スカボローフェアを聴きながら   作:Ghotiolo

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私には遊び仲間もいたし、親しい友だちもいた、
子供の頃の、楽しい学校時代の頃の、話だが、――
でも、もうみんな消えてしまったのだ、あの昔の懐かしい顔は。

I have had playmates, I have had companions
In my days of childhood, in my joyful school-days;
All, all are gone, the old familiar faces.
  チャールズ・ラム「昔の懐かしい顔」より(訳文・平井正穂編「イギリス名詩選」岩波文庫)


異刻の騎士
The Outlandish Knight--Goodfellows


 

「……ロッブの森の妖精。私の声が、届いているのなら」

 

 白い髪の女の子を抱きかかえて、自分自身も額から血を流しながら、彼は揺れる瞳で僕を見つめて言った。

 

「友達を助けたい。力を貸してくれ」

 

 

 友達を助けてあげたい。

 はじまりはそれだけだった。

 

 


 

 

 森のはずれの塀の横に、真新しい妖精見猫の飾りを見つけて、僕は思わず駆け寄った。

 

 猫は苦手だけど、この飾りは好きだ。止まった時の世界でも、くるくる回せば木漏れ日にきらきら光る。妖精が森から出てこないようにっていうおまじないを、当の妖精が好きだって知ったら、これを置いた人はどんな顔をするのだろう?

 

 でも、そこからこぼれ落ちた(こと)(だま)に、目が丸くなる。

 

 

 ――マーシャ、無理はしてないかい。あんなことがあった場所だし、()()も治ったばかりなんだ、なにか少しでも違和感があれば、すぐに言うんだよ。

 ――うん。いつも付き合ってもらってごめんね、ニコ。

 ――気にしないで。私だって、彼にはお礼を言いたいのだからね。

 

 

 これは、この前の二人の声みたい。マーシャって名前は、確か男の子が気絶していた女の子にそう呼びかけてたのを覚えている。

 

 じゃあ、二人とも元気なんだ。

 

 よかった、ってほっとする気持ちと、本当にこれでよかったのかな、って落ち着かない気持ちが、ぐるぐるとおなかの中で混ざって変な気分だった。それに、こんな風に人から良く言われるのは、本当に久しぶりだったから。

 

 ローアンの街に暮らす人々は、妖精をよくないものだって思っている。街中で暮らしている猫たちの面倒をみんなで見たり、こうやって妖精見猫を飾ったりするのも、妖精が不幸を街まで運んでこないように、っていうおまじないなのだ。

 

 

 ――よくお聞き。ロッブの森には決して入ってはいけないよ。あの時の止まった森には、古い妖精の女王と、小さな妖精たちが()んでいるからね。

 ――足を踏み入れたが最後、命の時間を奪われて、だれにも見えない幽霊にされて、暗い暗い森の中をさまよい続けることになってしまうよ。

 ――それに、赤ん坊の子守をしている時は、絶対に森のそばを通ってはいけない。小さな妖精たちはいつも友達を欲しがっている。だから女王は赤ん坊と見れば取り上げて、取り替えてしまうのさ。

 

 

 そう孫に言い聞かせていたおばあさんも、その妖精が孫の隣で話を聞いてたって知ったらびっくりしただろう。正確には、おばあさんのそばに残った言霊を聞いただけなのだけど。

 

 だいたい、おばあさんが言うようなことは、少なくとも僕はしたことはない。

 ロッブの森の妖精は、今は僕と女王さまのふたりだけだ。昔は森に捨てられた子供たちの幽霊とか、崖と岩の隙間に閉じ込められた白っぽくてぼんやりしたのとか、あとは一人だけ大人の女の人もいたけど、いつの間にかみんな消えて、どこかへ行ってしまった。女王さまに()いても、僕が特別な子だから、ってしか言わない。つまり女王さまにも、みんなが消えてしまった原因や僕だけが残っていられる理由は、よく分かってないってことなんだろう。

 

 そもそも、友達なんていらないのにな。

 

 うつむいて、自分の手のひらを見る。両手の中指には、それぞれ時の青い指輪と生命の赤い指輪がはまっていた。これがあるから、僕は女王さまと同じように止まった時の世界に(とど)まれる。だけどこれがあるから、どれだけ憧れても僕は流れる時の世界で過ごし続けることができない。

 指輪を持たない人の子供たちに混じっても、それがたとえ命の時間を失った幽霊でも、同じように遊べはしないのだから。友達なんて欲しがったって仕方がない。仕方ないことにだだをこねるほど、僕だって子供じゃないし。

 

 もう一度、妖精見猫を回す。(きし)んだ音を立てながら、もう一つ、言霊がぽろりとこぼれた。

 

 

 ――妖精さん、今日もいないのかしら。あんまり奥までは探しに行けないし……お礼、ちゃんと言いたいな……

 

 

 女の子の声は、しょんぼりと沈んでいた。そんな風に気に病まなくていい、の…………探しに? えっと、なにを?

 僕のことなら、探して見つかるものじゃない、のだけど……

 

 しゃがみ込んで足元を見た。踏まれて寝た下草や、こすれてはがれた(こけ)。それから、柔らかい土に残った小さな靴跡と、それより大きな靴跡。ごく新しい痕跡は、ぜんぶ森の奥へと向かっていた。

 ロッブの森の奥は危険だ。急な崖や斜面、それから深い谷がたくさんある。迷い込んだら帰ってこられない、って言われるくらいには、滑落しやすい場所も多いのだ。

 

 いてもたってもいられなくて、僕は二人ぶんの足跡を追いかける。また、怪我とかしてないといいのだけど。

 

 

 

 

 

 そんな心配とは裏腹に、二人はまだ森の浅いところにいてくれた。

 

 まだ温かさの残る灰のような、柔らかい白い髪の女の子。それから、ひょろっとして背の高い、金の髪の男の子。二人とも木立の中にしっかり立っている。あの日と違って、ぐったりしてたり、額から血を流したりしてない。すこし、ほっとした。

 

 でも、どうしよう? 帰ってもらう? 時振計の導きの言葉は……ううん、あんまり役に立たないや。

 

 時振計のふたをぱちんと閉めて、二人の前に立った、その瞬間。

 

 かちり、と時間の振れが定まる音がした。

 

 またたく間に世界は温かく色づいて、木々の枝が風に揺られ出す。さやさやと(こずえ)が鳴る音や遠くから聞こえる小鳥の軽やかなさえずりに、いつもなら耳を傾けるところだけど、今は困惑の方が強かった。

 

 ……時間の振れを定めるようなことは、なにもしてないのに。どうしたんだろう。

 

 女の子は目と口をまんまるにして、僕の方をじっと見つめた。なんだろう、後ろに鹿でもいるのかな。そう思って振り返っても、いつもの森があるだけだ。

 

「……、……右手の、赤い指輪。……妖精さん? あなた、妖精さん、よね?」

 

 ……えっ、と。

 顔の向きを元に戻して、横にずれる。女の子のきらきらしたすみれ色の目も一緒についてくる。僕自身を指させば、勢いよくうなずいた。

 ……まさか。僕が見えてるの?

