その狩人は初め、駆け出しの何の変哲もない狩人だった。
雪山草の採取のクエストを受けたその狩人は、突然大型モンスターに襲われて逃げる事しか出来なかったとか。
そんな駆け出しだったハンターも時間を掛けて、以前採取クエストで自らを追い掛けてきたモンスターを討伐するにまで成長したという。
そしてそのハンターは今───
☆ ☆ ☆
『menu13……雪山草酒』
やってしまった。
「……私は、何がしたいんでしょうか」
村の端からさらに端。村の中心から少し離れた所にある農場で私は膝を抱えて座っている。
──そのこんがり肉を作ったのは俺じゃない──
「私はなんでここに居て、大将さんの手伝いをしてるんでしょうか。……いや、借金があるからなんですけど。そうじゃなくて───って、一人で何を言ってるんですか私は」
その言葉の意味を、彼がこんがり肉Gに拘る理由を、私は軽視していた。お気楽に考えていたんだと思う。
「お嬢さん、村の人じゃないニャ?」
私が塞ぎ込んでいると、そんな声が耳元で聞こえた。顔を上げると、真っ白な毛並みが視界に広がる。
「アイルー?」
「ハイ? ボクはアイルーだニャ?」
ポカンと、私の言葉に首を傾げる一匹のアイルー。そうですね、アイルーは普通こうやって語尾に「ニャ」って付けるんでした。忘れてましたよ。
「えーと、あなたは?」
「ボクは旦那さんからここの管理とかも任されてる、この村の専属ハンターのオトモアイルーだニャ!」
私が聞くと、アイルーさんは自慢げにそう答える。この村の専属ハンターって、あの噂のポッケ村のハンターさんですか。
だとしたらこのアイルーさんは、大将さんの跡継ぎになる訳だ。
「あ……す、すみません勝手に農場に入ったりして」
「いやいや、別にこの農場はフリーですニャ。なんならそこの洞窟なんか、デッカイ剣が飾ってあって村の観光地になってるニャ」
「ふぇぇ、そうなんですか」
農場の端っこ、トロッコの走る炭鉱用の洞窟の隣。大きな穴の空いた洞窟からは、冷えた空気が流れてくるような、吸い込まれるような雰囲気を感じる。
「丁度、旦那さんも今洞窟の中に居るニャ。多分、そろそろ出て来る頃ニャ」
「え? 旦那さん?」
旦那さんって、このアイルーさんの雇い主って事ですよね?
それはつまり、このポッケ村の専属ハンター。あの大将さんの元雇い主。
私は息を呑んだ。洞窟から聞こえて来る足跡が心臓を飛び上がらせる。
やあ、と。
その人は私の姿を見るなり片手を上げて挨拶をしてくれました。
見た事もないような装備を着ているハンターさんは笑顔ですが、圧迫感のような物を感じる。強者の覇気ですか。なんなんでしょうこの人。
「あ、あなたが……この村のハンターさん?」
私の言葉に、ハンターさんは首を縦に振って返事をする。
ハンターさんは満足気な表情で私の隣に腰を下ろしました。なんというか場違い感に、私の身体は震えます。
この人が、あのポッケ村のハンター。街では人間じゃないとかどっちがモンスターか分からないとか生きる伝説とか古龍を一人で倒したとか覇王とか呼ばれてた、あのポッケ村のハンターさん。
普通に怖い。
「あ、あの……」
たじろぐ私にハンターさんは、旅人さんかと問い掛けて来ました。私は無言で首を縦に振る。
つまりタイショーの新しい相棒か、とハンターさんはなんだか嬉しそうな顔をしていました。噂とは真逆の爽やかな笑顔に私は少しだけホッとします。
でも、やっぱりこの人はあの大将さんの雇い主だった人なんだと実感しました。それで、私はまた俯いてしまう。
「どうしたんだニャ? お腹でも痛いのかニャ?」
首を傾げるアイルーさん。ハンターさんはその横で、顎に手を当てて眼を細めた。
「もしかして先輩に怒られたのかニャ? あの人怖いからニャー」
そんな事を聞いてくるアイルーさんに、私は勢い良く首を横に振ります。
確かに大将さんは私への当たりが厳しい。だけど、私がここにいるのは自分が悪いからだ。
「私は、タイショーさんの辛い過去を掘り返してしまったみたいで……。その、あの場所に居辛くなってしまったのです。……私は何がしたかったんでしょうか」
私の言葉に、ハンターさんは首を横に傾けて目を細める。そして、タイショーに辛い過去かと首をさらに反対に傾けた。
「そんな話聞いた事ないニャ」
そんなアイルーさんの言葉に、私は眼を丸くする。どういう事なんでしょうか。
「え、いや……だって。タイショーさんがニャンターを辞めた理由って───」
そこで、私はふと大将さんとの会話を思い出しました。
──そのこんがり肉を作ったのは俺じゃない──
大将さんが目指すこんがり肉G。彼はいつもその味が忘れられないと言っています。
しかしそのこんがり肉Gを焼いたのが大将さんではないと知って、私は大将さんにこんがり肉Gを焼いた人がもう死んでいるのだと思ってしまった。
──んぁ、その話も今度また忙しくない時に──
もし、それが勘違いだとしたら。
「ほげぇぇぇええええ!?」
もしかして、もしかしなくても私、とても恥ずかしい勘違いをしていたのでは?
