ルシタニアの三弟   作:蘭陵

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47.その後の世界・ルシタニアの躍進

 ボダンの逃げ足の早さは、この時も発揮される。カゼルスの戦いで国内の状況が一転したと見ると、すぐさまわずかな側近だけ連れて姿を消したのである。

 次に現れたのは、ルシタニアにとって北の大国となる、ゴール王国の首都ルテティアであった。彼にしてみればこの国を参戦させて状況をひっくり返すための外交交渉であり、決して逃げたわけではないらしい。

「教会の一大事である!ゴール王は速やかに軍を発し、背教者どもを討つべし!!!」

 ボダンの調子は相変わらずだった。群臣たちはそろって眉をひそめたが、それ以上に彼らを困らせたのはゴール王がとても敬虔な王であった、ということだ。

 

「神よ、ご安心なされませ。私めが、必ずや貴方に背きし者を討ち果たして見せます」

 ゴール王ロベールを動かした最大の報酬が、『信仰の護り人』の称号であった。彼はこの称号をイノケンティスと争い、ギスカールに惨敗したという過去がある。今度こそ、と意気込む王を、誰も止められない。

 ちなみにギスカールがこの称号を欲したのは、侵攻の大義名分とするためでしかない。マルヤムからパルスに攻め込むにも使われた。中枢不在のルシタニアに攻め込む国がなかったのも、この称号のためだ。

 ロベール王としては、ただその名誉が欲しかっただけだろう。ルシタニアがそれにふさわしくないとなれば、ふさわしいのは自分しかいないと言うのは、確かに衆目の一致する所であった。

「神の威光を、世界に示す時である」

 ……彼の不幸は、相手にした敵が神など恐れぬセイリオスであったことに尽きる。

 

 ゴール王国の動きを掴んだセイリオスは、迷うことなく軍を北上させた。およそ5万5千である。アクターナ軍とマルヤムから連れてきた兵だけだ。

 対するロベール王は、傘下の諸侯も含めて7万の精鋭を動員した。カゼルスの戦いで量だけだったコラード候が惨敗したのを見て、質量ともに重視したのだ。

 そこまでは良い判断と評価できるが、隣にボダンがいたことが不幸の始まりになった。ここまで来ても意気軒高なボダンは即刻の討伐を主張した。それに引きずられてセイリオスに野戦を挑んだのである。

 ちなみに後世の軍学者がセイリオスに対するにはどうするか考えた時の話で、その人はひたすら城塞に籠るのが良いと結論付けた。絶対に野戦を避け、相手が諦めるまで粘るしかない、と。

 

 『ミルバッシュの戦い』は、全てがセイリオスの想定通りに進む。中央を厚くした7万のゴール軍に対し、セイリオスは両翼にアクターナ軍を二分した。開戦と同時に、アクターナ軍が突撃を開始する。

 中央が耐えている間に、両翼を崩す。勢いに乗った騎馬隊が後方を遮断したことで、絵にかいたような包囲殲滅戦が展開された。ロベール王に出来たことはわずかな近衛兵とともに逃げたことだけである。

 ルシタニア軍の戦死4百。対しゴール軍は戦死3万、降伏3万と、文字通りの全滅に等しい損害を出した。西方世界は骨の髄から震え上がった。もはやルシタニア軍は、完全に精巧かつ精強な戦闘兵器と化している。

 這う這うの体で首都まで逃げ帰ったロベール王だが、彼にとっての救いは季節が冬に入り、しかも例年になく寒気が甚だしかったため、セイリオスがやむなく軍を止めたことだ。

 命拾いした、とは言えたが、春になれば敵は来る。防ぎきれるとは到底思えない。ルテティアの群臣は蒼白になりながら、ボダンに呪いの眼差しを送った。

 

「カールルッドに使者として発つ」

 ボダンもさすがにその視線には気付いた。彼はゴールの北西、海を渡った島に本拠を置く、カールルッド王国に向かうことにした。名目上は、またしても援軍を求めるためである。

