スカボローフェアを聴きながら   作:Ghotiolo

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7/18:今回の更新からエビーのせりふにフォントを適用しています。(これ以前の話も修正済み)
1/20:修正


うすべにあおいに隠して

「お疲れさま、ハンターさん。この後、時間ある?」

 

 ユーリヤがハンターにそんな言葉を掛けたのは、夕食と、そのかたづけが終わった後のことだ。

 

 食堂にいるのはハンターたちとユーリヤ、それから私とティアだけ。さっきまでのだんらんはみんなと一緒に立ち去って、代わりに差し込んだ西日は床に跳ねて広がって、部屋を温かな明るさで満たしている。

 長椅子で休んでいたハンターは、ユーリヤに不思議そうな視線を向けた。ベストのポケットから顔を出しているエビーも、一緒に触角を向ける。

 

「特に用事はないが。力仕事か?」

「ううん、そうじゃないの。今日のことで、お礼がしたくて」

「今日?」

「ふたりの仲直りのこと」

 

 う、とうなだれる私の足下で、ティアがにゃあと鳴きながらくるくると回る。耳も尻尾もぴんと立っていて、今までの分なのか嬉しそうだ。おすましさんのティアが、こんなに喜びを前に出すのは珍しい。

 

 ……でも、エビーにアドバイスをもらったんだってばれたら、また怒られちゃうかな。お昼過ぎにハンターが提案してくれたことを日課に組み込んで、毎日どこかでティアとふたりきりで過ごして、そのぶん夜は医務室に来ればいいって。

 

 しゃがみ込んでティアのあごの下をなでると、ご機嫌に目を細めてごろごろとのどを鳴らしはじめた。

 大好きだよって気持ちはこうやって伝えられる。でも、いつもありがとうって気持ちと、わがままばかりでごめんねって気持ちをちゃんと伝えられたらいいのに。ないものねだりはだめだって分かってるけれど、それでもみんなみたいに、声を出せたらいいのにな。

 

「礼と言われても、私ができた事など……」

「そんなこと言わないで。とっておきの、おいしいハーブティーをごちそうするわ。ね、アレクシス、手伝ってくれる?」

 

 振り向いて微笑みかけてくれたユーリヤの後ろで、ハンターはぴしりと固まっていた。

 

 

 

 

 キッチンのストーブの(おき)()をおこして、ユーリヤは小さな琺瑯(ほうろう)のお鍋をかけた。お湯が沸くのを待つ間に、濃い紅色のすじが入ったうすべに色の花びらや青々とした葉を洗ったり、医務室から持ってきた瓶を開けたりしては、ハンターに見せていく。

 

「この花はコモンマロウ。このレシピで一番重要な花よ。もう花の時期は終わりで、生の花をハーブティーに使えるのはきっとこれが今年は最後。カモミールは青リンゴみたいな甘酸っぱい匂いがするわ。スペアミントはペパーミントより口当たりが優しいの。エルダーは花も実もおいしいしいのよ。ルーリンツが今度ジャムを作ってくれるって言ってたから、楽しみにしててね」

「……ああ」

 

 乾燥させたカモミールを受け取って、難しい顔で慎重に匂いを確かめるハンターに、ユーリヤは苦笑いした。

 

「心配しないで。このお茶は苦くならないわ」

「悪い。その、つい」

 

 ユーリヤはちょっとだけ眉尻を下げた。

 

「お薬、やっぱり苦すぎる?」

「いや、気にしないでくれ。飲まないと次の日が辛いのは理解している。用意してくれている事への感謝ももちろんある。……ただ、その……未だに慣れないというだけで……」

 

 その歯切れはひどく悪い。ハーブは苦い、という印象は、ハンターの中ではかちこちに凝り固まっているらしい。カモミール、いい匂いがするはずなのだけれど。

 

「それならお薬のことは我慢してもらうしかないけれど……でもね、ひとくちにハーブって言っても、色々な種類や効能があって、使い方もさまざまなの。ハンターさんのお薬に入ってるハーブはその中のほんの一部で、ほかにもたくさん種類があるのよ」

 

 ユーリヤは黄色く熟したレモンをまな板に置いた。

 

「たとえばさっきの晩ごはん。サラダに入ってたパセリやルッコラは貧血を防いだり、お(なか)の調子を整えたりしてくれるわ。それにジャムはルバーブの茎を煮詰めたもので、お肌にとってもいいの」

「あれが、茎? 果物じゃないのか?」

 

 ルバーブのジャムはあざやかな赤色をしているのだ。ハンターは軽く目を見開いて、それから確かめるように(ほお)や手の甲をなでてうなずいていた。

 

