竜車が雪道を進む。
「つまり、砂漠で大怪我を負ったティガレックスが好物のポポを求めてこの雪山に来たって事なんですね」
「そうそう、そういう事。それで、山の頂上にアイツがいたもんだから、ギアノスが山の下まで降りてたって訳だ。それがあんたらの見たギアノス達だな」
雪山で出会った学者さんの話を聞きながら、私達はポッケ村という場所を目指していました。
日も沈んで、辺りを照らすのが星の光だけになってから、もう少しで再び日が登ろうとする時間。星の光でも日の光でもない何か別の光が視界に入る。
「アレは……村の光?」
「着いたぜ」
白に包まれた世界の中で、唐突に道が開いた。
どこか暖かい空気が流れるその場所こそ、私達が目指していた村。ポッケ村です。
☆ ☆ ☆
『menu11……ポポミルク』
白い世界に湯気が登っていた。
「はふぅ、生き返ります……」
身体の芯から温まっていく。温泉というのには初めて入ったのですが、これは癖になりそうだ。
ポッケ村に到着した私は、大将さんの許可を貰って少しの間休憩をしています。当の大将さんは、さっそくお店の準備をしているらしい。
私は長旅の癒しを求めた訳ですが、そこで紹介されたのがこの村にあるという温泉でした。
温泉といえばユクモ村という場所が有名なのですが、このポッケ村の温泉もまた通の人には印象深いようです。
「お、さっそく入ってるな」
「きゃぁぁ!! 変態です!!」
なんて休んでいると、突然学者さんが温泉に入ってきました。下半身はタオルで隠していますが、突然入ってきた半裸の男性に私は近くにあった桶を投げ付ける。
「痛ぁ!? なんでぇ!?」
「あ、もしかしてここ……」
投げてから気が付いたのですが、この温泉は混浴でした。
村の内外色々な人が訪れる温泉なので、広く使えるようになっているのだとか。温泉好きの人以外にも、雪山に用事のあるハンターさんもよく利用するようです。
「……すみませんでした」
「いやいや、突然声掛けた俺も悪いってね。隣良いか?」
「ど、どうぞ!」
私が謝ると学者さんは私の隣で入浴して深い溜息を吐いた。大切な所は隠してるとはいえ、殿方と半裸で二人きりというのは緊張します。
「……あの、弟さん? の、ハンターさんは?」
「あー、あれは……混浴が苦手でな」
私も苦手だ。
いや、男性が増えるのは困るんですけどね。彼は童顔で女の子みたいですけど、男性らしいですし。
「しかし大将がこの村の連中と知り合いだったとはな。なんか凄い人気ぶりだったが、何者なんだあの人?」
「さぁ……。実は私もタイショーさんの事を良く知らなくて」
学者さんの言葉を聞いて、私は村に着いた時の事を思い出す。
それは、村に到着した直後の事でした。
時刻は今朝方。村人全員が起きているのか分からない微妙な時間です。
「タイショーじゃねぇか!」
「帰って来たのかタイショー!」
竜車が辿り着くや否や、村人達が寄ってたかって大将さんに挨拶をしに来たのだ。
それはもう店を開けた訳じゃないのに行列が出来る程に。
事が沈静化したのはネコートと呼ばれるアイルーさんが来てくれてやっとの事。
どうやら女性のアイルーらしい彼女と大将さんがお話を始めて、お店を出す許可が云々だとかを村長を交えて話す事になったらしいです。
その間、私は休憩がてら温泉に入る事になったという訳で。
「村長さんとも親しげだったし、この村の出身なのかもな」
「確か、そんな事を言ってた気がするんですけど」
学者さんの言葉に私は雪山で聞いた大将さんの言葉を思い出しました。
──あそこは俺の故郷みたいな物だから、顔見知りも多いし忙しくなるぞ──
「けど?」
「故郷みたいな物って、タイショーさんはそう言ってたんですよね。生まれ故郷ではないのかもしれません」
大将さんはなんらかの理由でこの村に滞在していた時期があったのかも。しかし、大将さんはドンドルマで有名なニャンターだった筈です。
「おや、旅人さんが先に入っていたのか。お邪魔するよ」
そんな話をしていると、温泉の入り口で知らない男性の声が聞こえて来ました。
顔を見ても誰か分かりませんが、村に来た時に大将さんに挨拶をしに来た人達の中にこの人が居た気がします。
「あ、すみません。余所者が先に……」
「ハッハッハッ、そんな細かい事気にする奴はこの村にいないよ。君は……タイショーの新しい雇い主かい?」
村人の方は「失礼」と近くに入浴してそう話しかけて来ました。その言い方に私は疑問を覚えます。
「雇い主、ですか? いや、雇い主はむしろタイショーさんの方ですね」
「君、ハンターだろう? なんだ、タイショーはオトモに戻った訳じゃないのか」
村人の言葉に私は首を傾げました。彼の言っている意味がよく分かりません。
