ドールズピアース・サバイバー   作:何もかんもダルい

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生存命題

「……反応は」

「…………消えたわ。もう観測できない」

 

 ほんの僅かな希望を滲ませたリックの声を、ヨイユメが打ち砕く。逃走後に廃墟の外から観測していたコンパスプロトコルの反応は最早無く、またそれが該当者の死を意味することも、彼らの中では常識だった。

 誰かを犠牲にしてでも、多数が生き残る事こそ最優先。一殺多生を絶対として生き延びる事を選択した彼らに、“誰か”を顧みる余裕など有りはしなかった。

 

 しかし、それとは別に、弔うことは許されていた。死した同胞の魂を鎮めるのではなく、生き延びた者が前を向くために、犠牲となった者を過去のものとして置き去りにするための時間。

 その中で、ヨレイは一度も不調を起こしたことのない人工臓器が重くなる不快感を感じ取っていた。

 

「……そっか、もう、会えないんだね」

 

 ヨレイが目覚め、記憶喪失のまま世界を放浪し、初めて出会った同胞。それがヨシムラだった。

 一番最初の仲間という認識が、彼女自身知らぬ間にヨシムラという男の存在感を一際大きなものにしていた。

 

 盲目で、初対面の女子の顔を無遠慮に触ってきた。目が綺麗だと態々義眼を起動してまで覗き込んで、距離感があまりに近いものだから勘違いしそうになって。そのくせ面倒見がいいものだから、知らず知らずのうちに色々な人に借りを作っていた。その弱視で見えるもの一つ一つに、訳が分からないほど感動していて―――――

 

 そして、ヨレイは気づいてしまった。

 自分がすでに、彼を置き去りにしていることを。そして―――

 

「(―――――駄目、こんなモノは、背負って行けない)」

 

 込み上げる溶けた鉛のような感情を、寸でのところで飲み下した。

 そして、未だ泣きじゃくるヨイユメへと目を向ける。

 

「……何よ、泣くのがそんなに悪い事?」

「……ううん、むしろ良い事だと、思う。何も感じなくなるよりずっと正常だよ」

 

 嗚咽混じりの問に対し、淡々と告げられた答え。それに納得したのか呆れたのか、ヨイユメは黙り込んで乱暴に目を擦った。

 そして、追っ手は無いと判断して歩き出す。目的地はモモ、ヨイユメ、ヨレイ、そしてリックが拠点、というよりは集会所として用いている場所。

 足取りが重いのは、瓦礫やら何やらで足場が悪いせいではない。

 残されるという重責、託されたもの、そして、いつか辿り着くべきモノ。

 

「……ヨレイ、さん」

「どうしたの、モモ」

「…………こんな、こんな地獄も、いつか終わる時が来るんですよね…………?」

 

 半ば、答えなど期待していない問い。誰もが無言の中で、ヨレイは空を見上げた。

 日は既に落ちて、月明りが世界を照らしている。その金色に、どういう訳か見覚えのない誰かの瞳を重ねてしまった。

 琥珀色で、そして灰色がかった長髪の、誰かの顔を。そして―――――

 

「……うん、終わるよ」

 

 そう信じて、訳の分からない幻影を振り払う。そうしないと、もう。

 

 

 

「きっと終わる。終わらせるために、私達は歩くんだ」

 

 

 

 

 ――――――――自分の重さで、壊れてしまうから。

 

 

 

 

 

 

 片道だけでおよそ2日と半日。瓦礫の街を超え、軽度の崩壊液汚染の影響で枯れ果てた死の森の奥、降りしきる雪によって汚染から守られた生きた森林の中、切り立った山脈の亀裂。殆ど目立たない洞窟の奥に、彼女達の隠れ家はあった。

 懐から取り出したライターの火を照明代わりに、罠と警報代わりの鳴子付き鋼線を慎重に超えていく。単純に勢いよく突っ込めば鋼線に切り刻まれる以外に、所々にワイヤー式の爆弾や地雷まで設置された場所。その奥に、拾い物の装甲板を加工して作られた鉄扉が見えた。

 

