ドールズピアース・サバイバー   作:何もかんもダルい

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――――――光へ向かって一歩でも進もうとしている限り、人の魂が真に敗北することなど、断じて無い
クラウス・V・ラインヘルツ


延命課題

「……んで、ソレどういう意味かもう一度聞いてもいい?」

 

 エンジニアの隠れ家に運び込まれた後に、ヨシムラは床に寝かせられた。部屋には複数のディスプレイが存在するコンピューターと、集めたのだろうジャンクの山が積まれていた。鉄血やIOP製と思われる戦術人形も混ざっており、生身の死体が積まれているような錯覚も覚える。また、ジャンク山の隣には冷凍庫らしき巨大な直方体が鎮座しており、中身はあまり想像したくなかった。

 

「……奴らに、鉄血と正規軍に勝つ方法は、あるか」

「無いね。逆にあったとしてどうすると? 戦えるって分かれば目を付けられる、そうなれば不味いんでしょ?」

 

 嘲るような、あるいは楽しむような目でヨシムラを見下ろすエンジニア。彼の心には絶望がこれでもかと刻み込まれ、それでも進む方法を模索し続けている。結果として倫理と道徳を全て切り捨て、同じ“放浪者”が辿り着けていない領域まで知識を広げたのだ。

 

 しかし、万人にそんな決断が出来る訳が無い。

 例えを出すなら、よくあるゾンビ物の映画だ。生き残るために、眼前で食われる家族を、友人を、あるいはそこまで協力してきた他人を見捨てて逃げられるか? 全てを切り捨てて、己だけが生き残ればいいと決断しても、果たして本当に孤独を選び続けられる精神的強者がどれだけ居る?

 

 倫理も道徳も、果てにはこの世界で数少ない同胞すら己の糧として踏み躙れるだけの覚悟。エンジニアにはそれがあった。だが、ヨシムラには無い。他者を切り捨て続けて正気でいられるほどの支柱が無いからだ。

 だが、自ら囮となって一度死んだも同然な今、切り捨てるべきものは無い。故に―――――

 

「皆に死んだと思われてる今なら、多少派手に動いても偽装できる。どんな目に遭っても、傷つくのは俺という“亡霊”だけだ」

「成程、一理あるね」

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、とりあえず地獄へ行ってらっしゃい」

「――――っが!?」

 

 突如としてエンジニアの手で、何かの薬品を注入された。瞬間、薬品の場所を起点に体が内側から焼けるような激痛が走り始める。

 

「ぎィ、あ、がぁ、何を、した」

「うん? 王水を突っ込んだだけ」

「おう、すい……っがぁあああああ!?」

「知らない? 濃硫酸と濃塩酸で作る最強の酸。金を溶かせる唯一の劇物」

「あひゅ、が、ひぃぐ、ぎぃぃぃ」

 

 溶ける、焼ける、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ。まもなく死ぬ、何もしなければ死ぬ。

 

「ほらほら、食べないと。体を増やさないと死ぬよ、君」

「ぎ、がっがあああ、ぎぐぎぃううううぅぅ」

 

 死ぬ、死ぬ、 ぬ、生 る、食べる

 

 食べる、食べる食べる、食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食べる食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食食

 

 生きるために食べる。当たり前じゃないか、じゃあ実行すればいい。

 死にそうで、生きたいんだから、食べるしかない

 

「――――― あ  か、 いた」

 

 空腹。腹の中になにもない。なにか欲しい。食べなければ。

 腹の中を詰めなければ。

 

「―――――――お か いた」

 

 

      べ

 

 

 

                の

 

? ?    ?   ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■月■日 ■■:■■

 王水投与から1ヶ月が経過。彼は未だ異常なペースで食事を続けている。

 今の状態で外へ出すのは非常に危険だと判断し、地下収容室へ食事を続行させたまま連行、封印した。

 

 食事は鉄血の残骸を主に与え、時折拾ったまだ新しい死体やG&Kのダミーを寄越している。それまであったはずの理性や知性が全て消し飛んだかのように一心不乱に、そして有機無機問わずに口へ運んで咀嚼し続けている。血液のような液体を散乱させてはいるが、肉片や機械片は殆ど見つからず、文字通り欠片も残さず血肉とするべく暴食し続けている。

 

