ここはモンハン食堂。
ごく普通の飲食店です。
この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。
今日は定休日。というか、村を出て旅の真っ最中。
ガタゴトと揺れるアプトノスの引く竜車に乗って、モンハン食堂は次の開店場所まで移動中だ。
「タイショーさん、川が見えますよ! 私そろそろ水浴びがしたいんですけど!」
「あん? ……まぁ、俺も丁度寄りたい場所があるからな」
竜車を運転するタイショーさんは、私の言葉に少しだけ眉間に皺を寄せてからため息交じりに声を漏らす。
「寄りたい場所……?」
「この辺の洞窟は冷えるからな。丁度サシミウオの燻製も出来上がる頃だ」
本日モンハン食堂は休業中。
ですが、これは美味しいご飯の予感。
◇ ◇ ◇
『menu02……サシミウオのスモーク』
キッチンキャラバンことモンハン食堂は、現在とある街に向けて移動中。
そんな中、ふと寄った川岸に停車した竜車の上で、私は防具姿に着替えていました。
「久し振りに本業の姿に戻った気がします」
「んぁ、お前そういえばハンターだったな。忘れてたわ」
酷い。
私はここで働く事になる前、一応ハンター業を営んでいたのです。
あまり時間が経った訳ではないのですが、食堂での仕事が忙し過ぎて昔の事に思えてきてしまいました。
「よし、食いしん坊。俺が素材を集めてくる間、お前はここで待ってろ」
貨物車から何やら色々な物を取り出しながら、大将さんは私にそう言う。
大将さんは私の事を食いしん坊としか呼んでくれません。間違ってはいないのですが、年頃の女子としてはいささか遺憾だ。
「タイショーさんが素材を集めるんですか? え、私は?」
「大将だ。伸ばすな」
そのくせ本人は少し呼び方がおかしいだけで怒る。これが上司と部下の関係という奴なのでしょうか。
「お前は待ってれば良いんだよ。あー、間違っても川から離れるなよ。岸辺から離れた所はデカいのも多いからな」
そうとだけ言って、大将さんは荷物を持って竜車を後にしてしまいました。
一応、私はハンターな訳で。
態度は大きくても、身体は小さなアイルーである大将さんを守らなくてはいけない気がするのですが。
上司の言う事を聞かないと怒られます。それが社会人です。大人って奴です。
「こんな事になる予定ではなかったのですが……」
寄りたい場所があるからと、遂にハンターとして大将さんの護衛をする時が来たかと思ったのに実際はお留守番だ。
なんだかこう、寂しい気持ちもあります。
「暇です……」
川を覗いてみるとサシミウオが泳いでいるのが見えました。
サシミウオは脂身の多い美味しい魚です。釣って食べようかとも思いましたが、釣竿の在り処が分からない。
勝手に貨物車を漁ったら大将さんになんて言われるか。
「んー、暇です。暇ですよ。……あれ?」
そんな訳でお留守番をしていた私ですが、キッチンを覗いてみるとメモが一枚挟んでありました。
もしやここに私への仕事が書かれているのでは? そう思って、私は急いでメモを持ち上げる。
『キッチンの物を勝手に食ったら今晩のお前の飯はアオキノコと薬草だ』
そのメモにはこう書かれていました。
「それ回復薬!! というか信用なさすぎでしょ!!」
思わずツッコミながら私はメモをキッチンの床に叩き付ける。私は泣きました。
ところでアオキノコと薬草を調合すると、ハンター御用達のアイテム
回復薬には傷を癒す力があり、モンスターと戦う事でよく怪我をするハンターにとっては手放せないアイテムだ。
しかし当たり前の事ながら、回復薬はとてつもなく不味い。苦い上に口の中に粘り着くから後味は最悪。解毒薬よりはマシですが。
なので、いくら身体に良かろうが好んで口にしようとは思えない代物です。
そんな物が晩ご飯なんて死んでも嫌だ。
「こんなのおかしいですよ……。うぅ、暇だ……」
どうしてハンターの私がお留守番なんですか。
「おかしいといえばタイショーさんは本当に変です。アイルーって普通、語尾にニャーとか言うものじゃないんですかね? あの人普通に喋りますし」
暇になってしまったので、私は考え事に耽る事にしました。内容は大将さんの事。
他にも呼び方が少し違うだけで怒ったり、そのくせキレやすいのにどこか優しい。
後、彼は毎晩こんがり肉を食べています。私に出す賄いとは別に、自分で肉を焼いてそれを食べているのだ。どんだけこんがり肉好きなんですか。
「変な人、というかアイルー」
顎を指で突きながら呟く。その後大将さんと別れてからそれなりの時間が経ちましたが、彼が帰ってくる気配はない。
