森と丘。
アルコリス地方。ココット村の近く。
女性が一人、大きな肉を持って歩いていました。
モスの肉でしょうか。人が一人で食べるには少し多めの肉を肩に掛け、女性は大自然の洞窟を抜ける。
「さて、今日もお腹を空かせている事だろうし。たっぷりと食べさせてやらないと」
言いながら、女性は細かい段差を登ったり降りたりして森の奥まで足を伸ばした。
その先には放置されたベースキャンプしかない。
到底人が目指すべき場所でもなく、その場所は時折小型モンスターが居たり特産キノコが生えていたりする程度の場所である。
ハンターでも余程な事がないと近付かないそんな場所で───そんな場所だからこそ、女性は驚きました。
「は? なんでこんな所に───」
開けた視界。
その場所にあったのは───
「───食堂があるんだい」
───人の気配どころか生き物の気配もない森の片隅でに佇む竜車と、脇に建てられた看板。
「……モンハン食堂?」
その看板に書かれていた文字を読む女性。
ここはモンハン食堂。旅する料理屋さんです。
◇ ◇ ◇
『side menu02……モスポークのミートボール』
ここは何処だ。
「なんか、おかしくないですか?」
ふと思って、私は大将さんにそう問い掛ける。
「んぁ、そうか?」
「そうですよ」
私と視線を合わせずに言った大将さんの顔を覗き込むと、大将さんはさらに視線を逸らして「何処だここは……」と呟きました。
「やっぱりおかしいんじゃないですか!!」
「うるせぇ。今考えてるんだ」
「だから言ったんですよぉ! 伝説の特産キノコなんて存在しないって! これ以上森に入っても迷子になるだけだって! うわぁぁぁ!! 私は今日ここで死ぬんだぁ!! 死んでキノコの栄養になって私自身が伝説の特産キノコになるんだぁぁあああ!!」
旅する料理屋さん。モンハン食堂。
私と大将さんは旅の傍ら、とある村で聞いた噂を元にここ───森丘と呼ばれる狩場にやって来ています。
「やかましい。お前も初めは信じて涎垂らしてただろうが……」
「そりゃ黄金に輝くキノコとか言われたら食べてみたくなるじゃないですか。こう、ほら、絶対美味しいですよ黄金に輝くキノコ」
噂とは、この森の何処かに黄金に光る特産キノコが生えているという噂でした。
「んぁ……よくよく考えると、そんな妙なキノコ食って大丈夫なのかって思ったがな」
「確かに……。冷静に考えると光ってる時点でヤバいですよね。もっと早く教えて下さいよ」
「お前が勝手に暴走して絶対に見付けるって言ったんだろうが」
「私でしたっけ?」
「俺もノリノリだったがな……」
二人で目を合わせてから同時に視線を下げる。
食への探究心は平常心を失わせますよ。恐ろしいですね。
そんな事言ってる場合ではない。
「……とりあえず、お腹が減りました」
「……こんな時でも食うんだなお前は」
「はい! ご飯は元気の源ですからね!」
「んぁ、分かった。飯にしよう。モンスターの匂いもしないしな。……準備しろ、食いしん坊」
「了解です! タイショーさん!」
言われて、私はサッと竜車を飛び降りて支度を始めました。
竜車を開けて、貨物車から机と椅子を出す。
立派な看板を立てれば、ここがモンハン食堂。
「……んぁ、態々看板まで立てなくても良いだろ」
「ダメですよ。私は
「そうか。……さて、何にしたもんか」
言いながら、大将さんは貨物車を覗き込んで食材を手に取りました。
私は何をしましょうか。
「大将さーん」
「んぁ? なんだ」
「ちょっとお花を摘んできますね」
「迷子になるぞ。そこでしてろ」
「デリカシー!!」
お手洗いを済ませておこうと思ったんですが、大将さんはこの調子です。もう少し私を女性として見てほしい。
いや、大将さんはアイルーで私は人間なのでそういう話じゃないのかもしれませんが。私は悲しいですよ。
「そもそも今まさに迷子なんですけどね……。ん?」
仕方なく竜車の影で済ませようと歩くと、ふと何かが歩いて来る音が聞こえました。
こんな場所に人がいる訳もなく、ともすればモンスターでしょうか。モスとかなら良いんですが、凶暴なモンスターだと困ります。私が死ぬ。
「た、大将さ───」
「なんでこんな所に食堂があるんだい?」
茂みから聞こえてくるそんな声。
人間の女性の声でしょうか。
「……モンハン食堂?」
振り向くとそこには、身体中に傷が残るワイルドな姿の女性が立っていました。
