それは大将さんがニャンターを辞める前、最後の狩りでの出来事でした。
「……っ、俺とした事が」
新米ハンターの育成。
頑固者の大将さんには少し向いていなかったのか、彼はその新米ハンターさんとのクエストに乗り気になれなかったようです。
だから、とっとと狩りを終えて帰ろうとした。出発前のご飯まで抜いて。
相手は大将さんからすれば何でもないモンスター。勿論、新米ハンターやハンターですら無い人からすれば恐ろしいモンスターです。
いくら大将さんが強くても、一歩間違えれば命を失うクエスト。それがハンターというものでもあり、狩人其々が背負う覚悟というものでした。
「タイショー!」
「バカ、来るな!」
ご飯抜きで戦っていた大将さんは、ほんの小さなミスで怪我を負ってしまう。
そんな大将さんを助けようと、新米ハンターさんは大将さんを襲うモンスターの前に飛び出したんだとか。
モンスターはとても恐ろしい。
勇気と勢いだけで飛び出して勝てる相手ではない。
それも、指導が必要なハンターなら尚更だ。
「───ひっ」
「くそ!!」
その場は、大将さんが死に物狂いで動いて新米ハンターさんと彼自身はなんとかその場から逃げ出す事が出来たらしい。
彼曰く。
後にも先にも、あの時以上に命の危機を感じた事はなかったとか。
あのポッケ村のハンターのオトモアイルーとして活躍していた彼のその言葉は、とても重く感じました。
「……悪かったな」
「あ、あはは……足の震えが止まらないや。……怖かったなぁ」
大将さんがそう言うくらいなのだから、その新米ハンターさんも想像出来ない程の恐怖を味わった筈です。
「……もう、ハンターは辞めるよ。私には向いてなかったのかもしれないし。お花屋さんでもやろうかな」
「ま、待て待て。悪いのは俺だろ! んぁ……分かった、ちゃんと教える。指導してやるから」
「……ごめん、モンスターって物凄い怖いね」
「んぁ……」
だから、そのハンターさんはハンターを辞めてしまった。
「……すまなかった」
きっとそれは、彼のプライドが許せなかったんだと思う。
ポッケ村のハンターのオトモとしても、ドンドルマで名を得たニャンターとしても。
「良いよ良いよ、あはは。それよりタイショー、お腹減ってるでしょ! ずっとお腹なってるし。私がこんがり肉焼いてあげる! これでも結構上手って集会所でも有名なんだよ?」
「んぁ!? こんな時に飯なんて───」
「こんな時だからだよ! 狩りの前のご飯は大事! ほらほら、ちょっと待っててね」
そしてその時に食べたこんがり肉こそ───
「あのモンスターを倒してもらう為にも、タイショーにはたっぷりスタミナ付けてもらわないといけないからね」
「……んぁ、お前。本当にハンターを辞めるのか?」
「うん。もう、怖くて。……はい、ウルトラ上手に焼けましたぁ!」
───彼が食べた、こんがり肉Gだった。
「……美味い」
「でしょ!」
「美味いぞ! 何だこれは……!」
「えへへー、でしょでしょ!」
「なぁ、お前……俺ともう一度狩りを───」
「それはなし、かな。ごめんね、タイショー」
ずっとその味が忘れられない。
「……俺は、お前の人生を壊したんだな」
「気にしないでよ。元々才能なかったからタイショーにすがり付いてたんだし」
それは贖罪だったのかもしれません。
「……俺も、ニャンターを辞める」
「……え? タイショー? いや、タイショーまで辞める事───」
「もう一度、あのこんがり肉を……あのこんがり肉Gを食べられるまで。俺は狩りをしない」
「た、タイショー!」
「……行ってくる。まぁ、チョチョイと終わらせてくるからよ。……もう一個焼いといてくれよな、こんがり肉」
それが、私が大将さんに聞いた話です。
☆ ☆ ☆
『menu14……サニーフラワーの種入りミックスナッツ』
良いという訳ではないけれど、落ち着く空気。
実家のような安心感。ドンドルマの街の喧騒と硬い地面は良くも悪くもなく、長旅の疲れからかとても安心出来た。
「へー、大将さんは見た目通り義理堅いって事なんだね〜」
「まぁ、歴戦の勇者というか……私が思っていたより凄い人だったので。そういう所で責任感みたいなのは大きいんだと思います」
ポッケ村への長旅から帰ってきた私は、朝支度の時間を久し振りに会った友人のCと過ごしています。
当のCですが、私達がドンドルマは帰って来て街の門を潜るなり何食わぬ顔で「大将さ〜ん、空いてるー?」と声を掛けてきました。空いてる訳ないだろ。
