それは命のやり取りだった。
地面を蹴るその脚は力強く、沼地の泥濘んだ土をしっかりと掴んでいる。
対する私はその突進を避けようと同じく地面を蹴りました。しかし、泥濘みに足を取られて私は転んでしまいます。
「しま───」
回避も出来ずに、私の身体はモンスターの突進で突き飛ばされました。地面を転がる私の身体は泥だらけになって、意識が朦朧とします。
「……っ、強いですね」
それでも私は立ち上がってみせました。だって、私はハンターですから。
こんな所で負けていられません。絶対に勝ってみせます。
「次はこっちの番です!」
「ブヒィ」
「……お前がモスに勝てる訳ねぇだろ」
「流石に馬鹿にしすぎですよ! 私だってハンターなんですからね!」
「いや、だからモスには勝てな───」
「その特産キノコは私の物ですよぉぉ!!」
「ブヒィ!!」
力尽きました。
☆ ☆ ☆
『menu7……特産キノコチャーハン』
湿った大地で黄昏る。
私の目の前で特産キノコを貪る
「……まさかモスに負けるなんて」
「勝てると思ってたのか」
「いやモスには負けませんよ普通!」
「相手はモスだぞ」
モス何者ですか。
「むむむ……モスが居るところに特産キノコあり、と祖母が言っていたんですが。これでは別のキノコを探すしかないですね」
「まぁ、相手がモスなら仕方がないな」
え、そのモスの扱いはなんですか? もしかしてモスって強いんですか?
私の中の常識が崩れていく。
「んぁ……まぁ、食われちまった物は仕方がない。次探すぞ。目標までもう少しだ」
「はい! タイショーさん!」
「大将だ」
ドンドルマを出て一日目。旅する食堂モンハン食堂は沼地を北へ移動していました。
目的地はフラヒヤ山脈にあるポッケ村という場所。
この沼地を横切って砂漠を横断し、雪山を登るという大変な旅路です。
そんな訳で沼地を移動していたモンハン食堂ですが、大将さんがここで突然キノコ狩りに出るぞと私は連れ出されました。
私はモンスターを狩るハンターだった筈なのに、今はこうしてキノコを狩っています。どうして。
まぁ、モスに負けたんですけどね。
「うーん、あと特産キノコ十個って。もう何十個も集めたから良いじゃないですか……」
「足りなくなったらどうする気だ」
「う……」
怪鳥のナンコツの唐揚げ事件を思い出しました。在庫管理は大切。
「特産キノコって小さいし探すの大変なんですよぉ……」
特産キノコは親指サイズの小さなキノコで、割と何処にでも生えているんですが、いざ探そうとすると中々見付けられないのです。
モスというモンスターの大好物でもあるので、モスを見付けたらその先に特産キノコがあったりするんですが、その特産キノコを手に入れるにはモスに勝たなければいけません。
そして私は敗北を喫したのでした。
「まぁ、特産キノコくらいここじゃなくても取れるから良いんだがな」
「んー、ん?」
大将さんのそんな言葉に、私はふと気になって首を傾げる。大将さんはそんな私をみて「んぁ?」と首を横に傾けました。
「どうして特産キノコって、どこでも取れるのに特産キノコなんでしょうね?」
特産というのは特段ある場所で生産生息している物の事を言う筈です。
しかし実際この
「んぁー、確かにな」
「大将さん分かります?」
「分からん。……分かるのは、特産キノコが美味いキノコだって事だ」
大将さんにも分からない事があるんですね。不思議です。
「確かに、祖母が昔作ってくれた特産キノコキムチは絶品でした……。じゅるり」
思い出したら涎が垂れてきました。そんな私を見て大将さんは眉間に皺を寄せます。
いけない、仕事仕事。
「キノコキノコ……お、ありましたよキノコ!」
少し歩いて周りを見渡すと、木の下に拳大の大きさのキノコを見付けました。
私は直ぐに駆け寄って、そのキノコを毟り取ります。
「ふへへ、良い香りがしますよ大将さん! なんかそのまま生でも食べれちゃいそう。お腹が減ってきたし食べちゃいますね! いただきま───」
「お、おい待てそれは!」
大将さんが言うが早いか、私はそのキノコを口に運びました。
喉の奥に直接突き刺さるような旨味。身体の中をその旨味が駆けていく感じがして、私は少し身震いをする。
「───美味しい……」
なんて美味しいキノコでしょうか。特産キノコよりも美味しいかもしれません。
「おぉ……お前、それがなんのキノコか分かって食ってんのか?」
しかし、キノコを咀嚼する私を見て大将さんはドン引きというか顔を真っ青にしてそう言いました。どうしたんでしょう。
「はい?」
「それは毒テングダケ。……毒キノコだ」
「え?」
そう言われて私は固まりました。毒=死。ドンドルマに入る前に沼地でイーオスに襲われた事を思い出します。
「良いからとっとと吐き出せ!」
「いや、でも……あれ? なんともないですよ?」
しかし、私の身体にはなんら異変は起きませんでした。
ハンターの訓練所で習った毒テングダケの毒による症状は確か嘔吐や下痢等消化器官のトラブルだった気がしますが、私のお腹は平常です。
むしろ毒キノコだと分かっても、その旨味が癖になって私はもう一口で毒テングダケを食べ切ってしまいました。大将さんは青ざめてドン引きしています。
「美味しいですね」
「いや……おかしいだろ」
おかしいもなにも、美味しい物は美味しいんですよ。
「毒テングダケの毒は旨味成分ってのは知ってるが、普通に食ったらただじゃ済まない筈だぞ……。どうなってんだお前の身体は」
「えへへ、それ程でも」
「褒めてねぇよ」
あれ?