■月■日 ■■:■■

 暴食が一時的に止まり、冬眠のような状態へ移行した。外見的には体温・呼吸・脈拍が低下した状態での昏睡であり、他の哺乳類に見られるそれと大した変化はない。

 肉体的な変異は殆ど見られず、人型を保っている。ただ、皮膚に電子回路らしき模様が浮かんだり、採取された血液に細菌めいた金属片のような何かが存在するなど既存の生命から乖離した現象が表出している。

 

■月■日 ■■:■■

 休眠状態へ移行してから1週間が経過した。体温低下などの症状は解け、現在は昏睡状態。同時に、完全潜行(フルダイブ)VRでのメンタルトレーニングを開始。

 内容的には無数の敵を全滅させればクリア、ただし死ねば1からやり直しというもの。チャットを利用して意志疎通を図り、トレーニング開始から5時間が経過しているが、最高記録は3体/10000体に止まっている。

 

■月■日 ■■:■■

 じわじわと記録は伸びている。つい先ほど1000体の大台を突破した。

 あの人外達を相手にする為には、これ位の無茶は突破してもらわないと困る。

 

■月■日 ■■:■■

 サトウの残したデータの発掘に成功。見つからないわけだ、正規軍と16labの深層に埋もれるように隠されて、しかも双方を組み合わせないと暗号として成立しない文字化けにされていた。シンプルだがそれ故に嵌まると抜け出せない。さすがサトウ、考えることが狡い。

 ヨシムラの方は3000体を突破したところで行き詰まっている。単一の武器を使い回すのが限界なようだ。

 

■月■日 ■■:■■

 ヨシムラのヤツ最高だ!! コレならあの野郎に一発叩き込める!

 こいつは最高傑作だ!

 

 

###

 

 

 

―――――走り抜ける。手にはアサルトライフル。残弾は10発、替えのマガジンはないが、関係ない。

 

 単独となった敵の背後を取り急接近。残りの10発全弾叩き込んで即死させ、アサルトライフルを投げ捨ててサブマシンガンを奪う。二丁あるなら一丁は要らない、重くて邪魔だ。25回目はそれで死んだ。

 

 続いて見つけた単独行動のショットガン持ちを、首を後ろから膝でへし折る。人形相手に心臓は無意味、首か頭を確実に落とす。37回目で首の折り方と共に学んだ。

 

 ショットガンを片手に、もう片方にサブマシンガンを持って近くの林に隠れる。素早く木に登り、待機。

 正面から勝てると思うな、常に息を殺せ。臆病にケツを向けて逃げ、相手に追い回されて、そして殺せ。148回目で学んだことだ。

 

「……来た」

 

 アサルトライフルの銃声を聞いて駆け付けた敵、累計20。動きは|新兵()()()。十分だ、やれる。此処は電子の世界、全てが0と1で構成された型枠ありきの世界。ならば、この世界で生き残れなければ現実で死なずに生き延びることなど夢のまた夢。20回目の死で学んだことだ。

 集中しろ、目を離すな、恐怖を手放すな。恐怖は乗り越えるんじゃない、飼い慣らせ。第六感として機能させろ。此処まで573回死んでいるんだ、いい加減覚えろ。

 

 樹上から飛び降り、そのままショットガンの引き金を引く。まず一体。

 ショットガンの有効射程は至近距離と考えろ。それ以外は牽制だ。7回目の死で学んだ。

 

 反動で跳ね上がった片腕を無視してサブマシンガンを乱射、弾の続く限り足を壊す。

 サブマシンガンは牽制を目的とした銃火器。生身に直撃すれば当然死ぬが、それ以前に機械相手なら文字通りの豆鉄砲。威力に期待するな、どうしてもというなら足の露出している部分を狙え。245回目でようやく習得した。

 

 弾丸を使い切ったサブマシンガンを投げ捨て、両手でショットガンを構え走りつつ連射。これで6、ショットガンも弾切れで捨て、殺した敵を引っ掴んで盾にしつつアサルトライフルを拾い、再び乱射。

 倫理など通じる相手じゃない、使える物は死体でも何でも使え。大口径の弾丸じゃなければ人形の体は防げる。360回目でようやく戦闘時の倫理・道徳を捨てられた。

 

 狙いをつける余裕が無いなら、徹底的に足を潰す。10回目の死で学んだ。

 

 弾が無い銃は良い鈍器になる。3回目で学んだ。

 

 狙撃中は技術と練度があって初めて使える武器だ。至近距離で複数を纏めて吹き飛ばすか、銃身を持って鈍器にしろ。振り下ろせば人形の頭位なら陥没させられる。173回目でようやく覚えた。

 

 覚えろ、怯えろ、恐怖を忘れるな、恐怖を第六感(センサー)に変えて、最大限に稼働しろ。それこそがお前の武器だ。此処で覚えろ、此処で学べ。そうでなければ現実で生き残る事なんて出来ないぞ――――――!

