東方幻創録―永人行雲譚   作:鳥語

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重ね重ね、遅れて申し訳ありません。



人過ぎて

 

「こんなところでしたどうかしら?」

「ううむ……」

 

 男は、その長く伸ばした白髭を気忙に撫でながら、きょときょとと瞳を踊らせる。右往左往と気をやって、辺りの目を合わせようともしない同位たちを恨みがましく睨みつけ――それでも、決断できず。

 

「今言った条件……それ以上、こちらが貴方方に与えられる利は存在しませんわ」

 

 その逡巡を押し込むようにしてさらにと言葉を重ねる。

 そこにある隙間(迷いに惑い)を押し広げ、思考するだけの余裕(残り)を奪い去ってしまうように.

 

「――それとも、何も必要はない。化け物()が用意した利など、何も受け取らないとでもおっしゃるのかしら?」

 高尚な覚悟ですこと。

 

 そう微笑んで、無理矢理合わす。

 逃げようとする、それらの視線に釘を打って。

 

「……い、いや」

 

 ぴくりと、その肩は小さく震えた。

 周りの座る他の者たちも、ざわりと乱れを見せて――それでも、誰も口を開こうとはしない。

 背負いたくはない。押しつけられたくはない。触りたくはない――祟られたくはないと。

 そう考えて、黙っているのが吉とする。黙っていれば(きん)となると信じている。何もしなければ、何も起こらない。

 己の日常だけは壊されないと。

 

「し、しかし――」

「こちらとしては、勝手に始めてしまっても構いはしないのですが」

 

 何とか言葉を形としようとする――けれど、脆弱なそれは、強き言葉(私の説得)に簡単に吹き飛ばされる。

 言葉にならない。形にならない。ままならぬまま、ただ口だけがぽっかりと空いて――

 

「……ううあ」

「よろしいのですね?」

 

 その隙間に押し込まれたものだけを租借する。

 ただ餌を与えられるだけの雛鳥のように――大口開けて、呑み込んでいく。

 

 全ては私の計画通り。

 全ては私の理想の為に。

 

「――」

 

 

 隙間は広がっていく。

 

 

____________________________________

 

 

 

「どっこいせ、と」

 

 地面にそれを置く。

 老人気分で大げさな声を出しては見たけれど、それは見た目ほどには重くない。

 空洞の中身。気紛れに打ってみれば、こーんと響く。

 まだ満ちぬそこ(・・)

 

「――はてさて」

 

 その先を想像し――創造される先を予想する。可能性の糸の先……それが最上と実ることを願いながら、理想へと舌を打つ。

 ああ、愉しみだと。

 

「――樽、ですか」

 

 そういう空想に――もはや、妄想に近いものかもしれないが――一休みがてらと浸っているところに、かかる声。

 若さの滲む、けれど、どこか老いた響きの。

 

「ああ、稗田の……こんなところで何を?」

 

 意識を戻せば、こちらをのぞき込む姿。

 仕立てのよい杖に片手を添えて、一人の知己がいた。

 

「少し、散歩を――あまり、閉じこもってばかりというのも、気も滅入ってしまいますので」

 

 そういって、やんわりと笑む――年の頃でいえば、二十歳を少し越えた辺りだったか。それにしては、どうにも老成しすぎているようにも見える表情で――その細い身体を重そうに。

 

――……。

 

 稗田の屋敷はここからそうは遠くない。

 たかがそれぐらいの距離で、ということだ。

 

「確かに――引きこもってばかりじゃ、今がどの季節だったかってのも忘れちまうでしょう」

「ええ、まったくです」

 

 恥ずかしそうに、頭を掻いた。

 春過ぎての夏近く――だというのに、その衣は厚手の重層のもの。熱を閉じこめ、暖かさを逃がさぬ為の、冬の装い。

 季節に合わぬ、流行に後れた格好だ。

 何も考えず、不意に屋敷を出てきてしまったのだろう。そういうことも、たまにはあるものだ。 

 

「少し寝込んでいまして――外はこんなにも暖かくなっていたんですね」

「ええ、もうそろそろ、暑い暑いと鳴く色とりどりでここらも一杯になるでしょうよ」

「ああ、そろそろお祭りの頃でしたね」

 

 片手で日差しを遮りながら、空を眺める姿。

 青白く細ったその手は陽を空かし、青とも桃ともいえる血の巡りをさらしている。

 額にかかる汗は、きっとその衣の厚さだけのものではないのだ。

 