 

「マーシャ、からかうのはよしてくれよ」

 

 後ろのひょろっとした男の子は、線の細い顔に優しい笑みを浮かべていた。この前の鬼気迫るような表情とは正反対だけど、きっとこっちがいつもの姿なのだろう。だからこそ、額に残った大きな傷跡はひどく場違いに見えた。

 そんな彼に向かって、女の子はむうっと(ほお)をふくらませて首を振る。

 

「もう、からかってないわ。……あの日、私たちを助けてくれた妖精さんで合ってる?」

 

 ()()されながらうなずくと、女の子はほっと胸をなでおろした。

 

「よかった、やっと会えた! あのね、あなたにお礼を伝えたくて、怪我が治ってからずっと探してたの。助けてくれて、本当にありがとう」

 

 僕の手に、女の子の手が重なる。ぞわってした感触が腕を駆け上ってきて、思わず手を引っ込めた。

 

「あっ」

 

 女の子が少し驚いた顔で、まばたきをした。その瞬間に時間は止まって、あたりに冷たい色が戻ってくる。

 

 ……どうして? 時間が流れ出したのも変だったけど、今だって時間の振れを定めるようなことはしてないのに。

 

 僕は引っ込めた自分の手を見て、それから女の子を見つめる。時間が流れ始めたのはこの子の前に立った時で、止まったのはこの子がまばたきをした、目を閉じた瞬間だった。……もしかして。

 そっと女の子の手に指を重ねた。ぞわぞわした感触が広がるのと同時に、かちり、と音が再度響いて、女の子のまぶたが開いた。

 

「あれ?……気のせいだったのかしら?」

 

 女の子は不思議そうに首をかしげた。その拍子に、襟元の真新しいブローチがきらりと光る。すぐに笑顔を浮かべて僕を見つめた。

 

「私、マリヤ。マリヤ・ウスペンスカヤ。みんなからはマーシャって呼ばれてるわ。こっちはニコラス。ニコって呼んであげて。ニックだと、ルーの家で飼ってるおじいさん犬と同じになってしまうの」

 

 指し示した手につられて、僕は男の子を見た。きらきらした笑顔のマーシャとは正反対に、ニコの顔色は悪い。

 

「……マーシャ。きみまさか、本当になにか見えてるのかい……?」

「ニコこそ。見えてないの? 夕焼けの雲みたいな金色と、深くてきれいな青よ」

「えっ、と、きみの前に、なんだか変な感じはする、けど……え? これ、どういう、ことだ……?」

「よく分からないけれど……でも、きれいで、すごく優しそうな子よ」

 

 だんだん青ざめてきたニコから視線をこっちに向けて、マーシャは僕の顔をのぞき込んだ。

 

「ねえ、妖精さん。あなたの名前も教えてくれる?」

 

 ……えっと、どうしよう。

 うつむいた僕に、マーシャは小首を(かし)げた。

 

「しゃべれないの?……ううん、半分はそうみたいだけど……もしかして、名前、ないの?」

 

 うなずいて返事をする。

 女王さまは僕のことを、あなた、とか、愛しい子、としか呼ばない。自分だけの名前に憧れたことはあるけれど、呼ぶ人がいない名前なんてあっても仕方がないから。……でも、どうしてマーシャは僕に名前がないって分かったんだろう?

 

 じゃあ、とマーシャはくちびるに人差し指を当てた。

 

「そうね……ロッブ、ロバート……うん、ロビン。あなたのこと、ロビンって呼んでもいいかしら?」

 

 ロビン?……ロビン。僕は、ロビン。

 繰り返しても、なんだか変な感じだった。誰かに呼びかけられること自体、あんまりなじみがないからかもしれない。

 でも、どうしてだろう。どこかくすぐったくて、ふわふわしたものが頬のあたりを漂っているような気分だった。

 

「どう? 気に入ってくれた? それとも別の……」

 

 慌ててうなずく。一度じゃ足りない気がして、何度もうなずく。

 

「ふふっ、ならよかった」

 

 にこにこしていたマーシャの後ろで、ニコが自分の両の頬を強く張った。よし、と一つうなずいてから、突然の音にびっくりしているマーシャと、僕のいるあたりとを交互に見る。

 

「……その、きみの前にいる妖精さんって、ロビン・グッドフェロー*1なのかい?」

「ううん。そっちとは関係なくて、ロッブの森で会ったからロビン。だからつづりも少し違ってくるね。でも、膝から下がすごく細くて、足首から下はほとんど見えなくて、言われてみればやぎの足に少し似てるかも。……ニコ、大丈夫?」

「正直、足元がぐらぐらしてる気がするよ。……はは、情けないな」

 

 ニコは力なく笑った。そんな彼に向かって、マーシャは首を振る。

 

「そんなこと言わないで。ニコが誰よりも勇敢なことは、私とルーがよく知ってるもの」

「え、う……」

 

 青ざめていた顔が、みるみるうちに赤くなる。なんだか忙しい人だなあ。

 

 ぼんやりとそんな感想を抱いた後で、僕ははっとした。

 そうだ、お礼。名前を贈ってもらったのだから、なにかお返ししなくちゃ。ええと、返せるのは……女王さまにあげるつもりだったものだし、これならきっと喜んでくれる。

 

 いったん手を離すと、マーシャがまばたきした瞬間にまた時間が止まった。この子が見てなくても止まる時と止まらない時があるのはなんでだろう。不思議だけど、それは後で考えればいいや。

 なんだか()いた気持ちで、足下に咲いていたハーツイーズを右手で摘み取る。物思いに(ふけ)る小さな花は命の時間を吸い取られて、みるみるうちにしなびていった。

 すっかり白くなってしまったハーツイーズを時の隙間にそっとしまって、それから入れ替わりに枯れたブルーベルの花を取り出して、右手の指でつまむ。

 

 中指の赤い指輪が脈打って、淡い光がこぼれ落ちた。光の粒がブルーベルに触れるたび、乾いた表面はみずみずしさを取り戻していく。きっと春の匂いも戻ってきたことだろう。僕にはそれがどんな香りなのか、知ることはできないのだけれど。

 そうして僕の手の中には、まるで今朝がた咲いたような、あでやかなブルーベルの花があった。それをマーシャの手の中に持たせれば、また時間が動き始める。

 

「え……きゃっ?」

「わ、うわぁっ!?」

 

 マーシャは取り落としそうになったブルーベルを慌てて(つか)んだ。ふたりからすれば、突然マーシャの手の中に花が現れたように見えただろう。ふたりともびっくりした顔で――ニコにいたっては腰を抜かして――まじまじと花を見つめていた。こんなに反応してくれるのは楽しいな。

 

「これ……ロビン、あなたが?」

 

 うなずくと、マーシャは花をぎゅっと抱きしめた。

 

 ニコはズボンについた枯れ葉を払いながら立ち上がり、マーシャの手の中の花を(のぞ)()んだ。

 

「……ブルー、ベル? 生花、だよね? 今日は夏至だっていうのに」

「妖精さんだもの、きっと秘密の花畑を知ってるのよ。……ありがとう、ロビン」

 

 マーシャはつぼみがほころぶように笑った。まるで森の中にそそぐ木漏れ日を浴びた花みたいにきらきらしてて、僕はただ、その笑顔に見とれる。

 

 こんな風に(うれ)しそうにお礼を言ってもらえるなんて、いつぶりだろう。

 

 その時、遠くから大人の男の人の声が聞こえてきた。マーシャとニコは顔を見合わせる。

 