 

 

あと100

 

 

「―――――――死ね」

 

 

あと50

 

 

「死ね、死ね」

 

 

あと20

 

 

「死ね、死ね、死ね!」

 

 

あと5

 

 

「俺が生きるために、死ね」

 

 

 脳天を空になったライフルで叩き割り、銃剣を取り付けて振り回し首を刎ねる。

 

 奪ったハンドガンを脳天に乱射、銃身を持って殴打、その勢いで首を圧し折る。

 

 

あと1

 

「これで、終わりだ」

 

 膝蹴りで倒し、残っていたサブマシンガンを頭部へ乱射。絶命させた。

 

 同時にわざとらしいファンファーレが流れ、世界が黒く染まって消えていく。

 

 

 

 エンジニアに王水を投与されるという凶行から1年。ヨシムラは、遂に現実世界へと正気を伴って帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メンタルトレーニング突破おめでとう。」

 

 大げさに拍手をし、ヨシムラと話すエンジニア。その声は隠しきれない歓喜に染まっている。対するヨシムラはと言えば、真っ暗な筈の視界に僅かに外の光景が映ることに違和感を覚えていた。音を聞き取る力はこれまで通りで、目を閉じて少し集中すればエンジニアの呼吸音まで鮮明に聞き取れる。

 

「義眼は、戻したんだな」

「うん。ハッキング能力を視覚機能限定に特化させた。ダウングレードとも言えるね」

「……理由は」

「実験協力の報酬。どーせ持ってても碌でも無いことになると思って捨てようかと思ったんだけどねー」

「他人から対価として奪っておいてか」

「僕のモノになったんだから、どう使おうが僕の勝手じゃない?」

 

 あっけらかんと言い放つエンジニア。さも当然と言わんばかりのその態度に怒る気力も失せて、ヨシムラはベッドから起き上がり溜息を吐いた。そして、もう一度エンジニアに向き直る。

 

「……で、どういうつもりだったのか説明はしてくれるんだよな」

「もちろん。とは言っても、結局のところは実証実験を兼ねてるんだけどね。放浪者の身体が無機物を取り込める細胞だって話はしたよね。そこから無機物を実際に捕食して肉体の構成材料に出来るんじゃないかって考えた訳よ」

「……」

「実際、放浪者の消化器官は異常だった。人工物にすげ替えられたとはいえ、明らかに賞味期限が大きく切れた食品とか人形用のレーションとかまで食べることができて、しかも体調を崩さない。となれば、仮に無機物を取り込んだ場合はどうなるのか。そもそも食べられるのかの検証は出来なかったけど、人工物や無機物との癒着ではなく同化が起きている以上可能性はあった……って、聞いてるかい?」

「……ああ、聞こえてる」

 

 視界にはぼんやりと、且つ狭い範囲しか世界が写らない。代わりのように機能する異常な域の聴覚は、エンジニアのべらべらと喋る声の反響から自身の全体像や周囲の状況を把握しつつあり、ようやく現実へ戻ってきたのだという奇妙な感慨をヨシムラに抱かせていた。

 

 

「いやぁ凄いね。正直上手く行くなんて欠片も思ってない仮説だったんだけど、上手く行っちゃったよ」

「……お前、そんな適当さで王水なんて劇物突っ込みやがったのか」

「うん? 自分は死に損なった亡霊だからどうなってもいいんだー、って言ったの、何処の誰だったっけ?」

「そんな言質の取り方があるか」

「口には気をつけた方がいいよ? 何処で揚げ足取られるか分からないし」

 

 倫理も道徳もない、子供の思い付きのような軽薄さで実行に移されたエンジニアの凶行。強化されるか死ぬかの無計画な二択に苛立ちながらも、ヨシムラはベッドから身体を起こした。丸一年眠っていたにしては異様なほどに動きの軽い体。奇妙な違和感を感じて触れてみれば、血管とは異なる、非生物的な程に規則的な凹凸が確認できた。