「……愉しみにしててくださいよ」

「え?」

 

 こちらに向けて、首を傾げる。

 昔と重なり……そして、また違うもの。

 同じで違う。その違和に目を瞑り――また開いて、言葉を続ける。

 

「今年は、酒の出来がいいそうで――今までにないほどの一品が出来上がったと、酒屋の親父さんが」

「ほう……」

 

 祭りの目玉。祝いの主賓。騒ぎの焦点。

 総ての材と担いとなるもの。

 

「まさに、神に捧げるべきもの――神と人の垣根を酔いにて失くす、極上の味へと成ったそうで」

「それは……」

 

 不遜というのか不敬というべきか。

 あの自信過剰ぎみなご老公と職人たちは、そんなことを堂々と宣っていた。そして確かに、その過剰に見合うものへと年々と近づいてはいっているのだ。

 時間を経ることに、それは確かな味へと成っている。

 それに加えて、今年の成果だ。その祭酒は、特にその度合いが強いものとなり、天衝く勢い、油にのった昇り竜がごとくに――跳ね上がった一品へと仕上がったのだという。

 味見した己がそういうのだから、それは確かだ。

 己も、浴びるようにそれを呑むことができるということが愉しみで。

 

「……愉しみですね」

 

 彼の人にとっても、それはそうなのだ。

 その書庫を覗かせてもらったときに見たのは、年々と書き連ねられた味の歴史。客観の記録ではなく、個人の趣向として描き留められた日々の主観があった。

 味と出来。

 その味わった感覚自体は、きっと受け継ぐことができていない。けれどだからこそ、そこには真実があったのだろう。

 何のてらいも含みもない、素直な感情と――感想が。

 

「また、新しい味(・・・・)ですよ」

「ええ、私だけの記録……ということですね」

 

 くすくすにこりと。からからにたりと。

 互いに笑って、通りの先を見る。

 繁盛する古びた造り酒屋と――そこにある器に満ちた、また新しき中身のことを。

 見て、笑う。

 

 そして――

 

「ところで、さっきもいいましたが……それは何なんですか?」

「ああ、これね」

 

 指された先にあるもの。己が持ってきた物品。

 己もその渦に関わっているのだという、動かぬ証拠。

 

「ちょっとした酒樽……この島じゃないところの、酒造で使っていたような品でしてね」

「ような?」

 

 木製の丸い形。腹の所が膨らんだ円筒状。

 昔、別の大陸をふらふらとしていたとき辺りに見かけたものの――

 

「これは、その模造品みたいなもんなんですよ」

 

 記憶にあるものの再現品。

 完全なものではなく、本物とはそれなりの差はあるだろうが、その分、時間をかけたもの。

 その他の技術、経験、知識などもふんだんに取り込んで、極めて本物に近い、けれどもしかしたら全然違うもの――そんなものを、己は造った。

 それは――

 

「前に、酒屋の親父さんに頼まれましてね」

 

 酒の話をし、大陸の酒、遠い異国の酒、異文化圏の酒の味を語り、手法を話して盛り上がり――ならば、実践してみようかなんて、酔った勢いにかまけて始めたこと。

 年寄りどもの趣味趣向。失敗を前提、無駄な努力に労力と終わる可能性の高きこと。

 それでも、楽しめそうな計画(無謀)に、己はのって。

 

「どうせなら、現物に近いものをとね」

 

 ちょっくら暇つぶしにと、心魂込めて作り上げた。

 遊びというのも、たまには本気にならないと面白くはないものだ――そして、遊びだからこそ、費用も労力も無視して、無駄やあそびを多くと込めることができるというものだ。

 隠居翁の余生は、そういった無駄に情熱を傾けて。若者の冷たい視線など気にすることなく、ただただ勝手にわがままに、と。

 

「……随分と、愉しそうですね」

 

 そう考える迷惑な老害に。

 目を細めての声音――どこか、面白そうな響きを持って。 

 

「……はい?」

 

 その妙な響きに疑念を感じて、首を傾げる。

 おかしそうに唇に手を当てて、ふっと笑った声がいう。

 

「いえ、随分と楽しそうだと――なんとなく、そう感じてしまって」

 

 笑いながら、なぜ笑っているのか自分でもわかっていないというように眉をヘの字にして……それでも、何だか嬉しそうに。

 

――……。

 