「あんた、大将の事をよく知ってんのか?」
「そりゃ旧知の中だよ。なんたってあいつ
誇らしげにそう言う男性。あいつ
気になっていた大将さんの昔の事が聞けるかもしれません。
「なるほど、あんたこの村の加工屋か」
「そういうあんたは旅の学者さんだろう? タイショーとはどんな仲なんだい?」
「調査中偶々出会っただけよ。そっちの嬢ちゃんの方が大将とは長いぜ」
私は、そんな二人の会話の何処かに違和感を感じました。しかし、それがなんなのかまでは分かりません。
「タイショーさんはこの村で何をしてたんですか?」
「聞いてないのかい? 彼はこの村の専属ハンターのオトモをやっていたんだよ」
「オトモアイルー、ですか」
村の加工屋さんの言葉を聞いて、私の頭の中に大将さんがハンターさんの隣で戦う姿が浮かんで来る。
彼はこの村でオトモアイルーをやっていた。あの大将さんが、誰かに雇われてオトモをしていたなんて。
「へぇ、そいつは凄いな。確かこの村の専属ハンターってのは覇竜や崩竜を相手にしたって話だろう? 噂じゃあの古龍、クシャルダオラを退けたってのもあるしな」
「こ、古龍ですか!?」
「知らないのか? ポッケのハンターといえば結構有名だぜ?」
学者さんの言葉に、私は驚いて固まってしまう。
だって、それはつまりそのハンターさんのオトモアイルーだった大将さんも古龍を相手にしていたという事だ。
私には想像もつかない次元の話に頭が着いていかない。なんだってそんな人がこんがり肉なんて焼いているのでしょう。
同時に、いつか見た彼の強さは納得せざるを得なかった。
「毛の生えた噂もあるが、確かにうちの村のハンターさんはとんでもない人だよ。勿論、そんなあいつに着いて行ったタイショーもね」
自分の事のようにそう言う加工屋さん。だけど、まだ私の疑問は尽きません。
「でも、ならどうしてタイショーさんは料理人をやってるんですか?」
ドンドルマで聞いた話では、彼は有名なニャンターだったという。それもその筈で、彼はこのポッケ村の有名なハンターのオトモだった。
そんな彼がオトモもニャンターも辞めて料理をしている。しかも、最高のこんがり肉Gを目指して。
どう考えても理屈が分からなかった。
「うーん、オレも詳しい事は知らないんだ。タイショーがオトモをやめたのは、うちの村のハンターが一時期長旅に出るってんでお互いの道を見付けたって理由だった気がするんだけどな」
「長旅ですか?」
「あぁ、なんでも未開の開拓地でハンターの仕事をしてたとか。もう帰って来てるし、こうやってタイショーが村に来る度に時間が合って会えば……話をしてるから喧嘩別れとかそんなんじゃないよ」
加工屋さんはそう言ってから「だけど」と言葉を続ける。
「だけど───彼がニャンターを辞めた理由は知らないな。……タイショーが街に出てニャンターになったのも、そこで名を揚げたのも村の皆やうちのハンターさんも知ってる。だけど、どうして今みたいに料理屋を始めたのかは分からないんだ。聞いても教えてくれなかったしな」
彼が言うには大将さんは「最高のこんがり肉Gを焼きたい」としか言わなかったらしい。
「となると、大将が料理屋を始めたのは街でニャンターをやってた時に理由があるってこったな。つーか嬢ちゃん、気になるなら聞けば良いじゃねーか」
「いや、オレ達が聞いても答えてくれなかったんだ。タイショーの奴、言いたくない理由があるんじゃないかなって思うよ」
学者さんの言葉に加工屋さんはそう返しました。大将さんは村の人達とかなり親しげだったのに、そんな彼等にも理由を教えてくれないのだという。
私なんかが聞いても帰ってくるのは同じ答えかもしれない。
「まぁ、なんだ。タイショーが楽しく生きてるならそれで良いんだよ。俺達はな」
加工屋さんはそう言ってから「さて、職場に戻るか」と早めに温泉を出て行きました。
しばらくの間、湯に使ったまま考え込んでいると学者さんが「逆上せるぞ」と頭を突いてくる。
「考え込むのも良いけど、分からないものは分からないんだ。時には頭じゃなくて身体を動かすのも大事だぜ」
「あはは、学者さんの台詞とは思えませんね」
「こちとらフィールドワークが主流なのよ」
そう言って学者さんは立ち上がり、手を伸ばしてきた。私も、その手を取って立ち上がる。
「ほらよ」
「うわっ」
温泉を出ると、学者さんが私に何やら白い液体の入った瓶を投げて来ました。なんとかそれを受け取った私は、学者さんに「これは?」と問い掛ける。
「ポポミルクだ」
「タイショーさん?」
「大将だ」
私の問い掛けに答えてくれたのは、学者さんじゃなくて温泉に来ていた大将さんでした。
彼の手には私が持っている物と同じ瓶が握られている。