「大将さんも食べます? あそこにも生えてますよ。毒テングダケ」
「食うかボケ」
「美味しいのに……」
大将さんが食べないので、私は生えていた毒テングダケを取って貪りました。
舌全体が麻痺して頭に直接旨味の感覚が流れてくるようです。よくよく考えるとこの感覚は危ない気がするのは気のせいでしょうか?
「美味しぃ……」
「……毒テングダケってのは吸収する養分で毒性も多少変わってくるから、お前でも全部が全部食える訳じゃないからな。覚えておけよ」
「もぐもぐ……大将さんは、もぐ……詳しいですね。もぐ」
「人の話を聞け」
キノコ大好き。
「あと毒テングダケってのは養分を吸収出来る限り半永久的に成長するらしくてな、なんでもガノトトスの死骸の上に六メートルの毒テングダケが出来てたなんて記録もあるみてぇだな」
「ガノトトス味の巨大毒テングダケですか!」
「んぁ……それで涎を垂らすのはお前くらいだろうな」
想像しただけで涎が。巨大毒テングダケ、いつか食べてみたいですね。
「……ったく、毒テングダケに負けるのは尺だな。おい食いしん坊、とっとと特産キノコを集めて戻るぞ」
「でもタイショーさん、特産キノコはモスに取られちゃいますよ?」
「……俺が食物連鎖を教えてやる」
「……ひぇっ」
その時の大将さんはまるで獲物を狩る火竜のような目付きをしていました。
数刻後、同場所にて。
「ブヒィ!」
「……その苔毟られて豚汁にされたくなきゃ、今すぐそこから退く事だ」
特産キノコを隔ててモスと大将さんが睨み合う。しかし大将さんはなんの武器も持っていなかった。
モスの大きさは私のお腹くらいの全高で、大将さんよりも少し大きい。それなりの腕を持つハンターならモスに苦労するなんて事はありませんが、一般人にとってはその大きさだけで驚異です。
私が突進されても吹っ飛んでしまうのに、大将さんが突進されたら大怪我では済まないかもしれません。
でも冷静に考えてもなんで私はモスに負けたのかわからない。
「タイショーさん……」
私はゴクリと唾を飲み込む。風が吹いた気がしました。
豚足が地面を蹴る。
大将さんは姿勢を低くして構えた。
「───オラァァ!」
「───うぉぉぉ!?」
「───ブヒィィィ!?」
刹那。
大将さんに突進を仕掛けたモスが宙を舞う。大将さんはモスを巴投げしていました。どこでそんな技術手に入れたんですか。
「……ブ、ブヒィ」
頭から地面に落ちて、モスは頭の上で星を回す。
「……お待ちどうさん」
当の大将さんは姿勢を上げながら首を横に振って骨をポキポキと鳴らしていました。
これまたイーオスに襲われた時の事を思い出します。そういえばタイショーさんは、一人でイーオス二匹を軽々と倒してしまうようなアイルーさんでした。
「腕の立つニャンター……」
──そのアイルーは結構腕の立つニャンターだった。ドンドルマこの街でも有名になるくらいな。だが、ある日を境に……なぜか至高のこんがり肉を焼くと決めてニャンターを引退したらしい──
ふと私は、ドンドルマでお客さんに聞いた話を思い出す。
大将さんはなんでこんなに強いのに、ニャンターを辞めてしまったのでしょうか?
