第二次世界大戦でティーガーの車長だったけど質問ある?(没年:1944年) 作:味噌帝国
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「━━━━! ━━━!」
隊長は、よく冗談を言う。能天気というか、自由というか。そんな言葉があの人にはよく似合っていた。それは、どんな戦場にいても同じだった。
「━━ろよ! 誰が━━いいって━━━━!」
でも今のレナ隊長は、違った。よく見えないけれど、わかる。隊長は必死だ。一体何があの隊長をあんなに焦らせるのか。よく見てみたい気がする。
「誰か━━救━━━! ━止血━━━!」
「隊長━━━敵━━━!」
「━━━殺━━━!」
そこまで考えて、気がついた。自分の、頭が。腕が、胸が。痛い。苦しい。
「…………あ…………」
爆撃の犠牲になったのは、わたしか。
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「ヘルガ! しっかりしろ!」
「隊長! 敵戦車沈黙!」
「よくやったエマ! アナ! 後方の拠点まで下がる! そのまま行けるか!?」
「大丈夫です!」
ヘルガがやられた。その事実がレナの心に重くのしかかった。爆弾は丁度ティーガーの右前方より少し前━━即ちヘルガの座っていた場所の近くに当たった。
爆撃が逸れ、殆ど至近弾だったのは不幸中の幸いだった。爆弾の威力は装甲によって随分減衰したようだが、それでも人1人に重傷を与えるには十分だった。装甲に爆弾が当たり、装甲裏の金属が飛散しヘルガを傷つけたのだった。
ティーガーは右前方がひしゃげたが、走行は出来た。戦闘の継続は危険だったし、なおかつヘルガの状態が酷い。すぐに衛生兵に見せなくては危険だった。
「…………あ…………たい……ちょ……」
「! 喋るな! 今何とかするからな!」
悪い夢であって欲しかった。
「…………ごめん……なさ………………」
「ヘルガ! 耐えろ! お前じゃなきゃ誰が無線をやるんだ!」
声から力が無くなり。
「………………」
「…………ヘルガ?」
声すら聞こえなくなり。
「…………」
静寂が訪れた。
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その夜、ヘルガを埋めた。何も無い野原だったが、春か夏になれば、きっと花が咲くとグレータが言った。ヘルガが愛用していた無線機も隣に埋めた。
そしてスターリングラードでドイツ軍は負けた。故障したティーガーで頑張ったが、ソ連軍の攻勢に押され最終的に爆破処分し、レナ達は命からがらスターリングラードから脱出した。
そして寒々とした3月が訪れ、レナ達のスターリングラード攻防戦は終わった。
その後新しい戦車━━またもやティーガー戦車だった━━を手に入れたレナはその後も戦い続けた。通信手の補充の打診があったが、レナはそれを頑なに拒んだ。
偶に1人で無線を弄る時に、レナは周波数をめちゃくちゃにしてヘッドホンを付けて目を瞑った。
望む声は、聞こえて来なかった。
6月に連合軍が上陸する頃には、レナは一見回復したように見えた。前のように冗談を言うようになり、敵戦車も多数撃破した。連合軍の間でもレナの操るティーガーは有名になり、恐れられた。
しかしアナやエマ、グレータには理解できた。レナはやはり前とは違った。ヘルガの死を経て決定的に何かが変わった。
3人からすればレナは以前は戦場に喜んで行くようなイメージがあった。毎日が楽しいような、そんな様子だった。
だが今のレナにはそれは無い。いつもと変わらない態度だったが、そこには喜びは無い。
レナ自身は、自分があんなに好きだった戦車に打ち込めない理由が何となく理解できた。
レナは理解していた筈だった。戦争という物の恐ろしさを。人の命の脆さを。彼女自身が今まで何百人も殺してきたのだから。
レナは死を何処か遠いものとして捉えていた。2度目の人生。自分の命は軽いものだった。なぜならもし死んでも、次があるかもしれないのだから。無かったとしても、もう十分だった。大好きになった戦車を楽しむ為に、戦争に参加した。
敵兵の命もまた、彼女の中では意味の無いものだった。戦車の外側に刻まれている印は今まで破壊した戦車の数であり、その裏では何人も死んでいる。敵の命は、単なる成績でしか無かった。
如何に転生した身とは言えども、元は平和な日本の唯の女性に過ぎなかったレナには、命に対して極力鈍感になるしかなかった。無理を承知で堪えていた。
それがヘルガの死で壊れてしまった。
もう命に鈍感な自分には戻れない。これ以上部下を死なせないために、自分が何をするべきかレナは理解していた。
分かりにくいかも知れませんが
簡単に言うと『戦車の楽しさ』と『仲間の死の辛さ』の間で板挟みになっちゃったんですね。前までは意識しないようにしていたけどヘルガの死でどうしても意識してしまうようになった。
ところでこの時期のドイツ兵、それも連合軍側の戦車ぶち壊しまくった奴等がどうやったら生き残っていられるんでしょうね(ニッコリ愉悦顔)