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「所詮、夢は人が見なければ存在し得ぬ儚いものだ。
軸となる惑星がなければ、月などただの石の塊でしかないように。」
ユーリヤと一緒に、籠いっぱいに摘んだコモンマロウの花を抱えて学校に戻ると、楽しそうな声が廊下に響いていた。どうやら第二教室の隣の準備室からみたいだ。
「あら? マリーもロージャもどうしたのかな。見に行ってみましょう?」
ユーリヤは私に笑いかけて、開けっ放しの扉から顔を覗かせた。
「ねえ、どうしたの? なにかいいこと、あった?」
「あ、ユーリヤ。アレクシスも一緒ね。よかった、ちょうど呼びに行こうと思ってたのよ」
「ハンターさんがね、お洋服をくれたの!」
「お洋服?」
ロージャのはずんだ声に、ユーリヤはきょとんとした。
促されるままに入ってみると、部屋いっぱいに何着もの服が広げられていた。それこそ机じゃ場所が足りなくて、棚の上や椅子、黒板を外したイーゼルにも掛けられているくらいだ。
似ているものはあれど、どの服もそれぞれデザインが違う。いち、に、さん……上着とシャツ、それにズボンで一揃いと考えると、だいたい六組くらいかな。そこにツーピースとドレスを足して八組。こんなにいろいろな服を見るのは、ユーリヤもはじめてみたいだった。
「わぁ……! これ、全部そうなの?」
「ええ。こっちに分けた服は丈夫な布や革を太い糸で縫ってあるから、仕立て直すのは難しそうなの。でも、ほどいてばらしてもいいって。これでボタンのやりくりにはしばらく悩まなくて済みそうよ」
「それとね、ハーマンが本の表紙に使う布を探してたでしょ? ハンターさん、自分には布の良し悪しは分からないから、使えそうなのがあれば渡しておいてほしいって。それでね、このシャツ、薄いのに丈夫だから、染めたらちょうどいいんじゃないかなって、マリーと話してたの」
「わ、本当ね。すごくしっかりした生地……ねえ、ほかのも見ていい?」
「もちろん!」
コモンマロウの籠を一旦廊下に置いて、ユーリヤはわくわくしながら服を広げる。私も横から覗き込んだ。
丈夫そうな革のコートと、黄色っぽい色違い。灰色の襟巻きがついた厚手の黒いインバネス。大きな襟の薄緑色のケープの背中には、銀の刺繍が施された夜空色の帯が垂れ下がっている。
落ち着いた色合いの上品なツーピース。校長先生の服に似た袖のないジャケット、それからベストとズボンの上下一揃いに、もったりした生地の黒い上着。首回りと袖口を細やかなレースで飾り付けた立派な服と深紅のドレスは、おとぎ話からそのまま飛び出してきたようなきらびやかさだ。
どの服も全体的に古びて色褪せていて、状態が悪いものだと裾がすり切れたりほつれて穴が空いてたりしている。でもそういう部分は丁寧に
それに、金具がついている服が多くて、揺れるたびにきらきら光って目に楽しい。
「このドレス、きれいな薔薇色……。でも首元がこれだけ開いてたら、夏場でも少し冷えちゃうかも。……あら? ずいぶん丈が長いし、肩幅も身ごろも広いのね。体格のいい人が着てたのかな?」
「こっちの服もすごいのよ。刺繍も織りも、袖口のレースもすごい細かくて……きっと凄腕のお針子さんたちが仕立てたのね」
「ねえねえ、帽子のお花飾り、厚紙をくるんで芯にしてるみたい。これならまねして作れそうだよ。こんなにかわいいのに、ばらばらにしちゃうのはもったいないもの」
使い道についてあれこれと楽しそうに相談する三人から離れて、私は一着だけ離れた場所に畳んで置いてある服を眺めた。この前マリーの肩に掛けてあげていた茶色のケープだ。あれ、でもこれって……
ユーリヤが私の横からケープを覗き込んだ。
「ねえマリー。この服だけ、弾いてあるけどどうしたの?」
「それは編み方だけ調べさせてもらったら、ハンターさんに返すつもりなの。とても大切なものみたいだから」
そう答えて、マリーはこのあいだの仲直りの時のことを話す。うたた寝をしていたところに、体が冷えないように掛けてくれたこと。それから仲直りが終わった後に返した時のこと。
――ありがとう。とっても素敵なケープね。
――ああ。……恩人の、形見のようなものだ。
マリーがデリケートなことと慌てて謝って、その様子にハンターも慌てて、そのひとは健在だと話してくれた。でもヤーナムに戻るつもりがない以上、二度と会うこともないだろうと。
「それなのに、渡してくれた服の中にこのケープが混じっていたものだから、本当に驚いたわ。ハンターさんは自分が持っていても使わないからって言っていたけど、それにしたって思い出が詰まってるんだもの。……すごく素敵だから、似たようなものを作りたいから参考に貸してほしいってお願いしてしまったのだけど」
ほかの服も貰ってしまって大丈夫なのか、マリーはずいぶん心配したらしい。ハンターからの申告によれば、地味で丈夫な男物の服は本人が使っていたもので、残りは廃屋や廃墟から回収したものだそうだ。今後着る機会もないから、好きにして問題ないという。
話を聞き終えたユーリヤは苦笑いした。
「そんなことがあったのね。でも、ハンターさんらしいわ」
「そうなの?」
「ええ。ロージャはそんな感じ、しない?」
「うーん、よくわからないかも。私、まだあんまりお話できてないから」
ロージャは少し残念そうだ。
それにしても。ハンターが断片的にこぼす言葉から察するに、ヤーナムはあまりいい場所ではなかったみたいだ。それでもハンターを気にかけてくれるひとが確かにいるんだろう。マリーと仲直りをしたあの日、ケープを受け取った時のハンターの手つきは、とても丁寧で優しかったのだから。
……そういえば。
私はケープの縁飾りを指でなぞりながら、最初の日のことを思い出す。
校長先生はヤーナムについて、どこにあるのかも知らないみたいだった。ハンターだって妖精や消失現象のことを知らなかった。お互いのことを知らないくらい、ものすごく遠くにあるのかな。ならハンターはどうやってここまで来たんだろう?
