ルシタニアの三弟   作:蘭陵

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55.その後の世界・英雄たちの挽歌

 蛇王戦後、ルシタニアに戻ったセイリオスは、ギスカールにしこたま怒られた。「しばらくの間アクターナで謹慎していろ」と言われ、不平の色は一切見せずに従った。

 これは、兄弟の間での黙契も含まれている。勝手なことをすれば、セイリオスだろうが処罰する。他の群臣への示しとしたいと思っていることなど、言葉が無くとも理解できる。

 それに謹慎と言っても、引き籠っているわけではない。アクターナの政務はやらねばならない。このところルシタニアに関わってばかりだったから、領地をじっくり見るいい機会でもある。

 

 とはいえ、セイリオスがルシタニアの中枢から外れたとなれば、相当の影響が出るのは避けられない。真っ先に起きたのが旧ゴール王国領での反乱だった。セイリオスがいなければ勝機はある、と思ったのだろう。

「俺を甘く見るなよ」

 ギスカールはそう凄んで、まずゴドフロワを出陣させた。このところセイリオスばかり目立っているが、ルシタニアの発展はギスカールの軍事行政の手腕あっての物だ。それを忘れたような反乱に腹が立つ。

 

 パルス歴で言うと、323年になる。ルシタニアは反乱など屁でもないと言わんばかりに、予定通りイノケンティス王を皇帝に即位させた。ギスカールはその式典に出席したのち、第二陣を率いて反乱鎮圧に向かう。

 戦局からすれば、ギスカールが出張らなくても充分だったろう。しかしアフターケアと、たまには戦場を踏んでおかないと勘が鈍ると思い、ギスカールはラヴィニアを離れた。

 その間に、仰天することが起きる。ギスカールの出陣からわずか一月後、イノケンティスが崩御する。前日まで何の予兆もなかったのにいきなり胸を押さえて倒れ、周囲が医師だ何だと騒ぐ間に、息を引き取った。

 後世医学の観点で見れば、肥満が心臓発作を誘発したのだろう。『痴愚帝』(ルシタニアの記録などでは『幸運帝』だが世間での通称)らしい世の去り方であったような気がしないでもない。

 

 とにかく即位わずか一月での皇帝崩御に、ラヴィニアの群臣は騒然となった。しかし兄の急死を知ったセイリオスが即座にアクターナ軍を率いて上京し、都を制圧して落ち着かせる。

 あまりの急展開に仰天したギスカールだったが、戦闘を一段落させて悠然と戻ってきた。普通なら弟が帝位を簒奪しないかと疑うところだが、セイリオス相手ではその心配もない。

 事実、セイリオスはギスカールを迎える準備を着々と進め、兄が戻ってくると率先してその前に跪いて即位を願った。ギスカールもそれを受け、第二代のルシタニア皇帝として即位する。

 ちなみにこの時セイリオスの謹慎も解いている。跪く弟の肩に手を置き、兄弟でルシタニアを富み栄えさそうと宣言した時は、群臣から歓声が上がった。

 

 ギスカールの治世の特色を一言で言えば、土木建設の異常な多さとなる。かつて「ルシタニアの国中を掘り起こさねばならない」と言った通りに、道路、上下水道、港、橋、灌漑設備と、次々に工事を進めていった。

「ルシタニアを、かつての大帝国に勝る文明国とする」

 それがギスカールの抱負であり、パルスから奪った財貨を元手にルシタニアの社会資本を造り上げた。それゆえ彼は『創建帝』と呼ばれるようになる。

 反面、この時期のルシタニアはほとんど領土を拡げていない。特に治世の前半は全くと言っていいほど対外的な軍事行動をしていない。エピロスやカールルッドのために援軍を出したくらいである。

 

 セイリオスもゆっくりできたためか、カールルッドの姫との間に女児を儲けた。ところがその初産は難産で出血がひどく、危うく母子とも命を落とすところだった。

 医療が未発達だったこの時代では子供を産むのも命懸けで、珍しいことではない。むしろよく助かったと言うべきなのだが、再び子を得るのは諦めた方がいい、というのが医師の見立てである。

「………」

 ここで決断を迫られた。ルシタニア王家は男系優先なので、このままではアクターナの嫡子がいなくなる。自分の子に継がせるのは諦めるか、離婚して再婚相手を探すか、愛人を持つかという話になる。