「……もしやモンスターに襲われてたりしないでしょうね?」
なんて、心配になって来ました。
この食堂で働き出してから、大将さんから長時間離れる事が少なかった事も重なり不安は大きくなっていく。
「こんな時こそ、ハンターの私の役目なのでは?」
頭の中に、洞窟の中でモンスターに襲われている大将さんの姿が浮かびました。
そこを華麗に現れた私が助けて? 大将さんはこう言う訳です。
「……助かったぜ。やっぱりお前は立派なハンターだったんだな。特別ボーナス二百万ゼニーだ、と!!」
思わず笑みと涎が溢れました。普段から私をボロ雑巾のように扱う大将さんが、私の扱いを変える姿が目に浮かびます。
「となれば直ぐにでも助けに行きますよ! 待っててくださいタイショーさん!」
そうと決まれば、私は身の丈程の槌を背中に背負って立ち上がりました。
「サンセーはここで大人しく待っているのですよ、大将さんは私が助けて来ますから!」
用意をしてから、私はキッチンキャラバンである竜車を引くアプトノスにそう声を掛ける。
彼だか彼女だか分かりませんが、いつも竜車を引いてくれているこのアプトノスの名前はヒジョーショクサンセーというらしい。
どうしてかあまりにも長い名前なので、私はサンセーと呼んでいますが。
「たしかあっちに洞窟がありましたよね」
大将さんの「近くの洞窟に行ってくる」という言葉と、ここに来る道中の景色を思い出しながら私は歩き始めました。
木々の少ない湿地帯で見晴らしは良いですが、いつ何処からモンスターが現れるか分かりません。
時には地面の中に潜んでいるモンスターも居るので要注意です。
「ありました、洞窟」
少しだけ進むと、記憶の通り洞窟が近くにありました。辺りにモンスターの姿は見えません。
しかし、洞窟の入り口にはアイルーの物らしき足跡が見えます。それと一緒に、何やら大きな足跡も確認出来ました。
「……モンスター。鳥竜種ですかね、この大きさは」
注意深くその痕跡を観察して、私は洞窟の奥に視線を向けます。もしかしたらこの足跡の主に大将さんが襲われているかもしれません。
もしそうなら事態は一刻を争うかもしれない。私は地面を蹴って洞窟に向けて走り出しました。
「───うわぁ?!」
しかし、洞窟に入った瞬間。私の視界に赤色が映る。
それは大将さんの毛並みでも、何かの血の色でもなくて。
「グォァ……ッ」
モンスターの体色だった。
「……イーオス」
イーオス。
ランポスに代表される、鳥竜種と呼ばれるモンスターの一種。
鳥竜種の多くは小型モンスターに属していて、イーオスもその一種です。
しかし小型とは言ってもその体長は人間のそれを優に上回っていて、ハンターじゃない人からすれば一匹でもとても危険なモンスターだ。
「グォァ!」
特徴的な赤と黒の斑模様の皮に、無機質な黄色い目と頭の上の大きな瘤。
二足歩行で全高は二メートル、全長は六メートル。これで小型と言われているのだから、モンスターは本当に恐ろしい。
「しかし、一匹ならなんとか……」
イーオスは群れで生活するモンスターですが、目の前に現れたのは一匹。
私はハンターとしては駆け出しですが、イーオスと似ているランポスなら倒した事があります。それに、そのボスだって倒した事があるので一匹に遅れは取りません。
「私がタイショーさんを助けるんです!」
声を上げながら、私は背中に背負った槌を構えました。
それを見たからか、イーオスも姿勢を低くして警戒態勢を取ります。
「───そこ!」
先に動き出したのは私でした。下に構えた槌を、イーオスの頭に向けて振り上げる。
槌は見事にイーオスの頭に直撃し、その身体を洞窟の壁に突き飛ばしました。
「よし!」
思わずガッツポーズ。イーオスはそのまま地面に倒れて動きません。討伐完了ですね。
「って、おわぁ?!」
そう思って振り向くと、視界に再び赤色が映る。
「グォァ!」
野太い鳴き声。
洞窟の入り口の方から、もう一匹のイーオスが現れました。二匹目ですが、一匹はもう倒したので大丈夫。
「仲間を呼ばれたら困ります!」
私は焦ってそのイーオスに武器を向けます。もし群れが近くに居るのなら、ゆっくりしている暇はない。
なので、私は焦って武器を振ろうとしました。そのせいで気が付かなかったのです。
「───っぇ?!」
───背後から迫るもう一つの影に。
視界を紫が覆いました。
その奥では、倒れた筈の赤がその大口を開いて立っている。
倒したと思っていたイーオスが立っていました。倒せていなかったという事です。
そして私は紫を全身に浴びました。それはイーオスが身体の中で生成する毒で、途端に私の身体はいう事を聞かなくなります。