「ボダンだと?………捕らえてルシタニアに送ってやれ」

 カールルッド王エドウィンは、特に迷うことなく断を下した。ボダンに味方する気はさらさらない。元々、ゴール王国は大陸の所領を巡って幾度も争ってきた宿敵である。何故それを助けねばならぬのか。

 そういった利害より信仰が優先する、というのがボダンの主張であるが、エドウィン王はそこまで敬虔な信者ではなかった。いきなりやってきて居丈高に国政に口出しする聖職者など、邪魔以外の何者でもない。

 だがイアルダボート教を信仰する国であるから、当然ボダンの味方もいる。急報を受けたボダンは間一髪のところで脱出に成功した。とはいえ、ゴール王国には帰れない。彼はまた逃げることになる。

 

 ボダンを取り逃がしたエドウィン王は舌打ちしたが、セイリオスの元に使者を送り、正式にルシタニア=カールルッド同盟を結ぼうとした。同時にゴール王国の分け取りも提案する。

 カールルッドは島国であり、強力な海軍を保有していた。セイリオスとしては攻めにくい国である。アクターナ軍は陸上でこそ絶対無敵の力を発揮するが、海戦の訓練は積んでいない。

 それにエドウィン王は控えめに、ゴール王国の主要部はルシタニアの物と認め、自身は北の湿地帯が広がる地方を分けてくれればいい、と言ってきた。それなら、ここであえて敵対する理由はなかった。

「正式に承諾するのは王であり、私にその権限はない。ただ、賛意は示す」

 セイリオスはそう言い、使者に書状を持たせてマルヤムにいる兄たちの元に送り出した。内政の再建を行いつつ、春になるのを待つ。

 

 

「……流石、と言う他ない」

 カールルッドの使者、そしてセイリオスからの詳報を受けたギスカールは、つい唸った。セイリオスの到着から、僅か二月ほど。それで国内の平定に目途をつけ、強敵だったゴール王国を半壊させた。化物である。

「ふむふむ、本当にセイリオスは強いのう」

 これで本国に戻れると無邪気に喜べるのがイノケンティス王である。本当に気が抜ける。セイリオスが自立するなど一切考えないこの兄を見ていると、気にしてしまう自分の方が愚かに見えてくる。

 

 さて、カールルッドとの同盟の話であるが、ギスカールにも特別反対する理由はなかった。ゴールが滅亡すれば境を接するのはこの国であり、北部国境の防衛を減らせるのだから、利は充分にある。

 しかし、問題がないわけでもなかった。カールルッドのエドウィン王は、自分の一人娘とルシタニア王家の婚姻を求めてきたのである。

「兄者、この同盟は賛成しますが、婚姻というのがちと……」

 ギスカールとて、この2か月何もしていなかったわけではない。マルヤムの統治の引継ぎに、防衛体制の確立と情報収集。そして、マルヤムとアクターナの間にある、エピロス王国との外交を行っていたのだ。

 

 エピロスと好誼を結べば、ルシタニア本国からアクターナ、エピロス、マルヤムと、間に海を挟むものの領地の繋がりができる。エピロスの港を使えるようになれば、海路の安全性は格段に増す。

 エピロスとしても、東西をルシタニアに挟まれた今の状況は理解している。ルシタニア側から交誼を求めてきたのだから、これ幸いと飛びついてきた。

 しかし、考えることは一緒らしい。この国も巨大化したルシタニアに娘を入れ、自分の血を引く子にこの超大国を支配させたいのである。あわよくば、ルシタニアを乗っ取れる。

 もっともこれは、王家三兄弟の自業自得と言えば言える。兄弟そろって正妻を持たずにいたのだから、他国が狙うのは当たり前のことだ。

 

「結婚か…。予は望まぬぞ。ルシタニアの後継ならお主かセイリオスか、またはどちらかの子が継げばよかろう」

 先に来ていたエピロス王アリュバスからの縁談に、イノケンティス王は物憂げに答えた。タハミーネのことが忘れられないというより、一生分の慕情を燃やし尽くしてしまったらしい。結局、彼は生涯を独身で過ごす。