 少し、気恥ずかしい気分となった。

 らしくないところを見られてしまったような……ついついと、綻んでしまった。そんなところに立ち会われてしまったような。

そんな妙な感覚に――それこそ、らしくなく。

 

「……年甲斐、ありませんか」

 

 そんなことを聞いてしまう。

 その調子の悪さを。

 

「ふふふ」

 

 さらに笑われてしまって――頭を抱える振りをして、片頬を隠す。なんだか、妙な感覚で……懐かしいような、むず痒いような……それをどうにか誤魔化そうと、そっぽを向いて。

 

「――ああ、そういえば」

 

 先ほど、考えていたことを思い出す。

 ここに来るまでの道程……里に入ってからすれ違った人間たちのこと。

 

「ずいぶんと、人が増えてきた気がしますねえ」

 

 ここから見える人通り。

 その中にある、知らぬ顔の多さ。

 

「……」

 

 己はいつもこの里にいるわけではない。当然、知らぬ顔も数多くいる――しかし、それでもそれが多すぎるような気がしたのだ。

 いきつけの飲み屋、顔の利く酒屋、摘みの干物を扱っている店物にも、見知らぬ顔が一人二人。杯を傾け、酒を買い、摘みをかじる見知らぬ万客が。

 それはいつも以上の賑わいの、それ以上。一応の隠れ里ではあるはずのこの地に、はたと判るほどの人の数の変化が訪れている。

 そこに――妙な胸騒ぎを覚えた。

 

「……どうやら最近、御上の方で何かあったようで」

 

 幻想郷――そう呼ばれ、切り離されたこの地。

 人の暮らす地ではあっても、それ以外のモノがそれ以上として存在する。畏れ忌むべき何かが暮らし、蠢いていると皆知っている。

 だからこそ、彼らはそれを見て見ぬ振りするために、なかったものとして扱っているのだ。

 そこに人里など存在しない。そこには何もない。

 

――そういうことになっている。

 

 命失うのには易き場所。喰らう側にとっては、恰好の餌場。

 結界ともいうべき僻の地――ある意味の治外となった場へ、踏み入れねばならぬ理由を持つ者もいる。

 

「口をなくした者、行き場のなくなった者、居場所を奪われた者、勇み闘いを求める者――そういうはみ出し者がかなりの数となっているようでして」

 

 隠れねばならぬ理由を持つものと隠れ潜んだ何かを探す者たち。そういう人間で、この地に人が集まり、里となったのだから。 

 

「――それは」

 

 世に見放されたのか――世を見放したのか。

 臑に傷。前科に大罪さもありなん。やむにやまれぬ事情に、言うに言えないなどは当然と。やんごとなきもあれば、穢れに穢れたものもいる。

 どんなものでも大体は、受け入れてしまうこの土地だ。

 時勢が変わるというなら、逃れ来る者たちが多くなるという時期もあるだろう――ただ、それは。

 

「少し、面倒ですねぇ」

「……はい」

 

 それを知っている人間として、浮かない顔での答え。

 記憶にはなくとも、記録としてかの大家は知っている。

 

「なかなか知恵の回る輩も多いようなんですが――これだけ一気に増えてしまえば、変化も起きてしまうものです」

 

 古きと新しき。古参と新参。

 知っているものと知らぬものとの隔たりが表と返る。 

 

「さわらぬ神に祟りなし。蛇の影を見ても、薮をつつくような真似はしてはいけない。見たということすら、語らずにおらねばならない」

「……そういう今まで(・・・)を知らない人間が、今はたくさん、ですか」

 

 勝手の判らぬ者たちがいる。違う判断基準を扱う者たちがいる。

 

「その中でも血気盛んな者たちは、大体は自滅して、命からがら逃げ帰ってきたり……骨欠片も残さず消え失せてしまったりと、慣れてはきているようです」

 

 痛い目を見てそれを学び、痛手を負って学ぶ前に終わる。経て、験じて、理解する。

 ただ、百の人間がいればその中に一人ぐらいは。

 

「――けれど、中には少し」

 

 実力のあるものや強運の持ち主もいる。

 才があり、世に影響を与えるものもいる。

 

「それなりに、蛇の巣穴を荒らしてくるものもいるようです」

 

 良きに悪きに、常を揺らす。

 とくに、このような変わり種の地には、そんな特異な者も多く。

 影響を与えることも多々とある。

 

「――そりゃ、怖い」

 

