モンハン食堂【完結】   作:皇我リキ

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menu12……ギアノスの皮串甘たれスパイシー

 吐息が空に浮いた。

 真っ白な世界で、雲のように消えていく。

 

 

「ハンターが狩りを辞める理由って、なんでしょうか?」

「なんだ? 突然。……ハンターを辞めた、理由?」

 私の質問に、学者さんは目を細めて頭を掻いた。

 

 確かにこの問い掛けは唐突過ぎたかもしれません。

 だけど私は、どうしても気になるのです。大将さんが、ニャンターを辞めて料理人になった理由が。

 

 

 

 彼は優秀なオトモアイルーで、ニャンターでした。

 それが、今は狩りの現場から離れて料理をしています。別にそれがおかしい訳じゃない。

 

 だけど、彼はどれだけ美味しい料理を作っても満足出来ずに悩んでいました。

 ただの雇われである私が気にする事ではないのかもしれない。

 

 だけど、私は思うのです。

 

 

 

 こんなに美味しい食べ物は笑顔で食べたいって。

 

 

 

 だから───

 

 

「大将さんがニャンターを辞めた理由が、こんがり肉Gに繋がっているなら……。それはなんだか……その、辛いだけな気がして!」

 ハンターを始める理由は多々あれど、辞める理由はそう多くない。

 

 

 もし大将さんが何かを失って(・・・・・・)その穴埋めをしようとしているなら、それはとても辛い事だ。

 

 

「あぁ……大将がハンターを辞めた理由、か。ハンターが狩りを辞める理由といえば、そりゃ───」

「おい食いしん坊!! とっとと戻ってこい!! サボるな!!」

「ひぃぃ!?」

 村に轟く咆哮───じゃない、叫び声。私は学者さんに一礼してから走ってキッチンに戻ります。

 

 

 

 そうでした、そもそも私も今はハンターではなくてウェイトレスでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu12……ギアノスの皮串甘たれスパイシー』

 

 

 のどかな雰囲気の村には似合わない喧騒。

 村の中心部にある雑貨屋の近くに店を開いたモンハン食堂は、大将さんが元々この村に住んでいたという事もあって大盛況です。

 

 その分、私は忙しくて血反吐を吐きそうなんですが! 

 

 

「お、お待たせしました! こんがり肉と、砲丸レタスのシーザーサラダです! あ、そちらのお客様。注文少々お待ち下さい!!」

 しかしなんというか、この忙しさにも慣れてきた気がしました。これが俗に言う成長という奴なんでしょうか。

 

 いや、狩人として成長したかったです。

 

 

「ぐへぇ……。大将さん、達人ビール3とサシミウオのスモーク2です」

「ぐへぇ、じゃねぇ。まだ始まったばかりだぞ。サシミウオのスモークは残り4だ。覚えとけ」

「了解です。あ、お皿少なくなってきてませんか? どうしましょう」

「んぁ……俺が片手間にやる。お前はそっちに集中してろ」

「ガッテン」

 私もですが大将さんも、どう考えてもオーバーワークだ。なぜこんなに繁盛してるのに従業員は二人しかいないのでしょう。儲かってる筈なんですけど。私給料貰ってませんし!

 

 そもそも私が居なかった時は大将さんは一人でやっていたんでしょうか? 考えてみると地獄。

 

 

「───ん、一人?」

 大将さんはずっと一人だったのでしょうか? 

 それこそ、この村を出てからずっと───

 

「おい、ボッとすんな」

「あ、はい! すみません!」

 ───ずっと、一人でこんがり肉Gを求めていたのでしょうか? 

 

 

 喧騒は一日中続きました。どの時間帯も客は入れ替わり続け、遂には昼間帰ったお客さんが夜また来て同じ顔を一日で二回見る始末に。

 

 労働に対する基準となる法が必要な気がする。

 

 

 それでも、日が完全に沈むとようやく息を吐く暇が出来た。私はまかないのこんがり肉を食べながら机に伏せる。

 

 

「……死ぬ」

「本当に死にそうな面してんな」

 そんなモンハン食堂に新しいお客さんかと思えば、私に話しかけて来たのは学者さんでした。

 せっかく客が居なくなった矢先の登場に私は「ゲェ」と苦笑いをします。

 

「ゲェ、は酷くない?」

「疲れてるんですよ。あ、大丈夫です。僕達は()()ご飯を食べるつもりはないので」

 学者さんの隣で、学者さんの弟さんであり付き添いのハンターである童顔の青年の言葉に私はホッと胸を撫で下ろしました。まだって言ったけど。

 

 

 しかし、それではなんの用なのでしょうか? 