「……まあ、いいか」

 ギスカールにとっては悪い話ではない。兄の早死を願うほど人でなしではないが、これでルシタニアの王位は自分か、自分の子のものだ。セイリオスは間違いなく辞退するからである。

 さて、となるとエピロスとカールルッドの縁談にどう答えるべきか。まず兄は生涯結婚する気はない、と伝えた。そうなると両国とも、一度王の考えを確かめねばと言い、使者は戻って行った。

 

 当然ながら、近いエピロスの方が往復は速い。冬の内に再びやってきた使者は、それならとギスカールと王女の結婚を望んできた。ギスカールが王位継承権第一位となるのだから、これは当然だろう。

 ちなみにギスカールはこの年36歳、対する王女は16歳であった。政略結婚だから年齢差など問題にされなかったとはいえ、父親と同年代の男に嫁ぐ羽目になった娘の心境が、のちの大事に繋がったのかもしれない。

 対し、カールルッドの使者が来たのは、春になってからである。こちらはセイリオスとの結婚を強く望んでいる。できればセイリオスをカールルッドの王配として、次代の共同君主にしたいと言う。

「あいつを渡せるか!!!!!」

 冗談ではなかった。何故手中の宝玉を他人にくれてやらねばならん。他国の使者の前ということを忘れ、自国の王を差し置いてギスカールは叫んでしまった。ただ、その気持ちは群臣たちにはよく理解できただろう。

 それを受けた使者は、それならこちらから輿入れさせるので、二人に子が生まれたらカールルッドの次期国王に迎えたいと言う。

 

「……やけに必死だな?」

 ギスカールが首を傾げるほど、カールルッドの使者はセイリオスとの婚姻を求めてきた。何か裏があるのかと探ってみたが、判明したのは簡単な話だった。

 春になってすぐ、エドウィン王とセイリオスは会談の席を設けている。ゴールに対する軍事行動について、実務者との間で話を詰めておく、という名目だ。内容についてはギスカールも納得の結果で、不満はない。

 しかしエドウィン王はその席に、娘もこっそり連れて行ったらしい。ゴールを半壊させた男を取り込みたいが、娘があまりに嫌がるなら考えねばならぬな、というだけの思いだったろうが、それが裏目に出た。

 どうやら娘の方が乗り気になり、「絶対に結婚する」と言い出したとのことだ。自分の血を引く者にカールルッド王家を継いでもらいたいエドウィン王としては、何としてもこの縁談を纏めねばならなくなった。

 

「策謀も弄しすぎると墓穴を掘る、ということだ」

 遠い島のエドウィン王が頭を抱えている光景を想像し、ギスカールは西の空に皮肉な笑みを送った。娘を人質に差し出したようなものだ。カールルッドを取り込む好機である。

 マルヤムをモンフェラートに任せ、イノケンティスとギスカールも本国に向かった。セイリオスは春になるや本国をゴドフロワに任せ、アクターナ軍だけ率いてルテティアに向かったらしい。

 補給線だけ確保し一直線に向かってきたアクターナ軍に対し、ゴール王国の抵抗は弱弱しかった。首都ルテティアは民衆を徴用し傭兵をかき集めた結果四十日持ちこたえたが、所詮は無駄な抵抗にすぎない。

 諸侯からは見限られ、ルテティア陥落は避けられないと絶望したロベール王は、身の安全を条件にルシタニアに降伏する。以後、残存勢力が抵抗を続けるものの、公式にはゴール王国はこの年に滅亡したとされる。

 

 ルシタニアが急激に勢力を拡張し、セイリオスが『軍神帝』の異名を確固たるものにしつつある中、希望の一つもない逃避行を続けていたのはボダンである。

「何故じゃ、何故勝てぬ!おおイアルダボートの神よ、どうかご加護を!!!背教者に裁きを下す神の使徒に、どうかご加護を与えたまえ!!!」

 つまるところ、ボダンとセイリオスが衝突する理由はこの点に尽きる。この世を治めるのは「神」と考えるボダンと、「人」と考えるセイリオスでは相容れるはずがなかった。

 

