モンハン食堂【完結】   作:皇我リキ

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menu03……炙り幻獣チーズ

 ここはモンハン食堂。

 

 ごく普通の飲食店です。

 この広い世界を旅しながら、色々な人に料理を振り撒く旅する食堂。

 

 

「食いしん坊、そこの幻獣チーズ炙って持ってけ」

「げ、幻獣チーズですか。どれですか。これですか?」

「それはロイヤルチーズだタコ! そこの銀色の缶!」

「は、はィッ!」

 今日も旅する食堂は、大将さんの喝が飛び交って賑やかだ。私は悲鳴を上げて、言われた通りにチーズを火で炙ります。

 

 

 しかし、幻獣チーズですか。幻獣と聞くと、やはり思い出してしまいますね。私がここで働き出した時の事を───

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

『menu03……炙り幻獣チーズ』

 

 

 本日もモンハン食堂は営業中。

 湿地帯からドンドルマという街に続く渓谷の端にある大きな街で、テーブルを開いたらそこがモンハン食堂だ。

 

 

「お待たせ致しました! 達人ビールと炙り幻獣チーズ四人前です!」

 両手にトレンチを持って歩き、四人前のビールとおつまみを運ぶ。

 ゆっくりとテーブルの上にそれらを並べると、お客さんは「ありがとう」と言ってくれた。

 

「タイショーさんのオススメセットになります」

「幻獣チーズか、珍しい食材だな」

 このテーブルのお客さんはこの街に住むハンターさん三人とそのうち一人のお嫁さんとの事です。

 出掛けている事が多いハンター業ですが、せっかく集まった時に珍しくキッチンキャラバンが来ているとの事でご来店頂きました。

 

 

「なにそれ。珍しいチーズなの?」

「確か……滅多に市場に出回らないとかなんとかって、聞いた事ある気がするな。幻獣キリンっていうこれも幻とか言われてる古龍になぞらえて幻獣チーズって呼ばれてるんだぜ」

 ハンターさんのお嫁さんの言葉に、旦那さんは「もっともキリン程珍しい訳でもないんだがな」と付けて加えてからそのチーズを咀嚼する。

 

 あまり市場に並ばないのはその製造が難しいからだとかなんとか。

 そんな幻獣チーズを贅沢に炙っただけの料理ですが、炙った事によりチーズの香りが広がってそれはもう見ているだけで美味しそうだ。

 

 

「へぇ、そんなに凄いんだ」

「古龍ねぇ、なんだか懐かしいわね。はむ、あ……美味しい」

 感心するお嫁さんの隣に座る女性ハンターさんは、小言を漏らしながら炙り幻獣チーズを頬張る。

 口を押さえて咀嚼するその視線は、もう幻獣チーズに釘付けだった。

 

 

「古龍と言えば、俺達は古龍の撃退戦に参加した事があるんだぜ。凄いだろ! コイツなんて大活躍だったしなぁ!」

「倒した訳じゃないし、そんな凄い事じゃないって……」

 チーズを頬張ってから達人ビールを飲み干してからそう言うハンターさんは、もう一人の男性ハンターさんの肩を抱いて自慢気な表情を漏らす。

 フォークに突かれたチーズは、炙って固まった表面から中のトロトロチーズを漏らした。一方でハンターさんは苦笑い気味で「あはは……」と声を漏らす。

 

 

 古龍。

 それはもう、自然の理。生きた災害。

 

 普通の生命とはかけ離れた存在で、人間が生きている内に一度見れたら奇跡だと言われているモンスターだ。

 

 生物学的には通常の生き物の枠に当てはまらない、砕いた言い方をするとよく分からない生き物らしいです。

 

 

「す、凄いですね。古龍なんて倒したら英雄ですし、素材を売ったら一生遊んで生きていけるなんて言われてますもんね。……そんな相手と戦ったなんて」

「だろぉ?」

「はい。私も少し前はハンターをしていたんですが、古龍どころか飛竜も見たことないので。……食べた事はあるんですけど」

「……食べた?」

 世間話の中で漏れた私の言葉に、お客さん四人は目を丸くした。

 