「いけない、お父様だわ」

「そろそろおいとましようか。……その、ええと、ろ、ロビン」

 

 ニコは背筋を伸ばして、僕のいるあたりを見つめた。一度深呼吸してから、落ち着いた声で語りかける。

 

「この前はありがとう。おかげで私もマーシャも助かったよ。きみがいなかったら、大怪我だけでは済まなかった。本当に、感謝している。……なんて、言葉だけでは全然足りないけれど」

 

 今まで素通りしていた冬空のような青い目が、すっと僕に焦点を合わせた。

 びっくりしているうちに、マーシャの手は僕から離れて、二人とも元来た道を引き返していく。最後に、振り返ったマーシャは大きく手を振ってくれた。

 

「ロビン、またね!」

 

 そして、時間の振れがすべて定まる。

 

 文字盤の二つの針は同じ数字を指して重なり、かちりと音を立てて固定される。この時間の中に、僕ができることはもうないみたいだった。

 

 二人の背中もいつの間にか消えて、昼下がりの森に立っているのは僕だけだ。

 

 ぼんやりと、自分の手をなでる。さっきまでのぞわぞわした感触の()(ごり)は、温かな気持ちと共に強く強く残っていた。

 

 またね。街の子供たちが夕暮れ時、それぞれの家に帰る時に、友達に伝えるあいさつ。

 ……でも、またっていつだろう?

 僕にとって時間は飛び越えるもの。でも妖精じゃない生き物にとっては時間は流れるもの。飛び越えた先がマーシャたちにとっては一年とか十年とか――それがどのくらいの長さなのかはよく分からないけれど――先だったら、きっと忘れられてしまう。せっかく(もら)った名前だって、呼ぶ人がいなくちゃ。

 

 マーシャと、ニコ。

 時間を飛び越えた先でまた会えるかな。また、名前を呼んでくれるかな。

 

 僕はハーツイーズを握って、森の奥へ走る。この花を川に流してあげて、はやく時間を渡らなくちゃ。

 

 ふと、空を見上げる。半分に欠けた月が、枝葉に隠れるように(のぞ)いていた。

 女王さまは今も僕を見ているんだろうか。

 ……なにも言ってこないし、きっと大丈夫だよね。それになるべくなら心配、掛けたくないもの。

 

 


 

 

 時の雪が降る暗闇から外に出るときは、いつも安心と不安がないまぜになった気持ちになる。

 

 妖精は時間を飛び越えることができる。でもどこにたどり着けるかは僕には決められなくて、ただ流れに任せるしかない。

 

 この暗い暗い場所にひとり取り残されて、もうずっとここから出られなくなったらどうしよう。

 でもその暗闇が晴れた先で、森も、街も人も、女王さまだっていなくなってしまっていたらどうしよう。

 

 その両方が、いつも怖い。

 

 だけど今は、それはすっかり隠されてしまっている。また会えるかな。はやく会いたいな。そんな気持ちが湧き出して止まらないのだ。

 

 

 

――妖精さん、やっと会えたね! お礼も言えたわ。――

――そうだね。でも少し残念だな。私も見えたらよかったのだけど。――

 

1881年。6月21日、12時。

  

1881年。6月28日、14時。

 

――また会いにきましょう。それに別れ際、なんだかさみしそうだったから。――

――会いに来るのもいいけれど……もっと、何かできないかな? ルイスにも相談してみようよ。――

 

 

 

 

「ロビン!」

 

 目を開ける前に優しい声が聞こえて、ぞわっとした感触が手に触れた。

 慌ててまぶたを開く。僕にとってはさっき別れたばかりのマーシャが、花が咲いたみたいなきれいな笑顔でこっちを見ていた。

 

「一週間ぶり。元気にしてた?」

 

 とりあえずうなずいて、それから、じわじわとおなかの底から浮かび上がってくる嬉しさをかみしめた。

 

 ちゃんと覚えててくれた。

 名前も、呼んでくれた。

 むずむずして、じっとしてられなくて、でも手を離すのも嫌だ。どうしよう。どうすればいいんだろう?

 

 そんな僕とは反対に、マーシャは笑顔を消して、悲しそうに眉尻を下げた。

 

「あのね。私、あなたに謝らないといけないことがあるの。……ブルーベル、枯らしてしまったの」

 

 枯れちゃったの? でも、本当は春に咲く花だし、そういうものなんじゃないのかな。いつでも色んな季節の花が咲いてる女王さまの花畑の方が、きっと普通ではないのだろうから。

 

「それも、半日も()たないうちに、おかしな風に枯らしてしまって……本当にごめんなさい。せっかくあなたが贈ってくれたのに……」

 

 気にしないでほしくて首を横に振っても、マーシャの(うれ)いは晴れない。……声さえ出せれば、言葉で気持ちを伝えられるのにな。

 

「……マーシャ、待ってくれよー……」

 

 遠くから、そんな声が木々の間を縫って届いた。しばらくして、息を切らしたニコが、よろよろと姿を見せる。

 

「あ……ごめんなさい、ニコ。病み上がりなのに、無理させてしまって」

「それは君もだからね……ベッドの上にいたのは、君の方が長かったんだし……」

 

 ひざに手をついて息を整え、ニコは額の汗を拭った。

 

「えっと、やあ、ロビン。……そこにいる、よね?」

「うん。私の目の前に。やっぱり見えないの?」

「うーん……見えないけれど、なんとなく、そこになにかがいるのは分かるというか……マーシャが言うような黄金色や青は、やっぱり私には見えていないよ」

 

 不思議そうに首をひねりながら、ニコは僕がいるあたりを眺めている。

 

「大丈夫かな。マギーはともかく、ルイスは信じてくれるかな……」

 

 ニコの言葉に、マーシャはすこしだけ緊張した面もちで、僕をじっと見つめた。

 

「あのね。あなたを私たちの学校に招待したいの。あなたのことを、大切な友達に紹介したくて。それから、お願いしたいこともあるのだけど……いい、かしら?」

 

 僕はきょとんとして、それからうなずいた。マーシャはほっとした様子だけれど、そんなに緊張することだったのかな。

 

「紹介したいのは二人。メガネのルーと、小さなマギー。……本当はね、シムっていう子もいるのだけど、怖がって物置小屋に隠れてしまったの」

「シムのことはどうか気にしないでほしい。あの子は夜風に揺れるカーテンに(おび)えるくらいの怖がりだから」

 

 マーシャの後ろで、ニコは苦笑いして付け足した。

 

「ただ、それと同じくらいの知りたがりでもあるんだ。あの子がひとしきり怖がり終わったら、きみさえ良ければ仲良くしてあげてほしい。……それで、街中を通ることになるんだけどさ」

 

 ニコは半信半疑といった風に首をひねって、上着の内側から乾燥した草の束を取り出した。

 

「これ、一応用意したんだけど……妖精は猫が苦手、って、本当なのかい?」

 

 

 

 

 僕の知っているローアンは、ほとんどが時間の止まった冷たい街だ。振れを定めれば時間は流れ始めるけれど、それはほんの短い間だけ。

 

 だけどマーシャの手に握るように触れて歩くローアンは、ずっと流れて止まらない、温かな色の街だった。

 

 駒鳥の胸元のように赤い(れん)()の壁と、優しい色合いの石()きの屋根。そのてっぺんに載った(しん)(ちゅう)の妖精見猫の飾りが、青空の中で鈍い光を跳ね返していた。

 窓辺の赤いゼラニウムも、軒先に掲げられた猫の飾りがついた看板も、風に揺れて小さな声で歌っている。本物の猫がいるときは、先に歩いてるニコがキャットニップを配って道の端によけてもらっていた。

 

 その間を行き交うのも、大人から子供まで、本当にいろんな人たちだ。顔立ちも服の仕立ても様々で、髪の毛だって、金色だったり、赤かったり、濃い焦げ茶や黒だったり。仕立てのよい服を着こなすおじさんもいれば、(かっ)(ぷく)のいいおばさんたちもいる。まとまって歩く年若い人たち――ローアンには古い大学があって、彼らはそこの学生だろう――は、難しい話を交わしていた。

 その人たちがいっぺんに、ばらばらに動き続けているのだ。ぶつかることなく歩き回り、ときに道端で立ち話をして、真面目な顔だったり、笑ったりしている。

 

 すごい。

 本当に、すごい!