 そして、聞く気も無いエンジニアの蘊蓄を背景に体を動かす。イメージするのはVRの世界での自分。イメージトレーニングの要領で身体を動かせば、長期間眠っていたにも関わらず自身の肉体はイメージの動きに見事に付いてきており、それどころか余裕すらあるレベルだった。

 

「……まるでエリート人形と同レベルだね。おーこわ、今蹴られたら頭なんてボールみたいに飛びそうだ」

「自分でやっといて感想がソレか、この野郎」

「しょーがないじゃん、予想以上の仕上がりになっちゃったんだからさ。専門家じゃないから表面上の現象しか分からないけど、大量の有機物と無機物を取り込みまくった結果なのか、君の肉体は自己再生できる人形みたいな状態になってる。正直マジで理解に苦しむけどこう表現するしかないんだよ」

「……それは、他の放浪者でも」

「あり得るだろうね。条件までは分からないけど、ある程度同じに揃えたら皆君みたいな異常進化を遂げるだろうさ」

「そう、か」

 

 だからこそ、謎は更に深まる。サトウは、何を目的として放浪者に対してデタラメな封印を施したのだろうか。あまりにもちぐはぐで穴も多く、おまけに時間か何かで封印を解除してわざわざ自身を探させる始末。ますます意味が分からず、何が目的なのかが不明になっていく。

 世に出さず自決させたいのなら、最初から例の束縛で身体を食い破らせればいい。第三勢力として確立させたいなら最初から異常進化を起こさせれけばいい。どっちつかずの中途半端で、生かす気も殺す気もなく閉じ込めてから放浪させているのは完全に意味不明だ。

 

「……俺たちは、一体何なんだろうな」

「それが分かってたら、こんなに苦労してないよ」

「そうか」

「そういうこと。さて―――――

 

 

 

 

 残念だけど、時間切れだ」

 

 

 結局真相は闇の中、何一つ掴めないまま。そんな中、エンジニアが神妙な顔で言葉を発する。

 同時に盛大な爆音が響き、けたたましいアラートと共に無数の何かが慌ただしく駆ける靴音をヨシムラは聞いた。

 

「おい、何が……」

「言ったろ、時間切れだって。鉄血に捕捉された、僕らはもう逃げられない」

「は、何で鉄血が!?」

「分からない。どっかで補足されてたのに気づかなかったのかも」

「どうすればいい」

 

 ヨシムラがそう言うと、エンジニアは小さなリモコンのようなものを操作した。するとヨシムラの義眼が強制的に起動し、赤色の輝線が表示され、部屋の隅のハッチの下へと続いていた。

 

「義眼に脱出ルートを記録しておいた。隠し通路で古い下水道と繋いであるし、辿れば()()()()と合流できる。まだ鉄血は感づいてない、さっさと行きな」

「……お前は、どうする」

 

 

 一拍おいて、エンジニアはいつも通りの嘲笑を顔に張り付けつつ言い放つ。ケタケタと、鉄血と共に自身の運命すら嘲笑いながら。

 

「実はさ、此処の防衛機能に電子戦スペック全部割いてるせいで僕動けないんだよね」

「な、ん……」

「んでもってさぁ、実は崩壊液爆弾が置いてあるんだよ。爆破の範囲は半径2キロ。情報もサンプルも何も残さず消し飛ばしてやるさ」

「……」

「幾ら人形を即座にハッキングできるだけの電子戦能力があったって、鉄血が大群で押し寄せてる今じゃ焼け石に水だ。そして、防衛機能を全停止すれば君が逃げる暇も無く鉄血に突破される。序でに言っとくと鹵獲されてバラされる位なら自決するよ」

「……死ぬ気、なのか」

「僕一人が困るんならともかく、お仲間に危害が及ぶならさっさと消える。話は終わりだ……行けよ!!」

 

 初めて聞いたエンジニアの怒号に、反射的に身体が動いた。赤色の輝線で示されたハッチへと駆け、乱暴に開く。鉄梯子が縦穴の奥へと続いており、暗闇ではあるがヨシムラであれば聴覚と輝線によって最短の逃走ルートを問題なく移動できるだろう。

 

 

 そして、いざ逃げるとなってからエンジニアを振り向き、ヨシムラは一言だけ声を掛ける。

 