「村で飼ってるポポから搾りたてを分けてもらった。風呂上りはこれに限る」
大将さんがそう言うと、学者さんは腰に手を当てて瓶に入ったミルクを一気に喉に流し込んだ。
「───っぷはぁ! 確かに、たまんねぇ!」
ミルクを流し込んだ学者さんはとても気持ち良さそうな声を漏らして、大きな溜息を吐く。
そんな学者さんを見て私は無意識に唾液を飲み込みました。瓶の蓋を開けると、ミルクの香りが漂ってくる。
「一気にいけ」
「は、はい!」
大将さんの言葉通り、学者さんのように私もポポミルクを一気に喉に流し込みました。
喉を通過する冷たいミルク。温泉で火照った身体が一気に引き締まっていくような感覚に、堪らず学者さんのように大きな溜息が漏れてしまう。
喉越しの良いミルクの後味が、逆上せ気味でボーッとしていた頭を掻き回すように口の中で溶けていった。
もう一杯───とは思わない。今この瞬間、この時だからこその味わいだという事が言われなくても分かる。
風呂上りはこれに限るという大将さんの言葉がよく分かった。このミルクは、風呂上りに飲んでこそ美味しいと感じられるのです。もう一杯なんてとんでもない。次に飲む時も、風呂上りの最高の一杯として飲むべきだと思いました。
「美味いか」
「はい、とても! あ、タイショーさん。お店は良いんですか?」
頭もスッキリした所で、私はお店が気になって問い掛ける。大将さんがここに居るという事は、竜車の方はサンセーしかいないという事では?
「留守の間は村長が見といてくれるとよ。店を開ける準備も出来たし、早速開店するぞ。とっとと着替えて準備しろ」
「せっかく差し入れを持ってきて優しいと思ったら、早速お仕事なんですね!」
若干想像はしてましたけどね!!
「ったりめぇだアホ。何しにきたと思ってる。とっとと服を着ろ」
「乙女のタオル姿を見てその態度はバチが当たりますよ!?」
「俺はお前の全裸だって見たことあるんだ。んなもんどうでも良い」
「待て、二人はどういう関係だ」
学者さんの問い掛けは無視されて、私は無理矢理服を着せられ温泉から引き摺られました。
学者さん、目を手で押さえていましたけど指の隅からこっそり見てましたよね? 絶対見てましたよね? やっぱり変態さんだったんですね!!
そんな問い詰めをする事すら許されず、私は既に開店準備の終わっているモンハン食堂まで連れて来られる。
そこにお店と料理人とお客さんがいれば、そこがモンハン食堂。しかし、いつもと違いそんな無理矢理感がないというか。
始めたからそこにあったかのように村に馴染むモンハン食堂に、やはり彼はここで半生を過ごしていたんだと思い知らされました。
「タイショーさん」
「大将だ」
「タイショーさんは、なんで料理屋を始めたんですか?」
「んぁ? だから、こんがり肉Gを焼く為だって言ってんだろ」
私の問い掛けに、大将さんは目を細めてやはりそう答える。
確かに、彼の最終的な目標は───夢はそうなのかもしれない。
いつか食べたこんがり肉Gの味が忘れられないから。
だけど、だからといって大将さんがニャンターを辞めてまで料理屋を始めた理由を知らないのだ。
砂漠で夢の話をした後から、大将さんが何かに悩んでいるような気がしてならない。
それは私の気のせいかもしれないし、私が気にしても仕方がない事なのかもしれません。
「そうですか……」
「そうだ。分かったらとっとと準備を進めろ。フライヤーも温めておけ」
「あ、はい」
英雄ともいえるこの村のハンターのオトモアイルーだった大将さん。腕に覚えのあるハンターも多いドンドルマで名を揚げていた大将さん。
そんな人が狩人の立場を捨てる理由。
「ハンターを辞める理由……」
ふと、そんな事を思い付く。こんがり肉Gを焼く理由じゃなくて、ハンターを辞める理由があるのだとしたら?
少なくともそれは、こんがり肉Gを焼く理由よりも簡単な理由が思い付く筈だ。だけど、私は元々考えるのが苦手です。
「お、もう空いてるな。今日もご馳走になるか」
「でも今日からはお金出さないといけないですからね」
お店を開けて直ぐ、学者さんと連れのハンターさんがお店にやってきました。私はそこで学者さんの言葉を思い出す。
──考え込むのも良いけど、分からないものは分からないんだ。時には頭じゃなくて身体を動かすのも大事だぜ──
まったくもってその通りだ。
「学者さん、あの!」
「ん?」
もし、大将さんがこんがり肉Gに拘る理由がニャンターを辞めた理由なのだとしたら───
「ハンターが狩りを辞める理由って、なんでしょうか?」
───もしかしたらそこに、大将さんの悩みの種があるのかもしれない。
〜本日のレシピ〜
『ポポミルク』
・ポポミルク ……200ml
風呂上りに一気に飲み干しましょう!