 

 駆け出したい気持ちをぐっとこらえて、僕はマーシャと同じ歩幅で歩く。でもきょろきょろと見回しすぎて足が遅れて、手がずれてしまうことが何度もあった。

 

 マーシャたちはこんな世界で暮らしてるんだ。あざやかで、温かくて、不思議で。時の振れを定めなくても、音も光もずっと止まらずに動いている。見慣れた街並みのはずなのに、どこに目を向けたってはじめて見るものばかり。どうして僕には目と耳が二つずつしかないんだろうって本気で残念に思うくらいだ。

 昔は憧れていた。普通の人みたいに過ごせたらって。ずっと昔に仕方ないって諦めたことが、今になって実現するなんて。

 

 僕は隣を歩くマーシャと、前にいるニコの背中を見た。なにをお返しすれば、この喜びに見合うだろう? またブルーベルの花を探す? それとももっと別のものがいいかな。ちゃんと考えて、二人に同じだけのものを返さなくちゃ。すごく難しいに決まってるけど、ぜったいにやりとげなきゃだめだ。

 

 その瞬間、雷が落ちた。

 

 耳をつんざく大きな音に頭を殴られて、思わずその場にしゃがみ込んだ。空は晴れてて、雲なんてひとつも浮かんでなかったのに。

 だけど、周りの雑踏はなにも気にしてないように止まらない。恐る恐るマーシャを見上げると、彼女はちょっとだけ笑って、小さく(ささや)いた。

 

「二時半の鐘の音よ。大丈夫」

 

 マーシャが視線を向けた先には、街で一番背高な時計塔があった。大きな文字盤は、確かに二時半を示している。

 

「近くで聞くのははじめて? 動ける?」

 

 ふらふらする足で立ち上がって、うなずく。鐘を鳴らして時間を知らせてる、というのは知ってたけど、機会がなくて今まで実際に聞いたことはなかった。そっか、これが鐘の音なんだ。まだ空気がびりびりしてる。慣れてるのかもしれないけれど、こんな大きな音に誰もびっくりしないの、なんだかすごいなあ。

 

「無理はしないでね。休むならベンチが……」

 

 首を振って、道の先を指差す。大丈夫だってつもりで大きくうなずいてみせると、分かった、ってマーシャは小さな声で答えてまた歩き始めた。

 

 やがて街を抜けて、あたりは一面の麦畑に変わる。

 

 小麦は葉を、金の穂を空に伸ばし、風が吹くたびにふわりと揺れる。それは隣の苗に、それから畑にもどんどん広がって、大きな波となって輝いていた。

 さらさらと葉が擦れる音に、耳を澄ませた。ひとつひとつはかすかでも、それが幾百幾千と重なって、うねるように力強く響いている。

 ……ああ、こんな音がするんだ。柔らかくて、深くて、それから軽いようで重い。森を抜けて枝葉を揺らす風とはまた違う、優しい音。

 

「少し、見ていく?」

 

 マーシャが隣で囁いた。待たせたら悪いから、と首を振ろうとしたその時、まるで心を読んだみたいにマーシャの方が首を横に振った。

 

「気にしないで。……それに、この風景、私も好きだもの」

 

 先を歩いていたニコが、振り返って戻ってきた。

 

「どうしたんだい?」

「麦畑に見とれてるの」

 

 ニコは目を瞬かせて、それから優しく笑った。マーシャの隣に立って、静かな声でつぶやくように言った。

 

「ええと、芽が出たばかりのころも素敵なんだよ。柔らかい若緑が()(れい)なんだ。……ちゃんと伝わってるかな」

 

 ニコの目が、探すように僕のいる辺りをさまよって、気恥ずかしそうに頭の後ろを()いた。もちろんって気持ちをこめてうなずいて、それをマーシャに伝えてもらうと、ニコはくすぐったそうに笑った。

 

 景色をしっかり思い出に焼き付けてから、僕はマーシャに向かってうなずいてみせた。マーシャはこっちの気持ちをすぐに()んでくれて、ニコに声を掛けてまた歩き出す。

 

「……ほら、見えてきた。あそこが今の私の家。お父様がグレイブズさんから借りてるの。元々は古い寄宿学校だったんですって」

 

 麦畑を抜け、小高い丘を一つ二つ越えて。(ぞう)()(ばやし)の中の石畳を歩きながら、マーシャは川のほとりにあるお屋敷を指さした。

 

「地図の上なら、ロッブの森とはそんなに離れてないんだけどね」

 

 ニコの言うとおり、鳥みたいに空から見下ろすことができれば、僕がマーシャたちと会った場所からあんまり離れていないことが分かるだろう。ただ、あいだの崖や川には橋が架かってないから、街をぐるっと一回りする必要がある。僕も、空に浮かんだり水面を歩いたりはできない――時間の振れを持つものがあれば、その周りに引っかかるくらいはできるけれど――から、こっちまではこないしなあ。

 

「今日は大人がみんな出払ってるから、こそこそしなくて大丈夫。私たちの学校にようこそ、ロビン」

 

 門を開けながら、マーシャは楽しげに笑いかけてくれた。

 

 

 

 

 ことの(ほっ)(たん)は、ブルーベルの花を贈ったあの日に遡るのだそうだ。

 

 迎えにきたお父さんの前では服の下に隠したけど、仲のいい友達には内緒の話として教えたのだという。大人たちがいなくなったのを見計らって、ブルーベルをみんなに見せたらしい。

 

「妖精さんにもらったの。とってもきれいで、それから素直ないい子だったわ」

 

 それを聞いた友達の反応は、みんなそれぞれ違った。

 いちばん年下のマギーは素直に喜んでくれて、怖がりのシムは怯えてルーの後ろに隠れてしまった。

 そしてルーはしばらく()(けん)を抑えたあと、二人をしらっとした目で見た。

 

「昼寝もほどほどにな」

 

 言葉に詰まり顔を見合わせた二人に変わって、マギーがぷくりと頬を膨らませた。

 

「ニコもマーシャもうそいわないもん。ルーも知ってるでしょ」

「なにも(うそ)つきだ、妖精なんていない、って頭ごなしに否定するつもりはないよ。でもね、嘘をついているかどうかと、言ってることが正しいかどうかは関係ないんだ」

 