「変わり種として、今お風呂場に置いてあるせっけん液は、ソープワートの根を煮出してこしたもの。そうそう、この前、ハーマンたちがリース用の透かし飾りを作ってたチャイニーズランタンも。フィサリスの中でもあの品種は全草に毒があるのだけど、原産地の東の国では薬として使うって聞いたことがあるわ」

「……あれは、ウィンターランタンではないのか」

「うーん、ウィンターチェリーと呼ぶことはあるけれど、その呼び方を聞くのははじめてかな。それからね……」

 

 ユーリヤのお話を聞くハンターは、だんだん顔のこわばりも取れて、目元も柔らかく細められていく。これで凝り固まった印象もほぐれてくれるといいな。

 

 熱心に話す二人を眺めながら、私はカウンターにティーカップを二客並べた。ユーリヤと、ハンターのぶん。ほかのみんなには内緒のお茶会だ。内緒って響きだけで、なんだかわくわくした気持ちになるのはなんでだろう?

 

 そばにティアの姿はない。猫はミントがだめだから、ユーリヤが摘んだのを見たとたんに、尻尾をへなりと下げて距離を取ってしまった。今も入り口で、いつの間にか合流したダニーと一緒にこっちを覗いている。目が合うとにゃう、とせかすように鳴かれたけれど、もう少し待っててもらわなくちゃ。

 

 エビーはといえば、カウンターのすみっこに畳まれたベストの上でのんびりしている。体が小さいのとポケットの高さの関係でストーブの熱気にあてられやすいから、ハンターがキッチンに立つ時はたいていこうして待ってるのだ。

 

 ……あ、そうだ。

 私はざるからミントのいちばん小さい葉をちぎる。あんまり近づけすぎない位置でエビーに向けて振ってみせると、触角を揺らしながら大きくうなずいた。猫とは違って、なめくじはミントも大丈夫みたい。

 

 

  ありがとう きになってたの

  ふふ すてきなかおり

 

 

 差し出せば、エビーは口を伸ばしてもしゃもしゃと食べ始める。もともと体に抱えていた銀沙に若緑が混じって、白い光のつぶがぱちぱちと弾けた。

 

 

  さっぱりしてて すっとしてて

  おいしいわ それに なつかしい

 

 

 ならよかった。

 エビーは小さなミントの葉をぺろりとたいらげて、私に触覚を向けてぴこぴこと揺らした。

 

 

  ねえ いつもみたいに のせてくれないかしら

  そのたかさなら ひのそばでも

  ねつ そんなに とどかないとおもうの

  おねがいできる?

 

 

 うなずいて、頭の上に乗せる。ひんやりした感触がもぞもぞと動いて、落ちないぎりぎりまで身を乗り出して私の顔を覗き込んだ。

 

 

  あのね みんと わたしはすきよ

  でも おしゃべりできない なめくじは

  きっと いやがるわ きをつけてね

  なめくじは きむずかしやですからね

 

 

 そうなの?

 落ちない程度に首をかしげると、笑うようにきらきらと銀の光が舞った。

 

 

  ゆったり おはなしできるのは うれしいものね

  あのこが ゆるしてくれて ほんとうに よかった

  あとで うめあわせ してあげてね

 

 

 そんなことを言われて、はた、と入り口の方を見る。廊下に伏せたティアは、おもしろくなさそうな顔でこっちを見ている。でも、分かっている、と言いたげに目を細めてくれた。

 

 その顔にダニーが鼻を押しつけた。

 ぴっとりと体をくっつけて、ふんふんとこっちまで音が聞こえるくらいに嗅ぎ始める。鼻先でほっぺたを押されてティアはあからさまに嫌そうに顔をしかめたけれど、それでもダニーはすりすりと頭をこすりつける。そんなに力強く甘えたら、いつものことではあるけれど……あっ。

 

 その濡れた鼻先に、黒い前足が目にもとまらぬ速さでひらめいた。

 

 

  また やってる

  あのこたち とっても なかがいいわよね

 

 

 ぱちんと鼻先をひっぱたかれて、ひえっと大きな体を縮こめたダニーと、しゃあっとお説教するティア。突然の騒ぎにびっくりしているユーリヤとハンターの隣で、私は深々とうなずいた。

 

 

 

 

 むすっとしたティアと、ティアのあご乗せまくらにされてしまったダニー(尻尾は嬉しそうだから、まんざらでもないみたい)を眺めながら、のんびり待つこと数分。そのうちに、お湯がふつふつと沸き始めた。