 

 

「そんなキョトンとするなよ。あんたが聞いて来た質問に答えようって、態々客が居なくなるのを待ってたんだぜ?」

「質問……あぁ! 質問!」

 そうでした、ハンターを辞める理由です。大将さんがニャンターを辞めた理由。

 私はそこにこんがり肉Gとの関わりがあるのか気になっていたのでした。

 

 忙し過ぎてそれどころじゃなかったんですけど。

 

 

「自分で聞いといて忘れるなよ」

「す、すみません……」

 謝りながら、横目でキッチンキャラバンに視線を移す。大将さんは今キッチンの奥に居て、別でまかないを食べている所だ。

 

 

「ハンターを辞める理由ってのは大体大きく分けると二つだ」

「二つ……ですか?」

 学者さんの言葉に私は首を傾げる。そんな私の反応を他所に、学者さんはこう続けました。

 

「一つは身体的問題。もう一つは精神的問題だな」

「なんだか頭の良い学者さんみたいな説明の仕方ですね」

「俺は学者だけど!?」

 そうでしたね。

 

 

「身体的問題とは?」

「文字通り身体の問題よ。モンスターとの戦いで身体の一部を持ってかれたり、大怪我してハンターを続ける事が物理的に出来なくなるとかな。他にも年齢的にキツくなってきたりとか、女性なら子供が出来たとか」

 なる程、確かにそれはハンターを辞める理由には充分です。しかし、大将さんはまだ若いでしょうし怪我もしていません。妊娠はする筈ないので───

 

 

「それじゃ……」

「気が付いたか。多分大将がハンターを辞めた理由は二つ目の精神的問題だ」

「実をいうとハンターを辞める人ってそっちの方が多いんですよね」

 学者さんの言葉にハンターさんがそう続きました。どちらかというと身体的の方が多い気がしていたので、意外です。

 

「どうしてですか?」

「僕達の仕事上、大怪我して生き残る方が難しいんですよ。だからそういう場合って、ハンターを辞める前に人生が終わってる事の方が多いんですよね。年齢的にキツくなるまでハンターを続けて生きてられる人なんてほんの僅かですよ」

 爽やかな童顔で凄く怖い事を言うハンターさん。明日は我が身とも言いますし、少し怖くなってしまいました。

 

 

「ま、そういう事だな。その点、精神的問題でハンターを辞める奴は多い。自分には無理だって分かったり、モンスターが怖くなったり、命を奪うのが怖くなったり、命を奪われるのが怖くなったり。ハンターなんて綺麗事が通じる仕事じゃない。……命を掛けて戦う事に、いつか限界を感じるんだよ」

「それは……」

 考えた事もない事が頭を過ぎる。

 

 私だってモンスターの命を奪った事があるし、逆に殺されそうになった事も多かった。

 良く考えたら、いつも誰かに助けてもらっていて。そんな事を思い返したら、急に鳥肌が立って身体が震える。

 

 

「……嬢ちゃんさ、知り合いのハンターが死んだ事あるか?」

「え?」

 唐突に、学者さんはそんな言葉を落とした。私は一瞬固まってしまったけれど、首を目一杯横に振る。

 

「私の知り合いは物凄く強いので……。でも、知り合いというか……顔を知ってる人が亡くなったとか。ハンターをやっていたら、そういう話は偶に聞きますよね」

「そうか。……俺は何人かあるんだよ」

「ぇ……」

 続く言葉に私はまた固まってしまった。

 

 

 知り合いが、良く知っている人が死ぬ。そんなのは、想像も出来ない。それだけ私は甘やかされて生きて来たのかもしれなかった。

 

 