「……あ、えーと。いらっしゃいませ?」
「えぇ……。何なのさ、ここは。それにあんた、そんな所で致そうとしてんのかい。若い女がそれでどうするのさ」
「これには深い訳がありまして!! ていうか恥ずかしいから言わないでください!!」
「んぁ? なんだなんだ」
「来ないで!?」
私の言葉を無視して、目を細めて歩いてくる大将さん。
女性はそんな大将さんとモンハン食堂の竜車を見ると「なるほど、旅する料理屋さんって所か」と顎に手を向ける。
「こんな所に人が居るとはな」
「それはこっちの台詞だよ。あんたら、なんでこんな所で料理屋なんて開いてんだい。こんな所、余程の事でもない限り人が寄り付く場所じゃないってのに」
それはもうカクカクジカジカで。
女性に事情を説明すると、彼女は「それは傑作だねぇ」と笑った。笑われても何も言い返せない。
「この辺りは良く知ってる場所だけど、黄金に光るキノコなんて見た事ないよ」
「そんなぁ……」
「まだ諦めてなかったのかお前は……。んぁ、ところであんたは何物だ? こんな所で何してる」
自分もノリノリだった癖に半目で私を見ながら、女性にそんな問い掛けをする大将さん。
確かに。
彼女の言う通り、ここは余程のことでもない限り人が寄り付くような場所ではない。
では、なぜ彼女はこんな場所に居るのでしょうか。
「あー、ちょっとね。ご飯を」
言いながら、彼女は背中に背負っていた生肉を持ち上げる。
「モスか。デカめに取ったな。よく食うのか?」
「大喰らいでね」
食材調達でしょうか。立派なモスの生肉ですね。
「そいつは良い。あんた、ウチで食ってかないか? そのモスの生肉をくれたら、美味い物を作ってやる」
含みのある表情でそう言う大将さん。
立派な食材を見て腕が鳴っているんでしょうか、しかし───女性は首を縦には降りませんでした。
「面白そうな提案だけど、遠慮しておくよ。こいつは私の子供にも食べさせないといけないんだ。また機会があったらご馳走になろうかね」
「子供? お子さんがいるんですか?」
私の質問に、女性は「あぁ。大きな子供がね」と優しい表情で答える。
「子供ですかぁ……。良いですねぇ、子供」
「あんたもその内良い男でも見付けて作ると良いよ。子供は良い。可愛いからね」
「あはは、良いですね。欲しいです! 子供! でも良い男ですか……」
あまり将来の事を考えていませんが、結婚だの子供だのをもう考えても良い年齢になってからも考えた事がありませんでした。
小さな頃はいつかお嫁さんに貰ってくれる人が現れるだろうとか思ってましたが、今やお嫁さんではなくモンハン食堂の奴隷です。
子供以前の問題でした。
「……よく考えたら、私結婚とか出来ないのでは? 私一生独り身なのでは?」
将来の事は考えていません。
しかし、多分私はこれからもモンハン食堂を続けていく事でしょう。
そうなると、殿方と親密な関係になったりとか───そういうのがない。
「大将さん大変です! 私結婚出来ません! 一生独り身!!」
「んぁ? アホか。俺が居るだろ。一人じゃねーよ」
「そういう事じゃなくて!!」
結婚ですよ結婚。子供。
「タイショーさんのバーカ!!」
「なんだお前。喧嘩売ってんのか?」
「怖。逃げよ」
あ、もしかしてアイルーには結婚という概念がないのですか。私の言ってる意味伝わってませんか。
「あっはっは、面白いねぇアンタら。そうだ、ここからでも丘が見えるだろう? ここからそっちに真っ直ぐ進むとココット村に着くよ。私の住んでる村なんだ。私は別用で寄り道するけど、そこで店を出すと良い。後で私も世話になりに行くよ」
そう言って、女性は私達に手を振りながら背中を見せました。
大将さんが怖くて竜車の影に隠れていた私は、ふと視界の端で何かが光ったのが気になって視線を向けます。
「おい、あんた待て」
一方で大将さんは何故か女性を呼び止めました。
女性はゆっくりと大将さんに視線を向けます。私は、光る何かに誘われるようにゆっくりと歩きました。
もしかしてアレは、噂に聞いた黄金に光る特産キノコ───
「……なんだい?」
「……あんた、密猟者じゃな───」
「───大将さぁぁぁあああん!!! 助けてぇぇぇえええ!!!」
───キノコでは、ありませんでした。
パチパチと。
光っていたのは、電気を纏う竜から漏れる電気。