 セイリオスとしては、諦める方向に傾いていたようである。離婚はカールルッドとの関係悪化に繋がるので避けたいところだ。第一、再婚にしろ愛人にしろ、相手がいないのではどうしようもない。

 ちなみにイアルダボート教は一夫一妻を教えとして説くが、実際のところ貴族となれば愛人の一人や二人は当たり前である。何より貴族には、家系を絶やさないことが求められるからだ。

 

「シルセス卿を迎えればいいではありませんか」

 しかし、妻の方がそれをひっくり返した。裏がないわけではない。娘は、父であるエドウィン王が欲しがっていた。何としても自分の血を引く子孫に国を残したい彼にとってこの孫娘は、唯一の希望なのだ。

 なお、この娘の運命を先に述べるが、彼女はエドウィン王の従弟の子と結婚し、カールルッドを継ぐ。成長して男子を産むが、長寿のエドウィン王はその時まで生きていた。曽孫を見て、ようやく安心したであろう。

 さて、娘はそれでいいとしても、アクターナにおける自分の立場が浮いてしまう。養子を取るにも実家との関係が厄介になるかもしれない。それならいっそ夫に愛人を勧めてしまえばよい。

 セイリオスもシルセスも自分をないがしろにする気はなさそうだし、何より二人にどういう思いがあるかなど周囲から見ればばればれである。むしろ何故結ばれなかったのかが不思議なくらいだ。

 

 セイリオスがうろたえたところを初めて見た、と周囲は語る。シルセスはシルセスで、この年まで未婚であった。セイリオスのお気に入りというのは誰もが知っていることなので、相手が現れなかったのである。

「あなたのせいで、シルセス卿は結婚できないでいたのですよ。その責任も取るべきです」

 セイリオスの道徳観なのであろうが、幼馴染の一の腹心を妻や愛人にするというのが、どうにも受け入れられないことになる。そのくせ男は近寄らせないでいたのだから、妻の言い分は正しい。

 結局この話は、周囲を味方につけた妻が逃げようとするセイリオスをシルセスと一緒の部屋に押し込んで、無理矢理結んでしまうことで決着がつく。セイリオスの生涯唯一の完敗、と言われることになるエピソードだ。

 

 

 ギスカール帝の治世は、ルシタニア帝国歴の21年、パルス歴343年まで続く。しかし晩年、『創建帝』を悩ませたのは後継者問題だ。

「……兄者と俺の悪い所だけを受け継ぎやがった」

 エピロスの王女との間に男子は得たが、その子ブリエンヌについてギスカールはそう嘆いた。14歳になる。母親が溺愛して育てたせいか、我が儘で暗愚。そのくせ野心は父親譲りだ。国にとって害毒としか言いようがない。

 同じ暗愚でも、兄イノケンティスには野心など欠片もなかった。そのためどこかで憎めずにいた。が、ブリエンヌの弟であれば、ギスカールは躊躇なく国を奪ったであろう。そうしなければこっちが殺される。

 他に庶出の男子が二人いたが、どっちも凡庸だ。ブリエンヌよりマシだと言えるのは確かだが、それならセイリオスに帝位を譲ってしまった方が、絶対に国のためになる。

 弟には、後継者の心配もない。セイリオスとシルセスの間にはシルヴィウスという男子が生まれていた。ルシタニア随一の両親の薫陶を受け、利発で、自制心もあった。羨ましいことに、良い君主となるであろう。

 問題は、セイリオスが素直に継ぐと言ってくれるかどうかだ。

 

「……ボードワンよ、俺と一緒に死んでくれるか?」

 ブリエンヌを廃嫡する。その決心を、ボードワンにだけ明かした。ボードワン、モンフェラート、ゴドフロワの三人が、変わらず軍部の重鎮となっている。

 この時、モンフェラートは東方、ゴドフロワは北方に配置されていた。セイリオスも適当な理由をつけてアクターナ領に返している。首都近郊で軍を掌握しているのは、ボードワンだけだ。

 廃嫡となれば、ブリエンヌとその一党が騒ぐのは間違いないであろう。それを抑えるために軍事力が必要になるのは道理だ。だが、万に一つも、ギスカールとボードワンが死ぬような事態になるとは思えない。

 