「昨日まで一緒に酒飲んで笑ってた奴が、突然焦げた肉の塊になって戻ってくる。死体があるだけマシだった事もあった。……聞いた話で誰かが死んだ、なんて時は感じなかった事を感じるようになる。昨日までバカやってたダチ公がもう二度と笑う事もないんだって分かった時、ハッキリと命を奪われる恐怖ってのを認識したんだ。……次は俺かもしれないってな」

「学者さん……」

 もしかしたら彼は、昔ハンターだったのかもしれない。

 

 

「だから、大将の奴もそうなんじゃねーかな。俺は多分、そう思う」

 学者さんはどこか遠い場所を見ながらそんな言葉を落とす。私はもしかしたら、本当に余計な事をしようとしているのかもしれません。

 

 

 ──もし大将さんが()()()()()()その穴埋めをしようとしているなら、それはとても辛い事だ──

 

 そんな程度の話じゃない。

 大将さんが抱えてるのは、もしかしたらもっと大きな───

 

 

「大将さんに直接は聞いてないんですか?」

「え、それは……」

「直接聞くのが一番早いと思いますよ。話し合わなきゃ、すれ違うだけです」

 ハンターさんの言葉に私は目を逸らして頭を掻いた。大将さんが怖い───ではなくて、大将さんに何があったのかを聞くのはやっぱり怖いのです。

 

 

「なんの話だ」

「ひぃぃいいい!!」

 会話の何処から居たのか。突然背後から大将さんに話しかけられて、私は悲鳴を上げました。

 そんな私を見て大将さんは「いつもながらそのリアクションはなんだ」と目を細める。

 

 

「タイショーさん……」

「んぁ?」

 ──昨日までバカやってたダチ公がもう二度と笑う事もないんだって分かった時、ハッキリと命を奪われる恐怖ってのを認識したんだ。……次は俺かもしれないってな──

 学者さんの言葉が頭から離れませんでした。

 

 

「どうでも良いが……。ほれ、コイツは新作だ。食ってみろ食いしん坊」

 私が固まっていると、大将さんは突然何やら串に刺さった食べ物を持ち上げる。

 薄皮のような物を揚げた串料理でしょうか。揚げたての肉特有の匂いと、スパイシーな香り。香辛料が効いているのか、普段の料理よりも食べる前から味覚を刺激してきた。

 

 

「焼き鳥、ですかね?」

「皮串か。美味そうだな」

「んぁ、あんたらが居たのか。しょうがねぇ、ほらサービスだ」

 学者さんとハンターさんにも串を一本ずつ渡す大将さん。これはいつもですが、新作料理を出す大将さんはいつもより少し機嫌が良い。

 

 

「タイショーさん、そのまま食べて良いんですか?」

「味は付いてる。そのままいけ」

 大将さんに促されるままに、私はその串に齧り付く。瞬間、揚げたての衣から油が弾けた。

 同時に口の中に広がる肉汁と、ほのかな甘辛。その味が弾力のある皮のような食材に乗って口の中いっぱいに広がっていく。

 

「これは癖になりますよ!?」

「だろう。結構自信作だぞ」

 私の反応に大将さんは満足げに頷いた。これもまたこんがり肉Gの副産物なのかもしれないけれど、今は大将さんが楽しそうなので良いのかもしれません。

 

 

 ───ん? 何が良いのでしょうか? 

 

 私は大将さんにどうして欲しいのでしょう。大将さんが悩んでいるのが、見ていて辛いのか。

 大将さんの問題に、なぜ私は首を突っ込もうとしているのか。私はただの雇われ───いや借金生活の雇われなのに。

 

 

「どうかしたか?」

「あ、いえ。……甘辛で、いいと思います」

「だな。これはギアノスの皮だろ? この絶妙な味付けを食材の弾力が口の中で保持させてる。天才的な一品だぜ。大将、もう一本くれ! あと達人ビール」

「変におだてりゃサービスすると思うなよ。席に座れ。客にしかサービスはしねぇ」

「してくれるんですね」

 大将さんは機嫌良く二人を席に座らせると、私の手を引っ張って厨房に向かいました。私の休憩時間が。

 

 

 