「なんだかハンターさんって、まるでおとぎ話の魔法使いみたいね」
ロージャがそんなことを呟いた。マリーもくすりと笑って頷いた。
「そうね、ロージャ。ちょっとうっかり屋で、少し不器用だけどね」
「本当にこの一カ月、いろんなことがあって、素敵な方向に動いてくれた。……アレクシス、あなたのこともそうよ」
ユーリヤは右手の指輪を撫でて、それから私に笑顔を向けてくれた。そっと伸ばされた手が、私の頭をなぞるように弧を描く。ぞわぞわした身震いするような感覚も、ユーリヤに撫でてもらえてると思うと嬉しい。
その時、軽い音がした。開けっ放しの扉の代わりに壁をノックしたハンターが、入り口から顔を覗かせていた。
「皆、ルーリンツが休憩にしようと……どうした?」
みんなの視線がじっと集まって、ハンターは不思議そうに目を瞬かせた。ユーリヤがはっとして、ぱたぱたと手を振った。
「あのね、なんでもないの。ハンターさんに、ちゃんとお礼言わなくちゃねって話してたところ」
「ハンターさん、ありがとう!」
「ええ。本当にありがとうね」
「……あ、ああ」
ハンターはきまりが悪そうに顔をそらした。お礼を言われ慣れてなくて、どうにもこそばゆくて仕方ないとルーリンツにこぼしていたのを聞いたことがある。
「それより、休憩だ。茶が冷めないうちに行った方がいい」
「はーい」
部屋を出るロージャに付き添うマリーと、廊下に置いておいたコモンマロウの籠を持つユーリヤを見送り、ハンターは促すように私を見た。私も自分のぶんの籠を持ち上げて、先に歩き出したハンターの後を追いかける。
でも、と。私はさっきの話を思い出す。
ロージャやマリーは魔法使いみたいだって言っていたけれど、なんとなく違う気がする。不思議な力は持ってるけれど、ハンターは魔法使いと言うよりは……
――狩人。
そう、狩人。……うん? 誰?
立ち止まって、あたりを見回す。食堂へ向かうみんなのほかに人影はない。でも聞こえたのだ。導きの声とは違う、冷たいけれどきれいな女のひとの声が。
……空耳、かなぁ。
「……? どうした」
廊下の先でハンターが足を止め、振り向いた。私は探すのをやめて、なんでもないと首を振る。
小走りに駆け寄って隣に並ぶと、ハンターはこっちをちらりと見て、歩幅を少し狭めてくれた。そうやってふたり並んで、食堂へ向かう。
なんとなく見上げた窓の向こうでは、欠けた白いお月さまが夏空のふちに浮かんでいた。
以下補足。感想で質問のあったこの狩人の攻略状況について。
聖堂街上層とDLCエリア全域が未到達。聖杯は手付かず。迎えたエンディングはヤーナムの夜明けです。未到達の理由は物語に大きく影響するようなものではないんですが、おいおい回想の中で触れられたらと。
ついでに。今回放出した服は
・大前提としてこの狩人が入手していること
・遺体から剥いだものではないこと
・血がついていたり、奇抜なデザインだったりしないこと(要するに使い道に困るようなものはアウト)
の三つの条件がありました。
具体的にはヤーナム、墓暴き、人形、貴族のドレス、頭以外の騎士、上着あり学徒、手袋以外のガスコイン神父、ヘンリックとなります。