 異端は異端を呼び、異邦は異邦を招き入れる。

一端箍が外れてしまえば――関を切って底ごと抜けて、そのまま天井までもが落ちて沈む、なんて規模の話まで、ありえないではなくなってしまうだろう。

こちらはこちらで、危うい均衡をもって存在している地ではある。

 だからこそ、暗黙で起こさぬようにしているのだから。

 

「ええ……おそろしい限りです」

 

 息をつく。

 互いに互いと不安と惑いがこみ上げて……辺りを見回し、その賑やかと溢れる雑踏を眺める。

 この繁栄がこの先、何につながっていくのかと。

 

「……以前は近寄れなかった場所にも、人が入り込める隙が増えているようです」

「そこらにいた先客上客を追い出して、ですか」

 

 今はまだ、煙のみ。

 噂と予想に首を捻るのみ。

 それが火もなく終わるのか――大火の種となるのか。今はまだ、予想はつかない。

 

 けれど、確かに。

 

「変わり始めている、か」

 

 穴の底で世界が蠢く。

 新たな風に――風穴開ける何かによって。

 

――……。

 

 それが、どう遂げるのか。

 そういうものを眺めるのが己の楽しみ。世捨て人として、それは愉しき、世の移ろいという絶景なのだとして――いる、はずなのだけれど。

己の趣向に沿った、面白き眺めである。

そう考えるのが、己であったはずなのだが――なんとなしに、拭えずに。

 

 

「――ん、あれは」

「どうかしましたか?」

 

 その不確かさを探っているところに、ちらりと横切ったもの。

 少々前に見た柄が、視界の隅を通り過ぎた。

 

「――すいませんが、そろそろお暇させていただきますね」

「……? はあ」

 

 懐から紙を取り出して一筆。

 この樽を酒屋に届けた人間に、一杯奢ると貼っつけて。

 

「ちょっと知り合いをね。……お話相手、どうもありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

 長話に付き合っていただき、ありがとうございました。

 そういって、ぺこりと下げられる頭。

 向こう側には――迎えにきたのだろう。知った見掛けの牛車が止まる。

 

――丁度いい頃合いだったか。

 

 こちらも頭を下げてから、ちらりとそれを見かけた方向へ。

 里の外へと続く一本道……多分、すぐに追いつけるだろう。

 

 そう楽観して、早くと歩く――。

 

 

 

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――窮屈だな……。

 

 腰に締める太き帯に手をやりながら、少々汗ばんだ額を拭う。

 自らの体の一部……力の強大さを表す証ともいうべきものだとしても、それをぴたりと身体に貼り付けてしまっては、やはりと暑苦しくも感じてしまうものだ。

 季も熱を持ち、日の長さは増している。

 そんな中で、こんな腹巻などしているなど、正気の沙汰とは言えない――仕方ないこととはいえ、嘆息も吐きたくはなる。

 

――紫様の命とはいえ……どうにもな。

 

 大き過ぎて隠し切れぬもの。

 ならば、おかしくないものに見せかけて。

 

「ちょいとそこのお嬢さん」

 

 厚い着物に幅広の帯。  

 少々、派手めの柄なのは些細な違和を打ち消すため。

 この恰好ではまるで遊女か何かのようにでも見えてしまうのではないかと――少し、昔を思い出してしまった。

 昔の話。古き記憶……一匹の妖狐であった頃のこと。

 

 だから、掛けられたその声に。

 

「少し、お話しでもしませんか?」

 

 少しだけ、ささくれだった。

 癇に障るその調子。緩くて柔い軽き声。

 愚かをなぞる声かけに。

 

「よければ、お茶など一杯しばきながらとでも――」

 

 振り向けば、一人の男。

 大仰な仕草で両手を広げ、拙い訛を唱えながら私に歩む。

 にへら笑いの気味悪き。

 

「――なにを」

 

 似合わぬことを自覚してのその言動。

 感情伴わぬ言葉をわざとと操る滑稽さ。

 

――まったく……。

 

 いい歳をして。それほど生きておいて。

 何を馬鹿な真似をしているのか。

 

「わけの分からないことをしている、道楽爺。女に声をかけようというには、少しばかり歳を召し過ぎてやしないか?」

「……」

 

 急ぎの用を邪魔されて、自然と語気も荒く。

 そして、ノらぬ私に白々しくも傷ついたような表情となるそんなところも癇に障るのだ……その口はしっかりと弓なりになっているというのに。

 誤魔化す気がないのにもほどがある。

 そんな茶番に付き合っている暇はない――もう、時間が迫っている。

 