 ヨイユメが目覚めた研究施設を改装した隠れ家。念の為に電子機器は電源ごと全部破壊済みのために、中は非常に暗い。電子の世界からは完全に隔離されているためにハッキングによって場所が割れる事はまずないという場所。実際に発見されれば頑丈な鉄扉も紙屑同然に吹き飛ばされるだろうが、それでもこうして残っている。偏に徹底した隠蔽と隠密行動の賜物だった。

 ヨイユメが鉄扉の横に近づき、ボタンを押して一定間隔で数回ブザーを鳴らす。すると、少し間を置いて鉄扉が開かれ、中から少女が顔を出した。

 

「お帰りなさい、皆様。リック様も一緒だったのですね」

「応、同じ建物で鉢合わせしてな」

「そうですか、お疲れさまでした。シャワーを使用可能にしてありますので、どうぞお使いください」

「貴女もお疲れさま。長い間留守を頼んで悪かったわ、コノヤ」

 

 ヨイユメが、隠れ家で留守番を任されていた少女―――コノヤへと礼を告げる。対し、コノヤはアルビノ特有の赤眼を伏せて静かに会釈し、奥の部屋へと案内した。

 

 

 

 周囲の機械類が軒並み破壊された暗闇の広間。そこで、彼らは今回の“遠征”の成果物を取り出した。

 まず、4人で分担して書き写した鉄血拠点の最新分布。 

 個別には、リックは別の場所で手に入れた、未開封の水と食料。

 ヨイユメ、ヨレイはバッテリー。

 そしてモモは、背負っていたバックパック一杯の水。

 どれ一つをとっても、暫くは食料に困る事のないモノであり、また地図についても比較的安全な地域を推測できるという意味では大きな収穫であった。

 

 しかし、だからこそ――――――

 

「……犠牲者は、一名。これで累計21だ。確定している残りは216の内9。そして、ここに居る6人が確定しているうちの三分の二……はっきり言えば、もう後がない」

 

 リックが淡々と事実を述べる。そして……

 

「だからこそ、俺はもう一度あの廃デパートへ行こうと思ってる」

 

 その一言に、重い沈黙が降りた。

 

「……アンタ、自分が言った意味は理解してるんでしょうね」

「ああ、そのつもりだ」

 

 ヨイユメの苛立ちすら込めた渋面に、リックは毅然と言い返す。自然と空気は悪くなるが、しかしそこに切り込む者はおらず、じっと二人の顔を見据えていた。

 

「あの廃デパートに居たマンティコア、明らかに視覚情報に頼ってこっちを見ちゃいなかった。今までの鉄血連中の動きからして、ネットワークが生きてたら見なくても敵として感知してたはずだ」

「つまり、あのジャミングは鉄血側の物じゃない、他の勢力がわざわざあんな辺鄙な場所に仕掛けるとも思えない。残る可能性は私達関連か、あるいは民間のテロリスト連中」

 

 そして、廃デパートに人間の姿は無く、何者かが使っている痕跡もまた無かった。そうなれば残された可能性はおおよそ一つ。

 

「最後に残るのはサトウの差し金、か。けど、リスクは大きいよ。鉄血のジャマーが暴走して無差別になってたなんて可能性もある」

「あの場所を全部調べきった訳じゃないし、なによりジャマー本体をまだ発見していない。それに、わざわざ隠し部屋なんてものがあったんだ、他にいくつか見つかっても不思議じゃないだろ」

「……でも、あのマンティコアがまだ居座っていたとしたら……」

「だが、少しでも可能性があるなら行くべきだ。どの道このままじゃ完全に手詰まりだろうよ」

 

 ヨレイとモモが危険性を示唆するが、実際の所、リックの言い分も最もである。ヒントや手掛かりと言えるものが一切なく、現状分かっているのは個人ごとのパーソナルデータと名簿のみ。犠牲者を含めてとはいえ31人も発見されたこと自体が奇跡というべき状態であり、若干焦りが出始めていた。

 

 最終判断を任されたのは、ヨイユメ。皺の寄った眉間を揉み解しながら、結論を出す。

 

「……分かった、行きましょう。ただし今すぐじゃなく、事前準備は済ませるわよ。万全の状態で、且つ例のマンティコアや鉄血その他が居座っていたら即座に撤退。それでいい?」

「ああ、すまねぇ」

「良いわよ、どの道多少は無茶しなきゃ手詰まりなんだから」

 