確かに大将さんの作る料理は美味しくて、お店は結構繁盛していました。
だけど、それでもきっとモンスターを討伐していた方が儲かると思うのです。
「……こんがり肉Gは、そんなにも美味しいんですか?」
「んぁ? なんか言ったか?」
「い、いえ! 何も!」
「なんでもないなら手伝え。ここに結構生えてんぞ」
大将さんの喝に、私は倒れて痙攣しているモスを横目にキノコの群生地へ向かいました。
そこには特産キノコが沢山生えていて、多分それだけで目標の十個は確保出来る量です。
「こんなもんで充分だな。帰るぞ」
「え? モスは?」
キノコを取り終えた大将さんはせかせかと戻ろうとするので、忘れてるんじゃないかと思って私はモスを指差しました。
すると「んぁ……そうか」と思い出したようにモスの元に歩いていく大将さん。
せっかくなのでモスも食材として頂いて行きましょう。
「……ほれよ、お前さんの分だ」
と、思いきや。なぜか大将さんはモスに特産キノコを分け与えました。なんで!!
「大将さん!?」
「ブヒィ」
「ひぇっ」
起き上がったモスは、大将さんが渡した特産キノコを貪り始める。
「いいか食いしん坊」
「はい?」
「……俺達は自然から食材を頂いてる事を忘れるな。俺達はコイツから飯を奪ったんだぜ? お前、目の前の飯を奪われたらどう思うよ」
「怒るし泣きます」
「だろ?」
要するに、自然に感謝を。恵には祈りを。そういう事なんだと、大将さんは教えてくれました。
やっぱり、ちょっと大将さんは優しいです。
キッチンキャラバンに戻って。
大将さんは取ってきたキノコを置いて、キッチンで調理をし始めた。
どこかその表情は真剣で、私は荷物の整理をしながらキッチンを覗き込む。
「何か作るんですか?」
「んぁ、今日の飯だ。……美味いもん食わせてやる」
「おー!」
何故かいつになくやる気の大将さん。今晩のご飯への期待がお腹の虫を鳴らしました。
なにやらフライパンからは芳醇な匂いがしてくる。
私は取ってきたキノコの選別でもしてましょうかね。
「これは特産キノコ、これはアオキノコ」
大将さんはああ見えて、というか見た目通り実は整理整頓が苦手でした。
貨物車はいつもゴタゴタしていて、私は何かを取ってこいと言われても何がどこにあるやらです。大将さん本人はちゃんと把握してるみたいなんですけどね。
なので、旅の途中から食材の整理は私がする事になりました。こう見えて結構、整理整頓には自信があります。
最初に貨物車の整理をした時は大将さんに「お前にも得意な事はあったんだな」と褒めてくれました。いやあれ? あれは褒められてるんですか?
「これはニトロダケ……危険物。あ、私が取ってきた毒テングダケが混ざってるじゃないですか」
キノコの整理をしていると、毒キノコが混ざっているのを見つける。お店で出したら一大事だ。
でも捨てるのも勿体無いので私が食べちゃいましょう。何故か私が食べても平気みたいなので。
「頂きま───」
「何したんだお前」
「───いやぁぁぉおおっほぉ!! 摘み食いなんてしてませんよ!! 摘み食いなんてしてません!!」
突然最後から声をかけられて、私は変な悲鳴を上げてしまいました。大将さんは声が怖いので突然話しかけないで欲しいです。
「摘み食いしようとしてたんじゃねーか」
「どうしてバレたんですか!!」
「毒テングダケを手に持ちながら言う台詞かそれは」
言われてハッとして自分の手元を見ると、私の手には毒テングダケが握られていました。
完全に摘み食いしようとしてますね。一目瞭然って奴です。
「す、すみません……。でもこれ毒キノコですし、処分した方がいいかなって」
「その毒テングダケは俺が食べる用だ」
「食べるんですか?」
「なんでお前が不思議そうな顔をするんだ」
私はなんか食べれましたけど、普通に考えてそれは毒キノコですし。
でもよくよく考えると私が食べても問題ないということは、そんなに強い毒ではないのかもしれませんね。
「んな事より、飯出来たぞ」
考えていると大将さんはそう言ってキッチンに親指を向けました。気合が入ってると思っていたけど結構完成が早い。
しかしキッチンからは、湯気に乗ってなにやら香ばしい匂いが漏れてくる。
「へいお待ち。特産キノコチャーハンだ」
「おー!」
そしてキッチンから出て来たのは、特産キノコがふんだんに使われたチャーハンでした。
小麦色に炒められたチャーハンの上には特産キノコの他にも二重シメジが入っています。