「無理な話かもしれんが、生きろよ、エンジニア」

「へへ、そいつは無理な相談だね、バケモノ」

 

 

 

 同時、ヨシムラは縦穴へと飛び込んだ。

 

 

 

「生きろ」

「いいや、死ぬね」

 

 

 

 

 ―――――――――小刻みに震えるエンジニアの手を見なかったことにして、彼は逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへ、アイツも無茶な相談するよね」

 

 震えながら、エンジニアは手に崩壊液爆弾のスイッチを握る。拳銃に偽装したそれのセーフティは外され、後は引き金を引くだけ。

 死ぬのは怖い。当然だ。だが、自分はあまりにも情報を集めすぎた。ヨシムラから得られたデータだけでも漏洩すれば、きっと人類は血眼になって放浪者を探すだろう。そうなれば、もう残された道は全滅しかない。

 

「倫理も道徳もどうでもいいんだけど、仲間意識だけは捨てられなかったなぁ」

 

 思い出すのは、自分をコールドスリープから引き摺り出した6人の顔。リック、ヨイユメ、モモ、ヨレイ、コノヤ、そして―――――ヨシムラ。

 どうでもいい、付いて行けないと虚仮にしながら、その実誰よりも犠牲を拒んでいたのはエンジニアだった。死ぬ姿を見たくない、どうせみんな死ぬなら、その死に様を見ないで済む場所に居たい。そうやって怯えて、狂人の振りをして――――――最終的に、本物の狂人になってしまった。

 

 

「……ま、許されるなんて微塵も思ってないけどね。何なら今まで実験台にしてきた連中から怨念浴びせられたのがこの結果でも、納得できる」

 

 

 背中から追い縋るような寒気から目を背ける。300人以上犠牲にしてきた。赤の他人なら何も感じないのを良い事に、散々な仕打ちをし続けた。当然の報いだと受け入れる覚悟も準備も出来ていた。

 ケタケタと笑い、必死に恐怖を誤魔化そうとする。大丈夫だ、ここは爆心地。苦しむ暇も可能性もなく、一瞬でこの命と情報は消える。だから大丈夫。そう言い聞かせる。

 

「ひひ、怖いなぁ。この引き金を引いた瞬間、僕は消えるのか」

 

 泣かない、歯を食いしばる。可能性は残した。ヨシムラは、怪物へと進化した。きっとアイツならやってくれると嗤う、笑う。哂う。

 全て託した。集めたデータのうち、最重要の項目だけはヨシムラの義眼に内蔵した。テキストにしてたった100字に満たない、情報量としてもマイクロチップ程度の大きさのメモリーに余裕で半永久保存できる程度の物。だが、逆を言えばそれさえ残っていればどうとでもなる程の、文字通りの“鍵”。

 

 

「……頼んだよ、バケモノ(ヨシムラ)。先にあの世で待ってるよ」

 

 

 鉄血の人形群が最後の防壁を突破し雪崩込んでくる。

 

 無数の銃弾に全身を蹂躙される。

 

 

 

 

 

 ――――――――――ハイエンドの凶貌が眼前に迫った瞬間、引き金を引いた。

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 下水道を疾走する。身体は異様なまでに軽く、文字通り人外の速度で駆け抜ける。

 一歩で数メートル、数秒走ればもう百メートル。表示されている目的地までの距離は数百キロだが、その数字もまるで車か何かに乗っているような圧倒的な速度で減っていく。崩壊液爆弾の予想起爆範囲からはとうの昔に外れた。

 

「……この、音は」

 

 轟音と共に何か砂が擦れるような音が響き、同時に空間そのものが激震した。恐らくは崩壊液爆弾が起爆したのだろう。

 

「……」

 

 崩壊液の恐ろしさは身をもって知っている。かつて、そういう団体に出くわしたことがある。全ての物質がボロボロと崩れていく悍ましい光景はどうやっても消えることは無く、同時にアレは未だ人類が扱うべきでないモノだったのだと直感したのもヨシムラはよく覚えている。

 

 ――――体内で何かがこうこうと音を立てている。人形を山ほど食って何か新しい器官でも生まれたのだろうか。

 今となってはそれを確認する術はない。それを知っていたであろう男は、死んだ。残る可能性は自分達にこの狂気の鬼ごっこを押し付けたサトウのみ。

 

「……どうしても、見つけないと」

 