 

「あ、あっと……こちらの話です。それでは、伝票こちらに置かせていただきますね! ごゆっくりどうぞ!」

 そうして私は他のお客さんの注文を聞きに走る。

 

 

 今日もモンハン食堂は営業中。

 しかし、私はふとこのモンハン食堂で働き出す少し前の事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 それは、数ヶ月前の事。

 

 

 

 

「お腹が……減りました」

 照り付ける陽の光を銀色の防具が弾き返す。

 

 一面砂の景色で日光を遮る物がある訳もなく、足場の悪い砂場を歩きながら私はポーチからクーラードリンクを取り出して喉に流し込んだ。

 身体を循環する冷たさよりも先に、不味いという味覚だけが全身を這うように包み込む。吐き出したい。腹の足しにもならない。

 

 

 しかしこの砂漠という環境ではこのクーラードリンクが命綱だ。

 そのクーラードリンクの残りを見てため息を漏らしながら、私は地平線に見える岩場に視線を向ける。

 

 全身を包む鉄で出来た防具が無駄に重い。背中に背負ったハンマーなんて言うまでもなし。

 

 

「……こんな筈では」

 私は将来有望なうら若きハンターでした。有望なのは自称ですが、とにかくハンターという仕事をしていたんです。

 

 腕前としてはそうですね。

 最近ドスランポスを一人で倒しました。とても凄いでしょう。

 

 

 普段は凄腕ハンターの友人とモンスターを狩りに行ったりして生活していたのですが、一人でドスランポスを倒して調子に乗った私はこんなクエストを受けました。

 

 

「ハプルボッカの討伐……ですか。まだ貴方には少し早いのでは?」

「心配ご無用です! 私は先日、あのランポスのボス、ドスランポスの討伐を果たしましたので!」

 集会所でそうやって啖呵を切った記憶が頭をよぎります。

 調子に乗っていました。調子に乗っていたんです。勝てると思っていました。

 

 集会所の受付嬢さんも「頑張ってください!」と言ってくれたんです。

 

 

 

 結果は惨敗でした。

 

 

 

 そもそもドスランポスとハプルボッカの体格差は、三倍とかそんなレベルですらありません。

 あんな化け物に人間が勝てる訳がないのです。私は逃げました。

 

 助けに来てくれたネコタクと呼ばれるアイルーさんに、とりあえず逃げるように言われて必死に逃げたんです。

 

 

 

 その結果───

 

 

 

「───遭難するなんて」

 ───砂漠で遭難。

 

 

 

 よくある話でした。

 

 新米ハンターが調子に乗ってモンスターに負けてしまうのも、モンスターから逃げて遭難するのも。

 この世界ではそこそこ良くある話。ハンターがそれで命を落とすなんて、星の数ほどあるお話なんです。でも自分がそうなるなんて……。

 

 

「……儚い人生でした」

 雲一つない空を見上げて呟きました。

 

 

「せめて最期にお肉をたらふく食べて生き絶えたい……」

 思えば私がハンターになったのは、ハンターは儲かるからご飯が沢山食べられるという単純な理由です。

 子供の頃から良く食べる体質で、両親からは「ウチの娘はイビルジョー」とか言われていました。

 

 そんな事はともかく、大食らいの私を育ててくれた両親にお礼がしたいのが一割。九割はお金持ちになってたらふくご飯を食べる。

 

 

 そんな夢の為にハンターになった私でしたが、ここで人生終了───

 

 

 

「……お腹、減───あれ?」

 ───かと思われた矢先でした。

 

 

 

 

 そのお店を見つけたのは。

 

 

 

 

 砂漠の真ん中にある大きな岩場。

 そこに、アプトノスの姿が見えたかと思えば近くに竜車が見えて私は走る。

 

 人が居るかもしれない。助かるかも。

 その一心で走って岩場に向かい、私が一番先に目にしたのは文字の書かれた看板でした。

 

 

「……モンハン食堂?」

 それが、私とモンハン食堂の出会い。

 

 

 