 ルーは膝をついて目の高さを合わせて、そうマギーを諭したという。

 

「……?」

「たとえ勘違いであっても、自分の記憶が間違っているなんて、誰も思わないものさ。マルガレータにはまだ難しいかな。ほらサイモン、立つから少し離れてくれ」

 

 顔をむすっとしかめたマギーの頭をなでながらルーは腰を上げた。それから優しさをずいぶん目減りさせた――でもそう言うマーシャたちの顔はにこにこしてて、たぶん三人の中ではいつものことなんだろうなっていうのが僕にも分かった――視線を二人に向けた。

 

「お前も見えただの見えないだの、今までそんな話をしたことなかっただろう。妖精の(なん)(こう)*2でも目に塗られたのか?」

「それは、私にもよく分からないけれど……で、でも、ほんとうに妖精さんがくれたのよ。まばたきした隙に、突然手の中にブルーベルがあったの」

「私も見ていた。マーシャの言うとおりのことが起きたんだ。それに妖精がいた場所に感じた、なんというか、なんとなくだけど確かにいるのが分かってしまうあの感覚は……」

 

 いろいろと話し合って、最後にルーは手を上げた。

 

「ああ、分かった。君たちがそこまで言い張るなら、私にも考えがある」

 

 そう言って、ルーは鍵付きの箱を二人の前に持ってきたのだという。

 

「君たちは何か適当なものをこの箱に隠すといい。鍵は私が常に首から掛けておく。もし君たちの証言通りの妖精が本当にいるなら、私に気づかれずに鍵を開けるくらい、わけないだろうからな。頼んでみるといいさ」

「中身が取り出されたら、ロビンが、妖精さんがいるって信じてくれるの?」

「もちろん。……それに私だって、もし妖精がいるなら君たちの友人として礼を伝えたいのだから」

 

 そういうことになって、それが今僕の目の前にあるひと抱えほどの木の箱なのだそうだ。

 つるりと磨かれた木目が輝き、内側から仕込まれた錠と角を補強する金具はくろがね色に重く光っている。手に意識を込めて揺すると鈍い音がして、ニコが少し身をすくめた。びっくりさせてしまったらしい。

 

「そういうわけだから、ルイスが持ってるはずの鍵をもってきてくれるかな」

「あなたがいないところで話を進めてごめんなさい。……お願いしてもいい?」

 

 首をかしげたマーシャに向けて、僕は大きくうなずいてみせた。

 それくらい、切り分けたパイを口に入れるようなもの、というやつだ。……僕は食べたり飲んだりできないけどね。

 

 

 

 

 マーシャと別れると、廊下の角を曲がったところで時間の流れが止まった。窓から差し込む冷たい光を見上げると、落ち着かない感覚が足下から上ってくるような気がした。いつもとなにも変わらない、時が止まった世界なのに。流れる時の世界より、ずっと()()みがあるはずなのに。

 

 ……急いで鍵を取って、マーシャたちのところに戻ろう。

 

 小走りで廊下を進む。途中、あたたかな(だいだい)(いろ)の幻影を見つけて、そばに浮かんだ言霊のつぶをそっと握り締める。

 

 

 ――どうしたんだい、マルガレータ。

 ――あのね、今日もルーといっしょにいていい?

 ――構わないけれど……なら、本を図書室に返してくるから、先に庭で待っててもらっていいかい?

 ――ううん、だいじょうぶよ。ルーはうらにわでご本をよむの。わたし、しずかにしてられるもの。

 

 

 腰をかがめた男の子と、背伸びをする女の子。この二人がマーシャたちの話していたルーとマギーなんだろう。玄関とは反対側の扉を探すと、すぐに姿を見つけることができた。

 

 木に背を預けて、眼鏡を掛けた男の子が本を読んでいる。その首には、箱の金具と同じ色の鍵が、細い鎖に通されて掛けられていた。その服の裾をつかんで、小さな女の子が眠そうにあくびをしていた。

 

 ……あれ、この男の子。

 引っかかるものを覚えて、僕はその顔をまじまじと見つめた。ニコとマーシャを助けたあの日に見た覚えがある。大人たちよりずっと奥まで探しに来ていて、二人を最初に見つけたのはこの子だったはずだ。

 

 鍵に触る前に、彼の顔の横に浮かんだ言霊を指先でつつく。温かな橙色の光がほどけて、止まった時の世界に(あき)れたような声が響いた。

 

 

 ――また森に行ったのか、あのおてんば娘は。少しは(しと)やかになったかと思ったらこれだ。ニコラスが一緒なら()(ちゃ)はしないだろうが、そのニコラスも先週からずっと浮ついて落ち着かないのがなぁ。ウスペンスキー先生も止めてくださればいいのに、どうしてあんな()()けるようなことを……

 ――それにしても、ロッブの森の妖精、か。ブルーベルなんて、確かにこんな季節に咲くものではないけれど。もし、本当にいるなら……

 ――……戸棚のあめ玉、減ってたりしてな。あらためて数えておいた方がいいかなぁ……

 

 

 もう、ひとを食いしん坊みたいに。

 

 ちょっとだけむっとしながら、僕はルーの首元に手を伸ばす。

 妖精の金の手は、なににも遮られることなく鍵をつまみあげた。鍵はそのまま時間の隙間にしまわれて、流れる時の世界から離れる。振れが定まったことによって、せき止められていた時間がかちりと流れ出した。

 

「……、…………?」

 

 ルーは顔を上げた。きょろきょろとあたりを見回して首をひねる。隣で船をこいでいた女の子も、目元をこすりながらルーを見上げた。

 

「どしたの?」

「いや、気にしないでいい。……マルガレータ、眠いなら膝を貸すけれど」

「やだ。わたし、ねむくないもん……」

「最近ずっと早起きだって、おばさんから聞いてるよ。我慢するものじゃない」

「んー……でも、ようせいさん、あいたい……」

「大丈夫だよ。一度きりしか会えないなんてことはないさ。ほら」

「じゃあ、もしようせいさんがきたらおこしてね。きっとよ」

「ああ。約束するとも」

 

 あいまいな声をあげながら、マギーはこてんとルーのひざに頭を載せた。

 すぐに寝息を立て始めたマギーの頭を()でると、ルーは本に意識を戻した。首から小さな鍵の重みが消えたことには気づかないまま。

 

 そうして、かちりと時間の振れが定まった。

 

 止まった時の世界で、僕はこっそり笑う。いたずらはこの瞬間が二番目に楽しい。

 

 妖精のすることは、その変化が小さければ小さいほど気づかれない。もしそれを見つけた人がいても、まさか妖精の仕業だなんてまず思わないから、たいてい気のせいってことにしてしまう。だから仕込みの段階ではほとんどばれないし、いたずらが成功して大きな変化が現れた時はみんなびっくりする。慌てたり、(あっ)()にとられたり、それから一周回って大笑いしたり。一番楽しいのはそんな余韻を見る時だ。

 ……もちろん、いたずらは全部が全部、僕がやってるわけじゃない。なじませるために棚にしまっておいたパイがなくなるのも、とっておきのお酒がいつの間にか減ってるのも、あと戸棚のあめ玉の数が変わっていたとしても、決して僕がなにかしたからではないのである。

 

 この二人はどんな反応をしてくれるかな。わくわくしながら、僕は来た道を引き返す。建物の中に戻ろうとしたところで、戸口から顔を覗かせている小さな男の子に気づいた。

 来た時はいなかったし、さっき時間が流れている間に移動したみたいだ。服のあちこちにほこりをつけて、頭には蜘蛛(くも)の巣が引っかかっている。蜘蛛の巣くらいは取ってあげ……

 

「うひゃっ!?」

 

 わあっ?