 作戦会議が終了すると同時、それぞれの部屋へと戻っていった。

 

 

#

 

 

 

 ――――――部屋へ戻ると同時、ヨレイは鍵を閉めて周囲を確認した。就寝用のベッドと小さな机以外に何もないがらんどうの部屋。

 誰も居ない、壁はそこそこ厚く、防音できていることは確認済み。それを認識してから――――――膝から崩れ落ちた。

 

 

「何が、何がもう会えないだ、このクソ女ぁぁッ!!!!」

 

 拳を床に叩き付け、自分で自分を口汚く罵る。生き残るための仕方ない犠牲? そしてそれを受け入れて置き去りにしろ?

 

 ―――――()()()()()。いつからそんなことを許される身分になった? ただ怯えて腰が引けただけだろう。ヨレイとリックは失ってはならないにしても、電子戦特化という切り札を捨て駒にするべきではなかったのだ。

 

「どうしようもない弱虫の癖に、肝心なところで逃げ腰で、それで何が解決するんだよ、あぁ!?!?」

 

 あの時、ヨシムラが死ぬ気だと分かった時に、手を掴んで自分が走り出せば良かったのに。

 ぶつけようのない怒りを拳に乗せて、机を思い切りぶん殴る。老朽化が進んでいたことも相まって、あっさりと粉砕されたソレを掴んで、更に床に叩き付けた。

 

「何が起きてもアイツのせいコイツのせい、そうやって自分の責任から逃げてるだけだもんなぁ!!」

 

 犠牲をだして、ヒントは出せず。何一つ掴めないままに仲間を窮地に少しずつ追いやって、そのくせ自分は他人に従ってばかりで被害者面。ああなんて楽な生き方だ。

 

「っはは、あはははははっ――――――――!!!」

 

 嗤いながら怒って泣いて。そして、こんな体たらくでどうするんだと罵倒してなじって。そうやって狂っているうちに、怒りが維持できなくなって、頭から血が引いていった。

 同時に再び浮かぶ、誰かの顔。ぼんやりとしていて、しかし確かに泣いている、自分より弱虫だった誰か。その顔が浮かぶたびに、どれだけ打ちひしがれても歯を食いしばるのだ。

 

「……そうだよね、あたいがお姉ちゃんなんだもの、頑張らなきゃ、あの子に笑われちゃう」

 

 “あの子”が誰の事かも分からないうちに、そんなことを呟く。そして、眼下と自分の手の惨状に目を向けた。

 

「うわ、やっちゃったなぁ……どうしよ、これ……」

 

 自分の心を占めていく何かに言い訳をするかのように、ヨレイは言葉を吐いていく。

 

「……うん、薪にすればいいか。燃料も限りはあるし、足しにはなると思うし」

 

 そして、扉の鍵を開いた。

 

 

#

 

 

 扉を開けば、すぐそこでコノヤがポーチを手に立っていた。

 

「あ、コノヤ……もしかしなくても……」

「ええ、全て聞いてしまいました。申し訳ございません」

「あぅ、いいのいいの、あんなのあたいの八つ当たりみたいなモノだし」

「そうですか。ですが――――」

 

 そこで一旦区切り、コノヤは白い細指をヨレイの隠されていた右手に向けた。

 木片が深々と刺さり、血が滴っている。それ以外にも応急処置として縫い合わされた傷などが目立つそれを見て、盛大に顔を顰めていた。

 

「隠そうとするのは頂けませんね。手当をするので見せてください」

「う、だ、だから良いって、あたいが八つ当たりしたからであって」

「だっても何もありません! そんなガサツな治療で化膿や感染症を起こしたらどうするんですか!」

「ひう」

 

 コノヤは普段から隠れ家の手入れを担当しているのだが、こういった変化には聡いし、放ってはおかない。自分より華奢で小柄とはいえ、まるで母親のような怒り方をするコノヤに逆らえる人物はそう居なかった。

 

「文句は受け付けませんよ、全身ひん剥いて徹底的に手当てしますので」

「い、いやそれだったら他の皆だって」

「もちろん、この後全員見て回りますわ。そのぐらいさせてくださいな」

 