「……っぁ」
口から赤が漏れて、私はその場に倒れました。
身体中が痛くて思うように動かない。
口の中が血でいっぱいで、変な味がする。生肉にかぶりついた時みたいな感覚に咽せて、私は何度も血を吐き出した。
「グォァ……」
二匹のイーオスがゆっくりと私に近付いてくる。
イーオスは獲物を毒で弱らせてから、その身体を生きたまま貪り食うのだと先輩のハンターさんに教えてもらいました。
自分が今からそうなるのかと思うと身体が震えて、それでも上手く動かない身体を無理矢理動かして立とうとする。
このままじゃ殺される、そんな気持ちに焦った時には既に遅かった。
イーオスは私の胴体程もある太い脚で、私の身体を踏み付ける。それでもう逃げられない。
身体は重みと痛みで全く動かなくて、視界に映るイーオスの顎に怯えて、私は全身の穴から情けない液体を吐き出した。
嫌だ、死にたくない。怖い。助けて。
そんな声も出ない。ただ怖くて身体が震える。
そしてその大顎が開かれた───その時だった。
「───オラァ!!」
野太い声と共に、私を踏みつけていたイーオスが吹き飛んで洞窟の壁に叩き付けられる。
そうして視界に入った
鉱石を掘るために鋭利なピッケルはイーオスの喉を貫いて、その命を穿つ。
引き抜いて吹き出す返り血に赤い毛並みを濡らしながら、その赤の正体───大将さんは倒れている私に視線を落とした。
「……タイ、ショー……さん」
「んぁ……」
ため息のように声を漏らして、大将さんは手に持っていたピッケルを投げる。
ビックリして目を閉じましたが、同時に聞こえたもう一匹───数瞬前に壁に叩きつけられたイーオスの悲鳴を聞いて私はゆっくりと目を開いた。
その先には、ピッケルに頭を貫かれて絶命したイーオスの姿が映る。
大将さんがこれをやったんですか。
「……あの、タイショーさ───」
「───この馬鹿野郎がァァ!!」
「───ひぃぃ!!」
絶叫が洞窟に響きました。
イーオスより怖いです。私は漏らしました。
「川から離れるなって言っただろうがァ!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
おかしい。私が大将さんを助ける予定だったのに、私が大将さんに助けられている。おかしい。
「……んぁ、ったく。とりあえずコレ飲めバカ」
「うぅ……」
怒りながらも、大将さんは回復薬を渡してくれました。毒で身体がやられているので、どれだけ不味くてもありがたいです。
しかし飲んでみると、意外と美味しい。何故か、甘い。
「……私、役立たずですか。……邪魔ですか?」
なんとか体力も回復して、竜車まで戻ろうという道中。
怒って口を聞いてくれない大将さんに向けてそんな言葉を漏らしました。
私はただ、大将さんが心配だっただけじゃありません。
今さっき身を持って感じた通り、この世界は危険でいっぱいです。
それなのにハンターである私を頼ってくれなかったのが、少しだけ悔しかった。まぁ、結果はこの様ですが。
だって一応、私はこのモンハン食堂のウェイトレスでもあるんです。モンハン食堂の仲間なんです。
「……バカか。だからこそ、お前に残って貰ってたんだろうが」
しかし、大将さんは振り向かずにそんな言葉を漏らしました。続けて「よし、非常食もキッチンも無事だな」と見えてきた竜車を見て言います。
「……どういう意味ですか?」
「俺がいない間に竜車が襲われたらどうする。誰が守るんだ。何の為にお前を雇ってると思ってる」
横目で私を見ながら、大将さんはため息混じりにそう言いました。
言われてやっと、自分のした事の愚かさに気が付きます。
この世界はとても危険がいっぱいだ。
もし、さっきのイーオスが私ではなく竜車やサンセーを襲いに行っていたら。考えただけで、その答えは分かってしまう。
モンハン食堂は世界を旅する食堂。お店であるキッチンや貨物車はとても大切だ。
それを守るのが私の仕事だったのです。大将さんは、さっき見せ付けられたようにとても強いアイルーさんなのだったから。
私は一応、信用されていたんですね。
「タイショーさん……」
「それよかお前、小便漏らしたろ。くせーよ、水浴びしてこい」
「タイショーさん嫌い!!!」
私は泣きました。
立ち寄った川はとても綺麗で、私は竜車の裏で水浴びをする事に。
大将さんは何やら洞窟で取ってきた物の整理で忙しそうです。一体洞窟には何を取りに行ったのでしょうか。
して、大将さんも種族は違いますが男性。
それがこんな近くで女性が生まれたままの姿になってるのに、気にも留めないのだ。