 

 ユーリヤはカモミールとミント、それからエルダーをティーポットにいれて、お湯を半分だけ注いで砂時計をひっくり返した。ハンターはざるに残ったコモンマロウの花びらを不思議そうに眺める。

 

「それは入れないのか?」

「これはお鍋の方に。ふふっ、みんな、よーく見ててね?」

 

 いたずらっぽく笑って、花びらをお鍋に残ったお湯に落とす。ふわりと水面に落ちたうすべに色の花びらから、じわ、と淡い青がにじみだした。

 

「これは……」

 

 お鍋をかき混ぜると、花びらからだんだんとうすべに色が抜けて、代わりに少しずつお湯は青に染まっていく。ハンターは目を丸くして、その様子に見入っていた。

 

「不思議でしょう? コモンマロウの花びらは、とっても綺麗な青を隠しているのよ。乾燥させたものだともっと濃い青が現れるの。それこそ夜が深まるみたいにね」

 

 白い琺瑯に、空色が映えて光る。揺れる水面は神秘的で、湯気を立てているのにしんと冷たそうに見えた。

 

「コモンマロウはのどが荒れている時には、その痛みを和らげてくれるの。ただこれだけだとほとんど味がしないから、ほかのハーブを合わせて飲みやすくするのよ」

 

 すっかり空色に変わったお湯をティーポットに移し、カウンターに向き直って、ユーリヤは、あ、と小さく声を上げて足を止めてしまった。

 すぐにハンターが食器棚からティーカップをもう一客出して、並んでいるカップの隣に置いた。

 

「もう一人分あるか」

「ええ、大丈夫。……ありがとう、ハンターさん」

 

 秘密のお茶会なのに、誰のぶんだろう。

 首をかしげて眺めている前で、静かにお茶が注がれて、カップがそれぞれの前に置かれていく。ユーリヤに、ハンターに、それから、どうしてか私の前にも。

 

 えっと、私、飲めないよ?

 そう思ってユーリヤを見上げても、優しい目をこちらに向けるばかりだ。

 

「ねえ、アレクシス。あなたさえよければ、一緒に椅子に座ってお茶を楽しまない? 普段のごはんの時は、ずっと気を使わせてしまっているから……」

 

 ユーリヤは嬉しそうに、でもどうしてか、少し寂しそうに笑っていた。

 気を使わせているというのは、もしかしてみんなが食べてる時は、部屋の外で待ってることを言っているのだろうか。むしろ最初は私のぶんの席と料理まで用意してくれようとしたこともあった(もったいないからと断った)し、中で待ってるとみんな私を気にしてしまっていた。だから実際に気を使わせてしまっているのは、私の方なのだけれど。

 

 

  ねえ せっかくだもの

  ごしょうばんに あずかりましょう?

 

 

 エビーの尻尾が頭を優しく叩いた。でも、とハンターの手を取ると、指を手のひらに当てる前に返事が戻ってくる。

 

「後で私が飲む。気にするな」

 

 ……いいの、かな。

 ハンターが引いてくれた椅子におずおずと座ると、ユーリヤはほっと安心したように笑った。

 

「それで、ここにレモンを入れるとね……」

 

 まるで太陽みたいな薄切りのレモンを、そっとくぐらせる。

 空色はまばたきのうちに温かなうすべに色に様変わりして、ハンターは言葉もなく目を瞬いた。自分のと私の青いままのカップの中身を交互に見て、楽しそうに微笑むユーリヤを見て。それからもう一度ユーリヤのカップをのぞき込んだ。

 

「……どういう事だ?」

「ふふっ。コモンマロウのお茶はね、レモンやはちみつで色が変わるの。乾燥させた花で()れたお茶は、夜明けにたとえられることもあるのよ。青から紫、そして朝焼けの色に変わるから」

 

 ハンターはお皿の上のレモンの薄切りを自分のカップに落とした。さっきと同じように青は溶けて、()(ごり)すら残すことなくうすべに色へと移り変わる。

 

「すごいな。どうしてだろう? 不思議だ」

 

 お皿をこっちにまわしてくれたハンターの目はわくわくと輝いていて、なんだかずっと年下の子供みたいだ。

 

「ユーリヤ、原理は知ってるのか?」

「ごめんなさい。どうして色が変わるのかは私も知らないの。……あ。でも、前に飲んだ時にね、カップを洗おうとしてせっけんの泡を当てたら、底に残ってたお茶のうすべに色が真っ青に戻ってたわ」

「石鹸で青に? どういうからくりだろう?」

 

 珍しく、声も弾んでいる。つられてこっちも楽しい気持ちになるし、エビーもユーリヤもほほえましそうにハンターを見ていた。

 

「ほら、お前も」

 

 私もレモンをつまんで、お茶の中に落とす。何度見ても空色からうすべに色に移り変わるさまは不思議で、いったいあの淡い花びらはどこにこんなにたくさんの色を隠していたんだろう?