 有無を言わせない笑顔と共に、ヨレイは自分の部屋へと引きずられて行った。 

 

 

 

 

 

 

「―――――ご、ぷ」

 

 ヨシムラの意識は、何の前触れもなく覚醒した。

 体を動かそうにも全く反応せず、ついでに言えば右半身は感覚すら無い。

 喉からは止めどなく血が溢れ、口と鼻の周りを鉄臭く汚していた。

 

 どうにか動く左手を体の右側へあてがえば、そこには何もなかった。感覚がどうこうという問題ではなく、肉体そのものが物理的に存在していない。気管支と思われる場所からはひゅうひゅうと息が漏れ、心臓は半壊し、生体を維持していた人形用コアが剥き出しとなっていた。

 下へと手を動かせば、生物らしさを備えた無機物――――人工の消化器官に触れた。すっかり冷え切って温もりは存在せず、死体然として転がっている。この調子だと脊髄までやられている可能性もある。

 

「ひゅ、が、ごふ、こぷ――――」

 

 ふと、そういえば目が見えない、と気づいてしまう。

 いや、そんなまさか、と、恐る恐る手を頭へ伸ばせば―――そこに、頭はしっかりと存在していた。義眼もあるべき場所に存在しているが、機能はしていない。おそらく半身を吹き飛ばされ、地面に転がった衝撃で壊れたのだろう。

 そんな惨状でも未だに死んでいないのは、恐らく心臓部のコアの有する何らかの機能で生かされているせいだろう。全く持って笑えない。

 

「ごほ、あぁ、くそ、が」

 

 悪態と共に左腕を投げ出せば、何かに指先が触れて、思わず手に取った。

 それは、ナイフ。刃渡りだけで手首から肘までの長さがある、大型のもの。抵抗手段としてではなく、愛着があったせいであの時に投げ捨てられなかったものだった。

 高周波振動を発生させるためのバッテリーは存在しておらず、機械仕掛けの柄は罅割れてしまっている。衝撃で留め具か何かが壊れて弾け飛んだのだろう。刀身にも亀裂が走り、もう武器としては使い物にならない。

 

「……ぐ、はは、あと、どのくらい、だろぉなァ…」

 

 絶望すら浮かんでこない。このまま、あとどれくらいで時間切れになるかだけが頭の中を占めていた。体を動かして何かをしようなんて気も起きない。

 息苦しい。つらい、意識が薄れてきた。どうしてこのタイミングで目が覚めてしまったのかも分からない。ああ畜生、こんなことばかりなのか。そんなことを考えながら、ヨシムラの意識は暗闇に溶けて―――――

 

「……あんれまぁ、随分と酷い様で」

「―――――?」

 

 脱力したような中性的な声によって、朧気ながらも再び覚醒した。目は見えないが、音の反響を利用して輪郭から何者なのかを推測し、そして吐血混じりに名を呼んだ。

 

「えん、じにあ……」

「はいはーい、皆大好きエンジニア君でーす、ってね。それにしてもよくもまぁ生きてるね。体半分どころか下半身と上半身皮一枚だよ?」

 

 わざとらしい瓶底眼鏡を着けた青年――――エンジニアが、彼を見下ろしていた。彼もまた“放浪者”の一人であり、ヨシムラと同じ電子戦特化の改造が施された人間でもあった。

 嘲るような笑みを浮かべながら、ヨシムラの傷を分析していく。

 

「ふんふん、物理的に潰され抉られじゃなく、衝撃波でぼーん、ってとこかな? 何があったん?」

「ま、ん、てぃ―――」

「あー察した。あの鉄血のデカいの相手に囮になったんでしょ? よくもまぁやれるよね、死にたがりなのかな?」

「……ど、ぅ、な  た」

「うん? 僕が手ずから電子頭脳かき回してぶっ壊したけど。やっぱ雑魚は楽でいいよね、使い捨て前提だからセキュリティも侵入し放題」

「…………そう、か」

 

 嫉妬する気力すら、もうヨシムラには残されていなかった。同じ電子戦特化のはずなのに、積める機能の余裕でこんなにも差があるのかと現実を受け止める以外に何も出来ない。強いて言えば、あのマンティコアにこれ以上誰かが追い回されなくて済むという安堵を感じているくらいだろうか。

