第二次世界大戦でティーガーの車長だったけど質問ある?(没年:1944年) 作:味噌帝国
レナの転入から暫くの月日が経った。今日は紅白戦だ。黒森峰チームを二分した練習試合。戦車道は踏んだ場数がその場で経験、ひいては実力となる。
重戦車群が整然と隊列を組みながら進む。向かうは敵戦車群。全戦力を敵陣の弱い場所に集中させ、防御陣形を食い破り、そのまま敵のフラッグ車まで一直線。それが電撃戦であり、黒森峰、ひいては西住まほが最も得意とする戦術だ。
だが電撃戦では、いたずらに猛進するだけでは全ての防衛線を突破できずに行き詰まり、立ち直った敵軍により包囲される危険がある。戦車道が盛んな学校相手であれば特にそうだ。サンダース、プラウダ、聖グロリアーナ。それらの学校であればまほの電撃戦にも耐えうるだろう。
だが今のまほはその対策として一つの解を得た。つまりは
その
『レーナ、頼んだ』
『おうさ
編隊から外れた数台の内の1台のティーガーから、元気な声が聞こえ、派手に主砲が敵戦車に向けて放たれた。
「まずは1台目撃破! 次弾装填、砲塔右20度! 撃て! 通信士! 機銃を撃ちまくって出来るだけ気を引かせろ! 味方本隊に向かわせるな! 唾をはきかけるみたいに挑発しろ!」
援護に来ていた敵側のパンターが挑発に乗り、3台こちらに向かってくる。狙い通り。ティーガーを後退させ、味方本隊から引き離す。
「馬鹿が正面から突っ込んで来るぞ! 右側の奴を撃ち抜け! 運転手、アクセルの準備! すれ違いざまに他をやる!」
「レーナさん! 敵が分散しました! どっちに進みますか!?」
「右の撃破した方に向けてアクセル全開! 砲塔旋回準備しといて、撃破したら直ぐに回して!」
レナのティーガーは特別製だ。足回りやエンジンを魔改造した結果、普通のティーガーはカタログスペックで整地での最高速度は40km/hだが、レナのティーガーは最高45km/hを記録している。
突如突っ込んできたティーガーに驚いたパンターが、レナの戦車を攻撃しようとする。が、レナ達の方が僅かに早かった。既に撃ち抜いたパンターを盾にして、残りを手際よく片付ける。
「撃破!」
「Gut! そのまま前進だ!」
味方も上手いことやっている。敵を引き付け、決してこちらを無視させない。本隊の移動もこれで十分楽になっただろう。
「噂には聞いていたけど、こんなに忙しいとは……」
「お疲れ様。ま、これも教育の一環さ。
一帯の敵を片付けて、一息ついた乗員から声が漏れる。なんせレナのティーガーは『修練場』という別名がつく程に忙しい。矢継ぎ早に繰り出されるレナの指示を完璧に遂行しなければならないが、慣れれば命令に忠実な素晴らしい乗員が誕生する。
一年生にしてレナは他の生徒を指導する、言わば『教育係』になったのだ。良くも悪くも黒森峰は実力至上主義。一年生と言えどもレナの実力が放っておかれる訳も無かった。
それにレナにとってはピッタリの役柄だった。戦車の技術については言うまでもなく経験も知識もある。戦術についてはまほに劣るが、それなりに勉強はしたので数台で連携が取れるくらいにはなっていた。
少し、昔のことを思い出した。
戦争末期にはレナのような熟練の戦車兵は殆ど消えていた。新兵は皆戦車に慣れる前に死んで行った。レナはそれほど戦闘が激しくなかった時代から乗っていたので経験を積めた。ある意味幸運だったと言えるだろう。
今になってから後続の教育に力を入れるとは。少し自嘲気味に笑った。自分だけ戦車で目一杯暴れていれば良かったと思っていたあの頃、1942年以前とは大違いだ。
自分以外にもきちんと目を向けるようになったのは、やはり……
『……Tut mir leid,Helga』
「? 何て言いました?」
「ん、何でもないよ。さて、休憩もしたところだしそろそろ行こうか!」
「え、休憩っていつしました……?」
「……? 今一息ついたじゃん。ほら早く別の敵の増援の足止めに行くよ」
「うぇぇ……鬼だこの人……」
そうして何やかんやで今日の紅白戦は、まほとレナのチームが勝利を収めた。やる前から『クジ運が悪すぎる』と敵チームから文句が出ていたのは仕方の無い事だったろう。
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試合終了後、いつもの様にノンアルコールビール片手にブラブラしていたレーナは、バンカーの片隅で何やら書類に書き込んでいるまほを見かけた。
「まほ、いや、隊長? まぁいいか。何してるの?」
「! ああレーナ、少し今日の反省をな。レーナは今日の戦果も凄かったじゃないか」
「ふふふー今日は頑張ったからな! ま、最後は結構危なかったけどね! でもやっぱり戦車道は良いものだ!」
「……ああ、そうだな」
歯切れが悪くまほが返事をする。
「どうしたの? 何か悩み事かい?」
「……レーナ、やはりこの作戦は君への負担が大きすぎる気がする」
当然の事だが、レナが増援を食い止める役割をしようとすれば、どうしてもレナが不利な状況に陥る。あくまでも別働隊である上、本隊に戦車の台数が無くては意味が無い。レナは少数精鋭の気質があるがそれでもまほは、やはり不安だった。
「確かにこの役割を買って出たのは君だ。そこを否定するつもりは無い。だが負担が大きければ失敗の確率も高くなる。やはりこの作戦は使えはしまい」
まほの言っている事は理論上正しい。囮の役割を果たす以前に素早く撃破されればそれは無駄だ。西住流の教えに反する。更に言えばこれはレーナという強力な人材がいる事で成り立つ戦術。個人の技量に大きく左右される作戦に価値などない。
「大丈夫だよ。ちゃんと引き際は弁える。無理そうだったら本隊に合流するさ。なぁに、直ぐにそんな心配を吹き飛ばしてやるさ!」
「……レーナ……」
だがまほはそれ以前に、もっと
「それで仲間が助かるなら、私は本望だね」
レナはバンカーを後にする。まほは、その言葉が何故か胸にずっしりとのしかかった。まほはぽつりと呟く。
「レーナ。君は何故自分を大事にしないんだ」
レナの戦績表がその手には握られていた。まほは知っている。レナの戦車だけが他の戦車に比べて異様に被弾が多いこと。毎回練習試合が終わる度にレナの戦車はボロボロだ。彼女が自分から率先して激戦地に飛び込んでいくからだ。
まほには、それを評価すべきか、咎めるべきか分からなかった。
この時点で彼女の性質を理解できていなかったことに、後のまほは酷く後悔することになる。
主人公は『仲間』は大切だと学びましたがその中に『自分』は全く勘定に入れてません