「用事があるならさっさと話せ」

「――年寄りは大切に扱うもんですよ」

 

 眼を細めた私に、しぶしぶと。

 男は態度を崩し、いつも通りへと切り替わる。

 緩きに軽き。先ほどとほとんど変わらぬけれど、今度は確かに地に足着けた態度で――爺臭く。

 

「まあ、すいません――ちょっくら、調子にのりました」

 軽く頭を下げて、低姿勢にとなる人間。

 緩く笑って「すまない」と片手を前に。

 

――謝るくらいなら、最初から妙なことなどしなければいいだろうに。

 

 本当にそう思う。

 妙なことばかりを口にする神出鬼没……間抜けなのか底抜けなのか。いつまで立っても定まらない男の像はそんなところからも来ているのだろう。

 見えたと思えばまた揺れて、捉えて見ても枯れ尾花。薄くぼんやりまた影ばかりと。

 まるで、逃げ水のような不定(・・)の輩。 

 

――全く違う。それは違いないのだがな……。

 

 ほんの少しだけ感じる既視感のようなもの。

 似ているように、同じ表情を持っているというような……己が主の姿と重なる部分。妖しき怪しき。

 胡散霧生の人の形。

 

「たまには歳がいなく若者を真似してはしゃいでみるというのも……まあ、長生きの秘訣でしてね」

 どうかご勘弁。

 

 悪びれもなく、その形は笑う。

 けらけら。からから。気だけでも若く、老け込まず。

 それでいて爺臭い理屈をこねまわしながら、まったくといってもいいほど生きた深みを感じさせない。

 やはりとおかしく、可笑しなもの。

 

――これも一種の、化生というものか。

 

 欲深い人間のまま、妖怪爺として。

 

「……まだ、生きるつもりか?」

「どうせ死ぬなら、とことん楽しんでから、とね」

 土産は多く持ってこいと言われていますので。

 

 そんなことを宣うのだから、堪らない。

 本当にわけのわからない。

 これではもう、こっちが諦めるしかないと強制的に流されてしまう。まともに相手にするほうが面倒だと、加減させられてしまう。

 そういう性質のものなのだ、これは。

 

「まったく……」

 

 もう一度嘆息を吐き出して、その面倒に捕まってしまった自分を呪う。

 逃げ出すにも――この遭遇にはそれなりの価値もあるのだから仕方がなくはあるのだ。

 会ってしまったからには、己が欲に惚けていられない。

 

「――と、まあ、冗談はここまでとして」

 

 そんな私の考えを――知ってか知らずか。面倒な調子をひっ被って(・・・・・)いた飄々爺は――それをくるりと裏返す。

 同じ笑みのまま、声音が深く……年寄りらしく落ち着いて。こちら側へと輪を縮め――永年生きた顔へと変わる。

 これもまた、この翁のおかしな部分。

 

「聞いてますか、人里のこと」

 

 そうやってから置かれた言は、私がここにいる理由のことだった。

 その核心を先にと口に。それは私にとっても、話しておかねばならないことで。

 

「崩れてきている……変わり始めているってのには、もう気づいているんでしょう?」

 

 ついと指さし、上から下へ。ぐるりと回して辺り全体、この地のことを指し示して……その先に待っているだろうことを題とのせる。

 

「このままでは、いささか拙いことになるやもとね」

「……」

 

 告げられた報――それは、既に知っている。

 人里の変化。ひいては、この幻想郷()が変わり始めているということなど、とっくの昔に気づいている。この地に入り込む大体のモノ、その切っ掛けとなりそうなモノなどについては、届いていないところはないというくらいに私たちは目を光らせているのだから。

 それを知っているからこそ、私はこんな恰好をして(ここ)へとあるのだ。

 

「そんなことは、とっくにわかっているさ――私も紫様も」

 

 本当に、よく知っている。

 なのに。

 

「――それで、それが一体何の話に繋がるというんだ?」

 

 なぜ、そんな質問をするのだろうか。

 そんなことぐらい、この男なら前々から把握しているだろう。今まで(・・・)も、幾度もそれに巻き込まれたことすらあるだろう。

 想像がついているはず――なのに、なぜ今さらと。

 

「ああ、いえ……?」

 

 その疑問に、男は言葉を濁す。

 首を傾げて、「うん?」と声を上げ――珍しく、微妙な表情となって私を見返す。

 

「……ちょいと、気になったもので」

 

 煮え切らない、濁り混じりの返事。

 そのまま口元に手を当てて、何かを考えるように黙り込む。

 

――……。

 

 もしかして、判らなかったのだろうか。

 いったい何を聞き出そうとしていたのか、何のために私を呼びとめたのか。それを自身で判っていなかった。

 そんなふうに――見えた。

 

――なんだ……?