 

 指先が触れたとたんに、男の子は悲鳴を上げて身をよじった。そのまま姿勢を崩して、庭の方に倒れ込む。

 すぐにばっと身を起こして、怯えた顔であたりを見回した。

 

「き、気のせい……?」

「どうした。物置小屋に隠れてなくていいのか、サイモン?」

 

 むずがるマギーをあやしながら、ルーは冗談めかして笑った。サイモン……じゃあ、この子がシムなのか。妖精を怖がってるって聞いたし、驚かしちゃって悪かったな。

 

 (ちゃ)()されたシムはぐ、と唇を()()めた。ぐしぐしと目元を乱暴にこすって、ルーの隣に腰を下ろす。

 

「ねえ、ルー。やっぱりニコとマーシャを止めてよ。よくないよ、妖精だなんて」

「またか。心配する必要はないさ。二人とも大丈夫だと言っていただろう。やりたいようにやらせておけばいい」

 

 本に目を落としたまま、ルーは素っ気なく返事をした。じわ、とシムの目に涙が浮かんだ。

 

「で、でも、だって、妖精は不幸を運んでくるのでしょう? それに、子供を取ってしまうって……だから……」

 

 ……それは。

 

 ()(すく)んだまま、僕はぽろぽろと涙をこぼすシムを見つめた。楽しい気持ちでいっぱいだった心のなかに、冷たくて重い塊が突然詰め込まれたような気がした。

 

 違う、って言い訳できたら、どんなに楽だろう。僕は子供を取ったことなんてないって。でも、たくさんの子供たちが森の奥に消えたのは本当のことで、それを止められなかったのも事実だ。

 

 最近は起きてないけど、昔は森に子供が捨てられることがよくあった。言葉を覚えるのが遅いとか、うまく歩けないとか、それから病気がちな子を連れてきて、森の奥に置き去りにする。そうして一人で帰る親は言霊を残していく――あの子はロッブの森の妖精に取られてしまったんだ、って。

 泣いているその子たちを、指輪の赤い光で導いて森の外に帰すと、次の日には親がもっと奥まで連れてきて捨てていく。時間を飛び越えるたびに、さっき助けたはずの子がまた目の前で泣いている、ってことがずっと続いて、だんだん僕は動けなくなった。泣き声を聞くたびに足が震えて、近くに残った言霊を聞くたびに頭がくらくらした。

 結局女王さまがみんなから命の時間を取り上げて幽霊にして、そして子供たちはひもじい思いをしなくていい森の中で暮らして、そのうちに全員消えていなくなった。たぶん、それで良かったんだろう。真っ暗な森を抜けて家の(あか)りを見つけた時よりずっと、楽しそうにしていたのだから。

 

 だから、この前のことは――生きてる人を助けるのは、僕にとってはものすごく勇気のいることで、それにお礼を言ってもらえたのは、本当にうれしかった。ひとでなしの僕でも、誰かの役に立てるんだって、思えたから。

 でも。

 

 

 あなたが傷つくことなんてないのよ。特別な、愛しい子。

 

 

「マリヤとニコラスは、お前に今回のことを何も話してないのか?」

 

 ルーの問いかけに、シムはぶんぶんと力いっぱいに頭を振った。

 

「ううん。してくれようとしたけど、こわいから聞きたくなかったの。……でも、もっといやだって思ったんだ。ニコとマーシャがまたいなくなるかもしれないの。また、あんなのはやだ。ふたりが帰ってこなかったらって、すごくこわかったのに……」

 

 ぐず、と鼻を鳴らしたサイモンの頭を、ルーはぽんぽんと撫でた。

 

「大丈夫だよ。あの二人が妖精に取られることはないから、安心していい」

 

 ……どうして、そんな風に断言できるの?

 僕がいることにはまったく気づいていないのに、ルーの声は力強く自信に満ちている。

 シムもまた、泣きはらした赤い目でルーを見上げた。

 

「どういうこと? 大丈夫って、どうして言えるの?」

「妖精に取られるってのは、あー……言葉通りの意味じゃない。もう少し大人になったら分かる。今は私を信じてくれないか?」

 

 そう言って、ルーは視線を少しさまよわせた。

 

「ほら、古いおとぎ話にあるじゃないか。病気の母親のために森に入って、妖精の案内を受けて薬を手に入れた女の子の話。その子はちゃんと帰ってきて、薬のおかげで母親の病気を治せただろう?」

 

 それは、確かに、昔はそんなこともあったけど……あの子、お母さんを助けられたんだ。あの子を見送ったあとに時間を移動したら何年も経ってて、どうなったのか何も分からずにいたけれど。

 

「なによりも、あの二人に好かれたのだから。きっと妖精っていうのも、悪いやつではないんだよ」

 

 その言葉の根元にあるのは、ニコとマーシャへの信頼だけだ。でもそれは、きっとたくさんの言葉を尽くすよりもシムの心に届いたのだろう。

 シムは目元をまたごしごしと拭い、鼻をすすった。

 

「……うん。ルーだってすごくいじわるだけど、やさしいもんね」

「お前も言うようになったな。……もう、大丈夫か?」

「まだ、怖い、けど……でも、ニコとマーシャが好きになったんだもんね。なら、うん。そう言われると、そんな怖くない、かも。ルーと同じくらいいじわるだったらお手上げだけど」

 

 答える代わりに、ルーはシムの頭をちょっとだけ乱暴にぐしゃぐしゃとなで回した。その動きと楽しそうな悲鳴で目が覚めたのか、マギーがルーの腕をつかんでもぞもぞと起き上がった。

 

「もー……なあに、シム。また泣いてるの?」

「な、泣いてないもん! ぼく泣いてないもん! 泣いて、ない、ったらぁ!」

「ああもう、鼻が垂れる。ほら」

 

 当てられたハンカチに向かって、シムは思い切り鼻をかむ。ルーは鼻の下を拭ってやると、汚れた面を内側に畳んでポケットにしまった。ぐずぐずと鼻を鳴らして涙をこらえるシムから、マギーはぷいとそっぽを向いた。

 

「シムはしんぱいしすぎなの。ニコとマーシャがいい子っていうんだもの。ようせいさんはいい子よ」

 

 そうして、かちりと時間は止まる。

 

 僕はそっと来た道を引き返す。三人の(けん)(そう)は、僕のいる場所まで届くことはない。

 

 みんな、ニコとマーシャが大好きなんだ。

 ルーは二人を信頼して、大丈夫だって言ってくれた。シムは二人のことを心配してて、怖がって隠れてたのに勇気を出して出てきた。マギーは二人の言葉を信じて、会ってみたいって言ってくれた。

 みんないい人だ。そう思う。

 

 なら、どうして心が沈んだままなんだろう。

 

 赤い指輪を左手でつまんで、ひっぱる。ずっと昔に何度も試した時と同じように、どんなに力を込めても、まるで張り付いたみたいに動かない。

 ……僕は、一緒にいて、いいのかな。

 