 理由が出来た。死を無駄には出来ない。何としてでもサトウを見つけて問い詰める。

 放浪者とは何なのか。この肉体の構造は何なのか。何故こんなゲームを考案したのか。全てを問う。絶望して死ぬのはその後で良い。

 

「……こんな世界、間違ってる」

 

 そうだ、この世界は間違った。進むべき道を誤ってしまった。

 この世界そのものが絶望なのだ。

 

 責任転嫁と笑えばいい。逃げているだけだと指を指して笑うのもいいだろう。

 だが、死者だけは笑わせない。この絶望しかない世界で生きて、そして力尽きた者達を嗤う権利だけは、誰にも無い。

 

 後ろを向いても、何もない。

 

 前を向いても、何もない。

 

 足元以外は真っ暗だ。赤い光だけが、ほんの僅かな間だけ道しるべになってくれる。その先はどうすればいいのか、まだ分からない。

 

「進め、サトウを見つけるんだ」

 

 前に進めば、足元だけは見える。それを積み重ねて道を紡ぐ。先人たちのやってきたことを、もう一度繰り返す。滑稽かもしれないと笑いながら、前へ、前へ。

 

 

「前へ、前へ行くんだ……前へ、前へ」

 

 

 前へ、前へ、前へ、前へ、前へ―――――――

 

 

 

 

 

「……出来る訳、ない、だろ……っ」

 

 涙が零れる。身を焼き焦がすような痛みを、ただの液体として消費していく。

 前へ進んで、死者を忘れろと? 死人など忘れて進んで、幸せになれればそれでいいと?

 

「無理だ」

 

 そんな強さは持てない。そこまで強くない。

 だから、せめて死者を無意味にしないために進むんだ。

 

「……っ、くそ、くそっ」

 

 また涙が零れる。歯を食いしばっても喉の奥が苦しくなって、眼から熱いものが溢れて止まらない。

 また一人死んだ、その事実を単なる“記録”にしないために、どうにかして背負い込もうとして、それを取り零す。

 

「……サトウ、お前は今、何処にいる」

 

 進みたくない、だというのに進む。忘れるために進む。忘れないために進む。

 

 どこまでも矛盾しながら、ヨシムラは下水道を走り抜けた。

 

 

###

 

 

 

 赤い輝線を飲まず食わずで辿り続けて、見えてきたのは岩壁の大きな亀裂。爆破したような跡だらけの歪な洞窟の先に、輝線の終着点があった。

 エンジニアは、“あいつらと合流できる場所”と言っていた。なら、この先に皆が居るのだろうかと考えながら、ゆっくりと進んでいく。

 

 その途中で、滑稽だ、とヨシムラは思った。もう耐えられないからと囮になって死んで、死んだと思ったら拾われて、亡霊のようなものだからどうなってもいいと言って生死と正気の挟間を彷徨うような実験を受けて、そして結局仲間の元へ戻らされた。

 マッチポンプのようで、自嘲が顔に出てしまいそうになる。どれだけの迷惑をかけたのか計り知れない。だと言うのに、心は再会を求めてやまないのだから呆れてしまう。

 

「どれだけ弱いんだ、俺は」

 

 道中、足元には金属片や鋼線が散らかっており、その量は奥へ行くほど増えていく。洞窟の奥、行き止まりに見えてきた金属質の扉らしきものは弾痕や爆破跡だらけで、そして―――――

 

 

 

「……そうか、此処で、死んだのか」

 

 扉を守るように背を預けて息絶えた男―――――リックの姿があった。

 損傷が酷いが、腐敗した様子はない。本来腐って異臭を放つはずの肉体は形と色を保ったままその機能を停止し、凄絶な死に様を時間が止まったかのように保存している。

 

「…………お疲れ様。あの世でどうか、安らかに」

 

 涙も出ないままにリックの瞼を降ろして地面に横たえ、ドッグタグを回収する。そして、重い鉄扉を開いた。

 

 

 

 

 真っ暗な廊下を、靴音の反響を頼りに進んでいく。敵の姿はなく、それどころか侵入された形跡すらない。

 リックが侵攻を防ぎ切ったのだと理解して、尊敬すると同時に後悔した。自分があと少し間に合っていればと、そう思わずにいられない。

 

 過ぎたことを後悔してもどうにもならないのに、たらればばかりが頭を過る。未練タラタラで、情けない。

 