 

 この男の普段からすれば珍しい。

 見て取れる姿で、迷いを晒して。

 いつもと同じおかしさに――余分なもの纏わりつかせて。

 

「――どうかしたのか?」

 

 何だか、調子が狂う。

 妙な違和感が貼り付き

 いつも同じ場所に置いてある日用品が、ふと気づけば違う場所においてあったというように。己の居ぬ間に誰かがそれを動かしたのではないかなんて、有り得ないことだと思いながらも、想像して――感じる不安感。

 いつもと違う。いつも通りにいかない。いつもできていたことが上手くいかない。

 もどかしさが腹の底に――そして。

 

「ああ、いえ――」

 

 それと同じものが、相手の内にもあることがわかるのだ。

 いつも通りのはずが、微妙にちがう。届くはずの位置にあるものに、微妙に手が届かない。

 無意識の行いに、意識で説明をつけられていないのだ。

 ただ、手だけが伸びて――幽体だけが離脱して、勝手に動いた身体を見ているような。

 妙な浮遊感。

 

「……ふむ」

 

 男はふっと息を吐いた。

 目を瞑り、何かを吐き出すように。

 

――見つからない。わからない。

 

 そんなもの(想い)には、慣れている――それは、この男自身が語っていたことだ。

 わからぬならば、わかるようになるまで放っておく。わからぬならばその場限りは眠らせて、また後で考える。時間だけはあるのだからと、そういって――いつもへと照準を合わす。

 なれた調子――なればこそ。

 

「――この前は、ありがとうございました」

 

 歪みを修正するための別の話題。

 気のせいだと――思い戻して、言葉を変えて、己を平行に保つための方法を使う。

 それに慣れすぎて、忘れているのではないか。

 紫様は、それ(・・)にそんなことを言っていた。

 

「あんなとこで会うとは思ってませんでしたが……本当に助かりましたよ、女中(・・)さん」

 

 気づけば、戻ってしまっている。

 にこりと笑って――日常通り。瞬きおいて、空気が戻る。もう、惑いは晴れてしまったのだと、そう錯覚させられるほど。いつも通りの距離へと。

 

――……。

 

 それに私はほっとしたのか、がっかりとしたのか。

 それはわからなかったけれど、多分……その機会は逃してしまったのだと思った。

 もう、閉じられてしまったと――。

 

「……ああ、あの時のことか」

 

 話題は戻る。

 思い出すのは、少し前のこと。

 とある屋敷での宴会の席、酒を飲みながらの場で。隣にいたこの世ならぬ者の問いに、男が妙に困っているように見えた時のことだ。

 どうやら、それは真実(当たり)ではあったらしい。

 それについての、礼だろう。

 

「……お前には借りがあった。それを返しただけのことだよ」

「いえ、それでも助かりましたので」

 ありがとうございます。

 そう、もう一度。

 

――しかし、な。

 

 貸しと借り。

 男相手に、主と己が積み重ねたその数は――きっと、こちらの方が遥かに多いというのに。

 今回はそれを少しばかり返しただけだ。迷惑をかけた数、全部を全部返すというのなら、まったくこれっぽっちというほどに足りていない……いや、私はほとんど何もしていないのだが、紫様の方の借りが大きすぎて、まあ、あの人自体はそれを借りとは考えていないのだが、それでも少々居心地が悪く――いやまあ、あまり考えないでおくのが吉なのだが。

 それを全て返せなどといわれたら、もう九本尻尾があっても足りないだろう。

 

――いや、その前に毛が抜けてしまうか。

 

 これ以上、仕事を増やされてしまえば……今でさえ、なかなかに過剰なのだから、そうなってしまってもおかしくはない。

 そんな自分を想像して、笑ってしまう。

 

「ああ、そういえば……」

 

 笑ったついでに少し思い出す。

 あの時感じていた不思議のこと。

 

「――随分と、入れ込んでいるようだな」

「はい?」

 