 

「お、れは、ど なる  ?」

「うん? あーそだね、生きたいってんなら直してやることはできるけど? ただし、報酬は貰うよ」

「……」

「何人かぶっ壊れた連中の中身弄り回して、僕らの体って人形に近いって分かったからさ。脳みそ無事ならいけると思うよ」

 

 元々“その気”はあったが、とうとう吹っ切れたかとヨシムラは得心する。この青年のサイコパスぶりはヨシムラが出会った当初から変わっていなかった。サトウを探すために世界中を彷徨うのではなく、自分の仲間の亡骸を解剖することでサトウの目的に迫ろうと考えていたのだ。

 

「で、どうする? 代金はー、そうだね、その電子義眼両方で」

「……たの、む」

「……へぇ、自分から武器棄てるんだ。君の電子戦能力はその義眼依存だったはずだけど」

 

 エンジニアの推測通り、ヨシムラの電子戦における能力は義眼に由来している。取り除かれれば、仮に生き延びても今後において切れる手札を一つ失うことになりうる。しかし、それでも―――――

 

「せに、 らは、かえら、れ、な――――」

「……くっははは、いいね、やっぱ根性あるよ。これだから面白いんだ君は」

 

 そう言うや否や、エンジニアは遠隔ハックを起動、周囲から残骸と化した人形達を強引に操作、集合させた。欠損が激しいとはいえ、その総数は十数体。パーツを繋ぎ合わせれば人形一体を組み上げられるだけの量があった。

 

「ニコイチならぬ十コイチってね。死ぬ寸前で延命しまくるけど耐えてよ?」

 

 その一言と同時に、ヨシムラの意識を強引に刈り取った。

 

 

 

 

 

 

―――――やった、やったぞ!!

 

 誰かの喜ぶ声が、聞こえる。男性で、恐らく青年。それ以外は真っ暗で何も分からない。

 

――――――ですが先生、この子は……

――――――先天性だろうな、運が悪かった

 

 疲弊しながら、どこか案ずるような声色の女性と、どこか落胆しているかのような男の声。

 

――――――だがそれ以外の不安要素は今のところはない。それだけでもこの子は豪運だ

――――――そう、なのでしょうか

――――――そうだとも、出生後数週間の死亡率が9割を超える中、この子は健康に生き抜いたんだ。

 

 荒廃した世界であっても、ありふれた幸せ。何処であっても芽吹きうる命の輝き。

 しかし、それを認識した瞬間に情景が遠くなっていく。まるで覚えていてはいけないとでも言わんばかりに、その光景は薄れ、漂白されていく。

 目が覚めれば、きっとこの音を覚えていることは出来ないのだろう。そもそも、生まれた時から全盲の自分が「目を覚ます」という表現自体可笑しいといえば可笑しいのだが。

 けれど、どうしてかは分からないが、それでも。

 

『―――――生まれてきてくれて、ありがとう、■■■■■■』

 

 その言葉だけは、忘れてはいけないはずなのに。

 

 

#

 

 

 

 ぎちり、と体が軋むと同時に意識が覚醒する。呼吸や心拍は安定していた。

 

「……ぐ、ぅ」

「あ、起きた?」

 

 視界はゼロ、完全な暗闇。しかし、失われたはずの半身が生体部品によって継ぎ合わされたのが何となく認識できた。エンジニアは横で何か本を読んでいたらしく、どこか間の抜けたような声色で此方に反応した。

 

「……直った、のか」

「まぁね。あ、まだ動かない方が良いよ。医療用ホチキスで無理矢理繋げてあるから、暴れると直ぐに接合部が剥がれる」

 

 何とも荒々しい修復をしたのだなと嘆息するが、その一呼吸すら苦痛に変わる。必死で左腕を動かすと、何かチューブのようなものが大量に繋がれ、喉付近に酸素挿入管のようなものが付けられていた。クリック音で周囲を探れば、チューブの先には装置や液体があり、おそらく未だに自分の身体が安定していないのだろうと推測する。しかし、問題が一つ……

 