 

 いつもそうだ、という一言が浮かんで、そして沈む。浮き上がってこないように押し込めて、自分のせいにならないようにどうにか取り繕おうとしている。

 情けない。

 惨めだ。

 馬鹿で、阿呆で、どうしようもない駄目男。

 

 そんな風に罵倒しながら、一つ一つ扉を開いて、中を隅々まで確認していく。

 声は出さない。リックが命を懸けて守っていたとはいえ、中に敵が侵入して潜伏した可能性も棄てていない。

 

「……糞が」

 

 そう考えて、吐き捨てた。危険性云々よりもリックの覚悟を冒涜したような気分になって、苛立つ。

 

 あと3部屋、2部屋、そして、最後の部屋。

 

 

 

 重い扉が、音を立てて開いていく。

 

 

 

 

 

 

「………… 、ぁ」

「―――――――――」

 

 

 

 

 

 絶句した。

 

 

 

 

 赤、赤、赤。狭い視界でも分かるほどの赤で塗りたくられた、まるで拷問部屋。

 

 そして、その中央に、無傷のヨレイが居た。

 

 

「ヨレイ、だよな」

「…………よし、むら?」

 

 茫然自失といった状態で、開き切った瞳孔でヨシムラを見るヨレイ。全身は乾いた血液で余す所なく装飾され、少し体を動かす度にパリパリと音を立てて剥がれ落ちる。

 

 そして、その下から出現する、電子回路のような血管めいた何か。ヨシムラが無意識に触れた頬の凹凸と酷似しているであろう物体が、彼女の肌全体に浮かんでいた。

 

「一体、何が」

「…………あのね、あたいの名前、UMP40って言うんだって」

「……は?」

 

 俯いて、唐突に喋り出すヨレイ―――――否、UMP40。もしや失っていた記憶を強いショックか何かで思い出したかと考えて、即座に都合のいい妄想として切り捨てた。

 

「サイドテールの、グリフィンの子が、教えてくれたの。あたいの名前と、そして、『その子の事を覚えてるUMP40(あたい)』がもうこの世に居ないってこと、そして、あたいは本来人形のはずだってこと」

「……」

「ぼんやりとその子の事を思い出して、つい名前を呼んじゃって。そうしたら、それを教えてくれたの」

 

 

 ―――――彼女は、自分が見聞きした事実をありのままに喋っているだけだ。それを理解して、口を噤んだ。何も喋れなかった。

 

 

「元々捕縛命令が下ってたらしくてさ。その子の部隊に追われて、その時点では逃げ切れたの。でも、問題はその後。焦って端末からデータを引き抜こうとしたら鉄血のセキュリティに引っ掛かって、大群が押し寄せて来たんだ」

「……」

「皆ボロボロになりながら生き延びて、それで、追いかけて来た鉄血とグリフィンと三つ巴になって、リックが両手に機関銃持ち出して、あたい達を匿いながら独りで戦って……」

 

 

 ぼそぼそと、語っていく。絶望の物語を、ヨシムラが居ない間に起こった悲劇を。

 

 

「音が聞こえなくなって、戦いが止まったのは分かったけど怖くて出れなくてさ。ヨイユメとコノヤとモモが代わりに食糧とか持ってきてくれてたんだけど、瀕死で帰ってきて、治療しても血が止まらなくて死んで、一人ずつ、目の前で、いなくなって……食料が尽きて、もう死のうかって首を切ったんだ」

「……」

 

 

 そして、結末が語られる。何より凄惨な結末が。

 

 

「それで、目が覚めたら血の海で、3人の死体が無かったんだ」

「―――――っ」

「おかしいよね。死体が動くはず無いのに。食料が尽きてるのに満腹になってるなんて有り得ないのに」

 

 ヨシムラは確信した、してしまった。エンジニアが己に行った事に、重なるから。

 

「ねぇ、何でなのかな? みんな、何処に行っちゃったのかな」

「…………わから、ない」

「……いじわる、しないで、よ」

「分かる訳、ないだろ」

「――――――」

 

 

 

 慟哭が部屋に反響する。仲間が生きていた安心感と、自分が仕出かしたことの絶望に打ちひしがれながら、喉が枯れ果てるほどに、子供のように泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 ――――――UMP40(ヨレイ)は、仲間の死体を食ったのだ。




プロローグ1/2 了

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