全体的に小麦色のご飯の上に乗ったジャンゴーネギが、料理の色彩のバランスをとっていました。なる程、炒飯ならこの調理時間も頷けます。
「食べて良いですか!」
「おぅ」
何故だか今日は大将さんが優しい気がしました。いや、でも顔はいつもより怖いです。どうしてですか。
「───うも!」
「うも」
しかし料理を口に運んだ瞬間、そんな疑問は吹き飛んでしまいました。
混じり合うお米とキノコの食感。スプーンで掘ったチャーハンの断面から、キノコの香ばしい匂いが再び溢れてくる。
単純な調理と味付けなのに、キノコの食感を崩さない絶妙な焼き加減とキノコを生かした濃厚な味付け。
特産キノコはお米の食感を邪魔する事なく、むしろ元からそこにあったかのように混じり合っていました。
これは元からそういう食材なんだと言わんばかりに、キノコとお米が融合している。
これはキノコチャーハンではありません。キノコとお米ではなく、キノコなお米。
そう感じさせる程にこのチャーハンは完成されていました。スプーンが止まらずに、私は一瞬で食べ切ってしまいます。
「美味しいですよタイショーさん!」
「……んぁ、そうか」
そっぽを見る大将さんでしたが、その表情は満更でもなさそうでした。
「毒テングダケより美味かったか?」
「え? あ、はい。勿論!」
「そうか」
「なんで毒テングダケ?」
「うるせぇ。とっとと片付けろ」
気難しい人です。
「……さてと、俺も調理に取り掛かるか」
私が食べ終わったのを確認してから、大将さんはいつのまにか外にセッティングされていた肉焼きセットに向かいました。いつものこんがり肉作りでしょうか。
手に持っているのはなんだか少し紫がかった生肉で、それを大将さんはいつも通り焼き始める。
大将さんはお肉を焼くのがとても上手い。
それこそ、私が焼いたお肉と彼が焼いたお肉ではランポスとリオレウスの差だ。
だけどそれでも、彼の言うこんがり肉Gには程遠いみたいで。
こうやって大将さんはいつもお肉を焼いている。いつか理想のこんがり肉を焼く為に。
「今日はなんのお肉なんですか?」
「んぁ? あぁ……毒生肉」
「毒生肉」
自殺しようとしていました。
「なんで!?」
「生肉に毒テングダケを練り合わせて調合したのが毒生肉だ」
「いやそれは流石に知ってます。なんでそれを焼いてるんですか!」
それは本来モンスターに毒を食わせるという罠肉なんですが。
「言った通り、毒テングダケの毒は旨味成分だからな。毒テングダケが美味いのは確かだ」
「毒ですけどね」
「お前が言うな。んで、俺は思ったんだ。……毒テングダケを調合した肉は美味いんじゃないかと」
「大将さんって意外とチャレンジャーだったんですね……」
これが料理への探究心。
「……よし、上手に焼けましたと」
そう言いながら持ち上げられたお肉の見た目は、とても美味しそうなこんがり肉。
大将さんはその毒こんがり肉に躊躇無く噛み付く。
「……どうですか?」
「美味い……が、これも違う」
少しだけ寂しそうな顔でそう言う大将さん。こんがり肉Gへの道は険しいですね。
でも私も毒こんがり肉を食べてみたい、そう言おうとしたその時でした。
「───ぅぉ……ッ」
大将さんが目を見開いてお腹を抑える。そしてそのまま大将さんは地面に倒れてしまいました。
「───ぇ、タイショーさん!? タイショーさん!!」
まさか持病とかあったんですか! もしかしてもう身体は長くなくて、それでこんがり肉Gの完成を急いでいたとか! そういうオチなんですか!!
「タイショーさん! しっかりしてください! タイショーさん! 生きてください! まだ死んだらダメです! タイショーさん!! タイショーさぁぁん!!」
「……中毒した」
「ぇ」
当たり前ですが、毒生肉の素材である毒テングダケは毒キノコです。食べると目眩に腹痛、下痢を催します。
普通の人は毒キノコを食べないようにしましょうね。
〜本日のレシピ〜
『特産キノコチャーハン(大盛り)』
・特産キノコ ……50g
・二重シメジ ……50g
・オニオニオン ……1/8個
・ハニーバター ……4g
・醤油 ……4g
・塩胡椒 ……適量
・ココットライス ……2杯分
・ジャンゴーネギ ……20g
他に一種類好きなキノコを入れてみても味が深まりますが、毒テングダケは入れないようにしましょう!
キノコ大好き。
今回はモンハンをしてる人なら誰もが通った特産キノコ集めでした。チャーハンは良いぞ……。
お粗末様でした!