私の反応を見てハンターさんとアイルーさんは眼を見合わせて笑う。それは、覇王とか人間じゃないとか言われているのが嘘かのような楽しそうな笑顔でした。
いや、人が恥ずかしがってる姿を見て笑わないで下さい。
「わ、私……なんかとても恥ずかしい勘違いをしていたのかもしれません」
「よく分からないけど、旅人のお嬢さんが元気になって良かったニャ」
笑顔のアイルーさんに少し癒されますが、仕事中に飛び出していった手前このまま戻るのはどうも気が引ける。
気不味いというより、怒ってる大将さんが目に浮かぶからですが。
「なんだか苦労してるようですニャ」
アイルーさんの言葉に、ハンターさんは頭を掻きながら苦笑いをした。曰く、タイショーは気難しい所もあるから───とか。まったくその通りです。
「でも、先輩が今どうしてるのかとかは気になるニャ。お嬢さん、もし良かったらここ最近の先輩のお話を聞かせて欲しいニャ」
それは確かに、と続くハンターさんはポーチからお茶か何かの飲み物を取り出して話を聞く体制に入りました。特に断る理由もないので、私は大将さんに出会ってからの事を二人に話します。
砂漠で私を助けてくれた事、イーオスを簡単に撃退した時の事、村でも街でも料理を振る舞っている事、ずっとこんがり肉Gにこだわり続けている事。
「───それじゃ、どうしてタイショーさんはこんがり肉Gにこだわり続けているのでしょう? なんでタイショーさんは、ニャンターを辞めてしまったんですか?」
色々話している間に、私は事の発端となった疑問を思い出しました。
私の疑問にハンターさんは、思い当たる節があるのような表情で口を開く。
「……知ってるんですか?」
ハンターさんは顎に親指を当てながら少しならと答えました。私は前のめりになって「教えて下さい!」声を上げる。
大将さんに辛い過去がないならそれで良い。
でも、それなのに大将さんが笑顔でご飯を食べられない理由があるなら、私はそれをなんとかしたい。私は何故かそう思いました。何故そう思ったかはよく分からない。
長くなるよ、とハンターさんは自分の持っていた湯呑みに、さっき自分が飲んでいた飲み物を入れて私に向ける。少し濃い飲み物が湯呑みの中で揺れた。
話を聞きながら飲んでも良いという事でしょうか?
丁度喉が乾いていたので助かります。私は湯呑みを受け取ると、ゆっくりとその飲み物を口に運びました。なんだか独特な匂いがする。
「いや酒やんけ!!」
口に入れた瞬間、お酒特有の喉奥を摘まれるような感覚に私は声を上げた。しかも結構強い。頭がグラグラする。
この人はこんなお酒を飲みながら私の話を聞いていたのですか。やはり覇王か。
しかし、喉越しに染み渡るというか。身体が休まっていくような、そんなお酒だ。
「雪山草を漬けたお酒ニャ。滋養強壮にとても良いんだニャ!」
「そ、そうなんですか。……これまたご親切に」
薬草酒って奴ですかね。雪山草独特の風味が喉の奥で広がる感覚が癖になりそう。私は一度お酒を飲み干して「ご馳走様です」と湯呑みを置いた。
すると何故かハンターさんは湯呑みに二杯目を注ぎ始める。止めようと思った時には既に湯呑みは一杯でした。
「おっとっと!?」
どうぞ、と笑顔を見せるハンターさん。そうされると飲まずにはいられない。これがアルコールハラスメントですか。私は満面の笑みで湯呑みを傾けます。
タイショーはね、本当に強いアイルーだった。
そして突然ハンターさんの話が始まる。それは、ハンターさんのオトモをしていた頃の大将さんのお話でした。
曰く。
駆け出しだったころのハンターさんがどんな怪我をしても、彼は絶対にハンターさんを見捨てずに連れ帰る最善の選択をした。
曰く。
雪山で迷子になった時、ハンターさんを安全な洞窟で待機させて助けを呼んできてくれた。
曰く。
強大な古龍を相手にしてもハンターさんを信じて最後まで戦い抜いた。
曰く。
どうしても二手に別れないといけなくなった時、お互いを信じて必ず生きて戻ってくるという約束を果たした。
それはもう、物語の英雄のような武勇伝の連続。
あらかたのお話を聞き終わった私は、彼は本当にとんでもない人だったんだなと再確認する。
でも、だからこそ、彼がオトモアイルーを───ニャンターを辞めた理由が分からない。
「先輩と旦那さんが別れた後、先輩はドンドルマでニャンターとして活躍してたんだニャ。それはもう、遠く離れたこのポッケにも名声が聞こえてくる程の優秀なニャンターだったらしいニャ」
「それは、確かにドンドルマで何人かに聞きましたね」
そのドンドルマで何があったのでしょうか?