せっかくドンドルマに帰って来たというのに大将さんは働く気満々なので、早速食材調達に向かっています。
私はお店の掃除で大忙し。ぶっちゃけサボってCと雑談してるんですけどね。
「でもさー、責任感じてニャンター辞めるのは分かるにしても、なんでこんがり肉なんだろうね〜?」
「それだけ美味しかった……という事なんじゃないですかね?」
「それにさー、その人が焼いたこんがり肉が美味しかったなら、その人にもう一回焼いてもらうとかして貰えば良いと思うんだよねー」
それは私も思いました。
ただ、その後ハンターさんが焼いてくれたこんがり肉は大将さんが目指しているあのこんがり肉Gには程遠かったらしいのです。
大将さんはその人がハンターを辞めた後も、何回もその人の所を訪れてこんがり肉の焼き方を教えて貰いました。
しかし、その人が焼いても大将さんが焼いても、あの時のこんがり肉Gの再現は出来なかったらしい。
私がその事をCに伝えると、彼女は「変な話だねぇ」と首を傾ける。実際の所、私もそう思いました。
「だけど、それでもこんがり肉Gに拘り続けてるのはさー、その狩りの時のお礼がしたい、とか〜? 多分大将さんはさー、その人にまたハンターに戻って欲しいんじゃないかなーと、あたしは睨んでるんだよね〜」
「なるほど」
話を聞いた時は深く考えなかったんですが、Cの推理に私は感心して首を縦に振りました。
「その元ハンターさんは、今何をしてるんだろうね〜?」
「どうなんでしょうね。そもそも何処にいるのかも分かりませんし、もしかしたら大将さんの知らない所でハンターを続けてるかもしれませんし」
そのハンターさんの事は詳しく聞いていないので、私には分かりません。
ただポッケ村のハンターさんも言っていましたが存命している事は確かなので、もしかしたらいつか会えるかもしれませんね。
「いやー、でもでも? 大将さんが思ってたよりも優しい人で良かったよ〜。これはクーちゃんを安心して預けられるというもの」
「安心してって、久し振りにあったというのに真っ先に挨拶するんじゃなくて店が空いてるか聞いてきたあんたが何を言いますか……」
心にも思ってなさそうな台詞に、私は半目で睨みながら彼女の頭にチョップを入れる。もっと友人を労ってください。
「まぁ、確かに……優しい人なのかもしれませんね。根本的に……人、というかアイルーですが」
だから私が危ない時も凄く怒ったのかもしれませんし、自分を責めてこんな事になっているのかもしれない。
なら、私に出来る事はなんなのでしょうか。
彼の相棒として、パートナーとして、私に出来る事は───
「何サボってやがる」
「───ひぇぇぇええええ!!!」
突然後ろから声を掛けられて、私は自分が今何を考えていたのか忘れるくらいに驚いて飛び上がりました。
友人のC曰く、それはもう釣り上げたガノトトスのような見事な跳ねっぷりだったらしいです。ガノトトスって釣れるんですか。
「た、大将さん!?」
「幽霊でも見たような顔はやめろ。……掃除、終わらせたんだろうな?」
「そりゃ勿論! ええ、もう完璧に! ありとあらゆる汚れを排除しておきましたとも!」
拭き掃除しかしてませんけど。
「拭き掃除しかして───」
「ユーちゃん! 今日は私の奢りですよ!」
「え? やった〜」
「お前給料渡してないのに何処にそんな金があるんだ……? 借金返せ」
「借金に上乗せでお願いします」
「給料貰ってないのは問題だと思うけどね〜」
借金の額が額なので仕方がないのだ。私がいくら働こうが、借金返済に当てられる仕組みなのです。生きるって辛い。
「衣食住与えてんだからむしろありがたいと思え」
「これ冷静に考えて奴隷ですよね?」
「気のせいだ」
「気のせいなら仕方がな───いですか?」
何かがおかしい。
「んな事はどうでも良い」
「どうでも良くありませんけど!?」
「お使い行ってこい」
「はい?」
突然そう言いながら一枚のメモを渡されて、私は首を横に傾ける。
そのメモにはサニーフラワー十本とだけ書かれていて、多分食材なんでしょうけど私にはコレがなんなのかも何処に売っているのかも分かりませんでした。
「サニーフラワー?」
「お花だねー」
何故お花。
「てっきりタイショーさんの事なので食材のお使いかと思ってたんですけど、まさかお花なんて。タイショーさんも可愛い所があるじゃないですか!」
「あ?」
「良いですよねー、お花。正直このお店は飾り気がなさ過ぎると思ってたんですよ! 良い心がけだと思います! 可憐なお花でお店を飾りましょう!」