「誰も居ないんですかね……? 乗り捨てられた竜車か、モンスターに襲われてしまったか。……くんくん、食べ物の匂い」

 しかし、看板以外には特に何も見当たりません。

 アプトノスも大人しく干し草を食べて待機しているだけです。

 

 

 竜車は貨物車のような物も牽引していて、そこから美味しそうな匂いが漂って来ました。

 

 

 

「採取採取……」

 丁度良く貨物車は開いていたので、私はゆっくりと近寄って中を拝借しようとする。

 泥棒みたいですが、背に腹は変えられませんでした。

 

 

「生肉……っ!!」

 そして見付けたのは、文字通り生の肉。

 

 骨付きの肉。

 焼けば美味しいこんがり肉。

 

 

「っと、これは何のお肉でしょうか? ケルビ……では、なさそうですが。いや、もうこのさいなんでも良いです!」

 そこからは殆ど無意識でした。

 

 遭難して空腹で倒れそうな私に、その生肉を食べるという事以外を考えるのは難しかったのです。

 だから、この竜車の主がどうだとか。そういう事を考えもしなかった───それが私の過ちでした。

 

 

 

「フヘヘ、フヘヘへへ、お肉お肉」

 やっと食事にありつける。ただそれだけを考えて、私はポーチから焼肉セットを取り出して組み立て、火を付けました。

 

 こんがり肉という料理があります。

 調理法はいたって簡単。生肉を焼くだけ。

 

 

 私は肉焼きセットに生肉をセットしました。

 

 

「ふんふふん、ふふふ、ふんふふん」

 そして涎を垂らしながら肉を見詰める事数秒、表面が小麦色になって来た所で私は生肉を持ち上げる。

 

 

「上手に焼けま───」

「何してんだ泥棒ォォ!!」

「───ぎゃぁぁあああ!!」

 砂漠に響き渡る咆哮と悲鳴。突然の怒号に私はその場に倒れて死んだフリをしました。

 

 良く考えれば竜車の主がいない訳がなかったのです。モンスターに襲われたにしては竜車に外傷はなく、竜車を引くアプトノスだって無傷でのんびりと干し草を食べていたのですから。

 

 

 

「……ったく、こんな砂漠のど真ん中でなんだ。どっから現れたってんだ」

 死んだフリをしたままの私に近付いて来たのは、赤虎の毛並みに板前衣装姿の一匹のアイルーでした。どうして板前衣装。

 

 

「肉まで勝手に焼きやがって。……しかも生焼けじゃねーか」

「……う、うぅ。ごめんなさいごめんなさい」

 死んだフリは意味がない事を悟った私は、格好を土下座に切り替えて頭を下げ続ける。

 

「もっとしっかり焼かねーと肉が引き締らねぇ。それに火が通ってる箇所がバラバラだ。もっと満遍なく焼けってんだタコ」

 しかしそのアイルーさんは、私の謝罪を無視して人の焼肉セットでさっきまで私が焼いていたお肉を再び焼き始めました。

 

 

 

「えーと、はぃ……?」

「上手に焼けました、と」

 そして、こんがりと小麦色に焼けた骨付きのお肉が持ち上げられる。

 

 香ばしい匂いが漂って来て、私はそれだけで涎を垂らしながらお腹の虫を鳴らしました。

 視線を向けるも、アイルーさんは「中々美味そうだ」と私を無視して独り言を呟きます。

 

 

「な、何してるんですか……?」

「何って、肉を焼いてるだけだろ。どっかの泥棒が途中まで焼いちまったから、そのまま調理しただけだ。……つーかいつまでそこに居るつもりだ。とっとと消えろ」

 肉球を振って「シッシッ」と声を漏らすアイルー。泥棒の事は罪に問わないからとっとと消えろという事なのでしょうか。

 

 しかし、私は現在遭難の身。ここでこのアイルーさんから離れれば待っているのは砂漠の熱で上手に焼けた焼死体。

 

 

 