ハンターさんは少しだけ遠い所を見た後、話の続きを語り始めた。
ドンドルマでも有名な狩人になっていた大将さん。
そんな彼に、とある依頼が来たそうです。
それは、新米ハンターの育成。
相手のハンターは歳も私と同じくらいの新米ハンター。丁度、私と同じハンマー使いの女の子だったらしい。
「そ、その人って……」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと生きてるニャ。先輩に辛い過去……みたいなのは無いって言ったでしょ?」
少し怖くなって口走った私の言葉に、アイルーさんは呆れたような表情で私の肩を叩きながら話してくれました。肉球が柔らかい。
「しかし、つまりその人が……こんがり肉Gを焼いたという人なんですかね?」
続く私の質問を、ハンターさんは首を縦に振って肯定する。
私くらいの歳の新米ハンターが、あの大将さんを唸らせるこんがり肉を焼いたというのでしょうか。少し信じられません。
「ただ、その女の子はもうハンターを続けて居ないんだニャ」
「え? け、怪我をなされたとか?」
「先輩が付いててそんな訳ないニャ。むしろ、怪我したのは先輩だったかニャ」
「え!?」
「勿論、そんな大きな怪我じゃないニャ。確か───」
アイルーさんが言うには、それは大将さんにとって本当に簡単なクエストだったらしい。
ハプルボッカの狩猟。
それは奇しくも、私が大将さんに出会うキッカケになったクエストと同じ狩猟目的のクエストでした。
駆け出しハンターの面倒を見るのが目的だった大将さんですが、初めは乗り気ではなかったようです。
それで、大将さんは狩りの前のご飯を抜いたのだとか。
当たり前ですが、ご飯を食べないと身体は動きません。
大将さんはその日、乗り気でなかったからか早くクエストを終わらせたくて狩場に着くなり早々に出て行ってしまったのだとか。
それに関してはなんだか想像出来るというか、大将さんは確かにせっかちな所もあるのは分かりました。ただ、大将さんはそこまでご飯に無関心ではないと思うんですけどね。
そんな疑問はさておき、大将さんはそのクエストでスタミナ切れを起こして珍しく負傷したんだとか。
一度狩場を離脱して、その時に駆け出しハンターの女の子が焼いたこんがり肉が大将さんの言っていたこんがり肉Gだった。
そして、その女の子はその日を境にハンターを辞めたらしい。
「───いや、なんでですか?」
私の疑問にハンターさんは首を横に振る。
怪我をしたのは大将さんで、ハンターさんはこんがり肉Gを焼いた。どうしてその人がハンターを辞める必要があるのでしょうか。
「うーんどうして……」
唸る私に、ハンターさんは悩んでいるねと笑う。笑われても困るんですけどね。
ところで私はなんで困ってるんでしょうか。なんで私はこんなに大将さんのこんがり肉Gについて真剣に悩んでいるんでしょうか。
私はただの雇われというか、借金野郎だ。
美味しい物には興味はあるけれど、正直大将さんの焼くこんがり肉でも充分過ぎる程美味しい。
「私が悩んでも仕方がない……。分かってるんですけど」
私がこんなに悩む理由なんて、あるのでしょうか。
「タイショーがこんがり肉Gに拘る理由は本人に自分で聞くと良い」
唐突に、ハンターさんはそう言ってから立ち上がる。そしてハンターさんは私の目を真っ直ぐに見ながらこう続けた。
「タイショーの悩みは解決出来ないけど、君の悩みは簡単に解決出来る」
「それは……どういう事ですか?」
「君が悩んでいる理由、そんなのは簡単だ。それは君が───」
ハンターさんはそう言い残して私に背中を向ける。私はハンターさんの言葉で全てが分かって、その場で固まってしまいました。そうか、私は───
後で行くって、タイショーに伝えといて欲しい。
そう言うハンターさんの無言の圧力というか、安易に戻りなさいと言っている態度に私は逆らえませんでした。
「君」
しかし戻ったら気不味い。そんな事を考えながら歩く私に、ハンターさんが声を掛けてくる。
「タイショーの事、よろしく」
そう言うハンターさんの爽やかな笑顔に、なんだか私は身体を押された気がしました。
そうです。