「右腕が、無いぞ」

「そだねー」

「右足も、何か雑だぞ、金属棒一本だぞ」

「修復で目、アフターケアで腕と足。等価交換は基本だよ?」

「……外面は、随分人間めいて感じるが」

「そりゃそうでしょ。鉄血の人工皮膚剥いで縫ったから」

「内臓は、どうした?」

「幾ら軍事用つったって人工内臓くらいはあるよ。ま、人間としての消化機能は物理的に半減だけどね」

 

 ヘラヘラと笑いながら答えるエンジニア。人工皮膚で体裁は整えられているが、その下では機械がこうこうと音を立てて稼働しているのが聞こえてくる。おそらく心臓などの完全に喪失した器官の代わりを担う機械部品も存在しているのだろう。

 随分と酷い姿になったと内心自嘲する。だが、あのマンティコアと真正面でかち合って、そして半身を吹き飛ばされても生き延びたと考えればかなりの強運。そう考えて慰めるしかない。

 

「…………あと、どの位で動ける?」

「応急処置だけなら3日、万全状態なら2週間。目玉だけじゃなくて手足までぶん取ったからねぇ、敵が来たら保護する位はしたげるよ。どうする?」

「……世話になる」

 

 心の中で白旗を挙げて、エンジニアの言いなりになる事を承諾する。身に纏っている衣服も半壊したソレではなく真新しいシャツとズボンであり、それも“アフターケア”とやらだろうと推測する。すると、二体の人形に担架に乗せられ、エンジニア自身も肩車の要領で片方の人形に乗る。もう4体がチューブ先の装置や液体を保持しつつ、周辺警戒をしているらしい。

 

 相変わらず馬鹿げた演算処理能力だと思っていると、当のエンジニアからはキーボードを叩く音が聞こえ始める。同時に、唸るような呼吸音も聞こえ始めた。何かを悩んでいるのだろうか。

 

「うーん……? やっぱおっかしいんだよなぁコレ、うん、可笑しい」

「何がだ」

「キミが生きてる理由。生の神経と疑似神経、特に脳神経や主要神経が何の抵抗も無く癒合してる。コレとんでもないことだよ」

「……具体的には、どの位だ」

「半人半機、なぁんてサトウの奴は言ったけどさ、シンギュラリティなんてレベルぶっちぎり。生物の定義すら改定されるよ?」

 

 絶句する。そんな超常現象がどうして己の体で起きているのかと思っていると、独り言ついでにエンジニアが解説し始める。

 

「実はさ、こっち狙ってきた人間幾らか生け捕りにして改造施術やってみてんのよ。あのわざとらしい残し方されてたデータ通りに内臓ぶっこ抜いて人工品に挿げ替えてー、ってね」

「お、まえ、何を……!」

「まぁ聞いててよ。それでさ、施術の成功率、幾らだったと思う?」

 

 

 一旦言葉を切り、深呼吸して―――――心拍がおかしい。呼吸も若干粗い。まるで、信じられない何かを見たかのように。

 

 

 

「――――――――――378人中0%。本来なら、僕らは存在すらしていない」

「な―――――」

「ガチだよ、そしてもう一つ。例の体が機械に喰い殺されるヤツだけどね――――――そんなものを組み込めるパーツやプログラムその他は何処にも無い。アレは()()()()()()()()()()と同義ってこと」

 

 今度こそ、二の句が継げなくなってしまう。存在すら意味不明? 催眠と同じ? それなら自分達は、“放浪者”とは一体何なのか。

 

「僕ら、便宜上放浪者って呼ぶけど、ソレは無機物(キカイ)有機物(イノチ)の代理として組み込める新生物”って定義するしかない。だから言ったろ、生物という定義すら変わってしまう、って。内臓四肢どころか、脊髄や脳髄すら置換可能な超常生命な訳だ」

 

 呆れたような声で告げるエンジニア。謎ばかりが深まるソレをどう処理したものかと困惑して、そして気づいてしまう。

 

 ―――――自分の心臓と肺は半壊していたはず。そうでなくとも大量の失血が起きていたはずであって、ならば、どうして生きている? 失血と心停止、呼吸機能の停止、そこまで揃えば脳だって無事では済まない。だというのに自分は生きている。何故、何故、何故?