「わ、私……そのですね。遭難してまして……」

「……んぁ? その格好からして、お前ハンターだろ。ハンターが遭難ってな」

 アイルーさんはこんがり肉片手に、苦笑い気味でそんな言葉を漏らしました。

 情けないですが事実です。泣きそうになりながら、というかもう涙を漏らしながら、なぜかこのタイミングで私のお腹の虫が咆哮を上げました。

 

 お腹の虫、鳴りました。

 

 

「……オメェ、腹減ってんのか」

「……はい」

 アイルーさんの言葉に、私は正直に首を縦に振ります。

 そういえばアイルーって語尾に「ニャ」とか付くんじゃなかったでしたっけ。しかしそんな疑問も消える程に、私は空腹と羞恥心でいっぱいでした。

 

 

 

「はぁ……。んぁ、待ってろ。なんか作ってやるから」

 して突然、アイルーさんは大きな溜息を吐いてからそんな言葉を漏らす。

 

「え、本当ですか!! それ下さい!! そのこんがり肉下さい!!」

「これはやらんぞ……」

 アイルーさんの言葉に、空腹により暴走した私は涎を垂らしながら詰め寄りました。

 しかしこんがり肉は貰えないようで、私はその場に倒れて空を見上げる。

 

 

「……お腹が減って死にそうです。あぁ……最期に、最期にお肉が食べたい」

「んぁ……わ、分かった分かった。分かったからちょっと待ってろ」

 そんな私を見るや、アイルーさんはこんがり肉片手に竜車に向かって歩き出しました。

 竜車の側にはモンハン食堂と書かれた看板が立っています。

 

 

「客にこのままで料理として出す訳にはいかねーからな」

 アイルーさんのそんな言葉に、私は首を横に傾けて竜車の中を覗き込んだ。

 竜車の中はまるで酒場のようになっていて、アイルーさんはカウンターの並ぶ奥にあるキッチンに入っていく。

 

 

「ここは……お店なんですか?」

「そうだ。俺はこの店の大将をやってる」

 アイルーさんを追いかけて問うと、彼は短くそう答えて大きなお皿を取り出しました。

 その上にこんがり肉を乗せて、彼はさらにこう続けます。

 

 

「モンハン食堂。世界を旅する料理屋だ」

 そんな言葉を漏らして、彼はこんがり肉の乗ったお皿にシモフリトマトや深層シメジ、砲丸レタスを手早く乗せて盛り付けをしました。

 その手際は鮮やかで、こんがり肉から漏れる湯気が止まぬ内に、仕上げとばかりにヤングポテトをさっと油で揚げて乗せる。

 

 盛り付けを終わらせたアイルーさんは、最後にこんがり肉の骨の部分にマンシェットを被せて満足気な表情を見せた。

 

 

「へい、おまち。こんがり肉だ」

 そんな言葉と共に、綺麗に盛り付けられたこんがり肉が目の前に音を立てて置かれる。

 

「凄いですタイショーさん!」

「大将だ。伸ばすな」

 未だに音を立てるこんがり肉と、揚げたてのポテトフライから漂う甘い香り。

 滴る肉汁によって盛り付けられた野菜が光を反射して、まるでお皿の上が光っているようだ。

 

 

 なんだか私の知っているこんがり肉とは全然違う。

 

 これが、モンハン食堂のこんがり肉。

 

 

 

「……ごくり」

 涎を飲み込んで、私は出されたフォークとナイフを手に取りました。いつもなら骨の部分を持って齧り付くので、なんだか落ち着きません。

 

 

「なんだ、食わねーのか? んぁー、それかなんだ。そんな上品な食い方しろとは言わねーから、一気にカブッといけ。カブッと」

 得意気な表情で大将さんはそう言ってくれる。

 少し人前では恥ずかしいですが、言われた通りなので私は一度フォークとナイフを起きました。

 

 

「そ、それでは……頂きます」

 マンシェットに手を添えて、はしたないですが口を開いてこんがり肉に齧り付く。

 

 すると同時に肉汁とその匂いが口の中いっぱいに広がって、まるで口の中で油が溶けていくような感覚に襲われました。

 そのまま引きちぎるように筋にそってお肉を噛みちぎって、モンスターがやるように顎を持ち上げてお肉を咀嚼する。

 