 

 

  よあけって すてきな たとえ

  でも これは ゆうぐれのほうが ちかいかしら

  そらが たくさんのいろを かくしてるのと おなじね

 

 

 エビーのこぼした言葉にうなずいた。

 

 レモンをカップから出して、ユーリヤは先にひとくち飲んでみせる。

 

「うん、大丈夫みたい。……この学校に来たばかりのころにね、ある人が淹れてくれたのよ。コモンマロウの色みたいに、素敵なことは思いがけないところに隠れているから、一つ一つ見つけていきましょう、って」

 

 白い指が、カップのふちをそっとなぞった。どこか遠くを見つめていた青い目は、まばたきと共にハンターへと向けられる。

 

「ハンターさん、いつもありがとう。このお茶の色やおいしさが、ハンターさんの思い出の一つになってくれたら嬉しいな」

 

 はにかんで笑うユーリヤのかたわらで、ハンターは視線を手の中のカップに落とした。その顔によぎった影は、楽しげだった表情を拭い去ってしまう。

 

「……いつも、か」

「どうしたの?」

 

 ユーリヤはカップをソーサーに戻して、ハンターの顔を覗き込んだ。

 見つめられた先で、ためらうようにあいまいに口が開く。

 

「……私は、君たちの優しさに、報いる事ができているのだろうか」

 

 その声は沈んでいた。元気づけたくて節ばった手を握っても、握り返してくれるだけで表情が晴れることはない。

 

 ユーリヤは少しだけ目を見開いて、それから閉じる。すぐにまぶたを開け、見ている人を安心させるような優しい笑顔を浮かべて、ハンターを見つめた。

 

「ねえ、ハンターさん。あなたはいつも、私たちにとてもすてきな贈り物をしてくれてるわ。そのことにちゃんと気づいてる?」

 

 ハンターの目に戸惑いが浮かんだ。考え込むように視線をさまよわせて、すぐに首を振った。

 

「ダニーの遊び相手になってくれてること。ニルスの調べごとの相談に乗ってくれたり、ルーリンツやマリーのお手伝いをしてくれていること。それからなにより、アレクシスを見つけて、かけはしになってくれたこと」

「それは、しかし、ささやかすぎるだろう。こいつの事はともかくとして、ほかは結局、君たちにもできる事をしているだけで……」

「ううん。私たちにとっては、すごく嬉しいことなの。ハンターさんが私たちの気持ちを、大切に思ってくれてるのと同じ。誰にでもできるからって、ほかでもないあなたが助けてくれてることは決して()せたりしないわ。……それにね」

 

 ユーリヤの笑顔が、ふわりとほころぶ。

 

「ほんのささやかだと思っていた小さな贈り物が、受け取った人にとってたくさんの幸せに変わってくれるなら、そしてそれをお互いに贈り合ってどんどん幸せが増えてくなら。それってすごく素敵なことだと思わない?」

 

 私に握られたままのハンターの手に、少しだけ力がこもった。まぶたがかすかに震え、それを隠すように伏せる。湿り気を帯びた声で、小さく呟いた。

 

「……敵わない。君たちには、本当に」

 

 ハンターは握り返していた手を静かにほどいた。伸びてきたその手が私のひたいに触れ、親指がそっとなでた。目をしばたいてハンターを見つめると、彼はちいさくうなずいた。

 

 そのままカップを手に取り、口元に運ぶ。少しのためらいのあと、意を決してぐいっと傾けた。

 そうして、驚いた顔でカップを覗き込みながらぽつりとこぼした。

 

「……うまい」

「でしょう?」

 

 ユーリヤは嬉しそうに笑う。その温かい笑みを見て、ハンターも口元を柔らかく緩めた。




カモミール【苦難の中の力】
ミント【温かい心、思いやり】
エルダー(ニワトコ)【苦しみを癒やす】
コモンマロウ(ウスベニアオイ)【穏やか、柔和な心】

 「セージ【知恵、尊敬、家庭の徳】」了。
 幕間を一話挟み、次章「ローズマリー【追憶、変わらぬ愛、あなたは私を蘇らせる】」に移ります。掲載まで今しばらくお待ちください。

 のんびりした話は今回で一区切りです。
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