 ボダンは結局アクターナの北に位置するキサルピナ同盟に逃げ込んだ。この同盟は自治都市の集合体で、伝統的に王や皇帝といった権力者に対する反感が強い。

 しかし、彼らの目的はあくまで「自治権」の確保でしかない。さらに言えばその都市を牛耳る有力な家系が、自分達がこの都市の王様として君臨したい、というだけだ。そのため王や皇帝が邪魔なのである。

 彼らの反感は、宗教でもイデオロギーの問題でもなかった。そしてこの時は、ルシタニアの力が圧倒的すぎた。同盟だけでは到底相手にならず、ゴール王国の状況を見てなお対ルシタニアに立つ国など無い。

 ボダンを匿ったはいいが、このままではセイリオスがやってくる。滅亡は確実だ。自分たちの権力が失われる、と感じた各都市の代表たちは一室に集まり、一言も交わさず頷き合った。

 

「……ボダン大司教、各都市の代表を集めました。皆に神の言葉をお伝え願います」

 ボダンが案内されたのは、ただの石造りの部屋であった。どういうことだといぶかるボダンが振り向いたその時、部屋に潜んでいた一人の男が背後から短剣を突き立てた。

「おのれおのれおのれ……。背教者どもよ、地獄に落ちるがいい……。……………神よ、…我が魂は、貴方の…御許……へ……」

 ボダンの逃避行は、この部屋で終わる。30年早く生まれていれば、聖人として名を残したかもしれない男の死であった。

 

 ボダンを殺したキサルピナ同盟はルシタニアにそれを告げ、以後傘下に入る事を願った。税金は払うが、都市の自治権を認めて欲しい、というものである。

「調子のいいことを言いやがる」

 ギスカールは宮廷書記官のオルガスに不満を見せた。ルシタニアの傘下となれば、防衛の責任者はルシタニアになる。安全保障を買いながら、内政面での自分たちの権力は保持したいという肚だ。

「……だが、まあいいだろう。傘下に入りたいと言うのなら、認めてやる。ただし法はルシタニアの法に従ってもらう。勝手は許さん。その線で、話を進めろ」

 徐々に骨抜きし、順次解体してやる。そのギスカールの意を汲んだオルガスは一礼して退室した。以後、キサルピナ同盟は存在意義を見失い、必然として自然消滅の道をたどる。

 

「これで、西方に我らの敵はない」

 ギスカールがルシタニアの国政に関わり始めた20年前から見れば、信じられないほど領土は広がった。あの時点で、ルシタニアがここまで発展すると予想した人間が、一人でもいるだろうか。

「………だが、広がりすぎたな。しばらく内政に専念し内側を安定させねば、うっかり国を空けることもできん」

 ギスカールは流石に現実をわきまえていた。領土が増えても、アフターケアをしっかりせねば、本当に増えたとは言えない。ボダンのせいで混乱した国内の立て直しも必要だ。

 パルスは当分アルスラーンとヒルメスの内乱が続くだろうし、カールルッドとエピロスとの好誼も成り立った。婚儀と聞かされてセイリオスは渋い顔をしていたが、ルシタニアの為と判断したのかすぐ折れた。

 各国もルシタニアがどう出るかという懸念で、軍事は控えざるを得なかった。下手に仕掛けて相手がルシタニアに泣きついたら、目も当てられなくなる。

 

 この後、西方世界は比較的静かに1年を過ごす。幸いなことに全国的に気候も安定し、不作に苦しむこともなかった。ルシタニアにとっては順風が吹いていたと言えるだろう。

 この中で、ルシタニアはかねてより検討していた新都の建造に取り掛かる。ラヴィニアと名付けられることになるこの都市は、のちに西方世界の中心となる。

 

 たまたま東方の安定のため旧マルヤム王国の首都イラクリオンに滞陣していたセイリオスの元へ、二組の使者がやってきたのは、そんな時である。

 




現実世界の領土と対応させるとこんな感じになります。

ルシタニア…イベリア半島、フランスの大部分、イタリア、トルコ
カールルッド…イングランド、ノルマンディー、フランドル、ネーデルラント
エピロス…ギリシャ
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