 あの屋敷でのこと。

 まず、あの屋敷に関わっていたということに私は違和感を感じていたのだ。

 勿論その情報自体を知ったのは、あの宴会の前ではあるのだが。

 

「あの大店の結納話……あれは、お前がまとめたのだろう?」

 

 それを聞いて、首をかしげた記憶がある。

 人里でも有数の大家である一人娘の、その婚姻に関わる一騒動に対し、男がそれに関わっていたのだと――そのことに、紫様と共に首を傾げていたのだ。

 益は感じなかったので、詳しくは調べていない。

 けれど、「彼のお陰で私たちは結ばれた」のだと、当人たちが直接語っていたのを聞いたのだから間違いはない。

 御家騒動。跡目争い。男女の縁のこと。

 ここに人が住むようになって歴史も増えた分、そういうこともままあるようとなってきた。

 けれど、よくもまあ、そんな面倒事に首を突っ込んだものだと呆れて――そんな些細ないざこざに、どうしてそこまで関わろうとしたのだという不思議には思った。

 すぐに過ぎ去ってしまうその僅かに、どうしてそこまで深く関わったのか。

 加えて――

 

「……」

 

 なぜ、そんなやり方だったのかという疑念。

 男が物好きだということはよく知っている。だから、そういうことをしてもおかしくはないのだとは感じた。

 けれど――それならもっとうまくやっていたはずなのだ。いつもなら、後に尾を引くことなど残しはしない。関わるのなら、いつ消えてしまっても大丈夫なよう、無責任を決め込むための煙を撒いて、己の立ち位置とする。

 面白がっても、愉しそうに微笑んでいても――それほど、深く入り込むことはしない。

 距離を持って、それ眺める場所にいる。

 そういうやり方が、男の好みだったはず。

 

――永き者ならともかく……。

 

 相手は短き人間なのだから。

 関わってしまえば面倒も増えるだろう。

 なのに、あんなにもはっきりと正体を晒して――一体それは、どういう吹き回しだったのか。

 

「――それに、何度か酒屋でお前の姿を見かけた。職人たちに聞いたが、酒造を手伝っているらしいじゃないか」

 

 しかも、そちらは自分から。

 誘われたのではなく、自分からそれを持っていたのだという。古い付き合いの――昔から男を知っている親方と一緒になって、それを行っているのだと。

 そう聞いた。

 正体(長生き)を晒して、只人ではないことを知らせてまで。老いぬ人として――先に過ぎる人間たちと。

 

「何か、心境の変化でもあったのか?」

 

 それを決めた理由。

 男の中での変化について――紫様は、それに気づいた様子で笑っていたけれど、私にはわからなかったのだ。

 なぜ、それが変わり始めたのか。

 何を、始めようとしているのか。

 

「……」

 男は黙る。

 この口数の多き男が、言葉を失ったように再びと。

 

 そうして――吹き出すように。

 

「ああ、なるほど」

 

 かははと笑んだ。

 

「なるほどなるほど……いやはや、まったくもって」

 

 ふむ、と一声。ぽんと手叩き。

 うんと頷き、ふっと溢して、かかかと笑んで。ははあと吐き出し、「なるほど」とまた呟いて――気忙しく回転して。

 

 そうしてから、噛み締めるように。

 

「――大体、覚悟はついてたってことですか」

 

 呟いた。

 きききけけけと気味の悪い笑み。

 楽しそうに愉快そうに、感情を御しきれていない。「久しいものだ」と溢して笑んで――晴れたように、こちらを向いた。

 

「まったく、歳をとると鈍くなって仕方がないものですね……己のことだっていうのに」

 

 頭を掻きながら、恥ずかしそうに。

 こちらが何もわかっていないというのに、何か失敗をしでかしたみたいな表情で。

 

――……。

 

 わけがわからない。理解が及ばない。

 それでも、憑き物がとれたような顔をして男が笑っているのが見える――何かが晴れたような顔をしているのが見える。

 意味の分からぬ晴天で。

 

「一体なん……」

「ありがとう」

 

 また、同じ言葉。

 先ほどとは違う響きで、感謝の音。

 

「そう伝えといてください――あの隙間に入り込むのが上手い妖怪殿……紫の奴に」

 

 私とは違う方向に向けて託される。

 わからない――けれど、きっと大切な言を。

 

「どうやら、馬鹿な爺が居着いたようだぞとでも」

 