 (うつむ)いた視界の中に、かちりという音とともに磨かれた丸い靴の先が入り込んだ。

 はっとして顔を上げると、戸口の陰に隠れるようにマーシャとニコが立っていた。マーシャと視線がかち合って、彼女の眉尻が物思わしげに下がる。

 

「シムの声が聞こえたから、様子を見に来たのだけど……」

 

 えっと、どうしよう。シムはルーに諭されて元気になったみたいだし。

 考えてる暇もなく、シムが僕の横をすり抜けて、ひょっこりと顔を覗かせた。赤い目元をこすりながら、二人を見上げる。

 

「あ、マーシャ、ニコ。おかえりなさい。ちょうどよかった」

 

 マーシャは困ったように僕とシムを見比べた。僕が手でシムを指すと、迷った様子を見せながら、ニコと一緒にシムへと向き直る。

 

「どうしたの、シム?」

「あのね、妖精のことで、ちょっと訊きたいことがあって」

「いいのかい? あんなに怖がって、聞きたくないって言ってたのに」

「う……そうなんだけれど……」

 

 シムはきまりが悪そうに頭の後ろを掻いた。口元に手を当てると、マーシャとニコも合わせるように身をかがめた。

 

「……ルーに言われたんだ。ニコとマーシャが好きになったんだから、きっと悪いやつじゃないって。……それ、ほんとに本当なの?」

 

 問いかけに、マーシャはふっと僕を見つめた。それからふわりと(ほほ)()んで、僕の手に手をそっと重ねて、握るように指を軽く曲げた。

 

「? マーシャ?」

「ええ、ほんとに本当。でもね、まだ何が好きなのかとか、どんなことが得意なのかとか、そういうことは全然知らないの。これから知っていけたらって思ってるわ。ほら、ルーのところに戻りましょう? もっとたくさん、みんなに話したいことがあるの」

 

 シムの背中を押して促しながら、マーシャは僕のことも目で呼んだ。

 

 裏庭に戻ると、うとうとしていたマギーがぱっと表情をほころばせて駆け出す。

 

「マーシャっ!」

 

 腰に抱きついたマギーに、マーシャは優しげに笑った。しゃがみ込んで頬をなでるその横をすり抜けて、ニコはルーの隣に立つ。

 

「ただいま。何か変わったことはあったかい?」

「おかえり。強いて言うなら、サイモンが物置小屋から出てきたことくらいだ。それよりあのおてんば娘は、怪我は」

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

 

 苦笑したニコの代わりに答えたのはマーシャ本人だ。マギーを連れて隣に座っても、ルーは本から目を離さない。でも眉間からほっと力が抜けたのは、僕にも見て取れた。

 

「お前を心配したわけじゃない。お前がまた何かに巻き込まれて、そのとばっちりがこちらに来ないかを心配したんだ」

「はいはい。……あら?」

 

 マーシャは目をしばたいて、ルーの胸元を見つめた。そこには鍵のなくなった鎖だけが下がっている。

 

「なんだ。どうした?」

「え、ええと……」

 

 マーシャは困惑してルーの顔と鎖を見比べて、そしてみんなをぐるりと見回して、最後に僕を見た。問うような視線にうなずいてみせると、ルーに向かって曖昧に首を横に振る。

 

「……ううん。何でもないわ。それより、ほら、シムも座って」

 

 切り替えるようにマーシャはシムに明るく声を掛けて、僕にも座るように隣の芝生をぽんぽんと(たた)く。それを見ていたルーはすこし不思議そうだったけれど、すぐに興味を本に戻した。

 

「それで、マーシャ。その……どうして妖精がいい子だって思うの?」

 

 シムは上目遣いにマーシャを見上げて、少しだけ唇をとがらせている。

 

「直接会って、顔を見せてくれて、素敵な贈り物をくれて……(しゃべ)れないなりに、たくさんの気持ちを伝えてくれたから。もちろん、私とニコを助けてくれたのもあるけれど」

 

 シムは目を丸くした。

 

「妖精ってしゃべれないの?」

「ええ。声は出せないみたい」

「お話できないのに、いい子って分かったの? なんで?」

 

 その言葉に、マーシャは笑顔をいたずらっぽいものに変えた。

 

「思ってることがみんな顔に出るもの。見れば全部分かるわ」

 

 ……かお?

 僕は思わず自分の顔を触る。水面にもよく磨かれた鏡にも映らないから、自分の顔がどうなってるかなんて分からない。でも、マーシャが僕の伝えたいことにすぐ気づけるくらいには、顔に出てたってこと?

 

「最初は……うん、おとぎ話の妖精さんに会えたって気持ちがなかったわけじゃない。でも今はそればかりじゃないわ」

 

 笑いかけてくれるマーシャの横顔はきれいで、優しくて、僕は動けなくなる。だってそんな風に僕のことを見てくれる人はマーシャがはじめてで、どうすればいいのかなんて、きっと時振計だって教えてくれない。

 

「ロビンって呼んだとき、あの子は照れてはにかんでた。ブルーベルをくれたとき、いたずらっぽく笑ってた。今日森で会ったときはぱっと雰囲気が明るくなったし、時計塔の鐘の音に驚いて目をぱちぱちしてた。小麦畑を眺めてるとき、感動で表情が輝いてた。……なにも変わらないんだって、思ったわ。妖精さんも、私と同じように笑って、驚いて、特別な思いに心が動されるんだって」

 

 そっと、マーシャはひとつ息をついた。

 

「友達になりたいなって、思ったの。ほかでもないこの子と一緒に過ごせたら、きっと毎日がもっと楽しくなるんじゃないかしらって」

「で、でも、マーシャしか見えないのでしょう? それで友達になれるの?」

「なれるわ。それに、たとえ目にそのものが映り込まなくても、見えるようにする方法はあるのよ。あの鍵のかかった箱もそう。あの箱が開いたら、信じてね。妖精さんは……ロビンは確かにいるんだって」

 

 マーシャに頭を撫でられて、シムは顔を赤くしながらうつむいた。

 

「言葉がしゃべれないなら……そうね、単語を書いたカードを用意して使ってもらえば気持ちを伝え合える。姿が見えないなら見えないなりに、居場所を教える合図をあらかじめ決めておけばいいのよ。ロビンと一緒にどうすればいいのか考えて……きっとそれだって楽しいわ。新しい友達と仲良くなるのは、いつだってわくわくするもの」

 

 そう言って、マーシャは微笑んだ。花がほころぶような、見とれるほどのきれいな笑顔だった。

 

 僕は目元をこする。

 誰かが呼んでくれる僕だけの名前も、流れる時の中で過ごせる時間も、それに友達だって。欲しがっても手に入らないから、ずっと前に諦めて、仕方ないって言い聞かせていたのに。

 マーシャはたくさんの仕方ないをぜんぶ飛び越えて、僕に贈ってくれた。

 

 領分が違うことは分かってる。ローアンの人たちは妖精を良くないものだと思ってるって。でもここに来る時、心に決めたじゃないか。お返ししなくちゃって。どんなに難しくても、やり遂げなくてはだめだって。

 だから、せめて、それが終わるまでは、一緒にいさせてほしい。

 

 

 そう。

 それがあなたの望みだったのね。

 

 