そもそも、大将さんの過去なんて関係ない。
私はただモンハン食堂のウェイトレスで───
「───それは君が、今のタイショーのパートナーだからだよ」
───パートナーだから。
大将さんに笑顔でご飯を食べて欲しい。大切なパートナーに対してそう思う事は当たり前だ。
お酒の力という奴なのか、なんだか少し気が楽です。
「タイショーさん!」
「あ? 大将だって言ってんだろ。てか、お前どこ行って───」
「私、タイショーさんには笑顔でご飯を食べて欲しいんです!!」
「んぁ?」
私の言葉に、大将さんは口を開けたまま固まってしまいました。
私はただの雇われウェイトレスです。
それでも、彼の今のパートナーとして、彼には笑顔でご飯を食べて欲しい。
「だから、教えて下さい。タイショーさんに何があったのか。なんでニャンターを辞めてしまったのか……!」
「んなもん、時間がある時に聞け」
「だから、教えて欲し───はい?」
私の必死の言葉に、大将さんは目を細くして台に立ちながら私の胸ぐらを掴んでそう言いました。
あれ? 教えてくれるんですか?
「タイ……ショー、さん?」
「このクソ忙しい時にサボるとは良い度胸だな」
「───ひ、ひぃぃいいい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
大将さんの恐ろしい顔に私は急いで支度をする。私の質問への答えが気になりながらも、私は怖くて仕事をする事しか出来ませんでした。
「時間がある時に聞けって……」
「ニャンターを辞めた理由だろ? 別に隠すつもりなんてねぇよ。……ただ、俺にも恥ずかしい話の一つや二つあるって事だ」
「タイショーさん……」
それを話してくれると言う事は、大将さんにとっても私はパートナーとして見られているという事でしょうか?
それがなんだか嬉しくて、私はその場でニヤけてしまう。そしてら、大将さんはやっぱり凄く私の事を怒りました。酷い。
「ドンドルマに帰る時にでも話してやるよ」
「分かりました! それまでお仕事頑張りますね! あ、そういえば……後でハンターさんが来るって言ってましたよ! ほら、ポッケ村の!」
セカセカと、モンハン食堂は今日も忙しいです。少し時間が出来たら、大将さんの話を聞きたい。
私は彼のパートナーだから。
「いらっしゃい───あ、ハンターさん!」
少しして、本当にポッケ村のハンターさんがお店にやって来ました。さっきのアイルーさんも一緒です。
そんなハンターさんが視界に入るなり、大将さんは何故か小さな溜息を吐きながらハンターさんに向かって行きました。
やあ、とハンターさん。
「ウチは飲み屋じゃねーが、どうせいつものアレだろ」
大将さんがそう言うと、ハンターさんは屈託の無い笑顔で首を縦に振る。
「ほらよ、酒とチーズ。狩りばっかしてないで偶には他の方にも目を向けろよ。このハンターバカが」
いや今日は少しだけ人と話したよ、としかめっ面の大将さんにハンターさんは嬉しそうに話しました。
その瞳は、片目だけ閉じて私に向けられている。
どうやらうまく話してもらえそうだね。
ハンターさんはそう言っている気がしました。
「君こそ、新しい相棒と楽しくやってるかい?」
「んぁ……? まぁ……まぁ、だな」
そして少しだけ、今日の大将さんは笑っているような───そんな気がしました。
〜本日のレシピ〜
『雪山草酒』
・雪山草 ……100g
・焼酎 ……1.8L
例え健康酒でも飲み過ぎはダメですよ!
【挿絵表示】
評価十件、お気に入り150人突破記念。お団子食いしん坊。
そんな訳で十三話。これにてポッケ村編は終了になります。
少し長かったですが主人公の気構えを整える話になりましたね。作中登場したポッケ村のハンターですが、一身上の都合で台詞を極力減らしてお送りしました。ほら、ゲームの主人公には自由であって欲しい。一応自分のモンハン世界観での各作品主人公のキャラとか作ってはあるんですけどね。
それは別のお話として、ポッケ村編は料理という料理が少なかったので次回からは料理多めで行きたいです。次回はあの子が再登場???
読了ありがとうございました!お粗末様です!