 言い切って――とんと鳴らした。

 確かめるように、踏み締めた。

 

――……。

 

 ここにいるのだと。

 

 

「……そういや、最近、姿も見てませんね」

 飯も食いにこないし。

 

 上機嫌に男が話す。

 ふむ、と顎に手を当てて。

 何をしているのか。何をしようとしているのか。

 

「また、悪巧みで?」

 

 それに薄々勘付いて。

 

――……。

 

 交わす言葉。

 想像通りの――いつもの紫様の姿。 

 

「――さて、な」

 

 どうなのだろうか。

 

――悪巧み。

 

 悪いこと。悪に寄ること。

 確かに、そうなのかもしれない。けれど、そうではないのかもしれない。

 それは私の側から見ても、判断がつかないものだ。いや、むしろ余計な混乱を招くようにしか思えてならない。それでもそれを行うのは――己が主、大妖怪としての力を持ち、神をも凌駕する智謀を巡らす賢き者が考える策であるからで。

 

――私はただ、それを信じていればいい。

 

 主の命の従い、八雲紫という大妖とを信じて、その名をまっとうする。それが式として――『八雲藍』としての役目である。

 今度こそ、迷うことはない。

 

「……」

 

 随分と、時間がたってしまったようだ。

 日が傾いて、辺りの影が伸びている。

 

「……そろそろ私は紫様の所へ戻る」

 

 やはりと長話になってしまった。

 まだ間に合うだろうか――少し考えて。

 

「――他に、何か伝えておくことはあるか?」

 

 きびすを返す前に聞いておく。

 意味の分からぬ伝言だけでは、知らせるのにも妙な加減だ。

 

「では――」

 

 らしくなく攻撃的な笑みが浮かんだ。

 いつも以上に軽い調子で、それでも妙にしっかりと地に足をつけた様子で――古き人間は。

 

 

「――」 

 

 そういった。

 言い切って、笑った。

 

 

「わかった――ではな」

 

 何が起こるのか――その火種がここにも。

 温く、緩く。けれど、永く衰えず。

 

 ずっとある恒常の火が、わずかと揺れて。

 

「それでは、とんだ無駄話に付きあわせまして」

 

 そういって、私の隣を通り過ぎた。

 里の外へ向かって、するりと通り抜けた。

 

 細長く伸びた、その影を後に引きながら――

 

「……」

 

 

 あれは、一体どの位置に立つのだろう。

 それは、一体何となるのだろう。

 

 人なのか。それ以外なのか。

 彼らを選ぶのか。私たちと並ぶのか。

 その答えは――いつか、わかるのだろうか。

 

 

 ふと、そんなことを考えてから。

 

 私も、歩きだした。

 

 

____________________________________

 

 

 

「らーんー。何を油を売って……いえ、油揚げなんて買いしめて、どうかしてしまったのかしら?」

「……これはただの、今夜の夕食の材料です」

 

 夕暮れ時の日の陰り。

 残った商品を売りきるために値引きを始める店の前で、自らの従者を捕まえた。

 

「紫様こそ、もう用事は終わったのですか?」

 

 自らの好物を抱えて、大した驚きもなく視線が返された――不自由にはならない程度、それなりの小遣いはもっているはずなのだが。

 

「ええ、予定通りよ。何の心配も入らないわ」

 

 安売りでなくとも、ちゃんと買えるだろうに。

 とみに主婦めいてきた従者に、妙なおかしみを感じながらそう返す。

 

「……そうですか」

 

 また、忙しくなる。

 まだまだ、働いてもらわねばならない。

 

 それを理解してから。

 

「ああ、そういえば……」

「いいわよ、別に」

 

 思い出したように、それを伝えようとする。

 けれど、それはいいのだ。

 

――だって……。

 

 聞こえていた。

 聞いていたのだから――大丈夫。

 

『どうせ面白いこと(悪巧み)をするなら、こっちもかませろとでも いっておいてください。』

 

 あのはっきりとした声は、私の方に。

 藍を越して、私の所まで。

 

『今度は、手伝いじゃなくてもいいとね』

 

 ちゃんと向いていた。

 相変わらずの、妙な人間だ。

 

 

 本当に、笑ってしまうくらいに。

 

 

「さて、忙しくなるわよ」

 

 悪く企む。

 悪戯仲間。

 

「悪巧みといきましょう」

 

 ほくそ笑んで、次の手に。

 

 

 




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