「いや、食うんだけどな」
私の思惑を聞いて、大将さんは呆れ顔でそう答える。むしろ呆れたのは私でした。
「……食べるんですか」
お花を。
「加工屋の近くの花屋に売ってるから、今から行ってこい」
「しかもお花屋さんに売ってるような花を!?」
「場所分からないなら着いてくよ〜?」
「いやそうじゃなくて!!」
お花ですよ。可愛いお花。それを食べるなんてあんまりではないでしょうか。
「んぁ……これ食ってみろ」
「はい?」
私が不満そうにしていると、大将さんは怪訝な表情で私にお皿を渡してくる。
そのお皿に乗っていたのはお酒のおつまみによく出て来る、エールナッツ等の種実類を混ぜたミックスナッツでした。
「こいつぁ〜、いいつまみですなー」
「おっさんか。えーと、なんでミックスナッツなんです?」
「ほれ」
私の問い掛けに、大将さんはミックスナッツの一部を摘んで持ち上げる。
それはなんの種子なのかは分かりませんが、楕円形で小指の爪くらいの大きさのナッツでした。
「これは?」
「サニーフラワーの種だ」
「なんと」
お花の種までミックスナッツに入っていたなんて。
試しにそのまま口の中に放り込む。他のナッツ系よりも小さなそれは、ミックスナッツの噛みごたえのバリエーションを増やしていた。
ナッツの中ではあっさりめの味付けなのか、他の濃い味のナッツとのバランスも取れている。
お酒が欲しい。
「これ、あるとないとでは全然違いますね!」
「ナッツのバランスを取るのに丁度いいのがこのサニーフラワーだ。食えるのが分かったらとっとと買ってこい」
言いながらお金を私に渡す大将さん。論破されたのは悔しいですが、食べて美味しいと思ってしまったので仕方がない。
「……了解です。あの、場所が分からないのでユーちゃんと行ってきても良いですか?」
「おう。……寄り道すんなよ」
「わ、分かってますよ!」
こうやって一人で出掛けたり、大将さんが居なくなったりする事も時々あるんですが、だからといって借金から逃げる為に行方を晦ませようと思った事はなかった。
これまでただ呆然と流れるように生きてきたからでしょうか、流されるままに奴隷のように働いて───
「それじゃー、クーちゃんの事はあたしに任せて下さいなー」
「行ってきます!」
───だけど今は、なんだかこの生活が楽しく思えるのです。
街の中央にある大老殿を中心に広がる賑わいが、このドンドルマという街の光景だ。
大老殿へと繋がる階段のある中央広場。
そこにある加工屋から少し歩くと、むさ苦しいハンター達の集う中央広場には似つかわしくない可憐な雰囲気のお店が見える。
「あそこですか?」
「そーそー、結構前からあったけど知らなかったのー?」
「加工屋の近くなんてハンターさんしか通らないですよ」
「クーちゃん……ついに身も心も奴隷に」
「……そうでした、私ハンターでした。てか奴隷言うな」
奴隷はともかく、私は加工屋にモンスターの素材を持っていくような立派なハンターではなかったので、この辺りにはあまり関心がありませんでした。
だからでしょうか、視界に映る色取り取りなお花が立ち並ぶ可愛いお花屋さんはとても新鮮な風景に見える。
「可愛いお花が沢山ありますよ」
「それは食べれないよー?」
「食べませんよ!」
私を何だと思ってるんですか。
「……えーと、サニーフラワー。サニーフラワー」
お店の人に誤解───というか、せっかく買ったお花が食べる為に買われたと思われないように、私は自然にお花を探しました。食べるんですけどね。
しかし、私はさっきサニーフラワーの種を食べたのですがサニーフラワーそのものを見た事がありません。
お店に置いてあるお花の名前を横から眺めて行きますが、如何せん種類が多い。Cは「それも食べれないよー」と茶化してくるばかりです。
「どんなお花を探してるのかな?」
そうして花を探している内に、エプロンを付けた店員さんらしき人が話し掛けてきました。
年齢は私と同じくらい。後ろで纏めた空色の髪の毛が綺麗な女性です。
「あ、えーとですね。サニーフラワー、というお花を探してるんですけど。……十本!」
私はメモを見返しながら店員さんにそう話しました。すると彼女は唇に人差し指を当てながらこう言います。
「食用だね?」
「なんでバレて───じゃない、食べませんよ!!」
危ない危ない。もう少しで口を滑らせて食べる為に買いに来たのがバレる所でした。