 噛みごたえのある肉は、顎を上下する度にその旨味を口いっぱいに広げて油は喉に流れていった。

 ただ焼いただけ。シンプルに、しかしそれは肉本来の味を引き立てる。

 

 

 

 

 ただそこには、お肉があった。

 

 

 

 

「───んぅぅ……っ!」

 言葉が出ない。

 

 口から漏れてくる筈の言葉は、噛む度に口の中に広がる旨味と油に溶けて消えていく。このまま一生このお肉を噛んでいたい。

 

 

 

「美味いか」

「……っ、は、はい! 歯ごたえがあって、焼き加減も完璧で。……こんな美味しいこんがり肉初めて食べました!」

 ハンターならば一度はこんがり肉を自分で焼いて食べた事はあるものだ。

 

 私なんて見ての通り狩りの度に自前で焼肉セットを持ち歩いて、狩りの終わりの楽しみにしている程です。

 しかしそんな私でも、今食べたこのこんがり肉より美味しいと思ったお肉はありませんでした。

 

 

「ポテトもトマトも美味しいです!」

 続けて揚げたてのポテトや、トマト等を口にしていく。

 大将さんの腕前がいいのか、どれも普段食べているものとは比べ物にならない程美味しく感じました。

 

 

「……あっふ、あふ」

 そして何よりお肉。

 

 トマトやレタスで口の中を整えてから再びお肉に口を付けると、全く飽きの来ない深い味が再び楽しめる。

 それはもう私は夢中になってガッつきました。それから先完食まで一言も喋らず、お肉もポテトも野菜も一欠片も残さず食べました。

 

 

「───ごちそうさまでした」

 空腹感に満たされ、むしろ名残惜しさに涙しながら私は手を合わせて食材と大将さんにお礼を言います。大将さんは満足げに頷きました。

 

 空腹だったというのもあるでしょうが、しかし大将さんの調理がとても良かったからこそこんなにも美味しく感じたのでしょう。

 

 

 

「まさか全部平らげちまうとはな……。とんだ食いしん坊だ」

「う……」

 は、ハンターならこれくらいが普通ですよ。

 

「ま、まさか砂漠のど真ん中にお店があって。しかもそこがこんなに美味しいご飯を食べられる場所だなんて思いませんでした! まさに秘境ですよこのお店は! ずっとここでやってるんですか?」

「んぁ……いや、ずっとここでやってるって訳じゃないな」

 我ながら饒舌に話を逸らしました。ナイス私。

 

 

 

「と、言いますと?」

「さっき言ったろ食いしん坊」

 しかし、結局食いしん坊とか呼ばれてしまってます。全然ナイスじゃないです私。

 

 

 ──モンハン食堂。世界を旅する料理屋だ──

 して、こんがり肉を食べる前に大将さんが言っていた言葉を思い出しました。

 

 

「……世界を旅する料理屋」

「そうだ。俺は世界一の料理屋を目指して旅をしている。……こんがり肉、美味かったろ?」

 自慢げな表情で大将さんはそう言います。

 

 

「はい。とても」

「今日は偶々砂漠を進んでたらお前が荷物を漁ってたって訳だ」

「そ、それに関しては不問にしていただけると幸いなのですが……」

 私がそう言うと、アイルーさんは「そこは食いっぷりに免じて許してやるよ」と言って下さいました。太っ腹です。

 

 しかし、彼は「だがな」と言葉を続けました。

 

 

「だがな、ここは店だ。食った分は払わなきゃならねぇ。そうだろ?」

「それはそうですね。払います。大丈夫です、私もドスランポスを一人で倒せる程のハンターなので、そこそこお金は持ってます。こんがり肉おいくらですか?」

 こんがり肉なんてどこで食べても三百ゼニーもしません。二百ゼニーあれば充分でしょう。

 

 

 

「───二百万ゼニーだ」

「───は?」

 しかし、大将さんの口から漏れた額は想像だにしていなかった値段でした。

 

 

「二百ゼニー?」

「二百()ゼニー」

 私の耳が腐っていなければ、二百()ゼニーと聞こえます。

 

 いやいや、まさかまさか。流石にボッタクリが過ぎますよ。だってこんがり肉ですよ? そんなの詐欺じゃないですか。

 

 

「払うって言ったよな? 二百万ゼニーだ」

「詐欺じゃないですか!」

 ありえないでしょ! 