「セイリオスを、後腐れなく後継者にする。俺の子が邪魔だ。お前はブリエンヌの元に行き、廃嫡のことを告げろ。そして他の子と俺を殺し、ブリエンヌを皇帝に擁立する」

 ギスカールから真意を打ち明けられ、ボードワンが息を呑んだ。ブリエンヌなら乗るだろう。そして皇帝弑逆、父殺しとなれば、セイリオスが黙っていない。

「あいつはそれすらわからぬ愚か者だ。セイリオスと言えど臣下でしかない、自分が何をしてもいいと高をくくっている。……馬鹿が。あいつはルシタニアの為なら、俺でも殺す奴だぞ」

 当然ながら、ボードワンがセイリオスに勝てるとは思えない。だからボードワンも死ぬ。皇帝弑逆に加担したという汚名も背負って。

 

「………やりましょう。が、陛下、このようなことを言い出すということは……」

 ふん、とギスカールが笑った。病には勝てそうもない。もってあと数年というところであろう。それなら、今このとき死んでも大した差はない。

 ギスカールの覚悟を聞き、ボードワンも肚を決めた。その場からブリエンヌの所に行き、廃嫡の件を告げる。嫌だ嫌だと泣きわめくブリエンヌを内心軽蔑しながら、決起を勧める。案の定、あっさりと乗ってきた。

「俺はルシタニアの皇太子だぞ!この国は俺の物だ!!!」

 ギスカールの目論見通り、ブリエンヌは父を、兄弟を殺した。しかしその急報を受け激怒したセイリオスがアクターナ軍を進めてくると、一支えもできずに敗走し、逃げた先で近臣に裏切られて殺される。

 

 セイリオスはその近臣を誅殺し、本人としてはやむなくという感じで第三代の皇帝に即位した。群臣、国民皆、『軍神帝』の即位を祝った。ブリエンヌは反逆者としてのみ、歴史書に記録される。

 セイリオスが疑問に思ったのはボードワンである。何故、ブリエンヌに加担したのか。ボードワンは何も答えず、粛々と斬られた。彼の名誉は、のちにギスカールの手記が発見され、それによって回復する。

 一方、セイリオスの即位により、エピロスとの関係は断絶した。エピロスのアリュバス王からしたらせっかくルシタニアを乗っ取る好機だったのに、それを潰されたのだ。不満なのも無理はない。

 

 この頃のエピロスはルシタニアとの同盟を活かし北に勢力を広げ、西方世界では屈指の強国となっていた。しかし、ルシタニアを除けば、の話である。アリュバス王は私怨で外交を誤ったとしか言えない。

 セイリオスにしても、エピロスで領地が分断されるのは好ましくない。双方不満と不信の中で、エピロスが領内に寄港するルシタニア船の税を上げたことが、開戦のきっかけになった。

 いざ戦闘となれば、セイリオスに勝てる者などいない。圧倒的というより一方的な蹂躙の末、エピロスは壊滅する。ルシタニアに南部の良港を取られ、国力が激減した所に北方から攻め込まれて、衰退から滅亡の一途を辿ることになる。

 しかし、この戦いでルシタニアも大きな将器を失う。ゴドフロワが陣中で病没したのだ。大勢に影響はなかったが、ボードワンに続く重大な損失であった。

 

 セイリオスの治世の初め、ルシタニアの国力は充実し、戦争の準備は充分すぎるほどだった。誰もがルシタニアが征服戦争に打って出ると思っただろう。

 エピロス戦後、セイリオスはアクターナと海を挟んで向かいとなる、ヌミディアに攻め込んだ。後継者争いで揉めて国を追われた王子が、ルシタニアを頼ってきたのだ。

 その王子を助けて王位に就けたことで、ヌミディアはルシタニアの傘下に入る。これで西の海のほぼ全てが、ルシタニアとその与国によって支配されることになった。

 その後セイリオスは2年をかけて海賊を一掃し、海上の覇権を確立した。大陸公路もマルヤムから延長され、首都ラヴィニアまで繋がる。ラヴィニアの市場に、絹の国(セリカ)の物品が並んだという。

 

 しかし、セイリオスの軍事行動で目立つものは、そこで止まる。再びパルスに攻め込もうと提案された時は、一顧だにせず却下している。

「今のパルスは君臣が一体となっており、破るのは難しい。国力の無駄遣いだ」

 セイリオスがそう言うのなら、頷くしかない。事実、この頃パルスはアルスラーンの統治によって、アトロパテネ以前に並ぶほどまでに回復していた。

 そのため、セイリオスの巧みな統治と大きな戦争が無くて溢れた国力は、海の彼方に向かう。大型船が建造され、絹の国(セリカ)を始めとする東の国への海路を開くことに費やされた。大航海時代の幕開けである。