そもそもデリカシーがない。最低です。大将さんなんて大嫌いだ。
頬を膨らませながら水浴びを終えて竜車の中に戻ると、板前姿の大将さんが視界に映る。
普段お店を開く時しかその格好はしないのに、どうしたのでしょうか。そういえば、初めて会った時も───
「食いしん坊、腹減ったか」
そして、大将さんは何食わぬ顔でそう聞いてきました。
「え、あ……はい。私はいつも腹ペコです」
「だから食いしん坊なんだよ」
違います。燃費が悪いんです。
「新作を作ったんだがな。味見するか?」
そう言いながら、大将さんはキッチンの奥で何やらゴソゴソと作業をしていました。私の答えは勿論「はい」です。
「勿論ですとも!!」
「さっきまで不貞腐れてなかったか?」
「き、気のせいですよ……」
何にしたってご飯が優先ですよ。だって
「んぁ、そうか。さて……出来た」
興味なさそうな声を漏らしてから、大将さんは何やら赤身の何かが乗った皿を持ち上げた。
「───へい、お待ち。サシミウオのスモークだ」
そして持ち上げられたのは、小さめのお皿に綺麗に盛り付けられた薄い赤身。
サシミウオの刺身でしょうか。
皿の上に乗せられたなにやら透明な結晶、その上に乗せられた刺身は脂身を光らせて香ばしい匂いを漂わせる。
「スモーク。……これはなんですか?」
聞いた事のない料理名と、刺身が乗せられている何かが気になって私は大将さんにそう質問しました。
何やら見た感じはひんやりとしています。氷でしょうか。
「ソイツはさっき洞窟で取ってきた氷結晶だ。解けない氷ってんでな、刺身を冷やすのに丁度いいだろ」
洞窟に行ったのは、この氷結晶を取りに行く目的だったんですね。
「ほへー、この氷があれば食材を冷やすのも楽って事ですね」
なんと便利な。下位ハンターへのクエストで氷結晶を納品するという内容の物が多いのも納得しました。
「それで、スモークというのは?」
私はそんな氷結晶の上に乗せられたサシミウオの刺身を覗き込みながら、問い掛ける。
見た感じ生の刺身に見えるのですが、しかし何処か違和感があるというか。
刺身の生臭さがなくて、代わりに生物とは思えない芳醇な香りを感じるのだ。
「燻製って言ってな、木材を熱した時に出る煙で食材に風味を付ける調理法だ。殺菌と防腐効果もあって食材の保存にも適してる」
「それでこんなに良い香りがするんですね」
面白い調理法に私は「ほへー」と間抜けな声を漏らす。
大将さんはそんな私に「良いから食ってみろ」と声を掛けてくれて、その言葉に甘えてお箸でサシミウオのスモークを掴みました。
そして、そのまま口の中にスモークを運んでいく。噛み締めるとそこには不思議な感覚が待っていました。
「柔らかいのに……歯応えが」
脂身の多いサシミウオはとても柔らかいのに、何処かしっかりとした歯応えがコリコリと顎を刺激する。
それでいて噛む程に燻製特有の香りが口の中で広がって、切り身が口の中で溶けていった。
氷結晶で冷やされているからか喉越しも良くて、後味も引っ張られることなく引き摺ることもない。
素直に食材の味が楽しめる、それでいて保存にも適しているというのだから悪い事が何もないじゃないですか。
「どうだ」
「最高です! これ、お酒のおつまみでもいけますよ!」
二切れ目を食べながら私は興奮気味にそう言う。大将さんに怒っていた事も忘れてしまいました。
そのくらいモンハン食堂のご飯は美味しいのです。
だからこそ、私はこのモンハン食堂で働き続けているのだから。
だからこそ、私はこのモンハン食堂の仲間としてもっと役に立ちたい。そう思いました。
「タイショーさんタイショーさん。次はドンドルマでしたっけ? それとも何処かに寄るんですか?」
休憩も終わり、ヒジョーショクサンセーに引っ張られて今日もモンハン食堂は世界を旅して周ります。
「大将だって言ってんだろ。んぁ……そうだな、渓谷に一つ街があるからそこに寄ってからドンドルマだな」
「分かりました。それでは今日も元気に行きましょーう!」
「元気なもんだな。……まぁ、良かった」
次はどんな場所で、どんな料理が出てくるのでしょうか。楽しみです。
〜本日のレシピ〜
『サシミウオのスモーク』
・サシミウオ ……1切れ(600g)
・塩 ……20g
・スモークチップ ……適量
氷結晶に添えて。お召し上がりください。
みんな大好きサシミウオでした。サシミウオ(サーモン)のスモークはモンハン酒場で実際に食べる事が出来ますよ!ちゃんと、氷結晶の上に乗って出て来ます。機会があれば是非是非。
それではまた次回、お会い出来ると幸いです。