私がホッと溜息を吐いていると、Cが私の肩を叩いて首を横に振る。いや、もう遅い事くらい分かってますよ。
「あっはは、サニーフラワーって食用でも有名な花だから。お部屋に飾るならそんなに要らないしね」
「そ、そうなんですか……。私、お花屋さん的にはやっぱりお花を食べるなんて嫌がられると思っていたので」
「勿論嫌だよ」
「グフッ」
「ふふふ、冗談」
「な……」
文字通り華やかな笑顔で笑うお花屋さんの店員さんは、何故か嬉しそうに歩いて大きな黄色い花弁を持つ花の前で止まった。
そのお花はまるで太陽のような大きなお花で、店員さんが植木鉢を十個集めると大きな傘のようになってしまう。
「これが?」
「はい、これがサニーフラワーね。新大陸で良く取れるお花なんだよ? ちなみにこれでもまだ成長中」
「そこのハンターさん、お店の角にある台車を持って来てくれるかな?」
「あたしですかー? はいよー、これですかねぇ」
「それそれ」
店員さんはCに台車を持って来てもらうと、植木鉢を十個その台車に乗せました。
これ、運ぶのも結構大変ですよ。
「台車は一日くらい返さなくても良いから、それで運ぶと良いよ。種の収穫は……分かってるだろうけど、花が終わってから茎が萎びて来てお日様で乾燥させてからね。タイショーが勝手にやると思うけどさ」
「はい、タイショーさんが───って、え? タイショーさんの事知ってるんですか?」
唐突に話に出てくる大将さんに私は驚く。お知り合いなんでしょうか。
「ん? あー、何にも聞かされてないのかな。まぁ、ちょっと昔の知り合いだよ」
「なるほど……。しかし、なんで私がタイショーさんのお使いって分かったんですか?」
「いくら食用で有名な花でも十本も買っていく人は他にはいないよ」
あはは、と綺麗な歯を見せて笑うお花屋さんは「そうだ」と手を叩いて突然お店の奥に入っていってしまった。
私とCが顔を見合わせて首を傾けていると、戻ってきた彼女の両手には小さめのこんがり肉が握られている。
「お花の香りこんがり肉だよー。サービスだよー」
笑顔でそれを私達に渡すお花屋さんは、さらに「これもサービスね」と小さな空色のお花を台車に置いた。
なんというか優しそうなのに強引で不思議な人です。
「な、なんでこんがり肉なんですか?」
「おいひー」
友人のCは何も考えずに貰ったこんがり肉を食べていますが、私はその意味が気になってお花屋さんにそう聞きました。
彼女は私の質問に「君に食べて欲しいからかな」とよく分からない返答をする。多分これ以上質問しても意味がないのでしょう。
「……あ、美味しいですね」
「えへへー、でしょ? こう見えても昔ハンターをやってた事もあるからね。結構こんがり肉焼くのは自信あるよ」
「へー、そうなんですね───ってユーちゃん、どうかしました?」
お花屋さんとそんな世間話をしていると、Cはいつも以上の半目で私を見て来ました。しかし、彼女は何も言いません。
「いやー、別に。気が付いてないなら、良いんだけどねー」
「なんのことですか……」
友人のCはいつもよく分からない。
「えーと、オマケを沢山もらっておいて悪いんですが、早く帰らないとタイショーさんに怒られてしまうので私達はこれで」
「うん。それじゃ、また来てね。台車はお店が空いてなくてもその辺りに置いといてくれれば良いから」
屈託のない爽やかな笑顔で私達を見送ってくれるお花屋さん。
ふと自分で押す台車に乗った、サニーフラワーと比べてあまりにも小さくて可愛らしい空色の花が視界に入って私は振り向く。
「このお花は、どんな花なんですか?」
「ネモフィラっていうお花だよ。なんでもない、ただのお花。だから、食べれないからね」
「食べませんよ! えーと……多分」
ネモフィラ。小さくて可愛い空色の花。お花屋さんから大将さんへのプレゼントなのでしょうか。
「オマケ、ありがとうございました!」
街を歩けば、どこか懐かしい味のするこんがり肉と小さなお花の匂い。
「───タイショー、私は貴方を許してるんだよ」
なんだかそのお花には、意味があるような気がしました。
〜本日のレシピ〜
『サニーフラワーの種入りミックスナッツ』
・サニーフラワーの種
・エールナッツ
・プレミアーモンド
・はじけクルミ
お酒のおつまみの定番ですね!
そんな訳で大将さんの過去とハンターさんのお話でした
長かったですがここからがこんがり肉G追求への道のスタートラインですね!次回からはまた街を出て旅を続けます。
読了共に感想ありがとうございました!
psライズ楽しみ