

 シュトロームの読みは『正しい』。

 後々になっての話であるが、シン・ウォルフォードもこの世界の魔法は『心』に反応してより強く実現する、と解釈している。

 其処から『あと一歩』を踏み込むと、つまりは以下の通りに説明できる。

 

 あやふやなイメージ(想像)でも明確な実像(リアリティ)を容易く顕現させる、この世界の【魔法】はかなり『大雑把』で『気前が良い』。

 そして其処には生物特有の『意志』こそが引き金となっており、無生物には魔力が宿らない、とされている。

 魔石という例外もあるが。

 

 意志とは思考の先端であり、思考とは生物が『生きること』の根源に当たる『欲求』から派生する。

 感情と欲求は思考するモノには割いて別個にすることのできない表裏なのだ。

 だからこそ、感情と魔力は相互関係にあり、人間こそが最も上手く魔法を扱えている。――様に伺えるのである。

 

 実際、過去に出現した魔人も、シュトロームの魔人化も、彼らが己の絶望または怒り(感情)を飽和させたことを発端としている。

 要するに、感情の負の方向への暴走の結果こそが『魔人化』である。

 ――と、其処までは踏み込めなかったのが、シンだったのであるが。

 

 

 シュトローム自身の云う『洗脳』は、彼が魔物を形成する時と同様、カートへ膨大な魔力を注ぐことを主体としていた。

 それを本人や周囲に気付かれないように気を張る必要があったが、僅かずつにだが、確実に破綻するようにと。

 カートの扱える魔力許容量を溢れさせることを目的として、その過程で『帝国貴族のように』横柄で尊大な人格へ矯正を施してきたのである。

 

 其処には『愚か者こそが最も動かし易い』という、帝国的な政策に最も似通った理屈があった。

 無論、元の人格として方向性が似通っていたからこそ取られた方式で在り、適さないモノには通じることも無い。

 手段としては酷く拙く、手間も時間もかかる迂遠な『教育』の一側面としか言いようの無い手管でしかなかったのだが、アプローチの方法としては決して間違いでは無かったのである。

 

 問題は、その結果が出る前に実験が取り止められたことにこそあるのだが。

 

 

「……何処の誰かは知りませんが、私の実験を未然に防ぐとは、面白い真似をしてくれますねぇ……」

 

 

 深めていた智謀の溝から這い出したのか、歩みを緩めたシュトロームは口の端を吊り上げた。

 愉悦に似た感情へと引き戻されたのは、自身の対抗馬が頭角を現してきたと推測した、先達としての優越感。

 

 自然と口に漏れ出た独り言は誰にも届いてはいないが、誰に聴かれていようと気にもかけないのだろう。

 未知や壁などの触れ得ざる障害に足を停められた時、彼は高揚感を覚える性分なのだ。

 

 それは魔人と化す以前から抱いていた、研究者としての本領から微塵も逸脱していなかった。

 

 

「噂に聞く賢者や導師か、はたまたまだ見ぬ英雄か……! 良いでしょう、まだ時間もあります。今は黙しますが、果たして私の策とどちらが適うのが先でしょうかねぇ……!?」

 

 

 所詮カートの魔人化は時間潰し序での実験であった。

 時間をかける一方で、彼は別の策を、既に足元まで積み上げてある。

 

 未だ見ない好敵手に、シュトロームは高らかにフフフ、フハハ、フゥーッハッハッハァーッ!! と三段笑いを王都へ響かせた。

 流石に不審者である。擁護できない。

 

 

 ――なお、カートくんの洗脳が解けたのは、入試帰りに道端で股間を抑えて蹲っていたカートくんを見兼ねたどこぞの色黒白髪が治療魔法をホホイと施し、その序でに過剰魔力が漂っていた部分をブレインウォッシュされた程度で、実験の妨害なんかは微塵も考慮されていなかったりする。

 カートくんの人格が豹変したように見えたのも、彼自身が『洗脳』の字面通りの意味で冷や水を被せられたように冷静になれて己自身の身の振り(黒歴史)を省みたからこそなった経緯で在るので――。

 

 要するに、誰も策など弄していなかったわけなのだが、それは言っても栓の無い話であるのだろう。どっとはらい。

 

 




~シュトロームせんせいのはちみつじゅぎょう
 原作読み返すと入試日までには家庭教師をしていた模様
 ちなみに自宅謹慎された時点で会いに行ったのは自主的な行為で、『人伝に聞いて来た』と釈明している。…これ、明らかに何処かで経過観察してたよね?
 実験動物を放置するのも在り得ないが、呼ばれたわけでも無いのに乗り込む点はやや雑
 まあ、実験動物を大事にしているようで、現場を直ぐに確認するのは研究者の鑑ではある

???「実験動物(ラット)がお礼を言ったのよ、『新しい世界を見せてくれてありがとう』ってね!」


~洗脳魔法
 作中でシュトロームが口にしたわけではなかったがちょっと待て。此れも色々言いたいぞ。とりあえず先に云うけど、暗示とか催眠とか、そんなのあるわけないわ(某マーガトロイド

 最初の方は本人もそういうこと口にしてなかったけど、後々になって魔法少女が爆誕した辺りでは潜伏魔人が洗脳魔法で王国民を煽動してた
 だが少し待って欲しい
 妹姫とかアリスとかの魔法少女の手によって頓挫された計画だったが、彼らは『実験』のために王国民へ洗脳魔法を施していた
 しかし、その前段階で宗教国家からやってきた生臭坊主を、既に洗脳して操り人形に変えていたのである!
 つまり話が前後してるんじゃね!? という奴なのだよ!(←ココ、キバ●シ

 実際、今の段階だと意図的にやったのは魔力をぐいぐい押し込んだくらいかと思われる
 原典の方では頭パンパンになるまで押し込めた魔力でカートくんの前頭葉がらめぇ…!と自身を抑制すること放棄した。いわゆるロブルスフロンタリス。これビヘイヴィアなんじゃね?

 シュトローム先生が何処まで確信を持っていたのかは知らないけど、洗脳と云うよりは初めから魔人化を目指していたかと
 でも結果が『あのざま』なのに帝国民ずんどこ魔人化させるのは研究者としてどうなのか。まあそれも含めて『後戻りさせない』っていう復讐だったとも取れる


~やることが…やることが多い…!
 中等部で教師をする一方で、王国と帝国の境界まで足を運んで魔獣化を促したり、それを王国側へ追い込んだり、その足で帝国内部の諜報機関を自身の手駒にしたり
 百年計画で虚圏と尸魂界行き来していた頃のヨン様(藍染)並みにフットワークが軽やか。ちなみにこちらは十年計画くらいかと思われる
 魔獣化実験の方は後になって実践で教えているくらいなので、手段持ってたのはシュトローム先生だけだったはず


~実験妨害
 いったい何処のオブシーの仕業なんだ…!?


気が付いたら真面目な話を書いてる…!
地の文多いのって嫌になるよね。読み飛ばしても良いよ?

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