 

「そんな訳がありますか! こんがり肉ですよ! なんの肉使ったらそんな値段になるんですか!」

「キリンだな」

「あー、キリンですか。なるほど、キリ───キリン?!」

 え、キリン? 

 

 

 

 さて、ここで回想の前を思い出して下さい。

 

 

 ──幻獣キリンっていうこれも幻とか言われてる古龍になぞらえて幻獣チーズって呼ばれてるんだぜ──

 

 ──古龍なんて倒したら英雄ですし、素材を売ったら一生遊んで生きていけるなんて言われてますもんね──

 

 

 キリンとはその名の通り幻の古龍。

 古龍とは、生きた自然災害。その命の価値は計り知れない。

 

 

 そのキリンの肉だ。

 

 

 

「……私は何を食べたんですか」

「払えないのか。……なら、身体を売ってもらうしかねーな」

 想像を絶する値段に私が氷やられ状態になっていると、アイルーさんは低い声でそんな言葉を漏らす。

 あぁ、私はこのままモンスターの素材のように人に売られ、あんな事やこんな事をされてしまうのでしょうか。

 

「はわわわわわわわ」

「さ、こっちにこい。服脱いで着替えろ!」

 服脱げって。アレですか、解体ですか。魚のように捌かれるんですか。

 

 

「んぁ……何アホ面してんだ。ほら、早くこれを着ろ」

 そう言って、アイルーさんは私に服を一着投げつけて着ました。

 もう私は頭が真っ白で、何も考えずにその服を着ます。

 

 

「……二百万ゼニー。……二百万ゼニー」

 呪文のように唱えながら、私は着替えを済ませてアイルーさんの元に向かいました。

 

 これから何をされてしまうのでしょうか。確かに、美味しい食べ物を沢山食べるのが私の夢です。夢でした。

 しかし、目の前の食欲に負けて全てを失う事になるなんて。後悔しても仕切れません。バッドエンドです。終わりです。

 

 

「おぅ、似合うじゃねーか。ほら、そっちに鏡があるから見てみろ」

 して、大将さんは満足げな表情でそう言いました。言われた通りに鏡を見ると、不思議な事に私は首を横に傾けます。

 

 

 鏡に映る私。真っ白なエプロンのついたピンク色の服。

 なんというかこう、お店のウェイトレスさんのような格好をしている私がそこに立っていました。

 

 

「あれぇ?」

「さー、食った分きっちり働いてもらうぞ」

 え、何を言ってるんですかこの人は。あ、いやこの猫は。

 

 

 

「───今日からお前はこのモンハン食堂のウェイトレスだ。……良いな?」

「はぃ?」

「返事は元気に「はい!」だ! はい、返事はァ!」

「ひぇ?! は、はいぃ!!」

 これが、私と大将さんの出会いでした。

 

 

 

 

 

「……はぁ、私がキリンを食べてからもう一ヶ月以上ですか。なんだか早かったような短かったような───」

「おい何サボってやがる食いしん坊。……あと百九十六万ゼニー分、しっかり働けや」

「ひぃぃっ、この鬼タイショー!!」

 モンハン食堂は本日も営業中です。

 

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『炙り幻獣チーズ』

 

 ・幻獣チーズ   ……4人前

 ・粉吹きチーズ  ……適量




モンハン世界の料理、どれもこれも美味しそうですが。やっぱり一番はこんがり肉ですよね!
そんな訳で、今回はドンドルマ近くのとある街と主人公の食いしん坊がどうやってモンハン食堂で働き出したのかという話でした。そういえばまだ主人公の名前が明らかになってませんね。もうこのまま食いしん坊で通しましょう。

読了ありがとうございました。

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