鋏のような尻尾と、頭に生えた片手剣の様な角。
虫の羽のような薄い翼膜が特徴的なその
「ライゼクスだぁぁぁああああ!!」
「んぁ!?」
「ちょ───」
ライゼクス。
電竜とも呼ばれる、飛竜種のモンスター。
確かにこの付近に生息するモンスターではあるので、居てもおかしい事はありません。
しかし問題は、鼻の効く大将さんでも存在を認識出来ていなかったという事でした。
それにここは木々が入り組んでいて、小型モンスターはともかく大型モンスターは態々寄って来ようとしないような場所です。
居ないと思っていたモンスターが突然現れて、私は半分漏らしながら大将さんに泣き付きました。
「びゃぁぁぁああああ!!」
「お、落ち着け! なんだってこんな所にライゼクスが居やがる。それにコイツ、変な匂いだな」
目を細める大将さん。
そんな私達を横目に、何故か女性はゆっくりとライゼクスの元に歩いていく。
「ちょ、何してるんですか!! 危ないですよ!!」
「正気か……! おい、何してる!」
「はぁ、こうなっちまったからには仕方ないね。まぁ、見てな」
ため息を吐きながら、女性は翼を広げて私達を威嚇するライゼクスに手を伸ばしました。
ところで、よく見るとこのライゼクス、片翼が無い。
「私の事が心配で出てきちゃったんだね。全く、私の子供は仕方ない子だ。……大丈夫、あの人達は敵じゃないよ」
言いながら、女性はなんとライゼクスの頭を撫で始める。
ライゼクスはそれを気持ちよさそうに受け入れて、目を細めて姿勢を比較しました。
信じられない光景が目の前に広がります。
「な、何が起きてるんですか……? え? ライゼクスが、子供? え?」
「あんた、何物だ? ライダーって奴か」
愕然とする私達。
ライダー。
確か旅の途中お客さんにきいた、
そんな人が本当にいるのかと疑っていましたが、現に目の前で女性はライゼクスを宥めていました。
「ライダー? 知らないけど。私はただのハンターだよ。そして、この子は私の子供だ。それ以上でもそれ以下でもない。……ほら、落ち着いたね」
女性がそういうと、ライゼクスは頭を下げてゆっくりと身体を下ろします。
落ち着いている竜。
こんな間近でこんな大きなモンスターが落ち着いているのは、逆に私が落ち着きません。
竜車を運ぶアプトノスのサンセーはさっきからずっと目を丸くしていますが。
「んー、何から話すべきか。……とりあえず、さっきの話。乗ることにするよ。コイツで美味い料理を作ってくれ。この子の分もね」
言いながら、女性は大将さんに背負っていたモスの肉を渡しました。
私と大将さんは少し顔を見合わせると、二人で頷いて作業を開始します。
どんな時間、どんな場所でも、どんなお客さんでも、そこにご飯を食べる人が居るなら開店するのがモンハン食堂。
どうぞご賞味下さい。
「───へい、お待ち。ミートボールだ」
───モンハン食堂の料理を。
大将さんが作ったのはミートボール。
ミートボールはひき肉にした肉を丸めて加熱する料理。そこに甘酸っぱいタレを掛ければ、簡単に美味しく食べられる一品。
そのミートボールを大将さんが作っている間に、私はライゼクスが目の前に居座ってるせいで身体をプルプル震わせるサンセーを宥めながら、女性からお話を聞いていました。
曰く。
このライゼクスは卵から孵った時孤独だったようです。
元々ライゼクスは子育てをしないモンスターらしいですが、女性はそんな事も知らずに
母の愛を知らぬ種。
故に、その愛を強く受け止めてしまったのかもしれません。
そのライゼクスが大きくなってから、ある事がきっかけで女性はライゼクスの母となる事を決心しました。
それが、卵から産まれたライゼクスにご飯を上げてしまった自分の責任なんだと彼女は語ります。
「───それで、私はこの子を隠れて育ててるのさ。……だから悪いんだけど、この子の事は秘密にしてくれないかい?」
「そ、それはもう……。ここでノーなんて言ったら多分私がミートボールにされそうですし」
横目でライゼクスを見ながらそう言うと、視線に映るライゼクスはしっかりと私をその眼光に捉えていました。
やはり落ち着かない。普通に怖い。サンセー可哀想。
「あっはっは、それもそうだね」
「せめて否定して下さい!!」
「ま、誰も信じないだろ。こんなに人に懐いたモンスターなんてな」
それは確かに。
「そんな事より、冷める前に食っちまってくれ」