「成功だな。……こんがり肉Gには遠かったが」

「タイショーさん……」

 私はただの雇われです。

 

 気にしてもしょうがない事を気にしているのかもしれません。

 どんな理由であれ、大将さんがニャンターを辞めた理由に私が突っ込む意味がない。彼が今に満足しているなら良いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 ──良く聞きなさい、クイ。どんな仕事を選んでも良い。でもね、最期に誰かと笑ってご飯が食べれる人生を送りなさい──

 

 

 

 

 

「───っ」

 突然、大昔の事を思い出した。いつだったか、故郷のお婆ちゃんが言っていた言葉だった気がする。

 

 子供の頃から食いしん坊な私に、お婆ちゃんはそんな事をずっと言っていた。どんなに辛い事があっても、ご飯だけは笑顔で食べなさいって。それがお婆ちゃんの口癖だったと思う。

 

 

 そうだ。ご飯は笑って食べなきゃいけない。

 美味しいご飯なら、尚更です。

 

 

 

「タイショーさん───」

「んぁ?」

 だから、私は聞くんだ。大将さんが笑顔でご飯を食べれない理由を。

 

 

 

「───タイショーさんはなんで、ニャンターを辞めてしまったんですか?」

 私の問い掛けに、大将さんはその手を止める。ゆっくりと持ち上げた視線は、どこか遠くを見ているようだった。

 

 

「……こんがり肉Gを作る為だ」

 帰ってきたのはいつか聞いた答え。それで終わりにしても良かったかもしれません。でも私は、どうしてか食い下がれずに口を滑らせる。

 

「何があったんですか?」

「……っ」

 少しだけ、大将さんは私から目を逸らせた。いつも態度が大きくて、私に引き下がる事なんてなかったあの大将さんがである。

 

 

「大将さん、私……子供の頃ずっと言われてきたんです。ご飯を食べる時は笑顔で食べなさいって。何があっても、食事だけは楽しみなさいって」

「今のお前が出来た元凶じゃねーか」

 酷い。

 

 

「大将さんは、ご飯を食べる時笑ってません。それが私は、少し嫌なんですよ」

「……笑ってない、か」

 私の言葉に大将さんはため息を吐きながらフライヤーの蓋を上げました。油の匂いが一気にキッチンに広がっていく。

 

 甘だれの付いたギアノスの皮は、自分が調理されるのが分かっているかのように汗をかいていた。

 

 

 

「前にも言ったろ。……俺はあの時食べたこんがり肉の味が忘れられないんだってな」

「でも、それは───」

 私の言葉を、大将さんはこう続けて遮る。

 

「そのこんがり肉を作ったのは俺じゃない」

「え」

 意外な言葉に、私は固まってしまった。こんなに料理が上手なのに、彼の目指す味は彼が作った物ではなかったという。

 考えてみたら当たり前だ。自分で作った物だったら、その再現がずっと出来ないなんておかしい。

 

 

 

 なら、彼にこんがり肉Gを焼いたのは一体───

 

 

 ──昨日までバカやってたダチ公がもう二度と笑う事もないんだって分かった時、ハッキリと命を奪われる恐怖ってのを認識したんだ。……次は俺かもしれないってな──

 また、思い返す。

 

 

 

 聞いてどうするつもりだったのか。

 もし()()だったとして、私が大将さんに出来る事なんて無いことくらい考えれば分かる筈だったのに。

 

 

 

「……んぁ、その話も今度また忙しくない時に───って、おい!」

「ごめんなさい!!」

 私はその場に居られなくて、キッチンを飛び出した。自分勝手な私に吐き気がする。

 

 

 

 私は最低だ。

 

 

 

 

「……ったく、あのバカ。人の話は最後まで───んぁ、俺も人の事は言えないか。……俺もアイツの話をずっと聞いてないんだからな」

 

 

 

 

 

 

 〜本日のレシピ〜

 

『ギアノスの皮串甘たれスパイシー』

 

 ・ギアノスの皮      ……1枚

 ・秘伝の甘たれ      ……適量

 ・塩胡椒         ……適量

 

 甘いけどちょっぴり辛い、癖になる味わいです

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