 ルーは手元のページをめくり、ふと顔を上げてマーシャを見た。

 

「……マリヤ。今日森で会った、というのは」

「ええと、会ったというか……ねえ、ルー。わざとじゃなくて、もしかして本当に気づいていないの?」

「何に」

 

 ルーは()(ろん)げにマーシャを見やる。マーシャはためらいながらルーの胸元を指さした。

 

「あなたが気づかないなんて、正直信じられないのだけど……鍵、なくなってるわよ」

 

 言われて、ルーはきょとんとした。首元の鎖に指を引っ掛けてひっぱって、そのどこにも鍵が通ってないことに目を大きく見開いて、何かを言おうと口を開いたところでシムの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 シムをなだめて落ち着かせて、それからマーシャの隣に僕が座ってることを教えてまた同じことを繰り返してから、僕たちは場所をあの木箱が置いてある部屋に移していた。ニコだけは、途中でみんなと別れてどこかに行ってしまった。何か持ってくるものがあるらしい。

 

「ようせいさん、わたしもみえないかな」

 

 そわそわと木箱を見上げるマギーを、ルーは複雑そうに見つめていた。腰にがっちりしがみついたシムの頭をぽんぽんとなだめながら、視線をマーシャへと向ける。

 

「……マリヤ」

 

 なにか言いたそうに口を開き、でも結局なにも言わずに、目をそらして口を閉じた。そんなルーを見て、マーシャは微笑んだまま首を振る。

 

「気にしてないわ。いつものことだし。それにルーの筋道をはっきり見極めようとするところ、私はすごく信頼してるのよ」

「……人の頭の中を読むなよ」

「読んでないわ。見れば分かるのよ。幼なじみなんだから」

 

 くすくすと笑われて、ルーはぶすっとむくれた。でもすぐにあいまいで真面目な顔に戻って、あたりをゆっくりと見回していた。

 

「ほら、ロビン。開けてみて。私たちからの贈り物よ」

 

 マーシャの言葉にうなずいて、僕は時間の隙間から鍵を取り出した。鍵穴に差し込んで(ひね)れば、金属同士がこすれてがちゃんと重い音を立てる。マギーがわあって声を上げたり、ぴりっと緊張した様子のルーをマーシャが大丈夫って(なだ)めていたりするのを横目に、ふたを開けて中身を取り出す。

 

 それは小さな木の箱だった。

 小物入れ、だろうか。よく磨かれた(あめ)(いろ)の表面には、何種類かの草花の意匠が細かに彫り込まれている。大人の人なら片手で持てるだろうけど、僕の手の大きさだと両手にちょうどいいくらい。ひっくり返すと、底板から金属のつまみのようなものが飛び出していた。

 

「ニコやルーと一緒に考えたの。妖精さんに贈り物をするなら、なにがいいかなって。あなたにも気に入ってもらえるといいのだけど」

 

 僕は空になった箱の隣に置いて、手に意識を込めてふたを開ける。とたん、中から音がこぼれ出した。

 (あら)わになった精巧な機械が、()()しにきらりと光る。たくさんの真鍮の歯車が回り、(つな)がった金属の筒に生えた小さなとげが、櫛歯をはじいて音を鳴らしている。

 

「カンブリックシャツとか、スカボローフェアって呼ばれてた昔の曲なの。お母様が大好きだった曲で、私も好き。……でもね、()()りが終わってずいぶん経つせいで、どんな歌詞だったのか、はっきり覚えてる人はいないんですって」

 

 ぽん、ぽんと響く音はやわらかくて、あたたかくて、でもすこしせつない。この優しいメロディーに、いったいどんな(おも)いを乗せて歌われていたんだろう。

 

 やがて、音の連なりはだんだんゆっくりになり、そして止まってしまった。慌ててマーシャを見ると、彼女は微笑みながら箱を指さした。

 

「底につまみがあるでしょう? それでぜんまいを巻くの。ふたの開け閉めでも、止めたり流したりできるわ」

 

 言われたとおりにつまみを回して、ふたをもう一度開ける。途切れたところからまた音が流れ出したのを聞いて、ほっと肩から力が抜けた。

 

「気に入ってもらえたみたいね。よかった」

 

 僕の顔をのぞき込んで、マーシャが笑う。なんだか気恥ずかしくて、マーシャの顔を見てられない。

 

 そこに(せき)(ばら)いが響いた。

 

「ああと、その」

 

 ルーは言いにくそうに頬を掻いた。ずれた眼鏡を指で押し上げて、あたりを見回す。

 

「ロビン、だったか。……マリヤ、どのあたりにいるんだ?」

 

 マーシャは手で僕を指し示すけれど、ルーの視線は素通りしてさ迷う。いったんマーシャを見て、その目が見つめる先を追って、ようやく僕がいる位置に顔を向けた。

 

「礼を言わせてほしい。あの日、ニコラスとマリヤを助けてくれたこと、心から感謝している。二人とも、大切な友人なんだ。サイモンとマルガレータにとっても……それから、その、私にとっても」

 

 最後は早口に言い切って、ルーはさっと顔をそらした。口元はぎゅっと結ばれて、耳が赤くなっている。隣を見ると、マーシャがさっき以上ににこにこしてルーを眺めていた。よく分からないけれど、楽しそうなのは確かだ。

 

 その時、部屋の入り口からニコが顔を覗かせた。

 

「ああ良かった、まだみんないるね」

 

 その両手には、それぞれバイオリンとチェロのケースが握られている。

 

「どこに行ったかと思えば……言ってくれれば手伝ったのに。ほらサイモン、離れて」

「君に妖精のことを証明したいって話なのに、その当人が席を外したら駄目だろう?」

 

 ニコはチェロのケースをルーに渡して、もう片方の手に持っていたケースからバイオリンを出して音を確かめる。ルーの服の裾を掴んだまま、シムがそっと問いかけた。

 

「ね、ねえ、ニコ。なにするの?」

「うん? ちょっとした演奏会さ」

 

 ルーの準備が済んでから、ニコは僕のいる場所へと笑顔を向けた。

 

「ロビン、オルゴールを鳴らしてくれるかい? それに合わせて演奏するから」

「ニコもルーも、楽器がすごく上手なのよ。きっとロビンも気に入るわ」

 

 マーシャが笑いかけてくれて、その目がニコたちに向いた瞬間、耳元で声がささやいた。

 

 

 あなたは妖精。

 止まった時の世界に生きる妖精なの。

 それを、忘れてはだめよ。

 

 

 分かってるよ、女王さま。

 でも。

 今だけは、どうか、一緒にいさせて。

 

「ほら、行きましょう。ロビン」

 

 マーシャが手を差し出してくれる。その手に触れても、すり抜けてしまうことは分かってる。

 それでも僕はその手に自分の手を重ねて、握るように指を曲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたの望みに気づけなくてごめんなさい、愛しい子。

 ああでも、そういうことなら。

 

 その願いを(かな)えてあげなくちゃ。

*1
イングランドの伝承に登場する妖精。人間の上半身に山羊の下半身を持ち、いたずらと手伝いを好むとされる。

*2
四つ葉のクローバーから作られる。透視の力を与えるという。




ブルーベル【不変】
ハーツイーズ(ワイルドパンジー、サンシキスミレ)【謙虚、思い出、私を思ってください】
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