「そうだね。それじゃ、頂こうか」
そう言って、女性はミートボールを箸で口元に持っていく。
一口サイズのそれをパクり。
噛んだ瞬間弾ける肉汁に、女性は目を見開いて「これは美味いね!」と声を上げました。
「しっかりと焼けているのに中は柔らかい。甘酢が良く染みてるよ。火の使い方が上手いのかねぇ」
「そりゃどうも」
「うぅ……」
「あんたも食べたいのかい? 子供が驚かせてしまった詫びだ。お食べ」
「え? 良いんですか!」
言いながら大将さんと女性の顔を見比べる。笑顔の女性に、半目の大将さん。
しかし大将さんはため息を吐きながら、箸でミートボールを持って私の口元に運んでくれる。あーん。
「あっつ!! あっふ、あっふ……あ、美味しい!! こんがり肉とはまた違った美味しさがありますね!! 食べやすいから何個でも食べられそうです!!」
「あっはっは! 良いよ良いよ、何個でもお食べ」
「……ったく。悪いな、ウチの食いしん坊が」
言いながら、大将さんは箸を器用に使って私の口にミートボールを押し付けてきました。連続で。
待って待って、そんなに早く食べられません。口の中が肉まみれ。幸せ。
「うぅ……肉で窒息死するかと思いました」
「あんたら仲良いんだね。お似合いだよ」
「仲が良いように見えますか? 私、今肉で死にかけましたが?」
貴方の目は節穴なんですか。
「そりゃどうも。……ところで、一応コイツも用意したんだが」
言いながら、大将さんは自分の頭と同じサイズの肉の塊を持ってくる。
巨大ミートボール。
「あの子の分だね。渡してやってくれ」
「……ぇ」
「渡してやってくれ」
「……ぉ、ぉぅ」
珍しい大将さんの覇気のない声。
それもその筈。今回のお客さんはライゼクス。モンスターだ。
何を間違えなくても、肉団子と一緒に大将さんまで食べられかねない。それは私も困ります。
「わ、私も一緒に!」
「ぉ、ぉぅ」
私達は二人で巨大ミートボールを持って、ゆっくりとライゼクスに近付きました。怖。
「あっはっは、取って食われやしないよ! 安心しな!」
出来るわけないでしょ。
「ど、どうぞー、お客さん」
恐る恐る。
ライゼクスの口元にミートボールを運ぶ私達。
片翼が無くなっているとはいえ、ライゼクスは大型モンスター。
普通に怖い。
「へ、へいお待ち……ミートボールだ」
「ひぃぃぃ……」
ゆっくりと。
ライゼクスは器用にミートボールだけを口で掴んで、一度持ち上げてから喉に放り込みました。
大きな咀嚼音。
ミートボールを飲み込んだライゼクスは、片翼を開いて甲高い鳴き声を上げる。
「うぉ!?」
「ひぃぃぃ!! 食べないで下さーい!!」
「気に入ったってよ! 良かったねあんたら。気に入られなかったらあんたらがミートボールになってた所だ」
「そんな事あります!?」
「冗談だよ。でも、気に入ったってのは本当だね」
モンスターの言葉でも分かるのでしょうか。
鳴き声にビックリして走って逃げましたが、恐る恐る振り向くと───そこには私が見ても分かる程リラックスしているというか、美味しい物を食べた人みたいな顔のライゼクスが居たのでした。
「……モンスターでも、美味しいって分かるんですね」
「……ぁ、当たり前だろ。俺の料理だぞ」
まだ表情の引き攣っている大将さん。凄腕のニャンターでも、流石にコレは怖いですよね。
ちなみに私は漏らしてます。
さて、そうして私達は親と子というハンターとモンスターの不思議な関係が見られた場所を後にしました。
長く旅をしていると、不思議な経験をする物です。
今回はあまり他人に話せる内容ではありませんでしたけども。
次はどんなお客さんに会えるのでしょうか。楽しみですね。
所で黄金に輝くキノコ。正体はキノコの群生地に隠れていたあのライゼクスの発光だったという話は、また別のお話。
〜本日のレシピ〜
『モスポークのミートボール』
・モスポーク ……300g
・レアオニオン ……100g
・ガーグァの卵 ……50g(とても余るので他の卵料理も作りましょう)
・パン粉 ……20g
・塩胡椒 ……少々
・特製甘酢 ……適量
人間二、三人分です! モンスター用はもっと沢山必要ですよ!
気が乗ったので更新しました。今回のゲストは過去に書いた短編のキャラクターです。
それと、モンハンの新連載始まってます!もしよろしければそちらも是非!