 それまで考えもしなかったことが思考を蝕んでいく。精神に泥まみれの爪が突き立てられて、ガリガリと削られていく感覚がする。

 

 自分は何なんだ? 超常生命、そんな答えで納得できるわけがない。サトウが改造したというのは間違いないだろう。だが、それだけが理由なのか? あるいはサトウが何かをする前に既に―――――

 

「分からないことを推測だけで完成させるのは止めな。それで間違ってたらとんでもないことになる」

「だが」

「だってもしかしも無い。確証がないまま立証したら、それこそ間違いに気付けなくなる。今分かっていることを把握して、何かが見つかる度にそれを繋げていくしかないよ」

 

 

 

 

 

 

「コールドスリープ解除、励起」

 

 ―――――暗闇の中、ソレは目を覚ました。この時代ではもはや骨董品とすら言える無機質な人工音声と共に、鋼と知恵によって編まれた棺が開いていく。

 

 停止から起動まで、中間無く動き出す棺の亡者。ミイラのように細い足で地を踏み締め、立ち上がるのは歪なナニカ。

 

「 a e」

 

 機械と肉、無機と有機の完全融合。異常性を真正面から叩き付けるソレ。機械のようでありながら、そこには有機的存在がある。

 鋼鉄の骨髄、肉の筋繊維、そして神経半導体入り混じる奇怪な脳髄。機械という定義では測れず、しかし生命という定義も不可能な異常存在。

「―――――――co―――――― la se」

 

 ソレは、肉食。己の餌となりうるモノを感知し、貪欲に動き出す。

 

「ni k ki kaaaaa i」

 

 本能/プログラムが命じる。自己保存せよ、自己保存せよ、自己保存せよ。餌を食らえ、肉とせよ、そして成長せよ。

 その怪物は――――――――あろうことか、自分が眠っていた鋼鉄の棺桶に齧りついた。

 歯が割れる程度では済まない筈のそれ。しかし、現実は違う。怪物が歯を当てた途端、ぞぶり、と異質な音を立てて、鋼鉄はその内側の配線ごと崩れて口内へと招かれる。

 

 口内に入った金属とプラスチックの塊。それを、まるで食物のように咀嚼していく。咀嚼して嚥下し、そしてまた食らう。食って食って食って、しかしその姿は微塵も変わらずに体積のみを増加させていく。

 

 

 1時間もしないうちに、鋼鉄の棺は跡形も無く食い尽くされ、そして土と岩盤すら食って、怪物は地上へと這い出していた。

 

 

――――――誰にも知られず、誰も知らないバケモノが、餌を求めて動き出した。

 




Tips

・リック
 黒人系の男性の外見をした放浪者。ジャマダハル型の振動ナイフを所持。六連のグレネードランチャーを所持しており、単発火力ではトップ。
 言動は軽薄だが責任感が強い。サトウ捜索において積極的に動いており、仮に自分が犠牲になる何かがあったとしても、それで他の同胞が救えるならやむなしという思想の持主でもある。
 
・ヨイユメ
 名前として記載されていた416からヨイム→宵夢→ヨイユメと名乗っている。青みがかった銀髪をポニーテールできつくまとめており、アサルトライフル(品番不明)を所持している。振動ナイフはサバイバルナイフ型。
 リック同様責任感が強い。また、リックと比べて慎重に動こうとする傾向がある。
 少し前に自分と全く同じ顔をした人形を見かけてから、妙な既視感と偏頭痛に悩まされている。

・モモ
 名前として記載されていた100から百→モモと名乗っている。長い黒髪を太い三つ編みにして肌着の中に入れている。振動ナイフは銃剣型。
 基本的には一歩下がって経過を見守るが、ここぞという時には強い主張と共に一歩も譲らない頑固さを備えている。また、身体能力のみであればリック達の中ではトップクラス。

・ヨレイ
 名前として記載されていた40からヨレイと名乗っている。緑がかった灰色の髪を2本の三つ編みにして肌着の中に入れている。電子ダイブが可能だが、ヨシムラ等の電子特化型には劣る。ナイフはククリ型。
 精神的には一番成熟している――――が、それは外面の話。誰にも見られていないところでそれを独り溜め込んで炸裂させることも多い。
 少し前に、とある人形を目撃してから喪失前の記憶の一片と思われる誰かを思い浮かべることが多くなった。

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