 ―セイリオスの死はルシタニア帝国歴38年、パルス歴360年の11月のことになる。生涯不敗の『軍神帝』も、病には勝てなかった。8月にパルスでアルスラーンが崩御したことは、知っていたであろう。

 

 

 セイリオスの崩御を知って、ティグラネスは勢い込んだ。まるでパルスの神々の御加護ではないか。ルシタニアは動揺しているに違いない。千載一遇の好機だ。

 この頃には、ナルサスもキシュワードも世を去っている。ティグラネスの隣にはその二人の息子であるアイヤールとファルザームがいたが、彼らも父親に勝りたいという思いは、常に胸の中に燻ぶっていた。

 唯一、それを諫止したのはエラムだ。この頃にはパルス一の智者と呼ばれ、新王からも国家の柱石として扱われていたが、その彼でも止められなかった。

 逆に勢いづけたのはザンデだ。ヒルメスの遺児であるティグラネスはついにパルス王になった。ここでパルス西部からマルヤムの奪還まで成し遂げられれば、ヒルメスとイリーナの供養になるに違いない。

 アルスラーンには感謝しているし40年近く忠誠も尽くしたが、ヒルメスのことは一日たりとも忘れることはなかった。その彼にしたら、この場面で少々冷静な判断に欠けても仕方ないだろう。

 ティグラネスはザンデを大将軍(エーラーン)に任命し、20万という大軍を動員した。まずはザーブル城を目指す。

 

 対し、ルシタニアを継いだシルヴィウスも20万の大軍を動員したが、ここで彼は父が生涯しなかったことをする。ルクールを、ルシタニアの宰相に任命したのだ。

「貴方はわが父に育てられた。血の繋がりは無くとも、兄とも思う方である。父には遠く及ばぬこの愚弟を、どうか扶けてほしい」

 セイリオスはルクールを鍛えに鍛え上げたが、決して大臣のような重役には登用しなかった。ルクールが自分に近すぎたからだ。崇拝者は自分で思って無くとも、その対象に阿る。

 シルヴィウスなら、それがない。だからルクールを使える。それを見抜いたシルヴィウスは、セイリオスを継ぐ者としての器量を見せた。そしてパルスの奴隷だった少年は、ルシタニアの宰相にまで昇りつめた。

 

 ザーブル城は元々パルスの城であったが、当然ながらルシタニアの手で大改修が行われている。かつての図面などは何の役にも立たない。

 そうなれば天然の要害である。ティグラネスはルシタニア軍の到着までに陥落させようとしたが、守り抜かれた。そこで方針を転換、ルシタニア軍との決戦に臨む。

 20万対20万という大激突になったこの戦いだが、一進一退のまま時間だけが進む。父親たちが見ていればその稚拙さに頭を抱えたかもしれない。

 

 両者とも即位したばかりである。あまり長滞陣はしたくない。結局、最後は現状維持で講和を結んだ。ティグラネスはいくつか落とした要塞を放棄したが、その要塞の分だけパルスが優勢だったと言えなくもない。

(私は父には及ばぬ―)

 皆がそれを思い知ったというのが、この戦いの最大の戦果だったと言える。特にティグラネスは強烈にそう思った。そして非才の身であるが、自分の出来る限りで、パルスを守り抜くしかない、と。

 すると、ルクナバードが抜けたのである。『解放王』に勝ろうとしていたから駄目だったのだ、と気付いたティグラネスは、アイヤールとファルザームの二人の友と共に、パルスを見事に治めていく。

 

 

 ―大軍が去ったザーブル城の城頭に、一人の老人が立った。

「…あの彼方に、イスバニルがある」

 地平の向こうに広がる原野に、思いを馳せる。英雄たちの夢の跡だ。あの激戦を知る者が、この児戯のような戦場に何人いただろうか。

 みな、いなくなってしまった。セイリオスも、ギスカールも、十二宮騎士団の仲間たちも、敵だったアルスラーンも。自分ももうすぐ彼らの元に行くだろう。あの英雄たちの時代は、もう戻らない。

 モンフェラートの双眸からは、涙があふれ続けた。

 




以上、これでこの作品は完全終了です。書きたかったことは書き終えました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

さて、次はどうしようかな…。
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